グッドモーニングFUYUKI ◆HOMU.DM5Ns




 ■


「うわっさぶっ」

正門を出たところで、思わぬ北風に身を強張らせる。
山の方は寒くなるとはいうが、この私服で早朝だとやや薄着だったかもしれない。
そういや、今は何月だったか。聖杯戦争の時の為の舞台でも季節は巡るのだろうか。
肌着のみでは寒いが厚着するほどでもない、オシャレのしやすい気候だとするとだいたい春ぐらいだろうか。
などと、どうでもいいことを乙哉は考えてみる。

「お~お日さまきれーい!」

地平線から覗く曙光に目を細める。
手を広げて全身で受け止めると体も暖まってきた。
日の出とはいかないが中々の景色である。これを見れただけでも寺に来た価値はまあまああったかもしれない。
もちろん本命の目的も忘れてはいない。寺にいるとされるマスターとの接触、それが第一。
珍しい精進料理を食べて、ちょっと豪華なお風呂に入って、畳の上の敷布団で眠って。
総評して、いい気分転換になった。我慢が多く溜まっていたストレスの解消も出来た。
結果は上々。乙哉は階段前で振り返って、見送りに来てくれた尼僧に軽くお辞儀をした。

「それじゃあ、泊めてくれてありがとうございました、白蓮さんっ」

紫と亜麻の鮮やかなグラデーションヘアの住職は柔らかに微笑む。

「こちらこそ。お話を聞かせてくれてありがとう乙哉ちゃん」

僧が髪を染めてもいいのだろうかと疑問を抱かないでもない乙哉だが、楚々とした所作は驚くほど寺に馴染んでいて、そういった違和感を霧散させている。

「えー?学校の話なんて退屈じゃないですかー」
「いいえ。とても充実しましたよ。あまりお寺から出る事もないので、若い子お話を聞くのはとても新鮮ですもの」
「あはは、白蓮さんだって全然若いですよ。制服とか着ても意外とイケますって、きっと!」
「あらやだ、おばあちゃまをからかうものじゃありません」

一夜泊まっただけの短い間とは思えない、慣れ親しんだ会話。
乙哉も社交性は高い方だし、白蓮も柔和な性格だ。夜の会話は予想外に弾み距離はすぐさま縮まった。


乙哉から見ても、白蓮という女性は不思議だった。
妙齢には違いないのだが、ごく普通の仕草や佇まいが時折、青春の色を帯びる少女のようにも見せる。
いま言ったように服装と、肌にぴったりと纏った徳ともいうべき雰囲気さえ取り払えば、大人びた十代にも映るだろう。
―――残念な事に、想像してみても乙哉の性癖に反応はしないが。
乙哉としてはもっと無垢で、世の穢れなど知りもしない幼気な少女性が欲しいのだ。


「ところで……これから学校、へ向かうのですか?」

白蓮からかけられた言葉に、顔を出しかけた本性を引っ込めた。
今はまだ、欲望を曝け出す時じゃない。

「そうですよ。結局休講の知らせ来てないし」
「休む……というわけには、いかないのでしょうか」

うつむき加減での白蓮の言葉は、乙哉の身の上からするとあまりにも魅力的に聴こえた。

「やっぱそう思いますよねー!爆発事故とかあって、ガラスとか割れて危ないんだし休んじゃえばいいのに!」

乙哉は割と本音混じりで食いついて同意した。
元々勉学は億劫だ。
ひとつのそう大きくもない部屋に何十人も詰め込めて、座った席から離れることも許さずに。
その上こちらの睡魔を誘う言葉ばかりを五十分間延々と聞かせ続けた挙句、眠ってしまえば怒られる。
これはもう、ひとつの拷問だ。監獄での囚人生活となんら変わりない。

「でも行かなきゃなんですよね。単位ちょっと危ないし、先生達もうるさいし」

それになにより寒河江春紀がいる。
彼女がいるだろう生徒のマスターに、自分の情報を流している可能性を思えば行きたいと思えるはずもない。
しかし行かなければ本当にマスターだと確定してしまう。苦渋の決断だ。
この寺に来たのも、その時の為の保険の一環。

「……そうですか。勉学は大事、ええ、その通りです」

そうして話をした聖白蓮というマスターは、やはり『良い人』だった。
善人。聖職者。そういう想像通りの人。
乙哉が殺人鬼だと言われても疑わず庇ってくれる存在。
自分がマスターだとバレてしまっても、猶予の時ぐらいは与えてくれる関係。
いざという時のセーフティは、あればあるだけあった方がいい。
最悪の可能性が実現した場合には、ここは頼れる駆け込み寺になってくれるだろう。寺だけに。

だが大前提に、マスター同士は殺し合うのがルールだ。
白蓮も最終的には他人を排し聖杯を目指す競争相手。
弱みは、見せないに越したことはない。

「改めて、ありがとうございますっ。今度お礼しますから、また来てもいいですか?」
「お気持ちだけ有り難く戴きます。僧たるもの子供からお布施を受け取るわけにも生きません。
 遊びたいざかりなのもわかるけれど、羽目を外しすぎないようにね?」
「はーい、行ってきまーす!一成君にもありがとうって伝えておいてくださーい!」

まるで家で見送る母親に返事する子供のようなやり取りで。
手を振って階段を足早に降りていく乙哉の姿が、境内から完全に見えなくなるまで遠ざかったところで、白蓮は漸く送る手を降ろした。

肝試しに妙蓮寺に来た少女、武智乙哉。
明るい性格で、魔力妖力の気配も感じない、変哲のない少女。
学校の話。友達の話。
用意させた食事の折に、他愛のない世間話を幾つも聞いた。
どれも平凡であり、愛すべき平穏と暖かさな日常の欠片だった。
だからこそ、そこに紛れた『不純』は拭いきれない異物感となって現実に染みを残す。


「学校……ですか」

夕方に起きた爆発事故。
突如現れた蟲の大群。
行方不明になってる生徒。
明らかな異常事態には、サーヴァントによる戦いが見え隠れしている。
白蓮の、そしてセイバーの知られざる苦悩をよそにして、聖杯戦争は進行している。

月海原学園の様相は、唯一握っている聖杯戦争絡みの情報だ。
いつまでものらりくらりと茶をしばいてる猶予はない。かといって、まさか住職の身で学園の門を叩くわけにもいくまい。
寺での教えと学び舎の教えの種類が違う事くらいは、世に疎い白蓮にもわかっている。
だがもし、あの場で再び戦火が起ころうとした時は。
そこに無辜の生徒、何も知らぬ子供が巻き込まれようというのであれば。
社会の戒律に反してでも、峠を超えねばならなくなるのかもしれない。


勇者と魔王の相克。
ロトを尖端にして永遠に回り続ける螺旋を解く答えは未だ見えていない。
白蓮との問答で示された『ロトの勇気』が、どのような道を指すのか定かではない。
だが見えざる運命の糸は蒼穹の勇者の意思に関わらず、魔王の『器』が集う舞台へと誘い、巻き取ろうとしている。

英霊の本懐。
民衆の誰もが希望を灯し、心躍らせる神話の御伽噺の『再現』。
勇者と魔王の物語。
少しずつ、開戦のシナリオはお膳立てされつつある事を、白蓮もロトもまだ知らない。





下界と山門を繋ぐ長い階段の最後に足を着け、念の為に敷地から完全に出たところで、乙哉は潜み続けていたサーヴァントに声をかけた。

「アサシーン、もう出てきていいよー」

肉声で伝えた実体化の許可は、しかし返事は帰ってこなかった。

「あれ?」

怪訝に周りを見渡しても、やはり誰もいない。
早朝で人通りは殆どないとはいえ、ひとり虚空に向かって喋っているのを万が一見られるのは怪しまれる。そうでなくとも恥ずかしい。

『ここにいるさ、マスター』
「わっと」

アサシンの念話が突如として耳元、どころか脳味噌に直に入ってきた。
あまり慣れない念話でのやり取りに切り替える。

『まだ実体化しないの?もうあっちからは見えないと思うけど』
『それの心配もある…………が、今の問題はそういうんじゃないんだ。
 サーヴァントの実体化とはようするに生前の肉体の再構成だ。そうすると当然、霊体の時には感じない『生の実感』というのが戻ってくる。
 食事も睡眠も本来必要ないが、しておかないとなんとなく落ち着かなくなってしまう』
『……うん?』

アサシンからの説明は、今一要領の得られないもので、聞いている乙哉の頭に疑問符がつく。
まるで乙哉にではなく、アサシン自身に向けて言い聞かせているようだった。
それは、乙哉にも身に覚えのある感覚だ。
ちょうど昨日の夕方乙哉がミカサ・アッカーマンと別れた時のそれと相似していて、つまり、


