羽藤桂&アーチャー ◆RWOCdHNNHk
羽藤桂が紅い月の噂を耳にしたのは秋が終わろうとしていたころだった。
何がきっかけで流行りだしたのかもわからない。いつの間にかネットで囁かれるようになり、
気がつけば学校で噂好きの友達が普通におしゃべりのネタに出してしまう程度には静かに、しかし着実に人々の中に浸透し、共有されていることを肌で感じるようになっていた。
所詮はただの他愛のないガセ――そう割り切ってしまうのは簡単だ。
なのに頭のどこかでそれが常にこびりつき、鎌首を自分にもたげているような気がする。
桂は知っている。世の中には人ならざる存在が跳梁跋扈していることを。
人が文明を進化させ闇夜を眩い光で照らす世となっても、薄いレイヤーひとつ隔てた向こう側には魑魅魍魎が蠢く闇が広がっている。
深入りしてはいけない。決して興味本位に覗いてはいけない。
ただの噂と断じて斬り捨てよ。
――この噂は『本物』だと贄の血が騒ぐ。
あの夏の一件があってから桂は極力オカルト的な話題には関わらないようにしていた。
中にはただの――ほとんどがゴシップで終わるものばかりだが極まれに本物の怪異が混ざっている。
闇を棲み処とする者が人界に災いをもたらさんと暗躍している。
普通の人間ならそれを垣間見てしまっても運が良ければ見逃してもらえるだろう。
でも、桂は違う。
彼女に流れる血は人外の化生にとって極上の餌となるのだから。
今まで生きてこられたの不思議なぐらい彼女が持つ血は妖を魅了し惹き付ける。
そんな桂を十数年間影で見守り続けてきた者たちがいたことをあの夏の出来事で知らしめられた。
かけがえのない大切な人たち。
そのおかげで今の自分は生きていられるる。
とにかくその手の話題には関わらないこと、余計な心配をかけないためにも最低限の自衛の方法だった。
だから、そんな紅い月の噂なんてまったくのデタラメで相手にするだけ無駄。
それでおしまい――
東京よりムーンセルへ:羽藤桂ノ優先召喚ヲ要請。
注意:恣意的な人物の選出は聖杯戦争の運営に予期せぬエラーを引き起こす可能性があります。
東京よりムーンセルへ:ガイアカラノ龍脈遮断ノタメ『東京』ノパフォーマンス3%低下。今後正常ナ運営ガ困難ニナル可能性。予備ノ贄ヲ要求。
協議中:当該人物の特別扱いは認められない、ただしサーヴァントを与え通常のマスターと同じ条件とするなら可。
東京よりムーンセルへ:了承。
羽藤桂をマスターとして召喚します。
■
世界が軋み剥がれ落ちる。
青く澄み切った空は漆黒の夜へ変貌し、白く輝く太陽は血塗られた紅き月へと変貌する。
東京は飢えていた。
ムーンセルにより再現された空っぽの東京に訪れたイレギュラー。
ある魔人が敷いた陣は魂なき都市を依り代に、命持つ魔都へと変貌させた。
本来なら1300万の人間と闇に潜む魑魅魍魎たちが織りなす生と死のサイクルと、
大地に根付く都市として地球から流れ込む地脈が東京の糧となってきたはずだった。
しかしここは虚空に浮かぶムーンセルに再現された真なる模倣。
地球のバックアップを受けられないスタンドアローンとしての存在。
そして街で生死を営む人間の不在。
魔人が呼び寄せた魑魅魍魎と、ムーンセルが用意した魂なきNPCだけではとても東京の飢えを満たすことができない。
そして悠長に聖杯戦争に捧げられる人柱も待っていられない。
だから、魔都は贄を望んだ。
たった一人で万人を炉にくべるに等しい存在を。
しかるべき儀式を行い贄を捧げるのが最良なのだがムーンセルはそれを認めない。
