「目玉」が、彼女を見ている。
鳴り響く鐘の音、真っ白な花嫁衣装、隣に立つ、笑顔の彼。
胸の内に湧き上がる喜び、これからの生活の幸せな予感。やがて宿るであろう、彼と自分との愛の証明、新たな命。
光の中を、彼女と恋人は、粛々と進んで行く。
けれども、そのバージンロードは、いつまでたっても祭壇へは辿りつかない。
「目玉」が、彼女を見ている。
そこからの暗転。
音を立てて扉が開き、荒々しい声を上げて、男どもが闖入して来る。
腕を掴まれ、連れて行かれる恋人の後ろ姿。
叫ぶ彼女に罵倒を浴びせ、捕まえる男たちの腕。
痛い。
痛い。
苦しい。
輪の中へ、引き入れられる。服が破られ、そして――――。
「目玉」が、彼女を見ている。
ずくずくと、腐れ樹に生る果実のように増えていく。
他人事のように、彼女自身を見つめる「目玉」が。
彼女の顔の上に、たわわに生えていく。

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チェスの兵隊(コマ)、13星座の一人にして、キメラの名を持つ彼女は、いつかの日と全く同じ風景、同じ湖のほとりで、見覚えのある月を見上げていた。

ほんの少し前まで、彼女は死んでいた。消えていた。存在していなかった。
記憶を、あの忌まわしい過去―――恋人を殺され、凌辱され、この姿に成り果てた過去を含めた、全ての記憶を失っていたからだ。

願いをかなえるための「聖杯戦争」の予選。木偶へと変えられ試される朦朧のひととき、多くの者が、そこで資格を失い、網の目から落下していく。

けれど、彼女は、それを突破した。自らの記憶を取り戻し、先へ進む資格を得た。
そのこと自体に、特に感慨はない。
彼女にとって「記憶」とは憎しみであり、そしてその憎しみは、彼女自身と不可分のものであった。身の内で熱く焼け滾る、虫の煮えるような憎しみ。キメラという存在は、仮面をつけて踊る異形は、その憎しみが、泥人形の崩れるように自然とかたちを取ったに過ぎないのだ。そんな彼女が、彼女自身のかたちを思い出さないわけがない。盲人が杖を取るように、彼女は地獄の鎖を、彼女自身を再び手繰り寄せて、予選を突破したのだ。

キメラは思い返す。
蟲細工の新たな材料を探し、「チェスの兵隊」の根城の宝物庫の奥を漁っていたその時、目に入ってきた一つのARM。見た目には、「ディメンションARM」――――空間や時空を超える希少なARM――――の粗悪なまがい物としか思われなかったそれを、わざわざ手に取ったのはなぜだろうか。その意匠が、蛇に絡まれ嘆き叫ぶ花嫁の顔を模した、悪趣味な――――非常に悪趣味なものであったからかもしれない。
けれど、そうして手にしたARMに違和感を覚えた次の瞬間、彫金されている筈の花嫁の唇が蠢き、この世のものと思えない「言葉」を呟いたのだ。願いをかなえる戦い、聖杯戦争についての言葉を。

口角を釣り上げ、右手に刻まれた紋様を見つめて、キメラは笑う。


「ハウリング・デモン」


呟くと、魔力の上昇と共に、右手の指に嵌めた銀の指輪が輝き、ゆったりとした袖から、剥き出しの獣の歯、剥けた歯茎が覗く。

――――ああ、私の手だ。
――――凌辱された体に出来た洞に、いつの間にか歯が生えてきて、ものを欲しがるようになった、可愛い私の手だ。

無論、それは本当のところを言えば、「ゴーストARM」との忌まわしい同化によるものに過ぎないのだが――――彼女は、そのように信じていた。
再会した自らの身体、憎悪のための新たな印、令呪を刻まれた自らの「憎しみ」に、キメラは冷たい顔でほおずりする。
ここへ来ると同時に、全ての単語は理解していた。
運命の奴隷であった自分が、“サーヴァント”を従える――――なんと愉快なことだろう。

