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アトラスの子ら(U)」(2017/02/12 (日) 21:55:57) の最新版変更点

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*アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns 人がいない街を、狭間偉出夫は好んでいる。 学生の身分で夜に繰り出す機会などまるで縁が無かったが、今になってそう思う。 相次ぐ怪事件が漠然と、だが確かに不安や恐怖となって街全体に伝播しているのだろう。 退勤ラッシュのピークが過ぎた後の通路の人はまばらだ。仕事がなければ外に出るのも億劫だったに違いない。 足早に家路に向かうサラリーマンを尻目と比較して、狭間の足取りはゆったりとしていた。 彼は仕事に追われる身でもないし街を覆う闇に震える衆愚とも違う。この冬木の闇そのものの根源なのだから。 大地を叩く靴の足音、凡俗で無意味でしかない会話の雑音は不協和音となって狭間の耳を苛ませる。 何処を見渡しても蠢く頭の大群、すれ違う度に自分に伸びる二つの眼球の視線は狭間の目を曇らせた。 社会の枠組みの中に狭間も一員として加わっている以上、避け得るものではない。そんなことは百も承知だった。 そしてその常識を破壊してしまいたいと思うほど、狭間は社会を、人を疎んでいた。 それを思えば、喧騒から外れた夜の街は狭間の心情に合致しているといえるだろう。 後ろにぴったりと付いてくる純朴な―――しかし纏う雰囲気は妖艶な少女に目を奪われ、立ち止まりそうになる視線は、少々鬱陶しかったが。 何にせよ、これから夜が来る。 一般市民ならば明日の仕事や学校の準備、もしくは夜遊びの画策になろうが、狭間達マスターにとって夜とは聖杯戦争の時間である。 人目を気にする必要性が昼よりも格段に下がるこの時刻。自然戦闘行為の数も規模も派手なものとなるのは明らかだ。 それよりずっと早くに大暴れを仕出かした間抜けもいるがそれは考慮しない。あれから破壊の報道が入ってこないところからすると、 集まったサーヴァントに討ち取られたか、駆け付けたルーラーに処罰されたかのどちらかだろう。 逢魔が時を過ぎ、魑魅魍魎が顔を出す聖杯戦争の本領。 その夜に狭間は、拠点である家に戻る選択をした。 「ねえマスター。そろそろお腹空いてこない?」 「先に言っておくが、戦術上の目的以外での……行為には許可は出さないぞ」 元より学校へ行く時間を割いて昼を索敵に充てていたのもある。 一日、正確には半日で手にした情報はそれなりであり、今後の趨勢を担う可能性を秘めたものだ。 錯刃大学に潜む反射能力を持つ英霊には、図書館で接触した格闘家と怪物のペアをけしかけた。 今日明日すぐに飛びつくのも甘い見通しだろうが、少なからず関心は向いたはずだ。 彼らに特に向かうべき標的がおらず、潜伏者がそれを察知すれば、遠からず食いつくと踏んでいる。 そして手持ちの札―――淫蕩のライダー、鏡子の性能は昼でのアクションの方が向いている。 広範囲に届く魔手に触れれば最後、相手は嬲られるだけ嬲られ、搾られるとこまで搾り尽くされる、一対一では負けなしの鬼札。 しかしどれだけ遠くに届こうと、狙える対象、行為の相手は一度に一人だ。 聖杯戦争はなべて秘して行われるもの。 即ち。夜になればサーヴァントの動きは活発化する。 全知全能が性行に注がれてると言って過言ではないライダーの、唯一絶対の弱点が対多人数戦にあることは周知の通りだ。 これは狭間の想像外であるが、鏡子自身が全身で臨めば最低でも四、五人は絡めとれるだろうが……虚弱な本体を晒すリスクは変わりない。 一人を責めている最中に遠方からの狙撃で頭蓋を撃ち抜かれる―――そんな間抜けな終わりは断固拒否する狭間にとってみれば、 むしろ各陣営の動きが少なくなる日の出た時刻でこそライダーの神出鬼没さは適格な効果を見せるものという見解だ。 ……魔神皇を名乗るにしてはネチネチとした戦術を取るのにも忌避感はある。が、与えられた札が既にして常に何かしら粘着質なモノを浴びなければ気が済まない化物なのだ。 極まりすぎた長所は弱点にも変わる。鏡子の場合、『性技』が長所で弱点は『それ以外』だ。 己の生死に直結する以上、考えなしで動かす方が愚策というもの。 魔界の塔を仲魔の力を借りて踏破した頃……魔神皇になる以前の経験が活きているというのは皮肉というものだった。 「私が言ってるのはマスターの方よ。魔術師しては破格でも生体そのものが人間離れしてるわけじゃないでしょ?  お腹も空けば食べるし、しごけば射精する。生理反応は健康な男の子そのものだものね♪」 「……事実だがそのふたつを同列に並べないでくれ。途端に食欲が失せる」 ライダーと行動を共にする限りこの手の話題が離れないのは、狭間にとってみれば最早頭痛の種でしかない。 ただ言うことそのものは理に適った、意外な戦術面を見せることもあるのでまるきり無視するわけにもいかないのが余計に始末が悪かった。 ライダーの言う通り、神の力を取り込んだとはいえ狭間偉出夫の体は肉の身を超えてはいない。 栄養補給に食事は要るし、疲労がつのれば睡眠もする。呪文を使えば容易く回復できるがそれ自体にも消耗がある。 休息は行動に挟むべき選択なのは間違いなかった。そしてそれならば、ライダーの運用に僅かながら危険が伴う夜に主従共々休息を済ませてしまえばいい。 「それに……私の方もご飯が食べたくなってきたかな」 「今言ったことをもう忘れたのか―――」 「だから違うってば。私が何から何までセックスの話しかしないと思った?」 「それは冗談で言っているんだろうな」 これが通常のマスターとサーヴァントの間であれば、英霊に一般的な食事での栄養補給に意味があるのかという会話になるだろう。 だが色々な意味で普通ではない関係のこの二人が話せば、その意味が一気に変わってしまっていた。 「確かに生前の私は魔人に覚醒する前も後もセックス漬けの毎日を送っていたわ。  けど何もその頃から精気を吸って命を永らえる、サーヴァントの特性を備えていたわけではないの。  そんな淫魔(インキュバス)じみた余分な能力は持ってない。私はただ、セックスがしたかっただけなのだから」 普通の食事もすれば普通に睡眠も取る。                                  ビッチ 人類史に残る性技の英霊として座に召し上げられる以前の魔人・鏡子は、鏡を通した遠隔能力以外は常人と変わらぬ人間なのだ。 「もちろん、そっちの『食事』をさせてくれるなら大歓迎だよ、私は?」 清楚な微笑みは、見ただけで狭間の性を湧きたてられ、うんざりするほど射精したはずの股座が何度目かの屹立を始める。 脅迫の意味など込められていないだろうが、それでも背筋に寒いものが走る。 「わ、わかった……いいだろう」 たとえ僅かな時間でも、この性の化物を食費で繋ぎ止めていられるのなら安いものである。 なお、家で食べるという選択肢はない。あの場所には身を潜める拠点以上の意味を求めてないのだから。 「マスター」 再び狭間を呼ぶ声。 洗い流したはずの性臭が香るばかりのライダーの空気がその時一変した。 ビッチであることは変わりない。しかし手にはいつの間に取り出していた鏡を凝視し、映る映像に神経を這わしている。 『ただのビッチ』から『ライダーのサーヴァント』としての本分に立ち返った姿勢は、狭間からしても見事なものだった。 それがたとえ、性行する対象が明確に決まっただけの変化だけでしかないとはいえ。 「敵、か?」 「たぶん。数は一人、女の子。こっちに近づいて来てる」 遠隔透視宝具『ぴちぴちビッチ』の鏡面に投影される、紫を基調にした服を着た長髪の少女。 狭間の位置からは約三百m先。付近は狭間の家も含めマンションが立ち並び、分かれ道は幾つもある。 「最初は単なる帰宅中の生徒とも思ってたけど、家がある場所はどんどん通り過ぎていくからずっと見ていたの。そしたら私達のいる方に少しずつ詰める動きだったから、ね」 どうやら、道中から監視を継続して不審な動きを見せる者か調べていたらしい。 