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「首藤涼&アサシン」(2014/07/06 (日) 04:14:14) の最新版変更点
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どこにでもあるような極普通の教室は、どこにでもいるような極普通の生徒たちの声に満ちていた。
昨日見たテレビに出演していた男性アイドルが格好良かっただとか、今週末までに提出しなければならない課題が終わりそうにないだとか。
周りの人間にしてみれば他愛のない、しかし本人たちにとっては何よりも重要な悲喜こもごもが、教室のあちらこちらから聞こえてくる。
この瞬間、確かに彼らは共有していた。口にするのも小っ恥ずかしい――皆が言うところの、青春という時間を。
だが――その中に、周囲の姦しさから切り離され、一人異彩を放つ少女の姿があった。
色素の薄い髪色が見る者の目を引くその少女は、詰将棋の問題が載った雑誌をただ眺めているだけだというのに、他の生徒たちとは一線を画すほどの存在感を持っている。
白髪の間から覗かせる怜悧な瞳の中には知性の光が満ちており、佇まい一つ取っても高貴な出自を連想させる、その少女の名は、首藤涼という。
黙々と詰めまでの手順を模索する涼の耳朶を打ったのは、彼女から少しばかり離れたところで笑い合っていた少女たちの会話だった。
教室に溢れている無数の会話の中から、それが涼の耳に届いたのは何故だったのか――
ともすれば教室の喧騒に紛れて消えてしまいそうな、少しトーンを落とした声は、こう言った。
「……そういえば、『死神』の噂って知ってる?」
――ん? と、涼は談笑を続けるクラスメイトたちへと顔を向けた。
しかし、涼の視線が自分たちに向けられていることに気づいた途端、級友の少女たちはバツが悪そうに更に声を小さくする。
(……そう怖がらずともよかろうにのう。いくらワシといえども、あからさまにそんな態度を取られると傷つくというに)
ふぅ、と小さな息をついたが、涼の中には既に諦めに似た感情もあった。
その諦めは苦笑となって涼の表情に現れる。
クラスメイトといっても、彼女たちと涼の関係は、そう深いものではない。
涼はつい先日、このクラスに転入してきたばかりの身だからだ。
些かばかり浮世離れした涼の物腰が年頃の女子学生たちには奇異なものに見えたのか、未だに親しくなった人物もいない。
……いや、一人だけ、友人とまではいかないが、友好的な関係を築けている人物がいたことを思い出す。
教室の異分子として周囲から完全に浮いてしまった涼に対して、今でも朝と夕の挨拶だけは欠かさない隣の席の少女がそれだ。
部活動もやっていないようなのに、小柄な身体に似つかわしくない大きなスポーツバッグをいつも肩にかけている姿が印象的だった。
といっても、たとえ友人の一人すら出来なかったとしても涼は大して気にはしなかっただろう。
なんせ、涼がこの学校に転入してきたのは、とある目的を果たすためなのだから。
その目的とは――――
………………?
「う、ううう――?」
首藤涼は、背中に冷たいものが走るのを感じていた。
思い出せないのだ。自分がどうしてこの学校へとやってきたのか。
こんなところで学生の真似事をしているのは、いったい何のためだったのか。
重く冷たい扉が、その記憶に繋がるはずの道を塞いでしまっている。
直感した。この記憶の欠落を埋め直すためには、固く閉ざされた記憶の扉を開く鍵が必要なのだと。
(鍵は――どこにある――――?)
