夜の始まり ◆HB/kaleido


夜明けまでまだしばらくの猶予を残した薄暗がりの夜。
住宅街を歩くのは、本来であればこのような時間寝ているべき程の年齢だろう少女。

しかしそんな時間に出歩くことを怖いとは思わなかった。
これまで、こんな夜中に外を出歩くことなどよくあったことだ。

だが、今はそれだけではない。
もしかすれば何者かに襲われるのではないか、という思いもあったのだ。

『周囲の探知が終わりました。これといって怪しい者は見受けられません』
「ありがとう、サファイア」

襲う者がチンピラ程度ならばいい。
むしろこの場合はチンピラの方を心配した方がいいだろう。

問題は、それが特定の人間であった場合。

今の自分と同じ。サーヴァントを連れた魔術師、マスターであったならば。

思い起こすのは、先の戦いで襲ってきたあの槍を持った英霊。
ランサーとの戦闘経験がない美遊にも、あれが黒化英霊とは別格の存在であったことはすぐに分かった。

そして、それを倒した、今自分が連れている存在の強さも。

彼はあの戦い以降何も語ろうとはしない。
幾度か話しかけたものの、一向に口を開こうとはしなかった。
それも仕方のないことだろう。彼はただの英霊ではない。

バーサーカー、狂戦士。
強さを得ることと引き換えに理性、知性を奪われる戦士。
かつて戦ったあの大英雄の力がその強大さを表している。

理性を失う。それは言わば黒化英霊達も似たようなものなのかもしれない。いや、彼らは最初からなかった、というべきか。
だが、それでもその黒化英霊と今自分が連れている狂戦士。彼らを比べた時、強さ以外の決定的な違いを美遊は知っている。

たった一つ。自分を守ってくれたあの瞬間、美遊はこの狂戦士から強い意志のようなものがあることを感じていた。


(―――聖杯、戦争…)


サファイアがアンテナのようなものを立てて周囲から受信した情報。
そこには、今何が起こっているのかが明確に記されていた。

英霊をサーヴァント(使い魔)として使役し覇を競わせる魔術師の殺し合い。

大まかに言ってしまえばそうであるが、詳細を聞くまでもなく聖杯戦争が何であるかなど美遊は理解していた。

サファイアはそれがかつてイリヤの母、アイリスフィールから聞いた情報故であるだろうと思ったようだが、実際はそれ以上の情報を知っている。

だって、それまで”聖杯”を奪い合うその戦いを幾度となく見てきたのだから。






「ここは…ルヴィアさんの…」

やがてたどり着いた住宅街の中にあった豪邸。
それは自分の義姉であるルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトの邸宅。
この一ヶ月ほどの間に、自分の家のようになっている場所だった。いや、実際自分の家と言ってもいいのかもしれないが。

『このようなところまで再現されているとは』
「ルヴィアさん、いるのかな…」

静かに門を開く。
特に門限が決まっているような生活は送っていないためこんな深夜に出歩いたとしてもそんなに厳しい罰が待っていることなどない。少し怒られるかもしれないとは思うが。

だが、それは別として今はルヴィアには会いたくなかった。
この空間がどういう場所なのかもサファイアのおかげで大体は把握できている。
聖杯戦争を争う魔術師が集まっている場所であるが、それ以外にもNPCなる存在がそれぞれ日常生活を送るように再現されている。
そんな日常の中から、誰が魔術師なのか探し出し戦わせるのがこの聖杯戦争なのだろう。
実際、今の自分には海月原学園小等部の生徒という立場が与えられているらしい。


つまりだ。この場所にいるのであればルヴィアもまたNPCである可能性が高く、もしそうでないならばあの人とも戦わなければならない。
NPCであったならば。この聖杯戦争で日常を演じるための存在として作られた存在であるということだ。そんな気遣いなど、不要どころか吐き気がした。
マスターであったならば。確かに彼女ならば自分を殺すことなどない、と思う。だが万が一にでも争わねばならなかった時、あるいはあの人が死ぬようなことがあった場合は―――