ならばマスターとして聖杯戦争を戦ってもらい、あわよければ敗退し斃れその血がこの東京に流されてくれれば贄として十分機能する。
それが東京がムーンセルと交わした妥協点だった。
そんな魔都の意志など知るよしもなく羽藤桂は紅い月が座す異形の都市へ召喚される。
■
紅い月が浮かぶ東京の街並み。深夜のためか、それとも外界と隔絶された異界のせいなのだろうか人の姿は見えない。
なのにべっとりと絡みつくような気配だけが桂の肌をちくちくとくすぐる。
「はぁ……これからどうしよう……」
無人の公園のベンチにひとり腰掛けた桂は思わずため息をついた。
不思議と取り乱してはいない。生来ののんびり屋の性分のせいか、はたまた夏に体験した出来事のせいか。
桂は自分でも驚くぐらい冷静であった。
「変な出来事に慣れちゃうのも困りものだけどなあ」
桂は右手を宙にかざす。
月の光に紅く照らされた手の甲の紋様――令呪。
この街に召喚されたと同時に聖杯戦争のルールも記憶に刻み込まれた。
「わたしの願い――そんなの……」
願いなんてとっくに叶っていたはずだ。
あの事件を通して得たかけがえのない人たちと共に生きること。
それ以外なにも望むことなんて何もない。
だから、こんな誰かの死を望むことが前提とする儀式は認められない。
しかし――桂には力が無い。
例え贄の血という極上にして膨大な燃料タンクを持つ身としても桂自身はそれを活用する術を持たない。
他の誰よりも異界の存在に関わっていたのに自分は守られてばかり。
元の日常に戻ってからも桂にとって密かなコンプレックスだった。
「……いるんでしょ、わたしのサーヴァントさん。どこの誰か知らないけど」
ならば開き直って自分は燃料タンクだ。
従者に思う存分活用してもらおう。
桂は紅い月に向かってサーヴァントを呼んだ。
「ハーイ、こんばんはー。とーってもきれいな夜ね。あなたが私のマスターさん?」
紅い月を背にしてジャングルジムの上に降り立つサーヴァント。
現れたのは赤みがかかった金髪と、空に浮かぶ月のごとく真紅に輝く瞳を持った少女だった。
「えー……と。どちらさまでしょう?」
サーヴァントに選ばれるのは古今東西の英雄である。
てっきり筋骨隆々の偉丈夫が現れると思いきや黒いセーラー服と首に白いマフラーを巻いた少女。
どう見ても桂と歳が変わらなそうで、喋り方も軽そうで、とても英雄には見えなかった。
「こんばんは! 私はアーチャーのクラスのサーヴァント、真名は大日本帝国海軍、白露型駆逐艦夕立よ。よろしくね!」
「く、くちくかんゆうだち……?」
駆逐艦。名前の通り軍艦。船である。
おまけに大日本帝国海軍所属という半世紀以上前の存在。
でも目の前のいたって普通の人間の女の子である。
「あーっ、もしかしてマスターは夕立のことハズレサーヴァントだと思ってるっぽい? こう見えても第三次ソロモン海戦ではけっこう頑張ったんだよ!」
「あ、ははは……」
「ところでマスターって魔術師さん? なんかすっごくいい匂いがするの」
アーチャーはくんくんと鼻を鳴らす。
少し跳ねた癖っ毛のせいでまるで犬のよう。
「あー……そういうわけじゃないんだけどね……わたしはちょっと特殊だから」
「普通の一般人にしては……ううん、魔術師としてもありえない量の魔力を感じるっぽい。普通の魔術師がドラム缶一杯分ならマスターはぎっしり燃料積んだタンカー、ふっしぎー」
腕を組んでうーんうーんと唸るアーチャー。
「血。そう、マスターの血からそれを感じるの。そして――とってもイイ匂い……」
とろんとした目に上気した頬。
