――――女の話をしよう。
 現実に敗れてなお結末を拒む、とある恋の話を。












「………セ…………イ」

 黒い少女が、往来の中を歩いている。
 いや、歩いている……というには語弊がある。その動きはあまりにも弱々しい。
 体を折り曲げながら、今にも地に手を付きそうな進みはもはや人の歩みではなく虫の這いずる様に等しい。
 かつては美しく風に靡いていたであろう長い藤色の髪も、今は萎れているようにバラけている。
 かろうじて人の形を保ってはいるものの、少女は明らかに死に体だった。

「セ…………ハ……ィ」

 だというのに、誰もその少女に救いの手を差し伸べようとはしない。
 この往来に人が――――NPCがいないとは言うわけではない。
 むしろ、今この道路には多数の人影がいる。人の形をした多数のデータがいる。
 明らかに目に入っているはずなのに、ぶつかりすらしているのに、誰もその少女に注意を向けない。
 まるで彼女がここにいないかのように。

「セ……ン、パ……イ……」

 もっとも、少女のほうも周りに気を向けることはしない。向ける余裕などありはしない。
 戦いに敗れ、消去されかかり、それでもなお因果律を歪めて世界を渡ってきた身だ。
 いや、それ以前から少女は満身創痍だった。
 強引な自己改造を施した体(プログラム)は元より継ぎ接ぎだらけで、ムーンセルを制圧しようとした精神は逆に侵食された。
 元の世界を離れ、ムーンセルとの接続が切れても失ったものは戻らない。

「ぁ…………」

 やがて、少女は倒れこんだ。
 そんな状態でも人々は気付かない。少女を踏みつけて進むような真似をする者すらいる。
 気付く者はいない。助ける者はいない。
 少女はたくさんのものを失った。
 あの時のように。助ける者はいない――

「……先、輩…………」

 それでも。
 残ったものはある。

 手をついた。倒れるためではなく、起き上がるために。
 誰の助けも借りずに、顔を上げる。
 少女は夢遊病患者のように起き上がり、けれど確固たる意志を抱きながら歩いて行く。

「ムーン、セルを……
 この世界の、ムーンセルを、利用して……干渉、すれば……!」

 心に宿る恋が、彼女を突き動かす。


 ■ ■



 このムーンセルとは違う、並行世界のムーンセル。そこに、間桐桜というAIがいた。


 桜はとあるきっかけからバグを起こし、その中で愛を抱いた。AIである彼女は自らの感情を理解できず、苦しんだ。
 ムーンセルのAIであるが故に記憶の消去が許されない彼女は、自らの記憶をバックアップに預けることにした。
 ……そう。
 バックアップが、その記憶を受け取ったのだ。

 かくしてその記憶を受け取ったバックアップはその先輩に恋をする。
 データすらでない、未来のない、聖杯戦争に勝利しても消えるその定めにあるその身を守ろうとする。
 バックアップは「BB」を名乗り、暴走を開始する。先輩を守るために。
 自らを改造し、分身を創り、ムーンセル中枢を目指す。言うまでもなく無謀な試みだ。
 その行動はムーンセルの暴走を引き起こし、彼女自身も暴走に飲み込まれムーンセルの走狗と成り果てた。
 そして――――

「貴様には地の理では生温い。天の理を示してやる」

 守ろうとしていた「先輩」と、月の裏で眠っていた英霊ギルガメッシュ。
 ムーンセル中枢に辿り着いた主従が、暴走を止めるべく立ち塞がる。
 王の財宝に貫かれながらも打ち払い、天の鎖を引き千切るBBの前で世界が切り拓かれていく。

「死して拝せよ――
   エヌマ・エリシュ
 天地乖離す開闢の星!」

 かくして、恋は現実の前に敗れる。
 BBとムーンセルの接続は切れ、桜はムーンセルの暴走を止めるべく記録のリセットを開始した。
 ……それでも、BBは「先輩」の守護を諦めない。
 地母神たちの母にあたる女神の権能――即ち、根源の力を振るい結末に抗おうとした彼女は、月の裏側からも弾き出されて鏡面界へと落ちていった。