時を同じくして、背後の木立から、ゆらゆらと、いくつもの人影が立ちあがっていた。輪郭のぼやけた、幻のような。
けれど、その一つ一つが、キメラには、見覚えがある。忘れもしないあの日、祈りを捧げる彼女の前に、恋人の、マルコの、結婚指輪を嵌めた「指」を放り投げて笑った、彼女を取り囲み、彼女を破り、彼女に最初の印を刻みつけた、あの男たちによく似た“影”だ。
音もなく、むしゃぶりついてくるそいつらにキメラは身を任せ、なされるがままにする。これは、この幻影との痴態は、儀式だ。彼女が、キメラが、この争いの中に身を投じるための。身に穿たれた洞の感触を、思い出さねばならない。
服を破られ、絡み付かれながら、キメラは、ゆっくりと、じっくりと、身の内で再び、ねめあげる様な黒いものが育ってゆくのを感じる。
押し倒される。殴りつけられる。足が上がる。汚らしいものが注ぎ込まれる。身の内を深く深く抉られる。憎い。憎い憎い憎い。ニクイ。やがて、その黒いものが尖り、ぎらつき、そして、体を突き破って――――。

男の一人の顔がはじけた。石榴を割ったように。
続いて隣の男の肩口と顔半身が吹き飛んだ。野イチゴを握りつぶしたように。
その後ろの男の腹に、型で取ったような綺麗な穴が開いた。ベリーに似た飛沫を散らせながら溶け崩れた。
影の男どもの前に、ぎらぎらと尖ったものが、月を浴びて、そこにあった。
暗く燃えるように光るそれが翻るその一瞬間に、全ての生臭い影どもは、汚らしい残滓をだけ残して四散していた。

静寂が戻る。
赤い月光の下に、血を浴びてぎらぎらと屹立するモノは、キメラの体内から――――否、背後から伸びていた。
“槍”――――。
剣を思わせるような幅の広い刃に、細かく幾多の傷を刻み、武骨な柄のもとには、刃の半分ほどまでを覆う、赤黒い汚れた布が巻き付いている。
キメラは艶美に笑って、そして、振り返った。
槍の向こうに、異形の輪郭と、ひび割れた月が二つあった。
――――否、それは、二つの目だ。
満月を中心から砕き割ったような、まんまるい形の中に、同じく形の崩れた瞳がある。
その下に、くろぐろと大きく裂けた口がある。びっしりと歯が並んでいる。
キメラの身体にいつの間にか纏いついている、流れるような闇の色は、「それ」の髪の毛であった。


「ああ――――」


槍を捧げ持った「それ」の肩、血管の如く亀裂が入り、そこから髪の毛と同じ黒い、暗い流れの生え伸びている痩せた肩に、歯を剥いた両手を滑らせ、絡みつかせる。しゅう、しゅう、と、低い呼吸が聞こえる。


「あんたが、そうなんだね。
奴隷の奴隷。私の夢と、憎しみの証明者」


顔に生るたわわの目玉が、彼女の新たな憎しみの分け手を、いとおしげに眺める。
そして彼女は、歌うように、確かめるように、


「憎い。憎い。憎い――――」


嬉しげに笑いながら、呟く。
取り戻した憎しみが、体に刻まれた古い印と、新しい印が。
彼女と、彼女のサーヴァントに、進むべき道を示してくれる。


「血を。血を満たした器で、私は、あの人の元へ帰る」
「来てくれるね。私とおまえとで、その血を流させよう」


応えるように、「それ」が――――「獣」と「槍」が、咆哮した。


###

闇の中で、骸骨が、槍を打っている。
黒く焦げ溶けた鉄の塊を、自らの肉のない手でつかみ、延々と、槌を振り下ろし続けている。
その眼はもはや穿たれただけのうつろな眼窩であり、かつて妹の名を呼び、彼の使い手の名を呼び、地獄の業火を吐きだしていた顎は、もはや唄い手のない虚空の経を上げるように、骨の歯並びをかちかちと鳴らし続けるだけだ。
思いと意味を失った無貌の男は、ただ一つだけ、「憎しみ」だけを打ち続けている。

###


そして、キメラとサーヴァントは闇の中へ、聖杯戦争の暗い運命の中へと歩いて行く。

「人の造った獣」と「人の成り果てた獣」の頭上、赤く焼け爛れた月の色は――――崩れた太陽の写し身のようにも見えた。



―――

【クラス】バーサーカー

【真名】蒼月潮@うしおととら

【パラメーター】
筋力C 耐久C 敏捷B 魔力D 幸運D 宝具B

【属性】
 混沌・狂

【クラススキル】
狂化:B……理性と引き換えに全ステータスを1ランク上昇させる。会話はおろか、意志の疎通すらままならないが、マスターの意向には辛うじて従う本能を残している。

