授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り終わる。
小奇麗に纏められたノートをしまい、エイスリン・ウィッシュアートは軽く伸びをした。

授業は楽しい。特に日本史は面白かった。
しかしながらやはり異国の地というのもあり、疲れることは否定出来ない。
以前なら、ふぅと溜め息を一つ吐き、ゆっくりと一人寂しく帰路についていたことだろう。

――でも、今は。
疲れていないわけではないけれど、それでもまだ、帰りたくない。

「シロ」

大切な友人に声をかける。
自分の一つ前の席に座った彼女は、机の上に上半身を預けていた。
閉じた瞼を開かないところを見るに、どうやら本当に意識が彼方に飛んでいるらしい。

「オキテ」

声をかけるだけでは効果がないと判断し、肩を軽く揺り動かす。
数回行なった所で、小さく呻いた少女がゆっくり瞼を上げた。

「オハヨ」

にこりと微笑む。
シロと呼ばれた少女――小瀬川白望は普段から気怠げだが、寝起きが悪いということはない。
揺り動かせばきちんと起きるし、予定があるのに二度寝をすることもなかった。

「ああ……おはようエイスリン」

言いながら、白望が視線を動かす。
生徒が疎らになりつつある教室前方、教卓の上。
壁掛け時計は、既に終業時間を指し示していた。
それは同時に、部活動の開始時間を意味している。

「ん、行こうか」

頭を一掻き。
白望はのっそり立ち上がると、鞄を持ってゆっくりと歩き始めた。
その後を、笑顔のエイスリンがついていく。
白望にとって部活が憂鬱などということはないが、部室までの移動は憂鬱だった。

「トウチャクー」

部室までの移動中、二人の間にこれといった会話はなかった。
二人並んで部室に向かう――ただそれだけの行為が、エイスリンにとってはとても幸せだった。
楽しげに扉を開けて、エイスリンが部室へと入る。
もう既に、他の部員は揃っていた。

「……満席?」

部室中央に設置された雀卓を見て、白望が眉を顰めた。
既にそこには三人が腰掛けている。
部員はたった五人だけしかいないので、これで揃ったことになる。

「よかった、これで三麻をしなくて済むよ」

一番小柄な少女――鹿倉胡桃が、座ったまま軽く背伸びをして白望達に視線を向ける。
部員が揃う前は三麻をよくやっていたが、派手に点棒が動くこともあり、ダマで安全に進める胡桃のプレイスタイルには合わなかった。

「今日はあの娘に捕まったりしなかったんだ」

クスリと笑ってそう言うお団子の少女――臼沢塞が、脇に隔離していた萬子を雀卓へと流し込む。
白望達がよく遅れてくることもあり、少し待って揃わなさそうなら三麻をすることを提案したのは、他ならぬ塞だった。
部長として、少しでも力の底上げをすべく、練習機会を増やそうとしているのだろう。

「あの娘ってー?」

黒ずくめの少女――姉帯豊音がきょとんと小首を傾げる。
大柄な体躯に似合わず、豊音の動作はどこか可愛らしい。
決してあざとさを感じさせない点も含め、転校前に住んでいた村で大人達に可愛がられていたというのも納得である。

「シロのクラスに、よくお昼とか、最近だと放課後に遊びに誘ったりする娘がいてさ」

豊音は半年程前にエイスリンと一緒に入部しているが、転校時期はエイスリンの方が遥かに早い。
また豊音はクラスが違うこともあり、白望やエイスリンのクラスにおける情報などにはこの場で誰より疎かった。
まとめ役としてそれぞれのクラスのこともある程度把握している塞が、豊音に解説を入れる。

「最近は大会前にパーッと、なんて言って、どっかに連れて行かれようと毎回してるよね」

白望は基本的に無気力であるが、しかし不思議と人を惹きつける。
ようやく大会に出るための人数が集まったこともあって、クラスでは注目される存在だった。
白望自身面倒がって強く拒絶をしないこともあり、各方面から引っ張りだこである。
一応大会前なため部活を優先しているというのもあるのだが、断るときは「だるいから」としか伝えてなかった。
それでも誘われるのだから、白望の持つカリスマ性には舌を巻くより他ない。

「あー……宇夫方さん?」

様々な人から誘われるが、特に宇夫方葵からは毎日のように声をかけられていた。
豊音以外の四人は、『麻雀部の部員以外がシロを誘った』という文章に触れた時、まず間違いなく彼女のことを想像する。
もっとも、クラスメートではない胡桃や塞は、名前まではうろ覚えなのだけれども。

