真理は魂と数理に ◆FFa.GfzI16


紅い芋虫が、全てが焼き払われた寂れた村を這いつくばっている。
巨大な芋虫だ。
流行病に侵された吹き出物まみれの肌のような、不快感を煽る隆起した表面。
死臭に釣られてやってきたかのように、そんな皮膚を引きずりながら腐臭の漂う身体を引きずっている。
ズリズリと地面に這いつくばるたびに醜い体液が湧き出ている。
焼け焦げた屍体を目当てに、ズリズリと動く。
そんな目も覆うような、醜悪な蟲であった。

いや、違う。
蟲ではない。
人だ。
無数の蟲に生きたまま喰われている人だ。

だが、腕はない。
すでに蟲に喰われたようだ。
だが、脚はない。
付け根に入り込むように蟲が集っている。
もはや人であった箇所よりも蟲が集っている箇所のほうが圧倒的に多い。
本来ならば子を授かるはずであった子宮を蟲は無慈悲に喰らう。
開いた瞳孔には蟲が集い、歪な眼球を形作っている。
爪の中へと入り込むように指先の肉は喰み、血と蟲の対比でネイルアートと言わんばかりに彩っている。
眼球は腐れ落ち、舌は文字通り虫食いの様を呈し、耳奥からはざわざわと蠢く音が響く。

すでに死体と呼べるそれは、しかし、生命を失ってはいなかった。

無数の蟲が集っているとは言え、これほどまで見事に人型を形作る訳。
それは、屍体に籠もった怨みがゆえであった。
蟲は当然の習性として肉を喰いにやってきたが、その魂とも呼べる根幹を屍体に乗っ取られたのだ。
無数の蟲が、屍体に籠もった怨みによって意思を統一される。
それらはすでに蟲であって蟲でなく、かつて屍体であった少女であって少女ではなかった。
幸福の絶頂で全てを奪われた、その怨みだけを抽出して作られた『魔』の者。
それが今の屍体と蟲――――シアン・シンジョーネの本質であった。

シアンの耳には止むことを忘れた神を賛美する曲が響いている。
ただの幻聴だが、鼓膜の奥でカサカサと蠢く蟲の羽音がその歌を奏でているように感じていた。
親しき人が死んでいく様と、自分の世界そのものだった村が焼き払われていく様。
この二つが、蟲食いに合った眼球に焼き付いていた。
神に賛美されながら、何処の誰とも知らない人間に自らの全てを奪われる様を幻視し続けていた。
周囲が神を賛美しながら、自らは全てを失っていた。

妬ましい。
私でない誰かが、妬ましい。
半ば羨望じみた嫉妬が燃え上がる。

そうだ、全てが奪われた。
何に奪われた。
国か、人か、社会か。
それが何かもわからない。
何を怨めばいい。
国か、人か、社会か。
それが何かもわからない。
何を怨めばいいのか、そんなものすらも統一されていない。

こんな世界だからいけない。
こんな、こんな、こんな。
不安定な世界だけは。
自由気ままに暴力を行使できる歪な世界は。

気づくと、シアンは人の頃の肉を捨て去り、シアンの体を構成しているのは蟲だけとなっていた。
賛美歌は止み、目の前に広がるのはただの焼き払われた村だけだ。
人間であった頃よりも遥かにクリアな思考。
かつての平凡な少女であった頃に抱いていた乱雑な思考はすでにない。
ただ、目的のために。
強大な力による支配への目的のために。
不思議なほどに、冷徹になっていた。
しかし、それでも、まだ想いは残っていた。

――――その想いを最後のものにするため、シアンは伴侶となるはずの男の屍肉を喰らっていた。

血染めの村に、屍体を食らって生き延びる魔物が生まれていた。



   ◆   ◆   ◆


「……夢」

間桐桜は目を覚まし、ゆっくりと身体を起こした。
見慣れない屋根、民家の一部だ。
嫌な夢だった。
それが現実に起こったことであることを悟ったからだ。
桜は一度だけ目をつむり、そして開く。
目の前には自らのパートナー――――キャスターのサーヴァントが居た。