【保有スキル】
騎乗:-
騎乗の才能。本来ならEランク相当の騎乗能力に加え、「妖怪」に属するものに騎乗する特別の才覚を持つが、狂化により失われている。

槍憑き:C
槍を持ち自身も妖と化したことによる特性。傷を受けても急速な勢いで自己治癒・再生し、また、痛みを知覚しない。戦闘続行に似た特性を持つスキル。狂化によってランクが上がっている。本来はDランク相当。

穿心の構え:E
退魔組織・光覇明宗における古き口伝。「心を細くする=集中する」ことを清廉に研ぎ澄ました達人の心得であり、何かしらの防御スキルによって攻撃が無効化された時、「学習」し一段階ずつそれへ「対応」していく。幾度かの経験を積むことでその防御スキルを無効に出来る可能性を秘めているが、狂化により無意識下の本能レベルにまで劣化した現在の状態ではあまり期待はできない。本来はCランク相当。

結界斬り:B
大海妖の結界を切り裂き、座敷童を封印から解き放ち、果ては冥界の引力を断ち切るなどの逸話から成ったスキル。閉じた空間に何らかの影響を及ぼす「結界」に類する術に対して特攻を得、槍で斬り祓う事によって、それを破壊することができる。

【宝具】
『獣の槍(スピア・オブ・ビースト)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~3 最大補足:1人
人の憎しみより生まれ、鬼を突き邪を裂く砕魔無敵の霊槍。生きた妖器物。
使用者は、周囲の空間に存する邪気・妖気を吸収して髪の毛が伸びたような外見となり、槍に魂を削り喰らわれることと引き換えに、強大な妖力と戦闘力、動体視力、歴代の使い手の経験を得る。魂が削り切られた使用者は「獣」へ成り果ててしまうと言われる。バーサーカーの姿はその初期段階の逸話からの具現である。
大陸を渡り日本へと飛来し、その広きに渡る伝承の中で、数多の強力な邪怪を葬り、神に類する存在をも殺し、最終的には、「世界そのもの」より分かたれた太陰の化身を滅ぼした。あまねく妖怪どもの噂に伝えられ恐れられた特性も加え、魔に類するもの(器物も含め)、人外のものに対しては、かすめるだけでも致命に等しいダメージを与える。反面、「人間の身を選り分けて妖怪だけを切った」などの逸話から、人間や、サーヴァントの中でも純粋な人間を起源とする者に対しては、攻撃力が大きく削がれる。

なお、初期状態では、槍の刃の下半分ほどまでを覆うように、深山幽谷の強力な妖怪たちが槍を封じるため糸の一本一本となり身をささげた「封印の赤布」が巻き付いている。これは槍の力を大幅に減衰させる代わり、魂の消費を抑える機能も担っており、此度の召喚においては、槍のオン・オフの効かないバーサーカーにとって魔力消費を抑える役を果たしている。この布を部分的に引きちぎるごとに宝具の能力は上昇するが、同時に消費魔力も増えて行く(バーサーカー自身にこの布をちぎることはできない)。現段階のマスターには、赤布を全て引きちぎった槍(太陰討滅の逸話通りの性能の槍)の使用に耐えられるキャパシティはないだろう。

『魂呼びの祓い櫛(コーム・オブ・コーリング・ユー)』
 ランク:D 種別:対人宝具(自身) レンジ:1 最大補足:1体
獣と化した槍の使い手を元に戻すための櫛。使い手のことを真に想う女性の手にこの櫛を持たせ、伸びた髪の毛(妖気の具現)を梳らせることによって、段階的に狂化スキルを減退させることができる。ただし、それは同時にステータスの急激な低下をも意味するため、今回使われることは恐らくないだろう。

『太陽に命届くまで(デイヌマン・ウィズ・サンライズ)』
 ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:??? 最大補足:???体
一国全ての人妖の大集結と祈りを連ねた、太陰の化身との未曽有の最終決戦の在りようが宝具化したもの。「希望」の象徴として時空間に干渉し、絶対者に抗う全ての他マスターとサーヴァントをも巻き込んで、絶望の因果律を逆転させる対界宝具。
実質的には使用不可能。