「そうそうその娘」

言いながら、塞がマグネットを混ぜる。
豊音の能力に対する対策は、席順も影響する。
そのため毎回席を変えているのだが、その都度字牌を牌の山から探し出すのが面倒なので、円形の無地マグネットに東西南北を書き入れたものを場決めの際には使用していた。
使わない時は、お茶くらいしか冷やすもののない冷蔵庫に引っ付いている。

「大会が終わったら、一回くらいご飯に付き合ってあげたら?」

白望も、別に葵に悪い感情を持っているわけではない。
ただ純粋に、面倒臭い――怠いからという理由だけで断っている。
むしろその方がひどいような気もするが、それが白望という人間なのだからしょうがない。
麻雀部の皆の誘いも大体面倒臭がるので、塞やエイスリンが無理矢理手を引くことがほとんどだ。

「シロ、こっち」

んー、などと曖昧な返事をする白望を胡桃が呼びつける。
風牌をめくり決まった席に、胡桃だけはまだ腰を下ろしていない。
胡桃に代わり白望がまず着席し、その膝の上に胡桃がぴょんと飛び乗った。

「だる……」

白望の膝の上は、もはや胡桃の定位置だった。
豊音もエイスリンも、今ではその行為に疑問も抱かない。
最初は何故膝に乗るんだろうと不思議に思ったが、慣れというのは不思議なものだ。
他にも様々な“定位置”や“お決まり”が、いつしか宮守女子麻雀部の中に出来上がっていた。

「うぎゃー、負けたー!」
「んもー、塞がしっかりトヨネを塞いでおかないからっ」

塞のいじられキャラも。
エイスリンのスケッチボードによる会話も。
怠がる白望が本当に嫌がっているかどうかの判断も。
豊音がサインを貰う時間を遠征の度に確保することも。
胡桃の悪意のない毒舌も。
それこそ、最初の半荘は1番最後に扉を潜った人が抜けるというルールなんかも。
どれもこれも、すっかり自然なものとなり、今では日常の一部となっている。

「トヨネ、ツヨイ」
「エイスリンさんもバンバン上がってくるから大変だよー」

他愛のない話や、なんてことのないやりとり。
そんなことが、たまらなく愛おしい。

特に夜一人で居るときなんかに、ふと皆のことを想う。
この時間を、寂しい時にはつい思い出してしまう。
大好きなのだ、皆のことが。皆と過ごすこの時が。

「っとと、こりゃ次打つのは無理かな」

楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
次は胡桃が抜けてエイスリンが入る番だったのだが、どうやら半荘どころか東風戦をする時間すらなさそうだ。

「ごめんねーエイちゃん、明日は最初に私が抜けるからさ」

時間を忘れていつまでも打っていたいが、そういうわけにもいかない。
以前時間を忘れて暗くなるまで打っていた所、守衛さんに怒られた。
この近辺はあまり街灯がないのもあって、暗くなるまでの練習を大人達は良しとしない。
本当は、暗くなるまで皆と過ごしていたいのに。

「明日は熊倉先生も来るんだよねー頑張って勝つよー」

本当は我が儘を言ってもう少しくらいここに居たい。
しかし皆、素直に言うことを聞いている。
今の自分達は、たくさんの大人達に支えられて成り立っていると分かっていたから。
麻雀すらまともに出来ない人数の時から、部として認可してくれて、支えてくれた先生達。
卒業するまでに成立するかも分からない部活のために時間を費やすことを許してくれた家族。
豊音が村を出ることを許してくれた村の人や、異国の地である程度自由にさせてくれるエイスリンの親族。
たくさんの人の善意によって、今の宮守女子高校麻雀部は成り立っている。
その大人達が、心配だからと遅くなるのを止めろと言うなら、それには従わざるを得まい。

「大会近いし、気合い入れないと」

遅くまでは部室に居続けることもできない。
時間はいくらあっても足りないのだ、もう最近放課後はずっと部室で麻雀を打っている。
足りない時間は密度で補う。
帰宅しても、オンライン麻雀ゲームの個室を通じて特訓だ。

「誰より長い夏を過ごしたいしね」

特にエイスリンは、麻雀を覚えてまだ一年にも満たない。
やるべきこと、やっておきたいことは山ほどあった。
少しでも、長く全国の夢を見続けるためにも。

「夏休みに入ったら、合宿でもする?」
「わぁ、やりたいねー。ちょー楽しそうだよー」

麻雀の腕を磨く。
言い出しっぺの胡桃を始め、皆それを一番の目的にはするだろう。

しかし、そこに他の邪念がないとは言い切れない。
そりゃあ遠出をしたとなったら遊びたくはなる。
合宿というフレーズだけで麻雀の時間も遊びのような感覚になるし、そういう意味でも遊び倒すに決まっていた。
まぁ、普段から、麻雀は遊びのような感じで取り組んで入るのだが。