胸の内の不安が外に溢れ出ようとするのを感じながら、それでもそれをおくびにも出さず、涼は思案する。
そもそも、涼は今の今まで一度も自分の目的と行動について疑問を持つことがなかった。
それについて考えようとすることさえなく、流されるように学生の真似事をして、無為な時間を過ごしてきたわけだ。
今はそのことに気付いた分だけ、鍵に一歩近づいていると言えるだろう。
思い出さなければならない。その一歩のきっかけが、いったい何だったのかを。
必死に思考を巡らす涼の耳に、またも級友の声が聞こえてくる。
話を進めるうちに興が乗ってきたのか、先ほど落としたはずの声量が、再び上がってきていた。
会話の全容までは聞こえない。だが、言葉の端々に登場する不穏なその単語が、涼の中の何かに、触れた。
「それで、その『死神』がね――」
死神――その単語を聞いた瞬間、涼の心臓がどくんと大きく鼓動した。
逸る気持ちを抑えながら、涼は死神の噂をする少女たちのところへと歩を進める。
涼の接近に気付いた少女たちは、あからさまに身を固くした。
「な、何か用ですか……?」
「そう縮こまらずともよい。ワシはただ、今話していた噂とやらを聞きたいだけじゃ」
少女たちは顔を見合わせ、涼に秘密の噂話を聞かせてもいいものか、目配せだけで相談する。
誰それが誰のことを好きだとか、そういう身近な、身内以外には絶対に聞かせたくない話の類でもない。
死神だなんて非常識もいいところの与太話ならば、別に話してしまっても問題ないだろう――そう判断した少女たちは、涼が会話の一員となることを承諾した。
曰く――死神は、実在する。
おとぎ話にあるような、ドクロが大鎌を持ったようなテンプレートな存在ではないという。
だが、年齢も性別も不明なのだ。なぜならソイツは死神だから。見たものに死を運ぶ存在だから。
ここまでならば非常に陳腐な話だ。
古来よりその手の怪談は両の手足指を全て使っても数えきれないほど伝わってきている。
先ほど感じた予感めいたものは気のせいだったのかと涼が落胆しかけたとき――だけど、と、少女は言葉を継いだ。
「その死神は、誰でも殺すっていうわけじゃないの」
「ほう? ならば、その死神はいったいどんな人間を殺すというのかのう?」
「死神が殺すのはね――『人生で、一番美しい瞬間を生きている人』なの」
その言葉を聞いた瞬間。涼の心の奥底に気泡のような何かが生まれ、たちまちのうちにそれはぼこりと浮き上がった。
浮かび上がったそれは――涼の記憶を阻害していた扉を、一瞬の内に壊してしまう。
涼が扉の向こう側へ行くまでもなく、閉じ込められていた記憶は堰を切ったように溢れだしてくる。
「……すまんの、急用を思い出した」
「え、あ……! 首藤さん、もう次の授業始まっちゃうよ」
少女たちの呼びかけも虚しく、首藤涼は振り向くことさえせずに教室を出て行った。
残された少女たちは難しい顔をしながら、
「……私たち、もしかしてなんかマズいこと言っちゃった?」
「うーん、やっぱり首藤さん難しいわー」
「……あれれ、いなくなったの、首藤さんだけじゃないみたいよ」
少女が指差したのは、首藤涼の隣の席。
ロッカー棚を見てみれば、彼女の代名詞といっても過言ではない身の丈に合わない大きなスポーツバッグ――確かメーカーはスポルディングだったか――も、なくなっている。
「うん? もしかして……二人で秘密の逢引きってやつ?」
「確かに首藤さん、すっごい美形だからねぇ……そういうの似合うかも」
きゃー! と、嬌声を上げる少女たち。
当の本人たちがいないのをいいことに、あれやこれやと耽美な空想を口にしてはきゃっきゃとはしゃいでいる。
「そういえばさ、首藤さんに大事なところ言い忘れちゃったなぁ」
「なになに?」
「いったい誰が呼び始めたのか、どうしてそうなったのかは知らないんだけど――死神にはね、名前があるの」
その死神の名前はね――
そのとき、少女の声をかき消すように校舎中にチャイムの音が響いた。
殆ど同時に教室に入ってきた教師が、授業開始の号令を指示する。
教室からいなくなった二人の少女のことを気にする者は、誰もいなくなっていた。
◇
びゅうびゅうと、心地の良い風が吹いていた。
校舎の屋上の柵にもたれかかった首藤涼は、現界した己のサーヴァント――アサシンへと言葉を放つ。
「どうやら、随分とギリギリだったようじゃのう」
もしもあと一日でも記憶を取り戻すのが遅れていれば、首藤涼の記憶は永遠に埋没したまま、NPCとして一生涯を過ごしていただろう。
