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「話【こうしょうのじかん】」(2016/12/16 (金) 14:25:03) の最新版変更点
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ああ、楽しい。とても楽しい。
闘争だよ、考えてもみたまえ、君。
配点(戦争・平和)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【1】
交渉をする際にまず必要なものは、言い分を聞かせる為の土壌だ。
相手がこちらと同じ土俵に建つ事で、初めて交渉というものは成立する。
逆に言ってしまえば、相手に聞く気が無いのなら、それは交渉以前の問題という事で。
(五分五分、だよなぁ)
五分五分とは、相手が交渉に応じる確率を指している。
アーカードとアンデルセンの事は、既にライダーから聞き及んでいる。
片や闘争の狗、片や狂信者。どちらも人の話を聞かない暴れ馬だ、と。
もし彼等がそっぽを向いて飛び去ってしまえば、この交渉は失敗に終わる。
まだ本題にさえ入っていないというのに、膝を付く羽目になってしまうのだ。
正純としては、そればっかりは何としても避けたい事態ではある、のだが。
(……にしても、いくらなんでも殺気立ちすぎじゃないか?)
正純がこの場に現れてもなお、アーカードとアンデルセンの殺気は衰えない。
視線はこちらに向けているものの、手に持つ武器は互いに突き付けたままだ。
文字通りの一触即発、ふとしたきっかけで戦闘が起きかねない。
どうするべきか。このまま話を続けた方がいいのだろうか。
そもそも、あの体勢でこちらの話を聞く事は可能なのか。
やはりここは、一旦武器を下ろしてもらうべきなのではなかろうか。
「ちょっと!人の話を聞くなら武器しまいなさいよ!」
この張り詰めた空気に合わない、幼い少女の声がした。
正純の隣に立つアーチャーが、アーカード達に呼びかけたのだ。
矮躯といえどやはりサーヴァント、子供とは思えない度胸である。
一方の正純は、背中の温度が低下していくのを感じていた。
あの言い方では、逆に二人の気を立てる結果になるのではないか。
どうか穏便に済んでほしいと、そう願わずにはいられない。
「それもそうだな、このままでは話を聞くのもままならん」
「……これ以上王を待たせるつもりか」
「なに、すぐに済む」
意外な事に、彼等は素直に武器を下ろした。
どうやらあの二人、思ったより話が分かるのかもしれない。
少佐の言伝とはやや異なる様子に、正純はほっと息をついた。
アーカードは口元に微笑を浮かべ、一方のアンデルセンは眉間に皺を寄せている。
見た所、アンデルセン側が何らかの約束を取り付けているようだ。
やはりタイミングを見誤っただろうか。だとしても、もう後には戻れない。
「さて、少佐の遣い。お前は真に戦うべき者がいる、そう言ったな。ならば答えてみせろ、私達を何と戦わせるつもりだ?」
「"聖杯"。貴殿らが求める願望器そのものだ」
正確に言えば、聖杯戦争の元凶たる聖杯と交渉するのだ。
聖杯を砕くのは、その交渉が決裂した場合の話である。
補足をしようとして正純は口を開こうとするのを、神父の声が遮った。
「――聖杯と戦え、だと?」
「必ずしも戦う訳ではない」と口に出そうとして、しかし言いよどむ。
神父から漏れ出る殺意が、喉まで出かけた言葉を引っ込ませたからだ。
正純を射抜く彼の視線は、切先の鋭い槍の如き鋭さが秘められていた。
「俺に神の聖遺物を砕けと、この異端狩りに聖杯を破壊しろと。
その上この"吸血鬼(ばけもの)"と協力しろと、貴様はそう言うのか」
神父はその場に佇むばかりで、一歩も動こうとしない。
だが正純には、この狂信者が一歩ずつ迫っている様な感覚を覚えた。
一字一句神父が言葉を紡ぐ毎に、着実に殺意が増しているのだ。
「理由を言え。俺の殺意がまだ限度でない内にな」
気付けば、正純の頬に冷や汗が伝っていた。
アンデルセンが狂信者である事は、既に少佐から聞いている。
しかしながら、ここまで壮絶な殺意を放出できる男だったとは。
ここでしくじれば最後、協力どころか自分の命まで危ないだろう。
「……神父、貴殿も気付いているのではないか?この聖杯が名ばかりのものに過ぎない事に」
「根拠はあるのか」
「Jud.でなければこうして貴殿らの前には出ていない」
そう、単純な理屈ではあるが、根拠なら持ってきてある。
相手を揺さぶる第一手としては、それなりの効果がある筈だ。
「そもそも、聖杯とは、イエス・キリストの聖遺物、最後の晩餐で彼が使用した杯だ。
それに他者の血を求める要素など何処にもなかった筈。何故聖杯は我々の死を望むのか?」
「アーサー王の聖杯伝説に由来するものではないのか?」
「仮にそうだとしても、その聖杯にも血を求めた歴史は無かった筈だ」
アーカードの質問に、直純が即答した。
彼女が言う通り、聖杯とはイエスの所有物以上の意味を持たない。
ましてや、そこに流血が関わった歴史など何処にも無いのである。
「ノアの箱舟にしてもそうだ。本来あれは男女のつがいを乗せる舟。
にも関わらず、この聖杯戦争では男同士の主従が存在している、これは本来の聖書の記述とは矛盾している」
優勝景品たる聖杯はおろか、舞台となる方舟さえ偽名を使用している。
その仮定が正しければ、聖杯戦争そのものが胡散臭いものに見えてくる。
本来の名を隠すなど、何か裏があるに決まっているのだから。
「とするとアレか、この聖杯が聖杯じゃないって、お前はそう言いたい訳か」
「そういう事になる。聖杯の名を騙る正体不明の願望器。それが今我々が求めようとしている物体の正体だ」
耳に入り込んできたジョンスの言葉に、正純はそう答えた。
そして彼女はその後に、改めて神父と向き合った。
「アンデルセン神父、貴方は異端狩りを主とする、バチカン法王庁特務局第13課所属と聞いている。
となれば、この聖杯の名を騙るこの願望器は、貴殿にとって許し難い存在なのではないか?」
神父はその言葉に対し、無言を貫いたままであった。
それを肯定ととるか否定ととるか、正純は推し量る術を持たない。
だがあの態度は、こちらの話を聞いていると見て間違いないだろう。
彼等の心を動かすには、もう一声必要だ。
「……断言しよう。貴殿らは聖杯に隷属している身であると。
願いを人質に取られ、聖杯の望むがままに戦わされているのだと」
聖杯戦争に従うというのは、聖杯に従うのと同義だ。
ア^カードも神父も、聖杯などという正体不明の存在に仕える者では無かった筈だ。
にも関わらず、彼等は聖杯のお望み通り、闘争に明け暮れているではないか。
「貴公らの主は別にいる筈だ。仕えるべき神が、人間がいたのではなかったか。
にも関わらず、何故貴殿らは闘争に明け暮れる?第三者の操り人形にされている?」
アーカードには、インテグラというヘルシング家の血を引く主がいた。
アンデルセンには、キリストという二千年もの間信仰された主がいた。
この二人には、間違いなく従うべき者が、尊ぶべき者がいた筈である。
だからこそ正純達は、今の彼等を否定する。
聖杯に隷属し、造られた闘争に身をやつす彼等の頬を引っ叩く。
主を見違えた者達の眼を、従うべき者へ向けさせる為に。
正純の発言を聴き終えた後、口を開いたのは神父ではなく。
彼の殺気を全身に浴び続けていた、アーカードの方であった。
「言うじゃないかお嬢さん(フロイライン)。実に勇敢な口ぶりだ。
ならばどうする?我々を隷属させる聖杯にお前は何を突き付ける?」
「私は聖杯を"解釈"する。殺し合いを望む聖杯と交渉し、そのやり方を改めさせる。
保存するに足るという一対を選出するのが目的なら、現状より相応しい方法など幾らでもある筈だ」
アークセルの目的は、自身に保存するに相応しい"つがい"を用意する事だ。
求めるものが本当にそれだけならば、聖杯戦争に拘る必要性など皆無ではないか。
それこそ血の一滴も流れない、平穏な方法による選出も出来る筈だ。
「なるほど、たしかにお前の言い分も尤もだ。だが聖杯とて聖人君主ではあるまい。
お前の言う"真名を隠す紛い物"が、その"解釈"とやらを聞くほど利口な保証はないだろう」
そう、アーカードの意見も一理あるし、十分想定できる事態ではある。
聖杯に意思が存在している事は。過去の考察で確信済みだ。
その聖杯が、果たして一参加者の提案を受け入れるものだろうか?
