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*ルーラーのB-4調査報告:衝撃の―――― ◆holyBRftF6
穏やかな風が、海水を撫でるように流れていく。
実体化しているルーラーの衣服――当然ながら、人前で実体化しても問題ないようなもの――もまた、穏やかにはためいていた。
「……正直、食事の申し出があって助かりました。
あのままうろうろしていても、答えは出そうにありませんでしたし」
その呟きもまた風と共に消え。
ただ彼女の頭にある情報が――『啓示』だけが残った。
ルーラー……ジャンヌ・ダルクは『啓示』のスキルを持つ。これは単純に言えば目的のための方法を理解するものだ。
令呪を受けたハサンの攻撃に反応できたのもこのスキルに拠る所が大きい。索敵能力と組み合わせれば、数キロ先にいるサーヴァントがルーラーに抱いている殺意を感知する事さえできる。
そして、このスキルに限らずルーラーの能力についてはムーンセルから厳重な隠蔽が成されている。各サーヴァントやマスターは管理者の存在は知っていても、それがどのような特権を持ち合わせているか初期段階では把握していないのだ。
当然ながらルーラーの目的は聖杯戦争の正常な運営。故に聖杯戦争のルールを覆すような出来事があれば、それを感知するだろう――例えば、数百人もNPCの殺害を行うような。
大魔王バーンによるマンション住人250人の魂食い。まさしく度を過ぎた無差別殺戮と呼ぶべき事例に、ルーラーの啓示スキルが反応しないはずはなかった。彼女は即座にマンションへ向かい状況を確認したが、しかし今のところ足立達とは接触もせず明確なペナルティも与えていない。
これはルーラーの『啓示』が根拠の無い大ざっぱな方法論でしかない事に起因する。
重大なルール違反がなされている、だからあのマンションへと向かわなくてはならない……それは分かる。だが分かるのはあくまで「方法」だ。因果関係などは完全に省略されており、ルール違反の根拠は知らされない。
審判を行うにはしっかりと証拠を抑えなくてはならない――少なくともジャンヌとしてはそう思っている――ため、自らの足で現場に赴く必要がある。
だが今回の場合、NPCが殺された時点ではもう現場にNPCに化けたマネマネが存在するのだ。魂食いを行っているのは異空間に存在するバーンパレスであり、マンションはあくまで誘拐が行われた場所に過ぎない。そして、ルーラーにはモシャスを破るスキルはない。
結局マンションのある地域を探索していたものの成果はなく、ルリに誘い出される形でその場を離れることとなったのだ。
「今度は住民の方に話を聞いてみるのもいいかもしれません。
いい気分転換ができましたし、もう一度調査してみましょう」
ルーラーは霊体化し、『啓示』にあった地域へと戻っていった。
…………
………
……
「……さっぱり分かりません」
数時間後、ベンチで頭を抱えるルーラーの姿が。今回も成果なしである。
もちろんその悪戦苦闘ぶりは魂食いをしている方も把握済みだ。ゴロアの自信もこの光景を把握しているからというのが大きい。
もっとも、実のところルーラーは犯人をほぼ特定できている。分からない、というのはあくまで因果関係の話だ。
あの地域で重大なルール違反が行われている『啓示』がある。そして気配察知スキルと数時間の探索で、周辺に居を構えているサーヴァントが三人いることも分かっている。キャスター・大魔王バーンがよりにもよってマンションに陣取っている事も。
だが、そこから進めることが出来ない。そもそも、具体的な犯行が分かっていないのだから。
顔を上げたルーラーははぁ、とため息を吐いた。そのままカレンに念話を送る。
彼女はルーラーのマスターではないが、同じ管理側として連絡を取り合う事が可能だ。考えても分からないのだから、他の誰かと相談してみるしかない。
