狂い咲く人間の証明(前編) ◆WRYYYsmO4Y





 吸血鬼は思い出していた。自分がかつて見た夢を。

 自分が敗北する夢だった。それは過去の焼き直しであった。
 ヘルシング教授とその仲間達に、己が心臓を杭で穿たれる夢。
 人間によって化物が打倒された、遥か遠きあの日の記憶。

 彼等はただの人間にも関わらず、死の河を乗り越えてみせた。
 彼等は肉体を変化させず、力持ちという訳でも無ければ、魔法使いでもない。
 だが、それでも彼等は、アーカードという怪物を打ち倒したのだ。

 アーカードは思う。人間とはなんと強い生命なのだ、と。
 強くないのであれば、自分の様な怪物を滅ぼせる訳が無い。
 まさしく彼等こそ、化物を打倒するに相応しい存在なのだろう。
 人間である事に耐えられなかった、弱い化物を滅ぼす者達なのだろう。

 これからアーカードが出会うのも、ただの人間だった。
 人間である事に耐え続けたまま死んだ、もう一人の自分自身。
 そんな男が、自分の目の前に立ちはだかってくれるのだ。
 果たして、これ以上の幸福が何処にあるのか?

 あの廃教会が、自分の夢の終わりになるのかもしれない。
 人王に心臓を穿たれ、今度こそ消えて無くなってしまうのか。
 それもそれでいいのかもしれないと、少し思ってしまった。


 ◇◇◇


 八極拳士は考えていた。自分の相棒の心情を。

 何故だか知らないが、彼はヴラド三世との決闘を待ち望んでいた。
 それはきっと、単純に強者だからという理由ではないのだろう。
 二人の間には、何者でも引き裂けない因縁があるに違いない。

 ふと、少し前に正純が話していた事を思い出してみる。
 たしかあの少女は、聖杯と戦争するなどと話していたか。
 闘争そのものを求めるジョンスとしては、彼女に従っても構わなかった。
 むしろ、胡散臭い聖杯に頼るより、利口な判断なのかもしれない。

 だが神父は、アーカードは、その提案を突っぱねた。
 彼女の勧誘を振り払い、目の前の闘争に突っ込んでいったのだ。
 はっきり言って、愚策と蔑まれかねない選択である。
 刹那主義を愚かと言わずして、果たして何と呼ぶのか。

 だが自分としては、それでも結構だと考えていた。
 元より闘争ばかりを求める、当てもなく彷徨っていた身だ。
 その方針を続けようが、別に問題がある訳でもない。

 アーカードは馬鹿な事をしている、という自覚ならある。
 ただ、そんな彼の行動を咎める気など、微塵も起きなかった。
 そんな奴を召喚した自分もまた、立派な馬鹿の一人だからなのだから。




 神父は信じていた。不死の王と戦う、人間の王の勝利を。

 自分が召喚したのは、奇しくもヴラド三世であった。
 吸血鬼ではなく人間として座に至った、人間達にとっての英雄。
 そして彼もまた、吸血鬼を――同じ名を持つ怪物を、憎みに憎んでいた。

 運命。それを感じずにはいられなかった。
 こうして自分と彼が出会ったのは、とてもじゃないが偶然とは考え難い。
 神の教えに背いた男が言うのも難だが、それこそ天の導きと思えてならなかった。

 そして、やはりと言うべきか、あの怪物も聖杯戦争に招かれていた。
 吸血鬼(ヴァンパイア)、不死の王(ノーライフキング)、死なずの君(ノスフェラトゥ)。
 かつてドラキュラと呼ばれ、今もなお恐れられる真祖――その名は、アーカード。

 あの吸血鬼の強大さは、かつて戦った自分自身が熟知している。
 あれは万人が恐るるであろう魔人だ。並みの実力では到底敵うものか。
 人の身一つで彼に挑むなど、狐が大熊に挑みかかる様なものだ。