そしてアーカードは、正純からある一言を引き出そうとしている。
もし聖杯が交渉に応じなかったなら、お前はどうするつもりなのだ、と。
正純本人の口から、あの単語が出てくるのを待ち侘びているのである。
「聞こう。もしその解釈が失敗に終わったのだとしたら?」
そして予測通り、アーカードは何かに期待するかの様に問い。
「……その時こそ、貴殿らの望み通りの事をしよう」
対する正純は、待ってましたと言わんばかりに。
アーカードが渇望する、その一言を叩き付けた。
「戦争だ。一心不乱の大戦争を以てして、聖杯を打破しようじゃないか」
言い終えた直後、周囲に漂うのは静寂であった。
僅かな間にも関わらず、その瞬間が酷くおぞましいものに、正純は思えてならなかった。
もしかしたら次の瞬間、新たな戦いの火蓋が落とされるかもしれないのだ。
この静けさは、開戦直前の不穏さを内包していたのであった。
そしてその静けさを破ったのは、足音だった。
小さな笑みを携えたアーカードが、正純達に向けて歩き出したのである。
一歩ずつゆっくりと、標的である正純を威圧するかの如く。
アーチャーが臨戦態勢に移ろうとするのを、正純が手で制した。
アーカードが発砲する事はないという、確信めいたものがあったからだ。
歩み寄る吸血鬼が、正純の目の前に来たところで、足音が止んだ。
アーカードは、自身を見上げる正純の表情をじっと見つめていた。
こちらをじっと見つめる、彼女の凛々しい視線が、アーカードを射抜いている。
物怖じしないその瞳を見て、アーカードは何かを察したのか、
「く、くく」
唐突に漏れ出た小さな笑い声は、すぐに巨大なものへ成長していく。
「くは、はははは、くはははははははッ!」
アーカードは正純に向け、これ以上ない位に破顔してみせたのだ。
これには流石の彼女も、表情に困惑が出てきてしまう。
それでもなお、吸血鬼は笑うのを止めようとはしなかった。
「ははははははははははッ!聖杯と戦争するだと!?
成程大したお嬢さんだ、あの少佐が遣わしただけの事はあるッ!」
流石少佐の遣いって、それじゃまるで私が少佐みたいじゃないか。
正純は思わずそう反論したくなるが、ぐっと押さえてやり過ごす。
重要な交渉の最中に、平時の様に突っ込むのは自殺行為に他ならない。
「成程、聖杯と戦争か。中々どうして、面白いではないか」
「……んだよお前、また寄り道する気かよ」
「まあ待てマスター、まだそうと決まった訳では無いさ」
ジョンスの方を振り返り、彼と会話を交わすアーカード。
どうやら、彼の方からは好印象を持たれているらしい。
この調子で、こちらの意見も聞き入れてくれればいいものだが。
そう考える正純を尻目に、アーカードは神父に向けて、
「では今度は私からお前に聞こう、神父。
聖杯との闘争と私同士の闘争、お前はどちらを取る?」
これまた、答えに期待するかの様な言いぶりだった。
神父の方もそれを察したのだろう、迷惑そうな口調で、
「ほざくか吸血鬼。俺の答えなど、当の昔に予感していただろうに」
直後、刺す様な視線が、再び正純を襲う。
射抜かれた彼女もまた、物怖じする事なくアンデルセンを見つめた。
少女と神父、二人の視線が交差する。
「お前の話が正しければ、俺の敵は聖杯なのだろう。
聖杯を騙るなら、我が銃剣(バヨネット)で粉微塵にせねばなるまい」
「……それは、我々に協力するという事で間違いないか?」
これはもう、決まったようなものではないか。
想像以上に容易く、この二人を懐柔できてしまうのではないか。
そんな慢心にも似た期待が、正純の中に生まれ始めて、
「お前の話に乗る気は無い。少なくとも今は、な」
そして神父は、当然の様にその期待を打ち砕いた。
【2】
「なっ――――!?」
提案の否定を突き付けられ、正純は思わず動揺した。
それもその筈、神父は彼女の話に対し、納得を示していたのである。
その神父がどうして、聖杯の紛い物との闘争を突っぱねてしまうのか。
「お前の言葉に理解は示せる。なるほど聖杯は偽りかもしれん、俺が滅ぼすべき物かもしれん。
だが駄目だ、今だけは駄目なのだ。俺の問題ではない、俺のサーヴァントと、そこにいる吸血鬼の問題だ」
そう言って、神父はアーカードを睨み付けた。
常人なら竦み上がるであろうその視線を受け、吸血鬼はにやりと笑う。
殺意に慣れ切った、闘争に身を置き続けた者らしい反応だった。
「貴殿のサーヴァントとアーカードに、どんな関係が……」
「俺が契約しているのは、ヴラド三世だ」
「――――ッ!?」
アンデルセンの告白に、正純は絶句する他なかった。
サーヴァントの真名を明かしたのもそうだが、あのヴラド三世を従えているというのだ。
奇怪な話だとしか思えない――そのヴラド三世は、正純の目の前にいるというのに。
「俺は今"人間の"ヴラド三世と共にいる。
人として戦い、人として死に、人として座に至った英雄。
そこにいる化物と同じ名の王と、俺は契約した身にある」
とどのつまり、この冬木には"ヴラド三世"が二人いる、という事になる。
片や吸血鬼として存在するヴラド、片や人間として存在するヴラド。
化物と人間、対極に位置する二人が出会えば、起こるのは一つを置いて他にない。
きっと二人は、己が存在を賭け、互いの心臓を穿たんとするだろう。
「王は今、自分(アーカード)との闘争を求めている。
奴の存在だけは、決して受け入れてはならないものだからだ。
如何なる局面であろうと、奴だけは、あの化物だけは、王の手で殺されねばならぬ」
この様子では、アーカードとの協力など以ての外だろう。
よもや、神父のサーヴァントが障害として立ちはだかる事になろうとは。
思わぬ壁の出現を前に、正純は内心で歯噛みした。
「……今である必要はあるのか?」
「王はこの夜の決着を望んでいる。一刻も早く滅ぼさねばならんのだ。
喝采を以て迎え入れ、憤怒を以て滅ぼし尽くす。それが王の望みだ」
どうやら人間のヴラド三世は、大層せっかちな気質らしい。
よほど怪物のヴラド三世を気に入ってはいないのだろう。
歪になった自分自身、滅ぼしたいと思うのは当然なのかもしれないが。
「聖杯の為ではない。俺が呼んだ王の、たった一人の人間の為の闘争だ。
誰にも邪魔はさせん。誰にも渡さん。誰だろうと、誰であろうとだッ!
