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+*導火線に火が灯る ◆DpgFZhamPE
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 ───これは、この聖杯戦争が始まる前のお話。
 黒崎一護は、死神代行である。
 数々の危機から世界を救った彼は紛れも無い一級の英霊だ。
 その刀を抜き、その足で駆け。
 ある存在を護り通す。
 彼はそんな存在であり、戦力としても申し分ない。
 だが、一つの欠点がある───それは『己の魂に誓ったことは曲げないこと』、である
 若い彼は、この世の不必要な犠牲を嫌うのだ。
 戦う意思が無ければ敵ですら護り、戦う必要が無ければ戦わず、殺生はできる限り避ける。
 英雄としては正しい一つの在り方なのだが、この聖杯戦争ではその在り方は不利であった。
 人を殺さない武器など必要ない。
 だからこそ、聖杯戦争に参加したマスターは彼をサーヴァントとして呼ぼうとはしない。
 都合の良い敵を殺す武器として使役できない使い魔(サーヴァント)など、必要ないからだ。
 
 『ま、こっちからもそんな悪趣味な催しモン願い下げだけどな。
 計算高い魔術師の剣に、聖杯になんて興味ねェよ』
 
 そして、彼からもそのような狡猾な魔術師の力になるなど御免だった。
 そのような者達が多く参加する聖杯戦争にも興味はなかった。
 だからこそ。
 月の聖杯戦争に続き、方舟の聖杯戦争においても彼はサーヴァントとしては召喚されなかった。
 まあ当然だな、と呟き方舟からの作用により座へ戻されようとした彼の耳に───一つの剣戟が聞こえた。
 武器と武器がぶつかり合う、その音。
 振り返ると彼の視界には、一人の少女が懸命に生きていた。
 まるでアニメにでも出てくるような姿とステッキを持ち、サーヴァントの槍の一撃を防いでいた。
 気がつけば、彼は立ち止まっていた。
 
 『……あんな小さいのに魔術師なのか』
 
 口から現れた言葉は、小さな驚愕。
 あの子の家族は何をしているんだ。
 一人で聖杯戦争なんかに臨んだのか。
 幼い少女一人で?無謀すぎる。
 それとも、不慮の事故で巻き込まれたか。
 そして見ている内に、サーヴァントの槍によってステッキは弾かれ、今正に少女の命が奪われようとしていた。
 瞬間、一護は既に駆け出していた。
 魔術師がどうとか、聖杯戦争がどうとかそんな些細なことは頭の中から消え去っていた。
 
 『助けて───お兄ちゃん』
 
 その少女は小さく、そう呟いたのだ。
 助けてと。己の兄へと。
 それを聞いて、黒崎一護が少女を見捨てて座へなどと帰ることができようか。
 救えなかった、俺を護って死んだ母の代わりに今度は俺が遊子と夏梨を───妹を護ると誓った彼は、妹を失うかもしれない恐怖というものは身に染みて知っていた。
 だからこそ、彼は現界する。
 
 『───この場では、俺がお前の妹を護るから。
 絶対にお前の妹を助けに来い。どんな状況にあっても迎えに来い。
 コイツはお前に助けを求めたんだ。俺じゃない、最後にコイツを救うのはお前なんだ。
 それまで護り抜くから───』と。
 今際の際に、最後に名前を呼ばれるほど信頼されている少女の兄に、そう叫ぶ。
 少女の兄には聞こえてはいないだろう。
 少女がこの方舟に存在していることを知っているかどうかすら怪しい。
 だが、彼は確信していた。
 此れ程までに妹に信頼されている兄が、妹を見捨てるはずがないと。
 必ず少女の兄は助けに来ると。
 ならばそれまでの間、少女を護ろう。
 この剣を振おう。
 だが───しかし。
 現界の間際に彼は、思考が塗り潰されていくのを感じた。
 これは、狂気。狂戦士のクラスに当てはめられたことによる暴走。
 かつて制御したはずの虚の力が彼を支配する。
 かつて完全なる形になった二刀一対の相棒達が、偽りの黒刀へと変わっていく。
 彼が抱いた少女の兄への願いが、怒りに染められていく。
 Aランク相当の狂化スキルに呑まれた彼は、全ての思考が破壊衝動と怒りに変えられる。
 
 『あ───ァ、あああああああああ■■■■■■■■■───ッ!!!!』
 
 胸に孔が。顔に仮面が。その精神に狂気が。
 英雄としての彼の魂を穢すその狂気に支配されていく。
 
 ───だが。
 だが、しかし。
 
 『───俺■、護■から』
 
 その心に抱いた、最後の決意だけは。
 決して揺らぐことはなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして、時間は現在へと巻き戻る。
 バーサーカー───黒崎一護は、空を疾走する。
 目的地は、B-4。
 令呪の縛りにより、サーヴァントを殺害する。
 己のマスターを護り通すべく、黒崎一護はB-4へと疾走する。
 日は傾き始めている。
 一刻も早く帰還するため、彼は戦場へと駆け抜ける。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ◆ ◆ ◆
 
 
 《act.1   前兆》
 
 「───♪、♪♪──♪♪♪、♪♪、♪♪」
 
 高く聳え立つ高層マンションの前で竜の少女が高らかに歌い上げる。
 NPCの被害を減らすため、キャスターとの戦いのための最初の布石だった。
 戦闘でNPCを巻き込んで此方がペナルティ受けて負けましたでは話にならない。
 
 「……」
 
 隣に立っている遠坂凛の肩は気づかれないほど小さく、フルフルと震えていた。
 魔術師とは言えまだ幼いのだ───自分の知る、他人にも自分にも厳しい遠坂凛とは経験も技術もまるで違う。
 それでも、凛はここに立っている。
 自分の心に恐れがないと言ってしまえば嘘になる。
 はっきり言って、今迄の戦いも恐ろしい実力を持った人達ばかりだった。
 記憶は掠れて、一番力になってくれた───共に戦った仲間は思い出せないけれど、それでも多くの人と出会い戦い抜いた。
 その中で生き残れたのも、自分に力を貸してくれた存在がいたからだ。
 ならば、この場では。
 最後に戦うその日まで、遠坂凛を支える仲間でいよう───自分を支えてくれた自分の仲間のように、と。
 自分……岸波白野は、心の中でそう呟く。
 
 「……来たぞマスター、坊主」
 
 すると唐突に凛のサーヴァントの青のランサーが呟く。
 それと同時に視界に現れたのは、純白の髪を持った修道女だった。
 その姿は、いつものような修道服ではない。
 男の情欲を誘うような───不自然に露出した、彼女なりの戦闘服だった。
 
 「準備は整っているようですね」
 「貴女こそ整っているようで何よりよ。……あれ、ルーラーは?」
 
 カレンに言葉を返すと、凛はキョロキョロと辺りを見回した。
 そういえば、ルーラーの姿が見えない。
 直接戦闘には加入しては貰えないだろうけど、それでもルーラーがいるととても心強いんだけど……。
 
 「ルーラーなら先ほど連絡を受け取りました。
 この場には現れますが、彼女は単独で行動をする、と連絡が。
 彼女がこの場に現れるのはあくまで”裁定者”として。あなた達の戦いを見届けるのであれば私で十分、B-4に巣食う違反を見定めるならばまた別の視点から観察した方が良い───と」
 「そう……わかったわ。でもあなたが来てくれただけでも嬉しい」
 
 ルーラーの不在を告げるその言葉に、凛は少し顔に陰りを見せる。
 戦闘面でルーラーの協力を得られないことは理解していたが、側にいるのといないのでは大きく差がある。
 英霊の戦いは一秒……いや、それ以下の隙でも命取りになる戦いなのだ。
 出来れば側で、もしもの時───エリザやランサーがキャスターの重大なルール違反を発見した時など───の対処を速くする対処を行って欲しかったが、いないのならば仕方ない。
 すると。
 
 「……貴方も戦場に現れるのですね、岸波白野」
 
 カレンは、此方を見てそう呟いた。
 
 「決してマスターとしての戦闘力が高いとは言えない貴方達ならば、戦場に現れるより何処かに身を隠していた方が安全でしょう?」
 
 カレンの言葉はもっともだった。
 凛と自分では一流の魔術師を相手にしては、およそ勝つことは難しいだろう。
 なのに、この場に足を運ぶのは愚策としか言いようがない。
 当初のランサーの提案通り、陣が敷かれた屋敷の中に潜んでいた方が安全だ。
 それでも、自分は。
 
