──────Riders Side──────
「ええい小娘一人まだ見付けられんかっ!随分と優秀な部下をお持ちだな」
ゲドゥの手元から飛び立つ十三羽目の伝書鳩を見送りながらライダーは露骨に不満を零した。
「まだ捜索を開始して三時間程度だろう」
「愚か者ッ!ファラオの三時間は平民の約八時間の密度に相当するのだっ!
しかもこの俺様を三時間も手持ち無沙汰にするとは正気か貴様?熱射病にやられたんじゃないのか?ええい暇だ暇だ暇だー!」
「・・・・・フゥ」
牧師は聞こえないように嘆息した。ライダーのイラつき方が若干ヒステリー気味になってきている。
この我侭傍若無人王と数日の時間を共にしたゲドゥにはわかる、これはかなりよろしくない兆候だと。
出来るだけ手早く標的たるあの娘を探し出さねば何をしでかすか判ったものじゃない。
とはいえ河川を挟んだ両町に潜伏させてある全諜報員にはとっくに指示を出した後だ。彼らが命令を実行しているのは間違いない。
既に全力を以って捜索しているのだからこれ以上の能率アップを望めるわけもないのだがそんな道理を聞き入れてくれる王様ではない。
なにせ真性の古代人だ。しかも性質の悪いことに王族の人間だ。現代人では理解できぬ非常識の塊なのだ。
王がやれと言ったらたとえ生身であろうが大気圏突破して月まで到達しなきゃならないようなノリで物を言う連中なのだ。
そうしている間に十四羽目の伝令鳩が報告を首に下げてやってきた。
伝書鳩など一見すると西洋の最新技術を見知っている欧米人から言わせれば未開人の通信手段以外の何者でもないが、
だからといってしっかりと訓練を施した動物の有用性を侮ってはいけない。
彼らは時に機械機器以上に迅速かつ的確な判断で任務を達成することが可能なのだ。
またこのような原始的な手段ゆえに盗聴や通信傍受の類は一切通用せず、機密性は下手な機械通信によりも断然上だ。
そしてなによりも馬鹿でかい機材を一々持ち運ぶ必要が無いのが潜入任務を主とする者達にとっては有り難かった。
ゲドゥはテキパキと封を開け暗号化されている報告書に目を通した。しかし報告の内容はこの一帯では発見ならず。とあった。
報告に内心舌打ちして次の指示をこの伝令鳩で送り返そうと腕を上げ、
「もういい止めい。貴様らの無能っぷりには付き合いきれん。小娘は後回しにして別の獲物と遊ぶことにする」
もはや勘弁ならんとばかりにライダーはゲドゥの手元から飛び立とうと翼を羽ばたかせていた白鳩を鷲掴みしポイっと放り捨てた。
クルクルッポなどと鳴きながら地面に転がされヨタヨタする伝書鳩を完全に無視し、太陽の船を招来。
それからライダーはゲドゥの神父服の襟首も鷲掴みするとそのままズルズルと引き摺って強引に戦車に乗り込んだ。
「お、おい!ライダー!なんだ?!手を離せ!どこへ行く気だ!?」
「ここではないどこかへ」
そこはかとなく格好良さ気なフレーズを残して彼らはここではないどこかへと向かって猛スピードで飛び立っていった。
──────Casters Side──────
戦うという行為は普段よりも大量のエネルギーを消費するものだ。
霊体のサーヴァントはマスターから提供される魔力を喰らって腹を満たすが、生身の人間は飲食と睡眠でエネルギー補給を行なう。
聖杯戦争が開幕して既に数日の時が流れていた。
人類も食わねば命に関わるしなにより活力が生産されない。なのでソフィアリも当然食事くらいしている。
ただ一つ困ったことは彼は他人よりも食事の味にうるさいという戦時中には余りにナンセンスな悪癖があった。
さて、そんな食にうるさい貴族ソフィアリ家のお坊ちゃまの本日のご昼食はというと。
「さ・・・・・魚を生で食べろだと・・・?マイガッ!信じられん!
ジパングが未開国の野蛮人の集まりだという話はどうやら真実のようだなァ・・・ッ!
