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心の在処」(2014/09/24 (水) 07:54:46) の最新版変更点

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*心の在処 ◆ysja5Nyqn6      03/ 裁定者との会合(続・衝撃のマーボー) 「―――さて。ルーラーも持ち直したことですし、話し合いを始めるといたしましょう」  食べ終わった麻婆豆腐の皿を脇へと避けて、カレン・オルテンシアと名乗った修道女はそう口火を切った。  それを横目にレンゲを手にとり、麻婆豆腐を口に運ぶ。  この麻婆豆腐は、ルーラーと呼ばれた女性の分を譲り受けたものだ。  岸波白野たちの分は別に注文をしてあるのだが、それはそれとして食べ物を残すのはよろしくない。 「実は、貴女方が拠点としている地域で、重大なルール違反が行われていることが確認されました。  そこで貴女方には、裁定者の権限において、自身が知る限りの情報を提示することを要求します」  いきなり直球で投げられた言葉に、凜達の顔が強張る。  裁定者としての権限で、とカレンは口にした。  それは間接的に、虚偽の申告をすれば、裁定者に刃向う、つまりは敵対することに繋がる。  すなわち、聖杯戦争そのものを敵に回しかねない、という事になるのだ。  ………麻婆豆腐。  ただ唐辛子が山のようにぶち込まれた、一見雑な料理にも見えるが、豆腐を口に含んだ瞬間舌を焼く刺激が、堪らない味覚を齎す。  加えてこの麻婆豆腐には、尋常じゃない量の芥子(スパイス)が入れられているらしい。  口にする度、腕が震えて、汗が噴き出る。まるで沸騰するような辛さが脳を焼く。 「先に告げておきますが、あの地域にいた四騎のうち、そこのランサーを除いた三騎全てに反英雄的素養があることは理解しています。  そして、その内の一騎である彼女と行動を共にしている以上、貴方も含む四騎全員が容疑者となります」  ルーラーは威厳を伴った声で、虚偽申告は無意味だと言外に告げる。  そのセリフから察するに、彼女には一定範囲内のサーヴァントの数と、その性質を知ることの出来る能力、または権限を有しているらしい。  それが裁定者のクラス特性なのかはわからないが、こうして目を付けられた以上、逃れることは出来ないだろう。  ――――だが。 「あら、ずいぶんな言い草じゃない。  私が反英雄だからってだけで、みんな罪人扱いするわけ?」  一瞬で空気が凍り付く。  エリザが放つ鮮烈な殺意に、周囲の空気が圧し潰されていく。  このような威圧に慣れていない凛などは、血の気の引いた顔で振るえていた。 「そういう訳ではありません。私はただ、貴女方が無実であるのなら、その事を証明してほしいだけです」 「どうだか。どうせ罪人だって判断したのなら、相手の言い分も聞かずに処罰するんでしょう、貴女も?」 「私はそんな事をするつもりはありません。その人物の事情次第では、相応の酌量をするつもりです」  しかしエリザの殺意に飲まれることなく、ルーラーは言葉を返す。  この殺意の中武装しないのは、彼女のせめてもの誠意の現れか。  だがエリザの気は済まないようで、酷薄な瞳でルーラーをねめつけている。 「……どうやら、私の発言は貴方の癇に障ってしまったようですね。その事は謝罪しましょう」 「フン。言葉では何とでも言えるわ。本当に謝罪する気があるのなら、それ相応の態度で示しなさいよ」 「態度で、ですか。つまり、貴女は私にどうしろと」 「そうねぇ……。いいわ、アナタ。すごくおいしそうじゃない」  エリザが、チロリと舌を覗かせて、舐めるようにルーラーを見据える。  そこには、彼女が血の伯爵令嬢であることを思い出させるには充分過ぎるほどの残酷さが宿っている。  そこへ、  ――――エリザ。  と。彼女をまっすぐに見つめて、静かに声を投げかけた。 「なんてね。冗談よ、冗談。ルーラーがあまりにも上から目線だったから、ちょっとイジメたくなっただけ」  途端に張りつめた空気が霧散する。  エリザの言葉を聞いて、ルーラーはホッと息を吐く。  それは自分も同じだ。エリザは冗談だ、と言ったが、半分くらいは本気だったに違いない。  若干の冷や汗を掻きながらも、止まっていたさじを再び進める。  その途端、マグマのような辛さが全身に染み渡るのを感じる。  だが、それが良い。  この血が逆流するような、購買部で売られていた麻婆豆腐には無かった“本物”の辛さが、むしろ良い……! 「それに生憎だけど、私、もう拷問趣味は止めてるの。今のところ、その辺の家畜達(ブタやリス)を捕殺する気はないわ。  それに、血の方も極上のものを味わったばかりだもの。後味を濁したくないから、当分はいらないわ  まあ、貴女がおいしそうって思ったのは否定しないけど」 「……そうですか。一応ですが、安心しました。貴女のマスターは良き方なのですね」  僅かに肩の力を抜いて、ルーラーはそう口にした。  どうやらエリザが本心から口にしていると判断したのだろう。どうやら彼女には、相手の虚偽を見破る能力もあるらしい。  だが少しの間を置いて、おや、とルーラーが首を傾げた。 「極上の血を味わった……とは、一体どういう意味なのですか?」 「あら、知りたいの?」  その問いにエリザは、嗜虐的な流し目で凜を見ることで答える。 「ッ――――!」  途端。青ざめていた凛の顔が、一瞬で真っ赤に茹で上がった。 「まあ」  対して何かを察したらしいカレンが、再び愉悦気な笑みを浮かべていた。 「……いいえ、止めておきましょう」  そんな二人の様子を見てか、ルーラーは疑問を残しながらもそう答えた。 「しかしなるほど。遠坂凛とエリザベート(“紅”のランサー)との間に仮契約が結ばれていたのは、その辺りが理由ですか」 「仮契約? わたしとエリ……その、“紅”のランサーとの間に?」 「ええ。どうやらそのようです。  しかし今のところ正規の契約の方が優先されているようで、現状ではただ繋がっているだけ、という状態の様ですね。  利点といえば、岸波白野またはクー・フーリン(“青”のランサー)が倒されても、貴女達は消去されないことぐらいでしょうか。  ……もっとも、これはあくまで可能性の話でしかありませんが」  ルーラーの予測は、つまりこういう事だろう。  もし仮に、凛のランサーが倒されたとする。その場合、通常であればそのマスターである凛もデリートされる。  しかしエリザとの間に仮契約が結ばれていたことにより、彼女はサーヴァントと契約している、という状態のままになる。  この聖杯戦争の敗北条件は、サーヴァントとの契約を失うことだ。ならば契約が存在する限り、凜が敗北したとは見なされないのだろう。  もっとも、そこは管理の怪物であるムーン・セルが判断するところ。ルーラーの言った通り、可能性の範疇は越えられない。 「しかしこの状態は、一種の二重契約という事になってしまいますが………」 「問題ないでしょう。オリジナルの聖杯戦争においても、一人のマスターが二騎のサーヴァントを使役する、サーヴァント自身がサーヴァントを召喚して使役する、という事態はありました。  それにそもそも、聖杯を得られるのは、最終的に生き残った一人と一騎だけです。ですので、わざわざ裁定者として審判を下す必要はないかと」 「そう……ですね。確かにこれはマスター間での問題であり、聖杯戦争の妨げになるわけでもありません。  貴女の言う通り、問題なしと判断して大丈夫でしょう」  カレンの言葉に、ルーラーは一瞬辛そうな表情を浮かべた後、すぐに裁定者としての顔を浮かべ、そう答えた。  それを訊いて、内心で安心する。  つまり凛とエリザに対して、一応の保険がかかったという事なのだから。  ……しかし、先程ルーラーが一瞬見せた表情は何だったのだろう。カレンの言葉に、何か思う所でもあったのだろうか。  と、麻婆豆腐をレンゲで掬いながらそう思っていると、不意にカレンが嗜虐的な笑みを浮かべて、 「ああちなみに、血と仮契約の関係ですが―――」 「と、とにかく! あなたたちの言うルール違反に私たちは関係ないわ。  そんな余裕なんてなかったし、その必要もなくなった。  それに、そんなこそこそするようなマネ、遠坂の魔術師として相応しくないもの」  顔を赤く染めた凜が、カレンの言葉を遮ってそう告げる。  仮契約が結ばれた理由はおそらく、儀式中にエリザが凜の破瓜の血を舐め摂ったからだろう。  しかしそんな事、人に話せるわけがない。もし知られてしまえば、遠坂凛と、特に岸波白野の身の破滅だ。  そして凜の言った通り、自分たちはルール違反を犯した覚えはない。  可能性があるとすれば、仮契約の事がそうだろうが、それもカレンが問題ないと判断し、ルーラーも認めた。  ならば彼女たちの言うルール違反は岸波白野たちの与り知らぬところにあり、故にこの件に関して答えられることは何も無い。 「………どうやら、本当の様ですね。  わかりました。貴女方はこの件に関与していないと、裁定者の名において認めましょう。  ですが念のために、本日未明から現在に至るまでの、貴女方の動向を報告してください」 「わかったわ」  ルーラーの言葉に肯いて、凜は自分たちの動向と現在の状況を説明していく。  