 >───自分だけ隠れるなんて、できない。
 ───自分だけ隠れるなんて、できない。
 
 月の聖杯戦争でも、自分は一人なら何も成せずに死んでいた。
 戦えたのは「      」がいたからなのだ。
 今は名前すら思い出せないけれど───「     」がいたから進むことができた。
 その自分が、危険だからと言ってサーヴァントだけを死地に送るようなことは出来ない。
 自分の考えをそう伝えると、ならば私だけが残る訳にはいかないと、凛もこのマンションの前で待機することになったのだ。
 
 「……そうですか。まあ、大方そのようなことだと思っていましたけど」
 「マスター、坊主。突入する前に一つ言っておく」
 
 そして。
 時刻はもうすぐ17時に突入する頃に達した時、ランサーはその声で自分達の会話を断ち切った。
 
 「いくらキャスターの陣地外とは言えな、ここはその目の前だ。
 何か合ったらすぐ令呪を使え。俺でも嬢ちゃんでもどっちでもいい、すぐに呼べ」
 
 その口調は何時になく冷静で、正確だった。
 それだけ大切な忠告なのだろう。
 
 「魔術師の陣地内はな、簡単に言えば魔術師の体内みたいなモンだ。
 何が飛び出してくるかわからねぇ、それは陣地の目の前のここでも同じことだ───マスターも坊主も、俺の陣引いた家の中で待ってろっつっても聞かねぇだろ?
 そういう馬鹿は嫌いじゃないがな、それなら対策はしておけ」
 
 そう言い放つランサーの横顔は、時折見せる気楽な男としての顔ではなかった。
 壮絶な命の奪り合いの生涯を駆け抜けた、戦士の言葉。
 
 「そろそろ嬢ちゃんの歌も終わる、終わったら開戦だ。
 陣地に引き篭もってるキャスターの首は獲って帰る───だからよ、マスターも坊主も自分の命の安全だけ考えてろ」
 
 ブォン、と小さな音を立て出現した朱槍が、その強靭な腕に握られる。
 その時時を同じくしてエリザの歌も終了する。
 コホン、と小さく咳払いしたエリザはこちらに向かい一言。
 
 「まあ、私の輝かしいライブと勝利の瞬間が見せてあげられないのは残念だけど。
 帰ったら私の活躍、聴かせてあげるから無事に待っていなさい、子ブタ」
 
 その紅い髪を靡かせ、そう言った。
 ……ああ、何と心強い。
 
 「じゃあ行ってくるぜ、マスター。
 」
 「ええ……ねぇ、ランサー?」
 「何だ」
 「私、貴方を信用しているわ」
 
 小さい、恐怖もまだ感じているであろうその口から放たれたのは、信頼の言葉だった。
 遠坂凛はまだ幼い。
 ある程度魔術師として成長した状態だったならこの程度の恐怖なら完全に飲み込めただろう。
 しかし、彼女はまだ幼いのだ───本音を言えば、弱音の一つも吐きたいだろう。
 だというのに、それを意地とプライドで抑え込みランサーに言い放つ。
 
 「だから、ここでキャスターを倒して───貴方の力、ここで見せて」
 
 それは、どれほどの重さなのだろう。
 それは、どれほどの強さなのだろう。
 幼い身には重すぎる決意と強すぎる使命感を感じ取り、ランサーは笑う。
 
 (……あーあ、この頃からこんなだったのか、こいつ)
 
 自らの中の記憶に残る10年後の少女の面影と、目の前の幼い少女の姿が。
 ランサーには、今重なって見えたのだ。
 これだけ信頼されては仕方ない───この槍に賭けて、勝利を持ち帰る。
 
 「おうよ」
 
 返す言葉は、短く。
 戦士の出陣に、長ったらしい言葉は要らない。
 
 
 
 
 
 
 ◆ ◆ ◆
 
 「───」
 
 ヒュウウウウ、とアサシン・ニンジャスレイヤーはとあるビルの屋上で風を感じながら、眼下に佇んでいる存在を監視していた。
 ランサー=サンともう一人のサーヴァント、そして彼らのマスターだ。
 彼らからは、なんともシリアスなアトモスフィアが醸し出されている。
 
 「……突入するべきか」
 
 ニンジャスレイヤーが呟く。
 時刻はもうすぐ18時を回る。
 あと少し遅ければウェイバー=サンとバーサーカー=サンの協力は得られないところであった。
 ここで待機していたが、最悪もう一画の令呪で解呪される危険性もあった。
 実際危険な賭けであったと言えるだろう。
 
 『と……ちゃ……』
 『と……ちゃ……』
 
 己がマスター、しんのすけの言葉が脳裏を駆け巡る。
 消えることはない。呪詛のように延々と、ニンジャスレイヤーの深い部分へと巻きついてくる。
 己の愛した息子としんのすけが、重なった。
 しかし、冷静さを失うことはない。
 
 「スゥーッ……ハァーッ……」
 
 チャドーの呼吸を忘れるべからず。
 この作戦の目的はただ一つ。
 キャスター=サンを足立=サンの令呪でスレイするか、それともランサー=サンが勝利をもぎ取るかではぐれマスターとなった足立=サンと契約する。
 または、ランサー=サンが負けたのならばそのマスターと契約する。
 新しいマスターを確保する。それが目的。
 しかし。心の中には、もう一つ理由がある。
 
 (キャスター=サンとアサシン=サンはワタシがスレイする)
 
 そうだ。この、誰にも譲れぬただ一つのエゴ。復讐。
 豹変した母親に怯え。
 理不尽な父親の暴力に翻弄され。
 何一つ救われることなく、何が起きたかも理解できず。
 ただ偽りの両親への恐怖のみを抱いて死んでいったしんのすけの、弔い合戦。
 赦さぬ。
 断じて赦さぬ。
 赦してなるものか。
 
 「キャスター=サン、殺すべし」
 
 消えてしまったしんのすけの代わりに、このニンジャスレイヤーがキャスター=サンを殺す。
 
 ───この怨み、晴らさでおくべきか。
 
 
 そして。
 また少し離れた場所でニンジャスレイヤーと同じく、ランサー達の姿を見ていた者がいた。
 サーヴァント、ルーラー。
 キャスターの根城へと突入していく二人のランサーと、そのマスターを見定めている。
 視界に入るのは、カレン・遠坂凛そして、岸波白野。
 
 『───あなたは、無理矢理に招かれたマスター達がいることに、悲しみを覚えているのではないか?』
 
 甦るのは、岸波白野が指摘したその言葉。
 悲しみはないと言えば、嘘になる。
 しかし。
 
 「この身は、ルーラーのサーヴァント。
 この目的は、聖杯戦争の恙無い進行を」
 
 ───ただ今は、己の成すべきことだけを。
 個人の感情など、私の感情など後回し。
 戦場で剣を振るわなかったとは言え、この腕は既に血で濡れている。
 今更、躊躇することなど、何もない。
 
 
 何も、ない───?
 
 ◆ ◆ ◆
 
 
 「……ああ、うん、わかった。僕たちも行く」
 
 プツン、と通話が切れる音がする。
 パチンと閉じた携帯を懐にしまい、ウェイバー・ベルベットは先ほどまで食べていたうどんを下げる。
 少しでも魔力を回復するために近くの店で食事を摂っていたのだ。
 
 「バーサーカー、ランサーが突入したって今アサシンから電話があった。
 僕たちも行……バーサーカー?聞いてるのか、バーサーカー!」
 「おうおう、聞いてる聞いてる……ん、間違ったかな?」
 
 何かを作っているのだろうか、デッドプールは覆面から覗く目を三日月型に歪めて歓喜する。
 デッドプールには珍しく、『ソレ』を作っている間は大人しくしていた。
 ウェイバーからは、その大きな背が邪魔になって何を作っているのかはわからないが。
 
 「……バーサーカー?お前、何作ってるんだ」
 「せっかちだなぁウェイバーちゃん、一人よがりの押し付けは女の子に嫌われちゃうぜ?」
 「…………」
 「あれ、無視?」
 