「目が覚めたか、桜」

キャスターのサーヴァント、真名はシアン・シンジョーネ。
彼女は真名、及び宝具について隠すことなく語った。
自身が蟲の集合体であり、肉体そのものが宝具であること。
他にも浮遊城という『陣地』が宝具となっていること。
『魔王』も存在しているが幻獣召喚のスキルを持たないため行使が不可能だろうということ。
見た目は桜と同年代の少女そのものだが、本質は全くの別物。
未熟な魔術師である桜では、いや、『様々な例外』を除けば、現代の魔術師では恐らく殺しきることは不可能。

「……気分が悪いです」
「それが対価だ」

令呪による魔術的なコネクト。
強制的に見せられるお互いの深層意識。
他人の悪夢というものは、桜の想像以上に不快なものだった。

「英雄などというものは右も左も悲惨な過去ばかりだよ。
 もっとも、私は英雄などとは口が裂けても言えん存在だがな」
「……嫌なことばかりですね」

手のひらに刻まれた令呪を見下ろして、桜はつぶやいた。
開いた花弁のようにも、ねじれ合った複数の蟲のようにも見える令呪。
そして、令呪を見下ろした後に左手に持った木杭を見下ろした。
間桐臓硯ことマキリ・ゾォルケンがどこからか入手してきた木杭、『ゴフェルの木』。
気を失うような、超のつく聖遺物。
かつてマキリが根を下ろしていたとされるロシアの系列から入手したとのことだ。
そんなものを、桜は渡された。
もとより聖杯戦争へのやる気がなく、義兄である間桐慎二へと令呪を委託した桜に与えられた役割。
それがこの『方舟の聖杯戦争』とでも呼ぶべきお祭りへの参加者という役割だ。
間桐臓硯の本命は冬木の聖杯であり、これは保険というよりも単なるお遊びだ。
どうなろうが、関係がない。
真理に近づくことができれば僥倖、といったところだろう。

「それが『ゴフェルの木』か」
「……」
「神が与えた唯一の救済も、結局のところは真理とやらに行き着くための知識欲に塗れた道具か。
 真理は何処に?魂と数理に――――くだらんことばかりだな、魔術師も錬金術師も」

アンニュイな表情のまま、キャスターは真理を求める魔術師のあり方を否定した。
キャスターとは『魔術師』のクラスだが、彼女は桜の知る魔術師とは少々性質が異なるのだ。

「貴方は魔術師らしくないですね、キャスター」
「なにせ、マスターである桜が召喚したサーヴァントだからな。
 ひょっとすると、私が呼ばれたのが体内の蟲が原因だけだと思っているのか?」
「……」
「ふん」

それ以上は言わなかったが、キャスターの目は確かに非難の色に満ちていた。
わかっている。
桜とて、キャスターの想いを抱かなかったと言えば嘘になる。
桜の場合は地獄があまりにも長すぎたために、怨みよりも諦観が遥かに大きくなっただけだ。
そして、地獄の中に小さな安らぎを見つけてしまっただけ。
キャスターの怨みを、桜は同調できる。

「さて、桜。
 シデムシ、クロバエ、ニクバエ、クロスズメバチ、ムカデ、コオロギ、ウジ、エトセトラ、エトセトラ……
 無数の蟲が私の身体を構成している、当然一部を『監視』として遠隔操作することも出来る。
 その一部を飛ばしてみたが、やはり魔術供給の関係か『コア』である群体を離れると制御が効かなくなる。
 帰巣本能から元に戻ってくるが、私の宝具の旨味は――――」
「私の――――」

