おまじないをとなえましょう。
やさしいやさしい、くりかえすことば。
ことばはまほうでまじないでできているのです。

それはひとのきもち。
それはひとのいのち。
それはひとの――こめられた――――つよいつよい、だれかのためのきもち。



穏やかな日の光がぬくぬくと彼の頭に温もりを注ぐ。
見上げた、船の道標たる灯台は日光を弾いて目に痛い白色をしていた。

これだけ眩しいのに、彼の現実は真っ暗闇であった。
彼の名前はリヒト。世間ではホープトレーナーと呼ばれる、希望に満ち溢れた少年。
少年と言うが、彼は背も高く、おまけに顔も良くて、すこしばかりおませだった。
こんな場所に呼ばれなければ、もういくばくもしないうちに、エリートトレーナーの肩書で人生を歩んでいただろう。

彼には、女の子に優しい言葉を吐いては、袖にする悪癖があった。
悪癖とは言うが、本当の悪気はないのだ。彼はやはり頭も良かったから、決して女の子を傷つけたりはしなかった。
短い夢を一緒に見ていたかった。ちいさな、こどもにしか抱けない、温かい気持ちを。
彼は希望が有り余っていたから。希望を振りまいてなお余りあるほどに幸せで、その幸せな希望の夢を両手で抱え続けるのは辛かったのだ。

そしてきっといつか、本当の夢を共に抱ける女性と出会えると、信じていた。


コロシアイと、男は言っていた。
なんて嫌な言葉だろう、リヒトは整った眉を顰める。
言葉はもう少し丁寧に扱うべきだ、耳に聞こえがよく、傷つけにくく、なるたけやわらかなものがいい。
そして言葉に現実をすりあわせてやれば、万事この世は希望の言葉で回っていく。

「そうだよ、皆で助けあって、禍(まがつ)な言葉を正しく書き直すんだ」

声に出すと、耳に世界に響き渡る希望。
ああ、僕はきっとやれる。リヒトは恐怖も怒りも悲しみもおためごかして塗りつぶした。
それは、世間一般的に言うと『つよがり』だったのかもしれない。

荷物を確認しようと鞄を下ろした時、視界の端にたなびく何かが過った。
はっとしてその方向を見やると、崖っぷちに立つ、黄色いレインコートをまとった女性の後姿。
まるで身投げでもしそうなくらいに儚く、実体の、魂の伺えない立ち方にリヒトは慌てて彼女の背中へ声をかける。

「君、ダメだ――君!」

何がダメとは言えない。
その言葉は、不穏でしか無かった。

真っ青なリヒトとは裏腹に、振り向いた女性は笑っていた。
何をそんなに焦っているのかと、無邪気に、小首を傾げた。

「何が、ダメなのかしら?」

ああ、早とちりだったのだ。
リヒトは心の底から安心する。
口にこそ出さなかったがこの状況、閉塞感、絶望――はやまっても――何も言えやしない。


女性はトラウム、と名乗った。
雨が好きで、晴れた日にも傘をさして歩くのが趣味な……ちょっと変わった女性だ。

「こんな場所だからね、私のお気に入りの傘がないの」
「そう、それは気の毒に」

リヒトの持ち物にも傘は無かった。
何か力になってあげたいのに。
いつだって彼は、口先しか立つものはなくて。

ちくりと胸が痛む。
罪悪感か、あるいは。

トラウムは、それはそれは美しい女性だった。
黒髪で、雨がよく似合いそうな、どこか物憂げな顔立ち。
いつもおしゃべりする女の子たちとは違う、しとしとと、包み込むような魅力。

ふ、と彼女が抱えているものに目を落とす。
灰色で、ふわふわしたぬいぐるみだ。

視線に気づいたのか、彼女は目を細めて口を開く。

「私に支給されていたの、この子。私によく……似ていてね」

リヒトはそのポケモンを知っていた。
ジュペッタ、ぬいぐるみポケモンのジュペッタだ。
いやにぐったりしている、ジュペッタも悲しいのだろう。
かのポケモンは……捨てた主を探し暗い道をさまよい歩いていると聞いたことがあった。