岸波白野にとっては既知の情報なので、軽く聞き流しながら食事を続ける。  その途中、エリザが興味ありそうな目で麻婆豆腐の皿を見ていることに気が付いた。  ――――――――。  自分は、   >食うか――――?    やらんぞ――――?  対面の修道女と同じように、エリザにさじを勧めてみた。 「――――そ……そう、ね。ちょっと気になるから、一口だけ頂こうかしら。  すごく赤いし、それにこの料理、ハクノが好きみたいだし」  そう口にしながら、エリザは差し出されたレンゲを受け取る。  そして恐る恐る麻婆豆腐を一掬いして、慎重に己が口内へと運び、 「――――――――!!!!!!」  舌に突き刺さるあまりの衝撃に、弾き飛ばされるように椅子ごと倒れ伏した。 「かかか、辛っ! 辛いわ! かなり辛いわ! ものすごく辛いわ! とにかく辛いわ! ひたすらに辛いわ! 辛いったら辛過ぎるわ!   な、なんなのよこの料理! ヤタラメッタラに辛いじゃないの! いえ、もはや辛いどころか辛(つら)いってレベルよ! 拷問級よ!  なんてもの勧めてくれるよのアナタ! 私の可憐な唇がタラコみたいに真っ赤に腫れ上がったらどうしてくれるのよ!  っていうかよくこんなの平気で食べれるわね! アナタ本当に人間!?」  どうにか持ち直したエリザベートは、悲鳴を上げるように捲し立ててくる。  こんなものとは失礼な。この辛さだか美味さだかわからない強烈な刺激が堪らなく良いんじゃないか。  っていうか、テロい金星人料理しか作れないエリザに、味についてとやかく言われたくはないのだが。 「ッ~~~! どっちもどっちよ!  っていうか白野、アンタも話に参加しなさいよ! 何一人だけ黙々と食べてるのよ!」  バン、とテーブルを叩いて、凜が声を荒げる。  それに釣られて視線を上げれば、ランサーは引き攣った表情で、ルーラーは何か恐ろしいモノを見るような目で岸波白野を見ていた。  その中でただ一人、カレンだけは同士を見つけたような顔をしていた。  ………ふむ。  話に加わるのは構わないが、果たしてその意味はあるのだろうか。 「む。それってどういう意味よ」  どうもこうもない。  この話はつまるところ、“自分たちと裁定者、それぞれがどうキャスターに対処するか”、というものだ。  なら、話に加わろうと加わるまいと、岸波白野がするべきことに変わりはないだろう。 「へ?」 「っ!」 「ほう」  それぞれが疑問、驚愕、関心の声を上げる。 「何故そう思うのか、訊いてもよろしいでしょうか」  続けてカレンが、見透かしたような眼でそう問いかけてくる。  彼女とは初対面のはずなのに、それはどこか見覚えのある表情だった。  簡単な話だ。  まず前提として、ルーラーはあの地域に四騎のサーヴァントがいたと口にした。  状況から推測するに、その四騎とは、岸波白野のランサー、遠坂凛のランサー、遠坂邸を襲撃したアサシン、そのアサシンが殺せと命じたキャスターだ。  加えて、岸波白野たちにルールを違反した覚えがない以上、ルーラーが捜している違反者はアサシンかキャスターのどちらかになる。  そしてアサシンとキャスター、この二騎を比べて、聖杯戦争のこんな最初期で裁定者が動き出す様なルール違反をする可能性が高いのは、明らかにキャスターの方だ。  なぜなら、アサシンにはルールを違反する利益がなく、対してキャスターには他のクラスと比べより大きな利益があるからだ。  アサシンというクラスはその性質上、隠密、暗殺に特化した英霊が多い。  つまり聖杯戦争を監督する裁定者に目を付けられるような行動は、暗殺者の本分に真っ向から反するのだ。  あり得るとすれば、裁定者そのものを排除しようとした場合だが、それならわざわざこのような話をする意味はない。  そしていかにアサシンが隠密に優れていようと、ルーラーもまた感知能力を有している。裁定者の権限も鑑みれば、いずれは追い詰められるだろう。  比べてキャスターというクラスは、魔術に優れ、陣地作成を得意とした英霊が多い。  そしてキャスターとはすなわち魔術師であり、その力である魔術の行使に必要なものは魔力だ。  これは即ち、魔力を溜め込む、陣地を作るなど、準備に時間をかければかけるほど、強力なサーヴァントになるということを意味している。  つまりそれなりの準備さえ整っていれば、通常のサーヴァントはもちろん、ルーラーでさえ返り討ちにすることも可能となり得るのだ。  ここで重要になるのが、時間を掛ける、という点だ。  時間が経てばそれだけでキャスターが有利になるのは先ほど言った通りだが、当然それは他のマスターやサーヴァントも理解していることだ。  つまり、魔力が溜まっていない、陣地が整っていない状態で発見されれば、途端にキャスターは不利になる。  最弱と言われるほど直接戦闘の苦手なキャスターにとって、それは絶対に避けるべき事態のはずだ。  ならばどうすればいいか。  簡単だ。より迅速に、効率よく魔力を集め、陣地を完成させればいい。  その方法も単純だ。“魂喰い”を行なえばいい。キャスターが反英雄だというのなら、その可能性も高まる。  そして魂食いは、この聖杯戦争において裁定者が動き得る明確なルール違反だ。当然相応の対策もするだろう。  あとは如何にして裁定者の目を誤魔化し掻い潜るか、という問題でしかない。  この時点で、違反者は誰かとこの場で論じる意味はなくなっている。  仮に違反者がキャスターではなくアサシンであろうと関係はない。  何しろ遠坂凛は、日が変わるまでのキャスターを倒さなければならないからだ。  そしてキャスターとて、サーヴァントの襲撃を受ければ少なからず手札を晒すことになるだろう。  ならばあとは、ルール違反の証拠を見つけたい裁定者が、その戦いにどう介入するか、あるいはしないのか、という話でしかないのだ。  それはもはや、岸波白野の領分ではない。  なぜなら、キャスターとの戦いは、あくまでも遠坂凛のものだからだ。  確かに自分たちは同盟を結んだ。協力してキャスターを倒すことに異論はない。  だがこの戦いの方針を決めるのは、あくまでも遠坂凛でなければならない。  そうでなければ、いずれ一人で戦わなければならなくなった時、遠坂凛は自らの道を選べなくなってしまうだろう。  故に、この戦いに裁定者とどう折り合いをつけるかは、遠坂凛が考えなければいけないのだ。  岸波白野は同盟を結んだ者として、いや仲間として、その判断に従い手を貸すだけだ。  ―――そう締めくくって、麻婆豆腐の残りを平らげる。 「――――――――」  凜はポカンと口を開けて、岸波白野を見つめている。  いかに覚悟を決めていても、彼女はまだ子供でしかない。そこまでの判断力を求めるのは、やはり酷だっただろうか。  だが聖杯戦争を勝ち残るのであれば、この程度は出来るようにならなければならない。  ここは心を鬼にして、凜に判断を委ねるとしよう。 「さすがは“月の聖杯戦争”の優勝者。見事な観察力ですね」  対してカレンは、本当に感心したように、ぱちぱちと拍手をしていた。 「彼を知っているのですか、カレン?」 「ええ。岸波白野(かれ)はこの箱舟ではなく、ムーン・セル本体で行われた聖杯戦争を勝ち抜いたマスターです。  それを鑑みれば、この程度の状況把握はできて当然でしょう。  それはそうと、遠坂凛、貴女はどうしますか?」 「え?」 「岸波白野も言っていたでしょう。この戦いは貴女のものだと。  貴女がどういう選択をするかによって、私達も次の行動を決定します。  キャスターとの戦いに手を出すな、というのであれば、多少の猶予は与えましょう。  裁定者とは、あくまでも聖杯戦争を監督し運営する存在。その私たちが、貴女の聖杯戦争を妨げるわけにはいきませんので」  カレンはそう告げると、祈るように両手を合わせ、静かに目を閉じた。  凜の答えを待つ、という事だろう。 「……………………」  それを受けた凛は、深く考えを巡らせると、 「それってつまり、私が協力してって言えば、協力してくれるってこと?」  そう、ある種の核心を突く問いを導き出した。 「それは私ではなく、ルーラーへと問うべき事ですね。  私はあくまでマスターに対する抑止力。戦力を期待するのであれば、彼女の方が適任です」 「そう。なら、改めてお願いするわ。  ルーラー、私たちに力を貸してちょうだい」 「……すみませんが、その要求には応じかねます。  私は裁定者のサーヴァント。“中立の審判”を下す者として、特定の勢力に加担することは出来ません」 「それなら、一緒に来てくれるだけでもいいわ。  別にあなたが戦う訳じゃない。ただ私たちの戦いを見届けるだけ。  この条件なら、裁定者としても問題ないんじゃない?」 「それは……確かにその通りですが、しかし………」  凜のストレートな要請に、ルーラーは受けるでも断るでもなく、戸惑う様に言い淀む。  無理もない話だ。  確かに戦いを見届けるだけならば、ルーラーが遠坂凛に助力した、ということにはならないだろう。  またルーラーが傍に居るということは、ルールに抵触する様な襲撃を防ぐことにも繋がり、遠坂凛にとってある種の保険にもなる。  しかしそれは、事情を知る自分たちだけが理解していることだ。  場合によっては、遠坂凛とルーラーが手を組んだ、と見做される可能性もあるのだ。  そしてそうなれば、ルーラーの下す“中立の審判”は、その正当性を疑われることになるだろう。  