 地獄行きの神父は、それでも信じていた。
 主があの男に慈悲を齎してくれるのならば。
 どうか、彼に勝利と言う名の祝福があらん事を――。



 ◇◇◇


 王は猛っていた。これから訪れる、不死の王との闘争に。

 自分を吸血鬼に変えた歴史を、決して赦す事は出来ない。
 あまりにも忌まわしい、血に濡れた吸血鬼(ドラキュラ)の伝承。
 それが形を成して、自分を殺さんと迫ってきている。

 伝承だけでも憎たらしいのに、それが息をして歩くなど。
 これ以上に許し難い事実は、きっとこの世の何処を探しても見つからないだろう。
 だからこそ、あの化物だけは何としてでも滅ぼさなければならないのだ。

 アーカードの情報に関しては、アンデルセンから聞いている。
 真祖の吸血鬼にして、数百万の命を抱える不死の王。
 携えるは二丁拳銃「ジャッカル」。そして切り札の「死の河」。

 一方、こちらはただの人間。スキルも「護国の鬼将」一つのみ。
 たった独りで吸血鬼に挑むには、あまりにも心もとない。
 最悪、瞬く間に粉微塵にされる事さえありえるだろう。

 だがそれでも、諦めを踏破する意思があるのなら。
 不可能を可能とする、人間の可能性さえあるのであれば。
 掴み取れるのは、栄光で輝く勝利に他ならない。






 誰も彼も嬉々として、地獄に向かって突撃していく。


 一体誰があの中で、皆殺しの野で、あの中で生き残るというのだ。


 きっと、誰も彼も嬉々として死んでしまうに違いない。


 ――――誰彼(たそがれ)の中で。




.
















 第二次二次キャラ聖杯戦争 第161話「狂い咲く人間の証明」















 ◇◇◇


 随分と長い時間、タクシーに揺られ続けたものである。
 大学周辺から廃教会までの距離はそれなりにあるが、それにしたって相当な時間がかかったものだ。
 走り去っていくタクシーの背中を見つめながら、ジョンスは小さく溜息をついた。

 大学で起きた暴動が災いし、冬木新都は珍しく渋滞の憂い目に遭った。
 無理もない。あれだけの騒動が何の前兆もなく発生したのである。
 交通に混乱が起こらない方がおかしい、そう考えるべきだろう。

「時間かけすぎちまったな」
『何しろあれから随分経った。"私"も立腹しているだろうな』

 その立腹を楽しみにしているのは、間違いなくアーカードだ。
 彼の声色を聞けば、ジョンスにだってそれが理解できた。
 怒り狂ったヴラド三世の相手をするのが、そこまで愉しみなのだろうか。
 ひょっとしてコイツはマゾなのではないかと、疑わずにはいられない。

 タクシーを降りた場所は、廃教会へと続く道の入り口であった。
 最早誰も使うまいと見なされたのか、その場所は碌に補修もされていない。
 優雅とかけ離れたこの道の先に、アーカードの宿敵が待ち受けているのだ。

 そして、ジョンス自身もあの神父に戦いを挑むつもりであった。
 そうなると、戦場に放り込むには不相応な少女が、目下の悩みとなる。

「れんげ、お前ここで待ってろ」

 ジョンス・リーがそう言った途端、れんげの顔に愕然が表れる。
 またしても彼に置いてけぼりにされてしまうのだから、そうなるのも無理はない。
 そして子供であるれんげが、それに反発しない訳もなく、

「なんでなん?うちも神父と話したいのん」
「こっから先は俺達の事情なんだよ、お前がいたら危なっかしい」

 それに、あの神父が再びれんげと対話するとは考え難かった。
 大学周辺にて、彼女を拒絶した奴の瞳は、敵を見据える時のそれだった。
 大嫌いな吸血鬼とお友達もまた、憎むべき対象と見なしているのだ。
 所謂、"坊主憎けりゃ袈裟まで憎い"というやつなのだろう。

「なんで危ないのん?やっぱりあっちゃん神父と喧嘩するん?」

 そういう訳じゃないと言おうとするものの、言葉に詰まってしまう。
 れんげのみならず、子供というのは変な所で勘のいいきらいがある。
 このまま否定をし続けると、廃教会で何をするかバレてしまうのではなかろうか。