英霊と呼ばれるに足る、単なる色情魔ではないということを改めて知る。 「どうする?ここからでも責められるし、ほんとに無関係の可能性もあるけど」 ライダーは狭間に尋ねる。この場の判断はこちらに委ねる、ということか。 撃退するだけなら、ライダーに攻撃を指示すればいい。錯刃大学のような例外でなければそれで片が付く。 そう命令を下せないのは、頭に引っかかる疑問を解き明かしていないからだ。 ライダーの推察が多々しければ、向こうはこちらをマスターであると特定し尾行している。 理由は。簡単だ。狭間自身から発せられる濃密な魔力の気配を辿ったからだ。 神霊をも取り込み魔神皇となった狭間の魔力となれば、無意識に漏れる魔力だけでもかなりのものとなる。 その無意識が、狭間自身も自覚してない飢えた感情が基点としている以上は。 己を隠す、という世渡りに大なり小なり必要な技能を、優秀な能力と引き換えに持ち合わせていなかったからこそ今の狭間がいる。 自身の潜在意識を知らぬまま、狭間は結論を出した。 ……魔力を探知されているならば隠匿は無意味。 このままライダーに追い払わせるのは楽だが、そうすれば敵は更なる準備を以て再び襲来するだろう。 今は距離がやや開いている。狭間自身が追撃をかけるにもそれより前に逃げられる可能性もある。 ならば選択は一つ――― 「エストマ」 短い一言の呟きは魔力を伴って、風に乗り空間に行き渡る。 魔物避けの呪文は術者より劣る力量の者を自然と遠ざける。例え付近に帰る家があったとしても、暫くは立ち入る気すら起こるまい。 無論魔神皇たる狭間に並ぶかそれ以上のマスターなど存在しない。だがこの呪文はあくまで魔物避けのもの。 NPCや使い魔、魔力耐性のない者には通じても、サーヴァントや熟練した魔術師には弾かれる。 それは狭間も織り込み済み。重要なのは、ここに余計な人物が入り込まないことだ。 「退かないわね」 「そうか」 投影された人物は結界内をなおも進んでくる。これで確定だ。 「ここで始めていいの?」 「市街地でなら相手方の火力も抑えられるだろう。それに、局所戦での初撃勝負なら君に叶うサーヴァントはいない」 人気の消えた世界で二人きり。 遠からず現れる相手を悠然と待ち構える。 挑戦者はあちらであり、己はそれを受ける強者。その構図は崩さない。 「宝具の使用は許可するが、それは私が彼らへの質問を終えてからだ。  わざわざ我々を追っていたなら……余程の自信家か、何かを持ちかけにきたかだ」 「私なら、情報も反抗心も洗いざらい搾り取れるけど?」 「君が手を出した後は口が利ける状態かわからないからな……」 接触を目的にしている相手となら何らかの取引には使える。 真正面から攻めるだけならば、それまで。意気軒昂に退治した英雄は、屈辱と白濁に塗れあえなく退場となるだろう。 狭間達を繋ぐ最後の曲がり角から二人は現れた。 女と男。生真面目さと軽薄さ。二人を見た初印象は、相反したものだった。 一人ではなく、二人。先ほどはいなかったはずの存在。 その認識は正しい。男は本来ならあり得ない存在。過去の現象。歴史の節目。時代時代に現れ奇跡を残した英雄と呼ばれる存在。 狭間に与えられたマスターの認識力は、男をアーチャーのクラスと看破させた。 弓兵。銃撃手。己のライダーが苦手とする攻撃手段を持つ。 獲得した情報を狭間の頭脳は、魔神皇の魔力は、次々と取り込み対抗手段を編んでいく。 「待ちかねたぞ。よくぞ私の前に現れた、と言っておこうか」 両手は低く腰前に。口調は限りなく尊大に。 自分の前にいる者が全て下に位置するものと信じて疑わない態度。 中身が伴わなければ哀れな虚勢でしかないそれは、こと男に限って言えば身の丈に合うだけの力があった。 さんざ自分のサーヴァントに調子を崩されているが、この姿勢が狭間にとって平常の、平常であろうとしていた態度であった。 強大な力。優秀な自分。因果に絡まった様々な要素が作り出した歪な精神は、他者を同等に扱うことを許せない。 見下してきた他者に報いるには、向こうが見上げなければ届かないほどの高みにいなければならないと。 そして神をも制した男は自らをそう告げる。魔界の支配者。世界に君臨するに相応しい男の名を。 「さて。既に私との力の差は感じ取ってもらえただろうか。  そうすれば同じマスターの資格者でも、私と君が同列だと思う愚行を犯さずに済む。  名乗らせてもらおう、我が名は―――」 「―――狭間、偉出夫?」 その時狭間が口を開けて固まったのは、初対面の少女―――シオンが自分の名を知っていたから、ではなかった。 自分を追跡しわざわざ接触しに来たのだから、事前に情報を調べ上げていても、決して不思議には思わない。 では何が狭間を硬直させたのか……それは当の狭間本人が最も問い質したいところだろう。 「おろ?あのマスターのこと知ってるのか?会ったことあったっけ?」 シオンもまた、新都から橋を渡って移動していく莫大な魔力の反応を辿って来た大元が、名前だけとはいえ知った人物であったのは意外なところだった。 今日の学校に姿を見せないという話を聞かないいのはクラスも学年も違うから当然として、まさかここで遭おうとは。 小さな驚きをよそに、アーチャーの疑問に対してピックアップした情報を伝える。 「……狭間偉出夫。月海原学園2年E組在籍。学力検査では全答案で百点満点を叩きだし、IQ診断は256。学園創立以来の秀才として期待される。  初対面ですが校内ではそれなりに有名人です。何かと私と比べられることもあったかと―――」 そんな内心の動揺―――かどうかも判然としていない狭間を尻目に、シオンはつらつらと来歴を明かしていく。 狭間偉出夫の、学園での学生時代の記憶を―――。 「やめろ!」 灼熱を受けた空気が膨張し、一気に破裂した。 爆音が狭間を中心に轟く。路面は罅割れ、めくれ上がったアスファルトが宙に舞い、ぐしゃりと崩れ落ちる。 呪文を紡いだわけではない。 発露した感情に乗せて野暮図に解放された魔力が駆け巡っただけの、術に成りきらず霧散した魔力の塊に過ぎない。 それだけで、この威力だ。シオンはこの白い制服の男の保有する魔力が、ただの虚仮脅しではないことを認識した。 「……!」 だが、感情の起伏が冷めやらぬのは狭間の方だ。 自分は何をしているのか。事実認識の為の頭脳が、熱に浮かされたように遅々として動かない。 何故、たかだか人間だった頃の話をされただけでここまで激したのか、まったく理解に及ばない。 相手は挑発も嘲笑もしていない。ただ、従者に知るだけの客観的な情報を伝えただけだ。 そんなものは理解している。しているのに、理解の外からやってきた暴風のような衝動に冷静さを吹き飛ばされた。 違う。それはもう過去の姿なのだ。学校や家庭というコミュニティですら身を小さくするしかなかった、か弱い人間の頃とはもう違うのだ。 我は既に全知全能の魔神皇。全ての悪魔と人を支配するに足る、否、支配するべき偉大な超越者だ。 その無敵の仮面(ペルソナ)を、事もあろうに自分の手で剥ぎ取るなど……! 狭間は混乱に支配され、ここが何処であるかも忘れて今にでも高位の呪文を放ちそうな剣幕に顔を歪めた。 相手の過剰過ぎる反応にシオンは鼻白みながらも、これから予測される展開を演算する。 アーチャーも次に来るであろう破壊の余波に備え波紋を練り上げる。 その全てを差し置いて最も早く動いたのは、狭間偉出夫の傍に控えていた女だった。 一歩足を出して近づく。 起こした行動はたったそれのみ。 最小にして最低。かつ最大の効果を見せる。 何故なら――― 「…………ぁ……」 ライダーは戦闘時、狭間の一歩後ろを定位置にしていた。 慮外の奇襲があっても、狭間がその規格外の魔力で自分ごと鏡子を守護できるように。 そしてその位置から一歩でも進めば、触れるか触れないかの距離には狭間の背中に追いつき。 「大丈夫よ、マスター。安心して」 耳元で、息を吹くような柔らかさで囁いた。 「ひぁっ――――――」 女性のような甲高い悲鳴。 それが成人を超えぬ眉目秀麗とはいえ、男性の喉から出てきたと一瞬で気づけるものだろうか。 少なくともシオンが理解するにはあと一秒後の未来を待たねばなるまい。 