間の悪いことに新都の方でも何か騒ぎがあったような情報も来ている。どの道一人では対応しきれない状況だった。
『カレンさん、今どこに?』
『私はバスの中です。
これからマウント深山の中華飯店へ早めの昼食を食べに行くところですが』
『……日中に出歩いて身体は大丈夫なんですか?』
『? 何か?』
『その……貴女の体質では人が多い所は危ないように感じて』
ルーラーの言葉は最もだ。
人心には魔が刺すもの。そしてカレン・オルテンシアの身体は、そんな程度の魔にすら反応する。
人が出歩く場に足を踏み入れるのは、自分から病気を貰いに行くようなものだ。
実際、原型となった人物は日中はあまり外を出歩けない身だった。
『普通のNPCが相手なら、私の体は反応しませんから。
NPCに反応するとすれば、そのNPCは何らかのエラーを起こしている可能性が高い。
彼らに宿る魔というのは一種のバグでしょう? それが外的な要因にせよ内的な要因にせよ、霊障を受ける価値はあります』
『ですがマスターとサーヴァントは出揃い、活動を始めています』
『ならば尚更出歩くべきでしょう。彼らの動きを把握するに越したことはありません。
聖杯戦争の管理が私達の役目。そのように再現されたのですから、その定めに従うだけです』
だが、ルーラーの心配はカレンという存在に対して何の意味もない。
そも原型となった人物からして、自分から病気を貰いに行くような行動で悪魔祓いを手伝っているのだ。聖杯戦争の円滑な運営というのがカレンの役割ならば、その定めに従うのみ。
そして余人ならまだしもジャンヌ・ダルクにカレンを止める権利はない。彼女もまた、聖処女という役目に殉じたのだから。
『……愚問でした。
わざわざ店に向かうということは、そこで何かあったんですか?』
『店に行くのは単なる趣味です。
外を出歩きにくくなる前に、お気に入りのメニューを店の中で食べておきたいと思ったので』
『………………』
返ってきた答えにルーラーは盛大にズッコケた。
何とか立ち直って服の埃を払いつつ、相手に伝わらない呆れ顔で会話を結ぶ。
『ともかく貴女に相談したい事があるので、そちらに向かってもいいでしょうか?』
『えぇ、お構いなく』
カレンの返答を受けて席を立つ。次の行き先は南……学校近くにある商店街だ。
マスターに縛られない分、その行動範囲は通常のサーヴァントよりも遥かに広い。広いが、それでも街を何度も往復するのは少し面倒だというのが彼女の本音だった。
「マウント深山の中華飯店、中華飯店……あ、ここですね」
幸いだったのは、その店を見つけるのは難しくなかったことだ。なにせ、この商店街に中華飯店は一つしかない。
昼間だというのに窓を締め切っている店の様子に、ルーラーは思わず首を傾げた。「魔窟」という啓示が来たのは気のせいだろうか。
「何の気配も感じませんし、締め切られている以上は盗聴される危険もありませんし……安全、ですよね」
何故か声が微妙に震えているのを自覚する。
彼女自身もよく分からないが、なぜか気合を入れた足取りで「紅州宴歳館 泰山」という看板を掲げている店に足を踏み入れて。
そして、その赤と黒を見た。
「はふ……? 来ましたかルーラー。時間があったので、先に食事を進めていました」
なんか、カレンがマーボー食ってた。
彼女が食べている麻婆豆腐を一言で形容するなら、赤と黒だ。ルーラーを焼いた炎すらバカらしくなるような赤だ。その中に混じる黒もまた、まるで大気を焦がした後の煤のようだ。
仮にも皿に盛られているにも関わらずその麻婆豆腐が沸騰しているかのような様相を幻視する、させられる。見るだけで理解できるほどの辛さを頭が処理できず、熱に置き換えられて表現されているのだ。
無意識のうちに武装するルーラーの様子を見て、カレンの手が止まる。同時に、二人の視線が交錯する。
「食べますか――――?」
「食べません――――!」
■ ■
「そこまで分かっているのなら、なぜマンションにいるというキャスターにペナルティを加えないのかしら」