『フフ………………ああ、やはりいい『手』だったな………………白蓮さん…………。
 あの綺麗な手と一緒にドライブしたり指輪を嵌めたり食事を楽しんだりしてみたい。いやあの美しさに余計な装飾はいらないなありのままの美しさこそが一番彼女の』


まあ、こういう状態だ。
念話で他人(マスター以外)に聞かれる心配がないのをいいことに、タガが外れたアサシンの『手』への感想は止まらない。
同業者(シリアルキラー)としてとびっきりの獲物に興奮するのは理解出来るが、聞かされる身からするとたまったものではない。

『この目で直接見れなかったのが残念でならないよ。だがそうすれば彼女に私の正体がバレてしまっていた。それはダメだ』
『そうだね、時々アサシンのいる方向見てたりしてたもんね白蓮さん。やっぱお坊さんだとそういうの感づきやすいのかな』

適当に相槌で流して会話には一応乗っておく。他人の性癖に茶々を入れるほど彼女も野暮ではない。
趣味は人それぞれだ。同業者(アサシン)たるもの一定のラインにまで踏み込まない線引きが重要だ。

『私のアサシンとしてのスキルが無ければ危うかったかもしれない。
 『暗殺』はしなくて成功だった。もっと準備が、時と場所を選ぶ事が必要となる』

吐き出すだけ吐き出してクールダウンしたか、幾らか落ち着いた調子で軌道修正するアサシン。

『こんな状態で実体化してしまえば、あまりのストレスに『彼女』に頬ずりしなければ耐えられそうもない。家に戻るまではこのままでいさせてもらうよ』
「あはは、それは見たくないかなー。ん、了解。作戦会議は後にしよっか」

マスターである白蓮が食いつくであろう種は蒔いた。後は芽が出るのを待つとする。
早朝のバス(時刻は携帯で検索した)に乗って自宅に帰り支度をして、再び外に出て学校に行く。
準備はたくさんある。細かい計画は落ち着いた後にしよう。


それに、ここまで捻れた『手』への執着ぶりには我がサーヴァントながら、ちょっと引きたい気分だった。
―――『同じ穴の狢』という格言を、乙哉が思い浮かぶことはなかった。





【B-1-C-1/命蓮寺/二日目 早朝】

【武智乙哉@悪魔のリドル】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:私服、指ぬきグローブ
[道具]:ハサミ一本、携帯電話
[所持金]:普通の学生程度(少なくとも通学には困らない)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を勝ち取って「シリアルキラー保険」を獲得する。
0.家に帰ってから学園に向かう。
2.黒髪の女の子(ミカサ)を殺すのはまだ……
3.他のマスターに怪しまれるのを避ける為、いつも通り月海原学園に通う。
4.寒河江春紀を警戒。 最悪の場合は白蓮に頼る。
5.有事の際にはアサシンと念話で連絡を取る。
6.可憐な女性を切り刻みたい。
[備考]
※B-6南西の小さなマンションの1階で一人暮らしをしています。ハサミ用の腰ポーチは家に置いています。
※バイトと仕送りによって生計を立てています。
※月海原学園への通学手段としてバスを利用しています。
※トオサカトキオミ(衛宮切嗣)の刺客を把握。アサシンが交戦したことも把握。
※暁美ほむらと連絡先を交換しています。
※寒河江春紀をマスターであると認識しました。
※ミカサ・アッカーマンをマスターと確信しました。


【アサシン(吉良吉影)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:健康、聖の手への性的興奮、『手』、霊体化
[装備]:なし
[道具]:レジから盗んだ金の残り(残りごく僅か)
[思考・状況]
基本行動方針:平穏な生活を取り戻すべく、聖杯を勝ち取る。
0.興奮を抑えたいので暫く霊体化。
1.白蓮さん……また会いたいな……
2.B-4への干渉は避ける。
3.女性の美しい手を切り取りたい。
[備考]
※魂喰い実行済み(NPC数名)です。無作為に魂喰いした為『手』は収穫していません。
※保有スキル「隠蔽」の効果によって実体化中でもNPC程度の魔力しか感知されません。
※B-6のスーパーのレジから少額ですが現金を抜き取りました。
※スーパーで配送依頼した食品を受け取っています。日持ちする食品を選んだようですが、中身はお任せします。
※切嗣がNPCに暗示をかけ月海原学園に向かわせているのを目撃し、暗示の内容を盗み聞きました。
 そのため切嗣のことをトオサカトキオミという魔術師だと思っています。
※衛宮切嗣&アーチャーと交戦、干将・莫邪の外観及び投影による複数使用を視認しました。
 切嗣は戦闘に参加しなかったため、ひょっとするとまだ正体秘匿スキルは切嗣に機能するかもしれません。
※B-10で発生した『ジナコ=カリギリ』の事件は変装したサーヴァントによる社会的攻撃と推測しました。
 本物のジナコ=カリギリが存在しており、アーカードはそのサーヴァントではないかと予想しています。
※聖白蓮の手に狙いを定めました。
※サーヴァントなので爪が伸びることはありませんが、いつか『手』への欲求が我慢できなくなるかもしれません。
 ですが、今はまだ大丈夫なようです。
※寒河江春紀をマスターであると認識しました。
※アーチャー(アシタカ)が“視る”ことに長けたサーヴァントであることを知りました。
 また早苗がマスターであることも把握しています。



【聖白蓮@東方Project】
[状態]全身打撲
[令呪]残り三画
[装備]魔人経巻、独鈷
[道具]聖書
[所持金] 富豪並(ただし本人の生活は質素)
[思考・状況]
基本行動方針:人も妖怪も平等に生きられる世界の実現。
1.学園に対して動くべきか思案。
2.サーベルや弾幕がどれくらい使えるのかを確認。できるだけ人目につかないように。
3.来る者は拒まず。まずは話し合いで相互の理解を。ただし戦う時は>ガンガンいこうぜ。
4.言峰神父とは、また話がしたい。
5.ジナコ(カッツェ)の言葉が気になる。
6.聖杯にどのような神が関係しているのか興味がある。
[備考]
※設定された役割は『命蓮寺の住職』。
※セイバー(オルステッド)、アーチャー(アーカード)のパラメーターを確認済み。
※ジョンス・リーの八極拳を確認。
※言峰陣営と同盟を結びました。内容は今の所、休戦協定と情報の共有のみです。
※一日目・未明に発生した事件を把握しました。
※ジナコがマスター、アーカードはそのサーヴァントであると判断しています。
※吉良に目をつけられましたが、気づいていません。
※セイバー(ロト)が願いを叶えるために『勇者にあるまじき行い』を行ったことをなんとなく察しています。
 ただし、その行いの内容やそれに関連したセイバー(ロト)の思考は一切把握していません。
※乙哉から学園での事故について聞きました(一般人が知る範囲)


【セイバー(勇者ロト)@DRAGON QUESTⅢ ~そして伝説へ~】
[状態]健康
[装備]王者の剣(ソード・オブ・ロト)
[道具]寺院内で物色した品(エッチな本他)
[思考・状況]
基本行動方針:永劫に続く“勇者と魔王”の物語を終結させる。
0.>夜間哨戒。白蓮から指示があればそちらを優先、
1.>白蓮の指示に従う。戦う時は>ガンガンいこうぜ。
2.>「勇者であり魔王である者」のセイバー(オルステッド)に強い興味。
3.>言峰綺礼には若干の警戒。
4.>ジナコ(カッツェ)は対話可能な相手ではないと警戒。
5.>アーチャー(アーカード)とはいずれ再戦を行う。
6.>少なくとも勇者があるかぎり、勇者と魔王の物語は終わらないとするなら……?
[備考]
※命蓮寺内の棚や壺をつい物色してなんらかの品を入手しています。
 怪しい場所を見ると衝動的に手が出てしまうようだ。
※全ての勇者の始祖としての出自から、オルステッドの正体をほぼ把握しました。
※アーカードの名を知りました。
※吉良を目視しましたが、NPCと思っています。 吉良に目をつけられましたが、気づいていません。
※鬼眼王に気づいているのは間違いないようです。
※白蓮からの更なる指示があるまですぐに駆けつけられる範囲で哨戒を行います。
※いくらロトが勇者として恥ずべき行為を行っても、『勇者』のスキルが外れることはまずありません。
 また、セイバーが『勇者ロト』である以上令呪でも外すことは不可能であると考えられます。