……横槍を入れるなら、例え裁定者であろうと塵殺してくれる」
その言葉には、有無を言わさぬ覇気が、これでもかと含まれていた。
どんな存在が割って入ろうと、それら全ての邪魔を消し去らんとばかりの勢い。
この男にとって、ヴラド三世同士の闘争とは、それだけの意味を持つのであろう。
「もう一度言おう。あの化物を打ち滅ぼすその瞬間まで、お前達の話を聞き入れる事は出来ん」
「だ、だが!貴殿らのその闘争さえ聖杯が仕立て上げた物ッ!それを――」
「くどいぞ、女」
その瞬間、正純は心臓に銃剣が突き刺さったかの様な感覚を覚えた。
急激な立ちくらみが襲い掛かり、思わず倒れ込んでしまいそうになる。
それでも立っていられたのは、正純が積んだ経験のお陰であろう。
幾度となくプレッシャーを浴びてきたからこそ、どうにか耐え切れたのだ。
(これが神父の……まるでサーヴァントじゃないか)
それまで放っていた殺意でさえ凄まじいと感じていたのに、それ以上があったとは。
この瞬間正純は、神父が自分に向けては殺意を抑えていた事を悟った。
恐らく、今先程向けられたものこそが、彼が化物に向ける殺気なのだろう。
アーカードはこの覇気を、そよ風を受けるかの様に浴びていたというのだ。
「知った事ではない。お前が何を考えようが、少佐が何を成そうが知った事か。
今の俺は、王の元に化物を送り届ける機械であればいい。道具であればそれでいい」
神父の鋭利すぎる殺意が、正純の全身を貫いている。
常人であれば卒倒してしまいそうなそれを浴びながらも、正純の心は折れていなかった。
ここで引いてしまえば、わざわざ此処に来た意味が無くなってしまう。
死と隣り合わせなのを承知の上で、それでも説得せんと口を開こうとして、
「そこまでで結構だ、マスター」
正純を制止させたのは、少佐の一声であった。
何時の間にやら、彼はシャアの車から此処まで移動していたのである。
少佐は正純の一歩先に立ち、前方の戦闘狂達と相対する。
「久しぶりだな、諸君。ここからは我がマスターに代わって、私から話をさせてもらおう」
アーカード、アレクサンド・アンデルセン、そして少佐。
かつてロンドンにて、血を血で洗う戦争を巻き起こした三人の狂人。
この冬木の地で、彼等は再び集結する事となるのであった。
【3】
シャア達が交渉の場に出る事を、正純は良しとしなかった。
車で待っていてほしいと、彼女直々に申し出ていたのである。
アーカード達との交渉を通して、自分の交渉力を見せつける。
シャアが考えるに、それは正純の狙いの一つなのだろう。
狂犬二匹を押さえつける事で、己の能力を同盟相手に誇示する。
そんな目的が無ければ、シャアらの協力を拒む事はない筈だ。
(……無茶な話だろうな)
だが現実は、正純の思う通りにはいかなかった。
アーカードは既に、闘争の約束を取り付けていたのである。
おまけにその相手は、彼にとって宿敵とも呼べる存在なのだ。
シャアにとってのアムロ・レイ、日本軍にとっての連合国がそうであったように。
彼等のその戦いに割って入るなど、無謀であると言う他ない。
正純には悪いが、この交渉は失敗するだろう。
少なくとも、円満に同盟が結べるとは到底思えない。
悪いがここは、先の申し出を無視してでも介入すべきだろう。
そう考えた後、赤い車から降りようとするシャアだったが、
「いや結構、私が行こう」
シャアの思考を読んだかの様に、ライダーがそう言った。
見ると、彼は既に車を離れようとしているではないか。
「何、客人に出向かせては面子が立たないのでね。
これでもサーヴァントだ、マスターの助けくらいはしなければ」
「それを言うなら私も同じだ。手を差し伸べずに、何が同盟相手か」
「いやはやなるほど、そういう捉え方もできるか」
そう言うライダーの顔には、やはり笑みが張り付いている。
その笑みは、シャアが従えるアーチャーの様な、温かみのあるものではない。
アーカード達と同じ、獰猛な肉食動物の様な歪んだ笑顔である。
「だが断らせてもらう。これは私自身の事情もあってね」
「……やはり気になるのか。あの二人が」
「ああ、そうだとも。言ってしまえば私はね、同窓会に行くのさ」
◇ □ ◇
「やあ、久しぶりだな"少佐"」
「ああ、二度と会いたくなかったよ"吸血鬼"」
少佐とアーカードは、互いに笑みを作っていた。
その表情に何が隠れていたのかは、当人達のみぞ知る話だ。
一つはっきりしているのは、再会の喜ばしさ故の笑みではない、という事か。
「良い戦争の機会を手土産にしたが……どうやら間が悪かったようだ。
いやはやまさか、そんな極上の闘争(ネタ)を既に仕入れていたとはね」
「ああ、またとない機会だ。まさか"私"と殺し合えるとはな」
あの神父まで従えてきたのだ、これほど良い日はそうそう無いさ。
そう言うとアーカードは、くつくつと笑ってみせた。
よほど自分との戦いが楽しいのだろう、嫌でもそう分かる笑みだった。
「お前の言う戦争も興味深いが、流石にこれには勝てんさ」
「ふむ。では我がマスターの要求も突っぱねる気でいたのか」
「そういう事になるな」
そう、アーカードは最初から、正純に従うつもりは無かった。
彼女がどんな要求をしようが、最終的には断る気でいたのだ。
今の彼には、目の前にある最高の闘争こそが最優先だった。
「なるほど、この有様では狂犬に話す様なものだな。
ならばせめて、私の要求の一つは聞いてもらえないか?」
そう言って、改めて少佐はアーカード達と向き合った。
かつて敵対した彼等に、この戦争狂は何を求める気でいるのか。
場の注目は、必然的に少佐一人へ向けられていく。
周囲の視線を一身に浴びる彼は、悠然とした様子を保ったまま、
「休戦だ。アーカード、そしてアンデルセン神父。私は諸君らとの再戦を否定する」
直後、アーカードが「ほお」と声を上げた。
一方の神父は、眉ひとつ動かさず少佐を見つめている。
「理由を答えろ、少佐。闘争を誰より望んだ貴様が、何故闘争を否定する」
「私自身が嫌だからさ。君達との戦争はもう喰い飽きたのでね。
それに、こんな戦争を侮辱した戦争の真っただ中となっては、食指も動かんさ」
誰より戦争を求め、そして戦争を愛した男が、戦争を否定した。
それどころか、この聖杯戦争を"戦争の侮辱"と嫌悪さえしている始末。
アンデルセンは、問わずにはいられなかった。"何故聖杯戦争を否定するのか"、と。
「私は君達と最高の戦争をしたと思っている。あの闘争は、過去のどんな戦争より心が躍ったものさ。
エバン・エマール要塞の戦いよりも、スターリングラード攻防戦よりも、きっと素晴らしい戦争だったろう」
生前、少佐はアンデルセンやアーカードと、文字通りの大戦争を行っている。
ロンドンを舞台にした一大決戦は、イギリスの首都を一夜で死の都に変貌させた。
その凄まじさたるや、ロンドンだけでも数百万人規模の犠牲が出た程である。
彼の固有結界にして宝具である『最後の大隊(ミレニアム)』は、その一夜を再現するものだ。
宝具とは、その英霊を象徴する伝説の具現化。その事実からも、少佐とこの戦争の関係性が窺えるだろう。
「諸君らとの戦争は良い物だった。私の命を燃やし切るに相応しい闘争だった。
あの燃え盛るロンドンは、最後の景色にしては上出来すぎるくらいだったさ」
その言葉通り、少佐はアーカード達との戦争を、最高の戦いだったと思っている。
サイボーグになってまで生き延び、そして死んだ甲斐があったと信じて疑ってない。
地獄の様な戦争だったが、彼にとっては、有終の美を飾るに相応しい闘争だったのだ。
「だからこそ、私は私の花道を汚す全てを否定する」
光悦とした表情から一転、少佐の表情に怒りが浮かぶ。
それは、自らの末路を汚したアークセルに向かうものであった。