中立の立場にない審判者など、圧政を敷く暴君と変わりはない。  ただでさえ裁定者は、その立場から嫌煙されやすいのだ。  その正当性を失ってしまえば、裁定者として絶対の権限を持つが故に、ほぼ全てのサーヴァントとマスターから敵視されることになるだろう。  遠坂の魔術師として聖杯を求める凛と、聖杯戦争の恙ない進行を担うルーラー。  凛がルールから逸脱しない限りにおいて、二人の目的は一致している。  だが、ルーラーの裁定者としての立場が、彼女達が手を組むことを許さないのだ。 「っ……………………」  違反者の捜査という裁定者としての役割か、“中立の審判”を下す裁定者としての立場か。  そのどちらを選ぶのかは、結局のところルーラー自身が決める事だ。  だが、そのどちらも尊寿しようとするが故に、ルーラーは凜の要求に答えを出せないでいた。 「いずれにせよ、もうすぐ通達の時間です。遠坂凛の要請への返答は、その後にしましょう。  違反者の捜査も重要ですが、現状はこちらが優先事項ですし」 「そうでしたね。申し訳ありません、遠坂凛。少しだけ、考える時間をください」 「いいわよ、別に。裁定者が大変だっていうことくらい、私もちゃんと解っているから」  カレンの言葉をきっかけに、二人はそう言葉をかけあった。  どうやら、遠坂凛と裁定者の話は終わったようだ。  ……なら次は、岸波白野が彼女たち自身に対しての話だ。  ―――ルーラーにカレン。二人に少し、訊きたいことがある。 「はい、何でしょう。私に答えられる範囲ならば答えましょう」 「私も質問がありますが、それはどうでもいい事です。貴方からどうぞ」  ルーラーが落ち着いた様子で応じ、カレンがそれに続いて質問を促してくる。  自分は、    聖杯戦争について質問する。   >参加者について質問する。    NPCについて質問する。  聖杯戦争の参加者――マスターについて質問をしよう。  この聖杯戦争には、多くのマスターが参加していると聞く。  岸波白野は遠坂凛以外のマスターとまだ遭遇していないが、月の聖杯戦争と同様、それは様々なマスターがいるのだろう。  だがその中には、凛のようなマスターが他にもいるかもしれないのだ。  自分が訊きたいのはその事について。  ――――凜のような、無理矢理招かれたマスターがいることについて、どう思っているかを教えて欲しい。 「っ…………!」  ルーラーが先ほどと同じような、酷く辛そうな表情を見せる。  今度もすぐに裁定者としての顔に隠されたが、やはり彼女にも思う所があるのだろう。 「ちょっと白野。それってどういう意味よ。  私が聖杯戦争に参加していることの、何が問題なわけ?」  岸波白野の質問に、凜は苛立たしげな声で問い詰めてくる。  そうではない。  サーヴァントと契約を交わせたのなら、誰にでも聖杯を手に入れる権利はある。  そして凛には聖杯を求める確かな理由がある。そこには大人も子供も関係はない。  ……だが、自分から望んでこの聖杯戦争に参加したわけではない。そうだろう? 「それは……確かにそうだけど」  月の聖杯戦争では、ムーン・セルへとアクセスした者を、マスター候補として招き入れていた。  だがこの『方舟(アーク・セル)』は、『ゴフェルの木片』に接触した者をマスター候補として招き入れている。  そして凛の例から思うに、その人物を招き入れるかどうかは、『方舟』自身が判断しているように思える。  その事がどうしても、岸波白野の心に引っ掛かっているのだ。 「……そうですね。私としては、特に何も。  過程がどうであれ、招かれてしまった以上、私達にはどうしようもありません。  せめてその人の終わりが良い物であるよう、主に祈りを捧げるだけです」  カレンはそう口にして、言葉通り静かに祈りを捧げている。  ルーラーのような動揺は微塵も見られない。彼女は本当に、そう思っているのだろう。  その様子を見て、ふとある情報を思い出す。  シスター・カレン。  どこかで聞いた(ような気がする)名前だと思っていたが、たしか、マスターを処罰する権限を持つ上級AIだったか。  また健康管理上級AI(さくら)の後任なでもあるのだが、そのアルゴリズムに問題があり、マスターの命を優先せず、試練を良しとする性格をしているとかなんとか。  月の聖杯戦争中では、岸波白野とは遭遇しなかったが、もしかしたら彼女がそうなのだろうか。  実際に会ったことがない以上判断はつかないが、その様子を見る限り、彼女はたとえ自分自身がマスターとなったとしても、それも試練だと受け入れるのだろう。  ―――ではルーラー。あなたはどう思っているのか、訊かせて欲しい。  カレンから視線を移し、まっすぐにルーラーを見つめて、そう問いかける。 「………………私は、ルーラーのサーヴァントとして、聖杯戦争を恙なく進行させるだけです。  カレンも言ったように、マスターの選定は私達にはどうしようもないこと。なら、感傷を懐くだけ無意味でしょう」  毅然とした態度でルーラーは答える。  ……だがそれは、裁定者としての答えだ。ルーラー個人としての思いではない。  岸波白野が知りたいのは、ルーラーの思い、彼女自身がどう思っているか、という事なのだ。  ルーラーが裁定者の仮面を被っているのは、きっとそうしないと立ち行かないからだろう。  おそらく、彼女の果たすべき役割と、彼女の思いは相反しているのだ。  そう。  ―――あなたは、無理矢理に招かれたマスター達がいることに、悲しみを覚えているのではないか? 「っ――――――!」  ピシリと、亀裂が奔るように、ルーラーが顔を強張らせる。  仮面の奥。裁定者であるために閉じ込めた、彼女の本心が顔を覗かせる。 「それは………私は――――」  ルーラーは揺らぎそうになる両目を懸命に絞り込み、岸波白野を見つめる。  そうして―――― 「マーボー定食、お待たせアルー!  他の御注文も、すぐに持ってくるアルヨー!」  ―――ごとん、と注文していた麻婆豆腐がテーブルに置かれた。  ルーラーから視線を外して、さあ、と新たなレンゲへと手を伸ばし、 「――――――――」  かしゃん、と先にレンゲを手にとったカレンと視線が合った。  見れば、カレンの前にも新たな麻婆豆腐が置かれている。  どうやら彼女も、いつの間にか注文していたようだ。 「……岸波白野。貴方の質問の答えも、少し待ってあげてはどうでしょう。  ルーラーにも裁定者としての在り方がありますし、それに」  ……ふむ。確かに裁定者としては答え難い質問だったようだ。  それに聖杯戦争はまだ始まったばかりだ。この質問の答えは、その内聞かせてもらえることを期待しよう。  今は先に、食事を終わらせよう。なにしろ冷めた中華料理は、おいしくない。 「ええ、その通りです。それでは」  いただきます、とカレンと二人、両手を合わせて食事を開始した。 「それじゃあ話も終わったみたいだし、私達も頂くわよ」 「……だな。飯は食える時に食っとかねぇと」 「……うん」  それに合わせて、凜達も食事を開始する。  ……しかしただ一人。  ルーラーだけは、僅かに俯いたまま、料理に手を付けないままでいた。 「……………………私は」      04/ 願い。  食事を終え、紅洲宴歳館・泰山を後にする。  カレンたちは時間が押しているからと、リターンクリスタルを使うらしい。  それは月の聖杯戦争でもよく利用したアイテムだが、今の自分は持っていない。  自分たちはおとなしく、徒歩で移動することにする。 「それで坊主、これからどうするんだ?」  ふむ。このまま遠坂邸へと戻ってもいいが、もうすぐ十二時になる。  ここはどこか近場の休める場所で、カレンたちの連絡を待とう。  そうランサーへと答えながら、携帯端末機を取り出す。  これは連絡用にとカレンから渡されたものだ。  主な機能は月の聖杯戦争で使っていたものと変わらないが、こちらから彼女達へと連絡することは出来ないようだ。 「確かにそいつがあれば、オレ達がどこにいてもあいつらからの連絡は受け取れるか」  ランサーはそう言うと、興味をなくしたように前へと向き直った。  エリザは相変わらず注目を集めているが、NPCたちが日常(ルーチン)から外れる様子はない。  自分に宛がわれた役割の方が、ほんの些細な異常よりも優先順位が高いのだろう。  ……まあもっとも、彼らがその役割を自覚しているかはわからないが。  ―――そうして間もなく、商店街から少し離れた場所に、小さな公園を見つけた。  まだ昼時だからか、公園には自分たち以外誰もいない。  そんな閑散とした公園のベンチに、凜達と揃って座り込む。  すると不意に、凛が不安げな表情で問いかけてきた。 「ねぇ白野。カレンが言ってた、白野の戦いが無意味がって、どういう意味?」  ――――――――。  その言葉に、思わず口ごもる。  それは、カレンに去り際に告げられた言葉だ。  それがたまたま、凜にも聞こえてしまったのだろう。  だが―――。  ―――大した意味ではない。  カレンが言っていたように、岸波白野は月の聖杯戦争を勝ち残った。  つまり、聖杯に託すような願いは、すでに叶っている、という事なのだ。 「そっか。それなら、別にいいんだけど」  どこか納得のいっていない表情で、凜はそう口にする。  その様子からすると、全部が聞こえたわけではないようだ。  