働け ◆Ee.E0P6Y2U


ニートの朝は遅い。

午前中、彼女はただの死体だった。物は言わないが肉だけはついている。


ニートの朝は遅い。

ん……、とかすかに吐息が漏れた。
まどろむ意識が浮上する。ねばつくような眠りから逃れ目蓋を明ける。
裸眼の、薄ぼんやりしたした世界をぼけーと彼女は眺めた。塵と本が散乱した、ぐちゃぐちゃで、適当な部屋。
窓から差し込む光はカーテン越しにもなお強く、滲む火照りが夜が当に終わっていることを告げていた。

億劫そうに手を伸ばし、彼女は枕元にある時計を引き寄せた。
丸くベルの付いたクラシックな造形の目覚まし時計。彼女にとっては時代物の映像作品にしか出てこないような骨董品だ。一回り回ってアンティークのような趣がなくもない。
が、ガワが何であろうと刻まれる時間は一緒である。時を示す短針と長針が仲良くくっついている。時計版の1の上で彼等は仲睦まじい逢瀬を繰り広げていた。
1時5分。言うまでもなく昼である。

彼女はそれを焦点の定まらない瞳で見下ろしたのち、再び布団を被った。なんだまだこんな時間じゃん。何時もよりちょっと早起きだと思った。
ニートは時に縛られない。だるんだるんの肉を縛るものはない。
そう思い彼女は温もりに埋もれた。泥のような睡魔に身を沈めた。布団に喰われて死んだ。

長針×短針とかありッスね、とか思い彼女は眠った。そうして彼女の一日は始まらなかった。


ニートの朝は遅い。

窓が赤い。夕日の存在感が膨張している。その圧迫感を彼女は無性に厭だと思った。
寝続けた結果、逆に身体が重い。そうでなくとも彼女は重いのだが、とりあえず今感じる倦怠感は睡眠のせいだと決めつける。
あーとかうーとか意味のない呻きを上げつつ、彼女は自らの贅肉を引きずった。重さに耐えかねた朗かがぎしぎしと悲鳴を上げた。嘘だ。自分はそんなに重くない。重くない。
洗面台まで行きつくとばしゃばしゃと顔を洗った。ちょっとだけさっぱりした。
顔を上げると鏡があった。ぼっさぼっさの髪はろくに手入れしていないし、たるんだ頬は肌荒れしている。何より瞳が闇に沈んでいる。汚い。こんな生活をしているからだ。
もう若くないんだから、とか思ったが、そんなことはない。まだ二十五歳(よりちょっと後ろ)だ。若い若い。

面倒なのでシャワーは浴びず、適当に着替え、そのままぼおっとすること一時間。
やりたいことがない訳ではないが、動くのも面倒だった。睡魔という奴は中々に貪欲らしく、あれだけ寝たのにまだ足りないのか駄々をこねている。
気づいたら日が沈んでいた。やば、と思うが別に何か不都合がある訳ではない。

ようやく意識が動き出したところで彼女はパソコンの前に居直った。
彼女が起きたことでそれもまた目覚める。箱がスリープモードから唸りを上げ立ち上がった。
一応この街で手に入るものとしてはハイエンド機だが、彼女からすれば旧世代のマシンもいいところだ。その動作性能に苛つくこともあるが、しかし同時に何か歴史資料めいたものを感じる。威厳だ。パソコンの威厳だ。
眼鏡をかけなおしたので視界は開けていた。でも部屋がぐちゃぐちゃで適当なのは変らなかった。

ネトゲで暴れまわり、掲示板で適当に煽り煽られ、密林サイトで散財し、お気に入りの個人サイトを巡回していると腹が減った。
が、動くのも厭だなと自分の従者を呼ぼうとしたが、そこではたと気が付いた。部屋の隅になにかある。
依頼人へ、と張り紙されたそれは菓子パンやらおにぎりやら食糧だった。おお、と彼女は歓喜の叫びをあげる。流石に気が効いている。
組んで数日だが彼女が何を欲するのか大体分かってきたのだろう。有能。実に有能。

ただ不満を上げるならば、これが明らかにコンビニフーズであること。
買い物を面倒がる彼女自身こうしたジャンクでチープなものはよくお世話になっているのだが、他人をパシらせるなら話は別である。
金はあるのだから今度はもっと良いものを買わせよう。むしゃむしゃとおにぎりをほおばりながらそう思った。


何かまた眠くなったのでまたちょっと寝る。外は真っ暗だが一応昼寝に当たるだろう。


そうして深夜。テレビをつけ、アニメだの何だのを実況してみる。
ディスプレイには笑を示す大量の草/wが並んでいる。が、彼女は真顔だった。真顔でAAと煽りレスを駆使して掲示板を盛り上げている。
無論片手には携帯電話がある。自演上等。これも一種のマルチタスク。何だか自分が出来る奴になった気分だった。

その後はネトゲに再ログイン。NPC時代から作ってあるアカウントである。。
みるみる強くなりドラゴンを狩っていく己のアバターを眺め、彼女はニヤリ、と不敵な笑みを浮かべた。
適当に楽しかった。展望だとか、状況だとか、そんな名のついたアレを流せるくらいには。