 それでもBBは諦めない。
 鏡面界は月の裏側と同じ虚数空間であり、彼女の力が通用する。
 残されたか細い力を振り絞って、鏡面界――並行世界と並行世界の狭間にある世界を抜け出そうとあがく。
 自分の世界のムーンセルで駄目なら、並行世界のそれを使おうと手を伸ばす。
 けれど、その試みは決して成功しない。それは、ムーンセルがムーンセル同士の干渉を避けているためだ。

 ムーンセルは分岐した可能性、並行世界についてまでも演算できる観測装置だ。当然、並行世界のムーンセルという可能性も演算する条件としては存在する。
 しかし別々の世界のムーンセル同士という仮定で演算した場合、互いに演算していく事が前提となるため一種の無限ループに陥る。
 そのため、ムーンセルは「並行世界の自分自身」を除外して演算する。
 BBが単なるAIならば、或いはマスターならば、最悪ムーンセルの聖杯戦争を勝ち抜き中枢と繋がった優勝者ならば並行世界のムーンセルは受け入れただろう。
 これらはあくまで「繋がった存在」であり、そのものではない。
 しかしBBは繋がりすぎた。同化されすぎた。
 それ故にムーンセルそのものと判断されてしまい、認識すら拒まれる。

 それでもBBは諦めない。
 ひたすら自分が辿り着ける場所を求め続け、「アークセル」に辿り着く。
 方舟はムーンセルの力を借りているが、あくまで方舟は方舟であってムーンセルではない。
 BBはかろうじて侵入に成功した。しかし、その代価は大きかった。
 侵入はできても、依然として認識はされなかった。方舟における演算・再現にはムーンセルが関与しているのだから当たり前だ。
 ムーンセルから聖杯戦争についての知識が与えられることもなく、サーヴァントの召喚も行われない。
 当然ながら、NPCから認識される事もない。ルーチンワークしかできないNPCは、BBを無視していく。
 BBを知覚できるのは、ある程度ムーンセルから独立している存在――目覚めたマスターかサーヴァントのみ。即ち、敵のみだ。
 もはや自分を保つのが精一杯な状態なのに、自力で準備を行わなくてはならない。

 それでも。
 BBは諦めない。


 ■ ■


 路地裏の、誰も目に留めぬ日影に光が満ちる。
 ようやく召喚を成し遂げたBBは、地面に描いた魔法陣の前で這いつくばっていた。
 何度も魔法陣を書き換え、八度の失敗を重ねた上での成功だった。当然だろう。方舟におけるサーヴァントの召喚方法はこれではないのだから。
 だが方舟がサーヴァントも知識も与えない以上、別の聖杯戦争における方法を応用して呼び出すしかBBには手はなかった。

「げふっ…………!」

 そして、呼び出された英霊の顔を見る余裕もなく苦悶し、咳き込む。
 魔力供給の負担ではない。魔力はサーヴァントを複数引き連れようとも余裕があるほどに満ち溢れている。
 単純に、サーヴァントの召喚という儀式を死に体で行ったがための負担だ。

 BBが未だに死なないのは自らが得た女神の権能を使い、死までの「時間を引き延ばしている」からに過ぎない。
 もはや権能を駆使しても治癒も蘇生も叶わない状態だが、死に至るまでの道のりは短くとも存在していた。
 だから、その道のりを伸ばした。長らく死への旅路へ自らを落とし込んだ。
 消失の苦痛を全身に受け続ける状態は拷問と変わりない。BBは今まさに死に続けている。
 いかに精神を強く持とうとも痛みは確固たる現実として存在し、肉体を通じて精神を侵す。
 体が限界を迎え、崩れ落ちる。
 コンクリートにうつ伏せになって、それでもBBは起き上がろうとして、けれど腕はぴくりとも動かない。

「せ……ん、ぱい…………せん、ぱい……」

 今の彼女にできることは、這いずる虫のように痙攣することだけだ。
 ただうわ言のように、「先輩」を呼び続ける。
 今まで誰にも取られなかったその手を、しかし、今は手に取る者があった。

「…………ぁ……?」
「――――サーヴァント・ライダー。召喚に応じ、参上しました」

 全身を震わせながら、かろうじてBBは顔を上げる。
 BBに似た紫色の髪を靡かせる彼女の表情は、目元が器具で隠されているため窺い知れない。
 目隠しは宝具だった。その英霊の証たる魔眼を隠すための戒めだ。
 BBはその姿を知っている。
 自らの分身を作る際、材料とする候補に考えていた神霊だ。