カレンの言葉の何が、凜の気にかかっているのだろう。  ……考えたところで、答えは出ない。  今は先に、キャスターの拠点へどう攻め込むかを考えよう。  そんな風に考えながらも、岸波白野の脳裏には、その時の事が思い返されていた。       †  それは、カレンたちとの別れ際、携帯端末を手渡された時の事だ。 「……最後に、一つだけ聞かせてください。  貴方は何の為に、この聖杯戦争を戦うのです?」  岸波白野だけに聞こえるようにか、どこか潜めた声で、カレンがそう訊いてきた。 「岸波白野の戦いに意味はない。何故なら、たとえ聖杯戦争を勝ち残ったところで、貴方は何も得られないからです。  本来の役割通り、ただのNPCとして、全てを忘れたままでいれば、まだ幸福に終われたでしょうに。  それなのに、何故」  ―――何故も何もない。  全てを忘れたままでいるには、欠けたモノが大き過ぎた。  要は、それだけの事だ。  確かにNPCのままでいたのなら、何も知らずに済んだだろう。  何も知らないまま、自身の役割を全うしていたはずだ。  ……だがその欠けたモノは、岸波白野の半身とも呼べるほどに大切なものだった。  岸波白野の記憶。  契約を交わしてからずっと、自分と共に戦い続けてくれた相棒。  聖杯戦争の最中に出会い、語り合い、別れ、乗り越えていった多くの人達。  その、自分が岸波白野として生きてきたという証が、自分の中から欠け落ちていた。  ―――そんな事は、我慢できない。  得るものが何もない?  当然だ。それは元より、岸波白野の内にあったもの。  失われた記憶(モノ)を取り戻すことが望みである以上、新たな何かを得られるはずがない。  ―――そう。  何かを得たいのでも、何かを叶えたいのもなく、ただ取り戻したいだけ。  自らの欠落を埋めるために、岸波白野は戦っているのだ。 「……その結果、“自分がどうなるか”を知っていても?」  それでも岸波白野は、あの戦いを、「 」の事を忘れたままでいることが我慢できないのだ。 「―――そう。岸波白野(あなた)は、“戦う人”なのですね」  突き放すような声。  話はそれで終わりなのか、カレンは祈るように両手を重ねて目を閉じた。  聖杯戦争を司る裁定者に背を向け、偽りの日常へと歩き出す。  この語らいが何を齎すかはわからない。  今はただ、自分の聖杯戦争(たたかい)を続けないと。       †  水中から水面を見上げるように、蒼い空を仰ぎ見る。  凛の問いに触発されて、カレンの言葉が思い起こされる。  “岸波白野の戦いに意味はない”  ああ――きちんと理解している。  この戦いの結末は、月の聖杯戦争と変わらない。  たとえこの聖杯戦争を勝ち抜いたところで、岸波白野に未来はない。  ……いや、この聖杯戦争が終わった時にこそ、本来の運命へと帰結するだろう。  “……その結果、“自分がどうなるか”を知っていても?”  それでも、自分の決意は変わらない。  ―――戦うと決めた。  たとえその果てで、  ―――取り戻してみせると、誓ったのだ。  今度こそ完全に、岸波白野が消え去るのだとしても――――。 【C-3 /商店街近くの公園/1日目 午前】 【岸波白野@Fate/EXTRA CCC】 [状態]:健康、疲労(小)、魔力消費(小)、強い決意 [令呪]:残り三画 [装備]:なし [道具]:携帯端末機 [所持金] 普通の学生程度 [思考・状況] 基本行動方針:「 」(CCC本編での自分のサーヴァント)の記憶を取り戻したい。 1. ルーラー達からの連絡を待つ。 2. 遠坂凛とランサーを助けるために、足立透とそのキャスターを倒す。 3. 狙撃とライダー(鏡子)を警戒。 4. 聖杯戦争を見極める。 5. 自分は、あのアーチャーを知っている───? 6. ルーラーの答えを待つ。 [備考] ※遠坂凛と同盟を結びました。 ※エリザベートとある程度まで、遠坂凛と最後までいたしました。その事に罪悪感に似た感情を懐いています。 ※遠坂凛とパスを通し、魔力の融通が可能となりました。またそれにより、遠坂凛の記憶の一部と同調しました。 ※クー・フーリン、ジャンヌ・ダルクのパラメーターを確認済み。 ※アーチャー(エミヤ)の遠距離狙撃による攻撃を受けましたが、姿は確認できませんでした。 ※アーチャー(エミヤ)が行った「剣を矢として放つ攻撃」、およびランサーから聞いたアーチャーの特徴に、どこか既視感を感じています。  しかしこれにより「 」がアーチャー(無銘)だと決まったわけではありません。 ※足立透と大魔王バーンの人相と住所を聞きました。 【ランサー(エリザベート・バートリー)@Fate/EXTRA CCC】 [状態]:健康 [装備]:監獄城チェイテ [道具]:なし [思考・状況] 基本行動方針:岸波白野に協力し、少しでも贖罪を。 1. 岸波白野のついでに、遠坂凛も守る。 2. 撤退に屈辱感。 [備考] ※岸波白野、遠坂凛と、ある程度までいたしました。そのため、遠坂凛と仮契約が結ばれました。 ※アーチャー(エミヤ)の遠距離狙撃による襲撃を受けましたが、姿は確認できませんでした。 ※カフェテラスのサンドイッチを食したことにより、インスピレーションが湧きました。彼女の手料理に何か変化がある……かもしれません。 【遠坂凛@Fate/Zero】 [状態]:健康、疲労(小)、魔力消費(大)、強い決意 [令呪]:残り二画 [装備]:アゾット剣 [道具]:なし [所持金]:地主の娘のお小遣いとして、一千万単位(詳しい額は不明) [思考・状況] 基本行動方針:遠坂家の魔術師として聖杯を得る。 1. ルーラー達からの連絡を待つ。 2. 岸波白野から、聖杯戦争の経験を学ぶ。 3. 勝利するために何でもする。 4. カレンの言葉が気にかかる。 [備考] ※岸波白野と同盟を結びました。 ※エリザベートとある程度まで、岸波白野と最後までいたしました。そのため、エリザベートと仮契約が結ばれました。 ※岸波白野とパスを通し、魔力の融通が可能となりました。またそれにより、岸波白野の記憶が流入しています。  どの記憶が、どこまで流入しているかは、後の書き手にお任せします。 ※鏡子、ニンジャスレイヤー、エリザベート、ジャンヌ・ダルクのパラメーターを確認済み。 ※足立透と大魔王バーンの人相と住所を聞きました。 【ランサー(クー・フーリン)@Fate/stay night】 [状態]:健康、魔力消費(大) [令呪]:『日が変わるまでに、足立透、もしくはそのキャスターを殺害。出来なければ自害せよ』 [装備]:ゲイ・ボルク [道具]:なし [思考・状況] 基本行動方針:遠坂凜のサーヴァントとして聖杯戦争と全うする。 1. 凜に勝利を捧げる。 2. 出来る限り回復に努めたい。 3. 足立、もしくはキャスター(大魔王バーン)を殺害する。 4. あのライダー(鏡子)にはもう会いたくない。最大限警戒する。 5. アサシン(ニンジャスレイヤー)にリベンジする。 [備考] ※鏡子とのセックスの記憶が強く刻み込まれました。 ※足立透と大魔王バーンの人相と住所を聞きました。 ※自害命令は令呪一画を消費することで解除できます。その手段を取るかは次の書き手に任せます。 【?-?/???/1日目・午前】 【ルーラー(ジャンヌ・ダルク)@Fate/Apocrypha】 [状態]:健康 [装備]:聖旗 [道具]:??? [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争の恙ない進行。 1. 教会にて通達を行う。 2. 遠坂凛の要請をどうするか決める。 3. 啓示で探知した地域の調査。ただ、新都の騒ぎについても気になる。 4. ……………………私は。 [備考] ※カレンと同様にリターンクリスタルを持っているかは不明。 ※Apocryphaと違い誰かの身体に憑依しているわけではないため、霊体化などに関する制約はありません。 【カレン・オルテンシア@Fate/hollow ataraxia】 [状態]:健康 [装備]:マグダラの聖骸布 [道具]:リターンクリスタル(無駄遣いしても問題ない程度の個数、もしくは使用回数)、??? [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争の恙ない進行時々趣味 1. 教会にて通達を行う。 2. ??? [備考] ※聖杯が望むのは偽りの聖杯戦争、繰り返す四日間ではないようです。  そのため、時間遡行に関する能力には制限がかかり、万一に備えてその状況を解決しうるカレンが監督役に選ばれたようです。他に理由があるのかは不明。 ---- |BACK||NEXT| |078-a:[[aeriality]]|[[投下順>本編SS目次・投下順]]|079:[[第一回定時通達]]| |078-a:[[aeriality]]|[[時系列順>本編SS目次・時系列順]]|079:[[第一回定時通達]]| |BACK|登場キャラ:[[追跡表]]|NEXT| |078-a:[[aeriality]]|ルーラー([[ジャンヌ・ダルク]])|079:[[第一回定時通達]]| |~|[[カレン・オルテンシア]]|~| |~|[[岸波白野]]&ランサー([[エリザベート・バートリー]])|087:[[卓袱台会議]]| |~|[[遠坂凜]]&ランサー([[クー・フーリン]])|~| &link_up(▲上へ)