……NPC時代と何も変わらない日常だった。本当に何も、何も変わらない日常。

「依頼人/マスター」

――だというのにそいつは、

突然響いてきた声に彼女、ジナコ・カリギリは一瞬身をこわばらせた。心臓が跳ねるかと思った。ぞくっとした。電流は走ったが別に恋じゃない。

「お、驚かせないでくださいッスよ」

そんな胸中を取り繕い半端な笑みを浮かべながらジナコは顔を上げた。
その男は影からぬっ、と現れた。染み一つない白いコート、野太い眉、感情の読めない無表情。
サーヴァント、アサシンの威圧感にジナコは息を呑む。己の従者であることを理解していても、こうして対面すると未だに気圧されてしまう。

そもそも彼女には大人と接する機会がなかった。そうなる前に引きこもってしまった。

「な、何スか。何かあったんッスカ?」
「報告だ。深山町でいくつか動きがあった。そろそろ動き出した主従が多いらしいな」

アサシンは簡潔に述べる。その言葉に淀みも迷いも感じられない。
ジナコはあはは、と訳もなく空疎に笑った。

「べ、別にいいッスよ。そんなこと一々ジナコさんに報告しなくても……」
「目覚めてから数日、今までは動きもなく平穏と言えば平穏だったが、そろそろ本格的に始まるようだ」

何が、とは尋ねることができなかった。思い出したくもなかったし、考えるのなんて絶対に厭だった。

「忠告をしておこうと思ってな。前にも言ったがおいそれと出歩くな。特に夜の外出は控えろ。
 食糧やその他雑貨は俺が調達しよう」

淡々と降りそそぐアサシンの言葉にジナコは耳を塞ぎたい気分だった。
ネットで煽り合っていたかった。早く布団を被りたかった。
そういう具体的で実利的なことを考えるのを、ここ数年彼女は常に忌避していた。

だが、アサシンに逆らって黙れと言う気概もない。
だからジナコは「自分からパシリ申し出てくれるんスか! 流石は出来るサーヴァントっス」なんて精一杯茶化して見せた。

「この有能さ、鋭い眼光、見るからにカタギでない雰囲気。
 やっぱりゴルゴさんはアサシンなんて地味なクラスじゃないッス!
 ……というかこんなオーラのあるアサシンとかあり得ないっていうか」
「………」
「ボクのサーヴァントはそう、特別製。極道の英霊、“ヤクザ”ッス!」
「………」
「い、いやぁ……流石はヤクザ。義理硬いッス」

しかし、アサシンは眉一つ動かさない。
無言のまま彼は佇んでいる。彼にとってこれは“仕事”なのだろう。ジナコにはついぞ縁のなかった言葉だった。

しん、と部屋が静まり返る。同人誌やゲームの山の中、ジナコはアサシンに見下ろされていた。
会話はない。何と言えばいいのか分からなかった。本音を言えば、さっさと出て行って欲しかった。
刺しっぱなしになっていたイヤホンから雑音が漏れてきた。そのかすれた音は、何だか泣き声みたいだった。

「じゃ、じゃあボク寝るっすね!」
「また寝るのか」
「いやジナコさん今日ネットで激闘繰り広げたばっかりッスから、疲れたんス」

半ば突っ込みを期待して言った言葉だったが、アサシンは、しかし、無表情のまま「そうか」と漏らしただけだった。
また沈黙が訪れそうになった。焦ったジナコは曖昧に笑いつつベッドに転がり布団を被った。
がば、と顔まで被る。視界が真っ暗になった。
何も見えなかったが、見えるよりよっぽど良いとも思った








依頼人への報告を済ませると、ゴルゴは外へ出た。
紙巻煙草をくゆらせながら今後の方針について考えを巡らせる。空では月が沈み込もうとしていた。
鳥のさえずりも聞こえた。そろそろ夜が明けるだろう。
今日までの数日、夜は静かだった。少なくとも朝を迎えられるくらいには。

(……だが、次はどうだろうな)

ジナコと契約してから数日、情報収集に専念していたゴルゴだが、事態が遂に動き出したことを感じていた。
これまで戦いの痕跡はあれどどれも小競り合いの域を出なかった。それも散発な物に過ぎない。そういう意味で聖杯戦争はまだ始まっていなかったといえる。
だが、今晩――状況に変化があった。

(倉庫の火災に、商店街の盗難事件……)

深山町であった出来事を思い起こす。これまでの平穏な夜が嘘のように街が騒ぎ出した。ゴルゴはそれらの情報を抜け目なく手に入れている。
ゴルゴは目覚めてより数日諜報活動に徹していた。今晩いち早く情報を手にすることができたのも街を探索していた結果だ。
そして確信する。ついに聖杯戦争が“一日目”を迎えた、ということを。

「…………」

さっ、と日が差してきた。夜の色が引いていく。新たな一日の始まりだ。
ゴルゴはそれを無言で見上げていた。煙草から立ち上る煙に変りはない。
ただ少し、風が変った。揺れる煙が湿り気を含んだ風に吹かれ、どこかへと連れ去られていった。