ゆっくりと扉を開けるも、ルヴィアも執事のオーギュストも眠っているのか出迎える者はいなかった。
考えてみればそうだろう。この時間、”普通なら”皆眠っている時間だ。

「………」

可能な限り物音を立てぬように、しかしできるだけ急いで歩き。
自室の扉を開き、ベッドの上に身を投げ出す。

いつものベッドだ。何の代わりもない。
ここで眠って目が覚めれば、きっと全ては夢で。
朝になったらイリヤやクロと一緒に学校へ行って授業を受けて。
これまでと何の変わりもない日々に戻れそうな、そんな錯覚すらも感じてくる。

だが、これは夢ではない。
霊体化しているとはいえその気配だけは感じ取れる自分のサーヴァントの存在がそれを証明している。

ならば。

「サファイア、出発する。手伝って」
『出られるのですか?美遊様』
「この家を戦場にしたくはない」

聖杯戦争にかかる時間はどれくらいだろうか。
一週間か?二週間か?それよりももっとかかるか?あるいは早く終わるか?

それ次第では必要なものをどれだけ持ち出すかが変わってくる。しかしそんなことは実際に戦わねば分からない。
幸いなことに、この家でメイドをしていた時にルヴィアさんからもらった給料、お小遣いはほとんど再現されている。小学生に持たせるには過ぎた金額だ。
しばらくここから離れて暮らすとしても生活費としては問題ないだろう。
それに最悪の手段として考えられる野宿にも慣れている。

ふと、服のポケットに入っていたものを取り出す。
海月原学園の学生であることを示す学生証。おそらくは学生の立場を与えられたものには配布されているものなのだろう。

しかし美遊はそれを部屋の隅に投げ捨てた。

『美遊様?』
「学校には、行かない」
『…よろしいのですか?もし学校に関わる者にマスターがいた場合は怪しまれることになりますが……』
「分かってる。でも、行きたくない」

もしかすれば学校にいけばイリヤやクロ達に会えるかもしれない。
マスターとしてか、あるいはNPCとしてか。
しかしどっちであったとしても、会いたいものではなかった。
マスターであったならば言わずもがな。NPCであったならばイリヤ達が巻き込まれていないことの証明になるが、ならばその顔を見るのは尚更辛い。

正直なところ、聖杯戦争の片手間に日常を送るなど、そこまで器用なことはできそうになかった。
かつて、自分を求めてクラスカードを用いて争う魔術師達の戦いを、別の聖杯戦争を見てきた自分には。
もし今の状態で学校に行っても平常心でいられるとも思えないし、そうなれば他者にマスターとばれるのも時間の問題だ。

ならば、いっそのこと学校行きを止めて、いずれ始まるだろう戦いに備えるべきだろう。


『それが美遊様の判断であるというのなら、私は止めませんが…。
 美遊様はこの戦いでどうなさるおつもりなのですか?』
「私は……、できれば戦いは避けたい」

いずれ戦わねばならない時は来るだろう。たとえ時間稼ぎをしていたとしてもいつまでももつとは思えない。
聖杯にかけたい願い自体はないわけではない。
だが、――――――果たして自分が聖杯を求めていいのだろうか?

迷う理由は二つ。

もし聖杯を求めて戦い、他者の命を奪った自分がまたイリヤ達の元に戻ってこれまで通りの生活を送ることができるのかというもの。
他者の命を踏み躙った自分が、果たしてイリヤ達の元に戻る資格があるのだろうか?
割りきってしまえばいいことなのだろうが、それができるほど達観した精神など美遊は持っていなかった。


そして、ここで己の望みのために聖杯を求めて進んで戦うということは、かつて自分を救ってくれたあの人の願いに反するものではないかというもの。
多くの人が聖杯を求めて戦う姿を見てきて、そんな世界とは関わらずに暮らしてほしいと願った兄がいて。
なのにこの戦いで聖杯を求めてしまうことは、その願いを冒涜するものではないのか?