 さてどうしたものかとジョンスが面倒そうに考えている、その時だった。
 突如アーカードが実体化し、れんげと同じ目線になるまで屈むと、

「れんげ、私達はこれから神父達と大人の会話をする」
「お、大人……」

 大人にしか出来ない会話(ケンカ)である事に違いはない。
 子供があの場に居合わせるのは、どう考えても教育に悪いだろう。
 何より、流れ弾を受けて怪我でもされたら、この上なく目覚めが悪い。

「……でもうち、あっちゃん達と一緒にいたいん。
 あっちゃんも八極拳も、うち置いてっちゃうかもしれんし……」

 こういう時、子供というのは酷く聞き分けが悪いものだ。
 もしジョンスが家庭を持っていれば、簡単に説き伏せれただろう。
 だが生憎、彼は独り身であるが故に、知恵を使って策を練らねばならなかった。


「……お前、なんか食いたいものあるか」

 ジョンスは方舟に招かれるまで、子供の世話なんてした事がない。
 それ故に、ごねる子供のあやし方なんて、ごく単純なものしか思いつかなかった。
 好きな物を食わせてやると約束するなんて、それこそ子供騙しな方法である。

「ここで待ってたら、終わった後にそれ奢ってやる」
「ほんとですか!」

 なんで急に敬語になるんだ、とは言わないでおく。
 急に眼を輝かせたれんげは、それからちょっとばかり悩んで、

「じゃあうち、カレー食べたいん!」
「なんだそりゃ。そんなんでいいのか」
「うん!八極拳とあっちゃんと一緒に食べるん!」

 どうも、れんげは自分の好物を皆と一緒に食べる魂胆らしい。
 それはそれで悪くないだろうと、ジョンスは彼女の提案を容認する。
 本当はもう少し高価な注文をされるかと慄いていたが、カレーなら安価で済む。

「カレー食いたいならそこで良い子にしてろ、いいな?」
「分かったのん。うち、良い子にしてるん」

 これまでの不満がどこ吹く風か、れんげはぶんぶんと首を縦に振ってみせた。
 差し出した条件一つでここまで態度が変わるとは、流石は子供と言うべきか。 

 何にせよ、これでれんげを戦場に連れ込む事態は防げた。
 これで心置きなく、お互いの闘争に集中できるというものだ。

『しかし餌付けとはな。まるで犬の躾けだな』
『仕方ねえだろ、これ位しか思いつかねえんだ』

 いつの間にか霊体化していたアーカードが、茶々を入れてきた。

『それより分かってるだろうなお前。お前が死んだられんげも死ぬんだぞ』
『案ずるな。れんげは死なんさ』

 相変わらず謎の自信に満ち溢れてやがる、とジョンスは内心でごちる。
 どんな根拠があってそんな事を言えるのか知らないが、聞いても多分答えないだろう。
 いや、答えはするのだろうが、抽象的なポエムになっているせいで理解不能なのがオチだ。




 ジョンス達が廃教会に到着した頃でも、空の黒は未だ色濃くあった。
 されど、もうしばらくすれば、太陽が昇り朝がやって来るだろう。
 だがその時までは、吸血鬼が暴れ回る時間である。
 それは即ち夜。魑魅魍魎が跋扈する昏き世界だ。

「遅い。遅すぎる」

 廃教会へ続く道に、アンデルセン神父は独り立っていた。
 彼の周囲からは、サーヴァントの気配が感じられない。
 きっと"あの男"は、路の先にある廃墟で待ち構えているのだろう。
 アーカードが待ち望むあの宿敵が、今か今かと待っているのだ。

「何をしていた」
「道が混んでたんだよ、俺達のせいじゃない」

 事実をありのままに述べているが、神父の機嫌はこの上なく悪くなっている。
 これだけ遅れて来たのだから、仕方ないと言えばそうなのだが。

「あの子供はどうした」
「置いてきた」

 ジョンスの言う通り、れんげはこの場にいない。
 せっかく拾っていったというのに、雑な扱いではあると思う。
 しかし当のジョンス達は、彼女をそれほど待たせる気など無かった。
 この戦いの決着に、きっと時間はかからない――そう確信していたからだ。