ここまで遅れを見せてしまったのは、涼が聖杯に祈る願いが他のマスターのそれと比べて希薄だったことも一因であるのかもしれない。
元々、自発的に聖杯を望んだわけではなかった。たまたま手に入れた欠片が、涼のかねてからの願いに反応した、いわば巻き込まれた形での参加だからだ。
だが――その過程がどうであったとしても、マスターとして目覚めた以上は首藤涼と他のマスターの立場には何の違いもない。
「よろしくお願いするよ、マスター」
アサシンはぶかぶかの黒いマントをたなびかせ、筒のような奇妙な帽子をかぶっていた。
これから聖杯戦争という死地へ赴くというのに、男なのか女なのか分からない中性的な声音からは何の気負いも感じられない。
もっとも、気負いが感じられないのはマスターのほうも同じだった。
「随分とのんびりとしているようだけれど、マスターの願いはいったい何なのかな? やる気はあるのかい?」
アサシンは随分と奇妙な表情をしながら、涼へと質問を投げかける。
涼は、ふふと小さく笑って、
「――黒薔薇の花言葉を知っておるか?」
アサシンは沈黙をもって答えとした。
「黒薔薇の花言葉は――『彼に永遠の死を』」
「殺して欲しい人がいるのかい?」
「他力本願は極力しない主義での。殺したい相手がいるなら、誰かの手を借りずとも自分でやるとも。
こう見えて、本職は学生ではなく暗殺者じゃ」
「ひゅう、美少女暗殺者だったのか」
「うむ、美をつけてくれるあたり分かっとるのう」
アサシンの見え見えの世辞に気を良くしたのか、涼は破顔した。
だが、その表情はすぐに物憂げなものに変わる。
「ワシが求めているのはな――ワシ自身の死じゃ」
涼はそこで言葉を切ると、一拍置いてから改めてアサシンへ質問を投げかけた。
「ワシは、幾つに見える?」
アサシンは肩をすくめると、
「そうだね。十代後半……少なくとも、成人はしていない。そういう風に、君は見える。見える範囲ではね」
「その口振りでは凡その事は分かっておるようじゃの。主従の契りを結んだからか、それがおぬしの能力なのか……
何はともあれ、そこまで分かってくれているなら話は早い」
首藤涼の身体は、ハイランダー症候群という病に侵されている。
その症状は、不老と長命。年端もいかぬ少女に見える涼は、その実のところ、外見の幾倍もの年月を生きている。
永い年月は、涼に多くの別れをもたらした。誰も彼もが涼を置いて、先にいってしまった。
「もう、十分に生きた。嬉しきことはそうも増えず、悲しきことを忘れるのは難しい。
そろそろワシも、人並みの死というやつが恋しくなってきての」
ふうん……と、アサシンは納得したように頷く。
「しかし――聖杯というのは、思っていたよりも融通の効かんやつのようじゃの。
一見都合の良い組み合わせのようじゃが、決定的なところでズレておる。
のう……『人生で一番美しい瞬間に殺してくれる』という『死神』よ」
死を望む主と、死をもたらす従者。
だが――二者が噛み合うことは、ないのだ。
主が望むのは、自然の摂理のままに老い、朽ちていく死。
従者がもたらすのは、美しい瞬間を、美しいまま切り取る死。
「とはいえこの歪さも趣きというものか。こちらこそ、よろしく頼むアサシンよ」
いや――確か、このサーヴァントの名は。首藤涼に与えられていた仮初めの記憶の中で、隣席に座っていた少女の名は。
「宮下藤花、でよかったか?」
「いいや、それはぼくを指す名前としては相応しくない。ぼくは自動的に浮かび上がってきた存在であって、宮下藤花ではないからね。
ぼくのことは――」
◇
その死神の名前はね――
◇
「ブギーポップ(不気味な泡)と呼んでくれ」
◇
――宮下藤花が意識を取り戻したとき、彼女は自分がどうしてこんなシチュエーションに陥っているのか全く理解が及ばなかった。
ここはどうやら屋上らしい。愛用しているスポルディングのバッグを何故か持って、屋上に立っている。
ここまではまだ理解の範疇だ。だが、目の前には――
「首藤さん?」
つい先日やってきたばかりの、転校生がいた。
藤花が目をぱちくりさせて驚いているのがそんなに面白いのか、腹を抱えて笑っている。
「も、もう! そんなに笑わなくたって――」
(……あ、あれ。そういえば……首藤さんがこんなに笑ってるの……初めて見る気がする)
首藤涼には、どこか近寄りがたい雰囲気を感じていた。
だけど、こうやって笑っている彼女は、とても親しみやすい存在のように感じられる。
「あの……首藤さん、どうして私たち、こんなところにいるんですか?」
まだ笑い続ける涼は、目尻に浮かんできた涙を拭いながら藤花の質問に答える。