「………」

だが、それでも振りかかる火の粉は払わねばならないだろう。
聖杯戦争であるならば、戦いに積極的なマスター、魔術師は確実にいるのだから。
そう、聖杯を求める魔術師は、必ず。


バーサーカーからの反応はない。
ここでじっとしている間も、霊体化を解くことはなく、しかし自分の傍からも離れることはなかった。

本来ならば、己のサーヴァントといえども聖杯を求める者を手放して信用することはできなかっただろう。
聖杯を求めるのであれば、聖杯戦争をせずとも手に入れる手段があるとするなら間違いなく彼らもそっちを選ぶであろうことは当然考えられることなのだから。
だから、バーサーカーが呼ばれたという事実はむしろよかったのかもしれない。

ただ、そういった前提があったとしても、このサーヴァントのことは信じてもいいのではないか、と。そう思ってもいた。


クラスカードをチェックしたところ、今手元にあるのはセイバーだけ。果たしてこれでどこまでできるかは分からないが。
サファイアに問いかけてみたところ、夢幻召喚は可能だが宝具の解放までは魔力供給が追いつかないという。もし解放すれば命にも関わるらしい。
カードを使う事自体万が一という時にしておいた方がいいだろう。

部屋の中のものをバッグに詰める美遊。
持ち出すものは衣類や非常食。それも可能な限り量は減らす。足りなくなったら買い足せばいい。

と、ふと取り出したのはヘアピンと度の入っていない伊達メガネ。
ヘアピンはともかくメガネは置いた覚えがないものだが、今は使えるだろう。


『美遊様、何をなさっているのですか?』
「たぶん気休めだけど、念には念を入れて」

メガネをかけ、ヘアピンで髪をまとめあげる。
さらに後ろの髪も結び、特徴的なポニーテール状に。

これは昼間外に出ている間にマスターであることがバレた時の保険。
よく見れば見破られるだろうが、少なくとも通りすがりの外見から一目で判断することは難しくなるだろう。

「あとサファイア、外での会話は念話でお願い」
『分かりました。一応魔力で感付かれない程度には周囲の警戒も続けておきます』

これで大体の準備は整った。
外はだんだんと白み始めている。もう一時間もすれば学校に向かうNPCで道は溢れるだろう。

自分のために用意されたであろうこの家、しかしここにはもう帰ってくることはないだろう。
あくまでも自分の帰るべき家は本当のルヴィアさんやイリヤ達の待っているあの家。決してこの家ではないのだから。


そのまま静かに屋敷の玄関に向かう美遊。

「―――行ってきます」

返事をするものに期待をしていたわけもない。
ただ、これからの戦いに向けて、それだけは言っておかねばならないような気がした。
それはこの家に向かってではなく、おそらくは自分の本当に帰るべき場所に向けて。




【B-3/ルヴィア邸付近/一日目 未明】

【美遊・エーデルフェルト@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[状態]健康、ポニーテール
[令呪]残り三画
[装備]普段着、カレイドサファイア、伊達メガネ他目立たないレベルの変装
[道具]バッグ(衣類、非常食一式) 、クラスカード・セイバー
[所持金] 300万円程(現金少々、残りはクレジットカードで)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争から脱する方法を探る。
1.戦闘は可能な限り避けるが振りかかる火の粉は払う 。
2.昼はなるべく人通りの多い場所で戦いに向けての準備を整える。
3.ルヴィア邸、海月原学園には行かない。
4.自身が聖杯であるという事実は何としても隠し通す。
5.聖杯にかけるような願いならある。が、果たして求めることが正しいことなのだろうか…?


【バーサーカー(黒崎一護)@BLEACH】
[状態]健康、霊体化
[装備]斬魄刀
[道具]不明
[所持金]無し
[思考・状況]
基本行動方針:美遊を守る
1.???????



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