間違いない、このアーチャーも贄の血の香に当てられている。
わかっていたこととはいえ難儀な体質である。
「すこしだけ……ほんの少しだけマスターの血がほしいなー……」
「――いいよ。だってそれがわたし血だもん。人ならざる者を惹き付け力を与え、麻薬のように虜にする血――それがわたしの贄の血」
「えっ……ほんとに、いいの……?」
「こういうの慣れてるしね。でも約束してアーチャー、わたしといっしょに戦って」
桂は自ら服をはだけさせて肩を晒す。白い肌が紅い月の光の下に露わになる。
決してスタイルは良いほうではない桂の身体。それでもアーチャーにとってとてつもなく蠱惑的に見えた。
ごくりと喉を鳴らすアーチャー。
「……やっぱりダメだよ。私もしかしたら理性をなくしてマスターをぐちゃぐちゃにして食べてしまう」
「大丈夫だよアーチャー、ううん夕立ちゃん、わたしは信じてるから。さあ早くきて――」
その声がアーチャーの――夕立のタガをはずす。
桂の両肩を押さえて夕立は大きく口を開けて首筋にかぶりついた。
「ぁ、んっ――……!」
首筋に走る鋭い痛みはすぐに鈍痛になる。
白い歯は薄い皮膚を裂き赤い血がにじみ出す。
外気にあたった贄の血の芳香が夕立の思考を麻痺させていく。
ぴちゃぴちゃ、ぴちゃぴちゃ。
紅い水滴を犬のような舌使いで舐め取る夕立の表情は恍惚そのもの。
ここまで甘美な快感に浸れるものだとは思いもしなかった。
まるで高濃度の麻薬を直接血管に注入されたかのような快楽
このままこの身体を引き裂き全身で贄の血を味わいたい。
この華奢な身体に流れる贄の血を吸い尽くしたい。
気が狂いそうになる欲求を夕立は必死に抑えつける。
ここで贄の血の誘惑に屈して彼女を貪り喰ってしまえば下等な魑魅魍魎と同じ存在に堕ちてしまう。
人類の守護者たるサーヴァントの矜持が最後の一線を越えまいと踏み留める。
最悪令呪を用いれば夕立を引きはがすことは可能だろう。でも桂はそんなそぶりを一切見せない。
ひたすら吸血への不快感に耐えているのだ。それは夕立を信じているからこそ。
だから夕立もそれに答えようと理性を保ち続ける。
二人で聖杯戦争を止めよう、そんな桂の想いが流れ込んでくる。
彼女の生い立ちも。彼女が経験した記憶も血を介して夕立に流れ込んでゆく。
ちゅるちゅる、ちゅるちゅる。
血が吸われると同時に身体の全てを吸い出されてゆく感覚。
血とともに流れ込む夕立の記憶。
炎上する艦船。
海に投げ出された無数の人々。
それは夕立が持つ悲しい戦場の記憶。
桂の意識が夕立と混じり合いひとつになってゆく。
紅い月の下に重なる二人の少女の影。
そこにはマスターとサーヴァントの関係を越えた血の契約が成されんとしていた。
【クラス】
アーチャー
【真名】
白露型駆逐艦四番艦『夕立』@艦隊これくしょん
【パラメーター】
筋力D 耐久E 敏捷A 魔力E 幸運D 宝具D
【属性】
秩序・中庸
【クラススキル】
対魔力:E
神秘度の低い近代の軍艦ゆえ最低限の対魔力しか保有していない。魔除けの護符程度。
単独行動:A
燃費の少ない駆逐艦のためマスター不在・魔力供給なしでも長時間現界していられる。
マスターを失っても数日間は現界可能。
【保有スキル】
夜戦:A
闇夜に紛れ敵に肉薄し、必殺の一撃を与える水雷戦隊伝統の戦法。
夜間戦闘においてステータスが大きく上昇する。
水上戦闘:B
元が軍艦の英霊のため水上での戦闘にステータスの上方修正が加わる。
対空:E
スペック自体はごく標準的な駆逐艦のため航空機からの攻撃には弱い。