「私は人生に満足した。私は終焉を理解した。私は結末に納得した。
だから許せない。私の人生に蛇足をつけた聖杯が、心底憎くて堪らない」
少佐は現在、ムーンセルによって再現された身である。
それはつまり、月の演算装置に彼の情報が記録されているという意味だ。
今の彼は、まさしくムーンセルの一部の様なものなのである。
「ムーンセルだったか、あれは最悪だ。
人の情報を盗み、同化させる演算装置。その在り様は吸血鬼そのものだ。
他者の命を喰らい、己の物とする連中と何が違う?ああ、何一つ違わんさ」
聖杯――あらゆる情報を吸い上げ、己の物とする演算装置。
無限に等しい人間のデータを、それはその身に融合させている。
まるで、血を啜り魂を吸収する、あの吸血鬼(アーカード)の様に。
「冗談じゃない。俺の情報は、命は、心は、魂は、俺だけのものだ。
毛筋一本、血液一滴、俺だけに扱う権利がある。どれもこれも俺のものだ!」
少佐は吸血鬼を否定する。吸血鬼という魂の侵略者を憎悪する。
そしてそれ故に、聖杯という吸血鬼まがいの装置をも、同様に憎むのだ。
全ては、自分が唯一で在り続ける為に。自分が自分で在り続ける為だけに。
「私は私を喰らった聖杯を憎悪する、私の最期を汚した聖杯を嫌悪する。
"これまでの"私を汚す一切を、私は受け入れるつもりは無いのだよ」
君達との再戦も、その内の一つなのさ。
その言葉で締めくくると、少佐は少し表情を緩ませた。
するとアーカードが、釣られる様に顔を綻ばせた。
「私はまたお前と殺し合っても構わんぞ」
「冗談でも止めてくれ、君と戦うなどもう真っ平御免だ」
【4】
結局の所、どういう展開になったんだ、これは。
少佐の演説を聴き終えて、ジョンスが思ったのはそれだった。
何しろ、交渉でもするのかと思えば、急に自分語りを始めたのだ。
アーカードといい、急にポエムを口ずさむ癖でもあるのだろうか。
「いいだろう」
「いいだろう」というのは、少佐の要求に対するものだろう。
ジョンスの意思などお構いなしに、この男は休戦を受け入れた。
尤も、当のジョンスの方も、別に戦おうが戦わまいが、どちらでも良かったのだが。
「そちらがその気なら仕方ない。私も銃を収めるとしよう」
「銃を収めるって、戦うつもりだったのかよ」
「場合によってはな。エスコートされたのなら、付き添わねばなるまい」
もう少しクサくない例えは出来ないのか、お前。
そう突っ込む代わりに、ジョンスは溜息を一つついた。
時折、この吸血鬼の考えが分からなくなる時がある。
「アーカードは問題なし。ではアンデルセン神父、君はどうだ?」
「言われずとも、今の俺に貴様と戦う理由は無い」
神父は淡々と、少佐の質問に答えた。
彼の言う通り、今此処で矛を交えるには理由が無い。
神父達が戦う場所は、此処から離れた廃教会である。
「そうか、では此処に停戦は成立した。今後我々は侵さず、侵されずの関係に至る。
そして諸君、君達は我々に背を向け、これから"お楽しみ"に洒落込むわけだ」
お楽しみ――つまりは、ヴラド三世同士の決戦。
この闘争を終えれば、どちらかが死に、どちらかが生き残る。
少佐もまた、それを承知の上で停戦協定を結んだのだろう。
どちらが生き残っても、協力体制を作れるように、という魂胆に違いない。
「ああ行くといい。存分に戦って、そして死んでくるといい。
自分との闘争、さぞや気持ちの良い自慰になるだろうさ」
アーカードは口を三日月に歪め、神父は一瞬顔を強張らせる。
少佐はというと、やっぱり楽し気な表情を浮かべたままだった。
その後、廃教会に向かおうと動き出したのは、神父が最初であった。
すぐさま目的地に行こうとして、しかし少佐の方へ振り返り、
「さらばだ少佐。今は、今この一瞬だけは――感謝するぞ」
その言葉を最後に、神父は一気に駆けだした。
彼は駿馬の如き勢いで、廃教会がある方向に移動していったのだ。
その速度といえば、サーヴァントにさえ匹敵する程である。
「ああ。さよならだ、神父」
舞台からアンデルセンが消え、残るは少佐とアーカード。
次に消えるのは、アーカード達と決まっていた。
「では行くか、"私"をあまり待たせるのも酷だ」
「元々お前が放った都合じゃねえか」
半ば呆れながらも、ジョンスもまた廃教会に向かおうとして。
小さな子供の手が、自分のズボンを掴んでいる事に気付いた。
視線を向けてみれば、やっぱりそれはれんげであった。
「八極拳……うちも連れてってなん」
一人の男にしか縋れない、弱い子供がそこにいた。
宮内れんげには、帰る場所も持つべき役割もありはしない。
あまりに自由なこの少女は、同時に哀しい程孤独であった。
「どうするマスター、この子も連れていくか?」
「どうするって言われてもな……」
アーカードの問いに、ジョンスは少しばかり考える。
そしてその後、孤独に怯える少女の顔を一目見て、
「ついてきたいなら、勝手に来いよ」
その途端、れんげの表情から怯えが消えた。
手をズボンから離し、既に歩きだしていたアーカードに向けて走り出す。
こういう切り替えの早さもまた、子供であるれんげならではであった。
ジョンスはちらと、正純達の方を見遣った。
彼女とアーチャーとはばつの悪そうな顔を浮かべる一方、少佐は妙に楽し気な顔をしている。
一体全体何がおかしいんだと聞こうとして、面倒なのでやめた。
(訳分かんねえな、こいつら)
もしかして、アーカードの周りには変な奴しかいないのだろうか。
そんな事をふと思って、「まあそうだろうな」と勝手に納得した。
なるほど、それなら周りから「サムい」や「キモい」など言われる訳もない。
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|146-c:[[祭りのあとには]]|[[投下順>本編SS目次・投下順]]|156-b:[[話【これからのはなし】]]|
|146-c:[[祭りのあとには]]|[[時系列順>本編SS目次・時系列順]]|156-b:[[話【これからのはなし】]]|
|BACK|登場キャラ:[[追跡表]]|NEXT|
|146-c:[[祭りのあとには]]|[[宮内れんげ]]|156-b:[[話【これからのはなし】]]|
|~|[[アレクサンド・アンデルセン]]&ランサー([[ヴラド三世]])|~|
|~|[[ジョンス・リー]]&アサシン([[アーカード]])|~|
|~|[[電人HAL]]&アサシン([[甲賀弦之介]])|~|
|~|[[シャア・アズナブル]]&アーチャー([[雷]])|~|
|~|[[本多・正純]]&ライダー([[少佐]])|~|
ああ、楽しい。とても楽しい。
闘争だよ、考えてもみたまえ、君。
配点(戦争・平和)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【1】
交渉をする際にまず必要なものは、言い分を聞かせる為の土壌だ。
相手がこちらと同じ土俵に建つ事で、初めて交渉というものは成立する。
逆に言ってしまえば、相手に聞く気が無いのなら、それは交渉以前の問題という事で。
(五分五分、だよなぁ)
五分五分とは、相手が交渉に応じる確率を指している。
アーカードとアンデルセンの事は、既にライダーから聞き及んでいる。
片や闘争の狗、片や狂信者。どちらも人の話を聞かない暴れ馬だ、と。
もし彼等がそっぽを向いて飛び去ってしまえば、この交渉は失敗に終わる。
まだ本題にさえ入っていないというのに、膝を付く羽目になってしまうのだ。
正純としては、そればっかりは何としても避けたい事態ではある、のだが。
(……にしても、いくらなんでも殺気立ちすぎじゃないか?)