おいレッサー!本当にこれがその店にあった一番高い食事なのだろうな!?そうなんだな?!!」
持って来られた食事の非常識さに激昂しながらソフィアリは己の足元で行儀よくお座りしている大型犬を怒鳴りつけた。
主人に怒られた犬はしゅんと頭を垂れてワン!っと短く鳴き、くぅ~んとしょげている。どうやらYESと言っているらしい。
そしてそれは恐らく本当なのだろうと予想が付いた。理由は簡単だ。
レッサーに持たせておいた銀貨が0枚になり代わりにこの生魚と米の正体不明の物体と麺類らしきものなどが帰ってきたのだから。
ところで話が少し逸れるが、ソフィアリはこの"聖霊の家"が完成してからは基本的に外へは出ていない。
聖杯降霊儀式参加の突然の呼び掛けに慌てて家を飛び出してきたまでは良かったのだが、
迂闊な事に彼は自分の召使いを連れて来そびれるという重大なミスを犯してしまった。
一応兄や父たちにこのおいしい儀式の話を悟らせない為の予防策でもあったのだが、それでもミスと言わざる得なかった。
何故ならお察しの通りお貴族様でボンボンのラウネスくんに炊事や洗濯などの家事が出来るわけが無いからだ。
せめて身の回りの世話をするラウネス付きの召使いぐらいは実家から連れて来ても良かったのではと最初の内は後悔もした。
しかし、ソフィアリはソレに取って代われるモノをちゃんとこの冬木に連れて来ていたのだ。
それがこの一匹の血統犬である。その名をレッサー。今日まで彼の身の回りの世話の手伝いを健気に務めてきた大型犬である。
もはや言うまでもないと思うが一応断っておくとレッサーは普通の犬ではない。歴としたラウネス・ソフィアリの使い魔だ。
魔術師にとって使い魔とは己の分身のような存在であると同時に魔術師本体がやるには煩わしい雑事をこなしてくれる便利な存在だ。
魔術師という人種は兎角多忙である。一分一秒でも長く己の研究を続けんとし結果その他の用事に手が回らないなど日常茶飯事だ。
そういった場合、魔術師は必要ではあるが優先順位が低い事柄を使い魔にやらせるケースが多い。
掃除や資料整理に手紙の配送などなど。まさにソフィアリがレッサーにさせていた事などもそうだ。
また魔術師の使い魔である以上は多少の魔術も行使もやってのける。
使い魔が行使する魔術は主人の得意とする魔術や習得している魔術の種類によっても変わってくるが、
レッサーの扱う魔術は主に補助系統の魔術が多く、視聴覚の共有を始め犬の特性を活かした魔力や地脈の匂いを嗅ぎ分けるなど、
ソフィアリをサポートする際に特に利便性の高いものがチョイスされている。
無論おつかいはお手のもの、汚れや細菌を分解除去する魔術も行使可能なので掃除洗濯の真似事だって出来るのである。
こうしてラウネスは己の手を煩わすことなくそこそこに快適な生活空間を手に入れ聖杯戦争に集中できたというわけであった。
ちなみにラウネスがなぜ使い魔の媒介に犬を選んだかというと。
ズバリどの動物よりも賢くなにより従順なところが素晴らしいという当人の嗜好によるものだった。
「チッ、やはり我々白人国家が先導しアジア国家の黄色猿どもの繁栄の手助けしてやらねばならんようだ」
ソフィアリは未だに皿に乗ったその食べ物モドキには手を付けず忌々しげに睨み付けていた。
しかしこれは・・・食べて大丈夫なのか。そもそも安全な物かもわからない。
下手に口にして腹でも壊そうものならこれを作った店にマッハで乗り込みコックを炙り殺してしまうことは確実だ。
それは流石に避けたい。彼が見つめるソレは赤や白やピンクなどの美しくも様々な色合いを見せる『SUSHI』なる日本独特の料理。
他には『TENPUUURA』や『SOBAAAA』などもあるのだが無論ソフィアリにとっては未知の謎物体でしかない。
このままでは埒が明かないと『SUSHI』と『TENPURA』を適当にいくつか選ぶと、ぼとり。とワザと地面に溢した。
「・・・・・・おまえが先に喰えレッサー」
皆も覚えておくといい、これが主人特権を最大限に利用した毒見法である。
NOと言えない可哀相な下僕は黙々とその非情な命令に従うのみ。しかし哀しいかな、いくら使い魔になろうと所詮元は犬。
クンクンはぐはぐと旨そうな匂いと食い気に流されるまま実に美味しそうに"SUSHI"と"TENPURA"を食べること食べること。
そしてあっと言う間に毒見用のサンプルはレッサーの胃の中に消え失せてしまった。
「毒は・・・とりあえず入ってないようだな。レッサーが吐き出さないところを見ると味も見た目ほど悪くないのか・・・?」
レッサーは仮にも良家のお犬様だ。普段から良い餌を喰ってるせいで主人と同じく味には煩い生意気な舌を持っている。
それを見取ったソフィアリは意を決してナイフで寿司を切り、フォークにぷっ刺し、ぼろぼろとシャリを崩しながら一口食べてみた。
「くそっ食べ難い・・・む、だが味はそんなに不味くないな?祖国では食した記憶のない味わいだ。それにこの揚げ物と麺も中々」
二口三口と箸を進めているとわんっ!と愛犬が期待と媚びるような瞳で見つめていた。
「お前にはきちんと必要な分の魔力を与えているだろう。これは私の分の栄養源だ」
要求を突っぱねる。するとレッサーは小癪にもくぅ~~~ん。マッチ売りの少女よりも哀愁漂わせる声音で啼いた。
しかも一度だけではなく二度三度と畳み掛けてくる。みるみる仏頂面だったソフィアリの頬肉が緩んでゆき・・・そして。
「・・・・・仕方ないやつだ、わかった。余った分はちゃんと褒美に喰わせてやる、だからそれまで大人しく座っていろ。伏せ」
レッサーの必死のおねだり攻撃が通じたのか残飯を与えることを約束し魔術師は再度モグモグと続きに取り掛かった。
ジャパンの誇る"SUSHI"と"TENPUUUUURA"そして"SOBAAAAAAAAAA"が割と好評だった昼食時の一幕。
しかし、そんな緩まった空気に彼らが浸っていられたのもこの時までであった───。
◇ ◇
”───キャスター!すぐに戻って来い緊急事態だ!”