「……王から伝言だ。アーカード、お前一人で来い」

 殺意たっぷりに吸血鬼を睨みながら、神父はそう言った。
 ヴラド三世は、アーカードとの二人きりの闘争を望んでいる。
 誰にも邪魔をされない、誰にも干渉されない戦いを求めたのだ。

 アーカードが実体化し、ジョンスの横に並び立つ。
 その顔に刻まれていたのは、これから始まる戦いへの期待。
 彼は悠然とした歩みでジョンスの前に出ると、

「命令しろ、マスター。"行って、勝て"と」

 その一言で、ジョンスはアーカードの意図を察した。
 要するにこの男は、自分に令呪を使わせたいのである。
 万全以上の状態で宿敵と戦う、ただそれだけの為に。

「……あのな、もう少し分かりやすく言えよ、そういうのは」

 ジョンスは未だに、吸血鬼の芝居がかった言い回しに慣れてない。
 そして多分、これからも慣れる事はないのだろう。
 だが、慣れないというのは、分からないと同意義ではない。
 ジョンスはアーカードの言葉を理解していたし、その意を汲むつもりであった。


「"本気で行け、アーチャー"」

 ジョンスは躊躇う素振りすら見せずに、令呪を使用した。
 三画存在していた内の最後の一画、それが遂に消失する。
 消えた令呪の魔力は、残らずアーカードに充填された。

「感謝するぞ、マスター」

 サーヴァントからのその言葉に、ジョンスはむず痒さを覚えた。
 思えば、こうして感謝を伝えられるのは初めてであった。
 よもやこの男に、素直に感謝の意を伝えられる事があろうとは。

「用事は済んだか、アーカード」
「ああ、お陰で本気で戦えそうだ」
「ならば早く行け。俺がお前への殺意を抑えている内にな」

 ジョンスはまだ、アーカードとアンデルセンの関係を知らない。
 一切分からなくとも、二人が恐ろしく険悪な間柄である事は推し量れた。
 きっと元の世界では、彼等は殺し殺されていたのだろう。
 顔を合わせ次第刃を交える、そんな日々を繰り返していた筈だ。

 そんな二人が矛を収め、殺し合わないという事実。
 殺し合いを打ちとめ、一つの目的に向かって邁進しているという現状。
 これから起こる戦いは、それほどまでに重大なものなのだろう。
 憎しみを堪え、最優先事項を入れ替える程に、価値のある闘争に違いない。

 アーカードは振り返る事もなく、前へと歩み始めた。
 もしかしたら、これが後生の別れになるかもしれない。
 それなのに、彼はジョンスに言葉の一つもかけずに去って行く。

 ジョンスは別段、それに対し文句を言うつもりもなかった。
 ここで声をかけるという事は、負ける可能性を万一にでも考えているという事だ。
 これから全力で戦おうとしている男に、その仕打ちはあまりに酷だろう。

 そして何より、今のジョンスには優先すべき事柄がある。
 アーカードが戦うのであれば、此処でやる事はこれ以外にあり得ない。

「それじゃ、俺達は俺達でやるとするか」

 ごく自然に、さもそれが当然であるかの様に、ジョンスは構えをとる。
 腰を低く落とし、右手は軽く前に出して、左手は引いておく。
 それは、彼が唯一使える拳法にして最強の武器。即ち八極拳である。

「ならん。ここで俺達が傷を負えば、王の戦いに傷がつく」

 構えなど取る素振りも見せずに、アンデルセンはジョンスにそう告げた。
 一瞬「は?」と言いたげな顔を見せるジョンスだったが、そこで少し考える。
 確かに、万が一ここで自分が神父を殴り飛ばせば、ヴラド三世のコンディションに影響が出るかもしれない。
 よしんばそうなれば、アーカードはきっと凄まじい剣幕で自分に食ってかかるだろう。