激憤の極みにあった狭間の顔が波が引いたように収まったかと思えば蕩けた表情に早変わりし、 ガクガクと震え、膝から落ちる光景をどう言い表すべきかなど、偏った彼女の人生経験では窮したことだろう。 一方『その方面』で人並み以上には逸話のあるアーチャーは、今目前で起きた『結果』に思い当たるや否や蒼白(つまりドン引き)となり――― その時点で、ライダーは次の行動に移行していた。 淫蕩の魔人・鏡子。戦場での勲が主要となる方舟の聖杯戦争ではまず間違いなく最弱を誇るサーヴァント。 だがこと淫行に限っては、鏡子が性的な目的で動くのみに限定すれば、その速度は神の域に到達する。 手鏡型の宝具『ぴちぴちビッチ』の照準をアーチャーの股間に合わせ、鏡を握るのとは逆の手を鏡面の先目がけて突っ込ませ、標的を愛撫する。 武勇で名を馳せた英雄であれば苦も無く音の壁を超えて行われる手順。 しかしこの時の鏡子の手はそれをも超越する、残像すら置き去りにしてその矢尻(正確には、頭)を貫く―――! 「っぃぃぁぁはぁぁぁあああんんんぬうおおおおおおおッッ!?」 先の矯正が華を散らすのにも似た儚さであれば、此度の雄叫びは野獣の咆哮の雄々しさ。 何かが来ると予測はしていた。 どれほど奇怪な手段であっても初撃だけは阻止すると決心していた。 老成の頃に体験した『スタンド』との戦いは、相手の能力の見極めこそが何よりも勝利の鍵となる。 精神のパワーに端を発する能力は使い手の性質に準じた千差万別の多様さを持つ。基本則が体系化こそされても、常に例外と特例の連続だ。 一度囚われれば抜け出すのは困難、スタンドの支配するルールに呑まれる初撃必殺。 だからこそ経験則から特異な能力は『初撃を凌げるかが肝』となることを心得ていた。 だがそこまでしても、あの少女は上を行った。 激昂したマスターを鎮めつつも、その珍妙極まる方法でこちらの度肝を抜き、そこに生じた隙を突く。 意図していたかはさておき、その手連にアーチャーは見事に嵌まっていた。 今彼を支配するのは快楽。快楽の海。快楽の瀑布。快楽の濁流。 刺激に脳が追い付かない。対策に容量を割けられない。 恐怖に屈しない勇猛さなど関係ない。これは幻惑などではない。ただの生理現象なのだから。 やばいと思っても抑えられない。 肉体に干渉してくる攻撃には対処法がある。だがこうも激しく呼吸を乱されていては『波紋』を練ることもできない。 陸に上げられた魚のように虚しく口を開閉するばかりだ。 ……残されたのは体内に残留した波紋を一気に吐き出すことだが、その指令を下す脳はただ今永遠一瞬の快楽地獄の一丁目。 なけなしの波紋を捻り出す一瞬の余裕すら、あの指先が触れた途端奪われてしまった。    「――――――、―――命令(コード)……!」 断線した回路に新たに挿し入れられた一本の線が、途切れていた命令を実行させる。 「ッ!」 快楽に溺れるアーチャーの体が、その意思と無関係に痙攣する。 繋げられていた線(エーテライト)が代行して伝わった指令は体内に行き渡り、血脈に残った波を引き起こす。 光と黄雷。生命の正しい呼吸によって生まれた太陽の波紋エネルギーは、いきりたつ股間に引っ付いてていた白指を弾き出した。 「く、う……!?」 驚愕と痛みに目を見開くライダー。 悶えるアーチャーに何らかの処置を施したシオンに気付いたライダーは、目的は済んだと見て速やかに指を引き抜いた。 だが離れた指が鏡の中へ吸い込まれる瞬間、指に垂れていた『精液』を伝って流れた電流がライダーの全身を疾走していいたのだ。 波紋は水や油といった液体に伝導する性質を持つ。水面を足で流した波紋で歩くことができるのもこの原理によるものだ。 そして精液はれっきとした液体。しかもアーチャーの体から出てきた成分だ。波紋伝導率はこの場の何よりも高い。 自分の指を確かめるように撫でるライダー。 指先はついている。だが痺れは解かれず、先の感覚が失われている。 磨き抜かれた対性用の絶技もこれでは半減だ。徒手のひとつが封じられることは、行為(プレイ)の幅が狭まるのを意味する。 対吸血鬼用に編み出された波紋法は肉体そのものへの破壊率は高くはない。痺れも時間経過で治るものだ。 加えてマスターの狭間の魔力があれば即刻解除も叶うだろう。しかし、今は……そうもいかない。 「マスター、動ける?もう落ち着いてると思うんだけど」 「………………」 「……駄目みたいね」 回避に失敗し痛手を被っても、ライダーは己が本分を忘れなかった。射精し脱力した狭間の回復である。 『賢者モードver鏡子』 により疲労感は取り払われているはずだが、それ以外での精神的負担が彼を縛っているようだ。 傲岸に振る舞うべき対戦相手の目の前で絶頂の瞬間を迎えた事実。 この複雑怪奇にねじれ曲がったマスターが今どのような精神状態に置かれているのかライダーは……さしたる興味も持たずに。 見事、あるいは残念なことに、自分と『相打ち』に持ち込んだ男女を見やる。 一秒にも見たぬ交差で精を吐き出されたアーチャーは大の字になって地面に寝そべっている。 今のでも常人なら昏倒するだけの量だが……そこは英霊。意識はかろうじて保っている。 しかしただ一人性の嵐に巻き込まれなかったはずのシオンも何故か膝をついて息を荒げていた。 体の制御を外れて悶えだす様を見てアーチャーの異変を察知したシオンは、最も遅く状況を把握して対応を迫られた。 繰り広げられるサバトめいた踊りを見て憶える生理的嫌悪を置いといて、シオンはアーチャーと繋げられたエーテライトの回線をオンにした。 異常の明確な原因のライダーの指を引き剥がすのが有効と計算したが故だった。 結果としてその選択は正解だった。だが同時に大きな誤算でもあった。 アーチャーと接続して肉体の使用権を借り受け波紋を起こすまでは成功した。 しかしシオンは、パスを通ってライダーの愛撫の感覚をも共有してしまった。 淫蕩のライダーの性技に男女雌雄の垣根はない。性あるものには例外なく作用する。 擬似的とはいえ英霊すら腰砕けにする世界。そこでシオンが見たのは人類の言語で表せない、天国(じごく)。 分割思考の半数を秒殺され、最後の理性が愛撫を受ける直前に指令が完了した。 このふたつの要因がなければ、シオンもアーチャーと同様人造愛液スプリンクラーと化していたに違いない。 「―――――――――」 そこで終われば、シオンもまた羞恥に顔を染め身動きが出来なくなるまでで済んだ。 屈辱的に身を震わせ、下腹部の熱さに恥じ入る自分を鎮めようと躍起になる様で終わっていただろう。 「――――――――――――――――ち」 「……あら」 最大の誤算は、ここにあった。 「ち―――――――――――――――――ち、ち―――血―――――――――――――――」 曰く。血を吸う行為は、性的快楽に似ているという。 理性が溶かされ、止めどない快楽が身を蹂躙する。 シオンという人格すらも消し去ろうとする津波に、ただ一欠片、流れに同調する部分があった。 吸血衝動。人間であるシオンを蝕んでいる死の病。 親元になる吸血鬼は滅し、衝動は鳴りを潜め既に平常に制御されていた。 だが血が完全に消えたわけではない。シオンの中には吸血鬼がいる。 聖餅でも聖水でも十字架でもどうにもできない、"ワラキアの夜"の血が。 分割思考が再構築されるまでの、時間にすれば数秒か数分。 表層化しかかった衝動をシオンは全力で抑えている。 沈静化すれば今後も問題はないだろう。しかし、もしその間にタガが外れてしまえば―――。 冬木に吸血鬼の夜が来る。種を保存する方舟に、魔の眷属を撒き散らす。 「―――――く―――――――は、ぁ――――――――んぅ―――――――――」 それを阻止するため、シオンを抵抗する。 瓦解しかかった思考と理性を必死に留め、誘惑に抗う。 この場で最も無事なライダーはのほほんとして震えるシオンを眺めている。 片腕を封じられてるとはいえ、あそこまで憔悴したマスターならゆっくりと事に及ぶことが……。 「……いま襲ったら、私が食べられちゃいそうね」 思い出される最期の情景。 敵のテリトリーに侵入してしまい、一手を出そうとした前に首を断たれる。 シチュエーションこそ違うが、この状況はそれとよく似たものを感じていた。 