*心の在処 ◆ysja5Nyqn6      03/ 裁定者との会合(続・衝撃のマーボー) 「―――さて。ルーラーも持ち直したことですし、話し合いを始めるといたしましょう」  食べ終わった麻婆豆腐の皿を脇へと避けて、カレン・オルテンシアと名乗った修道女はそう口火を切った。  それを横目にレンゲを手にとり、麻婆豆腐を口に運ぶ。  この麻婆豆腐は、ルーラーと呼ばれた女性の分を譲り受けたものだ。  岸波白野たちの分は別に注文をしてあるのだが、それはそれとして食べ物を残すのはよろしくない。 「実は、貴女方が拠点としている地域で、重大なルール違反が行われていることが確認されました。  そこで貴女方には、裁定者の権限において、自身が知る限りの情報を提示することを要求します」  いきなり直球で投げられた言葉に、凜達の顔が強張る。  裁定者としての権限で、とカレンは口にした。  それは間接的に、虚偽の申告をすれば、裁定者に刃向う、つまりは敵対することに繋がる。  すなわち、聖杯戦争そのものを敵に回しかねない、という事になるのだ。  ………麻婆豆腐。  ただ唐辛子が山のようにぶち込まれた、一見雑な料理にも見えるが、豆腐を口に含んだ瞬間舌を焼く刺激が、堪らない味覚を齎す。  加えてこの麻婆豆腐には、尋常じゃない量の芥子(スパイス)が入れられているらしい。  口にする度、腕が震えて、汗が噴き出る。まるで沸騰するような辛さが脳を焼く。 「先に告げておきますが、あの地域にいた四騎のうち、そこのランサーを除いた三騎全てに反英雄的素養があることは理解しています。  そして、その内の一騎である彼女と行動を共にしている以上、貴方も含む四騎全員が容疑者となります」  ルーラーは威厳を伴った声で、虚偽申告は無意味だと言外に告げる。  そのセリフから察するに、彼女には一定範囲内のサーヴァントの数と、その性質を知ることの出来る能力、または権限を有しているらしい。  それが裁定者のクラス特性なのかはわからないが、こうして目を付けられた以上、逃れることは出来ないだろう。  ――――だが。 「あら、ずいぶんな言い草じゃない。  私が反英雄だからってだけで、みんな罪人扱いするわけ?」  一瞬で空気が凍り付く。  エリザが放つ鮮烈な殺意に、周囲の空気が圧し潰されていく。  このような威圧に慣れていない凛などは、血の気の引いた顔で振るえていた。 「そういう訳ではありません。私はただ、貴女方が無実であるのなら、その事を証明してほしいだけです」 「どうだか。どうせ罪人だって判断したのなら、相手の言い分も聞かずに処罰するんでしょう、貴女も?」 「私はそんな事をするつもりはありません。その人物の事情次第では、相応の酌量をするつもりです」  しかしエリザの殺意に飲まれることなく、ルーラーは言葉を返す。  この殺意の中武装しないのは、彼女のせめてもの誠意の現れか。  だがエリザの気は済まないようで、酷薄な瞳でルーラーをねめつけている。 「……どうやら、私の発言は貴方の癇に障ってしまったようですね。その事は謝罪しましょう」 「フン。言葉では何とでも言えるわ。本当に謝罪する気があるのなら、それ相応の態度で示しなさいよ」 「態度で、ですか。つまり、貴女は私にどうしろと」 「そうねぇ……。いいわ、アナタ。すごくおいしそうじゃない」  エリザが、チロリと舌を覗かせて、舐めるようにルーラーを見据える。  そこには、彼女が血の伯爵令嬢であることを思い出させるには充分過ぎるほどの残酷さが宿っている。  そこへ、  ――――エリザ。  と。彼女をまっすぐに見つめて、静かに声を投げかけた。 「なんてね。冗談よ、冗談。ルーラーがあまりにも上から目線だったから、ちょっとイジメたくなっただけ」  途端に張りつめた空気が霧散する。  エリザの言葉を聞いて、ルーラーはホッと息を吐く。  それは自分も同じだ。エリザは冗談だ、と言ったが、半分くらいは本気だったに違いない。  若干の冷や汗を掻きながらも、止まっていたさじを再び進める。  その途端、マグマのような辛さが全身に染み渡るのを感じる。  だが、それが良い。  この血が逆流するような、購買部で売られていた麻婆豆腐には無かった“本物”の辛さが、むしろ良い……! 「それに生憎だけど、私、もう拷問趣味は止めてるの。今のところ、その辺の家畜達(ブタやリス)を捕殺する気はないわ。  それに、血の方も極上のものを味わったばかりだもの。後味を濁したくないから、当分はいらないわ  まあ、貴女がおいしそうって思ったのは否定しないけど」 「……そうですか。一応ですが、安心しました。貴女のマスターは良き方なのですね」  僅かに肩の力を抜いて、ルーラーはそう口にした。  どうやらエリザが本心から口にしていると判断したのだろう。どうやら彼女には、相手の虚偽を見破る能力もあるらしい。  だが少しの間を置いて、おや、とルーラーが首を傾げた。 「極上の血を味わった……とは、一体どういう意味なのですか?」 「あら、知りたいの?」  その問いにエリザは、嗜虐的な流し目で凜を見ることで答える。 「ッ――――!」  途端。青ざめていた凛の顔が、一瞬で真っ赤に茹で上がった。 「まあ」  対して何かを察したらしいカレンが、再び愉悦気な笑みを浮かべていた。 「……いいえ、止めておきましょう」  そんな二人の様子を見てか、ルーラーは疑問を残しながらもそう答えた。 「しかしなるほど。遠坂凛とエリザベート(“紅”のランサー)との間に仮契約が結ばれていたのは、その辺りが理由ですか」 「仮契約? わたしとエリ……その、“紅”のランサーとの間に?」 「ええ。どうやらそのようです。  しかし今のところ正規の契約の方が優先されているようで、現状ではただ繋がっているだけ、という状態の様ですね。  利点といえば、岸波白野またはクー・フーリン(“青”のランサー)が倒されても、貴女達は消去されないことぐらいでしょうか。  ……もっとも、これはあくまで可能性の話でしかありませんが」  ルーラーの予測は、つまりこういう事だろう。  もし仮に、凛のランサーが倒されたとする。その場合、通常であればそのマスターである凛もデリートされる。  しかしエリザとの間に仮契約が結ばれていたことにより、彼女はサーヴァントと契約している、という状態のままになる。  この聖杯戦争の敗北条件は、サーヴァントとの契約を失うことだ。ならば契約が存在する限り、凜が敗北したとは見なされないのだろう。  もっとも、そこは管理の怪物であるムーン・セルが判断するところ。ルーラーの言った通り、可能性の範疇は越えられない。 「しかしこの状態は、一種の二重契約という事になってしまいますが………」 「問題ないでしょう。オリジナルの聖杯戦争においても、一人のマスターが二騎のサーヴァントを使役する、サーヴァント自身がサーヴァントを召喚して使役する、という事態はありました。  それにそもそも、聖杯を得られるのは、最終的に生き残った一人と一騎だけです。ですので、わざわざ裁定者として審判を下す必要はないかと」 「そう……ですね。確かにこれはマスター間での問題であり、聖杯戦争の妨げになるわけでもありません。  貴女の言う通り、問題なしと判断して大丈夫でしょう」  カレンの言葉に、ルーラーは一瞬辛そうな表情を浮かべた後、すぐに裁定者としての顔を浮かべ、そう答えた。  それを訊いて、内心で安心する。  つまり凛とエリザに対して、一応の保険がかかったという事なのだから。  ……しかし、先程ルーラーが一瞬見せた表情は何だったのだろう。カレンの言葉に、何か思う所でもあったのだろうか。  と、麻婆豆腐をレンゲで掬いながらそう思っていると、不意にカレンが嗜虐的な笑みを浮かべて、 「ああちなみに、血と仮契約の関係ですが―――」 「と、とにかく! あなたたちの言うルール違反に私たちは関係ないわ。  そんな余裕なんてなかったし、その必要もなくなった。  それに、そんなこそこそするようなマネ、遠坂の魔術師として相応しくないもの」  顔を赤く染めた凜が、カレンの言葉を遮ってそう告げる。  仮契約が結ばれた理由はおそらく、儀式中にエリザが凜の破瓜の血を舐め摂ったからだろう。  しかしそんな事、人に話せるわけがない。もし知られてしまえば、遠坂凛と、特に岸波白野の身の破滅だ。  そして凜の言った通り、自分たちはルール違反を犯した覚えはない。  可能性があるとすれば、仮契約の事がそうだろうが、それもカレンが問題ないと判断し、ルーラーも認めた。  ならば彼女たちの言うルール違反は岸波白野たちの与り知らぬところにあり、故にこの件に関して答えられることは何も無い。 「………どうやら、本当の様ですね。  わかりました。貴女方はこの件に関与していないと、裁定者の名において認めましょう。  ですが念のために、本日未明から現在に至るまでの、貴女方の動向を報告してください」 「わかったわ」  ルーラーの言葉に肯いて、凜は自分たちの動向と現在の状況を説明していく。  岸波白野にとっては既知の情報なので、軽く聞き流しながら食事を続ける。  その途中、エリザが興味ありそうな目で麻婆豆腐の皿を見ていることに気が付いた。  ――――――――。  自分は、   >食うか――――?    やらんぞ――――?  