 もう、面倒くさいことは無視することにしてしまおうか。
 しかし、現実はそう簡単ではない。
 仕方なくウェイバーは言葉を返す。
 
 「なあ、バーサーカー。お前は良かったのか?」
 「ん?」
 「アサシンと、キャスターのことだよ」
 
 語るウェイバーの口調は、暗い。
 相手はあの小さな少年を即死に追い込んだ、モンスターの主。
 恐らく楽に勝てる相手ではない───最悪、敗北し死亡する可能性だってある。
 デッドプールはそんな戦いに身を投じることに拒否感はないのかと。
 恐怖感はないのかと───そう聞いているのだ。
 
 「……あーあ、大丈夫大丈夫、俺ちゃん強いから」
 
 そう言い放つデッドプールは、いつもの巫山戯た態度は消え失せていた。
 ウェイバーからはデッドプールの顔は見えないが───怒りを抑えているような、悲しんでいるような。
 簡単には読み取れない、感情のようなものを感じ取ったのだ。
 しかしウェイバーがそれを尋ねる前に、デッドプールは腕に握ったものを軽く放る。
 慌ててキャッチするウェイバー。
 見る限り───それは硬質の棒のような。
 言うならば、バットのようなものだった。
 
 「俺ちゃん特性デップーバットォー!道具作成ない俺ちゃんじゃあ神秘も籠ってないけど、愛なら籠ってるヨ☆
 ……まあキャスター=サンのモンスター程度の相手なら防げるだろうから、持っておいた方がいいぜ」
 
 デッドプールはまるで冗談でも語るように、そう言い放つ。
 ……バーサーカーがちゃんとしている、とウェイバーが呆気にとられているのを他所に、デッドプールはバラまいた銃をホルスターにしまい刀を鞘に納める。
 その他にもナイフ、ハンマーに爆弾等様々な重火器が彼に装備されていく。
 
 『と……ちゃ……』
 『と……ちゃ……』
 
 脳裏に、いつか聞いた言葉がリプレイされる。
 目の前に、いつか見た風景が再生される。
 デッドプールは、狂っている。
 側から見てもおかしな妄言を撒き散らし、予測不能な行動で周囲を脅かす。
 ある時は大胆不敵の傭兵。
 ある時は予測不可能のうつけ者。
 ある時は理解不能の極悪人。
 だが、しかし。
 今この時───今回だけは。
 
 『と……ちゃ……』
 『と……ちゃ……』
 
 「───じゃあちょちょいとキャスター=サンをブッ殺しに行こうぜ」
 
 ───この時だけは、デッドプールはヒーローだった。
 世界が敵に回っても味方でいてくれる存在のはずの両親に裏切られ。
 困惑と恐怖の底で死んでいった少年の為に。
 
 
 
 男、デッドプール───出陣。
 
 ◆ ◆ ◆
 
 
 
 《act.2  突入》
 
 コツン、と小石が音を立てて落下する。
 小石に刻まれた探索のルーンが役目を終えて消えたのだ。
 探し出したのは、キャスターの陣地。
 そして陣地を探すために発動した探索のルーンは、一つの部屋の扉を指した。
 
 「ここか」
 
 ガンッ!と、クー・フーリンが部屋の扉を蹴り飛ばす。
 遠慮は無い。サーヴァントの脚力で蹴破られた扉はその姿をくの字に曲げ、面白いように飛んでいった。
 
 「……意外と小さい部屋に閉じ籠っているのねキャスターは。ライブどころかカラオケすらも難しそうね」
 「いや、陣地はこの奥だ。
 ……野郎、面倒な事をしやがって」
 「……?
 どういうこと、わかりやすく説明しなさいよ」
 
 全てを説明しないクー・フーリンに、エリザベートは苛々を募らせる。
 エリザベートははクー・フーリンほど魔術に精通していないのだ、陣地作成の理解にも差があるのは当然と言えた。
 
 「キャスターの陣地、この部屋と重なり合うように作られてやがる。
 ……要するに、異空間だ。
 異空間にある以上、このマンション自体を破壊してもキャスターの陣地は残る。
 陣地自体を破壊するなら、陣地の中から破壊するしか方法はねぇ」
 「……なら早く済ませて帰りましょ、こんな狭いところは嫌いなの」
 「おうよ、行くぞ」
 
 言うと同時に二人のランサーは狭い廊下を駆け抜け、異空間───キャスターの陣地への突入する。
 景色が変わる、世界が変わる。
 赤い絨毯。石造りの白い壁。細い通路。
 内観から把握するに───キャスターのこの陣地は、城を模しているのだろうか。
 
 「へえ、城なんてキャスターもわかってるじゃない。ただの引き篭もりじゃなさそうね」
 
 エリザベートは辺りを見回す。
 彼女の趣味ではないが、みすぼらしい小屋なかっただけ良しとしよう。
 
 「……でもこれだけ散らかってちゃ魅力も半減ね。何よこの岩、邪魔なんだけど」
 
 赤い絨毯を歪ませる程の重さの岩が、通路に無造作に放ってあるのだ。
 サイズも中々に大きい───これでは進行の邪魔になる。
 または、この城の主がその目的で配置したのかもしれないが。
 
 「邪魔なら砕くより退けちまった方が楽だ、無駄に消耗することもねぇ」
 
 そして。
 その岩を、クー・フーリンはひょいと持ち上げた。
 ───それが、スイッチだった。
 
 『メ』
 「……あ?」
 
 何処からか、声がした。
 野太く、低く、不快感を増長させる響き。
 
 『ガ』
 「え、何それ気持ち悪いわ……!前言撤回よ、ここのキャスター趣味悪いわ!」
 
 ランサーの手に持つ岩を見たエリザベートが、呑気に嫌悪感を示す。
 その岩には、顔があった。
 濁った目。歪んだ歯。醜悪なその顔面。
 ───名を、ばくだんいわという。
 
 『ン』
 
 名は体を表すとはよく言ったものだ───ばくだんいわの最大の仕事は、爆発することである。
 接触した者がいれば、それに反応し大爆発。
 それは、この聖杯戦争の場でも変わらない。
 
 「うるせぇ」
 『デッ……!?』
 
 ───しかし、相手が悪かった。
 醜悪な顔面のばくだんいわのその眉間に、クー・フーリンの朱槍が突き刺さる。
 ばくだんいわは自爆することすら許されず、まるで最初からいなかったかのように消えていく。
 
 「チッ……面倒なものを置きやがって、これぐらいで倒せるとでも思ったか」
 
 下らぬ雑魚の掃除に機嫌を悪くしたクー・フーリンが適当に吐き捨てる。
 雑魚に構う暇はない。
 狙うは大将の首、それだけなのだ。
 
 
 
 
 ◆ ◆ ◆
 
 
 「……やはり、あの程度では仕留められんか」
 
 炉が魔力の生成を行っている部屋において、キャスター───大魔王バーンはそう呟いた。
 元より傷を負わせれば上等程度の理由で配置していたのだ。
 軽々しく突破されたとしても、バーンとしては然程損害はない。
 
 「ははは、アイツら必死に登ってきてるよ」
 
 バーンのマスター・足立が声を上げて笑う。
 ニヤニヤと歪むその顔には相手を卑下し蔑み嘲笑する、負の感情を詰めたような笑顔が宿っていた。
 あくまのめだまにより映し出されている風景は二つある。
 一つは赤と青のランサーが疾風の如き速度でバーンの陣地を駆け上がるその姿と。
 マンションの外で待機する、そのマスター達だった。
 
 「いやあ、面白くて面白くて───まだ自分達が『攻める側』だと思ってるんだもんな、コイツら」
 
 バーンの目が此方に向いたのを察知したのか、曲がったネクタイを弄りながら足立は言葉を放つ。
 何方が攻められ。
 何方が罠に嵌っているのか。
 それにヤツらは気づいていないのだ───と、無知な子供を見下すように足立は笑う。
 
 「余に牙を向けたが最後……大魔王からは逃げられない。
 退避は許さぬ。敗走も許さぬ。出し抜くなど以ての外。
 ───凡百の英霊など、余の前では藁に等しい」
 「そうそう、勝てる訳がないのに。
 キャスター相手に自分のやり方でイケると思うのがそもそもの間違いってことを教えてやってよ」
 
 ズシリ、と。
 大魔王バーンは、足立の言葉など意も介さずゆっくりとその足で前進する。
 魔力炉が配置されている部屋から、出陣する。
 
 (あーあ、無視、か。大魔王の扱いは面倒だ)
 