 ■

一方、新都街。
B-9地区、一等マンションのリビングにて。

鏡に映るのは、生まれた時からお馴染みの顔。
銀の髪、金の瞳。わたしがわたしを見つめている。
髪を櫛で梳かしてふたつにまとめ、制服に袖を通す。
扉の向こうからは音。テレビから流れる朝のニュース。
開いた隙間からは匂い。淹れたてでくゆるコーヒーの香り。

「おはようございます」 

リビングに出た先は、緩やかに流れる日常の風景。
初めて来たのに、ずっと住んでいた跡だけは残っている奇妙な感覚。
あてがわれた役割(ロール)のルリの家で、新しい同居人に朝の挨拶をする。

「おはようございます、ルリ」

先に起きていたシオンは綺麗な姿勢で椅子に座ってコーヒーを口につけていた。
後ろでは「おぅ」と実体化していたアーチャーが焼いたトーストを咥えている。
少し離れた先で、ライダーも実体化していた。恐らくは警戒だろう。


黎明に知り合い、『向かってくる外敵の排除。聖杯戦争に関わる情報の収集。方舟からの脱出の手段の模索』
を目的に協力体制を取ることに同意した二組は、そのままの足でルリの自室になだれ込んだ。
少なからず消耗もあったが、そこからもすぐ休む暇もない。
置かれた状況を説明し、情報の整理、目標の到達点の設定、やることは多かった。
ようやく寝入れる時間になったのは空が白み始める早朝になりかけていた。

とはいえその甲斐はあった―――彼女の世界にある魔術の知識、アークセルとそれに関わるムーンセルの知識。
シオンからは多くのことを教えてもらった。予め準備してきたというのは伊達ではない。
巻き込まれてほぼ着の身着の儘でいたルリにとっては、今後に役立つ情報ばかりだ。概要を知れたというだけでも十分大きい。

「眠れましたか?枕が変わると寝付けなくなるってありますけど」
「問題なく、二時間ほど休息は取れました」
「それだけですか?」
「思考のうち体温管理と危険察知に割く分の負担は減らせましたから。脳の休息には十分です」
「なるほど。便利ですね」

他愛もない会話を続けながら、ルリもポットに残ったコーヒーをカップに注ぐ。
……一人暮らしの設定である以上、用意されていた蓄えも当然一人分の相応でしかない。
加えて仕事柄家を空けている場合も多い。つまりは、食料はあまり入ってない。
金銭が不足してるわけでもないので食い扶持が増える分には構わないが、後で買い込みに行かなければならないだろうか。

「あ、ライダーさんも飲みますか?」
「……もらおうか」

何の気なしに勧めたが、意外にもライダーはカップを受け取って黒い液体を口に含む。
そういえば、昨日の朝も同じく一緒に食事していたのを思い出す。
あの時の相手はルーラーだった。倉庫で騒ぎを察知した監督役と出会い、軽食がてら少しだけ話をした。
彼女はいまどうしてるだろう。この戦争の調停者として街中を駆け回っているだろうか。
食事をしている時の姿は、英霊という大層な肩書には似つかわしくない、普通の少女のようだった。
ほんの少しこの方舟のルールに躊躇いを持ち、けれどそれを振り払える気丈さがあった。
この先きっと、彼女とまた会う機会が訪れる。
出来うる事なら、昨日と同じように穏やかな出会いであって欲しい。そうルリは思った。

二人の性格は不破なく融和している。能力の相性も悪くない。
互いの目的は近似で一致していて、補完し合えば双方が目的を達成させられる可能性が高まる。
いっそ理想的ですらある組み合わせだが、そこですぐに関係を深めることを、二人とも提案しようとはしなかった。
あくまでも寝床と情報の提供。利害の一致。一時の協力。そんなもの。
シオンとルリは冷静にそこを受け止めている。大切なものを尊重するからこそ線引きを作っている。
傷つけ合わないよう程よい距離を取る。優しくて、少しズルい大人の付き合い方だった。


「それじゃあ、今日の方針ですけど」

全員食事も終え、一息ついたところでルリが切り出す。
日は昇り、街も本格的に目覚めだす時分だ。ルリも警察署に顔を出さねばならない。
その前の確認作業を済ませる。

「シオンさんは月海原学園に向かい、私とは別行動ということでいいんですか?」

シオンは学園の生徒だ。
ルリよりも年上―――というよりルリの年齢で公職に就いてる方が色々特例なのだが、とにかく生徒である。

「はい。学園へは私一人が向かいます」

予定の通りとシオンは迷いなくはっきりと答える。

「敵がいるって、聞きましたけど」

学園の騒ぎはルリも知っている。
放課後に起きた爆発事故。直接向かってはないが、サーヴァントの戦闘の被害なのは疑うべくもない。
そしてシオンから知らされた様相は、予想より大きく混沌とし、戦慄する状況でいた。
最低でも五人のサーヴァントが睨み合う状況。
二騎揃っただけでも区画が破壊される規模の戦闘が起きる。それが五騎も揃うとなれば、既にあの学園は火の点いた火薬庫も同然だ。

「だからこそ、だぜ。あの場所は危ういバランスで成り立っている。
 誰かが足並みをずらせば、それだけで土台から崩れて全部ぶっ壊れるぐらいギリギリにな」

疑問に答えたのはソファにもたれかかっていたアーチャーだ。

「俺達は上手くそこをコントロールしたい。うちのマスターは学園いまや注目のマトだ。
 なんで逆に利用して美味しいとこだけせしめてやりたいのさ。
 けどそこに外からのマスターなんて計算外がやってきたら、計算が狂って慌てちまうだろ?」

ぶらぶらとだらけた姿勢であるが、その眼は悪戯を思い浮かぶ子供のように煌めきに満ちている。
あるいは巧妙に姿を隠しながら糸を巡らす、神算謀士の眼か。

「そうなりゃ迂闊に暴れる連中も出るかもしれねえ。暴れるにしてもなるべく俺らの想定内で動いてもらわなくっちゃあ困るのよ。
 あれ以上、あそこに戦力が集中するのは俺達にとって逆に不利になる。徒に被害が拡大するかもしれねえしな」

ルリははじめ、てっきり学園の対処を頼りに接触を図ってきたのかと思った。
しかしそうではなかった。彼らは二人だけで、魔窟の攻略を目論んでいる。
引こうと考えたり、臆すれば真っ逆さまに墜落する綱渡り。
踏破に必要なのは進むこと。蛮勇に思えるほど大胆な勇み足こそが活路を開くのだと理解している。

「これは、はじめから私達で対処するつもりの案件です。
 あなたの助力はこの先必要になりますが、外の繋がりが欲しかったのが理由でそれとは別問題。
 敵はひとつではなく、目的にはほど遠い。先は長いのですから。
 私は私の為に、貴方は貴方の為に。
 そうすることが、今は互いに最善になります」

捕捉するシオン。その視点は既に先を見据えていた。
潜む脅威も、まだ見ぬ闇も進むべき道の障害であり、通過点に過ぎないと。
計算機らしく目の前の問題に対処しつつ、目的への最短の出力先を誤らない。

「魔術師っていうのは、みんなシオンさんみたいな人なんですか?」
「どういう人種を想像したのかは気になるところですが、今は留めておきましょう。
 多くの魔術師は求道者です。神秘に触れ、根源を求め、過去に逆行するもの。
 アトラスの錬金術師はやや特殊です。未来の運営と破滅の回避が我らの命題。
 その為に心血を注ぎ、未来にも破滅にも捧ぐ血が足りなくなり、いつか気が狂う。
 ……まあ、今の私はそのどれでもない中途半端なのですが」

そこで、ほんの少しだけ気まずそうに、あるいは気恥ずかしそうに。
頬をかいた緩めた表情を見せたシオンからは、合理的で計算主義の顔で言った目的に隠れた、本当の理由が見えた気がした。

「わかりました。それじゃあそちらはお任せします。
 何かあれば連絡してくださいね。便利な立場ですので、切欠があれば突入できちゃいますし」
「おっ『礼状だッ!』てやつか。いいねえソレ」

そろそろ時間だ。やることが明確になった分大忙しになる。
手早く食器を片付けて、シオン達が先に玄関に向かう。

「じやーなライダー。んなしかめっ面してないで今度は酒でも飲もーぜ」
「俺は酒は飲めん」
「ケッ暗い奴だぜ」
「性分だ。諦めろ」

事あるごとにアーチャーに話を振られるライダーだが、険悪な雰囲気ではない。
因果が死ぬことを許さず、孤独を彷徨う運命にあるキリコだが、理由はどうあれ、傍らに仲間がいた時間はそう短いものではない。
宇宙さえ支配に置ける素質が求めるものは、安らげるただひとつの温もりなのだから。