ちくり、また胸が痛んだ。

「……大丈夫、大丈夫、僕は、あなたを守ってみせます」
少年と青年の間をたゆたう彼は、力強くトラウムの細い指先に手を添わせた。
鼓動が早くなる、これが、僕の求めていた夢。
今まで紡いできた言葉の中でも、飛び切りの希望を急いで織りなさなければ。


「僕は、僕は言葉だけは達者です。あなたが望むなら、どんな幸せだって呼び寄せる言葉を考えましょう、だから、僕と――」

言葉は詰まった。
別に思いつかなかったわけじゃない。
感極まったわけでも、舌を噛みつけてしまったわけでも、ましてやこうして止める効果をもたせたわけでもなかった。

胸が苦しい。
比喩じゃない。
表現じゃない。

痛くて痛くてたまらない。

リヒトは膝をつく。指先が彼女から離れてしまった。
息をするのが精一杯で、饒舌な口はあえぐように呼吸を試み、彼女に助けを求めぱくぱくと開閉を続けた。
するすると抜けていくそれは、さながら。




トラウムには、愛した男性(ひと)がいた。
彼は優しかった。いつでも愛をささやいて、守ってくれると、君がオレの夢だと、言ってくれた。
でも彼は嘘つきだった。

彼は、彼女以外にも同じ言葉を投げていたのだ。
彼女はいつしか置き去りにされて、ただただ、過去を懐かしむように傘をさしていた。

初めて、二人で入った傘を、ずっと手に持って雨の日も晴れの日も。
雨粒は傘の内側に落ちて、落ちて、はらはらと。

「ああ……傘がないの、大切な、大切な傘が」

傘を取りに戻らなくちゃ。
彼女には一枚たりとも言の葉は届かないのだ。

愛の言葉は呪いだったから。
耳に目に口に胸に手に足に魂にこびりつく呪いだったから。

胸が、とても痛い。
こびりついたすべてが、際限なく彼女を蝕んでいく。
見下ろした少年は、すでに息絶えていた。

「戻って頂戴……」
彼女はジュペッタをボールに戻し、コンバーターにセットする。
リヒトの死体、まだあたたかいそれを撫でながら、ジュペッタの回復を待つ。

ジュペッタは何も発さずに黙々とリヒトにのろいの技をかけていた。
自身の体力を半分にすることによって、相手を徐々に死に至らしめる技だ。
ポケモン同士ならば、交換を施せばのろいは解除できる。
ならば人間相手はどうなるのか。おそらくは距離……のろいをかけたポケモンから遠ざかれば、消耗こそあれど死には至らない。

そう、ポケモンのわざなのだから、逃げられる。
人間の呪いに比べたら、なんと優しいことだろうか。

しかもポケモンののろいは自身を傷つける。
かけっぱなしでのうのうと……生きていたりはしない。

希望という暖かな呪いを、その手から口からまるで陽光のように注いだリヒトにトラウムは唇を噛み締めた。

「あなたは彼じゃあない。これ以上、私を呪わないで」

トラウムは物言わぬ彼に、雨を独り言のように零して。

「傘が……無いの……」

誰にも届かない、誰も呪わない、そんな言葉だけを内側に散らしていく。


御呪いを唱えましょう。
優しい易しい、繰り返す言刃。
言刃は魔法で呪いで出来て射るのです。

それは人間の気持。
それは他人の生命。
それはひとの情念魂が込められた、鎖より絆より夢より強い強い、誰かのための気持。





【ホープトレーナーのリヒト 死亡確認】
【残り35人】




【B-1/西の灯台/一日目/日中】


【パラソルおねえさんのトラウム 生存確認】
[ステータス]:健康、深い悲しみ
[バッグ]:基本支給品一式、ランダム支給品×3
[行動方針]傘を取り戻す(一応帰還)
1:言葉を掛けるものを呪う

◆【ジュペッタ/Lv50】
とくせい:???
もちもの:???
能力値:???
《もっているわざ》
のろい
????
????
????

◆【???/Lv50】
とくせい:???
もちもの:???
能力値:???
《もっているわざ》
????

※リヒトの手持ちポケモン、持ち物はそのままにされています。

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最終更新:2014年11月23日 20:31