「───え!!?」
その声は遠く離れた場所にいたキャスターの脳内を稲妻のように走り抜けた。
主ラウネス・ソフィアリが唐突に送ってきた念話はそれだけで事情の全てを理解させてしまうだけの焦燥感で溢れていた。
尋常な事態ではない。マスターの身になんらかの危険が迫っている。
即座にそう判断したキャスターはこの後予定していた敵マスターとの接触の段取りや今後戦場になる確率の高い場所の特定。
さらに絞った場所への罠の配置の下準備などその他作戦準備を一旦キャンセルすると、直ちに自身の工房へと空間転移した。
空間転移の魔術行使が終える。
「マスターなにがあったのですか?!!」
工房内に予め設置しておいた瞬間転移用の魔法陣からキャスターが姿を現した。と同時に周囲を見渡しマスターの姿を探す。
「そこそこに早かったな、早速だが貴様に仕事が出来た。陽もまだ明るいというにせっかちな輩が御出ましだ」
そう愚痴を洩らしながら無事な姿を見せるソフィアリはそのせっかちな輩の姿を親指で指し示した。
「あれはライダーのマスターと・・・・ライダー、でしょうか?」
モニターのような物に映し出されたのは軍艦とも戦車とも取れる形状の乗り物に乗った騎兵のサーヴァントと思われる人物の姿。
推測が入るの神父はともかく騎兵が以前と微妙に容姿が違うような気がするせいだ。
まだこの工房のある丘の麓にあたる地点だが陣地外周部に設置した索敵結界に引っ掛かったのだろう。
「しかし彼らは何故この場所に?」
普通ならばこんな場所にわざわざ足を運ぼうとさえ思わないだろう。
否、今回に限って言えばこの場所を思い出すことさえ困難な筈だ。そういう認識障害の結界を張ってこの場所を秘匿している。
しかしその爆走っぷりはまるで一切の迷いもなくこの丘の頂上を目指しているようにしか見えない。
「そんなことはどうでもいい。頭の悪い馬鹿どもを捩じり殺してやれキャスター」
疑問の答えが出るよりも先に主から命令が下る。
キャスターもそれ以上は口を挟まずこくんと肯くと簡素な造りのローブから宝具たる魔道書を取り出し素早くお目当てのページを開く。
そして疾くも悠々とした長呪文詠唱を開始した。
キャスターは『世界の書』を使えば特に詠唱無しでも魔術行使は出来るが詠唱すればその分の破壊力を上乗せできるという利点がある。
その間に船車はぐんぐん工房との距離を縮めてゆく。キャスターの体内を魔力が激しく奔り駆け巡る。
燃料を与えられた機関は次々に回転を始め、徐々に連動し神秘を発現させるべく大回転へと至る。
「───雷の邪神ゼウスよ、その穢れた雷鳴の祝福を。贄の赤と引き換えに黒き雷の招来を───!!」
戦車が坂を登り切った瞬間。
上空の雲が突如暗転し大地と垂直に真黒のカミナリを吐き出した。その数、三条──!
黒いカミナリを都合三発も叩き付けられた硬い大地はたちどころに轟音を上げて吹き飛ばされた。
土は大きく抉り取られ、巻き上がった土礫がもうもうと巨大な砂煙を形成する。
爆心地には雷の高熱によって生じた火種がパチパチと残っていた。周辺は砂煙のせいで視界が極端に悪くなっている。
人間が喰らえば骨も残らぬだけの威力を誇るAランク魔術の三連撃。
おまけに今の大魔術は詠唱分を上乗せしているせいで威力は通常の三割り増しだ。終結を悟りパタンと書を閉じるキャスター。
「終わりましたマスター。いくら対魔力スキルを保有するライダーでも今のを喰らえばマスターの方が耐えられない」
「ご苦労。しかし案外呆気ない敵だったな。折角の来訪だ、客は私直々に葬ってやろうと考えていたのに残念───」
ソフィアリの言葉が止まる。キャスターの方も思わずぎょっとした表情をしていた。幻聴なのかどこからか高笑いが聞こえる。
だがその音はどんどん大きくハッキリなっていき。そして現実を思い知らせるように立ち込める砂煙の中から飛び出す巨影。
「───フフ、フハーッハッハーゥ!ホレ見たことかこの駄牧師ィィめぇえ!マヌケバーーカ!
俺様の言った通りここで"当たり"ではないかこの無能者がーー!」
「・・・・・フン。ミリル、ジーン近くにいるな?大至急だ、町外れにある丘の頂上まで来い。
これよりキャスターのマスターに異端審問をかける!」
隣で高哂うライダーを極力無視してゲドゥは唯一残った二名の残存戦力──代行者に応援の念話を送った。
黒雷の直撃を受けても傷一つ負ってない二人の敵は真っ直ぐに工房の玄関口へと突っ込んでくる。
「くく面白い!いいだろう少々味気なかったところだ!