キャスターの言葉を遮り、桜は小さく呟いた。
キャスターは何も言わずに桜へと目を向ける。
その視線から逃れるように、桜は薄暗闇の外を眺める。
光は見えない。

「私の中の蟲も、操れますか?」
「……桜」

サーヴァントという規格外の存在ならば、あの幽鬼じみた間桐臓硯の蟲も操れるかもしれない。
桜はそんな、願望を口にしたのだ。

「賢くないな、桜」

キャスターは眉をしかめながら、マスターである桜の発言を非難する。
その言葉の意味を察する。

「不可能だ。私自身が、出来ないと感じることは出来ない。
 そもそもとして知能の高い生物を支配下に置くことは私の能力とは別」
「私の中の蟲が何かは知っているんですね」
「同族のようなものだからな」

吐き捨てるように言うキャスター。
嫌悪を抱いているのだろうか。
術式と命のあり方が似ているからこそ、決定的に違う部分に嫌悪を覚えるのだろう。
理解できる。
本当に憧れるのは、自分とは全く違うものだ。
自分だからこそよく分かる薄汚い部分を、一切持っていない人物。
本当に憧れるのは、そんな人物だ。
桜はそれをよく知っている。

「知っていると思うが、キャスターのサーヴァントは基本的に『待ち』の戦術だ。
 のんびりと、世間話でもしようじゃないか」
「世間話、ですか」
「黙ったままが良いのならば、そっちでも構わんがな」

キャスターは壁にもたれかかりながら話す。
ざわざわと蠢く気配がするのは、恐らくキャスターの身体そのものである蟲が蠢いているのだろう。
何もしていないように見えて、キャスターは今も無数の蟲を操作して策を練っているのだ。
桜はたた、魔力を提供すればいいだけ。
ただ、何もしなければ良い。

「……記憶を失っただけじゃ人は変わらないですね」
「ほう?」
「月海原学園の生徒としての生活……それは、結局間桐桜でしかありませんでした」

何もしない、それは月海原学園の生徒として生活していた時も一緒だった。
ただ登校し、ただ授業を受け、ただ帰宅し、ただ眠る。
そんな生き方だった。

「キャスター、私は帰ります……早く、こんなところから帰りたい」

桜の瞼の裏には、衛宮士郎の姿がある。
そこから藤村大河、美綴綾子などの姿が浮かぶ。
あそこに行かなければいけない。
地獄から離れた場所には、光がなかった。
それが地獄の主――――間桐臓硯に見逃されている光であっても。
あの光がなければ、桜は桜でなくなってしまう。

「ならば、勝利だ。話が早くて助かる」
「……キャスターは、どんな願いがあるんですか?」

この理知的で、どこか厭味ったらしい少女の願いとはなんなのか。
桜には妙に気にかかった。
この手のタイプは自身で全部やり切るタイプのように思えたからだ。

「力だ、力が必要なのだ」
「……単純ですね」
「そうだ、単純だからこそ、だ。
 平等を生むためには不平等が必要なように、この世は、人も魔も根源は愚かなのだ。
 ならば、支配するしかない。強制的に理解させるしかないのだ。
 父親に殴られて、初めて自身が子供だと理解するようにな」

キャスターの目には怨みの暗い光があった。
愚者に踏み潰された幸福を捨てきれていない、そんな暗い光だ。

「得てして強大な二つの力の争いは、より強い第三の力に踏み潰される。
 どんな世界にも必要とされているのは、誰もが手を出すことの出来ない絶対の『力』だ」

このサーヴァントの本質は世界への怨みなのだろう。
恐らく、自らは求めたのに、世界は自らを捨てた。
みっともない寝取られ女のような嫉妬こそが根底なのだ。
その嫉妬が、醜い感情が。
一つの意思に統一されていた。

「その力があれば、全ては統一される」

カサカサと、蟲が蠢いていた。



【クラス】キャスター
【真名】シアン・シンジョーネ
【出典】パワプロクンポケット12 銀の盾編
【性別】女性
【属性】秩序・悪

【パラメーター】
筋力:E 耐久:C 敏捷:D 魔力:B 幸運:E 宝具:B+

【クラススキル】
陣地作成:B+
宝具『浮遊城』以外にもマナラインを誘導することで工房を作ることが可能。
道具作成:E
単純な呪術のマジックアイテムなら作成可能。