ここは慎重さを優先する。誘惑を堪え、見に徹する。 実際あんなに目の前で喘ぐ様は大変魅力的なのだ。うっかりすると解き放ってしまいたくなるので、自制にも気力を使う。 ……息遣いだけが夜に木霊する。 往来の真ん中、複数人で頬を紅潮させ息を荒げ、誰もが地面に体を横たえている。 交わされたのは命と死の交錯。一手違えば誰かが骸となっていた綱渡りの境界線。 夜であろうと、町中であろうとも、聖杯戦争は行われる。今日此処のように。 しかし、ああ―――まるで関係のない第三者がこの戦場痕を見ていれば、きっと異なる感想を抱くというもので。 まるで……露出乱交プレイの終わった後みたいね――― ライダーはひとり、心の中で嬉しそうにそう思う。 気まずさが漂う空気で口火を切ったのは、意外にも肉体的疲労が最も大きいアーチャーだった。 軽妙な口調をいつになく所在なさげに、勝手に男子高校生の個室に入ってしまったような申し訳なさを抱きながら。 「…………………………………………………………………………………………あ゙ー、その、なんだ。  とりあえず、どっかでメシでも食わない?」 頷く首は無い。 だが横に振る首も無かった。 壁に飛び散った粘った体液が乾燥した地面にどろり落ちて―――沈み込むように溶けていった。 [C-6 /南部/一日目 夜間] 【シオン・エルトナム・アトラシア@MELTY BLOOD】 [状態]アーチャーとエーテライトで接続。色替えエーテライトで令呪を隠蔽。 快楽及び吸血衝動(鎮静中)。 [令呪]残り三画 [装備] エーテライト、バレルレプリカ [道具] ボストンバッグ(学園制服、日用必需品、防災用具) [所持金]豊富(ただし研究費で大分浪費中) カードと現金で所持 [思考・状況] 基本行動方針:方舟の調査。その可能性/危険性を見極める。並行して吸血鬼化の治療法を模索する。 0.…… 1.狭間偉出夫に対して―――? 2.これからの拠点を探す。 3.明日以降も登校し、状況を有利に動かす。 4.学園内でのマスターの割り出し。 5.情報整理を継続。コードキャストを完成させる。 6.方舟の内部調査。中枢系との接触手段を探す。 7.学園に潜むサーヴァントたちを警戒。銀"のランサーと"蟲"のキャスター、アンノウンを要警戒。 8.展開次第では接触してきた教師と連絡を取ることも考える。 [備考] ※月見原学園ではエジプトからの留学生という設定。 ※アーチャーの単独行動スキルを使用中でも、エーテライトで繋がっていれば情報のやり取りは可能です。 ※マップ外は「無限の距離」による概念防壁(404光年)が敷かれています。通常の手段での脱出はまず不可能でしょう。  シオンは優勝者にのみ許される中枢に通じる通路があると予測しています。 ※「サティポロジァビートルの腸三万匹分」を仕入れました。研究目的ということで一応は怪しまれてないようです。 ※セイバー(オルステッド)及びキャスター(シアン)、ランサー(セルべリア)、ランサー(杏子)、ライダー(鏡子)のステータスを確認しました。 ※キャスター(シアン)に差し込んだエーテライトが気付かれていないことを知りました。 ※「サティポロジァビートルの腸」に至り得る情報を可能な限り抹消しました。 ※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)の連絡先を入手しました。現時点ではマスターだと考えています。  これに伴いケイネスへの疑心が僅かながら低下しています。 ※キャスター(シアン)とランサー(セルベリア)が同盟を組んでいる可能性が高いと推測しています。 ※分割思考を使用し、キャスター(ヴォルデモート)が『真名を秘匿するスキル、ないし宝具』を持っていると知りました。  それ以上の考察をしようとすると、分割思考に多大な負荷がかかります。 ※狭間についての情報は学園での伝聞程度です。 【アーチャー(ジョセフ・ジョースター )@ジョジョの奇妙な冒険】 [状態]シオンとエーテライトに接続。疲労困憊。射精。 [装備]現代風の服、シオンからのお小遣い [道具] [思考・状況] 基本行動方針:「シオンは守る」「方舟を調査する」、「両方」やらなくっちゃあならないってのが「サーヴァント」のつらいところだぜ。 0.メ……メシ……いやそれよりも水…… 1.少年……なんていうか、スマン。マジスマン。 2.裏で動く連中の牽制に、学園では表だって動く。 3.夜の新都で情報収集。でもちょっとぐらいハメ外しちゃってもイイよね? 4.エーテライトはもう勘弁しちくり~! でも今回は助かった……。 [備考] ※予選日から街中を遊び歩いています。NPC達とも直に交流し情報を得ているようです。 ※暁美ほむら(名前は知らない)が校門をくぐる際の不審な動きを目撃しました。 ※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)を確認。現時点ではマスターだと考えています。 【狭間偉出夫@真・女神転生if...】 [状態] 気力体力減退、射精、精神状態(???) [令呪] 残り二画 [装備] [道具] 鞄(生活用具少し、替えの下着数枚) [所持金] いくらかの現金とクレジットカード。総額は不明 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争に勝つ。 0.??? 1.夜間活発になるであろう参加者たちに警戒。一旦拠点に帰って鏡子に監視させながら籠城。 2.錯刃大学の主従(HAL組)との直接対峙は避けたい [備考] ※まだ童貞。 ※遠坂凛組、ジョンス組、シオン組を確認しました。ジョンス組に錯刃大学の主従について知っている情報を渡しました。 ※錯刃大学に存在するマスターとサーヴァントの存在を認識しました。  春川英輔(電人HAL)がマスター、ないし手がかりになるだろうと考えています。     春川英輔の経歴と容姿についてネット上に公開されている範囲で簡単に把握しました。 ※学校は必要に迫られない限りは行かないつもりです。 ※状況次第で拠点の移動も考えています。 ※ジョンス組を今回の聖杯戦争中上位の戦闘力を持ち、かつ狭間組が確実に優位に立てる相手だと判断しました。  好戦性も踏まえて、彼らの動向には少しだけ興味があります。 ※鏡子が『絞り殺されることを望む真性のドM』の相手を望んでいないことを知りました。 ※高層マンションが崩壊したことを知りました。通達に関連して集まった参加者たちによる大規模戦闘の結果だと考えています。 【ライダー(鏡子)@戦闘破壊学園ダンゲロス】 [状態]右手の痺れ(感覚無し・じきに回復)、自制、はいてない? [装備] 手鏡 [道具] [所持金] 不明 [思考・状況] 基本行動方針:いっぱいセックスする。 0.なんだか凄いことになっちゃったわね。 1.今はひとまず我慢、我慢。マスターも危ないしね。 2.頑張ったけど予想とは違う方向に。ちょっと残念。 [備考] ※クー・フーリンと性交しました。 ※アーカードと前戯しました。自身の死因から彼に苦手意識が少しありますが性交を拒否する程度ではありません。 ※甲賀弦之介との性交に失敗しました。 ※ジョンスが触れることが出来たにも関わらず射精に至ってないことを知っています。ちょっとだけ悔しいです。 ※錯刃大学に存在するマスターとサーヴァントの存在を認識しました。 ※ジョセフと前戯しました。概ね満足ですが短時間だったのでやや物足りません。 ※シオンと間接前戯しました。満足させてあげたいが吸血衝動を感じ取って自制中です。 ---- |BACK||NEXT| |151-a:[[アトラスの子ら(A)]]|[[投下順>本編SS目次・投下順]]|152:[[命蓮寺肝試しツアー]]| |151-a:[[アトラスの子ら(A)]]|[[時系列順>本編SS目次・時系列順]]|152:[[命蓮寺肝試しツアー]]| |BACK|登場キャラ:[[追跡表]]|NEXT| |151-a:[[アトラスの子ら(A)]]|[[シオン・エルトナム・アトラシア]]&アーチャー([[ジョセフ・ジョースター]])|| |151-a:[[アトラスの子ら(A)]]|[[狭間偉出夫]]&ライダー([[鏡子]])|| &link_up(▲上へ)
*アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns 人がいない街を、狭間偉出夫は好んでいる。 学生の身分で夜に繰り出す機会などまるで縁が無かったが、今になってそう思う。 相次ぐ怪事件が漠然と、だが確かに不安や恐怖となって街全体に伝播しているのだろう。 退勤ラッシュのピークが過ぎた後の通路の人はまばらだ。仕事がなければ外に出るのも億劫だったに違いない。 足早に家路に向かうサラリーマンを尻目と比較して、狭間の足取りはゆったりとしていた。 彼は仕事に追われる身でもないし街を覆う闇に震える衆愚とも違う。この冬木の闇そのものの根源なのだから。 大地を叩く靴の足音、凡俗で無意味でしかない会話の雑音は不協和音となって狭間の耳を苛ませる。 何処を見渡しても蠢く頭の大群、すれ違う度に自分に伸びる二つの眼球の視線は狭間の目を曇らせた。 社会の枠組みの中に狭間も一員として加わっている以上、避け得るものではない。そんなことは百も承知だった。 そしてその常識を破壊してしまいたいと思うほど、狭間は社会を、人を疎んでいた。 それを思えば、喧騒から外れた夜の街は狭間の心情に合致しているといえるだろう。 後ろにぴったりと付いてくる純朴な―――しかし纏う雰囲気は妖艶な少女に目を奪われ、立ち止まりそうになる視線は、少々鬱陶しかったが。 何にせよ、これから夜が来る。 一般市民ならば明日の仕事や学校の準備、もしくは夜遊びの画策になろうが、狭間達マスターにとって夜とは聖杯戦争の時間である。 人目を気にする必要性が昼よりも格段に下がるこの時刻。自然戦闘行為の数も規模も派手なものとなるのは明らかだ。 それよりずっと早くに大暴れを仕出かした間抜けもいるがそれは考慮しない。あれから破壊の報道が入ってこないところからすると、 集まったサーヴァントに討ち取られたか、駆け付けたルーラーに処罰されたかのどちらかだろう。 逢魔が時を過ぎ、魑魅魍魎が顔を出す聖杯戦争の本領。 その夜に狭間は、拠点である家に戻る選択をした。 「ねえマスター。そろそろお腹空いてこない?」 「先に言っておくが、戦術上の目的以外での……行為には許可は出さないぞ」 元より学校へ行く時間を割いて昼を索敵に充てていたのもある。 一日、正確には半日で手にした情報はそれなりであり、今後の趨勢を担う可能性を秘めたものだ。 錯刃大学に潜む反射能力を持つ英霊には、図書館で接触した格闘家と怪物のペアをけしかけた。 今日明日すぐに飛びつくのも甘い見通しだろうが、少なからず関心は向いたはずだ。 彼らに特に向かうべき標的がおらず、潜伏者がそれを察知すれば、遠からず食いつくと踏んでいる。 そして手持ちの札―――淫蕩のライダー、鏡子の性能は昼でのアクションの方が向いている。 広範囲に届く魔手に触れれば最後、相手は嬲られるだけ嬲られ、搾られるとこまで搾り尽くされる、一対一では負けなしの鬼札。 しかしどれだけ遠くに届こうと、狙える対象、行為の相手は一度に一人だ。 聖杯戦争はなべて秘して行われるもの。 即ち。夜になればサーヴァントの動きは活発化する。 全知全能が性行に注がれてると言って過言ではないライダーの、唯一絶対の弱点が対多人数戦にあることは周知の通りだ。 これは狭間の想像外であるが、鏡子自身が全身で臨めば最低でも四、五人は絡めとれるだろうが……虚弱な本体を晒すリスクは変わりない。 一人を責めている最中に遠方からの狙撃で頭蓋を撃ち抜かれる―――そんな間抜けな終わりは断固拒否する狭間にとってみれば、 むしろ各陣営の動きが少なくなる日の出た時刻でこそライダーの神出鬼没さは適格な効果を見せるものという見解だ。 ……魔神皇を名乗るにしてはネチネチとした戦術を取るのにも忌避感はある。が、与えられた札が既にして常に何かしら粘着質なモノを浴びなければ気が済まない化物なのだ。 極まりすぎた長所は弱点にも変わる。鏡子の場合、『性技』が長所で弱点は『それ以外』だ。 己の生死に直結する以上、考えなしで動かす方が愚策というもの。 魔界の塔を仲魔の力を借りて踏破した頃……魔神皇になる以前の経験が活きているというのは皮肉というものだった。 「私が言ってるのはマスターの方よ。魔術師しては破格でも生体そのものが人間離れしてるわけじゃないでしょ?  お腹も空けば食べるし、しごけば射精する。生理反応は健康な男の子そのものだものね♪」 「……事実だがそのふたつを同列に並べないでくれ。途端に食欲が失せる」 ライダーと行動を共にする限りこの手の話題が離れないのは、狭間にとってみれば最早頭痛の種でしかない。 ただ言うことそのものは理に適った、意外な戦術面を見せることもあるのでまるきり無視するわけにもいかないのが余計に始末が悪かった。 ライダーの言う通り、神の力を取り込んだとはいえ狭間偉出夫の体は肉の身を超えてはいない。 栄養補給に食事は要るし、疲労がつのれば睡眠もする。呪文を使えば容易く回復できるがそれ自体にも消耗がある。 休息は行動に挟むべき選択なのは間違いなかった。そしてそれならば、ライダーの運用に僅かながら危険が伴う夜に主従共々休息を済ませてしまえばいい。 「それに……私の方もご飯が食べたくなってきたかな」 「今言ったことをもう忘れたのか―――」 「だから違うってば。私が何から何までセックスの話しかしないと思った?」 「それは冗談で言っているんだろうな」 これが通常のマスターとサーヴァントの間であれば、英霊に一般的な食事での栄養補給に意味があるのかという会話になるだろう。 だが色々な意味で普通ではない関係のこの二人が話せば、その意味が一気に変わってしまっていた。 「確かに生前の私は魔人に覚醒する前も後もセックス漬けの毎日を送っていたわ。  けど何もその頃から精気を吸って命を永らえる、サーヴァントの特性を備えていたわけではないの。  そんな淫魔(インキュバス)じみた余分な能力は持ってない。私はただ、セックスがしたかっただけなのだから」 普通の食事もすれば普通に睡眠も取る。                                  ビッチ 人類史に残る性技の英霊として座に召し上げられる以前の魔人・鏡子は、鏡を通した遠隔能力以外は常人と変わらぬ人間なのだ。 「もちろん、そっちの『食事』をさせてくれるなら大歓迎だよ、私は?」 清楚な微笑みは、見ただけで狭間の性を湧きたてられ、うんざりするほど射精したはずの股座が何度目かの屹立を始める。 脅迫の意味など込められていないだろうが、それでも背筋に寒いものが走る。 「わ、わかった……いいだろう」 たとえ僅かな時間でも、この性の化物を食費で繋ぎ止めていられるのなら安いものである。 なお、家で食べるという選択肢はない。あの場所には身を潜める拠点以上の意味を求めてないのだから。 「マスター」 再び狭間を呼ぶ声。 洗い流したはずの性臭が香るばかりのライダーの空気がその時一変した。 ビッチであることは変わりない。しかし手にはいつの間に取り出していた鏡を凝視し、映る映像に神経を這わしている。 『ただのビッチ』から『ライダーのサーヴァント』としての本分に立ち返った姿勢は、狭間からしても見事なものだった。 それがたとえ、性行する対象が明確に決まっただけの変化だけでしかないとはいえ。 「敵、か?」 「たぶん。数は一人、女の子。こっちに近づいて来てる」 遠隔透視宝具『ぴちぴちビッチ』の鏡面に投影される、紫を基調にした服を着た長髪の少女。 狭間の位置からは約三百m先。付近は狭間の家も含めマンションが立ち並び、分かれ道は幾つもある。 「最初は単なる帰宅中の生徒とも思ってたけど、家がある場所はどんどん通り過ぎていくからずっと見ていたの。そしたら私達のいる方に少しずつ詰める動きだったから、ね」 どうやら、道中から監視を継続して不審な動きを見せる者か調べていたらしい。 英霊と呼ばれるに足る、単なる色情魔ではないということを改めて知る。 「どうする?ここからでも責められるし、ほんとに無関係の可能性もあるけど」 ライダーは狭間に尋ねる。この場の判断はこちらに委ねる、ということか。 