恐らくジナコは目覚めるのが比較的早かった。その結果、陣営に少しだけアドバンテージを得ることができたのだろう。
街の動きに加えて、人が集まる場所、狙撃に適したポイント、もしもの時の逃走経路……動くに当たって最低限必要な情報も既に入手している。
それが可能だったのも“暗殺者”のクラス特性故だ。こちらから仕掛けない限り、発見されることはまずない。

とはいえそれで有利になるかと言えば、そんなことはない。
自分たちはそれでもなお最弱に近いだろう。これだけ揃ってようやく戦えるかというレベルだ。

とにかくここからが本番だ。
とはいえ方針に特に変更はない。諜報を第一にし、情報を集める。
まずは敵を見定めることだ。面と向かっての戦闘で勝ち目がない以上、先手を取らなければ話にならない。

(幸い依頼人は動こうとしない)

ちら、と拠点となる一軒家を見上げた。目覚めてからずっとジナコは家から出ていない。
下手に出歩かれればそれだけリスクは高める。その点でいえば彼女の取った“引きこもり”という選択はそう悪いものではなかった。
無論彼女はそこまで考えてなどいないだろう。もしかするとムーンセルはその気質まで考慮した上で、マイナスにならないゴルゴを宛がったのかもしれない。
引きこもりの依頼人というのは、状況を鑑みれば相性は悪くない。

(ただ……)

一点問題があるとすれば、仕事だ。ジナコは月海原学園の補欠教員――臨時的採用教員である。
予選の際に割り振られた仮初の役割であるが、何の意味も持たない訳ではない。生活から逸脱した行動を取ることが即リスクに繋がる。
今は良い。臨時教員である以上、教員に欠員が出ない限りは引きこもっていても怪しまれることはないだろう。
しかしこの先聖杯戦争が激化すればNPCの教員に欠員が出る可能性もある。そうなれば引きこもってもいられなくなる。

働いてもらわねばなくなるのだ。
できるか。

「…………」

無理と判断したゴルゴは教員の欠員を今後の注意事項とした。
その場合は即この家を放棄。新たな拠点へと移ることになる。新たな拠点の目星、逃走ルートも今の内に付けておかなくてはならない。
迅速に行動する為には、月海原学園の情報も必要だ。

『あ、ちょっといいッスか?』

今後の方針を練っていると、ジナコから念話が飛んできた。
ゴルゴは無言で霊体化し、部屋に向かった。便利なものだ。

「なんだ」
「あっ来たッス」

汚い部屋の中心、布団を被りながらジナコはゴルゴを見上げた。
先程は半ば追い払われる形になった彼女に呼びつけられるとは、一体何があったのだろうか。

「用件を言え」
「あー、ゴルゴさん、ボクの飯とか買ってきてくれたじゃないッスか。
 ありがたいッスけど、今度はこっちもお願いしたいッス!」

そう言って彼女はチラシを突き出してきた。
そこには煌びやかでファンシーなケーキがデカデカと映っている。値段は高く、カロリーは言うまでもない。明らかに必要以上の栄養を摂ることになるだろう。

「あとしばらくしたら密林からゲームが届くッス!
 このザマァwwwww とかになってなければ明日の昼あたりに届くんで、ボクが寝てたらゴルゴさん受け取っといて欲しいッス」

ジナコはニヒヒ、と笑っている。
ゴルゴはしばし無言だった。が、何一つ反論することなくチラシを受け取り「分かった」と告げた。
下手なことはできるだけするべきではないが、この程度ならばさして問題にもならないだろう。どのみち食糧の調達は任務の遂行に必要だった。
ケーキ購入も気配遮断を使えば怪しまれることなく買える筈だ。

それで用件は済んだらしく、ジナコは再び布団を被ってしまった。
本当にそれだけの為だったらしい。

とにかく、勝手に出歩かれる心配だけはなさそうだ。
ケーキ屋の位置を確認しつつ、ゴルゴはニートの部屋を後にした。



【B-10/街外れの一軒屋/1日目 未明】

【ジナコ・カリギリ@Fate/EXTRA CCC】
[状態]健康、昼夜逆転
[令呪]残り3画
[装備]黒い銃身<ブラックバレル>-魔剣アヴェンジャー-聖葬砲典
[道具]PC現行ハイエンド機
[所持金]ニートの癖して金はある
[思考・状況]
0.現実<聖杯戦争>なんて考えたくもない
1.引きこもる。欲しい物があったらゴルゴをパシらせる。
[備考]
※装備欄のものはいずれもネトゲ内のものです。
※密林サイトで新作ゲームを注文しました。明日(二日目)の昼には着く予定ですが……

【ヤクザ(ゴルゴ13)@ゴルゴ13】
[状態]健康
[装備]通常装備一式
[道具]ケーキ屋のチラシ
[思考・状況]
1.一先ずはクラススキルを利用し情報収集。
2.ジナコが働く必要が出た場合は即撤退。
[備考]
※一日目・未明の出来事で騒ぎになったことは大体知ってます。
※町全体の地理を大体把握しています。



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最終更新:2014年08月17日 19:11