「後にしろ眷属。此処は王の戦場だ、俺達の出る幕はない」
「……仕方ねえな」

 構えを解き、両手をポケットに突っ込むと、ジョンスは小さく欠伸をした。
 アーカードのお楽しみが終わるまで、ひとまず此処で待機せざるを得ない、という訳だ。
 何故か眷属扱いされてるのは癪だが、今は神父の言葉を呑むとしよう。




 うち棄てられた祈りの場。滅び去りし神の御堂。
 廃教会の奥、老朽化した十字架の前にて、その男は待っていた。

「――――来たか、"余"よ」

 黒い貴族服を身に纏い、絹の様な白髭を蓄えた白髪の紳士。
 彼の名もまたヴラド三世。イングランドを護りし救国の英雄。
 そして同時に、不死の王たる吸血鬼の原型(オリジン)。

「こうして顔を会わせるのは初めてだな、"私"よ」
「そうだな、"余"よ。呪われし吸血鬼の歴史よ」

 吸血鬼(ヴラド)と人間(ヴラド)が、ここに対峙する。
 片や歓喜、片や憤怒を滲ませながら、視線を交差させる。

「この時、この瞬間をずっと待ち侘びてきた。我が呪われし宿命に決着をつける、この瞬間を」

 著しい怒気を孕ませた声で、ヴラドは嘯いた。
 一方のアーカードは、悠然とした表情を保ったままだ。

「私がそうまで憎いか」
「ああ憎いとも。余の半生を汚す貴様が、憎くない筈が無い」

 吸血鬼を忌み嫌うヴラドは、アーカードを決して認めない。
 アーカードとは即ち、吸血鬼であるヴラドそのものなのだから。
 ヴラドがヴラドである限り、彼とは永遠に平行線だ。

「座に名を刻んだその瞬間から、ずっと待ち望み続けていた。
 血で穢れきった吸血鬼伝説、それを欠片も残さず消し去るのをな」

 ヴラドが聖杯にかけた望みは、吸血鬼という汚名の抹消。
 その願いは、如何なる状況に陥ろうが僅かでも揺るぎはしない。
 「鮮血の伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)」を喪い、ただの人間になった今なら、猶更だ。

「憤怒を以て私を滅ぼすか。つくづくあの神父と似たものだ」
「そうかもしれんな。あの男の業火が、余を呼び寄せたのかもしれん」

 誰よりも化物を憎んだ男――アレクサンド・アンデルセン。
 今のヴラドは、彼が抱いた感情すらもその背中に乗せている。
 アーカードという化物への憎悪と、そんな化物を終ぞ殺せなかった無念。
 二つの炎が、ヴラドの闘志を更に奮い立たせるのである。

「神父が終ぞ果たせなかった悲願、それをも余が完遂する。それが王たる者の務めだ」

 そう、ヴラド三世はルーマニアを統べる王であった。
 その高貴さと誇りは、サーヴァントとなった今でも忘れてはいない。
 アーカードが吸血鬼の王であれば、ヴラドは人間の王なのである。

「今こそ滅び去る時だ、吸血鬼(アーカード)」
「よかろう。どうやらすぐにでも始めれそうだな」

 そう言って、アーカードは二丁拳銃――ジャッカルを構える。
 ブラドもまた、己が得物である槍を、強く握りしめた。
 決戦の幕は、今まさに切って落とされようとしている。

「さあ来るがいい吸血鬼。貴様を消し去る準備は出来ているぞ!」
「そうか、ならばいくぞ――私を存分に昂ぶらせろ、私(ヒューマン)ッ!」

 その言葉と同時に、アーカードはジャッカルの引き金を引いた。
 幾度も化物を撃ち殺した弾丸、その数発がヴラドを襲撃する。
 が、それらは皆、彼の周囲の地面から生え出た杭に阻まれた。
 ヴラドを護るかの如く、無数の杭が彼を取り囲んだのである。

「我が誇りを踏み荒す悪鬼よ!懲罰の時だ!
 慈悲と憤怒は灼熱の杭となって、貴様を刺し貫く!」

 始まって早々に、奴は宝具を解放しようとしている。
 そう判断したアーカードの肉体から、一匹の獣が出現する。
 黒犬獣(ブラックドッグ)パスカヴィル――総身に無数の眼を携えたそれは、まさしく死の獣であった。