撃退するだけなら、ライダーに攻撃を指示すればいい。錯刃大学のような例外でなければそれで片が付く。 そう命令を下せないのは、頭に引っかかる疑問を解き明かしていないからだ。 ライダーの推察が多々しければ、向こうはこちらをマスターであると特定し尾行している。 理由は。簡単だ。狭間自身から発せられる濃密な魔力の気配を辿ったからだ。 神霊をも取り込み魔神皇となった狭間の魔力となれば、無意識に漏れる魔力だけでもかなりのものとなる。 その無意識が、狭間自身も自覚してない飢えた感情が基点としている以上は。 己を隠す、という世渡りに大なり小なり必要な技能を、優秀な能力と引き換えに持ち合わせていなかったからこそ今の狭間がいる。 自身の潜在意識を知らぬまま、狭間は結論を出した。 ……魔力を探知されているならば隠匿は無意味。 このままライダーに追い払わせるのは楽だが、そうすれば敵は更なる準備を以て再び襲来するだろう。 今は距離がやや開いている。狭間自身が追撃をかけるにもそれより前に逃げられる可能性もある。 ならば選択は一つ――― 「エストマ」 短い一言の呟きは魔力を伴って、風に乗り空間に行き渡る。 魔物避けの呪文は術者より劣る力量の者を自然と遠ざける。例え付近に帰る家があったとしても、暫くは立ち入る気すら起こるまい。 無論魔神皇たる狭間に並ぶかそれ以上のマスターなど存在しない。だがこの呪文はあくまで魔物避けのもの。 NPCや使い魔、魔力耐性のない者には通じても、サーヴァントや熟練した魔術師には弾かれる。 それは狭間も織り込み済み。重要なのは、ここに余計な人物が入り込まないことだ。 「退かないわね」 「そうか」 投影された人物は結界内をなおも進んでくる。これで確定だ。 「ここで始めていいの?」 「市街地でなら相手方の火力も抑えられるだろう。それに、局所戦での初撃勝負なら君に叶うサーヴァントはいない」 人気の消えた世界で二人きり。 遠からず現れる相手を悠然と待ち構える。 挑戦者はあちらであり、己はそれを受ける強者。その構図は崩さない。 「宝具の使用は許可するが、それは私が彼らへの質問を終えてからだ。  わざわざ我々を追っていたなら……余程の自信家か、何かを持ちかけにきたかだ」 「私なら、情報も反抗心も洗いざらい搾り取れるけど?」 「君が手を出した後は口が利ける状態かわからないからな……」 接触を目的にしている相手となら何らかの取引には使える。 真正面から攻めるだけならば、それまで。意気軒昂に退治した英雄は、屈辱と白濁に塗れあえなく退場となるだろう。 狭間達を繋ぐ最後の曲がり角から二人は現れた。 女と男。生真面目さと軽薄さ。二人を見た初印象は、相反したものだった。 一人ではなく、二人。先ほどはいなかったはずの存在。 その認識は正しい。男は本来ならあり得ない存在。過去の現象。歴史の節目。時代時代に現れ奇跡を残した英雄と呼ばれる存在。 狭間に与えられたマスターの認識力は、男をアーチャーのクラスと看破させた。 弓兵。銃撃手。己のライダーが苦手とする攻撃手段を持つ。 獲得した情報を狭間の頭脳は、魔神皇の魔力は、次々と取り込み対抗手段を編んでいく。 「待ちかねたぞ。よくぞ私の前に現れた、と言っておこうか」 両手は低く腰前に。口調は限りなく尊大に。 自分の前にいる者が全て下に位置するものと信じて疑わない態度。 中身が伴わなければ哀れな虚勢でしかないそれは、こと男に限って言えば身の丈に合うだけの力があった。 さんざ自分のサーヴァントに調子を崩されているが、この姿勢が狭間にとって平常の、平常であろうとしていた態度であった。 強大な力。優秀な自分。因果に絡まった様々な要素が作り出した歪な精神は、他者を同等に扱うことを許せない。 見下してきた他者に報いるには、向こうが見上げなければ届かないほどの高みにいなければならないと。 そして神をも制した男は自らをそう告げる。魔界の支配者。世界に君臨するに相応しい男の名を。 「さて。既に私との力の差は感じ取ってもらえただろうか。  そうすれば同じマスターの資格者でも、私と君が同列だと思う愚行を犯さずに済む。  名乗らせてもらおう、我が名は―――」 「―――狭間、偉出夫?」 その時狭間が口を開けて固まったのは、初対面の少女―――シオンが自分の名を知っていたから、ではなかった。 自分を追跡しわざわざ接触しに来たのだから、事前に情報を調べ上げていても、決して不思議には思わない。 では何が狭間を硬直させたのか……それは当の狭間本人が最も問い質したいところだろう。 「おろ?あのマスターのこと知ってるのか?会ったことあったっけ?」 シオンもまた、新都から橋を渡って移動していく莫大な魔力の反応を辿って来た大元が、名前だけとはいえ知った人物であったのは意外なところだった。 今日の学校に姿を見せないという話を聞かないいのはクラスも学年も違うから当然として、まさかここで遭おうとは。 小さな驚きをよそに、アーチャーの疑問に対してピックアップした情報を伝える。 「……狭間偉出夫。月海原学園2年E組在籍。学力検査では全答案で百点満点を叩きだし、IQ診断は256。学園創立以来の秀才として期待される。  初対面ですが校内ではそれなりに有名人です。何かと私と比べられることもあったかと―――」 そんな内心の動揺―――かどうかも判然としていない狭間を尻目に、シオンはつらつらと来歴を明かしていく。 狭間偉出夫の、学園での学生時代の記憶を―――。 「やめろ!」 灼熱を受けた空気が膨張し、一気に破裂した。 爆音が狭間を中心に轟く。路面は罅割れ、めくれ上がったアスファルトが宙に舞い、ぐしゃりと崩れ落ちる。 呪文を紡いだわけではない。 発露した感情に乗せて野暮図に解放された魔力が駆け巡っただけの、術に成りきらず霧散した魔力の塊に過ぎない。 それだけで、この威力だ。シオンはこの白い制服の男の保有する魔力が、ただの虚仮脅しではないことを認識した。 「……!」 だが、感情の起伏が冷めやらぬのは狭間の方だ。 自分は何をしているのか。事実認識の為の頭脳が、熱に浮かされたように遅々として動かない。 何故、たかだか人間だった頃の話をされただけでここまで激したのか、まったく理解に及ばない。 相手は挑発も嘲笑もしていない。ただ、従者に知るだけの客観的な情報を伝えただけだ。 そんなものは理解している。しているのに、理解の外からやってきた暴風のような衝動に冷静さを吹き飛ばされた。 違う。それはもう過去の姿なのだ。学校や家庭というコミュニティですら身を小さくするしかなかった、か弱い人間の頃とはもう違うのだ。 我は既に全知全能の魔神皇。全ての悪魔と人を支配するに足る、否、支配するべき偉大な超越者だ。 その無敵の仮面(ペルソナ)を、事もあろうに自分の手で剥ぎ取るなど……! 狭間は混乱に支配され、ここが何処であるかも忘れて今にでも高位の呪文を放ちそうな剣幕に顔を歪めた。 相手の過剰過ぎる反応にシオンは鼻白みながらも、これから予測される展開を演算する。 アーチャーも次に来るであろう破壊の余波に備え波紋を練り上げる。 その全てを差し置いて最も早く動いたのは、狭間偉出夫の傍に控えていた女だった。 一歩足を出して近づく。 起こした行動はたったそれのみ。 最小にして最低。かつ最大の効果を見せる。 何故なら――― 「…………ぁ……」 ライダーは戦闘時、狭間の一歩後ろを定位置にしていた。 慮外の奇襲があっても、狭間がその規格外の魔力で自分ごと鏡子を守護できるように。 そしてその位置から一歩でも進めば、触れるか触れないかの距離には狭間の背中に追いつき。 「大丈夫よ、マスター。安心して」 耳元で、息を吹くような柔らかさで囁いた。 「ひぁっ――――――」 女性のような甲高い悲鳴。 それが成人を超えぬ眉目秀麗とはいえ、男性の喉から出てきたと一瞬で気づけるものだろうか。 少なくともシオンが理解するにはあと一秒後の未来を待たねばなるまい。 激憤の極みにあった狭間の顔が波が引いたように収まったかと思えば蕩けた表情に早変わりし、 ガクガクと震え、膝から落ちる光景をどう言い表すべきかなど、偏った彼女の人生経験では窮したことだろう。 