話を聴き終わったカレンは開口一番、そう返答した。言うまでもないが激辛麻婆豆腐は完食済みである。
私服姿のルーラーは渋い顔だ。
「ですから、はっきりと特定できたわけでは」
「待っていたら大変な事になる場合もあるでしょう。
それとも主の『啓示』を信じられないということ? 聖女と呼ばれる身なのに」
「私は根拠もなく裁くような真似をしたくないだけです」
「そう言えばそうですね。
証のない弾劾で汚名を被せられた貴女に言っていい言葉ではありませんでした」
「……謝っているように聞こえません。むしろ、更に挑発されたように聞こえます」
さしものルーラーも憮然とした表情になる。
生前について悔いはないが、それでもこういう形で揶揄されていい気はしない。
失言に気付いたのか、カレンはしばし目を瞬かせて。
「いえ、心に思った感想を素直に言っただけですから。
謝罪では無かったのは確かですが、挑発したつもりもありません。どうかお気になさらず」
更に更にとんでもない事を言った。
「……悪意はないから気にしないで欲しい、という意味でしょうか?」
「ええ」
「それはそれで嫌です……」
がっくりとうなだれるルーラー。カレン自身は本当に申し訳なさそうな態度で言っている辺り質が悪い。
あの程度の罵倒は彼女の中ではデフォルトのようだ。
このままの調子で続けると泥沼に嵌まりそうなので、ルーラーは話を戻すことにした。
「ともかく! あの周辺に陣取っているのは大魔王バーン、ニンジャスレイヤー、クーフーリンの三名です。
大魔王バーンは魔物作成のスキルがありますし、ニンジャスレイヤーは邪悪存在であるナラク・ニンジャの魂を宝具として宿しています。
クーフーリンは清純な英霊ですが、無辜の怪物スキルを持つエリザベート・バートリーと同行しているようでした。
もしカレンさんがあの地域について調べた場合……その、反応する事で何かが分かるでしょうか?」
「気遣っているのなら、お構いなく。それが私の役目です」
あんな会話をしても未だに心配そうな様子を見せるルーラーだが、カレンは何でもない事のように澄まし顔だ。
実際、彼女にとっては何でもない事なのだろう。役目である以上、彼女にとってはただの『労働』である。
ごく自然に流し、ごく自然に自分を連れて行った場合についての説明を続けていく。
「それにサーヴァント自身にせよ彼らのやっている事にせよ、私の体が反応するとは限りません。
私の体質は霊媒――周囲に漂う霊質を感知して実体化させるもの。逆に言えば、霊媒で無ければ実体化させられない。
聞く限りアサシンはそれこそ魔が憑いているようなものだし、反応すると思うけれど……
キャスターの作る魔物については、どんな物を作っているか次第でしょうね。
霊ならなんでも反応するというのであれば、そもそも今ここで貴女に反応しています」
「……成程。対サーヴァントや対マスターという点ではバラつきが大きいんですね」
「ええ。私が活躍できるのはむしろ、NPCの心に宿った魔を探ることかしら」
ふむ、とルーラーは考えこむ。
NPCを探る、というのは糸口になるかもしれない……そんな閃きが浮かんだ。
NPCが絡む違反行為ならNPCのエラーを見つければそこから解明できるかもしれない、とルーラーの思考はその閃きについて理屈付ける。
実際、理由こそ違うがNPCが怪しいというのは正しい着眼点だ。
なにせバーンが陣取っているマンションの住人は今、まさしく魔が化けた存在とすり替えられているのだから。
次は新都のケーキ屋で起こった騒ぎについて、知らないか聞いてみよう……
そう思ったルーラーは口を開き。
「アイ、マーボードーフおまたせアルー!」
目の前に現れたちびっ子店長が、ごとんごとんと第二第三の麻婆豆腐を置く様に目を剥いた。
「あら、御代わりが来ました」
「………………」
やはり澄ました顔でレンゲを取るカレン。