前回の借りを返してやる、食後の運動ついでにレッサーの餌の材料にしてやるぞ代行者ァ!!」
以前の屈辱を晴らさんと吼えるソフィアリ。隣には無言で敵影を見つめるキャスター。その頭脳は淀みなく状況を分析する。
黒雷が通じていないのはライダーが高ランクの対魔力持ちでマスターを庇ったからと考えるのが妥当だろう。
ならばセイバーのように自分たちの懐まで誘い込み奴らの頼みの綱である対魔力スキルを剥奪してやればいい。
魔道の英雄は再度『世界の書』を開く。先のよりもキツイのをお見舞いすべくページが捲られていく。
敵がこの"聖霊の家"に入った時点で仕込んでおいたトラップ魔術が発動し対魔力スキルを剥ぎ取れる。
自然と笑みが零れる二組の男たち。それは勝利は己のモノだと信じて疑わぬ笑みだ。
「さあ王の遊興の時間だーー!!」
突入は容赦の欠片もなかった。
ライダーの戦車はどこまでも加速しながら玄関から100m手前の地点に差し掛かると同時に火を噴いた。
それは比喩でも何でもなく本当に"火を噴いた"。
戦車の右舷と左舷から出現した二つの火球は螺旋の渦を描いて建物の扉へと吸い込まれる。
火炎弾に直撃した扉は木端微塵に破壊され壁面にはだらしない大穴の口を開く。
だがそれだけでは終わらない。さらに追い討ちをかけるが如く大穴目掛けて車体諸共突入をかける。
図体のデカイ戦車を捻じ込まれた穴はさらに強引に砕き広げられ一層だらしなさを増す。
「グァハーハッハッハ!なんと貧弱な建造物だ!あまりにも脆すぎるぞ貧乏人め、もっと良質の材料を使え!」
自分がぶっ壊しておいてなんて言い草だと牧師は一瞬思ったがよく考えればここは薄汚い魔術師どもの棲家だ。
いくら壊したところで問題はない。いやむしろもっとしっかり壊しておくべきだ。
建物内部は外から見るよりもずっと広い。一応は魔術師の城という訳だ、この建物全てが条理の外にある。
「キャスター達はどこだ!?」
「どうせ最奥の間だろう。この手の小物は奥まった場所で俺様の様な英雄に蹴散らされるのをガタガタ震えて待っておればよいのだ!」
突入の弾みで浮いていた車輪が着地し地面をしっかりと噛む。床を車輪で抉りながら激しく左右に揺れる車体のバランスを保つ。
前方には別の部屋への入り口があった。まずは手始めにそこを目指す。当然扉は手で開けず戦車でぶち割るのがエジプト王家式だ。
「チッ!小賢しい真似をッ!!」
次室への侵入と同時に敵が仕掛けて来た。何の前振りも無く突如として盛り上がる床。まるで岩の津波だ。
しかし波乗りなんて可愛いらしいものではない。大波に翻弄された小舟は最後に転覆する運命を待つのみだ。
キャスターは戦車にとっては何よりも重要な路面を潰すという最も合理的な手を打ってきた。
「ライダーなんとかしろ!このままでは圧し潰されるぞ!」
「俺様に命令するとは何事だ愚民ーー!」
ライダーは絶叫しながらも舵を完璧に手繰り船体をギリギリのところで姿勢維持。感嘆するほどの騎乗の腕前である。
そればかりか傾斜60度という転がり落ちるのが必然の地面を見事に走行していた。危機を一つ突破するとまた別の危機が襲い掛かる。
前方の地面から石の剣山が飛び出す。しかしライダーはそれよりも速く鋭く騎乗槍を揮い剣山をバターかなにかのように刈り取った。
「どうだ観たか我が炎の走りを!さすが俺様カッコいいッ!!他の騎兵ではこんな美走は出来んなぁーッ!」
ゲドゥはすかさず他に出入り口が無いか視線を巡らせた。目的の物はすぐに見つかった。前方左に別の部屋への扉がある。
「でかしたライダーこのままあそこにある扉を破って別室へ───」
が、眼前に迫るモノを目視して硬直した。
───いらっしゃい。
魔術師がどこかで笑いを零した気がした。どこにも姿はないというのに、くっきりとした気配を発して。
二人の正面には毒々しい緑色をした尋常な大きさではないつらら群が待ち構えていた。
ゲドゥは嵌められたと痛感した。血の気が失せてみるみる体温が下がっていく。さっきの床の隆起は自分たちを殺す為ではなかった。
あくまでこの場所に逃げ切れない状態で誘い込む為のものに過ぎなかったのだ。しかもあの不吉で毒々しい色は明らかな毒性。
あんな鋭い巨大氷柱だけでも十分致死量を超えているだろうのにどうやら敵はこちらを殺す事に余念が無いらしい。
ゲドゥは無駄と判りつつも両腿の鞘から両手に持てるだけの黒鍵をありったけ抜く。
抵抗もなく殺されるなど代行者として断じて有り得てはならない。異端はたとえ命を落とそうと最後まで否定し抜くのが代行者だ。
回避できぬ死ならせめて一矢報いんと全身の筋肉を弦のように引き絞り手にした弾丸を撃ち込まんとして、
「オイ貴様。王に対してそんなゲテモノを振舞うとは無礼が過ぎるぞ。その下品な氷菓子をとっととさげろ下衆が───ッ!!」
本気で不快そうな声で王が一喝した。
怒声に合わせて戦車の右左舷が光り輝く。これまで以上に力強い輝きを放つ太陽の船。
玄関をブチ破った火炎球が再度顕現する。しかし今度の焔は飛んで行かず、まるで蛇が巻きつくようにそのまま車体に絡み付いた。
艦が炎の衣を纏う。轟々とした輝きと高熱で今や船車は小さな太陽と形容してもいいだろう。
熱気に煽られたせいかつららが不安定にぐらぐらと揺れる。そしてタイミングを計ったように氷柱が火の戦車目掛けて墜落した。
落下しながら空中で破裂した氷柱は小さな氷刃となり吹雪のように戦車に降り注ぐ。
纏わりつく冷気。だが火の車と化した船はその熱をもって次々に氷刃を解かしていく。
攻守の逆転。熱気が冷気を侵略する。されど無数の氷によって冷却された反動か太陽戦車の火の手の勢いが若干怯んだ。
緑色の毒つららが太陽の艦を融かし貫かんとし、赤色の火炎車が氷塊を焼き溶かさんとする。
両者は敵意剥き出しに激突する───!
◇ ◇
「いけない!マスターお逃げなさい!」
気付いた時には無我夢中で叫んでいた。
状況が良くわからず唖然とするマスターを半ば追い立てる形で工房外へ通じる魔法陣へと押し込んでいく。
「な、何をするキャスター!?敵を目前にして血迷ったかキサマ!!?まさか裏切る気かッッ!?」
「いいから急いで!このまま此処に留まっていては貴方の身が危険なのですよ!」
マスターの罵りなど一切意に介さずとにかく工房の外へ。出来るだけ彼を遠くへ。
敵の接近をひしひしと感じていた。すぐ近くの位置まで来ている。今出遭ったらあっという間に終いになる。
それは絶対的な真実。卜占で未来を読むまでも無い。何の答弁も無く、何の抵抗も無く。
キャスターはただ───はっきりと己の敗北を悟ったのだ。
「ボクではあのライダーには勝てません!彼の対魔力は尋常じゃない!」
マスターの剣幕に内心冷や冷やしつつも必要最小限の説明を手短に済ます。
もしこの場面で"やめろ!"と令呪を使われたら笑い話にもならない。
「くだらん寝言を抜かすな。キサマには判らんだろうがマスターである私には全て視えているんだ!