 心の中でぼやく足立に対し、バーンは告げる。
 
 「足立よ、貴様はここで待機しておけ」
 「はいはい、僕にもちゃんと仕事があるからね。
 存分にやらせて貰うよ」
 「『ヤツら』には念話での簡単な命令なら従うように命じている。
 全てのタイミングは貴様に任せよう。余のマスターとして、存分にその力を発揮せよ」
 
 その言葉を最後に、バーンは姿は虚空に消える。
 霊体化、というのだったか、と足立は頭の片隅でそんなどうでも良いことを考えながら、部屋の隅に配置された椅子を移動させ、座る。
 
 「……キャスターも悪趣味だよねぇ?
 こんなヤツら作ってさ、本当に気味が悪い」
 
 引きつった笑みで足立は掌を空へ掲げ、クイっと手招きのような仕草をする。
 すると。
 ───ぺったん。
 足立の周りから、
 ───ぺったん。ぺったん。
 嫌な、音がする。
 ───ぺったん。ぺったん。ぺったん。
 まるで、半流体の物質が蠢いているような、その音。
 人間ならば生理的嫌悪感を抱かずにはいられない、その音。
 一つや二つではない。
 十、二十───いや、それ以上か。
 大量の存在が蠢く音が、座っている足立の背後から奏でられる。
 
 「失敗したら何言われるかわからないしねぇ。
 ちょっと、ガキに大人のお仕事を見せつけてやるかな───」
 
 ギラリ、と。
 足立の背後で、無数の瞳が光を放つ。
 
 ◆ ◆ ◆
 
 
 「テメェがキャスターだな」
 
 ばくだんいわの通路を抜け、広間に出たランサーらが見たのは、老いたサーヴァントだった。
 皺の寄った皮膚に大きな身体。
 そして───溢れ出る膨大な魔力。
 
 「如何にも……余がキャスターだ」
 「……残念だけど、お爺ちゃん用の歌は用意してないの。
 大人しく座にでも帰って演歌でも聞いてくれる?」
 「そう言うな……赤のランサーよ。
 余とて今日は上機嫌でな」
 
 バーンの口角がニヤリと上がる。
 それと同時に虚空より出現した杖、『光魔の杖』を握り締める。
 訪れたのは、無尽蔵に魔力を吸い上げる貪欲なまでのその性能。
 吸い上げられた魔力は収束し、研がれ、そして杖の鋒へと集中し『杖』は『槍』としてその姿を変える。
 
 「外で待機しているのは貴様らのマスターだったか……?
 まだ幼いが、それでも役には立つだろう」
 「どういうことよ」
 
 話の意図が読めないエリザベートが、疑問を口にする。
 それを待っていたと言わんばかりに、バーンは口角を吊り上げ───
 
 「───何、幾ら矮小な存在とは言え、今宵の余の配下への魔力源程度にはなるであろうと思ってな」
 
 挑発に返す、挑発。
 ランサーらを殺した後に、そのマスターを魔力の素にしてやろうと言っているのだ。
 エリザベートの顔が怒りで真っ赤に染め上がる。
 しかし、青のランサーの顔面に宿っていたのは───怒りでも絶望でもなく、呆れだった。
 
 「御託はいい。貴様、上級のサーヴァントと見た。
 さっさと始めるぞ」
 
 くるくると掌の中で回る朱槍。
 それを担ぎ上げ、ランサーの視線はキャスターと交差する。
 
 「───無駄口を叩くのは趣味じゃねぇ、とっととかかってこいよ老耄」
 
 シン、と辺りが鎮まり静寂が訪れる。
 ランサーは獰猛な笑みをその顔に貼り付け。
 バーンは冷酷な笑みをその顔面に宿し。
 エリザベートは、リズムを取る様に体を揺らす。
 そして。
 
 
 ───次の瞬間、二人のランサーとキャスターの姿が掻き消えた。
 ギン!、と獲物がぶつかり合う音がする。
 互いの得物は槍。
 大魔王の戦闘技術は恐ろしいものだった。
 魔術師のクラスで召喚されておきながらの、その槍捌き。
 無尽蔵に魔力を吸い上げるその槍は、唸りを上げながら空を切り裂き標的を切り捨てる。
 薙ぎ払い、振り下ろし、突き、弾き、叩き潰す。
 その全てが必殺。
 並みのサーヴァントなら、姿形すら残さず塵へと還るだろう。
 だが、しかし。
 届かない───相対する光の御子の懐に、踏み込めない。
 空を駆ける朱槍。
 猛獣の如き野性を秘め武人としての正確さも秘めたその槍の軌道に、大魔王の槍は進行を阻まれる。
 バーンが大魔王ならば、クー・フーリンは神の息子、クランの猛犬。
 いくら相手が強大と言えど、やすやすと翳されるはずもないのだ。
 神になろうとした大魔王が神の息子と相見えるとは、何たる運命か。
 
 「たわけ、魔術師風情が槍兵の真似事か───!」
 「───ふ、魔術師の真髄が魔だけとでも思ったか?」
 
 クー・フーリンの朱槍を神風とするならば、バーンの槍は暴風。
 お互いの槍はお互いの首を狩らんと宙を舞う。
 クー・フーリンの朱槍が速度を上げる。
 狙うは頭・首・心臓の三箇所。
 貫き狙うは全ての急所───!
 
 「ぬぅっ!!」
 
 しかし。
 その三連突は、バーンの一振りで防がれる。
 防ぐ、というより『弾く』と言った方が正しいか。
 何はともあれ、朱槍の一撃はバーンには届かなかった。
 両者、傷なし。
 しかし。
 
 「私を忘れてもらっちゃ困るわよっ!」
 
 ───その隙に、新たな槍が乱入する。
 エリザベート。血の伯爵夫人。その若かりし姿。
 槍兵のクラスで現界したエリザベートのその技量はランサー───クー・フーリンやバーンより劣る。
 しかし、それを補えるだけの力がある。
 クー・フーリンが神風、バーンが暴風だとするならば、エリザベートは突風。
 急速な勢いがついたその一撃の威力は、クー・フーリンとバーンすらも凌駕する。
 クー・フーリンとエリザベートは、バーンと相対した時から既に作戦など捨てていた。
 バーンを見た瞬間から───小手先の作戦で騙せる相手ではないと本能が理解したのだ。
 不確かな作戦に何時迄も拘っていては足元を掬われる。
 掬われた結果に待つのは、明確な敗北。
 ならば、作戦などとっとと捨てて攻勢に周るのみ。
 ガギン!と一際大きい剣戟が響く。
 エリザベートの重い一撃により、バーンが後退したのだ。
 
 「───バカが」
 
 その後退は、小さな隙。
 だがしかし、クー・フーリンを前にしては致命的な程に大きな隙となる。
 後退し、開いた距離すらも助走に利用し、更に朱槍の強烈な刺突がバーンを狙う。
 既に、その刺突は点の攻撃ではない。
 神速に至るほどのその刺突は、既に面の攻撃と言っていいほどに加速していた。
 その刺突を、バーンは防ぎきれない。
 バーンのその体に小さな裂傷が刻まれていく。
 
 「ぬぅんッ!」
 
 そこで、バーンがその槍を大きく振るう。
 クー・フーリンはその直撃を避け、後退する。
 両者の間に、距離が生まれる。
 再び訪れた沈黙は、そう長くは続かなかった。
 
 「……やはりいくら余でもキャスターのサーヴァントとして現界した以上、ランサーのサーヴァント二体には苦戦するか」
 「苦戦だけで済むとお思い?」
 
 バーンの口から漏れたのは、押されている現状。
 そこにエリザベートが槍を構え口を挟む。
 このままでは、バーンの不利。
 元より対魔力を持つ三騎士はキャスターのクラスのバーンにとって天敵なのだ。
 まともに戦えば、不利は避けられない。
 ……だが。
 そんな場面に出会っても、バーンは眉一つ動かさなかった。
 
 「───ならば仕方ない、『キャスター』としての力を魅せてやろう」
 
 そう、キャスターが呟いた瞬間。
 ゴバッ!!とキャスターなら大量の魔力が溢れ出した。
 
 「……嬢ちゃん。槍を構えろ、気を抜くな。
 ───ここからが本番だ」
 「ええ、わかってるわ。
 私も丁度温まってきたところだし、さっさと終わらせましょ。
 こんなツマラナイ相手のアンコールなんてノーサンキューだし」
 