「行くなら海とか」

比較的ツッコミもこなす胡桃も、こういう時は普通の女の子になる。
そりゃあ、海くらい行きたくもなるさ、夏だもの。
麻雀技術に海は関係ないが、それはそれとして皆で行きたい。

「海は大会終わったらゆっくり行こって昨日も話したでしょーが」

呆れたように言いながらも、塞もどこか楽しそうである。
結局真面目な合宿環境を、塞は見つけてきてくれるだろう。
雑用を押し付けられているように見えるが、しかし本人も好きでやっていることだ。
こうしたくだらないやりとりや、面倒を見ることが、塞にとっては小さな喜びだった。

「……イッパイ、イキタイ」

エイスリンが、いつの間にかスケッチボードに絵を描いていた。
水着に、山に、ボーリング玉に、虫取り網に、花火に――――――

「いいねー、お祭りも行きたいかも」
「豊音はボーリングとかスポーツ系上手そうだよねー」
「えぇー、そんなことないよー」
「だるい……」

そのイラストから想起されるイベントを、各々が好きに語り合っていく。
海にも山にも行くのなら、相応の衣服の用意が必要なので、今度買い物に行こうという話。
花火大会で浴衣を着てみたいという話。
行ってみたい土地の話や、その延長でエイスリンや豊音の故郷の話。
虫取りをしてみたいというエイスリンに、岩手の虫は大きいし可愛げがないと言い聞かせたり。

ゆっくりと下校しながら、五人でずっと喋り続けた。
白望でさえ、合間合間に会話に参加している。

「っと、エイちゃんはここでだっけ」

笑いの絶えない会話であったが、しかし終わりはやってくる。
同じ家に住んでいない以上どこかで別れなくてはいけないのだ。
立ち止まって、「それじゃあまた明日」といった風に、軽い挨拶だけを交わす。
それから、いつもなら小さく手を振り別れるのだが――

「ネエ、ミンナ」

エイスリンが、皆を呼び止めた。
足を止めた四人の視線が、一斉にエイスリンへと向けられる。

「ズット、イッショダヨネ?」

いつも、そしてさっきも話していた。
この夏が、永遠に続いてほしいと。
ずっと、皆で、大会に向けて頑張りたいと。

「ナツ、オワッテモ、イッショニイヨウネ」

だから、エイスリンは言った。
今度は、疑問形でなく、自分の想いを言い切るように。
例えこの夏が永遠でなかったとしても、例え大会が終わってしまってこの部活がなくなっても、ずっと一緒に居たいのだと。

「ズット、ズット……」

エイスリンは、留学生だ。
いつかはこの日本を発つし、気軽に会うことは出来なくなってしまうだろう。
他の誰よりも会うことが困難になり、そして他の誰よりも時間と共に関係性が希薄になってもおかしくない。
そんなエイスリンだからこそ、拙い日本語と真剣な瞳に想いを込めて、まだ“夏”が始まってもいないのに、このようなことを言えるのだ。

「……うん、そうだね」

その言葉を茶化す者はいない。
他の者と『ずっと』のハードルが違うことも、だからこそエイスリンが気軽にそのようなことを口に出来ないでいたことも、皆承知していたから。

「秋が来ても冬がきても、そしてまた春になっても、私達はずっと一緒だよ」

そう言って、塞が微笑む。
いつまでもずっと同じ関係でいたい――そんな願いはまず叶わないと、塞は勿論知っている。
でもだからこそ、そんな現実に精一杯抗うように、この繋がりを大切にしていきたい。
塞は心底そう思ってたし、それを実現させるため、定期的に幹事として集まる口実を作るつもりだった。

「卒業して離れ離れになったって、二度と会えないわけじゃないからねっ」

国境を跨ぐエイスリン程ではなくとも、大学に進学すれば、高確率で県や地方単位で離れるはめになる。
そう易易とは会えなくなるが、それでも二度と会えないというわけではない。
何かの節目に集まることは可能だし、今の時代メールや通話だけでなく、SNS等連絡手段で溢れている。
怠がるだろう白望や故郷に戻って連絡が難しくなるエイスリンにだろうと、胡桃は毎日のようにメールをするつもりだった。