あのライダーの対魔力はDランク相当だ。これのどこが尋常ではない対魔力だというのだ、ええ?」
ぐいぐい押してくるキャスターに抵抗しつつソフィアリも己の眼で視た情報を叫ぶ。即座にキャスターが頭を横に振った。
「ライダーの宝具───恐らくあの乗り物が保有する能力です。
マスターもその目で視た筈でしょう?ボクの魔術がキャンセルされる瞬間を!」
毒性のつららは綺麗にさっぱり融解した。ライダーの身体に触れるよりも早く。爪先から頭まで電動鉛筆削りにかけるかのように。
それこそ観ている者に快感すら与えんばかりの軽快さで。戦車が纏っていた加護は毒の氷刃を完璧に遮断しきったのだ。
「バカな?!なら対魔力用のトラップ魔術はどうしたというのだ!?」
「あのライダーには効果がありませんでした。それだけです。
もしライダーの対魔力がAランク相当ならば最初の一手以前に罠そのものが弾かれてしまう。
工房の外であれだけの雷撃をまとも受けて無傷だったのもこれで納得がいきました。どちらにせよこの場所は安全ではありません」
「・・・ッ!」
そこでようやく事態の深刻さを悟ったマスターの顔色がみるみるうちに青くなっていく。
まさか魔術師にとって最強の城砦である工房が安全地帯足り得ない。そんな事態はソフィアリの想定の遥か枠外の話だった。
「ボクが出来るだけ時間を稼ぎます!だから、その間に出来るだけ遠くへ!」
静かになった室内には一人キャスターだけが残っている。
ソフィアリが工房から無事外へ脱出したのを水晶で確かめるとホッと胸を撫で下ろした。
ひとまずはこれで最悪の状況に陥るのは回避出来た筈だ。とは言っても事態がマイナスからゼロになった程度の改善に過ぎぬが。
敵の気配はより明確に、まるで壁越しに透明な手で触っているかのように感じ取れる。
この灼熱の殺気のせいだ。殺してやると、口に出すよりも雄弁にライダーは語ってくれている。
こちらとの距離が縮まるのと比例して心拍数も上昇していく。緊張で喉の渇く。生唾を飲んで渇きを誤魔化す。
いつもの癖でレンズの小さい丸眼鏡をくいっと上げ直した。そしてローブの懐から魔道書を取り出し表情を引き締める。
ずっしりとした重みのある分厚い書物の感触が頼もしい。知らず知らずの内に魔書を強く握り締めていた。
重量感のある車輪音と床を揺るがす振動がすぐ隣の部屋にまで到達し、
「王に対して出迎えやもてなしの一つも無しとは、この礼儀知らずめ。一から躾け直してやろうかえぇ愚民?」
壁の崩落の音と共に最悪の来賓がついに登場した。
「礼儀知らずとは失礼な物言いですね。出迎えもおもてなしもきちんとしたあげたではありませんか?」
僅かに怯んでいる事を悟らせないよう出来るだけ軽口で返す。
まず魔道士の網膜に強引に飛び込んできたのが金髪褐色肌の騎兵が駆る目映くも荘厳な戦車だった。
遠見で視るのと間近で視るのでは迫力の桁が違った。そしてそれ以上に強烈なのが圧迫感だ。
もはやこっちは桁違いを通り越して次元違いと思えるほど印象に落差が出来ていた。
戦車兵装にありがちな魔獣や聖獣に騎乗物を牽引させるという手法をあの戦車は使っていない。
そんな軟弱な物一切不要と車体そのものが主張している。そこがなによりも対峙する者にプレッシャーをかけるのだ。
そして次に眼に入るのがその戦車の操縦をする男の瞳だ。確実に怒気を孕んだ両の目が鋭くこちらを射抜いている。
「寝言ならば寝て抜かすがいいわキャスター。
あんな派手さに欠ける電気遊びの出迎えや見るからに糞不味そうな氷菓子なんぞで俺様に対して礼を尽くした気でいるだとォ?」
戦車の上からキャスターを見下ろすライダーの顔が紅くなっていく。理由は不明だがどうやら気に入らなかったらしい。
「おや?お気に召しませんでしたか?」
ローブ姿の青年が取ったしれっとしたこの態度は腰巻き姿の王の堪忍袋に直火を点ける結果になった。
ぐんぐん激昂温度メーターが急上昇し瞬間湯沸し器よりも三十倍は短い時間で沸点に到達する。
「ふ、ふ、フッ・・!フゥゥザァァアケるなーーーーーー!!なんなんだあの地味な出迎えはーーーーーーーーー!!!?