「ではお先に失礼しまう。放課後にまた連絡を。無事を祈ります」
「シオンさんも。気をつけて行ってください」

畏まった台詞もなく、軽い挨拶を交わしてシオン達は外に出ていった。
扉が閉まって残るのはルリとライダーの二人。

「それじゃあ私達も行きましょうか」

ルリも出立するべく、机の封筒に入った資料を手に取った。
シオンの協力で冬木市各地で起きた事件事故の被害規模をまとめ、ファイリングしたものだ。
活用すれば、警察の役割に縛られていてもスムーズに対処出来るだろう。
それは情報漏洩というやつなのかもしれないがこの際気にしない事にした。
ただ、署に行くのは後回しだ。先に優先する、マスターの立場で動くべき件。

孤児院で見失って以来、ずっとルリが気にしていた宮内れんげの所在。
方舟の秘密に繋がるかも知れない経緯を持った希少なマスターであり……なによりも彼女は子供だ。やはり安否が気になる。
シオンによれば、黎明の頃南東の森で、鎧姿の少女と一緒に歩いていた目撃情報があるという。
ルーラー。裁定者のサーヴァント。何らかの理由があってれんげを保護したのか。それとも彼女のイレギュラーな経緯に気づいて連行したのか。
ならば自ずと向かう先も想定できる。聖杯戦争の監督役が留まる拠点は、ルーラー自身から教えられている。
そこは運営に対し質問も受け付けている場所。ちょうどいい都合だ。

「冬木教会―――お仕事の前に済ましちゃいましょう」






[B-9/マンション(ルリ宅)/二日目 朝]

【ホシノ・ルリ@機動戦艦ナデシコ~The prince of darkness】
[状態]:魔力消費(中)、消耗
[令呪]:残り三画
[装備]:警官の制服
[道具]:ペイカード、地図、ゼリー食料・栄養ドリンクを複数、携帯電話、カッツェ・アーカード・ジョンスの人物画コピー 、捜査資料
[所持金]:富豪レベル(カード払いのみ)
[思考・状況]
基本行動方針:『方舟』の調査。
0.教会に向かい、れんげの安否を確かめる。
1.アキトを探す
2.カッツェたちに起こった状況を知りたい
3.『方舟』から外へ情報を発する方法が無いかを調査
4.シオンと放課後に合流。状況によっては短縮して向かう
5.優勝以外で脱出する方法の調査
6.聖杯戦争の調査
7.B-4にはできるだけ近づかないでおく
[備考]
※ランサー(佐倉杏子)のパラメーターを確認済。寒河江春紀をマスターだと認識しました。
※NPC時代の職は警察官でした。階級は警視。
※ジナコ・カリギリ(ベルク・カッツェの変装)の容姿を確認済み。ただしカッツェの変装を疑っています。
※美遊陣営の容姿、バーサーカーのパラメータを確認し、危険人物と認識しました。
※宮内れんげをマスターだと認識しました。カッツェの変身能力をある程度把握しました。
※寒河江春紀の携帯電話番号を交換しました。
※ジョンス・アーカード・カッツェの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※アンデルセン・ランサー組と情報交換した上で休戦しました。早苗やアキトのこともある程度聞いています。
※警視としての職務に戻った為、警察からの不信感が和らぎましたが
 再度、不信な行動を取った場合、ルリの警視としての立場が危うくなるかもしれません。
 →評価が少し修正されました。よほど無茶をしない限りは不信が増すことはないでしょう。
※シオンからTYPE-MOON世界の基礎的な魔術の知識、アークセルとそれに関わるムーンセルの知識を聞きました。
 それ以外にも色々聞いているかもしれません。
※シオンと携帯電話番号を交換しました。

【ライダー(キリコ・キュービィー)@装甲騎兵ボトムズ】
[状態]:負傷回復済
[装備]:アーマーマグナム
[道具]:無し
[思考・状況]
基本行動方針:フィアナと再会したいが、基本的にはホシノ・ルリの命令に従う。
1.ホシノ・ルリの護衛。
2.子供、か。
[備考]
※無し。

[共通備考]
※一日目・午後以降に発生した事件をある程度把握しました。
※B-3で発生した事件にはアーチャーのサーヴァントが関与していると推測しています。
※B-4で発生した暴動の渦中にいる野原一家が聖杯戦争に関係あると見て注目しています。
※図書館周辺でサーヴァントによる戦闘が行われたことを把握しました。
※行方不明とされている足立がマスターではないかと推測しています。警察に足立の情報を依頼しています。
※刑事たちを襲撃したのはジナコのサーヴァントであると推測しています。
※ルリの自宅はB-9方目のマンションです。
※電子ドラッグの存在を把握しました。





【シオン・エルトナム・アトラシア@MELTY BLOOD】
[状態]アーチャーとエーテライトで接続。色替えエーテライトで令呪を隠蔽
[令呪]残り三画
[装備]エーテライト、バレルレプリカ
[道具]ボストンバッグ(学園制服、日用必需品、防災用具)
[所持金]豊富(ただし研究費で大分浪費中)カードと現金で所持
[思考・状況]
基本行動方針:方舟の調査。その可能性/危険性を見極める。並行して吸血鬼化の治療法を模索する。
1.登校し、学園のサーヴァントを打倒する
2.ルリ陣営と協力。情報を提供する。
3.情報整理を継続。コードキャストを完成させる。
4.方舟の内部調査。中枢系との接触手段を探す。
5.街に潜む洗脳能力を持った敵を警戒。
6.学園に潜むサーヴァントたちを警戒。銀"のランサーと"蟲"のキャスター、アンノウンを要警戒。
[備考]
※月見原学園ではエジプトからの留学生という設定。
※アーチャーの単独行動スキルを使用中でも、エーテライトで繋がっていれば情報のやり取りは可能です。
※マップ外は「無限の距離」による概念防壁(404光年)が敷かれています。通常の手段での脱出はまず不可能でしょう。
 シオンは優勝者にのみ許される中枢に通じる通路があると予測しています。
※「サティポロジァビートルの腸三万匹分」を仕入れました。研究目的ということで一応は怪しまれてないようです。
※セイバー(オルステッド)及びキャスター(シアン)、ランサー(セルべリア)、ランサー(杏子)、ライダー(鏡子)のステータスを確認しました。
※キャスター(シアン)に差し込んだエーテライトが気付かれていないことを知りました。
※「サティポロジァビートルの腸」に至り得る情報を可能な限り抹消しました。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)の連絡先を入手しました。現時点ではマスターだと考えています。
 これに伴いケイネスへの疑心が僅かながら低下しています。
※キャスター(シアン)とランサー(セルベリア)が同盟を組んでいる可能性が高いと推測しています。
※分割思考を使用し、キャスター(ヴォルデモート)が『真名を秘匿するスキル、ないし宝具』を持っていると知りました。
 それ以上の考察をしようとすると、分割思考に多大な負荷がかかります。
※狭間についての情報は学園での伝聞程度です。
※電子ドラッグの存在を把握しました。


【アーチャー(ジョセフ・ジョースター)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]シオンとエーテライトに接続。
[装備]現代風の服、シオンからのお小遣い
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:「シオンは守る」「方舟を調査する」、「両方」やらなくっちゃあならないってのが「サーヴァント」のつらいところだぜ。
1.学園、行くかねぇ
2.裏で動く連中の牽制に、学園では表だって動く。
3.夜の新都で情報収集。でもちょっとぐらいハメ外しちゃってもイイよね?
4.エーテライトはもう勘弁しちくり~!
[備考]
※予選日から街中を遊び歩いています。NPC達とも直に交流し情報を得ているようです。
※暁美ほむら(名前は知らない)が校門をくぐる際の不審な動きを目撃しました。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)を確認。現時点ではマスターだと考えています。




 ■

「おはようございます、ケイネス教諭」
「……ああ、おはよう」

廊下ですれ違ったシオンからの挨拶を、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは憮然に返した。
なるべく普段どおりを意識していたつもりだが、表情に僅かな強張りが出たのは否めない。
目礼してそのまま階段を昇っていくシオンの後ろ姿を見る。
一見すれば、たまたま担任と顔を合わせたので挨拶したというだけの、ただの礼儀正しい優等生という風でしかない。