この様子を見る限り、初めから御代わりを頼み込んでいたのは明白だ。
ルーラーがなんとも言えない顔で見つめている事に気付いたカレン曰く。
「――――食べるのですか?」
「――――食べません。
というか、通達は大丈夫なんですか!?」
ルーラーは全力で拒否しつつ今後の予定について指摘した。
霊体化して動けるルーラーと違って、カレンはあまりグズグズしていると十二時までに教会へ辿り着けない。
それでもカレンは動じない。
「通達はそれほど手間が掛からないもの。
最悪、私達が教会にいなくても問題無かったはずです」
「だからって、一度目から手を抜くというつもりというのはどうなんでしょう……」
「いざとなればリターンクリスタルを使います。大丈夫でしょう」
「…………」
相変わらずの澄まし顔で言うカレンに、いい加減ルーラーは頭が痛くなってきた。
確かに教会に何かあった時のため、管理者には専用のリターンクリスタルが特別に支給されてはいる。
しかし、今はどう考えてもいざという時ではない。職権濫用である。
「――――はむっ、はふっ」
そしてルーラーが黙り込んだ隙にレンゲが動き始める。
止まったら死ぬと言わんばかりの様子で手と口を動かす様子はまるで稲光に照らされたマグロのごとし。
美味しそうにでもなければ不味そうにでもなくただ食べる。
そんな表現が相応しい様子に、ルーラーはこの麻婆豆腐に対して逆に興味が湧いてきて。
「食べて――――くれるのですか?」
「……むっ」
それを見て取ったカレンが、皿を見下ろしたまま上目遣いで問う。
興味が湧いていても、食べるとなるとやはり怖い。なにせ赤い。そして黒い。記憶にある最期の炎すら汚染されそうな威圧感を感じる。
ためらいがちに指をくるくると回すルーラーに対して、カレンは笑顔で告げた。
「ちょうどいい辛さですが。
それに、早く食べ終わればそれだけ早く教会に帰れます。リターンクリスタルを使わずに済むかもしれませんね」
「……むぅ……」
その笑顔は好意に満ちていた。
ルーラーの指が少しずつ前進する。同じ所を回っていたはずの指が、回転する起点を変えていく。
カレンが二皿目の麻婆豆腐を半分ほど食べ終わると同時に、ルーラーの手はもう一つのレンゲを掴んでいた。
そのまま三皿目の麻婆豆腐を見つめつつ、唾をごくりと飲み込む。唾が出てきた理由が食欲に拠るものかどうかは疑問だ。
それでも義務感と、好奇心に後押しされ。
「――――もぐ」
ルーラーはそのマーボーを口に入れた。
だが彼女は知らなかった。
カレンの味覚は半ば破壊されており、激辛か激甘しか感じ取れない身だということを。
カレンにとって、好意は悪意と同じだということを。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!??????????????」
その日。
ルーラーの口内は、紅蓮の炎に焼かれた。
【C-3北東端/マウント深山商店街/1日目 午前】
【ルーラー(ジャンヌ・ダルク)@Fate/Apocrypha】
[状態]:衝撃のマーボー
[装備]:旗
[道具]:?
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の恙ない進行。
1.啓示で探知した地域の調査。ただ、新都の騒ぎについても気になる。
2.???
[備考]
カレンと同様にリターンクリスタルを持っているかは不明。
Apocryphaと違い誰かの身体に憑依しているわけではないため、霊体化などに関する制約はありません。
【カレン・オルテンシア@Fate/hollow ataraxia】
[状態]:健康
[装備]:聖骸布
[道具]:リターンクリスタル(無駄遣いしても問題ない程度の個数、もしくは使用回数)
?
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の恙ない進行時々趣味
1.???