他でもないこの俺様を出迎えるのなら震度7前後の大地震か火山大爆発ぐらいのド派手な演出で出迎え方をせんか粗忽者がーッ!!」
突然のライダーの絶叫に面食らうキャスター。派手さが足りずに怒られるなど産まれてから死んでなお初めての経験であった。
あれで派手さが足りないなど意味不明もいい所だが、ここからさらに意味不明度は上昇する。
なんとファラオは溢れ出る怒りに身を任せたまま貴人に対する御もてなし作法をくどくどと早口で熱弁し始めたのだ。
もてなしはとにかく派手でないといけないとか物珍しくないと詰らないとか芸術性にも富んでいないと許せんなどなど。
その姿はまるで酔っ払って説教する中年父さんである。横にいるマスターの制止の声は完全に無視。
誰も聞いちゃいないファラオの御もてなし演説はまだまだ終わる気配がない。
全く理解できない屁理屈ならぬ王理屈についていけず一瞬ばかりきょとんとしてしまったが、とにかくこれはチャンスであった。
ライダーが一人でベラベラ喋っていてくれればその分ソフィアリがここから離れる時間が稼げる。
なるだけ話を引き伸ばすべくワザと出来の悪い生徒役を演じようとキャスターが口を開こうとし、
「────キャスターのマスターがどこにも居ないぞ」
横合いから放り込まれた第三者の言葉によってその思惑は完全に妨害された。
ライダーのマスターゲドゥ牧師の一言にあれだけ饒舌に回っていたライダーの口がピタリと停止した。
「特に王家の人間をもてなす時には特に細心の・・・・・あぁん?」
それまでマスターの意見でさえ全く顧みなかったサーヴァントがその言葉にだけは反応した。
部屋を隈なくぐるりと見回す。最後にキャスターの方へとねっとりとした威圧感たっぷりの視線を叩き付けた。
「・・・ふむ。なあキャスター、貴様の飼い主の姿が見えんようだが・・・・どこへ行った?」
「生憎と令呪で喋るなと命令されている身でして。下手に喋るとボクが死にますので喋れません」
冗談とも本当とも端からでは決して判断が付かない非常に微妙な口振りで返してやる。
それをどう取ったのか不審顔のゲドゥが横から声をかけた。
「どうするライダー?一応叩いて口を割らせてみるか?」
「・・・・・・」
マスターの彼からしてみれば果たしてそんなつまらない事に令呪を使うのか甚だ疑問なのだろう。
だがライダーはキャスターの思惑を推し量っているのか黙したままだ。
一方のキャスターは何が起きても即応戦出来るよう魔道書をスタンバイする。
口は割らないとその態度がきっぱりと断言している。とにかく何が何でもソフィアリが逃げ切るだけの時間を稼ぐ必要がある。
対魔力スキルを潰す事に特化したこの工房では心強い援護は期待出来ずとも、手にはとっておきの武器がある。
この魔書を秘儀を尽くして戦えば時間を稼ぐ事くらいならば何とかなる筈だ。
「おいライダー、どちらにせよキャスターが目の前にいる事には変わらん。
敵マスターの援護が無いのならそれはそれでこちらには好都合だ。ここでキャスターを叩き潰しておけばいいだろう」
殺人牧師が両脚の鞘からレイピアのような剣を抜く。ライダーのマスターは完全に戦る気でいるらしい。
青年も表情を引き締め魔術回路を起動させる。しかしライダーの返した言葉は二人にとって予想外ものだった。
「知らん。戦意の失い敵を潰してもつまらん」
プイッとそっぽを向いたと思ったら何故か周囲をキョロキョロと物色し始めた。
「・・・え?」
「なッ、お、おい!?」
ゲドゥが珍しく狼狽するのも無理はなかった。彼らの標的である筈のキャスターですらこれには唖然としているのだ。
「オイ敵が目の前にいるのに戦わないとはどういうことだ!?毎度の事とは言え説明ぐらいしたらどうなんだ!」
「ウルサイ奴め。さっき言った通りだ。戦う気のない敵と戦っても労力の無駄だ」
ライダーは部屋の隅から隅を念入りに注視しつつ片手間にゲドゥの質問に答えていた。
「戦う気が・・・・・無いだと?」
「ああそうだ。俺様を疑う前にまず本人に訊いてみればいい。
そこの魔術師、ふざけた事にこの俺様たちと適度に戦ってから逃げおおせる気満々だぞ?」
じとりとした二つの視線がキャスターの身体を射抜く。咄嗟にポーカーフェイスで取り繕ったはいいが頭は半パニック状態だった。
「何故そんな面倒な真似───ああ、そういうことか」
合点がいったとばかりに肯くと、ゲドゥもライダーと同じ様に室内中をきょろきょろと物色し始めた。
「ほほう、あれだけで理解できたか?」
状況さえ読める者なら推測するのはそう難しい事ではない。ましてや今回のはどちらかと言えば簡単な部類に入る。
サーヴァントだけが居城に居残りマスターが不在の理由など数える程度しかない。
そしてその中で最も確立的に高いものを選べば自ずと回答は出る。ただ一つだけわからないのは。
「なぜキャスターにやる気が無いとわかった?」
それだけがゲドゥにも理解しかねた。このサーヴァントはたまにこういう真似をやってのけるのだ。嘘発見機能でもあるかのように。
時間稼ぎをしたい理由は判ってもそれに気付けるかは別問題である。恐ろしい事にこの男はノーヒントでそれに気付いたのだ。
「愚か者。王は下賎者の虚偽ぐらい簡単に見抜けなくて務まるものか。王の権威と威光に擦り寄るハイエナは星の数ほどおるわ。
俺様の前では何人たりとも偽ることは出来ないようになっているのダー!」
などと放言しているがライダーがキャスターの嘘に気付けたのはそんな超能力じみた力のおかげではない。
もっと純然な観察力による賜物だ。彼はキャスターの態度から敵に戦意が無いと読み取ってみせたのだ。
読み取ったものは、恐怖や焦燥感そして必死さ。キャスターには追い詰められた鼠特有の死に物狂いの念が一切感じられなかった。
それどころか一抹の余裕すら感じられたのだ。それは強敵、ましてや格上の敵を前にして絶対にありえない余裕。
ただ一つ、己の生存を確信している者以外は。
「恐らくアレだな」
粗方物色し終えるとライダーは最初から眼を付けていたような滑らかさでソレに視線を注いだ。
キャスターの背面奥にある用途不明のオブジェ。ゲドゥもライダーの視線を追う。
「本当にアレで合っているのか?ここはキャスターの工房だ、もしトラップの類だった場合面倒な事になるぞ?」
「この俺様を侮るなよこの牧師風情が。こと建造物に関する限り俺様の右に出る者なぞ神々を除いて一人も存在せんわ!