「うん、宮守女子は永遠だよー」

にこりと豊音が笑みを浮かべる。
終わってしまう“お祭り”の記念として、様々な選手のサインを貰い続けた。
それでもまだ同じ部活の仲間のサインは貰っていない。
彼女達とは、少し遠く離れたとしても、ずっとずっと仲間だから。
いつだって、貰おうと思えば貰えるから。
今はまだ、思い出に変えてしまうつもりはないから。

「ん……怠いし……離れる理由はないでしょ」

気怠そうな口調だが、しかしその目は真剣そのものだった。
普段は面倒臭そうにしているのに、大事な時にはいつだって真面目に応えてくれる。
言葉は少し捻くれているが、その言葉はいつも心を救ってくれた。
そんな白望が、エイスリンは大好きだった。

「ウン……」

ずっとこうして皆と夢を追いかける――それは叶わぬ夢だけど。
それでも、変わらぬ仲間であり続けることは出来る。
不安に思うことなどない。
いつか来る変化に怯え、しがみつくことなどないのだ。

「ダイスキダヨ、ミンナ」

心からの笑顔を浮かべる。
本当は涙が零れ落ちそうだったが、何とか目尻に留めておけた。
もう日も落ちた。涙が光を反射して気付かれたということもあるまい。

泣いて終わりにしたくはない。
これは、始まりなのだ。
今にしがみつくことをやめ、共に前へと歩み出す、いわば出発なのだ。
涙でなく、笑顔を浮かべていたい。

「……もう、いいのか?」

大きく手を振り輪を離れる。
皆の背中が見えなくなるまで手を振って、ようやく歩きはじめた時、エイスリンに声がかけられた。

「ナミ!」

暗くなった道に佇むナミと呼ばれた者の姿は、どことなく不気味だった。
長い黒髪はくたびれており、その引き締まった体を覆う布地は襤褸と呼んでもいいほどに汚れている。
豊音を上回るであろう長身に、不自然な程長い腕。
何よりも、目元を覆う笑顔の仮面が、仮面の不自然に笑んだ目元が、ただならぬ雰囲気を演出していた。
そして全身から発せられる人を拒むような空気。
もしも通行人がいたら、通報くらいされていただろう。
そのくらい、黒いものに包まれていた。

「ウン……モウ、ダイジョウブ」

しかしエイスリンは構わず駆け寄っていく。
自分に危害を加えるつもりはないであろうことを、エイスリンは感じ取っていた。

サーヴァント・セイバー。

それが、その者の正体。
最初に召喚された時でこそエイスリンは大いに驚いたものだが、しかし今ではそれなりにセイバーのことを慕っている。
セイバーはエイスリンとの間にどこか一線を敷いているように思えたが、それでもセイバーが悪い人ではないと、エイスリンの直感が告げていた。

それならば、怖がって距離を置くより、勇気を持って一歩踏み出して交流を図る方がいい。
勇気を出して手を取る方が幸せになれることを、皆と過ごした日々が教えてくれたから。

「ミンナト、モット、イタイケド」

二人の出会いはほんの20時間程前。
エイスリンが、今の日常に違和感を持ったことが切っ掛けだった。
世界に対して疑問を持ち、そして聖杯戦争への参加資格を得た時。
それが、ファーストコンタクト。

「ズット、コウシテ、イタイケド……」

いつまでも続きそうな幸せな日々。
ずっと違和感から目を背けていた。
ずっと夢を見ていたかった。
だがしかし、海に行こうという計画が立てられて、エイスリンは夢から醒めてしまったのだ。

「チャント、ムコウデ、マタアウカラ」

海にまだ行っていないと言わんばかりの胡桃達の発言が、エイスリンには引っかかった。
自分の記憶が正しければ、確かに宮守女子の皆と、海水浴に行っている。
かけがえの無い思い出として、その時のことが脳裏に刻みつけられている。

そこまで思い至ったら、後はあっという間だった。
自分の入部の時期から考えて、海に一緒に行ってるとすれば、この三年生の夏だけだということ。
そういえば、宮守女子の仲間だけでなく、永水女子の人達もいたということ。

本当は、とっくに夏休みを迎えていて、楽しかったお祭りも終わってしまっているということ。

だからきっと、ここにいるのは、自分が願ったからだろう。
悲しい別れがこない、いつまでも全国というお祭りに向けて皆と過ごせる楽しい日々を、誰より自分が願ったから。

そして、その願いは叶えられたのだ。
理想を叶えるスケッチボード――ゴフェルの木片で出来たスケッチボードに、いつまでも皆と過ごす夢を描いたから。
だからきっと、こうして宮守女子の仲間のNPCに囲まれて、幸せな時を過ごせていたのだ。