「メドゥー、サ……」
「………………」

 メドゥーサと呼ばれた英霊は無言だった。ただ僅かに、ほんの僅かに首肯したのが返事の代わりか。
 ライダーはBBを起き上がらせると、壁を背に座り込ませた。
 優しくも手荒でもない、事務的という言葉が似合う仕草だった。
    ・・
「随分と私達に詳しいようですね、マスター」
「っ……とうぜん、です。
 神霊の、情報を組み合わせて、新たなハイ・サーヴァントを創るのも……は、ぁ、
 私には、簡単……なん、ですから」

 BBの胸が僅かに動いた。
 胸を張ろうとしたらしいが、あまりにも動きが鈍すぎるそれは虫が蠕動する様子と変わりはなかった。

「それに、私自身だって……神霊を、組み込んで……
 上級サーヴァントより、ずっと……」

 そう言う体は起き上がる事すらできず、幼子よりも弱々しい。サーヴァントどころかマスター相手でも勝てるかどうか疑わしくなる姿だ。
 まともに動けない状態で自身の能力を誇示する理由は見え透いている。
 このライダーは個人スキルで単独行動を持つ。足手まといと判断されて捨てられれば、それだけで詰む。
 言うことを聞かせる方法は他にも――それこそ令呪を初めとして――あるのだが、BBは自分が会話の主導権を握ることでしか従える方法を知らない。

「聖杯戦争を……勝ち抜いて、貴方の願いを叶えることも、簡単に」
「私には特に願いはありません。単に呼ばれたから来ただけです」

 わかりきった強がりは、あっさりと一蹴された。
 ライダーはBBを見通すかのように、目隠し越しの視線を送り続けている。

「それに貴方の神性は既にまっとうな物ではない。
 貴方が神霊を使って何かをしている事は、不自然な魔力の質から感じ取っていましたが……
 こうして魔力を受け続けていると、貴方の体はまるでつぎはぎを繰り返した怪物のようにすら思えます。
 神性を失い、元の形も失っていく怪物に」
「だから、なんだって……言うんですか!」
「『先輩』」
「っ!」

 突如として放たれた言葉に、BBの体はびくりと震えた。
 それは明らかに、今までの身体的なエラーとは違う反応だった。

「貴方の願いは最初に言っていた『先輩』に関することですか」
「センパイのことは……アナタには関係ない、でしょう……!」

 考えこむように指を自分の顎に当てるライダーに、BBは気色ばむ。
 当然の反応だろう。なにせ、自身の恋心を暴かれているようなものだ。あまりにも出歯亀が過ぎる。
 しかし、ライダーの表情は出歯亀というには似つかわしくない表情をしていた。
 指を顔から離したその顔は真剣そのものだ。

「…………貴方は想う相手を忘れずにいられますか、マスター。
 自分に、何があったとしても」

 長身から見下ろしてくる、その目隠し越しの視線。
 しかしその心は見下してなどはいない。真正面から、BBの心を問うている。

「ライ、ダー…………?」
「………………」

 予想外の言葉にBBは意図を掴めず、吐息のような呟きだけを返して黙りこむ。
 ライダーからの反応はなく、BBが黙り込んだのに合わせるかのごとく無言で直立し続けている。
 答えを返すまで動くつもりはないと、目元が隠されていてもその顔が告げていた。

 だから、BBは胸を張って言った。
 先ほどのような虚飾ではなく、自分の想いは本物だと告げるため。
 紛れも無く存在するのだと、証明しなくてはいけないから。

「当然、です。
 私は、最後まで先輩を守る。どんなことがあろうと先輩を選ぶ。
 この想いは、誰にも否定させない……ムーンセルに、だって」

 死へ向かう体を精神で押さえつける。
 震えを淡い恋で制圧し、BBは淀みなく宣言する。
 その表情は痛ましくとも、しっかりと前を向いている。自分の想いを確固たるものとして抱いている。