脱出用の経路は間違いなくアレだ。なにせ俺様でもあそこに配置するだろうからな。クックックそうだろうキャスター?」
「・・・・・・」
キャスターは何も答えない。だがライダーの表情は明らかに彼の心中を読み切った上での含み笑いだった。
「だが今からで追いつくか?」
「問題なかろう。奴のマスターがここから逃亡したのはどうせ今し方の話だ。
魔術師が己の城から逃走するなど本来ならまず想定にない事態だ。
そんな無様な真似をするくらいなら初めからどこか別の場所に雲隠れしているだろうからな」
「確かにな。どうやら今回ばかりは全てお前の言う通りのようだ。しかしキャスターの方はどうする?」
「放っておけ。こやつを相手にする位なら逃げ惑う兎を狩る方がまだ面白味がある」
そう吐き捨てると騎兵はテキパキと再発進準備を完了させ戦車を微速前進させる。
「なら好きにしろ。どの道私だけでは戦えるような相手ではない。お前がやらんというのなら選択の余地が無い」
「物分りがいいのは良い事だぞ牧師。ではなキャスター、次会うまでにまだ現界していられたらまた遊んでやるハッハハハハハ!」
「───ッ!」
目の前にいる敵を完璧に無視して戦車はキャスターの脇を通り抜けようとする。
キャスターにそれを停止させるだけ力はない。静止の言葉は空しく響くのみ。腕力はライダーの騎乗槍の前に呆気なく敗れるだけだ。
反射的に放った魔術攻撃は太陽戦車の防護の前に無残にも四散した。打つ手立てがもう無い。哂いながら敵が去って行く。
奴らは言葉通り彼のマスターであるソフィアリを兎の如く追い散らし最後にはあっさりと殺してしまうだろう。
それはもはや止められない。ただ一枚、最後に残った切ってはならない札を切る以外には。
甘さを捨てろと叫ぶ理性が心臓を締め付けた。だがそれを上回る感情がより強く心臓を脈動させる。
スゥッと覚悟を以って息を吸う。これ以上進めばただでは済まない。後にも戻れない。
だがそれらを全て承知の上でキャスターは背後の敵へと全力で叫んだ。
「待てと言っているのです─────ラメセス二世ッッ!!!」
最高にして最悪の鬼札をふざけた高笑いをする腐れファラオへと叩き付けてやった。
直後、ピシリと決定的な何かに皹が入る音がした。決して止まらない筈だった車輪の回転が完全に停止する。
ぎぎぎぎと錆びたロボットのようなとろっちぃ動きでライダーが振り返った。
「・・・・・キサマいま、俺様の名を口にしたな小僧?」
今まで一度も訊いた事も無いような無機質な声音だった。隣にいたゲドゥも思わず眼を瞠ってしまう。
「ボクはさっきから待てと言っていますよ無視していたのは貴方の方でしょう?
さて、ようやく止まってくれましたね。古代エジプト最大のファラオラメセス二世」
敵意満々で相手の真名をハッキリと口にする。腹は括った。もはや退路も不要だ。
「しかし解せんな。なぜ俺様の真名が判った?」
「そんなの簡単ですよ、町中で貴方の石像を発見しましたから。いけませんよ?
あのような目立つ大きな物体をあんな場所にあんな無防備において置いてはね。通りすがりの英霊に見付かってしまう」
「ふ、フフフ、ふはーっはっははははははははははははははははははははははッッ!!!!!」
すると唐突に、一体何がそんなに面白かったのかというぐらいにライダーが愉快そうに笑い出した。
「あはははは!そんなに面白かったですか?道化師は務まらないと思ってましたけど案外いけるのかもしれませんね!」
キャスターも負けじと笑い声を上げた。もはややるしかないのだ。逃げ道は一分前に完全に断たれている。
「牧師ぃ!先に行っていろ俺様は気が変わった。今回奴とは遊ぶ気はなかったがやはり最後まで遊んでやる事にした」
「賢明だな。真名がバレている敵を見逃すほど愚かではないか」
「奴のマスターは貴様に任せてやる。煮るなり焼くなり好きにしろ」
「言われるまでも無い。お前の方こそ格下と甘く見て足元を掬われるな?」
「たわけ、誰に向かって抜かすか小僧が」
そうして二三言を交わし終えるとゲドゥは戦車から飛び降りた。そのままオブジェのような脱出口へと身を躍らせ部屋から消失した。
キャスターは去るゲドゥに対して何のアクションもしなかった。
否、それは適切ではない。出来なかったと言うのが限りない真実だ。
なにせ彼の眼の前には、
「無論全部承知の上だろうな?真名がバレた以上サーヴァントは最後まで殺し合うのがセオリーだと」
「当然です。ですから貴方にはここで消えて貰いましょうか」
完全に武人と化したラメセスⅡが立ちはだかっているからだ。
サーヴァントの暗黙のルールと言ってもいい札を切ってしまった当然の代償だった。
彼らは真名を徹底して秘匿する。何故なら名の開示はいずれ自身の首を絞める弱点となり、最終的に敗退へと誘うからだ。
だからこそ彼らは己の正体の漏洩には過敏に反応する。
それはたとえば、どんなにやる気のないサーヴァントであろうとたちどころにヤル気満々の状態になる、などだ。
「・・・やれやれ」
キャスターは敵に聞かれない音量で一人愚痴た。
一体自分は何をしているのだろうか。つい十数分前、お前はナニをしていた?なにを成すためにマスターを欺き町へ出たのだ?