「ダカラ、ダイジョーブ!」

本当に幸せを感じられるほど、NPCの仲間達は本物にそっくりで。
白望も、豊音も、胡桃も、塞も、皆が皆、自分とは違いきちんと未来を見据えていた。
今だけに固執することも、別れの未来に怯えることもなく、出来るだけ共に未来を歩きたいと思ってくれていた。
そんな皆に、背中を押してもらった。

だから、願う。
今度は、ずっとあの夏を生きることでなく、元の世界で精一杯仲間と共に歩むことを。

だから、誓う。
今度こそ、逃げたりせずに、辛い卒業や故郷に戻ることにも真摯に向き合う。

「モウ、ユメカラ、サメナクチャ」

エイスリンの決意を聞き、セイバーは小さく「そうか」と返す。
これで、本格的に聖杯戦争への参加が決定した。
何人もの恨みすらない敵相手に、戦っていかなくてはならない。

「あんまり、気乗りはしねぇんだけどな」

願いを叶えるために、罪のない人を殺すことをする気はない。
召喚したマスターへの最低限の忠義として、そのことだけは伝えてある。
そんなセイバーに、エイスリンがスケッチボードに描いたイラストを見せた。

「ミンナ、ナカヨシ!」

そこには、エイスリンとセイバー、そして見ず知らずの棒人間が数人ほど、仲良く手を取っている姿が載っていた。
ふんすと鼻息を漏らし、真面目な顔でセイバーの顔を見つめる。
どうやら、戦わずに何とかする方法を考えたいということらしい。

「……ああ、そうだな」

その純粋な瞳を受けて。
セイバーが、口元を僅かに緩めた。

「何が出来るか分かんねえが、そんなルール、従ってなんかやれねえよな」

何が出来るのかなんて、今の二人には分からない。
だが――それがどうした。
いつだって、今までだって、何が出来るか分からなくても、真っ直ぐ突き進んできたじゃないか。

初心者でも勇気を出して、部活に入って居場所を見つけたエイスリンも。
未知の者との戦いでも、真っ直ぐに己の心に従って、守りたいもののために戦ったセイバーも。
こういう未知の戦いに、何とか立ち向かってきたんじゃないか。

「アリガト、ナーミ!」

参加を決意したものの、何をするのかすら決まらない。
それでもセイバーは、エイスリンの気持ちを汲んでくれた。
令呪の力なんかではなく、一人の人間同士として通じ合うことが出来たのだと、エイスリンは思っている。

「……あのな、呼びにくきゃ、セイバーとか、苗字で呼んでくれてもいいんだぜ」

照れ隠しもあるのだろう。
しばし返答に困った後、上手く舌が回っていないことを指摘した。
そのことに自覚があるのだろう、少し申し訳無さそうにして、それでもしっかりエイスリンは反論した。

「ダメ。トモダチ」

友達。
マスターとサーヴァントとではなく。
運命共同体の単なる相棒でなく。
出会ったばかりだけれど、きっとこれから、『友達』になれるはずだと、少女は信じて疑っていない。

「ファーストネームデ、ヨビタイ」

少女の気持ちが、ほんの僅かにセイバーの胸に届いたのか。
マスクで隠れたセイバーの瞳が、優しさの色を帯びたように見えた。

「ナミじゃねぇ……」

少しだけ、明るい声で。
僅かばかり、笑みのようなものを讃えて。
セイバーが、仕えるべきマスターに――否、友達になろうと言ってくれた少女に、改めて名を名乗る。

「ナルミってーんだ」








 ☆  ★  ☆  ★  ☆






あの日、俺は命を落とした。
落とした命は、いけ好かねえギイ・クリストフ・レッシュの手で救われた。
ギイに巻き込まれる形で、自動人形を破壊する日々に身を投じるはめになった。
ギイは途中で行方不明になったが――彼の意思を汲むように、自動人形との戦いは終わらせなくてはと誓った。

あの日、俺は命を落とした。
落とした命は、自分勝手な奴らと思った人形破壊者(しろがね)達によって救われた。
自分を守るため次々と命を散らし、そして自動人形の長『フランシーヌ人形』の破壊を託された。

だけど、俺には出来なかった。
ドミートリィが、フェイスレス司令が、リィナが、道を切り開いてくれたのに。
ダールが、ティンババティが、命と引き換えに時間を稼いでくれたのに。
トーアが、ロッケンフィールドさんが、懸糸傀儡を移植してまで蘇らせてくれたのに。
そしてファティマが、命を賭して自分にフランシーヌ人形の破壊を託してくれたのに。
なのに俺は、フランシーヌ人形を破壊することが出来なかった。