「身体は怪物に成り果てていても……
 あの時の私とは、違うようますね」
「え」

 予想外の言葉に、BBは調子の外れた声を漏らした。
 ライダーの声色は先程までのような機械的なものではなく、どこか優しさと――自嘲の色が混じったものだった。

「ならば、私の願いも決まりました。
 その想いが失われない事を祈りながら、貴方を聖杯まで送り届けましょう」

 無表情をほんの僅かな笑みで崩し、ライダーは答えを口に出した。


 ■ ■


 ライダー……メドゥーサの脳裏に浮かぶのは、遠い過去の再現。
 形なき島に追放された後の記憶。
 自分のために島まで付いてくれた姉達を守るため、襲い来る人間を殺し続けた後の記憶。
 ――――不老不死なだけで、何の力も持たない姉達が飲み込まれる悪夢。

『……そうね。私はイヤだけど、そうしないとあんまりにもあの子がバカみたいだし。
 それぐらいは、意義があったものにしてあげないと』

 メドゥーサが、いつの間にか殺戮に楽しみを覚えるようになった後の悪夢。

『……貴女は私たちを守った。
 けれど、私たちを守ったメドゥーサはもういない』

 体が変貌し、心も無くなり、在り方も崩れきった後の悪夢。
 姉達の存在すら忘れ、自分の巣にいる邪魔者程度にしか思わなくなった後の悪夢。

『なら――――守られていた私たちも、同じようになくなりましょう』

 怪物と化した自分が、大切な姉達を轢き潰す、悪夢。



 メドゥーサの願いは単純だ。
 自分が怪物となった時のようなことを見たくない――ただ、それだけなのだ。


 ■ ■

【CLASS】ライダー
【真名】メドゥーサ
【パラメーター】
 筋力B 耐久D 敏捷A 魔力B 幸運E 宝具A+
【属性】
 混沌・善 
【クラススキル】
 対魔力:B
  魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
  大魔術・儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
 騎乗:A+
  騎乗の才能。獣であるのならば幻獣・神獣のものまで乗りこなせる。
  ただし、竜種は該当しない。
【保有スキル】
 魔眼:A+
  最高レベルの魔眼・キュベレイを所有。
  魔力がC以下の者は無条件で石化。Bの者でもセーブ判定次第で石化を受ける。
  Aの者には石化判定はないが、全能力をワンランク下げる"重圧"をかけられる。
 単独行動:C
  マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
  ランクCならば、マスターを失っても一日間現界可能。
 怪力:B
  一時的に筋力を増幅させる。魔物・魔獣のみが持つ攻撃特性。
  使用することで筋力をワンランク向上させる。持続時間はランクによる。
 神性:E-
  神霊適性を持つが、ほとんど退化してしまっている。
【宝具】
『自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)』
 ランク:C 種別:対人 レンジ:0 最大補足:1人
  自身にかける魔眼殺し。封印解除で魔眼・キュベレイを常時使用。
  自身以外にも使用可能で、この封印を受けた相手に悪夢を見せる。
『騎英の手綱(ベルレフォーン)』
 ランク:A+ 種別:対軍 レンジ:2~50 最大補足:300人
  神代の獣を使役し、その超突進を以って対象を粉砕する物理攻撃。
  使用中は天馬の加護により、防御力も上昇するという攻守ともに最高レベルの宝具。
『他者封印・鮮血神殿(プラットフォート・アンドロメダ)』
 ランク:B 種別:対軍 レンジ:10~40 最大補足:500人
  血の結界。内部に入った人間を融解する。溶解された人間は赤い血液となり、結界使用者に吸収される。
  完全な状態であれば一般人は愚か魔術師をも溶かし、サーヴァントの出力をも落とす。
【weapon】
 無銘・短剣
【人物背景】
 ギリシャ神話に登場する、見たものを石にする半人半神の女怪。
 蛇の化身として描かれることが多い魔物であり、負の想念によって祭り上げられた反英雄。
 怪物に堕ちる前の状態で召喚されているため理性を残しているが、それでも行動次第では怪物と化す危険を孕む。

 原作ではよくも悪くもマスターを第一に考える性格。
 命じられば魂食いなども平気で行うが、マスターである桜に友好的な相手には親身に接する。
 自分から行動する事には慣れていないが、命じられれば淡々と殺戮し戦いを挑まれれば手段を選ばずに殺す。

