2014 > 06 > 26 > 001

(論壇時評)「アナ雪」と天皇制 ありのままではダメですか 作家・高橋源一郎  朝日新聞


 数日前、大ヒット中の映画「アナと雪の女王」を見た〈1〉。公開されて数カ月を経てなお、空席はなかった。

 若くして王である父と母を亡くした姉エルサは、その国の女王として即位する。けれど、エルサには、大切な妹アナにもいえない大きな秘密があった。すべてを凍らせる魔法の力を持っていたのだ。中森明夫は、こう書いている。

 「あらゆる女性の内にエルサとアナは共存している。雪の女王とは何か? 自らの能力を制御なく発揮する女のことだ。幼い頃、思いきり能力を発揮した女たちは、ある日、『そんなことは女の子らしくないからやめなさい』と禁止される。傷ついた彼女らは、自らの能力(=魔力)を封印して、凡庸な少女アナとして生きるしかない。王子様を待つことだけを強いられる」〈2〉

 その上で、中森は、幾人かの、実在する「雪の女王」を思い浮かべる。その一人が「雅子妃殿下」だ。彼女は「外務省の有能なキャリア官僚だった」が「皇太子妃となって、職業的能力は封じられ」「男子のお世継ぎを産むことばかりを期待され」「やがて心労で閉じ籠(こも)ること」になると記した上で、さらに映画のテーマ曲「ありのままで」に触れながら「皇太子妃が『ありのまま』生きられないような場所に、未来があるとは思えない」と書いた。この原稿は、結局、依頼主である「中央公論」から掲載を拒否されたのだが、その理由は定かではない。

     *

 戦後社会と民主主義について深く検討する本が続けて現れた。いまの時期にこそふさわしいこれらの本の、大きな特徴は、どちらも、女性によって書かれ、天皇制について言及があることだ。

 上野千鶴子は、いわゆる「改憲」でも「護憲」でもなく、憲法を一から選び直す「選憲」の立場をとり、その際には、天皇の条項を変えたい、とした〈3〉。象徴天皇制がある限り「日本は本当の民主主義の国家とはいえ」ないからだ。いや、理由はそれだけではない。「人の一生を『籠の鳥』にするような、人権を無視した非人間的な制度の犠牲には、誰にもなってもらいたくない」からだ。

 赤坂真理は「雅子妃」の娘である「敬宮愛子様」について、深い同情をこめて、こう書いている〈4〉。

 「生まれてこのかた、『お前ではダメだ』という視線を不特定多数から受け続けてきたのだ。それも彼女の資質や能力ではなく、女だからという理由で。(略)ゆくゆくは彼女の時代となることを視野に入れた女性天皇論争も、(略)秋篠宮家に男児が生まれた瞬間に、止(や)んでしまったのだ! (略)彼女は生まれながらに、いてもいなくてもよくて、幼い従兄弟(いとこ)の男児は、生まれながらに欠くべからざる存在なのだ。なんという不条理! それを親族から無数の赤の他人に至るまでが、(略)ごくごく素朴に、信じている。この素朴さには根拠がない。けれど素朴で根拠のない信念こそは、強固なのだ」

 この二つの本からは、同じ視線が感じられる。それは、制度に内在している非人間的なものへの強い憤りと、ささやかな「声」を聞きとろうとする熱意だ。制度の是非を論じることはたやすい。けれども、彼女たちは、その中にあって呻吟(しんぎん)している「弱い」個人の内側に耳をかたむける。それは、彼女たちが、男性優位の(女性であるという理由だけで、卑劣なヤジを浴びせかけられる)この社会で、弱者の側に立たされていたからに他ならない。彼女たちは知っているのだ。誰かの自由を犠牲にして、自分たちだけが自由になることはできないと。

     *

 なぜ、天皇の後継者は「世襲で、かつ男系の男子」でなければならないのか。多くの人たちが「素朴に信じている」このあり方の奥深くまで、膨大な資料を駆使し、メスを入れたのが、2年近く連載され、来月完結を迎える原武史の「皇后考」だ〈5〉。天皇制について考えようとするなら、今後、この画期的な論考を無視することは不可能だろう。

 わたしたちが知っている「天皇制」は近代に生まれたもので、たかだか百数十年の歴史しかなく、それに先立つ2千年近い「天皇制」の中に、近代のそれとはまったく異なる原理が混じっていた、と原は指摘している。

 原によれば、そもそも女神であるアマテラスを始祖とする古代天皇制には、現在のそれとは正反対の「女性優位」ともいうべき思想が底流としてあった。それを象徴するのが、神であるアマテラスと人間である天皇の中間にいる「ナカツスメラミコト」とも呼ばれる存在だ。その、ある意味では天皇より上位の存在に、皇后はなることができるのであり、実際に、歴代の皇后の中に、いや近代になっても、それを強く意識し、その地位に上ろうとした者もいたのである。

 「男系男子」のみを皇位継承者とする「皇室典範」の思想は、「男性優位」社会のあり方に照応している。だが、その思想も、人工的に作られたものにすぎない。人工的に作られたものは変えることができるのだ。どのような制度も、また。

 皇太子の移動のための交通規制で足止めを食った堀江貴文が「移動にヘリコプターを使えば」とツイートした。それに対して、皇室への敬愛が足りないと批判が殺到した。皇太子のことを何だと考えているのかという質問に、堀江は簡潔にこう答えた〈6〉。

 「人間」

 いいこというね、ホリエモン。

     *

 〈1〉映画「アナと雪の女王」(監督=クリス・バックほか)

 〈2〉「『中央公論』掲載拒否! 中森明夫の『アナと雪の女王』独自解釈」(ネット掲載、サンデー毎日7月6日号にも)

 〈3〉上野千鶴子『上野千鶴子の選憲論』(4月刊行)

 〈4〉赤坂真理『愛と暴力の戦後とその後』(5月刊行)

 〈5〉原武史「皇后考」(雑誌「群像」で連載中)

 〈6〉堀江貴文(@takapon_jp)によるツイッターでのつぶやき(今月17日)




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最終更新:2014年07月04日 11:03