他にも、大勢の人が死んでいる。
ルシール、師父――いずれも気高く、自分に道を示してくれた。
エリ公女や、あの学校の先生など、多くの人と関わってきた。
その誰もが自動人形の恐怖に晒されていた。
だから絶対、自動人形は破壊してやると決めたのに。
なのに俺は、フランシーヌ人形を破壊することが出来なかった。

あの日、俺は命を落とすはずだった。
フランシーヌ人形を破壊できなかったから。
ファティマにそのことも告げられず、誰の想いにも応えられず、惨めで無様な道化として。
そして、本当ならば。
助かるためのコンテナには、ミンシア姐さんと共に、ロッケフィールドさんが乗るべきだったのに。
家族の元に帰れたはずのロッケフィールドさんの手によって、星空に向けて自分だけが打ち上げられた。
人形破壊者の中で、自分だけが、空の下へと戻ることが出来たのだ。

だからあの日、“俺”は命を落とした。
もう、俺の人生は、俺だけのものではないのだ。
死んでいった奴らのためにも、俺はフランシーヌ人形を壊すことだけを考えなくちゃならないのだ。

「ナーミ、マージャンウテル?」

だから――正直に言って、聖杯戦争なんてものは、心底どうでもよかった。
ただ、フランシーヌ人形を破壊できる願いが叶うということだけが、それが真実なのかどうかということだけが、俺の興味を引いていた。
本当なら、手を染めてでもフランシーヌ人形を壊すべきなのかもしれないとは思った。
勿論、そんなやり方、頭で思い浮かんでも、心が受け入れなかったけれども。
それでも、フランシーヌ人形を壊すべきかということだけを考えていた。

「いや……あんまり」

だが――マスター・エイスリンに会って。
この一日、こっそりとエイスリンを観察していて。
新たな感情が、芽生えてきた。

「ジャア、コンド、オシエテアゲルネ」

無邪気な笑顔。疑うことを知らない瞳。
そして外国人とは思えない程幼い顔立ち。
自分が老け顔扱いされていることを差し引いても、『子供』としか思えなかった。
邪念がなく、ただ友達と一緒に居たいと願っているだけという所も、より一層純な子供に見せた。

「ソーダ、エモ、オシエテアゲル」

フランシーヌ人形を殺さなくてはいけない理由は、死んだ仲間に報いるため以外にもある。
自分と同じ、自動人形のばら撒く悪病『ゾナハ病』に苦しめられていた子供達。
人形共の自分勝手な理由で、あったはずの未来を奪われた子供達。
彼らのために、悪魔になってでも自動人形を滅ぼし、そしてゾナハ病を止める。

それこそが最初の戦う動機であり、戦い続ける原動力だったのに。
なのに、俺は、そんな子供達のためにフランシーヌ人形を殺すことすら出来なかった。

「いいよ……俺にゃ、向いてねえ」

最初に召喚された時、エイスリンはスケッチボードに絵を描いていた。
とても楽しそうに笑う、エイスリンと友達の絵を。
元いた世界で描き上げることが出来なかったという、笑顔で優勝カップを掴む仲間達の絵を。

「イーカライーカラ、タノシイヨ。ヤッテミヨ」

エイスリンの笑顔があまりに眩しくて。
楽しそうに夢を描くその姿が、かつて守れなかった子供と重なって。
この聖杯戦争でくらい、守り抜きたいと思わされた。

「描いたことあるけど、下手なんだよ」

積極的に殺し合うつもりがない以上、やることがない。
その時間に、少しでも距離を詰めてくれようとしてる。
幸せになることを放棄した俺に、楽しいことを教えてくれようとしてくれる。
せめて――せめて今度は、一人の笑顔くらい守り抜かせてくれと、心の中で呟いた。

「ア、ジャア、ナニカ、カイテアゲヨーカ」

エイスリンが上質な画材セットを取り出す。
自宅として割り当てられた建物は、エイスリンの自宅をほぼ忠実に再現していたらしい。
愛用の画材セットはいつもの場所にあったらしい。

「デアイノキネン!」

スケッチボードは、普段のコミュニケーションに使われる。
先程もマージャンと口にしながらも雀牌の絵を描いていたし、スケッチボードのイラストは描いては消しての繰り返し。
形に残るものを描くなら、やはり別の画用紙なりキャンバスなりにだ。