 二人が静かに槍を構えた。
 その、瞬間。
 
 「───『メラ』」
 
 視界を、獄炎が支配する。
 紡がれた呪文は最下位のもの。
 しかし威力は最高位と同等───いや、それ以上のものだった。
 陣地内の床を焼き払いながら、二人のランサーを包む。
 
 「この程度じゃサウナにもならないわ」
 「『イオラ』」
 
 獄炎からエリザベートが現れた瞬間───第二の魔術が飛ぶ。
 メラは布石。
 対魔力で防がれるのはわかっている。
 だからこそ、メラで視界を塞いでから、イオラを放ったのだ。
 
 「ッ!!」
 
 エリザベートは、その身で受けることをしなかった。
 すんでのところで、槍で受け止めたのだ。
 ダメージはない、攻撃は無意味。
 だがしかし、バーンは笑っていた。
 
 「……余のメラを防ぐとは中々の対魔力よ。
 しかし、イオラは防げんか……貴様の対魔力の程、見定めさせてもらったぞ」
 
 バーンの行動は、対魔力の程を測るためのものだった。
 どれほどの魔術は無効化され、どれほどのものなら効くのか。
 それを、見定めていたのだ。
 
 「では……次はこれだ、貴様も英霊ならば防いでみよ」
 
 ゴゴゴゴゴ……と、魔力の奔流が渦巻き、バーンの掌に収束されていく。
 源は魔力、役目は獄炎。その形は、不死鳥。
 
 「それが貴様の宝具か」
 「如何にも……これが余の宝具だ。
 その想像を絶する威力と優雅なる姿から、古来から皆こう呼ぶ───」
 
 獄炎で形作られた不死鳥が、鳴く。
 目の前のランサーらを焼き払わんと。
 その姿を塵に還そうと。
 
 「───『優雅なる皇帝の不死鳥』!!!」
 
 不死鳥が、羽ばたいた。
 神々しい───戦いの中でなければ、思わず見惚れていただろう。
 しかし、見惚れていては死ぬ。
 文字通り塵になる───だからこそ、クー・フーリンは行動を開始する。
 
 「嬢ちゃんッ!下がれ!」
 「え、ちょ、あなたはどうするのよ!?」
 「黙って、速く───!!」
 
 それより先の言葉は、紡げなかった。
 『優雅なる皇帝の不死鳥』が、二人のランサーの目の前まで接近していたからだ。
 あらゆるモノを焼き払うその不死鳥。
 それを見た瞬間、クー・フーリンとエリザベートは理解した。
 『優雅なる皇帝の不死鳥』。城のような陣地。特徴的な呪文の詠唱。数々の魔物。
 ああ───わかった、コイツの真名は───!!
 
 響く轟音。撒き散らされる獄炎。
 哀れ、二人のランサーは不死鳥に呑み込まれ、その姿を消した。
 
 「───なんてな」
 
 しかし、二人のランサーは生きていた。
 所々に焼け跡が刻まれ、息は切れてこそいるが、二人は生きていた。
 ───原初のルーンの全使用。
 上級宝具すら無傷で防ぎきるその力は、『優雅なる皇帝の不死鳥』の火力を完全にとは行かなかったが、削ぐことに成功していた。
 
 「大魔王バーン……それがアンタの真名ね」
 「さすがに宝具を見せては隠し通せぬか。
 まあよい……ここで全員消せばよいことよ。
 この大魔王、有象無象の英霊にやられるつもりなどないが……不穏分子は消しておかねばな」
 
 再び、バーンの掌に魔力が収束する。
 あれほどの宝具を、連発するというのか。
 
 「余の『優雅なる皇帝の不死鳥』でも生き残るか。
 しかし
 なら───二発目はどうする?」
 
 そして。
 二度目の不死鳥が飛翔を始めようとした瞬間───バーンが、静止する。
 頭上を見上げ、フッと笑う。
 
 「ようやく動いたか、足立よ」
 「何……?」
 「わかりやすく教えてやろう……お前達は、罠に嵌まったのだ」
 
 クー・フーリンが尋ねると、バーンはその顔面の皺を濃くし、笑みを浮かべる。
 その笑みにエリザベートが不快さを露わにするが、眼中にすら入っていない。
 
 「この陣地の中には多数のモンスターが生息している。
 それを外の貴様らのマスターに向かって放出したのだ───いくらサーヴァントには劣るとは言え、マスター程度なら一捻り」
 「貴様らはこのバーンの城に『攻めてきた』のではない……。
 『誘い込まれた』のだ」
 
 バーンの背後から、恐ろしいほどの威圧感が発せられる。
 これが、王気というものか。
 
 「嬢ちゃん!今すぐ坊主のもとへ戻れ」
 「くっ……わかったわ、すぐに戻るから踏み止まって───」
 「この余に背を向けて逃げられると思ったか?」
 
 逃走の準備を整えるエリザベートに、バーンが問いかける。
 その手には魔術、役は獄炎。
 逃走など許さない。
 それが、バーンの意思表示だった。
 
 「余に槍を向け、そう簡単に逃げられると思ったか?
 背を向けたが最後、その頭蓋を焼き尽くしてやろう」
 
 エリザベートの、足が止まる。
 逃げられない。
 バーンははその言葉の通り、背を向けた瞬間エリザベートを狙うだろう。
 マスターの元へ辿り着く前に死んでは元も子もない。
 願うのは、一つ。
 どうかマスターが無事で、令呪を使って呼び戻してくれることを。
 
 「知らなかったのか……?
 大魔王からは、逃げられない……!」
 
 そうして。
 地獄の第二ラウンドが、始まる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ◆ ◆ ◆
 
 
 
 
 
 ───最初にその音に気づいたのは、凛だった。
 ぺったん、ぺったんと。
 水風船を軽く地面に押し当てたような音が何度も続いたのだ。
 そして。
 襲撃は、突然だった。
 
 「白野、アレ……ッ!」
 
 現れたのは、スライムだった。
 王冠を被っているもの、銀色のもの、触手が生えたもの、騎士が載っているもの───などなど、様々なスライムがマンションの上階から落ちてきたのだ。
 十程度ではない、二十匹や三十匹───いや、それ以上か。
 困惑している自分や凛を他所に、少しずつスライムはこちらに迫ってくる。
 こうなったら、令呪でエリザを……ッ!!
 
 『キッ!!』
 
 すると。令呪を使用しようとした自分に、弾丸のようにスライムが突っ込んできた。
 ギリギリのところで回避し、再び令呪を───すると、また弾丸のようにスライムが飛んでくる。
 
 「まさかこいつら、令呪を使わせないつもりなの……!?」
 
 凛が呟く。
 スライムらは、こちらが令呪を使用しようとすると速度を上げて襲いかかってくるのだ。
 かと言って使用しなければ、じりじりと迫るスライムに殺される。
 カレンの方を見てみると……スライムらは、監督役であるカレンは傷つけないように、カレンを避けていた。
 カレンもそれがわかっているのか、スライムに手を出そうとはしない。
 
 「きゃっ!」
 
 その時、凛が小さな悲鳴をあげる。
 騎士を乗せたスライムの一太刀を、ギリギリ持っていたアゾット剣で防いだのだ。
 だが受け止められる筈もなく。
 その小さな身体は、弾き飛ばされる。
 
 ───凛!
 