対面の修道女と同じように、エリザにさじを勧めてみた。 「――――そ……そう、ね。ちょっと気になるから、一口だけ頂こうかしら。  すごく赤いし、それにこの料理、ハクノが好きみたいだし」  そう口にしながら、エリザは差し出されたレンゲを受け取る。  そして恐る恐る麻婆豆腐を一掬いして、慎重に己が口内へと運び、 「――――――――!!!!!!」  舌に突き刺さるあまりの衝撃に、弾き飛ばされるように椅子ごと倒れ伏した。 「かかか、辛っ! 辛いわ! かなり辛いわ! ものすごく辛いわ! とにかく辛いわ! ひたすらに辛いわ! 辛いったら辛過ぎるわ!   な、なんなのよこの料理! ヤタラメッタラに辛いじゃないの! いえ、もはや辛いどころか辛(つら)いってレベルよ! 拷問級よ!  なんてもの勧めてくれるよのアナタ! 私の可憐な唇がタラコみたいに真っ赤に腫れ上がったらどうしてくれるのよ!  っていうかよくこんなの平気で食べれるわね! アナタ本当に人間!?」  どうにか持ち直したエリザベートは、悲鳴を上げるように捲し立ててくる。  こんなものとは失礼な。この辛さだか美味さだかわからない強烈な刺激が堪らなく良いんじゃないか。  っていうか、テロい金星人料理しか作れないエリザに、味についてとやかく言われたくはないのだが。 「ッ~~~! どっちもどっちよ!  っていうか白野、アンタも話に参加しなさいよ! 何一人だけ黙々と食べてるのよ!」  バン、とテーブルを叩いて、凜が声を荒げる。  それに釣られて視線を上げれば、ランサーは引き攣った表情で、ルーラーは何か恐ろしいモノを見るような目で岸波白野を見ていた。  その中でただ一人、カレンだけは同士を見つけたような顔をしていた。  ………ふむ。  話に加わるのは構わないが、果たしてその意味はあるのだろうか。 「む。それってどういう意味よ」  どうもこうもない。  この話はつまるところ、“自分たちと裁定者、それぞれがどうキャスターに対処するか”、というものだ。  なら、話に加わろうと加わるまいと、岸波白野がするべきことに変わりはないだろう。 「へ?」 「っ!」 「ほう」  それぞれが疑問、驚愕、関心の声を上げる。 「何故そう思うのか、訊いてもよろしいでしょうか」  続けてカレンが、見透かしたような眼でそう問いかけてくる。  彼女とは初対面のはずなのに、それはどこか見覚えのある表情だった。  簡単な話だ。  まず前提として、ルーラーはあの地域に四騎のサーヴァントがいたと口にした。  状況から推測するに、その四騎とは、岸波白野のランサー、遠坂凛のランサー、遠坂邸を襲撃したアサシン、そのアサシンが殺せと命じたキャスターだ。  加えて、岸波白野たちにルールを違反した覚えがない以上、ルーラーが捜している違反者はアサシンかキャスターのどちらかになる。  そしてアサシンとキャスター、この二騎を比べて、聖杯戦争のこんな最初期で裁定者が動き出す様なルール違反をする可能性が高いのは、明らかにキャスターの方だ。  なぜなら、アサシンにはルールを違反する利益がなく、対してキャスターには他のクラスと比べより大きな利益があるからだ。  アサシンというクラスはその性質上、隠密、暗殺に特化した英霊が多い。  つまり聖杯戦争を監督する裁定者に目を付けられるような行動は、暗殺者の本分に真っ向から反するのだ。  あり得るとすれば、裁定者そのものを排除しようとした場合だが、それならわざわざこのような話をする意味はない。  そしていかにアサシンが隠密に優れていようと、ルーラーもまた感知能力を有している。裁定者の権限も鑑みれば、いずれは追い詰められるだろう。  比べてキャスターというクラスは、魔術に優れ、陣地作成を得意とした英霊が多い。  そしてキャスターとはすなわち魔術師であり、その力である魔術の行使に必要なものは魔力だ。  これは即ち、魔力を溜め込む、陣地を作るなど、準備に時間をかければかけるほど、強力なサーヴァントになるということを意味している。  つまりそれなりの準備さえ整っていれば、通常のサーヴァントはもちろん、ルーラーでさえ返り討ちにすることも可能となり得るのだ。  ここで重要になるのが、時間を掛ける、という点だ。  時間が経てばそれだけでキャスターが有利になるのは先ほど言った通りだが、当然それは他のマスターやサーヴァントも理解していることだ。  つまり、魔力が溜まっていない、陣地が整っていない状態で発見されれば、途端にキャスターは不利になる。  最弱と言われるほど直接戦闘の苦手なキャスターにとって、それは絶対に避けるべき事態のはずだ。  ならばどうすればいいか。  簡単だ。より迅速に、効率よく魔力を集め、陣地を完成させればいい。  その方法も単純だ。“魂喰い”を行なえばいい。キャスターが反英雄だというのなら、その可能性も高まる。  そして魂食いは、この聖杯戦争において裁定者が動き得る明確なルール違反だ。当然相応の対策もするだろう。  あとは如何にして裁定者の目を誤魔化し掻い潜るか、という問題でしかない。  この時点で、違反者は誰かとこの場で論じる意味はなくなっている。  仮に違反者がキャスターではなくアサシンであろうとも関係はない。  何故なら遠坂凛は、日が変わるまでのキャスターを倒さなければならないからだ。  そしてキャスターとて、サーヴァントの襲撃を受ければ少なからず手札を晒すことになるだろう。  ならばあとは、ルール違反の証拠を見つけたい裁定者が、その戦いにどう介入するか、あるいはしないのか、という話でしかないのだ。  それはもはや、岸波白野の領分ではない。  なぜなら、キャスターとの戦いは、あくまでも遠坂凛のものだからだ。  確かに自分たちは同盟を結んだ。協力してキャスターを倒すことに異論はない。  だがこの戦いの方針を決めるのは、あくまでも遠坂凛でなければならない。  そうでなければ、いずれ一人で戦わなければならなくなった時、遠坂凛は自らの道を選べなくなってしまうだろう。  故に、この戦いに裁定者とどう折り合いをつけるかは、遠坂凛が考えなければいけないのだ。  岸波白野は同盟を結んだ者として、いや仲間として、その判断に従い手を貸すだけだ。  ―――そう締めくくって、麻婆豆腐の残りを平らげる。 「――――――――」  凜はポカンと口を開けて、岸波白野を見つめている。  いかに覚悟を決めていても、彼女はまだ子供でしかない。そこまでの判断力を求めるのは、やはり酷だっただろうか。  だが聖杯戦争を勝ち残るのであれば、この程度は出来るようにならなければならない。  ここは心を鬼にして、凜に判断を委ねるとしよう。 「さすがは“月の聖杯戦争”の優勝者。見事な観察力ですね」  対してカレンは、本当に感心したように、ぱちぱちと拍手をしていた。 「彼を知っているのですか、カレン?」 「ええ。岸波白野(かれ)はこの箱舟ではなく、ムーン・セル本体で行われた聖杯戦争を勝ち抜いたマスターです。  それを鑑みれば、この程度の状況把握はできて当然でしょう。  それはそうと、遠坂凛、貴女はどうしますか?」 「え?」 「岸波白野も言っていたでしょう。この戦いは貴女のものだと。  貴女がどういう選択をするかによって、私達も次の行動を決定します。  キャスターとの戦いに手を出すな、というのであれば、多少の猶予は与えましょう。  裁定者とは、あくまでも聖杯戦争を監督し運営する存在。その私たちが、貴女の聖杯戦争を妨げるわけにはいきませんので」  カレンはそう告げると、祈るように両手を合わせ、静かに目を閉じた。  凜の答えを待つ、という事だろう。 「……………………」  それを受けた凛は、深く考えを巡らせると、 「それってつまり、私が協力してって言えば、協力してくれるってこと?」  そう、ある種の核心を突く問いを導き出した。 「それは私ではなく、ルーラーへと問うべき事ですね。  私はあくまでマスターに対する抑止力。戦力を期待するのであれば、彼女の方が適任です」 「そう。なら、改めてお願いするわ。  ルーラー、私たちに力を貸してちょうだい」 「……すみませんが、その要求には応じかねます。  私は裁定者のサーヴァント。“中立の審判”を下す者として、特定の勢力に加担することは出来ません」 「それなら、一緒に来てくれるだけでもいいわ。  別にあなたが戦う訳じゃない。ただ私たちの戦いを見届けるだけ。  この条件なら、裁定者としても問題ないんじゃない?」 「それは……確かにその通りですが、しかし………」  凜のストレートな要請に、ルーラーは受けるでも断るでもなく、戸惑う様に言い淀む。  無理もない話だ。  確かに戦いを見届けるだけならば、ルーラーが遠坂凛に助力した、ということにはならないだろう。  またルーラーが傍に居るということは、ルールに抵触する様な襲撃を防ぐことにも繋がり、遠坂凛にとってある種の保険にもなる。  しかしそれは、事情を知る自分たちだけが理解していることだ。  場合によっては、遠坂凛とルーラーが手を組んだ、と見做される可能性もあるのだ。  そしてそうなれば、ルーラーの下す“中立の審判”は、その正当性を疑われることになるだろう。  中立の立場にない審判者など、圧政を敷く暴君と変わりはない。  ただでさえ裁定者は、その立場から嫌煙されやすいのだ。  