【保有スキル】
自己改造:A
自らを構成する蟲を使って『蟲毒』を行い、より強い毒と呪いを持った蟲を作ることが可能。
また、シアンという存在の『怨み』が増すことによって蟲そのものも強化される。

自己保存:A
人の肉を喰らう蟲を自らの支配下に置くことが可能。
その蟲は自身そのものであるため、ほぼ不死身に近い。

呪術:C
蟲を媒体に呪いをかけることが可能。

【宝具】
『屍肉を漂う蟲(レブナント)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1個
約ニ七○万匹の蟲の集合体であり、シアン・シンジョーネそのもの。
一匹一匹がシアンであり、全てがシアンの意思によって統一されている。
人の肉を喰らう蟲によって構成されている。
一匹でも生き残れば(戦闘能力はともかく)シアンは生きているということになる。
また、二十年で数千匹から約ニ七○匹まで増やしたため、ほぼ不死身に近い。

『浮遊城』
ランク:B+ 種別:対城宝具 レンジ:100 最大補足:1000人
空に浮かぶ城。
大地に流れるマナラインを使い、空に浮かび魔力を蓄えることが出来る。
起動には膨大な魔力が必要。

『魔王』
ランク:A++ 種別:対城宝具 レンジ:100 最大補足:∞
魔王の生誕。
莫大な魔力と魔王の魂、及び魔法陣の作成が必要。
浮遊城自体が魔王召喚のために必要な魔力を蓄えるためのものだった。
周囲に悪質なマナを撒き散らし人々を魔物へと変化させる『魔王城』と、その主である『魔王』が誕生する。
膨大な魔力が必要なため、シアン曰く、恐らく使用は不可能。

【weapon】

【人物背景】
普通の少女であったが、国家の給金の不払いに恨みを持った傭兵による報復で住んでいた村が襲撃を受けた。
当日結婚式の真っ最中であったシアンは村人全員を皆殺しにされ、さらに自身は生きたまま蟲に喰われ死に至った。
その際の強い怨念が蟲に移り、人間としてのシアンは死にレブナントとしてのシアンが生まれた。
蟲はねずみ算式に増えるため、不死身に近い。
人間社会に強い怨恨を抱いており、同時にそれを統一された社会へと正すことを目的としている。

【サーヴァントとしての願い】
魔王、あるいは強大な力を持つものを誕生させ、その力で世界を統一させる。

【基本戦術、方針、運用法】
基本的な戦闘スタイルは蟲による毒と呪いでの攻撃。
火力は圧倒的に低いが、斬撃や銃撃、打撃に対する耐久力は優れている。
陣地作成のスキルを持っているため、地脈に眠る魔力を弄ることもできる。


【マスター】間桐桜
【出典】Fate/Stay Night
【性別】女性

【参加方法】
間桐臓硯の命によって木杭を持ち、半ば強制的に参加

【マスターとしての願い】
なし
お題目としては間桐家の魔術師の真理への到達

【weapon】
なし

【能力・技能】
魔術・水属性

【人物背景】
遠坂家から間桐家へと養子に出されて以来、虐待というのも生ぬるい偏った魔術教育を受け人格が擦り切れる。
衛宮士郎との出会いによって変化が起こったが、衛宮士郎や藤村大河以外の前では希薄な人間性のまま。
本来ならば冬木市の聖杯戦争に参加しているはずだったが、闘争への気迫が薄いため義兄へと令呪を渡した。
胸の中に冬木市の聖杯の欠片と間桐臓硯の蟲を宿している。

【方針】
優勝狙い






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017:暁美ほむら・キャスター 投下順 019:ケイネス&キャスター
017:暁美ほむら・キャスター 時系列順 019:ケイネス&キャスター

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参戦 間桐桜&キャスター(シアン・シンジョーネ 037:冬木市学生諜報記録

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最終更新:2014年08月17日 21:16