「ああ、ワシが呼んだからじゃの。ちょいと、頼みがあってな」
「えっ、私にですか?」
自慢ではないが、宮下藤花には自分はあまり出来のいい人間ではないという自負があった。
勉強も運動も人並み程度で、取り立てて特筆すべき特技や技能があるわけでもない。
そんな自分が、見るからに完全無欠の美少女然としている首藤涼に何かを頼まれるだなんてことが、あるのだろうか。
「うむ。用件の半分はもう終わったようなものだがのう」
「え……すいません。なんだか私、ぼーっとしてたみたいで頼みごとっていうのが何だったのか……」
「もう伝わるべきところに伝わったようだから気にせぬともよい。
だが、そうじゃのう。せっかくだから宮下にも一つ、頼みをしておこうか」
いつの間にこんな時間になっていたのだろうか。
太陽は随分と低い位置に動いてしまっていて、その光は茜色に変わっていた。
夕日に照らされながら学校の屋上に佇む首藤涼という絵面は、まるで一枚の絵画のように美しくて――
「――ワシと、友達になってほしい」
差し出された右手を握り返す以外の選択肢は、そのときの宮下藤花には浮かんでこなかった。
【クラス】
アサシン
【真名】
ブギーポップ(宮下藤花)@ブギーポップシリーズ
【パラメーター】
筋力C 耐久D 敏捷B 魔力B 幸運C 宝具B
【属性】
混沌・善
【保有スキル】
気配遮断:A
アサシンではなく宮下藤花として行動することで、サーヴァントとしての気配を完全に隠蔽することが出来る。
しかし宮下藤花はNPCと同等の能力しか持たないため、戦闘に有用なスキルとはならない。
対魔力:C
精神汚染系の魔術に対する強い耐性を持つ。反面、物理的耐性はダメージを僅かに軽減するに留まる。
世界の敵の敵:B
世界の持つ可能性を閉ざす危険を持つ存在、世界の敵であるかどうかを判別する。
能力の強大さと意志の方向性の二つが世界の敵であるかどうかの判定基準であり、後述する宝具の使用条件に関わってくる。
【宝具】
『自動的に浮かび上がる不気味な泡(ニュルンベルクのマイスタージンガー)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:0 最大補足:1
世界の危機に関わる異変を察知したとき、ニュルンベルクのマイスタージンガーを口笛で吹きながら不気味な泡は浮かび上がる。
前述のスキル判定によって世界の敵と見做された存在を相手にするとき、アサシンの全パラメーターは一段階上昇する。
世界の敵を葬ってきた死神としての伝承が宝具となったものである。
【weapon】
『鋼線』
鋼鉄製のワイヤーである。特別な謂れはないが、死神の振るう鎌のごとく多くの世界の敵を屠ってきた。
『スポルディングのバッグ』
スポルディング社製のスポーツバッグ。黒いマントや筒状の帽子といったブギーポップの衣装は、普段この中に入っている。
【人物背景】
宮下藤花はごくごく一般的な女子高生である。素直で明るく、友達にも恵まれ、上級生の彼氏もいる。
だが、世界の危機に関わる異変が起きたとき、宮下藤花の中からブギーポップ――つまり彼女の別人格が浮かび上がる。
ブギーポップとしての彼女は強力な戦闘能力を有し、人間の限界を大きく超えた身体能力を有する存在や戦闘用に改造された合成人間だったとしても圧倒することが可能。
また、女子高生の間でだけ噂されている都市伝説『その人が一番美しいときに、それ以上醜くなる前に殺す死神』の正体でもある。
宮下藤花は自分がブギーポップになっている間の記憶を持っておらず、欠落した部分の記憶は藤花の中では整合性の取れた記憶として改変されている。
そのため、藤花自身は自分がブギーポップであるということを知らない。
【サーヴァントとしての願い】
自動的な存在であるため聖杯に対して能動的な望みを持たない。
強いていえば聖杯という強大な力を得ることによって世界の敵となる可能性を持つ存在を抹消することが願いといえるだろう。
【基本戦術、方針、運用法】
戦闘においては正面からの武力行使よりも相手の心理の弱点をつくことが多い。
世界の敵に対して容赦はしないが、能力、あるいは意志の変化によって世界の敵足り得なくなった場合、命までは取らないこともある。
【マスター】
首藤涼@悪魔のリドル(アニメ)
【参加方法】
詳細は不明。強く願ったわけではなく、半ば巻き込まれる形での参加。
【マスターとしての願い】
普通に年を取って死ぬこと。
【weapon】
特になし。原作において爆弾付き首輪を武器として使ったことがあったが、涼自身に製作技術があるかは不明。