一方『その方面』で人並み以上には逸話のあるアーチャーは、今目前で起きた『結果』に思い当たるや否や蒼白(つまりドン引き)となり――― その時点で、ライダーは次の行動に移行していた。 淫蕩の魔人・鏡子。戦場での勲が主要となる方舟の聖杯戦争ではまず間違いなく最弱を誇るサーヴァント。 だがこと淫行に限っては、鏡子が性的な目的で動くのみに限定すれば、その速度は神の域に到達する。 手鏡型の宝具『ぴちぴちビッチ』の照準をアーチャーの股間に合わせ、鏡を握るのとは逆の手を鏡面の先目がけて突っ込ませ、標的を愛撫する。 武勇で名を馳せた英雄であれば苦も無く音の壁を超えて行われる手順。 しかしこの時の鏡子の手はそれをも超越する、残像すら置き去りにしてその矢尻(正確には、頭)を貫く―――! 「っぃぃぁぁはぁぁぁあああんんんぬうおおおおおおおッッ!?」 先の矯正が華を散らすのにも似た儚さであれば、此度の雄叫びは野獣の咆哮の雄々しさ。 何かが来ると予測はしていた。 どれほど奇怪な手段であっても初撃だけは阻止すると決心していた。 老成の頃に体験した『スタンド』との戦いは、相手の能力の見極めこそが何よりも勝利の鍵となる。 精神のパワーに端を発する能力は使い手の性質に準じた千差万別の多様さを持つ。基本則が体系化こそされても、常に例外と特例の連続だ。 一度囚われれば抜け出すのは困難、スタンドの支配するルールに呑まれる初撃必殺。 だからこそ経験則から特異な能力は『初撃を凌げるかが肝』となることを心得ていた。 だがそこまでしても、あの少女は上を行った。 激昂したマスターを鎮めつつも、その珍妙極まる方法でこちらの度肝を抜き、そこに生じた隙を突く。 意図していたかはさておき、その手連にアーチャーは見事に嵌まっていた。 今彼を支配するのは快楽。快楽の海。快楽の瀑布。快楽の濁流。 刺激に脳が追い付かない。対策に容量を割けられない。 恐怖に屈しない勇猛さなど関係ない。これは幻惑などではない。ただの生理現象なのだから。 やばいと思っても抑えられない。 肉体に干渉してくる攻撃には対処法がある。だがこうも激しく呼吸を乱されていては『波紋』を練ることもできない。 陸に上げられた魚のように虚しく口を開閉するばかりだ。 ……残されたのは体内に残留した波紋を一気に吐き出すことだが、その指令を下す脳はただ今永遠一瞬の快楽地獄の一丁目。 なけなしの波紋を捻り出す一瞬の余裕すら、あの指先が触れた途端奪われてしまった。    「――――――、―――命令(コード)……!」 断線した回路に新たに挿し入れられた一本の線が、途切れていた命令を実行させる。 「ッ!」 快楽に溺れるアーチャーの体が、その意思と無関係に痙攣する。 繋げられていた線(エーテライト)が代行して伝わった指令は体内に行き渡り、血脈に残った波を引き起こす。 光と黄雷。生命の正しい呼吸によって生まれた太陽の波紋エネルギーは、いきりたつ股間に引っ付いてていた白指を弾き出した。 「く、う……!?」 驚愕と痛みに目を見開くライダー。 悶えるアーチャーに何らかの処置を施したシオンに気付いたライダーは、目的は済んだと見て速やかに指を引き抜いた。 だが離れた指が鏡の中へ吸い込まれる瞬間、指に垂れていた『精液』を伝って流れた電流がライダーの全身を疾走していいたのだ。 波紋は水や油といった液体に伝導する性質を持つ。水面を足で流した波紋で歩くことができるのもこの原理によるものだ。 そして精液はれっきとした液体。しかもアーチャーの体から出てきた成分だ。波紋伝導率はこの場の何よりも高い。 自分の指を確かめるように撫でるライダー。 指先はついている。だが痺れは解かれず、先の感覚が失われている。 磨き抜かれた対性用の絶技もこれでは半減だ。徒手のひとつが封じられることは、行為(プレイ)の幅が狭まるのを意味する。 対吸血鬼用に編み出された波紋法は肉体そのものへの破壊率は高くはない。痺れも時間経過で治るものだ。 加えてマスターの狭間の魔力があれば即刻解除も叶うだろう。しかし、今は……そうもいかない。 「マスター、動ける?もう落ち着いてると思うんだけど」 「………………」 「……駄目みたいね」 回避に失敗し痛手を被っても、ライダーは己が本分を忘れなかった。射精し脱力した狭間の回復である。 『賢者モードver鏡子』 により疲労感は取り払われているはずだが、それ以外での精神的負担が彼を縛っているようだ。 傲岸に振る舞うべき対戦相手の目の前で絶頂の瞬間を迎えた事実。 この複雑怪奇にねじれ曲がったマスターが今どのような精神状態に置かれているのかライダーは……さしたる興味も持たずに。 見事、あるいは残念なことに、自分と『相打ち』に持ち込んだ男女を見やる。 一秒にも見たぬ交差で精を吐き出されたアーチャーは大の字になって地面に寝そべっている。 今のでも常人なら昏倒するだけの量だが……そこは英霊。意識はかろうじて保っている。 しかしただ一人性の嵐に巻き込まれなかったはずのシオンも何故か膝をついて息を荒げていた。 体の制御を外れて悶えだす様を見てアーチャーの異変を察知したシオンは、最も遅く状況を把握して対応を迫られた。 繰り広げられるサバトめいた踊りを見て憶える生理的嫌悪を置いといて、シオンはアーチャーと繋げられたエーテライトの回線をオンにした。 異常の明確な原因のライダーの指を引き剥がすのが有効と計算したが故だった。 結果としてその選択は正解だった。だが同時に大きな誤算でもあった。 アーチャーと接続して肉体の使用権を借り受け波紋を起こすまでは成功した。 しかしシオンは、パスを通ってライダーの愛撫の感覚をも共有してしまった。 淫蕩のライダーの性技に男女雌雄の垣根はない。性あるものには例外なく作用する。 擬似的とはいえ英霊すら腰砕けにする世界。そこでシオンが見たのは人類の言語で表せない、天国(じごく)。 分割思考の半数を秒殺され、最後の理性が愛撫を受ける直前に指令が完了した。 このふたつの要因がなければ、シオンもアーチャーと同様人造愛液スプリンクラーと化していたに違いない。 「―――――――――」 そこで終われば、シオンもまた羞恥に顔を染め身動きが出来なくなるまでで済んだ。 屈辱的に身を震わせ、下腹部の熱さに恥じ入る自分を鎮めようと躍起になる様で終わっていただろう。 「――――――――――――――――ち」 「……あら」 最大の誤算は、ここにあった。 「ち―――――――――――――――――ち、ち―――血―――――――――――――――」 曰く。血を吸う行為は、性的快楽に似ているという。 理性が溶かされ、止めどない快楽が身を蹂躙する。 シオンという人格すらも消し去ろうとする津波に、ただ一欠片、流れに同調する部分があった。 吸血衝動。人間であるシオンを蝕んでいる死の病。 親元になる吸血鬼は滅し、衝動は鳴りを潜め既に平常に制御されていた。 だが血が完全に消えたわけではない。シオンの中には吸血鬼がいる。 聖餅でも聖水でも十字架でもどうにもできない、"ワラキアの夜"の血が。 分割思考が再構築されるまでの、時間にすれば数秒か数分。 表層化しかかった衝動をシオンは全力で抑えている。 沈静化すれば今後も問題はないだろう。しかし、もしその間にタガが外れてしまえば―――。 冬木に吸血鬼の夜が来る。種を保存する方舟に、魔の眷属を撒き散らす。 「―――――く―――――――は、ぁ――――――――んぅ―――――――――」 それを阻止するため、シオンを抵抗する。 瓦解しかかった思考と理性を必死に留め、誘惑に抗う。 この場で最も無事なライダーはのほほんとして震えるシオンを眺めている。 片腕を封じられてるとはいえ、あそこまで憔悴したマスターならゆっくりと事に及ぶことが……。 「……いま襲ったら、私が食べられちゃいそうね」 思い出される最期の情景。 敵のテリトリーに侵入してしまい、一手を出そうとした前に首を断たれる。 シチュエーションこそ違うが、この状況はそれとよく似たものを感じていた。 ここは慎重さを優先する。誘惑を堪え、見に徹する。 実際あんなに目の前で喘ぐ様は大変魅力的なのだ。うっかりすると解き放ってしまいたくなるので、自制にも気力を使う。 ……息遣いだけが夜に木霊する。 往来の真ん中、複数人で頬を紅潮させ息を荒げ、誰もが地面に体を横たえている。 