『主よ、これは』
『うむ』

従僕からの念話にすぐさま応じるキャスターはヴォルデモートだ。今は校内で作業の工程にありケイネスから一時離れている。

『こちらに連絡を寄越さずに登校か……顔に似合わず豪胆だな。無視する気か、あるいは別の陣営についたか』
『おのれ没落貴族の分際で、我が君になんと無礼な……!』

持ち前の気性と服従の術の相乗によって主君の侮辱に激昂しかけるケイネスを、ヴォルデモートは冷静に宥めた。

『逸るな、ケイネス。まだ奴は俺様達に明確な害意を示したわけではない。
 それに貴様がマスターである事は誰にも割れていないのだ。今のはただの探りに過ぎん』

魔法界一とも謳われる開心術でも、杖と実体がなければシオンの思考は読み切れない。
後に改めて協力を受ける可能性もある。血筋に恵まれ、能力も優れた魔術師をヴォルデモートは拒まない。
その優秀さは昨日の邂逅で証明されている。綺礼も含め、軍門に降ればよき参謀として役立ってくれるだろう。
だが狡智と陰謀に長けるヴォルデモートはきな臭いものを感じている。昨夜連絡のなかったのは熟考の末ととれなくもない。
ならば懸念の的は、やはりあのアーチャー。
愛を語り正義を信奉する、かつての宿敵達を彷彿とさせる軽薄な男。
召喚されるサーヴァントは似通った性質を持ったマスターに引き寄せられる場合が多いという。
であればシオンも、同じ性質を宿してる確率は捨てきれない。
予想が的中していた場合、あれらはこちらに傅く姿勢は断じて取れまい。早めに始末する対象に切り替えるべきだ。

『ともかく放課後だな。その時再び図書室に呼び出して、意思を確認させる。答えによっては排除もあり得る。念の為キレイにも声をかけておくか。
 いいなケイネス、それまでくれぐれも迂闊な挑発に乗るなよ』
『ははっ』

念話が途切れて、ケイネスは教職としての業務に戻る。
凡俗に享受する退屈極まりない職務だが、主君が念を押したとあればどのような命令も忠実にこなさねばならない。
これも我が君への奉仕だ。綿密に積み上げられる主の策謀の内に、既にケイネスは当てはめられている。
我が君の軍団を建造し確実な勝利を手にする為の布石だ。ここで無様を晒すわけにはいかない。
だがたとえ戦闘に陥ったとしても自身に負けはない。そうケイネスは自負している。
根拠なき盲信などではない。それはロード・エルメロイの名に相応しい、秘術の粋を凝らした完璧な魔術工房を作成した事からの自信だ。
既にこの校舎は一晩かけて、単なる施設から恐るべき城壁へと改装を施されているのだ。

人通りが少ない通路、職員しか入らないような部屋を中心に、多種多様な結界を数十層。
猟犬代わりの悪霊、魍魎の群れ。空き教室の一部は異界化すらさせている。
更にこれはキャスターとの共同作業だ。構築された術式は製作の時間から精度に至るまで、ケイネス個人が施したものを凌駕している。
結界の強さは遥かに洗練され、召喚術においても同様。失われし幻創種……かつて師が従えし巨人種、狼人間、吸魂鬼すらもが麾下にある。
ただでさえ生まれ持った天禀を遺憾なく発揮したケイネスの備えに、魔術師の英霊直々の薫陶が加わっているのだ。
たとえ対魔力のある三騎士クラスといえど、容易に踏破できるものではないほどだ。

偉大なる英霊の闇の魔術の深淵に触れ、その作業に自身の手も加える事を許された。
神秘を尊ぶ魔術師としてこれほどに名誉な事があろうか。
優れた家系と血筋に生まれ、破竹の勢いで昇進を続けてきても、ケイネスは達成感ややりがいを求めた事はない。
全ては当然の結果。自分の才能と成果が他者を遥かに凌いで余りあるというだけでしかない。
約束された成功というレールを走っていたケイネスの人生に、突如として芽生えた感動。遅咲きにやってきた『誰かに尽くす』熱意。
この情動を呼び起こしてくれた主には、財も地位も、命すら、全てを懸けて奉仕する他にない。
まさに我が世の春、今のケイネスはこの上ない絶頂期にあると確信して疑わなかった。
今のケイネスにとって聖杯戦争は、聖杯そのものの入手より、我が主君の威光を知らしめる事こそが至上となっていた。



……それほどまでに敬い、尊ぶ英霊に対し。
陶酔の極みに至るケイネスは、ただの一度としてその真名を教えられてない事への疑問は露程も浮かばないでいた。






ヴォルデモートからの情報はすぐさま綺礼のもとへと伝わった。
忍ばせていた通信手帳の新しい追記には、放課後のシオン・エルトナムへの接触と、排除の可能性。
手を貸せという記述はされてないが、これでは言外に要請しているようなもの。
敵に回るなら討つのに躊躇もないが、顎で使われるのは癪ではある。
あのキャスターが勢力を拡大させるのに、一抹の不安がないでもない。
いずれ敵に回す相手を手がつけられなくなるまで強くしてしまっては元も子もない。
あるいはそれは待ち受ける混沌の期待であるかもしれなかったが、綺礼が気づく事はない。

エルトナムの動向は、今後の趨勢を変える一石になるかもしれない。一人のマスターとしても見過ごしていい話ではなかった。
サーヴァントはアーチャー。姿を見たのはセイバーとキャスターなのでステータスは不明。
遠距離攻撃に長けてる事が多いクラスであり、狙撃などされては厄介だ。
校舎内であれば地の利も働く。セイバーが先に肉薄するのが速いか。

―――いずれにせよ放課後だ。今は先に、済ませておく些事がある。

戦闘に至った場合の構想を練りながら、パンが詰まったダンボールを三箱軽々と抱えて購買部に運んでいく。
綺礼はいま、方舟での役割である月海原学園の購買店員の仕事の最中であった。
代行者であり神に仕える自分が、いったいどういう流れでパンやシャーペンを売る事になったのか。
アークセルの判断はつくづく理解に苦しむ。

だがそんな立場―――学園の内側だからこそ得られた接触があった。
遠坂時臣を騙る人物に魔術的な暗示がかけられていた、食料搬入の業者達。
彼らは特に変わりなく、前日と同じように暗示下にあって行動していた。
綺礼がかけた暗示が解かれているか確認すべきかと思ったが、やめておいた。
そこまで不用意に使うべきではないし、何か仕込まれてる可能性もある。
自分の暗示が破られてる事にも気づかない愚鈍である可能性は捨てている。現にここまで相手につながる手がかりひとつ残していない。
ある意味エルトナムよりも仮想敵としては厄介だ。常に暗殺の危機が忍び寄る。
姿の見えない敵からの驚異は、異端を狩る代行者の時代から理解している。
そちらについてはあのキャスターに任せればいい。神秘はより濃い神秘に倒される。魔術師には魔術師の英霊をぶつけるのが正攻法かつ上策。
暗示下の状況をより詳細に炙り出し、情報を手に入れられるだろう。


―――運び終えた売り物を品出しに外に出しているとき、段ボールの中に奇妙な紙片を見つけた。
拾い上げて見れば、どこにでもあるメモの切れ端に、数字の羅列だけが簡素に記されていた。
暗号や謎掛けの類でもない限りは、それは携帯の番号にしか見えはしない。

単なる梱包の不手際だと済ませるほど呑気ではいられる綺礼ではない。これが姿見えぬ何者からの誘いと見るのは明らかだった。
十中八九、綺礼の暗示を見破り接触を図ってきたマスターだが……かといって迂闊にかけるのは憚られる。
まず番号がそのまま本人のものの確証はない。携帯は街中いたる所で住人が使っているし新しく購入するのも楽だ。偽装など幾らでもできる。
聖堂教会の隠蔽スタッフならともかく、綺礼は個人情報を盗めるような専門的な技術を収めていない。
顔も見えぬ相手に声を届ける、というだけの行為にも、直接刃を交わすのと同じだけの緊張感を要求するのだ。

ならばキャスターに持ちかけ、少しでも情報を拾うのが安全かつ確実な手段だ。機械音痴とはいえ綺礼よりは何らかの手がかりは見いだせるはず。
魔術による探知も可能かもしれない。空振りに終わっても浪費にもならない手間でしかない。
……そんな事はわかっているのに、綺礼はどうしてもあの魔術師に教える気になれなかった。

単に信用しきれない相手に頼るのを嫌うというだけではない。
あの蛇の視線に晒されて、心の奥底の虚無を暴かれる恐懼とも違う、言い難い感覚。

「……」

この小さな紙切れのどこにそんな引力があるのか、綺礼は食い入るように見続けた。その意味合いの深さと重さを、彼自身自覚しないまま。




[C-3/月海原学園/二日目 朝]