正純がこの場に現れてもなお、アーカードとアンデルセンの殺気は衰えない。
視線はこちらに向けているものの、手に持つ武器は互いに突き付けたままだ。
文字通りの一触即発、ふとしたきっかけで戦闘が起きかねない。
どうするべきか。このまま話を続けた方がいいのだろうか。
そもそも、あの体勢でこちらの話を聞く事は可能なのか。
やはりここは、一旦武器を下ろしてもらうべきなのではなかろうか。
「ちょっと!人の話を聞くなら武器しまいなさいよ!」
この張り詰めた空気に合わない、幼い少女の声がした。
正純の隣に立つアーチャーが、アーカード達に呼びかけたのだ。
矮躯といえどやはりサーヴァント、子供とは思えない度胸である。
一方の正純は、背中の温度が低下していくのを感じていた。
あの言い方では、逆に二人の気を立てる結果になるのではないか。
どうか穏便に済んでほしいと、そう願わずにはいられない。
「それもそうだな、このままでは話を聞くのもままならん」
「……これ以上王を待たせるつもりか」
「なに、すぐに済む」
意外な事に、彼等は素直に武器を下ろした。
どうやらあの二人、思ったより話が分かるのかもしれない。
少佐の言伝とはやや異なる様子に、正純はほっと息をついた。
アーカードは口元に微笑を浮かべ、一方のアンデルセンは眉間に皺を寄せている。
見た所、アンデルセン側が何らかの約束を取り付けているようだ。
やはりタイミングを見誤っただろうか。だとしても、もう後には戻れない。
「さて、少佐の遣い。お前は真に戦うべき者がいる、そう言ったな。ならば答えてみせろ、私達を何と戦わせるつもりだ?」
「"聖杯"。貴殿らが求める願望器そのものだ」
正確に言えば、聖杯戦争の元凶たる聖杯と交渉するのだ。
聖杯を砕くのは、その交渉が決裂した場合の話である。
補足をしようとして正純は口を開こうとするのを、神父の声が遮った。
「――聖杯と戦え、だと?」
「必ずしも戦う訳ではない」と口に出そうとして、しかし言いよどむ。
神父から漏れ出る殺意が、喉まで出かけた言葉を引っ込ませたからだ。
正純を射抜く彼の視線は、切先の鋭い槍の如き鋭さが秘められていた。
「俺に神の聖遺物を砕けと、この異端狩りに聖杯を破壊しろと。
その上この"吸血鬼(ばけもの)"と協力しろと、貴様はそう言うのか」
神父はその場に佇むばかりで、一歩も動こうとしない。
だが正純には、この狂信者が一歩ずつ迫っている様な感覚を覚えた。
一字一句神父が言葉を紡ぐ毎に、着実に殺意が増しているのだ。
「理由を言え。俺の殺意がまだ限度でない内にな」
気付けば、正純の頬に冷や汗が伝っていた。
アンデルセンが狂信者である事は、既に少佐から聞いている。
しかしながら、ここまで壮絶な殺意を放出できる男だったとは。
ここでしくじれば最後、協力どころか自分の命まで危ないだろう。
「……神父、貴殿も気付いているのではないか?この聖杯が名ばかりのものに過ぎない事に」
「根拠はあるのか」
「Jud.でなければこうして貴殿らの前には出ていない」
そう、単純な理屈ではあるが、根拠なら持ってきてある。
相手を揺さぶる第一手としては、それなりの効果がある筈だ。
「そもそも、聖杯とは、イエス・キリストの聖遺物、最後の晩餐で彼が使用した杯だ。
それに他者の血を求める要素など何処にもなかった筈。何故聖杯は我々の死を望むのか?」
「アーサー王の聖杯伝説に由来するものではないのか?」
「仮にそうだとしても、その聖杯にも血を求めた歴史は無かった筈だ」
アーカードの質問に、直純が即答した。
彼女が言う通り、聖杯とはイエスの所有物以上の意味を持たない。
ましてや、そこに流血が関わった歴史など何処にも無いのである。
「ノアの箱舟にしてもそうだ。本来あれは男女のつがいを乗せる舟。
にも関わらず、この聖杯戦争では男同士の主従が存在している、これは本来の聖書の記述とは矛盾している」
優勝景品たる聖杯はおろか、舞台となる方舟さえ偽名を使用している。
その仮定が正しければ、聖杯戦争そのものが胡散臭いものに見えてくる。
本来の名を隠すなど、何か裏があるに決まっているのだから。
「とするとアレか、この聖杯が聖杯じゃないって、お前はそう言いたい訳か」
「そういう事になる。聖杯の名を騙る正体不明の願望器。それが今我々が求めようとしている物体の正体だ」
耳に入り込んできたジョンスの言葉に、正純はそう答えた。
そして彼女はその後に、改めて神父と向き合った。
「アンデルセン神父、貴方は異端狩りを主とする、バチカン法王庁特務局第13課所属と聞いている。
となれば、この聖杯の名を騙るこの願望器は、貴殿にとって許し難い存在なのではないか?」
神父はその言葉に対し、無言を貫いたままであった。
それを肯定ととるか否定ととるか、正純は推し量る術を持たない。
だがあの態度は、こちらの話を聞いていると見て間違いないだろう。
彼等の心を動かすには、もう一声必要だ。
「……断言しよう。貴殿らは聖杯に隷属している身であると。
願いを人質に取られ、聖杯の望むがままに戦わされているのだと」
聖杯戦争に従うというのは、聖杯に従うのと同義だ。
アーカードも神父も、聖杯などという正体不明の存在に仕える者では無かった筈だ。
にも関わらず、彼等は聖杯のお望み通り、闘争に明け暮れているではないか。
「貴公らの主は別にいる筈だ。仕えるべき神が、人間がいたのではなかったか。
にも関わらず、何故貴殿らは闘争に明け暮れる?第三者の操り人形にされている?」
アーカードには、インテグラというヘルシング家の血を引く主がいた。
アンデルセンには、キリストという二千年もの間信仰された主がいた。
この二人には、間違いなく従うべき者が、尊ぶべき者がいた筈である。
だからこそ正純達は、今の彼等を否定する。
聖杯に隷属し、造られた闘争に身をやつす彼等の頬を引っ叩く。
主を見違えた者達の眼を、従うべき者へ向けさせる為に。
正純の発言を聴き終えた後、口を開いたのは神父ではなく。
彼の殺気を全身に浴び続けていた、アーカードの方であった。
「言うじゃないかお嬢さん(フロイライン)。実に勇敢な口ぶりだ。
ならばどうする?我々を隷属させる聖杯にお前は何を突き付ける?」
「私は聖杯を"解釈"する。殺し合いを望む聖杯と交渉し、そのやり方を改めさせる。
保存するに足るという一対を選出するのが目的なら、現状より相応しい方法など幾らでもある筈だ」
アークセルの目的は、自身に保存するに相応しい"つがい"を用意する事だ。
求めるものが本当にそれだけならば、聖杯戦争に拘る必要性など皆無ではないか。
それこそ血の一滴も流れない、平穏な方法による選出も出来る筈だ。
「なるほど、たしかにお前の言い分も尤もだ。だが聖杯とて聖人君主ではあるまい。
お前の言う"真名を隠す紛い物"が、その"解釈"とやらを聞くほど利口な保証はないだろう」
そう、アーカードの意見も一理あるし、十分想定できる事態ではある。
聖杯に意思が存在している事は。過去の考察で確信済みだ。
その聖杯が、果たして一参加者の提案を受け入れるものだろうか?