 「だ、大丈夫、まだ戦える……え、ちょっと、白野!?」
 
 無事を確認した凛からアゾット剣を取り、構える。
 令呪を使用する隙を掴めないのならば、自分で作るしかない。
 安全が確保できるまで令呪は凛も自分も使えない。
 その隙を見せた直後───スライムらは迫るのをやめ全員で押し潰しにくるだろう。
 今ここで戦えるのは、自分だけなのだ。
 諦めて立ち止まって、死を待つだけなどできるはずもない。
 
 ギン!と音がする。
 騎士が乗ったスライムの一太刀をアゾット剣で受ける。
 アゾット剣に伝わった振動は腕に伝わり痺れを引き起こすが───アゾット剣は、落とさない。
 ギン!───二合。
 ガン!───三合。
 ギン!───四合。
 ガン!───五合。
 ギン!───六合。
 ガン!───七合。
 絶え間なく振られるその刃を、アゾット剣で受け続ける。
 自分がまだ生きているところを見ると相手のモンスターはそう強い部類ではないらしい。
 しかし、弱いといえど人間の程度なら遥かに凌駕している。
 現に、数合受け切っただけで自分の腕は既に感覚が消え失せるほどに痺れていた。
 そして。
 その騎士を乗せたスライムの不甲斐なさに他のスライムが痺れを切らしたのか、数匹が弾丸のように、この身を貫かんと迫ってきた。
 回避───無理だ、ここで避ければ後ろの凛が死ぬ。
 迎撃───無理だ、人間程度の力で数匹のモンスターなど倒せない。
 令呪───それこそ無理だ、使おうと集中した時点で目の前の騎士に腕ごと持っていかれる。
 つまり、絶対絶命。
 弾丸のようなスライムを防ぐ方法はなく、自分は死ぬ。
 胴体など食い千切られて終いだろう。
 来る痛みに堪えるべく目を瞑る───が。
 
 痛みは、いつ迄たってもやってこなかった。
 
 恐る恐る目を開ける。
 そこには、倒れ伏した数匹のスライムが、溶けるように消滅していくその姿だった。
 誰かが、自分の代わりにこのスライムを倒したのだ。
 凛か?
 違う、未だ凛は自分の後ろにいる。
 カレンか?
 違う、監督役の彼女が理由なしに特定の参加者を助けることはない。
 ならばルーラーか?
 違う、彼女の姿は見えないし彼女も監督役だ。
 じゃあ一体───誰なんだ?
 未だ健在のスライムの群れを見渡すと、色々な色のスライムが存在していた。
 基本は青。そしてまばらに存在している銀。
 そして。
 その大量のスライムの中に、一体だけ赤色のものが見えた。
 
 アレはなんだ……?変わったスライムだ……
 
 思わず、疑問が口から出てしまった。
 すると、大量のスライムの中のただ一つの赤は長い手をパン、と合わせた。
 そこで、理解する。
 違う、アレはスライムなどではない───!
 
 「ドーモ、ランサーのマスター=サン。アサシンです」
 
 スライムの大群の中に挟まっていたのは───なんと、アサシンだった。
 禍々しいその姿は、どのスライムよりも強烈な殺意と意思を滾らせていた。
 コワイ!
 
 「イヤーッ!」
 
 投げつけるのは、スリケン。
 たった一回の投擲で、スライムは面白いほどにその数を減らしていく。
 
 「イヤーッ!」
 
 放つのは、チョップ。
 その威力は、鉄のように堅い銀のスライムを叩き割り、スライムの触手を引き千切っていく。
 
 「イィィィヤァァァーーーッ!!」
 
 そして放たれる、サマーソルト・キック。
 王冠を被った巨大なスライムが、その王冠ごと砕かれていく。
 
 「あなた、この前の……何で今更私達を助けるの」
 
 凛が、か細い声で発言する。
 その声は、確かにあのアサシンに届いた。
 
 「勘違いをするな。
 今ランサー=サンに消えてもらってはワタシが困るのだ」
 
 返す言葉は、短く。
 幼い彼女に負い目があるのか……アサシンは、凛と目を合わせようとはしなかった。
 アサシンのカラテによりスライムはその量を減らしていく。
 ───だが、しかし。
 
 「……おかしいわ。あのアサシン、前に戦った時より弱くなってる……?」
 
 凛が、呟く。
 前に戦った時は万全でなく接近戦ではなかったとは言えランサーと渡り合い、出し抜いたほどのサーヴァントだったらしい。
 でも今はこの自分の目でもわかるほどにアサシンの攻撃は、サーヴァントとしては遅く───そして、徐々に大量のスライムに押されている。
 
 「ヌゥー!」
 
 アサシンが、悔しげな声をあげる。
 これでは、遠くない未来にアサシンですら倒されてしまう可能性もある。
 今ならスライムに邪魔されずに令呪を使える───仕方ない、使うべきか。
 しかし、結論を言うと使うことはできなかった。
 ───新たな乱入者が現れたからだ。
 
 「A───LaLaLaLaLaLaei!!!」
 
 特徴的な、雄叫びをあげながら。
 
 「おいバーサーカー!何だよその変な雄叫びはぁ!?」
 「え、知らない?ウェイバーちゃんのために練習したんだけどなー」
 「目立ち過ぎてるんだよ、やめろって!
 後僕のためを思うならもうちょっと魔力を温存とかだな」
 「あ、アサシンいた」
 「聞けよ!」
 
 新しい、サーヴァント。
 銃弾を撒き散らしながら現れたそのサーヴァント───バーサーカー、と言ったか。
 マスターと思われる少年を引き連れて現れたかと思いきや、その銃でスライムを狩り始めたのだ。
 
 「世界一有名な雑魚の皆さんヨロシクゥー!
 レベル上げには役不足だがまあ俺ちゃん今ちょっととてもムシャクシャしてるから遊ぼうぜ。
 ゲームは的当てゲーム!お前ら的な!」
 「バーサーカー=サン!」
 
 アサシンがバーサーカーの名を呼ぶ。
 知り合い……なのだろうか。
 すると。
 
 「行け」
 
 バーサーカーは、短く呟いた。
 呟きながらも、スライムを撃ち抜く手は休ませない。
 騎士も触手も王冠も銀も───全部等しく、凶弾の餌食になる。
 
 「キャスター=サンがこの中にいるんだろ?
 スライムは俺ちゃんがやっとくからさっさと行け。
 脇役に徹するのも、俺ちゃんディスクウォーズで完璧にマスターしたからな」
 
 その声は、登場とはまた違った声色だった。
 あの雄叫びが熱だとするならば、今の声は氷。
 
 「……ありがとう」
 
 アサシンはその場から姿を消した。
 それを見届けたのか───バーサーカーの瞳は笑顔を作り上げたのか、三日月型に歪む。
 
 「俺ちゃん知ってるよ?お前らヒキコモリキャスターの手下だって。
 ヒキコモリキャスターちゃん、今から優しい優しいデップーがお外に引き摺り出してあげる!」
 
 バーサーカーが声高く叫ぶと、辺りが静寂に包まれる。
 すると。
 上空から───ルーラーが、降ってきた。
 着地は、カレンの目の前に。
 
 「遅かったですね、ルーラー」
 「私も見張りをしていましたので」
 
 監督役の会話は、とても簡素なものだった。
 今のルーラーは監督役として仕事を全うしている最中───いつもより、その顔は険しかった。
 恐らく、言動が不明なバーサーカーを警戒してやってきたのだろう。
 高層マンション前、B-4。
 そこに、五人のマスターと六人のサーヴァントが、結集した。
 
 
 
 
 ◆ ◆ ◆
 
 
 
 「な───なんなんだよアイツラッ!!」
 
 足立は、魔力炉の部屋にて自らが座っていた椅子を蹴り飛ばした。
 後少しでランサーのマスターを殺せた。
 なのに、だというのに。
 アサシンが攻めてきて、更にバーサーカーまで。
 そこまでは良い、予想はできていた。
 だが。
 
 「何普通に協力してるんだよ……!」
 
 背を預け、仲間割れ起こすことなく。
 彼らの戦闘は円滑に進んでいる。
 背中を向けているのに。マスターが野放しなのに。
 襲おうとすらせずに、協力している。
 あくまのめだまが映した映像の先では、バーサーカーが暴れている。
 スライムからその場にいる全員を護り、暴れている。
 ガキみたいな仲良しこよしでも披露しているつもりなのか。
 
 「青臭いガキみたいにさ、わらわらわらわら集まって……本当に、ウザいよ」
 
 足立の、仮面が崩れ落ちる。
 自己中心的な醜い面が露わになる。
 バーンが嫌う、その人間の醜さと救いようのなさが露出する。
 
 「いいさ、マスターを失ったアサシンなんてキャスターの良い餌にしかならないし。
 ランサー二人さえ始末すれば、三騎士じゃないバーサーカー一体なんて相手にならないよ」
 
 その声に含まれる感情は、嘲り。
 どれだけサーヴァントが集まろうと、此方の方が有利なのだ。
 バーンの宝具とやらもまだある。
 負けるはずが───ない。
 
 「なのに馬鹿だよねぇアイツら。
 必死で集まってきてさ、わざわざ魔力炉の中にでも放り込まれにきたのかな」
 「ワタシにはオヌシの方が救いようのない馬鹿に見えるぞ」
 「はっ、手厳しいねキャスター、いつの間に帰っ───え?」
 
 あくまのめだまが映し出している、一つの映像。
 そこには───キャスターと二人のランサーが未だに戦っている。
 キャスターが魔術で押しているが、未だに勝ってはいない。
 じゃあ。
 今の声がキャスターではないとしたら。
 じゃあ一体───誰なんだ?
 