【ケイネス・エルメロイ・アーチボルト@Fate/Zero】
[状態]健康、ただし〈服従の呪文〉にかかっている
[令呪]残り3画
[装備]月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)、盾の指輪
[道具]地図、自動筆記四色ボールペン
[所持金]教師としての収入、クラス担任のため他の教師よりは気持ち多め?
[思考・状況]
基本行動方針:我が君の御心のままに
1.他のマスターに疑われるのを防ぐため、引き続き教師として振る舞う
3.教師としての立場を利用し、多くの生徒や教師と接触、情報収集や〈服従の呪文〉による支配を行う
[備考]
※〈服従の呪文〉による洗脳が解ける様子はまだありません。
※C-3、月海原学園歩いて5分ほどの一軒家に住んでいることになっていますが、拠点はD-3の館にするつもりです。変化がないように見せるため登下校先はこの家にするつもりです。
※シオンのクラスを担当しています。
※ジナコ(カッツェ)が起こした暴行事件を把握しました。
※B-4近辺の中華料理店に麻婆豆腐を注文しました。
→配達してきた店員の記憶を覗き、ルーラーがB-4で調査をしていたのを確認。改めて〈服従の呪文〉をかけ、B-4に戻しています。
※マスター候補の個人情報をいくつかメモしました。少なくともジナコ、シオン、美遊のものは写してあります。
※校舎の一部を魔術工房に改造しています。主導はケイネスですが所々ヴォルデモートの手が加わっており大幅に効果が上昇しています。






【キャスター(ヴォルデモート)@ハリーポッターシリーズ】
[状態]健康
[装備]イチイの木に不死鳥の尾羽の芯の杖
[道具]盾の指輪(破損)、箒、変幻自在手帳
[所持金]ケイネスの所持金に準拠
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯をとる
1.綺礼と協力し、アーカードに対処する。
2.綺礼を通じてカレンを利用できないか考える。
3.シオンからの連絡に期待はするが、アーチャーには警戒。
4.〈服従の呪文〉により手駒を増やし勝利を狙う
5.ケイネスの近くにつき、状況に応じて様々な術を行使する。
6.ただし積極的な戦闘をするつもりはなくいざとなったら〈姿くらまし〉で主従共々館に逃げ込む
7.戦況が進んできたら工房に手を加え、もっと排他的なものにしたい
[備考]
※D-3にリドルの館@ハリーポッターシリーズがあり、そこを工房(未完成)にしました。一晩かけて捜査した結果魔術的なアイテムは一切ないことが分かっています。
 また防衛呪文の効果により夕方の時点で何者か(早苗およびアシタカ)が接近したことを把握、警戒しています。
※教会、錯刃大学、病院、図書館、学園内に使い魔の蛇を向かわせました。検索施設は重点的に見張っています。
 この使い魔を通じて錯刃大学での鏡子の行為を視認しました。
 また教会を早苗が訪れたこと、彼女が厭戦的であることを把握しました。
 病院、大学、学園図書室の使い魔は殺されました。そのことを把握しています。
 使い魔との感覚共有可能な距離は月海原学園から大学のあたりまでです。
→現在学園と教会とルーラーの近くに監視を残し、他は図書館と暴動の起きているところを探らせ、アーカードとついでに搬入業者を探しています。
※ジナコ(カッツェ)が起こした暴行事件を把握しました。
※洗脳した教師にここ数日欠席した生徒や職員の情報提供をさせています。
→小当部の出欠状況を把握(美遊、凛含む)、加えてジナコ、白野、狭間の欠席を確認。学園は忙しく、これ以上の情報提供は別の手段を講じる必要があるでしょう。
→新たに真玉橋、間桐桜について調べさせています。上記の欠席者の個人情報も入ってくるでしょう。
※資料室にある生徒名簿を確認、何者かがシオンなどの情報を調べたと推察しています。
※生徒名簿のシオン、および適当に他の数名の個人情報を焼印で焦がし解読不能にしました。
※NPCの教師に〈服従の呪文〉をかけ、さらにスキル:変化により憑りつくことでマスターに見せかけていました。
 この教師がシオンから連絡を受けた場合、他の洗脳しているNPC数人にも連絡がいきヴォルデモートに伝わるようにしています。
※シオンの姿、ジョセフの姿を確認。〈開心術〉により願いとクラスも確認。
※ミカサの姿、セルベリアの姿を確認。〈開心術〉によりクラスとミカサが非魔法族であることも確認。
 ケイネスの名を知っていたこと、暁美ほむらの名に反応を見せたことから蟲(シアン)の協力者と判断。
※言峰の姿、オルステッドの姿を確認。〈開心術〉によりクラスと言峰の本性も確認。
※魔王、山を往く(ブライオン)の外観と効果の一部を確認。スキル:芸術審美により真名看破には至らないが、オルステッドが勇者であると確信。
※ケイネスに真名を教えていません。
※カレンはヴォルデモートの真名を知らないと推察しています。
※図書館に放った蛇を通じてロトとアーカードの戦闘を目撃しました。
 それとジナコの暴行事件から得た情報によりほぼ真名を確信しています。
※言峰陣営と同盟を結びました。
 アーカードへの対処を優先事項とし、マスターやサーヴァントについての情報を共有しています。
 それによりいったん勇者ロトへの対処は後回しにするつもりです



【言峰綺礼@Fate/zero】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]黒鍵
[道具]変幻自在手帳、携帯端末機、???の番号が書かれたメモ
[所持金]質素
[思考・状況]
基本行動方針:優勝する。
0.???
1.キャスター(ヴォルデモート)を利用し、死徒アーカードに対処する。
2.黒衣の男とそのバーサーカーには近づかない。
3.検索施設を使って、サーヴァントの情報を得る。
4.トオサカトキオミと接触する手段を考える。
5.真玉橋やシオンの住所を突き止め、可能なら夜襲するが、無理はしない。
6.この聖杯戦争に自分が招かれた意味とは、何か―――?
7.憎悪の蟲に対しては慎重に対応。
[備考]
※設定された役割は『月海原学園内の購買部の店員』。
※バーサーカー(ガッツ)、セイバー(ロト)のパラメーターを確認済み。宝具『ドラゴンころし』『狂戦士の甲冑』を目視済み。
※『月を望む聖杯戦争』が『冬木の聖杯戦争』を何らかの参考にした可能性を考えています。
※聖陣営と同盟を結びました。内容は今の所、休戦協定と情報の共有のみです。
 聖側からは霊地や戦力の提供も提示されてるが突っぱねてます。
※学園の校門に設置された蟲がサーヴァントであるという推論を聞きました。
 彼自身は蟲を目視していません。
※トオサカトキオミが暗示を掛けた男達の携帯電話の番号を入手しています。
→彼らに中等部で爆発事故が起こったこと、中等部が休講になったこと、真玉橋という男子生徒が騒ぎの前後に見えなくなったことを伝えました。
※真玉橋がマスターだと認識しました。
※寺の地下に大空洞がある可能性とそこに蟲の主(シアン)がいる可能性を考えています。
※キャスター(ヴォルデモート)陣営と同盟を結びました。
 アーカードへの対処を優先事項とし、マスターやサーヴァントについての情報を共有しています。
※トオサカトキオミ(切嗣)が暗示をかけた運送業者の荷物にまぎれていた電話番号を見つけました。
 意図的に仕込まれたものですが、切嗣に直接連絡が取れる保障はありません。



【セイバー(オルステッド)@LIVEALIVE】
[状態]通常戦闘に支障なし
[装備]『魔王、山を往く(ブライオン)』
[道具]特になし。
[所持金]無し。
[思考・状況]
基本行動方針:綺礼の指示に従い、綺礼が己の中の魔王に打ち勝てるか見届ける。
1.綺礼の指示に従う。
2.「勇者の典型であり極地の者」のセイバー(ロト)に強い興味。
3.憎悪を抱く蟲(シアン)に強い興味。
[備考]
※半径300m以内に存在する『憎悪』を宝具『憎悪の名を持つ魔王(オディオ)』にて感知している。
※アキト、シアンの『憎悪』を特定済み。
※勇者にして魔王という出自から、ロトの正体をほぼ把握しています。
※生前に起きた出来事、自身が行った行為は、自身の中で全て決着を付けています。その為、『過去を改修する』『アリシア姫の汚名を雪ぐ』『真実を探求する』『ルクレチアの民を蘇らせる』などの願いを聖杯に望む気はありません。
※B-4におけるルール違反の犯人はキャスターかアサシンだと予想しています。が、単なる予想なので他のクラスの可能性も十分に考えています。
※真玉橋の救われぬ乳への『悲しみ』を感知しました。
※ヴォルデモートの悪意を認識しました。ただし気配遮断している場合捉えるのは難しいです。