[備考]
聖杯が望むのは偽りの聖杯戦争、繰り返す四日間ではないようです。
そのため、時間遡行に関する能力には制限がかかり、万一に備えてその状況を解決しうるカレンが監督役に選ばれたようです。
他に理由があるのかは不明。
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|072:[[Devil Flamingo]]|[[投下順>本編SS目次・投下順]]|074:[[善悪アポトーシス]]|
|072:[[Devil Flamingo]]|[[時系列順>本編SS目次・時系列順]]|074:[[善悪アポトーシス]]|
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|050:[[主よ、我らを憐れみ給うな]]|[[カレン・オルテンシア]]|078-a:[[aeriality]]|
|046:[[何万光年先のDream land]]|ルーラー([[ジャンヌ・ダルク]])|078:[[aeriality]]|
*ルーラーのB-4調査報告:衝撃の―――― ◆holyBRftF6
穏やかな風が、海水を撫でるように流れていく。
実体化しているルーラーの衣服――当然ながら、人前で実体化しても問題ないようなもの――もまた、穏やかにはためいていた。
「……正直、食事の申し出があって助かりました。
あのままうろうろしていても、答えは出そうにありませんでしたし」
その呟きもまた風と共に消え。
ただ彼女の頭にある情報が――『啓示』だけが残った。
ルーラー……ジャンヌ・ダルクは『啓示』のスキルを持つ。これは単純に言えば目的のための方法を理解するものだ。
令呪を受けたハサンの攻撃に反応できたのもこのスキルに拠る所が大きい。索敵能力と組み合わせれば、数キロ先にいるサーヴァントがルーラーに抱いている殺意を感知する事さえできる。
そして、このスキルに限らずルーラーの能力についてはムーンセルから厳重な隠蔽が成されている。各サーヴァントやマスターは管理者の存在は知っていても、それがどのような特権を持ち合わせているか初期段階では把握していないのだ。
当然ながらルーラーの目的は聖杯戦争の正常な運営。故に聖杯戦争のルールを覆すような出来事があれば、それを感知するだろう――例えば、数百人もNPCの殺害を行うような。
大魔王バーンによるマンション住人250人の魂食い。まさしく度を過ぎた無差別殺戮と呼ぶべき事例に、ルーラーの啓示スキルが反応しないはずはなかった。彼女は即座にマンションへ向かい状況を確認したが、しかし今のところ足立達とは接触もせず明確なペナルティも与えていない。
これはルーラーの『啓示』が根拠の無い大ざっぱな方法論でしかない事に起因する。
重大なルール違反がなされている、だからあのマンションへと向かわなくてはならない……それは分かる。だが分かるのはあくまで「方法」だ。因果関係などは完全に省略されており、ルール違反の根拠は知らされない。
審判を行うにはしっかりと証拠を抑えなくてはならない――少なくともジャンヌとしてはそう思っている――ため、自らの足で現場に赴く必要がある。
だが今回の場合、NPCが殺された時点ではもう現場にNPCに化けたマネマネが存在するのだ。魂食いを行っているのは異空間に存在するバーンパレスであり、マンションはあくまで誘拐が行われた場所に過ぎない。そして、ルーラーにはモシャスを破るスキルはない。
結局マンションのある地域を探索していたものの成果はなく、ルリに誘い出される形でその場を離れることとなったのだ。
「今度は住民の方に話を聞いてみるのもいいかもしれません。
いい気分転換ができましたし、もう一度調査してみましょう」
ルーラーは霊体化し、『啓示』にあった地域へと戻っていった。
…………
………
……
「……さっぱり分かりません」
数時間後、ベンチで頭を抱えるルーラーの姿が。今回も成果なしである。
もちろんその悪戦苦闘ぶりは魂食いをしている方も把握済みだ。ゴロアの自信もこの光景を把握しているからというのが大きい。
もっとも、実のところルーラーは犯人をほぼ特定できている。分からない、というのはあくまで因果関係の話だ。