「ガヨウシ、ナイカラ、アシタニナルケド……」

明日。
明日なんてものがある保証はない。
それは、嫌と言うほど思い知らされた。
例えゾナハ病を患っていなくても、エイスリンに明日が来る保証なんてない。
画用紙を売っているお店が開く時間まで、生きていられる保証はない。
だからといって、今から何としてでも描けと言えるわけではないのだけれども。

「ナニ、カイテホシイ?」

だから――誓った。
心の中で、ひっそりと。
エイスリンに『明日』を迎えさせようと。
今まで何人もの『明日』を守ることが出来なかったから、今度こそ絶対守り抜いてやると。

「……鷲」

そう決意したら、自然と言葉が口をついていた。

「イーグル?」

こくり、と頷く。
マスクをつけていてよかった。
様々な感情が渦巻いていることを、気取られずに済むのだから。

「ああ、強くて……格好良くて……でも……」

俺にだけ、『明日』が来ていた。
その『明日』は、死んでいった皆のためにもフランシーヌ人形の破壊に使わなくちゃあならない。
だが――今だけは、ほんの僅かに寄り道をすることを許してほしい。
決してあの憎悪や使命を忘れたわけじゃないから。

「――――俺にゃあ、描けなかったからよ」

絶対に、ここを地獄になんかしない。
エイスリンにゃ、俺と違って『明日』があるのだから。


【クラス】
セイバー

【真名】
加藤鳴海

【パラメーター】
筋力C+ 耐久B 敏捷C 魔力E 幸運D 宝具E

【属性】
混沌・善 

【クラススキル】
対魔力:B
魔力の無効化は出来ないが、しかし魔法攻撃を受けても戦意ある限り立ち上がれる。
またしろがねの体ゆえ、石化して果てぬ限りは死なないので魔術相手にも強引に突っ切れる。

騎乗:C
運転するよりも、乗り物の上で戦うことの方が得意。
車の上は勿論、電車の上でも飛行機の上でも空飛ぶマリオネットの上でも戦える。

【保有スキル】
中国武術:C+
拳法家としてトップクラスの身体能力を誇り、拳法一つで人外の生命体だろうと打ちのめすことが出来る。
サハラ戦で心を擦り減らした結果なのか、戦闘時に冷静さを欠き基礎を忘れたりすることも。
しかし上手く相手に合致した戦法を思い出したり、怒りがプラスに働いた場合は、その拳法の威力は数倍にも跳ね上がる。

悪魔の舞踏(デモンズダンス):A
『子供の悲鳴』もしくは『仲間の犠牲』が鳴海の逆鱗に触れることで発動(稀に『しろがねOが笑って死んだ』等別の案件で逆鱗に触れることがある)
その身体能力を飛躍的に向上させ、文字通り悪魔のような破壊力を身につける。
またダメージを負っても怯まず、しろがねの不死の身体もあって、痛みを気にせずひたすら攻撃を行う悪魔と化す。

しろがねの血:B
生命の水が溶けた、不死の肉体を持つ人形破壊者(しろがね)の血。
万病に効くとも言われ、その血を飲めばある程度の怪我や病気は治療することが出来る。


【宝具】
『聖・ジョージの剣』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:3
左腕には折りたたみ式大型仕込み刃。
大量のマリオネットを切断しても切れ味が劣ることはない。
拳法と組み合わせて使用するため、対集団戦においては、まとめて複数の相手を斬るのでなく、拳の連撃の合間に挟み次々敵を切り裂くのに使われる。
刃部分が破損しても人形破壊者(しろがね)の技術があれば修繕可能。

『懸糸傀儡』
ランク:D- 種別:対人宝具 レンジ:― 最大補足:―
本来は繰糸によって使用する宝具だが、諸事情により四肢がそのまま懸糸傀儡のものとなっている。
そのため形は歪で、気も通りにくい。
驚異的なジャンプ力を誇る懸糸傀儡『ペンタゴノッカー』の右足、
車輪による高速移動が可能な懸糸傀儡『スレイプニル』の左足、
そして先述の聖・ジョージの剣が仕込まれた懸糸傀儡『あるるかん』の左腕と、懸糸傀儡『マンバ』の右腕を持つ。

【weapon】
『木箱』
中国武術用の武器が入った木箱。
軽井沢での勝救出時等に持ってはいたが、一度も使わなかった。
鳴海と共に召喚されたこの木箱を見て「軽井沢で失くしたはずでは」と思えた時が、鳴海の記憶の戻った時である。