【能力・技能】
不老・長命(ハイランダー症候群に起因するもの)
暗殺者であるが、詳しい手口や能力は(少なくともアニメ放送では)不明。
【人物背景】
白髪が特徴的な少女。達観した性格や特徴的な口調(一人称がワシ、語尾にじゃをつけるなど)が目立ち、精神年齢は相当高い様子。
彼女はハイランダー症候群という不老・長命の病にかかっており、実際はかなりの高齢(少なくとも100歳以上)。
原作では暗殺の報酬として「普通に年を取って死ぬこと」を希望しており、自らの不老・長命を好ましく思っていないようだ。
しかし確実に暗殺を成功させることが出来る場面で敢えてゲームを仕掛けたりと、自らの願いに強い執着はないようである。
(希望を叶える方法が「全世界の高名な医師に研究を進めてもらい治療法を見つける」という不確実な方法だったために本気にならなかったという説もあるが、あくまで考察の一つ。)
過去に一つ年下の大切な男性がいたが、いつまでも年を取らない涼と段々と老いていく男性は最終的に離れてしまうことになる。
別れから数十年経った今でもその男性の誕生日を重要なパスワードとして設定したり、未練は完全に断ち切れていないようだ。
【方針】
強い願いではないため、積極的に優勝を狙うかは不明。
*首藤涼&アサシン ◆BATn1hMhn2
どこにでもあるような極普通の教室は、どこにでもいるような極普通の生徒たちの声に満ちていた。
昨日見たテレビに出演していた男性アイドルが格好良かっただとか、今週末までに提出しなければならない課題が終わりそうにないだとか。
周りの人間にしてみれば他愛のない、しかし本人たちにとっては何よりも重要な悲喜こもごもが、教室のあちらこちらから聞こえてくる。
この瞬間、確かに彼らは共有していた。口にするのも小っ恥ずかしい――皆が言うところの、青春という時間を。
だが――その中に、周囲の姦しさから切り離され、一人異彩を放つ少女の姿があった。
色素の薄い髪色が見る者の目を引くその少女は、詰将棋の問題が載った雑誌をただ眺めているだけだというのに、他の生徒たちとは一線を画すほどの存在感を持っている。
白髪の間から覗かせる怜悧な瞳の中には知性の光が満ちており、佇まい一つ取っても高貴な出自を連想させる、その少女の名は、首藤涼という。
黙々と詰めまでの手順を模索する涼の耳朶を打ったのは、彼女から少しばかり離れたところで笑い合っていた少女たちの会話だった。
教室に溢れている無数の会話の中から、それが涼の耳に届いたのは何故だったのか――
ともすれば教室の喧騒に紛れて消えてしまいそうな、少しトーンを落とした声は、こう言った。
「……そういえば、『死神』の噂って知ってる?」
――ん? と、涼は談笑を続けるクラスメイトたちへと顔を向けた。
しかし、涼の視線が自分たちに向けられていることに気づいた途端、級友の少女たちはバツが悪そうに更に声を小さくする。
(……そう怖がらずともよかろうにのう。いくらワシといえども、あからさまにそんな態度を取られると傷つくというに)
ふぅ、と小さな息をついたが、涼の中には既に諦めに似た感情もあった。
その諦めは苦笑となって涼の表情に現れる。
クラスメイトといっても、彼女たちと涼の関係は、そう深いものではない。
涼はつい先日、このクラスに転入してきたばかりの身だからだ。
些かばかり浮世離れした涼の物腰が年頃の女子学生たちには奇異なものに見えたのか、未だに親しくなった人物もいない。
……いや、一人だけ、友人とまではいかないが、友好的な関係を築けている人物がいたことを思い出す。
教室の異分子として周囲から完全に浮いてしまった涼に対して、今でも朝と夕の挨拶だけは欠かさない隣の席の少女がそれだ。
部活動もやっていないようなのに、小柄な身体に似つかわしくない大きなスポーツバッグをいつも肩にかけている姿が印象的だった。
といっても、たとえ友人の一人すら出来なかったとしても涼は大して気にはしなかっただろう。
なんせ、涼がこの学校に転入してきたのは、とある目的を果たすためなのだから。
その目的とは――――
………………?
「う、ううう――?」
首藤涼は、背中に冷たいものが走るのを感じていた。
思い出せないのだ。自分がどうしてこの学校へとやってきたのか。
こんなところで学生の真似事をしているのは、いったい何のためだったのか。
重く冷たい扉が、その記憶に繋がるはずの道を塞いでしまっている。
直感した。この記憶の欠落を埋め直すためには、固く閉ざされた記憶の扉を開く鍵が必要なのだと。
(鍵は――どこにある――――?)