あの地域で重大なルール違反が行われている『啓示』がある。そして気配察知スキルと数時間の探索で、周辺に居を構えているサーヴァントが三人いることも分かっている。キャスター・大魔王バーンがよりにもよってマンションに陣取っている事も。
だが、そこから進めることが出来ない。そもそも、具体的な犯行が分かっていないのだから。
顔を上げたルーラーははぁ、とため息を吐いた。そのままカレンに念話を送る。
彼女はルーラーのマスターではないが、同じ管理側として連絡を取り合う事が可能だ。考えても分からないのだから、他の誰かと相談してみるしかない。
間の悪いことに新都の方でも何か騒ぎがあったような情報も来ている。どの道一人では対応しきれない状況だった。
『カレンさん、今どこに?』
『私はバスの中です。
これからマウント深山の中華飯店へ早めの昼食を食べに行くところですが』
『……日中に出歩いて身体は大丈夫なんですか?』
『? 何か?』
『その……貴女の体質では人が多い所は危ないように感じて』
ルーラーの言葉は最もだ。
人心には魔が刺すもの。そしてカレン・オルテンシアの身体は、そんな程度の魔にすら反応する。
人が出歩く場に足を踏み入れるのは、自分から病気を貰いに行くようなものだ。
実際、原型となった人物は日中はあまり外を出歩けない身だった。
『普通のNPCが相手なら、私の体は反応しませんから。
NPCに反応するとすれば、そのNPCは何らかのエラーを起こしている可能性が高い。
彼らに宿る魔というのは一種のバグでしょう? それが外的な要因にせよ内的な要因にせよ、霊障を受ける価値はあります』
『ですがマスターとサーヴァントは出揃い、活動を始めています』
『ならば尚更出歩くべきでしょう。彼らの動きを把握するに越したことはありません。
聖杯戦争の管理が私達の役目。そのように再現されたのですから、その定めに従うだけです』
だが、ルーラーの心配はカレンという存在に対して何の意味もない。
そも原型となった人物からして、自分から病気を貰いに行くような行動で悪魔祓いを手伝っているのだ。聖杯戦争の円滑な運営というのがカレンの役割ならば、その定めに従うのみ。
そして余人ならまだしもジャンヌ・ダルクにカレンを止める権利はない。彼女もまた、聖処女という役目に殉じたのだから。
『……愚問でした。
わざわざ店に向かうということは、そこで何かあったんですか?』
『店に行くのは単なる趣味です。
外を出歩きにくくなる前に、お気に入りのメニューを店の中で食べておきたいと思ったので』
『………………』
返ってきた答えにルーラーは盛大にズッコケた。
何とか立ち直って服の埃を払いつつ、相手に伝わらない呆れ顔で会話を結ぶ。
『ともかく貴女に相談したい事があるので、そちらに向かってもいいでしょうか?』
『えぇ、お構いなく』
カレンの返答を受けて席を立つ。次の行き先は南……学校近くにある商店街だ。
マスターに縛られない分、その行動範囲は通常のサーヴァントよりも遥かに広い。広いが、それでも街を何度も往復するのは少し面倒だというのが彼女の本音だった。
「マウント深山の中華飯店、中華飯店……あ、ここですね」
幸いだったのは、その店を見つけるのは難しくなかったことだ。なにせ、この商店街に中華飯店は一つしかない。
昼間だというのに窓を締め切っている店の様子に、ルーラーは思わず首を傾げた。「魔窟」という啓示が来たのは気のせいだろうか。
「何の気配も感じませんし、締め切られている以上は盗聴される危険もありませんし……安全、ですよね」
何故か声が微妙に震えているのを自覚する。
彼女自身もよく分からないが、なぜか気合を入れた足取りで「紅州宴歳館 泰山」という看板を掲げている店に足を踏み入れて。
そして、その赤と黒を見た。
「はふ……? 来ましたかルーラー。時間があったので、先に食事を進めていました」
なんか、カレンがマーボー食ってた。
彼女が食べている麻婆豆腐を一言で形容するなら、赤と黒だ。ルーラーを焼いた炎すらバカらしくなるような赤だ。その中に混じる黒もまた、まるで大気を焦がした後の煤のようだ。
仮にも皿に盛られているにも関わらずその麻婆豆腐が沸騰しているかのような様相を幻視する、させられる。見るだけで理解できるほどの辛さを頭が処理できず、熱に置き換えられて表現されているのだ。
無意識のうちに武装するルーラーの様子を見て、カレンの手が止まる。同時に、二人の視線が交錯する。