 ■


微睡みから覚めていく中で、今まで見ていたものは夢だったと気づく。
肢と羽の音が耳の中に入り込んでくるのも、体をよくわからないものが這い回るのも、目を覚ませば消えるものだとわかってる。

……ある意味で、あの光景が自分にとって、現実の象徴のようなものだった。
これは悪いユメだ、目を覚ませば姉と一緒に眠る場所に戻ってくるんだって、初めの頃は何度も何度も願い続けた。
そうして目覚めて、当たり前にそっちがユメだと念入りに、刻みつけるように思い知らされてきた。
馴染みきった光景は、もう見たところでどうとも思わない。
痛む箇所はとっくに擦り切れて、今さら騒ぎ立てる事もなくなってしまった。

そういう日々が日常だったから、つい期待してしまったのだ。
あの後起きたら自分は部屋で眠っていて、朝早くに屋敷へ向かって、土蔵で眠りこけてる人を起こして、朝ごはんの準備をする。


唯一価値のある時間。
嘘だけで造られたガラスの幸福。


いつも通りの、待ち遠しい日が待ってるんじゃないかって。




「おはよう、桜」

そんなだから、案の定バチが当たったんだろう。

蟲の羽音が重なり合って出来たような声。
不快ではないが、気分がいいわけでもなかった。
悪意はなくとも、その意志が込められた声を聞くと否応なしに現実に引き戻されてしまうから。
そもそも自分を起こす声なんて、ここ十年ろくに聞いた事もないのだ。

「……おはようございます」

身を起こして、蟲の英霊に挨拶する。
シアン・シンジョーネは―――正確にはシアンの一部は静かに桜を見ていた。
そこに何の非難も込められてないのはわかるが、聖杯戦争を忘れて現実逃避しかけていたのを、咎められてるような気がして居心地が悪かった。

「報告をしよう。昨夜の戦果を伝える」

早速とばかりに集めた情報を開示する。
接触したサーヴァント、夜の学園の交戦、同盟相手との状況……次々と知らされる。
どれも自分たちにとって重要なものだと思うが、街から離れて隠れ住んでいた桜にはいまいちピンと来ない。
シアン自身、戦略的な助言を桜に求める訳ではないのだろう。
ただサーヴァントの義務としてマスターである桜に伝えている。そんな気がした。

「まずは一日、生き延びた。
 同盟相手を得て、さしたる損害もないまま一騎を仕留められた。
 強壮とは言い難く、長期戦でこそ戦いになる我々にとっては良い経過だといえるだろう」

自虐的だが、間違ってもいない。
時間をかければかけるだけシアンという群体は数を広げ勢いを増していく。
数が不足すれば魔力が補い再び元の数に増殖する。やがて時間をかけて操作した地脈の魔力を集め、切り札の使用の段階に入る。
桜が目を逸らしてる間にも時は進んでいた。隠遁も戦法の一種だが、こういう面にはどうしても弱くなる。
なんて、皮肉。
関わらないでいる事が、一番の生き残れる手段なんて。



「今日の昼、学校に攻め入る」


小指に棘が刺さったような、痛みがした。
そうした慎重さと打って変わっての大胆な方針に、流石に僅かばかり心臓が早打った。
縋る光のない場所。友人も思い出も生まれなかった伽藍の堂。
ただ通っているというだけの校舎であっても、思うところはあったのか。
溜め込むばかりで、吐き出す先を知らないまま育った身だ。
どうでもいいが、消してしまいたいとは思ってない。
無関心まではいられても、直接牙を立てるとなると抵抗心が疼いた。

「難敵がいるからな。少し、派手にやる予定だ。桜にも協力してもらう事になるだろう」

協力。
手の甲に浮かぶ膨大な魔力に意識を向ける。
桜が魔力の供給以外にシアンに、手助け出来る事などひとつしかない。

「心配しなくていい。指示は私が出す。難しいものじゃないし、ここから動かずに出来る事だ。
 NPCへの被害も極力避ける。ルーラーに目をつけられてはたまらないからな。
 フジムラタイガという教師にも、手出しはしないと約束しよう」

それが、シアンなりの誠意の形。
サーヴァントとしての線引きの境界線。目的の為に、マスターと不要な軋轢を生まない手段。

「――――――はい」

桜は頷く。
学校への襲撃を容認する。

NPCの藤村大河は、桜と親しいわけじゃない。
弓道部の顧問であり部員として話す機会はあり、話せば記憶と同じ反応を返してくれるが、
それは彼女が誰にでもそうしてくれる人物であるというだけ。
『予選』からマスターに目覚めたのはあの空白が一番の転機だったけど。
違和感を覚えたのは、彼女との会話がどこか白々しく、芝居じみて感じたのが最初だと思う。

あの屋敷という接点がないだけで、あれだけ親身にしてくれたひとも、自分の特別じゃなくなっている。
恨んでるわけじゃない。そもそも根本的に自分の知る彼女とは別人で、偽の複製だなんて事は理解してる。
むしろそれを自覚しているのが桜しかいないのが、自分で哀れに見えるだけ。

だから本当は、あの藤村大河が■■だとしても困る事はない。
求める地獄(ひび)に帰れば待っていてくれる、本当の大事な人に会えればいい。
こんなのは我儘で、錯覚で、地面を這い回る蟲のようにみっともない感傷でしかない。


それを、この女(ひと)は守ってくれると言うのだから。
後はもう、何を望むでもない。それ以外は譲ってあげよう。
街に蟲(あく)を解き放ち、世界を影で覆ってしまっても、構わない。


黴臭い毛布を下げて蜘蛛の巣の張った窓を見上げた。
整備もされていない部屋の隙間からは、陽が差し込んでる。
なんて、眩しい――――――外の光。
輝きに目が眩んで、誘われるまま羽ばたいても、蟲では一生かけても届かない。

ああ。せめて蟲ではなく。
この身が小鳥であったのなら――――――もう少しはあそこに近いて羽ばたけるのだろうか。






意識の覚醒と共に、ミカサはすばやく身を起こして体の調子を確かめる。
閉じた瞼を開いても、眼の前に広がるのは同じ闇。
地上に降り注ぐ暖かな日は、深い岩盤に遮られて一寸先すら見通せない。
常人なら恐怖で自我も保てない環境で、ミカサは臆さず入念に柔軟をして体をほぐしていく。
闇に溶け込んだ眼光は、獲物が決定的な隙を晒すまでただ待ち伏せる豹の如き鋭さだ。



ミカサがいるのは洞窟だ。
鍾乳洞という、石灰石が雨水の侵食で出来た空洞、らしい。
誰の手も借りず、何の意思もなく、時間と自然だけでこれほど大きな穴が出来る。これもまた、自然の美しさ。
家を捨てたミカサに蟲のキャスターが提供した、隠れ家になりそうな場所。同時に調査の対象でもある場所。
霊脈、と呼ばれる位置に最も近いらしく、ランサーの回復にも適してるという。
敵の奇襲もなく、体調に支障が出なければ何処でもよかったのだが、それで自分に有利が働くなら断る理由もない。

この上に建つ妙蓮寺という施設にはセイバーと思しきサーヴァントとマスターが陣取ってるらしい。
そこで一戦交える気か、と一瞬危惧したが、今は攻める気はないという。
敵もここには気づいておらず、下手に藪蛇をつつく事もないと。
洞窟の調査も今は後回し。目下の標的は学園の闇、ということだ。

寺……宗教の為の施設。
神や仏、世界や生物を産み出したモノを奉り、祈りを込めるという。
宗教は知っている。人類の生存圏を築いている『壁』を崇める一団。
実際見た機会はないので判然とはしない。
それは確かに感謝すべきなのかもしれない。縋りたくなる気持ちも、哀れだとは思わない。
だが神というモノが巨人を産み落とし、人を無慈悲に食らう世界の機構を良しとしているのなら……。

『マスター』

時間だ、というランサーの念話が響く。
無駄に力みが入った思考を戒める意味もあったのかもしれない。届きもしない矛先を振る余裕は、ない。


これから、学校を襲う。
蟲のキャスターと共に、ミカサが過ごしてきた、この街の『日常』を蹂躙する。


校舎はサーヴァントという超常の戦いの舞台となり、生徒は吹き飛ばされる路傍の石と化す。
もしくは、もっと効率的で、残酷に。蟲が蟲を喰らうように。人が鳥を狩るように。
大人と規則と法律の砦に守られた生徒達は、何も知らぬまま巻き込まれる事になる。
まるで、『壁』が壊された街で巨人に喰われるように。
違いはない。サーヴァントとそれを従えるマスターは、人々にとって巨人のように驚異でしかない。
圧倒的な力の差。
死と恐怖の具現。
絶望の象徴。
故に、巨人だ。