【weapon】
宝具である獣の槍。バーサーカーとしての在りようと共に常時開放状態となっているが、赤布によって大幅にスペックと消費魔力を抑えられた状態である。

【人物背景】
東京都みかど市に住む中学二年生。「獣の槍」に選ばれ、世界を恐慌と絶望の下に還そうとした太陰の化身「白面の者」を討ち滅ぼした英雄。バーサーカーとしての姿は、魂を削り切られ、憎悪のもとに槍を振るうだけの獣と化した時のものである。本来の彼は背中を守る「年経た雷炎の大化生」と一対で初めて意味を成す存在であり、無二の相棒と共に在り得ない此度の召喚では、英霊としての格もステータスもダウンしている。

【サーヴァントとしての願い】
現時点では不明。狂化により自我はほとんどなく、「槍の滅ぼすべきものを滅ぼす」という本能に近い方針に従って行動する。サーヴァントとして調整されたこの場合の「滅ぼすべきもの」とは白面の者ではなく、マスターの指示する敵である。

【基本戦術、方針、運用法】
宝具の攻撃力は一部の例外を除いて必殺に等しいと言ってよく、また、槍兵クラスに近い敏捷性を生かしながら痛みを感じず戦い続けるタフさ・回復能力を持っている。マスター自身のスペックの高さも考慮すれば、ある程度好きにさせておいても共に場を荒らせよう。
反面、高ランクの狂化のため精密な運用は難しく、また、当然ながら彼本来の精神的な強さや鋭さは全く発揮できない状況にある。加えて、布による封印があるとはいえ、見境もない常時開放の宝具はコストパフォーマンスが壊滅的に悪い。何らかの対策を講じない限り、初期封印状態のままでもいずれ魔力切れを起こすだろう。魂食いなどを効果的に活用していく必要がある。



【マスター】キメラ(アイリン)@MAR

【参加方法】
イレギュラーなARMの一部として使用されていた木材がゴフェルの木片であった

【マスターとしての願い】
恋人であるマルコを生き返らせ、人生をやり直す

【weapon】
ARMと呼ばれる魔法のアイテムを所有し、装備している。キメラのARMはゴーストARMと呼ばれ、人体そのものを変化させる禁断の代物。他のARM同様、使用には魔力を消費する。
ハウリングデモン:腕を歯のある怪物のように変化させ、そこから肉を抉る衝撃波を打ち出す。
オーガハンド:両腕を鋭い爪のある巨大なものに変化させて攻撃する。
ゴーストテイル:自身より黒い尾を生やして攻撃。両手が使えるという利点がある。
他、身体変化を基調とするARM数点

いずれも通常時のキメラの両手に指輪として装着されており、名を呼ぶことで発動される。

【能力・技能】
短期間でナイト・クラスにまで上り詰めた天性の才、チェスのコマとして培った戦闘技能。ファンタジー異世界の住人(かつ精鋭ARM使い)として、十全な魔力も備えている。

【人物背景】
メルヘン世界を具象化したような異世界・メルヘヴンにおいて、幾度もの大戦を引き起こした戦闘集団「チェスの兵隊(コマ)」の一員。クラス分けされた組織内では、キング・クイーンに次ぐ位階で13人しか存在しない「ナイト」、特に13星座(ゾディアック)と呼ばれる精鋭の部隊に属する。自身の身体を変異させる禁断のゴーストARMの使い手で、古豪の英雄をやすやすと下す実力を備える。
仮面を着けていると男のようだが実は女性で、本名はアイリン。顔の右半分には、葡萄のような眼球の房が寄生している。一般人であった過去、チェスの残党でありながら改心して結婚を誓い合った相手であるマルコを、結婚式の最中に民衆によって拉致され、殺される。自身も連行され、嬲られ拷問されたあげく、「女ではなくなっ」た、とまで述べる程に心身ともぼろぼろになってしまった。その後、憎悪と復讐心からチェスの兵隊に入り、短期間でナイトまで上り詰める。
破滅的な性格で、拷問により虫食われた身体になじませたゴーストARMで相手を嬲ることに喜びを覚えている描写がある。

【方針】
自らのカラダとARM、バーサーカーとで他参加者を嬲り殺しながら、優勝を目指す。