その正当性を失ってしまえば、裁定者として絶対の権限を持つが故に、ほぼ全てのサーヴァントとマスターから敵視されることになるだろう。  遠坂の魔術師として聖杯を求める凛と、聖杯戦争の恙ない進行を担うルーラー。  凛がルールから逸脱しない限りにおいて、二人の目的は一致している。  だが、ルーラーの裁定者としての立場が、彼女達が手を組むことを許さないのだ。 「っ……………………」  違反者の捜査という裁定者としての役割か、“中立の審判”を下す裁定者としての立場か。  そのどちらを選ぶのかは、結局のところルーラー自身が決める事だ。  だが、そのどちらも尊寿しようとするが故に、ルーラーは凜の要求に答えを出せないでいた。 「いずれにせよ、もうすぐ通達の時間です。遠坂凛の要請への返答は、その後にしましょう。  違反者の捜査も重要ですが、現状はこちらが優先事項ですし」 「そうでしたね。申し訳ありません、遠坂凛。少しだけ、考える時間をください」 「いいわよ、別に。裁定者が大変だっていうことくらい、私もちゃんと解っているから」  カレンの言葉をきっかけに、二人はそう言葉をかけあった。  どうやら、遠坂凛と裁定者の話は終わったようだ。  ……なら次は、岸波白野が彼女たち自身に対しての話だ。  ―――ルーラーにカレン。二人に少し、訊きたいことがある。 「はい、何でしょう。私に答えられる範囲ならば答えましょう」 「私も質問がありますが、それはどうでもいい事です。貴方からどうぞ」  ルーラーが落ち着いた様子で応じ、カレンがそれに続いて質問を促してくる。  自分は、    聖杯戦争について質問する。   >参加者について質問する。    NPCについて質問する。  聖杯戦争の参加者――マスターについて質問をしよう。  この聖杯戦争には、多くのマスターが参加していると聞く。  岸波白野は遠坂凛以外のマスターとまだ遭遇していないが、月の聖杯戦争と同様、それは様々なマスターがいるのだろう。  だがその中には、凛のようなマスターが他にもいるかもしれないのだ。  自分が訊きたいのはその事について。  ――――凜のような、無理矢理招かれたマスターがいることについて、どう思っているかを教えて欲しい。 「っ…………!」  ルーラーが先ほどと同じような、酷く辛そうな表情を見せる。  今度もすぐに裁定者としての顔に隠されたが、やはり彼女にも思う所があるのだろう。 「ちょっと白野。それってどういう意味よ。  私が聖杯戦争に参加していることの、何が問題なわけ?」  岸波白野の質問に、凜は苛立たしげな声で問い詰めてくる。  そうではない。  サーヴァントと契約を交わせたのなら、誰にでも聖杯を手に入れる権利はある。  そして凛には聖杯を求める確かな理由がある。そこには大人も子供も関係はない。  ……だが、自分から望んでこの聖杯戦争に参加したわけではない。そうだろう? 「それは……確かにそうだけど」  月の聖杯戦争では、ムーン・セルへとアクセスした者を、マスター候補として招き入れていた。  だがこの『方舟(アーク・セル)』は、『ゴフェルの木片』に接触した者をマスター候補として招き入れている。  そして凛の例から思うに、その人物を招き入れるかどうかは、『方舟』自身が判断しているように思える。  その事がどうしても、岸波白野の心に引っ掛かっているのだ。 「……そうですね。私としては、特に何も。  過程がどうであれ、招かれてしまった以上、私達にはどうしようもありません。  せめてその人の終わりが良い物であるよう、主に祈りを捧げるだけです」  カレンはそう口にして、言葉通り静かに祈りを捧げている。  ルーラーのような動揺は微塵も見られない。彼女は本当に、そう思っているのだろう。  その様子を見て、ふとある情報を思い出す。  シスター・カレン。  どこかで聞いた(ような気がする)名前だと思っていたが、たしか、マスターを処罰する権限を持つ上級AIだったか。  また健康管理上級AI(さくら)の後任なでもあるのだが、そのアルゴリズムに問題があり、マスターの命を優先せず、試練を良しとする性格をしているとかなんとか。  月の聖杯戦争中では、岸波白野とは遭遇しなかったが、もしかしたら彼女がそうなのだろうか。  実際に会ったことがない以上判断はつかないが、その様子を見る限り、彼女はたとえ自分自身がマスターとなったとしても、それも試練だと受け入れるのだろう。  ―――ではルーラー。あなたはどう思っているのか、訊かせて欲しい。  カレンから視線を移し、まっすぐにルーラーを見つめて、そう問いかける。 「………………私は、ルーラーのサーヴァントとして、聖杯戦争を恙なく進行させるだけです。  カレンも言ったように、マスターの選定は私達にはどうしようもないこと。なら、感傷を懐くだけ無意味でしょう」  毅然とした態度でルーラーは答える。  ……だがそれは、裁定者としての答えだ。ルーラー個人としての思いではない。  岸波白野が知りたいのは、ルーラーの思い、彼女自身がどう思っているか、という事なのだ。  ルーラーが裁定者の仮面を被っているのは、きっとそうしないと立ち行かないからだろう。  おそらく、彼女の果たすべき役割と、彼女の思いは相反しているのだ。  そう。  ―――あなたは、無理矢理に招かれたマスター達がいることに、悲しみを覚えているのではないか? 「っ――――――!」  ピシリと、亀裂が奔るように、ルーラーが顔を強張らせる。  仮面の奥。裁定者であるために閉じ込めた、彼女の本心が顔を覗かせる。 「それは………私は――――」  ルーラーは揺らぎそうになる両目を懸命に絞り込み、岸波白野を見つめる。  そうして―――― 「マーボー定食、お待たせアルー!  他の御注文も、すぐに持ってくるアルヨー!」  ―――ごとん、と注文していた麻婆豆腐がテーブルに置かれた。  ルーラーから視線を外して、さあ、と新たなレンゲへと手を伸ばし、 「――――――――」  かしゃん、と先にレンゲを手にとったカレンと視線が合った。  見れば、カレンの前にも新たな麻婆豆腐が置かれている。  どうやら彼女も、いつの間にか注文していたようだ。 「……岸波白野。貴方の質問の答えも、少し待ってあげてはどうでしょう。  ルーラーにも裁定者としての在り方がありますし、それに」  ……ふむ。確かに裁定者としては答え難い質問だったようだ。  それに聖杯戦争はまだ始まったばかりだ。この質問の答えは、その内聞かせてもらえることを期待しよう。  今は先に、食事を終わらせよう。なにしろ冷めた中華料理は、おいしくない。 「ええ、その通りです。それでは」  いただきます、とカレンと二人、両手を合わせて食事を開始した。 「それじゃあ話も終わったみたいだし、私達も頂くわよ」 「……だな。飯は食える時に食っとかねぇと」 「……うん」  それに合わせて、凜達も食事を開始する。  ……しかしただ一人。  ルーラーだけは、僅かに俯いたまま、料理に手を付けないままでいた。 「……………………私は」      04/ 願い。  食事を終え、紅洲宴歳館・泰山を後にする。  カレンたちは時間が押しているからと、リターンクリスタルを使うらしい。  それは月の聖杯戦争でもよく利用したアイテムだが、今の自分は持っていない。  自分たちはおとなしく、徒歩で移動することにする。 「それで坊主、これからどうするんだ?」  ふむ。このまま遠坂邸へと戻ってもいいが、もうすぐ十二時になる。  ここはどこか近場の休める場所で、カレンたちの連絡を待とう。  そうランサーへと答えながら、携帯端末機を取り出す。  これは連絡用にとカレンから渡されたものだ。  主な機能は月の聖杯戦争で使っていたものと変わらないが、こちらから彼女達へと連絡することは出来ないようだ。 「確かにそいつがあれば、オレ達がどこにいてもあいつらからの連絡は受け取れるか」  ランサーはそう言うと、興味をなくしたように前へと向き直った。  エリザは相変わらず注目を集めているが、NPCたちが日常(ルーチン)から外れる様子はない。  自分に宛がわれた役割の方が、ほんの些細な異常よりも優先順位が高いのだろう。  ……まあもっとも、彼らがその役割を自覚しているかはわからないが。  ―――そうして間もなく、商店街から少し離れた場所に、小さな公園を見つけた。  まだ昼時だからか、公園には自分たち以外誰もいない。  そんな閑散とした公園のベンチに、凜達と揃って座り込む。  すると不意に、凛が不安げな表情で問いかけてきた。 「ねぇ白野。カレンが言ってた、白野の戦いが無意味がって、どういう意味?」  ――――――――。  その言葉に、思わず口ごもる。  それは、カレンに去り際に告げられた言葉だ。  それがたまたま、凜にも聞こえてしまったのだろう。  だが―――。  ―――大した意味ではない。  カレンが言っていたように、岸波白野は月の聖杯戦争を勝ち残った。  つまり、聖杯に託すような願いは、すでに叶っている、という事なのだ。 「そっか。それなら、別にいいんだけど」  どこか納得のいっていない表情で、凜はそう口にする。  その様子からすると、全部が聞こえたわけではないようだ。  カレンの言葉の何が、凜の気にかかっているのだろう。  ……考えたところで、答えは出ない。  今は先に、キャスターの拠点へどう攻め込むかを考えよう。  