胸の内の不安が外に溢れ出ようとするのを感じながら、それでもそれをおくびにも出さず、涼は思案する。
そもそも、涼は今の今まで一度も自分の目的と行動について疑問を持つことがなかった。
それについて考えようとすることさえなく、流されるように学生の真似事をして、無為な時間を過ごしてきたわけだ。
今はそのことに気付いた分だけ、鍵に一歩近づいていると言えるだろう。
思い出さなければならない。その一歩のきっかけが、いったい何だったのかを。
必死に思考を巡らす涼の耳に、またも級友の声が聞こえてくる。
話を進めるうちに興が乗ってきたのか、先ほど落としたはずの声量が、再び上がってきていた。
会話の全容までは聞こえない。だが、言葉の端々に登場する不穏なその単語が、涼の中の何かに、触れた。
「それで、その『死神』がね――」
死神――その単語を聞いた瞬間、涼の心臓がどくんと大きく鼓動した。
逸る気持ちを抑えながら、涼は死神の噂をする少女たちのところへと歩を進める。
涼の接近に気付いた少女たちは、あからさまに身を固くした。
「な、何か用ですか……?」
「そう縮こまらずともよい。ワシはただ、今話していた噂とやらを聞きたいだけじゃ」
少女たちは顔を見合わせ、涼に秘密の噂話を聞かせてもいいものか、目配せだけで相談する。
誰それが誰のことを好きだとか、そういう身近な、身内以外には絶対に聞かせたくない話の類でもない。
死神だなんて非常識もいいところの与太話ならば、別に話してしまっても問題ないだろう――そう判断した少女たちは、涼が会話の一員となることを承諾した。
曰く――死神は、実在する。
おとぎ話にあるような、ドクロが大鎌を持ったようなテンプレートな存在ではないという。
だが、年齢も性別も不明なのだ。なぜならソイツは死神だから。見たものに死を運ぶ存在だから。
ここまでならば非常に陳腐な話だ。
古来よりその手の怪談は両の手足指を全て使っても数えきれないほど伝わってきている。
先ほど感じた予感めいたものは気のせいだったのかと涼が落胆しかけたとき――だけど、と、少女は言葉を継いだ。
「その死神は、誰でも殺すっていうわけじゃないの」
「ほう? ならば、その死神はいったいどんな人間を殺すというのかのう?」
「死神が殺すのはね――『人生で、一番美しい瞬間を生きている人』なの」
その言葉を聞いた瞬間。涼の心の奥底に気泡のような何かが生まれ、たちまちのうちにそれはぼこりと浮き上がった。
浮かび上がったそれは――涼の記憶を阻害していた扉を、一瞬の内に壊してしまう。
涼が扉の向こう側へ行くまでもなく、閉じ込められていた記憶は堰を切ったように溢れだしてくる。
「……すまんの、急用を思い出した」
「え、あ……! 首藤さん、もう次の授業始まっちゃうよ」
少女たちの呼びかけも虚しく、首藤涼は振り向くことさえせずに教室を出て行った。
残された少女たちは難しい顔をしながら、
「……私たち、もしかしてなんかマズいこと言っちゃった?」
「うーん、やっぱり首藤さん難しいわー」
「……あれれ、いなくなったの、首藤さんだけじゃないみたいよ」
少女が指差したのは、首藤涼の隣の席。
ロッカー棚を見てみれば、彼女の代名詞といっても過言ではない身の丈に合わない大きなスポーツバッグ――確かメーカーはスポルディングだったか――も、なくなっている。
「うん? もしかして……二人で秘密の逢引きってやつ?」
「確かに首藤さん、すっごい美形だからねぇ……そういうの似合うかも」
きゃー! と、嬌声を上げる少女たち。
当の本人たちがいないのをいいことに、あれやこれやと耽美な空想を口にしてはきゃっきゃとはしゃいでいる。
「そういえばさ、首藤さんに大事なところ言い忘れちゃったなぁ」
「なになに?」
「いったい誰が呼び始めたのか、どうしてそうなったのかは知らないんだけど――死神にはね、名前があるの」
その死神の名前はね――
そのとき、少女の声をかき消すように校舎中にチャイムの音が響いた。
殆ど同時に教室に入ってきた教師が、授業開始の号令を指示する。
教室からいなくなった二人の少女のことを気にする者は、誰もいなくなっていた。
◇
びゅうびゅうと、心地の良い風が吹いていた。
校舎の屋上の柵にもたれかかった首藤涼は、現界した己のサーヴァント――アサシンへと言葉を放つ。
「どうやら、随分とギリギリだったようじゃのう」
もしもあと一日でも記憶を取り戻すのが遅れていれば、首藤涼の記憶は永遠に埋没したまま、NPCとして一生涯を過ごしていただろう。
ここまで遅れを見せてしまったのは、涼が聖杯に祈る願いが他のマスターのそれと比べて希薄だったことも一因であるのかもしれない。
元々、自発的に聖杯を望んだわけではなかった。たまたま手に入れた欠片が、涼のかねてからの願いに反応した、いわば巻き込まれた形での参加だからだ。
だが――その過程がどうであったとしても、マスターとして目覚めた以上は首藤涼と他のマスターの立場には何の違いもない。
「よろしくお願いするよ、マスター」