そしてアーカードは、正純からある一言を引き出そうとしている。
もし聖杯が交渉に応じなかったなら、お前はどうするつもりなのだ、と。
正純本人の口から、あの単語が出てくるのを待ち侘びているのである。
「聞こう。もしその解釈が失敗に終わったのだとしたら?」
そして予測通り、アーカードは何かに期待するかの様に問い。
「……その時こそ、貴殿らの望み通りの事をしよう」
対する正純は、待ってましたと言わんばかりに。
アーカードが渇望する、その一言を叩き付けた。
「戦争だ。一心不乱の大戦争を以てして、聖杯を打破しようじゃないか」
言い終えた直後、周囲に漂うのは静寂であった。
僅かな間にも関わらず、その瞬間が酷くおぞましいものに、正純は思えてならなかった。
もしかしたら次の瞬間、新たな戦いの火蓋が落とされるかもしれないのだ。
この静けさは、開戦直前の不穏さを内包していたのであった。
そしてその静けさを破ったのは、足音だった。
小さな笑みを携えたアーカードが、正純達に向けて歩き出したのである。
一歩ずつゆっくりと、標的である正純を威圧するかの如く。
アーチャーが臨戦態勢に移ろうとするのを、正純が手で制した。
アーカードが発砲する事はないという、確信めいたものがあったからだ。
歩み寄る吸血鬼が、正純の目の前に来たところで、足音が止んだ。
アーカードは、自身を見上げる正純の表情をじっと見つめていた。
こちらをじっと見つめる、彼女の凛々しい視線が、アーカードを射抜いている。
物怖じしないその瞳を見て、アーカードは何かを察したのか、
「く、くく」
唐突に漏れ出た小さな笑い声は、すぐに巨大なものへ成長していく。
「くは、はははは、くはははははははッ!」
アーカードは正純に向け、これ以上ない位に破顔してみせたのだ。
これには流石の彼女も、表情に困惑が出てきてしまう。
それでもなお、吸血鬼は笑うのを止めようとはしなかった。
「ははははははははははッ!聖杯と戦争するだと!?
成程大したお嬢さんだ、あの少佐が遣わしただけの事はあるッ!」
流石少佐の遣いって、それじゃまるで私が少佐みたいじゃないか。
正純は思わずそう反論したくなるが、ぐっと押さえてやり過ごす。
重要な交渉の最中に、平時の様に突っ込むのは自殺行為に他ならない。
「成程、聖杯と戦争か。中々どうして、面白いではないか」
「……んだよお前、また寄り道する気かよ」
「まあ待てマスター、まだそうと決まった訳では無いさ」
ジョンスの方を振り返り、彼と会話を交わすアーカード。
どうやら、彼の方からは好印象を持たれているらしい。
この調子で、こちらの意見も聞き入れてくれればいいものだが。
そう考える正純を尻目に、アーカードは神父に向けて、
「では今度は私からお前に聞こう、神父。
聖杯との闘争と私同士の闘争、お前はどちらを取る?」
これまた、答えに期待するかの様な言いぶりだった。
神父の方もそれを察したのだろう、迷惑そうな口調で、
「ほざくか吸血鬼。俺の答えなど、当の昔に予感していただろうに」
直後、刺す様な視線が、再び正純を襲う。
射抜かれた彼女もまた、物怖じする事なくアンデルセンを見つめた。
少女と神父、二人の視線が交差する。
「お前の話が正しければ、俺の敵は聖杯なのだろう。
聖杯を騙るなら、我が銃剣(バヨネット)で粉微塵にせねばなるまい」
「……それは、我々に協力するという事で間違いないか?」
これはもう、決まったようなものではないか。
想像以上に容易く、この二人を懐柔できてしまうのではないか。
そんな慢心にも似た期待が、正純の中に生まれ始めて、
「お前の話に乗る気は無い。少なくとも今は、な」
そして神父は、当然の様にその期待を打ち砕いた。
【2】
「なっ――――!?」
提案の否定を突き付けられ、正純は思わず動揺した。
それもその筈、神父は彼女の話に対し、納得を示していたのである。
その神父がどうして、聖杯の紛い物との闘争を突っぱねてしまうのか。
「お前の言葉に理解は示せる。なるほど聖杯は偽りかもしれん、俺が滅ぼすべき物かもしれん。
だが駄目だ、今だけは駄目なのだ。俺の問題ではない、俺のサーヴァントと、そこにいる吸血鬼の問題だ」
そう言って、神父はアーカードを睨み付けた。
常人なら竦み上がるであろうその視線を受け、吸血鬼はにやりと笑う。
殺意に慣れ切った、闘争に身を置き続けた者らしい反応だった。
「貴殿のサーヴァントとアーカードに、どんな関係が……」
「俺が契約しているのは、ヴラド三世だ」
「――――ッ!?」
アンデルセンの告白に、正純は絶句する他なかった。
サーヴァントの真名を明かしたのもそうだが、あのヴラド三世を従えているというのだ。
奇怪な話だとしか思えない――そのヴラド三世は、正純の目の前にいるというのに。
「俺は今"人間の"ヴラド三世と共にいる。
人として戦い、人として死に、人として座に至った英雄。
そこにいる化物と同じ名の王と、俺は契約した身にある」
とどのつまり、この冬木には"ヴラド三世"が二人いる、という事になる。
片や吸血鬼として存在するヴラド、片や人間として存在するヴラド。
化物と人間、対極に位置する二人が出会えば、起こるのは一つを置いて他にない。
きっと二人は、己が存在を賭け、互いの心臓を穿たんとするだろう。
「王は今、自分(アーカード)との闘争を求めている。
奴の存在だけは、決して受け入れてはならないものだからだ。
如何なる局面であろうと、奴だけは、あの化物だけは、王の手で殺されねばならぬ」
この様子では、アーカードとの協力など以ての外だろう。
よもや、神父のサーヴァントが障害として立ちはだかる事になろうとは。
思わぬ壁の出現を前に、正純は内心で歯噛みした。
「……今である必要はあるのか?」
「王はこの夜の決着を望んでいる。一刻も早く滅ぼさねばならんのだ。
喝采を以て迎え入れ、憤怒を以て滅ぼし尽くす。それが王の望みだ」
どうやら人間のヴラド三世は、大層せっかちな気質らしい。
よほど怪物のヴラド三世を気に入ってはいないのだろう。
歪になった自分自身、滅ぼしたいと思うのは当然なのかもしれないが。
「聖杯の為ではない。俺が呼んだ王の、たった一人の人間の為の闘争だ。
誰にも邪魔はさせん。誰にも渡さん。誰だろうと、誰であろうとだッ!