 この聖杯戦争においては、何の因果か月の「桜」を拾った。

【サーヴァントとしての願い】
 マスターが最後まで『先輩』への思いを抱き続けること。
【基本戦術、方針、運用法】
 BBからの魔力供給が凄まじいため常時フルスペックで戦闘可能。反面、BBが半死人状態のため少し目を離すだけでもかなり危険。
 ライダーにとって防衛戦は不得意なこともあり戦力的には事実上、プラスマイナスゼロ。
 魔眼や『暗黒神殿』、『鮮血神殿』で敵の行動を制限しながら戦うしかないだろう。


【マスター】BB(間桐桜)
【参加方法】
 通常ルート終了後、リセットされる寸前に権能をフル活用して並行世界へ自分を飛ばした。
 規格外の参加方法のため体は癒やされず、聖杯戦争の知識も刻まれていない。
【マスターとしての願い】
 この世界のムーンセルを掌握することで自分がいた世界のムーンセルに干渉し、「先輩」を保護する。

【weapon】
 『支配の錫杖』
  BBが持つ教鞭。バビロンの獣がかぶる『十の支配の王冠』を教鞭に変えたもの。
  大いなる竜から王座と権威を与えられ、さらに42ヶ月の間、どれだけ不遜な言葉を吐いてもよく、あらゆるものを
冒涜する権利を与えられたという世界の王の象徴。
  ただこの力には上級AIとしての権限の活用という面もあるため、かつて自分が存在したムーンセルから離れた状態でどこまで通じるかは不明。
  ……もっとも、使えるとしても自らの生命維持で手一杯だろうが。

【能力・技能】
 規格外の自己改造スキルによりNPC、AI、はてはサーヴァントまで黒いノイズで捕食・分解し、自らのメモリとして使用している。
 その有様は沈水しながらも建築を続ける埋め立て地の都市か、フランケンシュタインの怪物に等しい惨状である。
 だがその代わりにBBは膨大な容量を持つ超級AIと化し、更に神の権能までも取り込んだことでサーヴァントを容易く打倒するほどの能力を持つ。
 例え英雄王であろうと相応の用意が無ければ「万全な」BBの前では無力であり、ましてマスターが単独で打破できる道理はない。

 ……しかし、既にBBは半ば死んでいる。
 そして、その状態で並行世界の移動という魔法を成し遂げた以上もはや死は避けられない。
 今のBBはその権能によって死までの時間を引き延ばしているに過ぎない。
 権能を他へ向けることは生命維持機能を止めることと同義であり、ただでさえ残り少ない命を一気に減らす、或いは停止させることになる。
 今のBBはいかなるマスターよりも弱い、ただの末期癌患者である。

【人物背景】
 並行世界のムーンセルが試行している聖杯戦争の上級AI・間桐桜の予備機。
 間桐桜は聖杯戦争の予選中、とあるきっかけから自由性を解放され、それを制御に過負荷を起こした。
 NPCたちはルーチンワークしかできないため、自壊しかけていた桜を"無い"ものとしてスルー。
 予選ではムーンセルのチェックは一日の終わりにしか行われないため、桜は消滅の危機にあった。

 その異常を目の当たりにした岸波白野は彼女に呼びかける。大丈夫か、と。

 桜は"自分はここにいる"という他者からの観測を受けて消滅寸前だった無意識を持ち直し、その後の看病によって明確に"ここに在りたい"という自我を獲得。自己消滅から免れた。
 翌日になればすべてムーンセルの手によって消されてしまう。
 この、たった一日の奇蹟を続けたがった桜は上級AIの特権を使用して"岸波白野と知り合った一日"を69日間、繰り返した。
 しかし日が進むにつれ桜はAIとしての自己矛盾と、岸波白野を取り巻くある事実に苦しむ事になる。

"聖杯戦争に参加したマスターは、ひとりを除いてみな死亡する。
 いや、そもそも岸波白野は―――"

 桜は幸せな時間を永遠にループしていたという我欲と、岸波白野への思いに苦しみ続けた。
 結論として、彼女は正常なAIに戻るため、69日に及ぶメモリー……獲得した"愛"を封印する道を選んだ。
 AIには記録を消す事はできない。
 そのため、バックアップの機体にメモリーを移動させる事で自らをリセットしたのだ。


 そうしてその記憶を得たバックアップ――――BBはムーンセルに反逆を開始する。
 岸波白野を、大切な先輩を守るために。


【方針】
 戦うどころか、まともに戦略を考える余裕もない。
 痛みに耐えながら目の前の問題を解決していくだけで手一杯。