アサシンはぶかぶかの黒いマントをたなびかせ、筒のような奇妙な帽子をかぶっていた。
これから聖杯戦争という死地へ赴くというのに、男なのか女なのか分からない中性的な声音からは何の気負いも感じられない。
もっとも、気負いが感じられないのはマスターのほうも同じだった。
「随分とのんびりとしているようだけれど、マスターの願いはいったい何なのかな? やる気はあるのかい?」
アサシンは随分と奇妙な表情をしながら、涼へと質問を投げかける。
涼は、ふふと小さく笑って、
「――黒薔薇の花言葉を知っておるか?」
アサシンは沈黙をもって答えとした。
「黒薔薇の花言葉は――『彼に永遠の死を』」
「殺して欲しい人がいるのかい?」
「他力本願は極力しない主義での。殺したい相手がいるなら、誰かの手を借りずとも自分でやるとも。
こう見えて、本職は学生ではなく暗殺者じゃ」
「ひゅう、美少女暗殺者だったのか」
「うむ、美をつけてくれるあたり分かっとるのう」
アサシンの見え見えの世辞に気を良くしたのか、涼は破顔した。
だが、その表情はすぐに物憂げなものに変わる。
「ワシが求めているのはな――ワシ自身の死じゃ」
涼はそこで言葉を切ると、一拍置いてから改めてアサシンへ質問を投げかけた。
「ワシは、幾つに見える?」
アサシンは肩をすくめると、
「そうだね。十代後半……少なくとも、成人はしていない。そういう風に、君は見える。見える範囲ではね」
「その口振りでは凡その事は分かっておるようじゃの。主従の契りを結んだからか、それがおぬしの能力なのか……
何はともあれ、そこまで分かってくれているなら話は早い」
首藤涼の身体は、ハイランダー症候群という病に侵されている。
その症状は、不老と長命。年端もいかぬ少女に見える涼は、その実のところ、外見の幾倍もの年月を生きている。
永い年月は、涼に多くの別れをもたらした。誰も彼もが涼を置いて、先にいってしまった。
「もう、十分に生きた。嬉しきことはそうも増えず、悲しきことを忘れるのは難しい。
そろそろワシも、人並みの死というやつが恋しくなってきての」
ふうん……と、アサシンは納得したように頷く。
「しかし――聖杯というのは、思っていたよりも融通の効かんやつのようじゃの。
一見都合の良い組み合わせのようじゃが、決定的なところでズレておる。
のう……『人生で一番美しい瞬間に殺してくれる』という『死神』よ」
死を望む主と、死をもたらす従者。
だが――二者が噛み合うことは、ないのだ。
主が望むのは、自然の摂理のままに老い、朽ちていく死。
従者がもたらすのは、美しい瞬間を、美しいまま切り取る死。
「とはいえこの歪さも趣きというものか。こちらこそ、よろしく頼むアサシンよ」
いや――確か、このサーヴァントの名は。首藤涼に与えられていた仮初めの記憶の中で、隣席に座っていた少女の名は。
「宮下藤花、でよかったか?」
「いいや、それはぼくを指す名前としては相応しくない。ぼくは自動的に浮かび上がってきた存在であって、宮下藤花ではないからね。
ぼくのことは――」
◇
その死神の名前はね――
◇
「ブギーポップ(不気味な泡)と呼んでくれ」
◇
――宮下藤花が意識を取り戻したとき、彼女は自分がどうしてこんなシチュエーションに陥っているのか全く理解が及ばなかった。
ここはどうやら屋上らしい。愛用しているスポルディングのバッグを何故か持って、屋上に立っている。
ここまではまだ理解の範疇だ。だが、目の前には――
「首藤さん?」
つい先日やってきたばかりの、転校生がいた。
藤花が目をぱちくりさせて驚いているのがそんなに面白いのか、腹を抱えて笑っている。
「も、もう! そんなに笑わなくたって――」
(……あ、あれ。そういえば……首藤さんがこんなに笑ってるの……初めて見る気がする)
首藤涼には、どこか近寄りがたい雰囲気を感じていた。
だけど、こうやって笑っている彼女は、とても親しみやすい存在のように感じられる。
「あの……首藤さん、どうして私たち、こんなところにいるんですか?」
まだ笑い続ける涼は、目尻に浮かんできた涙を拭いながら藤花の質問に答える。
「ああ、ワシが呼んだからじゃの。ちょいと、頼みがあってな」
「えっ、私にですか?」
自慢ではないが、宮下藤花には自分はあまり出来のいい人間ではないという自負があった。
勉強も運動も人並み程度で、取り立てて特筆すべき特技や技能があるわけでもない。
そんな自分が、見るからに完全無欠の美少女然としている首藤涼に何かを頼まれるだなんてことが、あるのだろうか。
「うむ。用件の半分はもう終わったようなものだがのう」
「え……すいません。なんだか私、ぼーっとしてたみたいで頼みごとっていうのが何だったのか……」
「もう伝わるべきところに伝わったようだから気にせぬともよい。
だが、そうじゃのう。せっかくだから宮下にも一つ、頼みをしておこうか」
いつの間にこんな時間になっていたのだろうか。
太陽は随分と低い位置に動いてしまっていて、その光は茜色に変わっていた。