交わされたのは命と死の交錯。一手違えば誰かが骸となっていた綱渡りの境界線。 夜であろうと、町中であろうとも、聖杯戦争は行われる。今日此処のように。 しかし、ああ―――まるで関係のない第三者がこの戦場痕を見ていれば、きっと異なる感想を抱くというもので。 まるで……露出乱交プレイの終わった後みたいね――― ライダーはひとり、心の中で嬉しそうにそう思う。 気まずさが漂う空気で口火を切ったのは、意外にも肉体的疲労が最も大きいアーチャーだった。 軽妙な口調をいつになく所在なさげに、勝手に男子高校生の個室に入ってしまったような申し訳なさを抱きながら。 「…………………………………………………………………………………………あ゙ー、その、なんだ。  とりあえず、どっかでメシでも食わない?」 頷く首は無い。 だが横に振る首も無かった。 壁に飛び散った粘った体液が乾燥した地面にどろり落ちて―――沈み込むように溶けていった。 [C-6 /南部/一日目 夜間] 【シオン・エルトナム・アトラシア@MELTY BLOOD】 [状態]アーチャーとエーテライトで接続。色替えエーテライトで令呪を隠蔽。 快楽及び吸血衝動(鎮静中)。 [令呪]残り三画 [装備] エーテライト、バレルレプリカ [道具] ボストンバッグ(学園制服、日用必需品、防災用具) [所持金]豊富(ただし研究費で大分浪費中) カードと現金で所持 [思考・状況] 基本行動方針:方舟の調査。その可能性/危険性を見極める。並行して吸血鬼化の治療法を模索する。 0.…… 1.狭間偉出夫に対して―――? 2.これからの拠点を探す。 3.明日以降も登校し、状況を有利に動かす。 4.学園内でのマスターの割り出し。 5.情報整理を継続。コードキャストを完成させる。 6.方舟の内部調査。中枢系との接触手段を探す。 7.学園に潜むサーヴァントたちを警戒。銀"のランサーと"蟲"のキャスター、アンノウンを要警戒。 8.展開次第では接触してきた教師と連絡を取ることも考える。 [備考] ※月見原学園ではエジプトからの留学生という設定。 ※アーチャーの単独行動スキルを使用中でも、エーテライトで繋がっていれば情報のやり取りは可能です。 ※マップ外は「無限の距離」による概念防壁(404光年)が敷かれています。通常の手段での脱出はまず不可能でしょう。  シオンは優勝者にのみ許される中枢に通じる通路があると予測しています。 ※「サティポロジァビートルの腸三万匹分」を仕入れました。研究目的ということで一応は怪しまれてないようです。 ※セイバー(オルステッド)及びキャスター(シアン)、ランサー(セルべリア)、ランサー(杏子)、ライダー(鏡子)のステータスを確認しました。 ※キャスター(シアン)に差し込んだエーテライトが気付かれていないことを知りました。 ※「サティポロジァビートルの腸」に至り得る情報を可能な限り抹消しました。 ※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)の連絡先を入手しました。現時点ではマスターだと考えています。  これに伴いケイネスへの疑心が僅かながら低下しています。 ※キャスター(シアン)とランサー(セルベリア)が同盟を組んでいる可能性が高いと推測しています。 ※分割思考を使用し、キャスター(ヴォルデモート)が『真名を秘匿するスキル、ないし宝具』を持っていると知りました。  それ以上の考察をしようとすると、分割思考に多大な負荷がかかります。 ※狭間についての情報は学園での伝聞程度です。 【アーチャー(ジョセフ・ジョースター )@ジョジョの奇妙な冒険】 [状態]シオンとエーテライトに接続。疲労困憊。射精。 [装備]現代風の服、シオンからのお小遣い [道具] [思考・状況] 基本行動方針:「シオンは守る」「方舟を調査する」、「両方」やらなくっちゃあならないってのが「サーヴァント」のつらいところだぜ。 0.メ……メシ……いやそれよりも水…… 1.少年……なんていうか、スマン。マジスマン。 2.裏で動く連中の牽制に、学園では表だって動く。 3.夜の新都で情報収集。でもちょっとぐらいハメ外しちゃってもイイよね? 4.エーテライトはもう勘弁しちくり~! でも今回は助かった……。 [備考] ※予選日から街中を遊び歩いています。NPC達とも直に交流し情報を得ているようです。 ※暁美ほむら(名前は知らない)が校門をくぐる際の不審な動きを目撃しました。 ※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)を確認。現時点ではマスターだと考えています。 【狭間偉出夫@真・女神転生if...】 [状態] 気力体力減退、射精、精神状態(???) [令呪] 残り二画 [装備] [道具] 鞄(生活用具少し、替えの下着数枚) [所持金] いくらかの現金とクレジットカード。総額は不明 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争に勝つ。 0.??? 1.夜間活発になるであろう参加者たちに警戒。一旦拠点に帰って鏡子に監視させながら籠城。 2.錯刃大学の主従(HAL組)との直接対峙は避けたい [備考] ※まだ童貞。 ※遠坂凛組、ジョンス組、シオン組を確認しました。ジョンス組に錯刃大学の主従について知っている情報を渡しました。 ※錯刃大学に存在するマスターとサーヴァントの存在を認識しました。  春川英輔(電人HAL)がマスター、ないし手がかりになるだろうと考えています。     春川英輔の経歴と容姿についてネット上に公開されている範囲で簡単に把握しました。 ※学校は必要に迫られない限りは行かないつもりです。 ※状況次第で拠点の移動も考えています。 ※ジョンス組を今回の聖杯戦争中上位の戦闘力を持ち、かつ狭間組が確実に優位に立てる相手だと判断しました。  好戦性も踏まえて、彼らの動向には少しだけ興味があります。 ※鏡子が『絞り殺されることを望む真性のドM』の相手を望んでいないことを知りました。 ※高層マンションが崩壊したことを知りました。通達に関連して集まった参加者たちによる大規模戦闘の結果だと考えています。 【ライダー(鏡子)@戦闘破壊学園ダンゲロス】 [状態]右手の痺れ(感覚無し・じきに回復)、自制、はいてない? [装備] 手鏡 [道具] [所持金] 不明 [思考・状況] 基本行動方針:いっぱいセックスする。 0.なんだか凄いことになっちゃったわね。 1.今はひとまず我慢、我慢。マスターも危ないしね。 2.頑張ったけど予想とは違う方向に。ちょっと残念。 [備考] ※クー・フーリンと性交しました。 ※アーカードと前戯しました。自身の死因から彼に苦手意識が少しありますが性交を拒否する程度ではありません。 ※甲賀弦之介との性交に失敗しました。 ※ジョンスが触れることが出来たにも関わらず射精に至ってないことを知っています。ちょっとだけ悔しいです。 ※錯刃大学に存在するマスターとサーヴァントの存在を認識しました。 ※ジョセフと前戯しました。概ね満足ですが短時間だったのでやや物足りません。 ※シオンと間接前戯しました。満足させてあげたいが吸血衝動を感じ取って自制中です。 ---- |BACK||NEXT| |151-a:[[アトラスの子ら(A)]]|[[投下順>本編SS目次・投下順]]|152:[[命蓮寺肝試しツアー]]| |151-a:[[アトラスの子ら(A)]]|[[時系列順>本編SS目次・時系列順]]|152:[[命蓮寺肝試しツアー]]| |BACK|登場キャラ:[[追跡表]]|NEXT| |151-a:[[アトラスの子ら(A)]]|[[シオン・エルトナム・アトラシア]]&アーチャー([[ジョセフ・ジョースター]])|159-a:[[いいから、みつげ]]| |151-a:[[アトラスの子ら(A)]]|[[狭間偉出夫]]&ライダー([[鏡子]])|~| &link_up(▲上へ)

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