「食べますか――――?」
「食べません――――!」
■ ■
「そこまで分かっているのなら、なぜマンションにいるというキャスターにペナルティを加えないのかしら」
話を聴き終わったカレンは開口一番、そう返答した。言うまでもないが激辛麻婆豆腐は完食済みである。
私服姿のルーラーは渋い顔だ。
「ですから、はっきりと特定できたわけでは」
「待っていたら大変な事になる場合もあるでしょう。
それとも主の『啓示』を信じられないということ? 聖女と呼ばれる身なのに」
「私は根拠もなく裁くような真似をしたくないだけです」
「そう言えばそうですね。
証のない弾劾で汚名を被せられた貴女に言っていい言葉ではありませんでした」
「……謝っているように聞こえません。むしろ、更に挑発されたように聞こえます」
さしものルーラーも憮然とした表情になる。
生前について悔いはないが、それでもこういう形で揶揄されていい気はしない。
失言に気付いたのか、カレンはしばし目を瞬かせて。
「いえ、心に思った感想を素直に言っただけですから。
謝罪では無かったのは確かですが、挑発したつもりもありません。どうかお気になさらず」
更に更にとんでもない事を言った。
「……悪意はないから気にしないで欲しい、という意味でしょうか?」
「ええ」
「それはそれで嫌です……」
がっくりとうなだれるルーラー。カレン自身は本当に申し訳なさそうな態度で言っている辺り質が悪い。
あの程度の罵倒は彼女の中ではデフォルトのようだ。
このままの調子で続けると泥沼に嵌まりそうなので、ルーラーは話を戻すことにした。
「ともかく! あの周辺に陣取っているのは大魔王バーン、ニンジャスレイヤー、クーフーリンの三名です。
大魔王バーンは魔物作成のスキルがありますし、ニンジャスレイヤーは邪悪存在であるナラク・ニンジャの魂を宝具として宿しています。
クーフーリンは清純な英霊ですが、無辜の怪物スキルを持つエリザベート・バートリーと同行しているようでした。
もしカレンさんがあの地域について調べた場合……その、反応する事で何かが分かるでしょうか?」
「気遣っているのなら、お構いなく。それが私の役目です」
あんな会話をしても未だに心配そうな様子を見せるルーラーだが、カレンは何でもない事のように澄まし顔だ。
実際、彼女にとっては何でもない事なのだろう。役目である以上、彼女にとってはただの『労働』である。
ごく自然に流し、ごく自然に自分を連れて行った場合についての説明を続けていく。
「それにサーヴァント自身にせよ彼らのやっている事にせよ、私の体が反応するとは限りません。
私の体質は霊媒――周囲に漂う霊質を感知して実体化させるもの。逆に言えば、霊媒で無ければ実体化させられない。
聞く限りアサシンはそれこそ魔が憑いているようなものだし、反応すると思うけれど……
キャスターの作る魔物については、どんな物を作っているか次第でしょうね。
霊ならなんでも反応するというのであれば、そもそも今ここで貴女に反応しています」
「……成程。対サーヴァントや対マスターという点ではバラつきが大きいんですね」
「ええ。私が活躍できるのはむしろ、NPCの心に宿った魔を探ることかしら」
ふむ、とルーラーは考えこむ。
NPCを探る、というのは糸口になるかもしれない……そんな閃きが浮かんだ。
NPCが絡む違反行為ならNPCのエラーを見つければそこから解明できるかもしれない、とルーラーの思考はその閃きについて理屈付ける。
実際、理由こそ違うがNPCが怪しいというのは正しい着眼点だ。
なにせバーンが陣取っているマンションの住人は今、まさしく魔が化けた存在とすり替えられているのだから。
次は新都のケーキ屋で起こった騒ぎについて、知らないか聞いてみよう……
そう思ったルーラーは口を開き。
「アイ、マーボードーフおまたせアルー!」
目の前に現れたちびっ子店長が、ごとんごとんと第二第三の麻婆豆腐を置く様に目を剥いた。
「あら、御代わりが来ました」
「………………」
やはり澄ました顔でレンゲを取るカレン。
この様子を見る限り、初めから御代わりを頼み込んでいたのは明白だ。
ルーラーがなんとも言えない顔で見つめている事に気付いたカレン曰く。
「――――食べるのですか?」
「――――食べません。
というか、通達は大丈夫なんですか!?」