夕日に照らされながら学校の屋上に佇む首藤涼という絵面は、まるで一枚の絵画のように美しくて――
「――ワシと、友達になってほしい」
差し出された右手を握り返す以外の選択肢は、そのときの宮下藤花には浮かんでこなかった。
【クラス】
アサシン
【真名】
ブギーポップ(宮下藤花)@ブギーポップシリーズ
【パラメーター】
筋力C 耐久D 敏捷B 魔力B 幸運C 宝具B
【属性】
混沌・善
【保有スキル】
気配遮断:A
アサシンではなく宮下藤花として行動することで、サーヴァントとしての気配を完全に隠蔽することが出来る。
しかし宮下藤花はNPCと同等の能力しか持たないため、戦闘に有用なスキルとはならない。
対魔力:C
精神汚染系の魔術に対する強い耐性を持つ。反面、物理的耐性はダメージを僅かに軽減するに留まる。
世界の敵の敵:B
世界の持つ可能性を閉ざす危険を持つ存在、世界の敵であるかどうかを判別する。
能力の強大さと意志の方向性の二つが世界の敵であるかどうかの判定基準であり、後述する宝具の使用条件に関わってくる。
【宝具】
『自動的に浮かび上がる不気味な泡(ニュルンベルクのマイスタージンガー)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:0 最大補足:1
世界の危機に関わる異変を察知したとき、ニュルンベルクのマイスタージンガーを口笛で吹きながら不気味な泡は浮かび上がる。
前述のスキル判定によって世界の敵と見做された存在を相手にするとき、アサシンの全パラメーターは一段階上昇する。
世界の敵を葬ってきた死神としての伝承が宝具となったものである。
【weapon】
『鋼線』
鋼鉄製のワイヤーである。特別な謂れはないが、死神の振るう鎌のごとく多くの世界の敵を屠ってきた。
『スポルディングのバッグ』
スポルディング社製のスポーツバッグ。黒いマントや筒状の帽子といったブギーポップの衣装は、普段この中に入っている。
【人物背景】
宮下藤花はごくごく一般的な女子高生である。素直で明るく、友達にも恵まれ、上級生の彼氏もいる。
だが、世界の危機に関わる異変が起きたとき、宮下藤花の中からブギーポップ――つまり彼女の別人格が浮かび上がる。
ブギーポップとしての彼女は強力な戦闘能力を有し、人間の限界を大きく超えた身体能力を有する存在や戦闘用に改造された合成人間だったとしても圧倒することが可能。
また、女子高生の間でだけ噂されている都市伝説『その人が一番美しいときに、それ以上醜くなる前に殺す死神』の正体でもある。
宮下藤花は自分がブギーポップになっている間の記憶を持っておらず、欠落した部分の記憶は藤花の中では整合性の取れた記憶として改変されている。
そのため、藤花自身は自分がブギーポップであるということを知らない。
【サーヴァントとしての願い】
自動的な存在であるため聖杯に対して能動的な望みを持たない。
強いていえば聖杯という強大な力を得ることによって世界の敵となる可能性を持つ存在を抹消することが願いといえるだろう。
【基本戦術、方針、運用法】
戦闘においては正面からの武力行使よりも相手の心理の弱点をつくことが多い。
世界の敵に対して容赦はしないが、能力、あるいは意志の変化によって世界の敵足り得なくなった場合、命までは取らないこともある。
【マスター】
首藤涼@悪魔のリドル(アニメ)
【参加方法】
詳細は不明。強く願ったわけではなく、半ば巻き込まれる形での参加。
【マスターとしての願い】
普通に年を取って死ぬこと。
【weapon】
特になし。原作において爆弾付き首輪を武器として使ったことがあったが、涼自身に製作技術があるかは不明。
【能力・技能】
不老・長命(ハイランダー症候群に起因するもの)
暗殺者であるが、詳しい手口や能力は(少なくともアニメ放送では)不明。
【人物背景】
白髪が特徴的な少女。達観した性格や特徴的な口調(一人称がワシ、語尾にじゃをつけるなど)が目立ち、精神年齢は相当高い様子。
彼女はハイランダー症候群という不老・長命の病にかかっており、実際はかなりの高齢(少なくとも100歳以上)。
原作では暗殺の報酬として「普通に年を取って死ぬこと」を希望しており、自らの不老・長命を好ましく思っていないようだ。
しかし確実に暗殺を成功させることが出来る場面で敢えてゲームを仕掛けたりと、自らの願いに強い執着はないようである。
(希望を叶える方法が「全世界の高名な医師に研究を進めてもらい治療法を見つける」という不確実な方法だったために本気にならなかったという説もあるが、あくまで考察の一つ。)
過去に一つ年下の大切な男性がいたが、いつまでも年を取らない涼と段々と老いていく男性は最終的に離れてしまうことになる。
別れから数十年経った今でもその男性の誕生日を重要なパスワードとして設定したり、未練は完全に断ち切れていないようだ。
【方針】
強い願いではないため、積極的に優勝を狙うかは不明。