希望の標となった少年がいた。
エレン・イェーガー。ミカサの光。ミカサの生きる希望。
人のままにエレンが巨人となったあの日、巨人の反攻作戦が成功し、人類は初めて巨人に対して進撃を成し遂げた。
希望となったエレンとは対称に、希望を持ち帰ろうとするミカサは、この街では大勢の巨人のうち一匹に過ぎない。

知性の欠片も見当たらないあの醜悪な顔と、自分が同類だと思うと、途端に怖気が走った。
あまりに屈辱で、恐ろしくて、否定したくて喚きたくなる。
だが違いはない。違いはないのだ。
この世界を壊し、人を殺す。
そう決めてから


霊体化したランサーに先行させ哨戒をさせる。脇道から出られるのを見られては言い訳がきかない。
周囲に人がいないか確認してから外に出る。陰から出た瞬間、思わぬ光量に目を覆った。
今まで暗闇にいたせいか急な光に慣れなかった。迂闊だ。戦場で同じ事が起きれば命取りになる。


「……――――――」

日常を捨てても平等に誰もを照らす光を見て、一瞬、何かを言いかけた。
朝にいつも言う言葉が、喉元までせり上がってきたのをギリギリで止めた。

おはようと言える相手は、日常にいた中では意外なほどにいた。
家で父と母。学校の生徒。道行く通りすがりに声をかけられた事もある。
偽りでも、嘘でも。
ミカサにとって悪趣味に他ならず苦痛をもたらすものであっても。
それはミカサが『日常』に受け入れられていた証だった。

だが日常はもうない。
ミカサがミカサ自身の意思で切り捨てた。
喪ったものは違う形でまた手に入っても、捨てたものは二度と還ってこない。
家族。クラスメイト。全てを捨て身軽になる。
仮初の住人という、街に溶け込む為の装飾を剥がし、本当のミカサ・アッカーマンのみが残る。

『ランサー』
『何だ』

呼びかけに応じる声。
孤独ではない。傍には常にランサーがいる。
負担を抑えようと霊体化してるが、有事になれば何よりも頼もしいミカサの盾となり、槍となる。
ランサー自身が『兵器』として扱うよう望んだように、ミカサも彼女を兵器として扱う他ない。


『行こう。そして勝とう』
『無論だ』


偽りを捨てた本当のミカサには、けれどおはようと言える相手すら残っていなかった。






【C-1 山小屋/2日目 朝】

【間桐桜@Fate/stay night】
[状態]:健康
[令呪]:残り三角
[装備]:学生服
[道具]:懐中電灯、筆記用具、メモ用紙など各種小物、緊急災害用グッズ(食料、水、ラジオ、ライト、ろうそく、マッチなど)
[所持金]:持ち出せる範囲内での全財産(現金、カード問わず)
[思考・状況]
基本行動方針:生き残る。
0. ――――――――。
1. キャスターに任せる。NPCの魂食いに抵抗はない。
2. 直接的な戦いでないのならばキャスターを手伝う。
3. キャスターの誠意には、ある程度答えたいと思っている。
4. 遠坂凛の事は、もう関係ない――――。
[備考]
※間桐家の財産が彼女の所持金として再現されているかは不明です。
※キャスターから強い聖杯への執着と、目的のために手段を選ばない覚悟を感じています。そして、その為に桜に誠意を尽くそうとしていることも理解しました。
 その上で、大切な人について、キャスターにどの程度話すか、もしくは話さないかを検討中です。子細は次の書き手に任せます。
※学校を休んでいますが、一応学校へ連絡しています。
※命蓮寺が霊脈にあること、その地下に洞窟があることを聞きました。
※キャスター(シアン)の蟲を、許可があれば使い魔のようにすることが出来ます。ただし、キャスターの制御可能範囲から離れるほど制御が難しくなります。
※遠坂凛の死に対し、違和感のようなものを覚えていますが、その事を考えないようにしています。


【キャスター(シアン・シンジョーネ)@パワプロクンポケット12】
[状態]:健康
[装備]:橙衣
[道具]:学生服
[思考・状況]
基本行動方針:マナラインの掌握及び宝具の完成。
0.学園に攻め込む準備。
1.学園を中心に暗躍する。
2.桜に対して誠意ある行動を取り、優勝の妨げにならないよう信頼関係を築く。
3.黄金のセイバー(オルステッド)を警戒。
4.発見した洞窟の状態次第では、浮遊城の作成は洞窟内部の霊脈で行う。
5.洞窟を使うのに必要であれば、白蓮と交渉する。
[備考]
※工房をC-1に作成しました。用途は魔力を集めるだけです。
※工房にある程度魔力が溜まったため、蟲の制御可能範囲が広がりました。
※『方舟』の『行き止まり』を確認しました。
※命蓮寺に偵察用の蟲を放ちました。現在は発見した洞窟を調査中です。
 →聖白蓮らが命蓮寺に帰ってきたため、調査を中止しています。不在の機会を伺うか、交渉も視野に入れています。
※命蓮寺周辺の山中に、地下へと通じる洞窟を発見しました。
※学園のマスターとして、ほむら、ミカサ、シオン、ケイネスの情報を得ました。
 また関係するサーヴァントとして、アーチャー?(悪魔ほむら)、ランサー(セルベリア)、シオンのサーヴァント(ジョセフ)、セイバー(オルステッド)、キャスター(ヴォルデモート)を確認しました。
※ミカサとランサー(セルベリア)と同盟を結びました。
※ランサー(セルべリア)の戦いを監視していました。
※アーチャー(雷)とリップヴァーンの戦闘を監視していました。
※間桐桜から、教会に訪れたマスター達の事を聞きました。
※小屋周辺の蟲の一匹に、シオンのエーテライトが刺さっています。その事にシアンは気付いていません。
※【D-5】教会に監視用の蟲が配置されました。
※C-3の学園に潜伏していた十万の蟲の内、九万匹は焼かれ、残りの一万匹は学園から一先ず撤退しています。
 →撤退した蟲はC-1の小屋で合流しました。





[B1~C1/大空洞/二日目 朝]

【ミカサ・アッカーマン@進撃の巨人】
[状態]:片腕に銃痕(応急処置済み)
[令呪]:残り三画
[装備]:魔法の聖水
[道具]:シャアのハンカチ身体に仕込んだナイフ
    立体起動装置、スナップブレード、予備のガスボンベ(複数)
[所持金]:普通の学生程度
[思考・状況]
基本行動方針:いかなる方法を使っても願いを叶える。
0.学園に向かう。
1.日常は切り捨てた。
2.額の広い教師(ケイネス)にも接触する。
3.シャアに対する動揺。調査をしたい。
4.蟲のキャスターと組みつつも警戒。
5.――――
[備考]
※シャア・アズナブルをマスターであると認識しました。
※中等部に在籍しています。
※校門の蟲の一方に気付きました。
※キャスター(シアン)のパラメーターを確認済み。
※蟲のキャスター(シアン)と同盟を結びました。
※シオンの姿、およびジョセフの姿とパラメータを確認。
※杏子の姿とパラメータを確認。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)を確認。現時点ではマスターだと考えています。


【ランサー(セルベリア・ブレス)@戦場のヴァルキュリア】
[状態]:魔力充填
[装備]:Ruhm
[道具]:ヴァルキュリアの盾、ヴァルキュリアの槍
[思考・状況]
基本行動方針:『物』としてマスターに扱われる。
1.ミカサ・アッカーマンの護衛。
[備考]
※暁美ほむらを魂喰いしました。短時間ならば問題なくヴァルキュリア人として覚醒できます。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)を確認。現時点ではマスターだと考えています。



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152:命蓮寺肝試しツアー 武智乙哉&アサシン(吉良吉影
聖白蓮&セイバー(勇者ロト
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シオン・エルトナム・アトラシア
アーチャー(ジョセフ・ジョースター
160:蒼銀のフラグメンツ 言峰綺礼&セイバー(オルステッド
ケイネス・エルメロイ・アーチボルト&キャスター(ヴォルデモート
149:甘い水を運ぶ蟲 間桐桜
160:蒼銀のフラグメンツ キャスター(シアン・シンジョーネ
ミカサ・アッカーマン&ランサー(セルベリア・ブレス



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最終更新:2019年04月13日 22:09