 恐る恐る、足立は振り返る。
 顔面から汗が噴き出る。
 最初に見えたのは、あの生意気な魔物───ゴロアの死体。
 一言も残さず消えていくその姿は、足立に恐怖を植え付けた。
 山野真由美を、小西早紀をテレビに突っ込んだ時でも、こんなに汗は噴き出なかった記憶がある。
 この異様なプレッシャー。
 心の内側に訴えかけてくる恐怖感。
 まさか。
 まさか───。
 
 「ドーモ、足立=サン。アサシンです」
 
 振り返ると、そこには。
 ───アサシンが、足立の蹴り飛ばした椅子に座っていた。
 
 「お、お前、どうやってここに」
 「アサシンのサーヴァントを甘く見るな、足立=サンよ」
 「そ、そこに居た魔物は」
 「キャスター=サンのために忙しく働いていたようなのでな。
 スレイしておいた」
 
 アサシンの専売特許───気配遮断。
 それにより、キャスターの陣地へ忍び込んだのだ。
 キャスターが万全の状態ならばアサシンの潜入にも気づいただろう。
 しかし今はランサー二人を相手にしているのだ。
 ランサーらが押されているとはいえ───アサシンの侵入を察知するほどの余裕はなかったのだ。
 そして。
 サーヴァントならば気配遮断解除後の殺意に気づき、アサシンを攻撃できただろう。
 だが、しかし。
 サーヴァントには遠く及ばないゴロアでは、マスターを失ったアサシンの気配を捉えたものの、反撃する迄はいかなかった。
 哀れ魔物は首を切り取られ、死んだ。
 
 「オヌシは後だ……先に、これを破壊させてもらう」
 
 アサシンが見たその先には、魔力炉があった。
 その瞬間、足立の影からまおうのかげが出現するが───遅かった。
 幾ら弱っているとはいえ、ニンジャの運動性能には届かなかったのだ。
 
 「イィィィヤァァァ───ッ!!」
 
 必殺のチョップ。
 ドゴンッ!と音が響く。
 しかし、ニンジャのカラテは弱っている……完全には、破壊しきることは不可能だった。
 魔力炉に、皹が入る。
 魔力を生産する機能が衰える。
 
 
 
 ───それが、最悪の結果を齎した。
 
 
 「───ァ」
 
 サーヴァントとは、かつての英雄を使い魔として使役し聖杯を手に入れるべく覇を競うものである。
 しかしサーヴァントが現界し、それを維持するには一定の魔力供給が必要なのだ。
 そして、そのサーヴァントが産み出したものも同様に。
 魔力が切れれば存在は消えるのみ。
 それを防ぐために、バーンは魔力炉を製作したのだ。
 そして。魔力炉を作ったからこそ、大量のモンスターを製作することができたのだ
 マネマネだけでも250匹。そして更にばくだんいわや陣地作成、スライムらなど───とても足立だけの魔力では足りないものを、魔力炉の力を借りて製作していたのだ。
 つまり、魔力供給は全て魔力炉に依存していたのだ。
 それが、今。
 完全に破壊されてはいないものの、アサシンによって皹が入り、魔力生産能力が衰えた。
 そして。
 モンスターへ供給されていた魔力は魔力炉だけの供給だけでは足りなくなり。
 ───足りない量の魔力は足立から、吸い上げられることとなった。
 
 「あ、ああァァァァァァァァ───ッ!!」
 
 息が、できない。
 大量の魔力が、生命力がモンスターの維持のために吸われていく。
 このままでは、死ぬ。
 ふざけるな。
 こんな惨めな死に方なんて御免だ。
 
 「キャス、ター……令呪を持って、命じる」
 
 足立は言葉を途切れさせながら呟く。
 どうせ、キャスターはこっちが命じても聞き受けはしない。
 後から何を言われるかわかったもんじゃないが、このままでは魔力切れで確実に死ぬ。
 足立は目の前のアサシンや後のキャスターやルーラーのことなど全く考えず───自身の生存のみを願い、命じた。
 
 「───魔物への魔力供給を、今すぐやめろッ!!」
 
 
 
 
 ◆ ◆ ◆
 
 
 
 「───ヌッ!?」
 
 そして、バーンが呻き声をあげた。
 クー・フーリンとエリザベートの猛攻が止まる。
 
 「足立、貴様ァ…余計なことを…ッ!!」
 
 吐き出す言葉は呪詛のように。
 だがしかし、令呪の命令は止まらない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ───そして、この時。
 NPCに擬態していたマネマネ総勢250体。
 ばくだんいわ、あくまのめだま、その他バーンが産み出した方舟に存在する全てのモンスターが。
 
 魔力供給の中止により跡形も無く、消滅した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ◆ ◆ ◆
 
 
 
 
 
 
 
 「ルーラー」
 「───ええ、神の御告げにより、確認致しました。
 この場におけるルール違反の数々。
 あなたの仕業だったのですね」
 
 カレンが呟き、ルーラーが反応する。
 ルーラーは、この場より250余りの魔力反応が完全に消え去ったのを、感じ取った。
 そして───神の御告げが、鮮明になる。
 大量の魂喰い。そしてそれの隠蔽。
 どれを取っても、既に警告で済ませる域を超えている。
 よって。
 ここに、令呪を。
 
 「キャスター。
 貴方には後ほど、マスターから二画の令呪の剥奪を。
 そして、ルーラーの名において、命じます」
 
 ルーラーに刻まれた令呪の一つが発光する。
 そして。
 紅蓮の聖女は、高らかに叫ぶ。
 
 「キャスター───現在稼働している陣地の全ての機能を、永久停止せよ」
 
 それは。
 キャスターとしての特性を全て殺す、悪魔の命令だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ◆ ◆ ◆
 
 
 
 カラン、とバーンの腕から槍が落ちる。
 魔力を無限に吸い上げる光魔の杖。
 しかし今の状態では、完全にデメリットしか残っていない。
 
 「ふ───ハハハハ」
 
 バーンは、怒りに震えていた。
 マスター……足立が何かやらかしたのだろう。
 これだから人間は役に立たない───足立では、やはりダイの足元にすら及ばない。
 それを、実感した。
 
 「今だ嬢ちゃん!」
 「わかってるわよ」
 
 そして。
 二人のランサーは、その隙を見逃さなかった。
 
 「私も魔力を使い過ぎたから、そこまで大きなライブは開けないけれど。
 この一撃で勘弁してよね!」
 
 ドンッ!と。
 エリザベートの槍が深々と地面に刺さり、背から立派な翼が生える。
 まるで、竜のような。
 軽々と飛翔し、彼女は槍の上へと着地する。
 すぅぅぅ、とエリザベートが深く息を吸い込む音が響く。
 直後。
 
 『Ah─────────────────────ッッッッ!!!』
 
 雷鳴のドラゴンの威風が、炸裂する。
 超音波攻撃。『竜鳴雷声』。
 ランサー、エリザベート・バートリーの一つの宝具である。
 その宝具は、止まらない。
 辺りの陣地を破壊しながら、バーンへと突き進む───!
 