ルーラーは全力で拒否しつつ今後の予定について指摘した。
霊体化して動けるルーラーと違って、カレンはあまりグズグズしていると十二時までに教会へ辿り着けない。
それでもカレンは動じない。
「通達はそれほど手間が掛からないもの。
最悪、私達が教会にいなくても問題無かったはずです」
「だからって、一度目から手を抜くというつもりというのはどうなんでしょう……」
「いざとなればリターンクリスタルを使います。大丈夫でしょう」
「…………」
相変わらずの澄まし顔で言うカレンに、いい加減ルーラーは頭が痛くなってきた。
確かに教会に何かあった時のため、管理者には専用のリターンクリスタルが特別に支給されてはいる。
しかし、今はどう考えてもいざという時ではない。職権濫用である。
「――――はむっ、はふっ」
そしてルーラーが黙り込んだ隙にレンゲが動き始める。
止まったら死ぬと言わんばかりの様子で手と口を動かす様子はまるで稲光に照らされたマグロのごとし。
美味しそうにでもなければ不味そうにでもなくただ食べる。
そんな表現が相応しい様子に、ルーラーはこの麻婆豆腐に対して逆に興味が湧いてきて。
「食べて――――くれるのですか?」
「……むっ」
それを見て取ったカレンが、皿を見下ろしたまま上目遣いで問う。
興味が湧いていても、食べるとなるとやはり怖い。なにせ赤い。そして黒い。記憶にある最期の炎すら汚染されそうな威圧感を感じる。
ためらいがちに指をくるくると回すルーラーに対して、カレンは笑顔で告げた。
「ちょうどいい辛さですが。
それに、早く食べ終わればそれだけ早く教会に帰れます。リターンクリスタルを使わずに済むかもしれませんね」
「……むぅ……」
その笑顔は好意に満ちていた。
ルーラーの指が少しずつ前進する。同じ所を回っていたはずの指が、回転する起点を変えていく。
カレンが二皿目の麻婆豆腐を半分ほど食べ終わると同時に、ルーラーの手はもう一つのレンゲを掴んでいた。
そのまま三皿目の麻婆豆腐を見つめつつ、唾をごくりと飲み込む。唾が出てきた理由が食欲に拠るものかどうかは疑問だ。
それでも義務感と、好奇心に後押しされ。
「――――もぐ」
ルーラーはそのマーボーを口に入れた。
だが彼女は知らなかった。
カレンの味覚は半ば破壊されており、激辛か激甘しか感じ取れない身だということを。
カレンにとって、好意は悪意と同じだということを。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!??????????????」
その日。
ルーラーの口内は、紅蓮の炎に焼かれた。
【C-3北東端/マウント深山商店街/1日目 午前】
【ルーラー(ジャンヌ・ダルク)@Fate/Apocrypha】
[状態]:衝撃のマーボー
[装備]:旗
[道具]:?
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の恙ない進行。
1.啓示で探知した地域の調査。ただ、新都の騒ぎについても気になる。
2.???
[備考]
カレンと同様にリターンクリスタルを持っているかは不明。
Apocryphaと違い誰かの身体に憑依しているわけではないため、霊体化などに関する制約はありません。
【カレン・オルテンシア@Fate/hollow ataraxia】
[状態]:健康
[装備]:聖骸布
[道具]:リターンクリスタル(無駄遣いしても問題ない程度の個数、もしくは使用回数)
?
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の恙ない進行時々趣味
1.???
[備考]
聖杯が望むのは偽りの聖杯戦争、繰り返す四日間ではないようです。
そのため、時間遡行に関する能力には制限がかかり、万一に備えてその状況を解決しうるカレンが監督役に選ばれたようです。
他に理由があるのかは不明。
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|050:[[主よ、我らを憐れみ給うな]]|[[カレン・オルテンシア]]|078-a:[[aeriality]]|
|046:[[何万光年先のDream land]]|ルーラー([[ジャンヌ・ダルク]])|078-a:[[aeriality]]|