……横槍を入れるなら、例え裁定者であろうと塵殺してくれる」
その言葉には、有無を言わさぬ覇気が、これでもかと含まれていた。
どんな存在が割って入ろうと、それら全ての邪魔を消し去らんとばかりの勢い。
この男にとって、ヴラド三世同士の闘争とは、それだけの意味を持つのであろう。
「もう一度言おう。あの化物を打ち滅ぼすその瞬間まで、お前達の話を聞き入れる事は出来ん」
「だ、だが!貴殿らのその闘争さえ聖杯が仕立て上げた物ッ!それを――」
「くどいぞ、女」
その瞬間、正純は心臓に銃剣が突き刺さったかの様な感覚を覚えた。
急激な立ちくらみが襲い掛かり、思わず倒れ込んでしまいそうになる。
それでも立っていられたのは、正純が積んだ経験のお陰であろう。
幾度となくプレッシャーを浴びてきたからこそ、どうにか耐え切れたのだ。
(これが神父の……まるでサーヴァントじゃないか)
それまで放っていた殺意でさえ凄まじいと感じていたのに、それ以上があったとは。
この瞬間正純は、神父が自分に向けては殺意を抑えていた事を悟った。
恐らく、今先程向けられたものこそが、彼が化物に向ける殺気なのだろう。
アーカードはこの覇気を、そよ風を受けるかの様に浴びていたというのだ。
「知った事ではない。お前が何を考えようが、少佐が何を成そうが知った事か。
今の俺は、王の元に化物を送り届ける機械であればいい。道具であればそれでいい」
神父の鋭利すぎる殺意が、正純の全身を貫いている。
常人であれば卒倒してしまいそうなそれを浴びながらも、正純の心は折れていなかった。
ここで引いてしまえば、わざわざ此処に来た意味が無くなってしまう。
死と隣り合わせなのを承知の上で、それでも説得せんと口を開こうとして、
「そこまでで結構だ、マスター」
正純を制止させたのは、少佐の一声であった。
何時の間にやら、彼はシャアの車から此処まで移動していたのである。
少佐は正純の一歩先に立ち、前方の戦闘狂達と相対する。
「久しぶりだな、諸君。ここからは我がマスターに代わって、私から話をさせてもらおう」
アーカード、アレクサンド・アンデルセン、そして少佐。
かつてロンドンにて、血を血で洗う戦争を巻き起こした三人の狂人。
この冬木の地で、彼等は再び集結する事となるのであった。
【3】
シャア達が交渉の場に出る事を、正純は良しとしなかった。
車で待っていてほしいと、彼女直々に申し出ていたのである。
アーカード達との交渉を通して、自分の交渉力を見せつける。
シャアが考えるに、それは正純の狙いの一つなのだろう。
狂犬二匹を押さえつける事で、己の能力を同盟相手に誇示する。
そんな目的が無ければ、シャアらの協力を拒む事はない筈だ。
(……無茶な話だろうな)
だが現実は、正純の思う通りにはいかなかった。
アーカードは既に、闘争の約束を取り付けていたのである。
おまけにその相手は、彼にとって宿敵とも呼べる存在なのだ。
シャアにとってのアムロ・レイ、日本軍にとっての連合国がそうであったように。
彼等のその戦いに割って入るなど、無謀であると言う他ない。
正純には悪いが、この交渉は失敗するだろう。
少なくとも、円満に同盟が結べるとは到底思えない。
悪いがここは、先の申し出を無視してでも介入すべきだろう。
そう考えた後、赤い車から降りようとするシャアだったが、
「いや結構、私が行こう」
シャアの思考を読んだかの様に、ライダーがそう言った。
見ると、彼は既に車を離れようとしているではないか。
「何、客人に出向かせては面子が立たないのでね。
これでもサーヴァントだ、マスターの助けくらいはしなければ」
「それを言うなら私も同じだ。手を差し伸べずに、何が同盟相手か」
「いやはやなるほど、そういう捉え方もできるか」
そう言うライダーの顔には、やはり笑みが張り付いている。
その笑みは、シャアが従えるアーチャーの様な、温かみのあるものではない。
アーカード達と同じ、獰猛な肉食動物の様な歪んだ笑顔である。
「だが断らせてもらう。これは私自身の事情もあってね」
「……やはり気になるのか。あの二人が」
「ああ、そうだとも。言ってしまえば私はね、同窓会に行くのさ」
◇ □ ◇
「やあ、久しぶりだな"少佐"」
「ああ、二度と会いたくなかったよ"吸血鬼"」
少佐とアーカードは、互いに笑みを作っていた。
その表情に何が隠れていたのかは、当人達のみぞ知る話だ。
一つはっきりしているのは、再会の喜ばしさ故の笑みではない、という事か。
「良い戦争の機会を手土産にしたが……どうやら間が悪かったようだ。
いやはやまさか、そんな極上の闘争(ネタ)を既に仕入れていたとはね」
「ああ、またとない機会だ。まさか"私"と殺し合えるとはな」
あの神父まで従えてきたのだ、これほど良い日はそうそう無いさ。
そう言うとアーカードは、くつくつと笑ってみせた。
よほど自分との戦いが楽しいのだろう、嫌でもそう分かる笑みだった。
「お前の言う戦争も興味深いが、流石にこれには勝てんさ」
「ふむ。では我がマスターの要求も突っぱねる気でいたのか」
「そういう事になるな」
そう、アーカードは最初から、正純に従うつもりは無かった。
彼女がどんな要求をしようが、最終的には断る気でいたのだ。
今の彼には、目の前にある最高の闘争こそが最優先だった。
「なるほど、この有様では狂犬に話す様なものだな。
ならばせめて、私の要求の一つは聞いてもらえないか?」
そう言って、改めて少佐はアーカード達と向き合った。
かつて敵対した彼等に、この戦争狂は何を求める気でいるのか。
場の注目は、必然的に少佐一人へ向けられていく。
周囲の視線を一身に浴びる彼は、悠然とした様子を保ったまま、
「休戦だ。アーカード、そしてアンデルセン神父。私は諸君らとの再戦を否定する」
直後、アーカードが「ほお」と声を上げた。
一方の神父は、眉ひとつ動かさず少佐を見つめている。
「理由を答えろ、少佐。闘争を誰より望んだ貴様が、何故闘争を否定する」
「私自身が嫌だからさ。君達との戦争はもう喰い飽きたのでね。
それに、こんな戦争を侮辱した戦争の真っただ中となっては、食指も動かんさ」
誰より戦争を求め、そして戦争を愛した男が、戦争を否定した。
それどころか、この聖杯戦争を"戦争の侮辱"と嫌悪さえしている始末。
アンデルセンは、問わずにはいられなかった。"何故聖杯戦争を否定するのか"、と。
「私は君達と最高の戦争をしたと思っている。あの闘争は、過去のどんな戦争より心が躍ったものさ。
エバン・エマール要塞の戦いよりも、スターリングラード攻防戦よりも、きっと素晴らしい戦争だったろう」
生前、少佐はアンデルセンやアーカードと、文字通りの大戦争を行っている。