そんな風に考えながらも、岸波白野の脳裏には、その時の事が思い返されていた。       †  それは、カレンたちとの別れ際、携帯端末を手渡された時の事だ。 「……最後に、一つだけ聞かせてください。  貴方は何の為に、この聖杯戦争を戦うのです?」  岸波白野だけに聞こえるようにか、どこか潜めた声で、カレンがそう訊いてきた。 「岸波白野の戦いに意味はない。何故なら、たとえ聖杯戦争を勝ち残ったところで、貴方は何も得られないからです。  本来の役割通り、ただのNPCとして、全てを忘れたままでいれば、まだ幸福に終われたでしょうに。  それなのに、何故」  ―――何故も何もない。  全てを忘れたままでいるには、欠けたモノが大き過ぎた。  要は、それだけの事だ。  確かにNPCのままでいたのなら、何も知らずに済んだだろう。  何も知らないまま、自身の役割を全うしていたはずだ。  ……だがその欠けたモノは、岸波白野の半身とも呼べるほどに大切なものだった。  岸波白野の記憶。  契約を交わしてからずっと、自分と共に戦い続けてくれた相棒。  聖杯戦争の最中に出会い、語り合い、別れ、乗り越えていった多くの人達。  その、自分が岸波白野として生きてきたという証が、自分の中から欠け落ちていた。  ―――そんな事は、許容できない。  得るものが何もない?  当然だ。それは元より、岸波白野の内にあったもの。  失われた記憶(モノ)を取り戻すことが望みである以上、新たな何かを得られるはずがない。  ―――そう。  何かを得たいのでも、何かを叶えたいのもなく、ただ取り戻したいだけ。  自らの欠落を埋めるために、岸波白野は戦っているのだ。 「……その結果、“自分がどうなるか”を知っていても?」  それでも岸波白野は、あの戦いを、「 」の事を忘れたままでいることが我慢できないのだ。 「―――そう。岸波白野(あなた)は、“戦う人”なのですね」  突き放すような声。  話はそれで終わりなのか、カレンは祈るように両手を重ねて目を閉じた。  聖杯戦争を司る裁定者に背を向け、偽りの日常へと歩き出す。  この語らいが何を齎すかはわからない。  今はただ、自分の聖杯戦争(たたかい)を続けないと。       †  水中から水面を見上げるように、蒼い空を仰ぎ見る。  凛の問いに触発されて、カレンの言葉が思い起こされる。  “岸波白野の戦いに意味はない”  ああ――きちんと理解している。  この戦いの結末は、月の聖杯戦争と変わらない。  たとえこの聖杯戦争を勝ち抜いたところで、岸波白野に未来はない。  ……いや、この聖杯戦争が終わった時にこそ、本来の運命へと帰結するだろう。  “……その結果、“自分がどうなるか”を知っていても?”  それでも、自分の決意は変わらない。  ―――戦うと決めた。  たとえその果てで、  ―――取り戻してみせると、誓ったのだ。  今度こそ完全に、岸波白野が消え去るのだとしても――――。 【C-3 /商店街近くの公園/1日目 午前】 【岸波白野@Fate/EXTRA CCC】 [状態]:健康、疲労(小)、魔力消費(小)、強い決意 [令呪]:残り三画 [装備]:なし [道具]:携帯端末機 [所持金] 普通の学生程度 [思考・状況] 基本行動方針:「 」(CCC本編での自分のサーヴァント)の記憶を取り戻したい。 1. ルーラー達からの連絡を待つ。 2. 遠坂凛とランサーを助けるために、足立透とそのキャスターを倒す。 3. 狙撃とライダー(鏡子)を警戒。 4. 聖杯戦争を見極める。 5. 自分は、あのアーチャーを知っている───? 6. ルーラーの答えを待つ。 [備考] ※遠坂凛と同盟を結びました。 ※エリザベートとある程度まで、遠坂凛と最後までいたしました。その事に罪悪感に似た感情を懐いています。 ※遠坂凛とパスを通し、魔力の融通が可能となりました。またそれにより、遠坂凛の記憶の一部と同調しました。 ※クー・フーリン、ジャンヌ・ダルクのパラメーターを確認済み。 ※アーチャー(エミヤ)の遠距離狙撃による攻撃を受けましたが、姿は確認できませんでした。 ※アーチャー(エミヤ)が行った「剣を矢として放つ攻撃」、およびランサーから聞いたアーチャーの特徴に、どこか既視感を感じています。  しかしこれにより「 」がアーチャー(無銘)だと決まったわけではありません。 ※足立透と大魔王バーンの人相と住所を聞きました。 【ランサー(エリザベート・バートリー)@Fate/EXTRA CCC】 [状態]:健康 [装備]:監獄城チェイテ [道具]:なし [思考・状況] 基本行動方針:岸波白野に協力し、少しでも贖罪を。 1. 岸波白野のついでに、遠坂凛も守る。 2. 撤退に屈辱感。 [備考] ※岸波白野、遠坂凛と、ある程度までいたしました。そのため、遠坂凛と仮契約が結ばれました。 ※アーチャー(エミヤ)の遠距離狙撃による襲撃を受けましたが、姿は確認できませんでした。 ※カフェテラスのサンドイッチを食したことにより、インスピレーションが湧きました。彼女の手料理に何か変化がある……かもしれません。 【遠坂凛@Fate/Zero】 [状態]:健康、疲労(小)、魔力消費(大)、強い決意 [令呪]:残り二画 [装備]:アゾット剣 [道具]:なし [所持金]:地主の娘のお小遣いとして、一千万単位(詳しい額は不明) [思考・状況] 基本行動方針:遠坂家の魔術師として聖杯を得る。 1. ルーラー達からの連絡を待つ。 2. 岸波白野から、聖杯戦争の経験を学ぶ。 3. 勝利するために何でもする。 4. カレンの言葉が気にかかる。 [備考] ※岸波白野と同盟を結びました。 ※エリザベートとある程度まで、岸波白野と最後までいたしました。そのため、エリザベートと仮契約が結ばれました。 ※岸波白野とパスを通し、魔力の融通が可能となりました。またそれにより、岸波白野の記憶が流入しています。  どの記憶が、どこまで流入しているかは、後の書き手にお任せします。 ※鏡子、ニンジャスレイヤー、エリザベート、ジャンヌ・ダルクのパラメーターを確認済み。 ※足立透と大魔王バーンの人相と住所を聞きました。 【ランサー(クー・フーリン)@Fate/stay night】 [状態]:健康、魔力消費(大) [令呪]:『日が変わるまでに、足立透、もしくはそのキャスターを殺害。出来なければ自害せよ』 [装備]:ゲイ・ボルク [道具]:なし [思考・状況] 基本行動方針:遠坂凜のサーヴァントとして聖杯戦争と全うする。 1. 凜に勝利を捧げる。 2. 出来る限り回復に努めたい。 3. 足立、もしくはキャスター(大魔王バーン)を殺害する。 4. あのライダー(鏡子)にはもう会いたくない。最大限警戒する。 5. アサシン(ニンジャスレイヤー)にリベンジする。 [備考] ※鏡子とのセックスの記憶が強く刻み込まれました。 ※足立透と大魔王バーンの人相と住所を聞きました。 ※自害命令は令呪一画を消費することで解除できます。その手段を取るかは次の書き手に任せます。 【?-?/???/1日目・午前】 【ルーラー(ジャンヌ・ダルク)@Fate/Apocrypha】 [状態]:健康 [装備]:聖旗 [道具]:??? [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争の恙ない進行。 1. 教会にて通達を行う。 2. 遠坂凛の要請をどうするか決める。 3. 啓示で探知した地域の調査。ただ、新都の騒ぎについても気になる。 4. ……………………私は。 [備考] ※カレンと同様にリターンクリスタルを持っているかは不明。 ※Apocryphaと違い誰かの身体に憑依しているわけではないため、霊体化などに関する制約はありません。 【カレン・オルテンシア@Fate/hollow ataraxia】 [状態]:健康 [装備]:マグダラの聖骸布 [道具]:リターンクリスタル(無駄遣いしても問題ない程度の個数、もしくは使用回数)、??? [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争の恙ない進行時々趣味 1. 教会にて通達を行う。 2. ??? [備考] ※聖杯が望むのは偽りの聖杯戦争、繰り返す四日間ではないようです。  そのため、時間遡行に関する能力には制限がかかり、万一に備えてその状況を解決しうるカレンが監督役に選ばれたようです。他に理由があるのかは不明。 ---- |BACK||NEXT| |078-a:[[aeriality]]|[[投下順>本編SS目次・投下順]]|079:[[第一回定時通達]]| |078-a:[[aeriality]]|[[時系列順>本編SS目次・時系列順]]|079:[[第一回定時通達]]| |BACK|登場キャラ:[[追跡表]]|NEXT| |078-a:[[aeriality]]|ルーラー([[ジャンヌ・ダルク]])|079:[[第一回定時通達]]| |~|[[カレン・オルテンシア]]|~| |~|[[岸波白野]]&ランサー([[エリザベート・バートリー]])|087:[[卓袱台会議]]| |~|[[遠坂凜]]&ランサー([[クー・フーリン]])|~| &link_up(▲上へ)

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