「杭の群れに限度は無く、真実無限であると絶望しッ!」

 魔獣が牙をぎらつかせ、一直線にヴラドへ襲い掛かる。
 その突進の勢いならば、きっと杭を砕き破ってしまうだろう。
 その顎で噛まれれば、きっと瞬く間に肉を食い千切られるだろう。
 だが、それを理解してもなお、ヴラドは一歩も動こうとしない。
 何もおかしな事ではない。指一つ動かす必要さえ、元より無いのだから。

「己の血で喉を潤すが良い――『極刑王(カズィクル・ベイ)』ッ!」

 瞬間、アーカードの足元から無数の杭が生え出てきた。
 豪速で襲い掛かるそれが、彼の腕を、脚を、腹を突き破る。
 それだけではない。ヴラドを喰らわんとした獣にも、大量の杭が突き刺さった。
 総身を杭で穿たれた獣とアーカードは、さながらモズの早贄である。

 これこそが、ヴラド三世の宝具――「極刑王(カズィクル・ベイ)」である。
 解放と同時に、己が領土に大量の杭を出現させる対軍宝具。
 二万ものオスマントルコ兵を串刺しにした伝承、その再現。
 そして同時に、ヴラド三世の吸血鬼伝説の元凶となった逸話であった。

 領土いっぱいに展開される無数の杭、それを回避するのは至難の技である。
 相手が真っ当な吸血鬼であれば、今の一撃で勝敗は決しただろう。
 だが生憎、ヴラドが相手をしているのは、"真っ当な吸血鬼"などではない。


「――流石だ、流石は私(ヴラド・ツェペシュ)だ」

 串刺しになった筈の身体から、歓喜に満ちた声がした。
 そしてその刹那、アーカードの肉体が崩れ落ちたではないか。
 彼を構成する全てが黒い液体となり、どろりと地に落ちる。
 床に垂れたそれは、意思を持つかの如くうねっていた。

「無限にそそり立つ杭、それがお前の切り札か。なるほど、どこまでも私じゃないか」

 黒いヘドロが杭と杭の間に集まり、それが人の形を成していく。
 それは言うまでもなく、アーカードの姿であった。
 不死の王は何度でも蘇る。杭で貫かれた程度では滅びない。

「素晴らしい。挨拶代わりには上々だ。
 ならば私もまた、切り札を披露するのが礼儀というものだ」

 ヴラドとて、この事態は予測の範疇である。
 既にアンデルセンから、アーカードの不死性は聞き及んでいる。
 彼の不死のからくり――その身に有した、数百万もの魂の存在を。

「拘束制御術式(クロムウェル)、第零号――――開放」

 その刹那、ヴラドの瞳が見開かれた。
 まだ開幕から数分と経たぬ段階、よもや早速"あれ"を出してくるとは。

 アーカードが持つ宝具もまた、ヴラドは把握済みである。
 それがどれだけ壮絶かつ悍ましき業なのかも、もう分かり切っていた。
 そしてこれより、その切り札――死をの呑み込む津波が、襲いかかろうとしている!

「私は、ヘルメスの鳥」

 瞬間、無数の杭がアーカードを襲う。
 彼は防御する事なく、それら一切を受け入れた。
 今一度、無抵抗の彼の全身に杭が打ちこまれる。
 吸血鬼殺しの武器が、足先から頭部にまで叩き込まれた。

「私は、自らの羽を喰らい――――」

 しかし、それでも、アーカードは滅びない。
 数十万の命を持つこの怪物は、この程度では斃せない。
 だがそれは、ヴラドが攻撃の手を休める理由にはなり得ない。
 ほんの僅かであろうが、奴の中に渦巻く命を削り取る。
 彼はその意思の元、更に数十本の杭を彼に打ち込まんとし――――。

「――――飼い、慣らされる」

 刹那、"死"が顕在した。



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最終更新:2017年03月26日 00:40