【人物背景】
出典は『からくりサーカス』
生まれて来ることが出来なかった弟のために努力を重ね強くなった熱血漢。
上記の理由もあって、特に子供に対する愛情が深く、子供を守るときは並々ならぬ力を発揮する。
才賀勝という少年に関する厄介事に巻き込まれた際も体を張って勝を救い、結果として左腕と記憶を失うことになった。
その後、自分の命を救ったギイ・クリストフ・レッシュに導かれ、人類に『ゾナハ病』という病原体をばら撒く自動人形との戦いに身を投じることとなる。
ゾナハ病患者の子供達と交流し、子供達と共に過ごす夢を見たが、病気の進行で一人また一人と子供達はいなくなった。
子供達のために、悪魔と化してでも人形を壊滅させゾナハ病を止めると決意し、人形破壊者と自動人形の最終決戦にも参加。
そのサハラ砂漠の決戦で、ルシールを始めとする人形破壊者の仲間は鳴海に自動人形の長フランシーヌ人形の撃破を託し、彼を守り次々と死んでいった。
一時は死の境を彷徨うも、仲間の命がけの行動で四肢に懸糸傀儡を移植し蘇生。
敵幹部を全滅させ、フランシーヌ人形へと刃を向けるが、そこでフランシーヌ人形が偽物だったと知らされる。
仲間は皆死んだというのに、託されたフランシーヌ人形の破壊すら出来ず、挙句家族が帰りをまつロッケンフィールドの命と引き換えに自分を脱出させた。
その時から、人間『加藤鳴海』の人生は、死に絶えてしまったのである。

【サーヴァントとしての願い】
本物のフランシーヌ人形を倒し、ゾナハ病を止める

【基本戦術、方針、運用法】
中国拳法による撲殺、もしくはそこに織り交ぜた聖ジョージの剣による斬殺がメイン。
人形に対しては限りなく無慈悲な悪魔になれるが、人間相手には殺さない程度の中国拳法がメインとなる。
人形以外の化け物に対してどうなのかは原作では描かれていない。
たまの機転は効くものの、対局を見据えた行動を取るには直情型すぎる嫌いがあるので、如何に手綱を握るかが鍵となるだろう。
安全な戦いならクールに多数を相手取れるし、子供の悲鳴などをきっかけとした悪魔状態ならば激情のままに激しく相手を殲滅する。


【マスター】
エイスリン・ウィッシュアート

【参加方法】
いつでも持ち歩いているスケッチボード。
理想だって描けるし、聖杯戦争にだって参加できる。
そう、ゴフェルの木片製ならね。

【マスターとしての願い】
大切な友達とずっと一緒にいたい

【weapon】
『スケッチボード』
日本語が片言なため、簡単なイラストを描きコミュニケーションを取ることがある。
また、麻雀において理想を描ける能力を有するためか、優勝カップを取る自分達の絵などを、試合の合間に描いていた。
頑張れば盾に出来たり殴ったりに使えるかもしれない。ゴフェルのスケッチボードだし。

『ペン』
競馬場のおっさんのように、常に耳に挿している。
これでスケッチボードにいくらでも絵を描くことが可能。
目玉くらいなら突けるかもしれないが、ホワイトボード用のペンであるため、鋭利さは期待できない。


【能力・技能】
『卓上に理想を描く』
理想の展開を頭の中で思い描き、それを現実にできる。
しかしそれらは全て「一般的な最適行動を相手が取る」という前提での予測で成り立っているのか、エイスリンの理解の範疇を超える行動を取ることで容易に崩せる。
勝負開始時に描いた絵は修正が効かないのか、理解不能な行動をされると一旦仕切りなおしになるまで能力を発動できなかった。

『学習能力』
入部時点では麻雀を知らなかったが、大会までの僅かな時間で麻雀を習得する高い理解力を見せた。
ある程度日本語でコミュニケーションが取れる点から見ても、学習する力はそれなりの水準ではあるらしい。

『お絵かき』
瞬時にスケッチボードに絵を描き、コミュニケーションをとることができる。

【人物背景】
出典は『咲ーSaki-』
宮守女子高校麻雀部に所属する留学生。
クラスメートの小瀬川白望に誘われて見学に行った麻雀部に自らの意思で入部。
部の全員が3年生なので、最初で最後の全国大会で優勝を狙うが、自らの大量失点もあり2回戦にて敗退。
優勝カップを掴む絵を最後まで描き上げることは叶わなかった。

【方針】
元いた世界に帰って、友人達と日々を精一杯過ごす。
そのためにも、友人達に胸を張れないようなことはあまりしたくない。