 ドォォォォォンッッ!と、轟音が響く。
 大魔王バーンは、動けなかった。
 己のマスターの足立の不甲斐なさと。
 少しでも認めかけていた足立への失望と、醜い人間への怒りを前に。
 茫然自失とし、動くことすらできず───エリザベートの宝具は、直撃した。
 避けることは、不可能だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ……その最大の理由は、避ける必要がなかったから、であるが。
 
 「───余としても再びこの姿になるとは思っていなかったぞ」
 
 土煙の中から、声がする。
 
 「ここまで余を追い詰めたこと、褒めてやろう。
 さすが英霊だ───余のマスターの腑抜けた人間とは大違いよ」
 
 土煙の中から飛び出した腕に、皺はない。
 落とした杖も、もう消えていた。
 
 「テメェ……」
 「うそ……」
 
 二人のランサーが驚愕する。
 その二人を他所に───バーンは、その姿の全貌を現す。
 
 「改めて名乗ろうか……余こそ大魔王バーン。
 その、真の姿だ」
 
 ───真・大魔王降臨。
 力の全てを残した、その究極の姿。
 そして、無言で差し出した掌から。
 黒い霧が、発生する。
 
 「……ミストよ、今一度余の為に働いてもらう」
 
 バーンがそう呟いた瞬間、黒い霧は形を変え……まるで、人のような姿に変化した。
 魔力を感じ、声を放つ───魔物だ。
 
 『死して尚バーン様の為に働ける……こんなに嬉しいことはありません、お任せください』
 「余のマスターを守れ。多少なら無理をしても構わん」
 
 その言葉を最後に、黒い霧は消滅した。
 否、移動したのか。
 マスターを護れと命令された魔物に構っている暇はない。
 
 「……嬢ちゃん、逃げろ。ここから出て、坊主と凛連れてな」
 「……何でよ」
 
 その姿を見たクー・フーリンがエリザベートに命じたのは、退避だった。
 その顔には、冷や汗が浮かんでいる。
 
 「……わかってんだろ。嬢ちゃんじゃアイツには勝てねぇ」
 「───それ、は」
 
 その先から、エリザベートは言葉を紡げなかった。
 今のバーンからは、先ほどとは比べ物にならないほどの力を感じるのだ。
 老人だったバーンにすら技量で劣っていたエリザベートでは、勝てるはずもない。
 つまりは、足手纏い。
 どう足掻いても勝てないのならば、エリザベートはマスターの守護に回れと。
 
 「アンタはどうするの?」
 「決まってんだろ。
 ───コイツの首を獲るんだよ」
 
 その状況でも、クー・フーリンは笑っていた。
 当たり前だ。生前の彼は一人対軍など日常茶飯事だった。
 今更強敵に出会ったところで、恐怖などするものか。
 
 「……わかったわ。逃げ切ったら令呪で呼ぶから、それまで生きなさいよ」
 
 それを最後の言葉に。
 エリザベートは戦線を離脱した。
 
 「待ってるとは気楽な野郎だな」
 「ふふ、そう言うでない。
 陣地も無力化された。魔力と叡智を授けた体も失った。
 認めよう───これは余の失敗だ。
 だがしかし……敗北ではない。
 大魔王として今から貴様を殺し、逃げたあのランサーも殺す。
 一人ずつだ。一人ずつ魔力に変換し───余の糧としてやろう」
 「やってみろ!」
 
 ドンッ!と。
 両者の足元の床が、踏み出した衝撃で破壊される。
 再び、光の御子と大魔王の勝負が始まった。
 
 
 
 
 
 
 ◆ ◆ ◆
 
 
 
 「もう一度言う、足立=サンよ。
 その令呪を用い、キャスター=サンにセプクを命じよ」
 「ぁ……」
 
 魔力炉が存在していた部屋にて。
 足立は、アサシンにインタビューされていた。
 両太腿にはスリケンによる裂傷が。
 両膝はカラテにより砕かれている。
 操り人形めいたその姿は、一般人なら既に失禁し気絶していることだろう。
 足立は実際失禁していた。
 辛うじて、意識は保っているが。
 
 「───嫌、だね。どうせお前なんか、キャスターがくれ、ば」
 
 足元が令呪によって命じたのは『魔物への魔力供給の停止』。
 それはつまり、足元を護衛していたまおうのかげの消滅にも繋がるのだ。
 そんなことすらもはや頭になく、生きる一心で令呪を使った足立は、まおうのかげが消えた瞬間にアサシンに捉えられたのだ。
 マガツイザナギを出すことができたなら、マスターを失ったアサシン相手なら防戦程度ならできたかもしれない。
 だがしかし、急激な魔力吸い上げにより意識が朦朧としていたのだ───応戦など、できようはずもない。
 
 「そうか。ならば更にこちらも……」
 「ガ、アァァァァァァァッ!」
 
 アサシンが、折れている膝を踏みつけた。
 喉がはち切れそうなほど絶叫する足立を、アサシンは冷たい瞳で見つめる。
 足立が意識を保っているのは、キャスターの絶対的な力故。
 キャスターが戻ってくればアサシンなんて瞬殺だ、そう考えているからである。
 それが故に、諦めない───または、力に縋り付く。
 その時。
 シュウシュウと、音がした。
 
 (フジキド……!今すぐ此奴を殺せッ!)
 「何だナラ……ッ!?」
 
 反応した時には、遅かった。
 何処からともなく現れた黒い霧が───足立を、包み込み始めていた。
 
 「ヌ……!」
 
 すかさず、アサシンは後退する。
 足立を殺す訳にはいかない。
 マスターが健在の時でさえ魔力不足だったのだ───今足立を殺せば魔力の供給源を新たに探さねばならなくなる。
 協力者のいる凛を狙うより、単独の足立を狙った方が早い。
 
 『この者は魔力だけは多いようだ……良い体だ、バーン様のマスターなだけはある』
 
 どこからか、声がする。
 その声は禍々しく、低い。
 言葉からして───バーンの魔物か。
 
 『今のバーン様は無駄な魔力を使うことを控えている。
 だからこそ私だけを産み出したのだ……私を信頼してくださっているのだ、期待に応えねばならない』
 
 足立の肌が、黒く染まる。
 苦しそうに唸る声すらも、消えていく。
 
 「オヌシ……キャスター=サンの配下か?」
 『忌々しいサーヴァントの制約によりバーン様とパスが繋がっている者にしか憑けないが……魔力の少ない貴様程度なら、コレで十分』
 
 ニヤリ、と足立の顔が歪む。
 苦悶ではなく、喜びで。
 
 「さあ───バーン様の勝利のための礎となるがいい」
 
 ここでも、新たな戦いが始まっていた。
 
 
 ◆ ◆ ◆
 
 
 
 「スライムが……消えた……?」
 
 バーサーカーのマスターがそう呟く。
 恐らくルーラーがペナルティを発動したのだ。
 バーサーカーのスライムの戦いで良く聞き取れなかったが───直感で、そう理解した。
 
 「マスター!」
 
 すると。エリザが、マンションから飛び出して戻ってくるのが見えた。
 所々熱傷はあるが、大事には至ってないらしい。
 
 「うわぁ、見ろよウェイバーちゃんあの服。懐かしい、俺ちゃんもスパイディのためにあんなの着たっけなぁ……」
 
 ぶつぶつと呟いているバーサーカーを無視し、エリザは凛と自分の元へ着地する。
 その顔は、酷く焦燥していた。
 
 「ここから逃げるわ」
 「え、何で、まだランサーが」
 「理由は後!」
 
 問答無用でエリザが凛を抱き抱える。
 理由はわからないが、後はこの場から逃げなければいけないらしい───が。
 エリザの動きが、止まる。
 サーヴァントの聴力が、ある音を捉えたのだ。
 まるで戦車が荒れた岩だらけの場所を走行しているような、地響きのような音を。
 
 「……ウェイバーちゃん、下がれ」
 
 バーサーカーが、何かを感じ取ったのか。
 そして、数秒後。
 
 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■────────────!!!!!」
 
 新たな敵の姿が、見えた。
 手に持つ黒刀。白い仮面、白い肌。
 理性の感じられない雄叫び───間違いなくバーサーカーのクラスだ。
 仮面のバーサーカーは恐るべき速さで此方に迫る。
 
 「マスター!」
 
 エリザが叫ぶ。
 指示を仰いでいるのだ。
 ならば───
 
 >ここは、逃げよう。
 ここは、戦おう。
 
 ここは、逃げる。
 エリザには既にバーサーカーを相手にできる体力は残っていないように見える。
 ならばこの場は逃げるしか、ない。
 
 「バーサーカー、お前、戦わなくていいのかよ!?」
 「……あー、いい。アイツはこっちには来ねえよ」
 「……?」
 
 そして。
 一気に距離を詰めた仮面のバーサーカーは───自分たちや監督役、覆面のバーサーカーを、素通りした。
 または、無視。
 そのまま、仮面のバーサーカーは、あろうことかまだランサーが戦っているキャスターの陣地へと飛び込んでいった。
 
 「───バーサーカー、ですか。
 普段は高潔な英霊だったのでしょう」
 
 そして。
 ルーラーは、そのバーサーカーを見て一言。
 
 「狂気に染まっても尚、その身は誰かの為にあるのですね」
 
 神の言葉を、嘆きを聞いてそのために戦い続けた英雄、ジャンヌダルク。
 彼女は、まるで古来の仲間を見るような瞳で、そう呟いた。
 
 
 
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