戦闘時空中からの攻撃に対し、命中と回避にマイナス補正がかかってしまう。
悪あがき:B
機関大破し航行不能となってもなお艦内のハンモックをマスト代わりにして戦闘続行しようとした逸話に由来する。
致命的な損傷を受けても一度だけフルパワーでの反撃を可能とする。
【宝具】
『61cm4連装酸素魚雷』
ランク:E 種別:対艦宝具 レンジ:1~20 最大捕捉:4
白露型駆逐艦に搭載されている魚雷。数百キロに及ぶ弾頭は当たり所が良ければ戦艦の分厚い装甲すらも破砕する。
脚部に魚雷発射管を装備しているため射出時下着が見えやすくなる体勢になるのが難点。
『最っ高に素敵なパーティーしましょっ!(ナイトメア・パーティー)』
ランク:D 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:100
狂化のステータスを自らに付与する代わりに自身の耐久以外のステータスに上方修正を加え第三次ソロモン海戦を再現する一種の固有結界。
月の出てない夜の海上に変貌した結界内を縦横無尽に駆け巡る夕立の姿はまさにソロモンの悪夢。
強制的に戦闘フィールドを夜かつ水上に変貌させるため自身の保有スキルを最大限に活用できる。
また第三次ソロモン海戦が日米両軍入り乱れた希に見る乱戦の逸話から戦闘に参加する者が多いほど戦闘能力が向上する。
ただし使用中は狂化してしまうため冷静な戦況分析ができなくなり、また耐久力の修正はないため集中砲火にあって致命傷を食らう危険性を孕んでいる。
【weapon】
12.7cm連装砲
【人物背景】
白露型駆逐艦四番艦の艦娘。お嬢様風の外見と「~っぽい」という独特の口調で話す(ただし常に語尾にぽいをつけているわけでもない)
見た目によらず超武闘派な戦歴から改二が実装。少しとぼけたお嬢様な外見も大きく変わり、瞳は緑からさながら赤い攻撃色になり
不敵な笑みを浮かべ手に魚雷を持つ姿はさも狂犬のような風貌と言えよう。今回の聖杯戦争は改二の姿で召喚されている。
【サーヴァントとしての願い】
特に無し
【方針】
桂のサーヴァントとして桂を守る。
【マスター】
羽藤桂@アカイイト
【weapon】
なし。
【能力・技能】
あらゆる人ならざる者を魅了し惹き付ける『贄の血』を保持。
その品質は歴代の羽籐家の人間の中でも最上位であり彼女の血を啜った人外は強大な力を得ることができる。
とある妖怪曰く「非常に多くの人間の血を全て吸い尽くしても、贄の血を飲むことで得られる力には遠く及ばない」とのこと。
【人物背景】
アカイイトの主人公。16歳
たったひとりの肉親である母を病気で亡くし、遺産整理をしていたところ父親がある日本屋敷を所持していたことが判明し
それを処分するか決めるため父の故郷に一人で向かうところからゲームが始まる。
贄の血という体質のせいで様々な妖怪から吸血という名の百合行為の餌食となってしまう。
なお崖から転落したり、妖怪に腹をぶち抜かれたりするなど作中バッドエンドでやたら死ぬのが特徴。
普段はわりと頼りなくのほほんとしたアホの子な印象が強いが命が懸かった場面では驚くほど気丈な一面を見せる芯の強さを持っている。
贄の血は父親の遺伝であり、母親はとある退魔組織の出身で現役時代は当代最強と呼ばるなど、何気にサラブレッドな血筋である。
趣味は時代劇と落語鑑賞。また中の人と相まって作中最強の誘い受けである。
【方針】
アーチャーともに聖杯戦争を止め、元の日常に戻る。
最終更新:2015年02月05日 02:12