ロンドンを舞台にした一大決戦は、イギリスの首都を一夜で死の都に変貌させた。
その凄まじさたるや、ロンドンだけでも数百万人規模の犠牲が出た程である。
彼の固有結界にして宝具である『最後の大隊(ミレニアム)』は、その一夜を再現するものだ。
宝具とは、その英霊を象徴する伝説の具現化。その事実からも、少佐とこの戦争の関係性が窺えるだろう。
「諸君らとの戦争は良い物だった。私の命を燃やし切るに相応しい闘争だった。
あの燃え盛るロンドンは、最後の景色にしては上出来すぎるくらいだったさ」
その言葉通り、少佐はアーカード達との戦争を、最高の戦いだったと思っている。
サイボーグになってまで生き延び、そして死んだ甲斐があったと信じて疑ってない。
地獄の様な戦争だったが、彼にとっては、有終の美を飾るに相応しい闘争だったのだ。
「だからこそ、私は私の花道を汚す全てを否定する」
光悦とした表情から一転、少佐の表情に怒りが浮かぶ。
それは、自らの末路を汚したアークセルに向かうものであった。
「私は人生に満足した。私は終焉を理解した。私は結末に納得した。
だから許せない。私の人生に蛇足をつけた聖杯が、心底憎くて堪らない」
少佐は現在、ムーンセルによって再現された身である。
それはつまり、月の演算装置に彼の情報が記録されているという意味だ。
今の彼は、まさしくムーンセルの一部の様なものなのである。
「ムーンセルだったか、あれは最悪だ。
人の情報を盗み、同化させる演算装置。その在り様は吸血鬼そのものだ。
他者の命を喰らい、己の物とする連中と何が違う?ああ、何一つ違わんさ」
聖杯――あらゆる情報を吸い上げ、己の物とする演算装置。
無限に等しい人間のデータを、それはその身に融合させている。
まるで、血を啜り魂を吸収する、あの吸血鬼(アーカード)の様に。
「冗談じゃない。俺の情報は、命は、心は、魂は、俺だけのものだ。
毛筋一本、血液一滴、俺だけに扱う権利がある。どれもこれも俺のものだ!」
少佐は吸血鬼を否定する。吸血鬼という魂の侵略者を憎悪する。
そしてそれ故に、聖杯という吸血鬼まがいの装置をも、同様に憎むのだ。
全ては、自分が唯一で在り続ける為に。自分が自分で在り続ける為だけに。
「私は私を喰らった聖杯を憎悪する、私の最期を汚した聖杯を嫌悪する。
"これまでの"私を汚す一切を、私は受け入れるつもりは無いのだよ」
君達との再戦も、その内の一つなのさ。
その言葉で締めくくると、少佐は少し表情を緩ませた。
するとアーカードが、釣られる様に顔を綻ばせた。
「私はまたお前と殺し合っても構わんぞ」
「冗談でも止めてくれ、君と戦うなどもう真っ平御免だ」
【4】
結局の所、どういう展開になったんだ、これは。
少佐の演説を聴き終えて、ジョンスが思ったのはそれだった。
何しろ、交渉でもするのかと思えば、急に自分語りを始めたのだ。
アーカードといい、急にポエムを口ずさむ癖でもあるのだろうか。
「いいだろう」
「いいだろう」というのは、少佐の要求に対するものだろう。
ジョンスの意思などお構いなしに、この男は休戦を受け入れた。
尤も、当のジョンスの方も、別に戦おうが戦わまいが、どちらでも良かったのだが。
「そちらがその気なら仕方ない。私も銃を収めるとしよう」
「銃を収めるって、戦うつもりだったのかよ」
「場合によってはな。エスコートされたのなら、付き添わねばなるまい」
もう少しクサくない例えは出来ないのか、お前。
そう突っ込む代わりに、ジョンスは溜息を一つついた。
時折、この吸血鬼の考えが分からなくなる時がある。
「アーカードは問題なし。ではアンデルセン神父、君はどうだ?」
「言われずとも、今の俺に貴様と戦う理由は無い」
神父は淡々と、少佐の質問に答えた。
彼の言う通り、今此処で矛を交えるには理由が無い。
神父達が戦う場所は、此処から離れた廃教会である。
「そうか、では此処に停戦は成立した。今後我々は侵さず、侵されずの関係に至る。
そして諸君、君達は我々に背を向け、これから"お楽しみ"に洒落込むわけだ」
お楽しみ――つまりは、ヴラド三世同士の決戦。
この闘争を終えれば、どちらかが死に、どちらかが生き残る。
少佐もまた、それを承知の上で停戦協定を結んだのだろう。
どちらが生き残っても、協力体制を作れるように、という魂胆に違いない。
「ああ行くといい。存分に戦って、そして死んでくるといい。
自分との闘争、さぞや気持ちの良い自慰になるだろうさ」
アーカードは口を三日月に歪め、神父は一瞬顔を強張らせる。
少佐はというと、やっぱり楽し気な表情を浮かべたままだった。
その後、廃教会に向かおうと動き出したのは、神父が最初であった。
すぐさま目的地に行こうとして、しかし少佐の方へ振り返り、
「さらばだ少佐。今は、今この一瞬だけは――感謝するぞ」
その言葉を最後に、神父は一気に駆けだした。
彼は駿馬の如き勢いで、廃教会がある方向に移動していったのだ。
その速度といえば、サーヴァントにさえ匹敵する程である。
「ああ。さよならだ、神父」
舞台からアンデルセンが消え、残るは少佐とアーカード。
次に消えるのは、アーカード達と決まっていた。
「では行くか、"私"をあまり待たせるのも酷だ」
「元々お前が放った都合じゃねえか」
半ば呆れながらも、ジョンスもまた廃教会に向かおうとして。
小さな子供の手が、自分のズボンを掴んでいる事に気付いた。
視線を向けてみれば、やっぱりそれはれんげであった。
「八極拳……うちも連れてってなん」
一人の男にしか縋れない、弱い子供がそこにいた。
宮内れんげには、帰る場所も持つべき役割もありはしない。
あまりに自由なこの少女は、同時に哀しい程孤独であった。
「どうするマスター、この子も連れていくか?」
「どうするって言われてもな……」
アーカードの問いに、ジョンスは少しばかり考える。
そしてその後、孤独に怯える少女の顔を一目見て、
「ついてきたいなら、勝手に来いよ」
その途端、れんげの表情から怯えが消えた。
手をズボンから離し、既に歩きだしていたアーカードに向けて走り出す。
こういう切り替えの早さもまた、子供であるれんげならではであった。
ジョンスはちらと、正純達の方を見遣った。
彼女とアーチャーとはばつの悪そうな顔を浮かべる一方、少佐は妙に楽し気な顔をしている。
一体全体何がおかしいんだと聞こうとして、面倒なのでやめた。
(訳分かんねえな、こいつら)
もしかして、アーカードの周りには変な奴しかいないのだろうか。
そんな事をふと思って、「まあそうだろうな」と勝手に納得した。
なるほど、それなら周りから「サムい」や「キモい」など言われる訳もない。
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