「まったく、よもや見切りをつけた筈のマスターの身の安全を最優先してしまうとは・・・」
自身の行動の矛盾ぷりについ呆れて苦笑してしまう。
───やはりボクでは非情に徹し切れないな───。
緊迫した場面で心中に浮かんだのは己への失笑。しかしそれがどうしたというのか。
もとよりクリスチャン・ローゼンクロイツとはそういう男だ。自分の行動論理が他者と比べると多少ズレているのは知っている。
なにせ心からの聖職者でありながら根っからの魔術師なのだ。
そんな通常なら決して混ざらぬ理と理を一緒くたに捏ね繰り回してまとめて飲み下せばそりゃ腹の一つや二つくらい壊して当然だ。
「莫迦なヤツめ。マスターなど捨て置けば貴様はここで消えることも無かったろうに」
腕をだらりと垂らし騎乗槍を片手に持った騎兵が嘲る。愚か者と。
確かに全てライダーの言う通りだった。ソフィアリを見捨てていればキャスターはこの戦闘を避けられた。
そうすれば自分は危険に曝されることなくより確実に存命できたのだ。愚かしいと哂われるのも無理はない。
──でも、そんな自分を嫌いではない。
そんなほんの少しの誇らしさを胸に抱き、
「おしゃべりはお終いです!嘲る前に我が秘術の全て受け尽くせるか試してみなさい──!!!」
最悪の敵へと立ち向かうべく魔道の青年は魔書の秘術を解放した───!
───────Interlude ───────
敵マスターの追跡を開始してからすぐに目的のものに追いつくことが出来た。
標的とのおおよその距離を推し測るのも簡単だった。なにせ森の中では既にドンパチが始まっていたのだから。
「ジーンとミリルか。想像以上に近くにいたらしいな」
同時にこのドンパチの原因は簡単に察することが出来た。
十中八九彼の部下、貴重な残存戦力である二名の代行者たちと敵マスターによる交戦音だろう。
そこら中に轟く破壊音はキャスターのマスターが魔術で応戦しているせいなのかとにかく激しい。
音の発生源へと向かい木々の間を素早く駆け抜けていく。徐々に音だけでなく振動までも感じ取れるようになってきた。
標的は近い。一気に蹴り脚に力を籠めた。時速35kmを超えてどんどん森の中を加速する。
前方で何かが光った。倒壊する木々。吹き荒れる嵐の中心にその男は堂々と立っていた。
「また新手か。キャスターめ、いったい何を愚図愚図やっているのだあの無能め・・・!」
たったそれだけで問答する必要性すら失せた。『キャスター』という単語を口にした時点で奴は敵であり魔術師である。
これより速やかに異端審問を開始する。鞘から剣を抜き両の手に二本ずつ黒鍵を武装する。
ノーモーションの投擲。矢よりも速く二つの細剣が魔術師へと飛翔する。
「くだらん!どいつもこいつもワンパターンな連中だ!」
ソフィアリの両の手から旋風が巻き起こった。敵の攻撃の種類と特徴をきっちりと見据えた完璧な迎撃。
振るわれた腕の周囲に暴風が発生し放たれた黒鍵の軌道を容易く捻じ曲げる。
逸れた刃は誰一人傷をつけることが出来ずに後方の木の幹に深々と突き立って停止した。
攻防の終わりの瞬きにソフィアリとゲドゥの眼が合った。嫌な目付きだと内心侮蔑する。続けてもう一本黒鍵を弾丸の如く穿つ。
しかし敵はこれもあっさりと回避してみせた。が何も問題ない。今の一投は連続攻撃に繋げる為の布石。
相手の防御行動と同時に駆け出す牧師。片手に三本ずつの計六本の黒鍵。時速45kmの猛脚で10m程度の距離を瞬時に潰す。
無様にもヤツは驚愕と恐怖で眼を剥いている。もはや反撃すら間に合わない。無抵抗に殺せる。刃の翼を広げた牧師が気合を吐く。
「我らが教義の神聖なる正義の下に───Amen!!」
振り下ろされた六の凶器は三重の×字マークを魔術師の胴体に深々と刻み込んだ。
血流の激しい噴出。返り血がビチャビチャッとゲドゥの体に降りかかる。断末魔すら上げられず顔を強張らせて白目を剥くソフィアリ。
残心している牧師は動かない。それだけ完璧な手応えを感じたのだ。即死はもはや疑うまでもない。
己が生き残り敵が死んだ。馴染みの結果。硬い骨と弾力ある心臓や内臓を切り裂く感触がべったりと掌に残っていた。
何度味わっても飽きぬ素晴らしい感触だ。戦闘はあっさりと終わった。ゲドゥ参戦から僅か一分強の出来事であった。
ゲドゥは黒鍵に付着した血を振り払い剣を鞘に収め・・・今度はこちらが驚愕する番であった。
「なんだと?」
理解できなかった。何かが焼けるきつい臭いがする。ゲドゥの両足が発火していた。服を焼き肌を焦がし骨を崩す火炎。
突如として燃え上がった炎はまるでガソリンでも撒いたような勢いで瞬く間にゲドゥの全身を飲み込んでしまった。
「あ、が、!!?、アアア、ゴアああアアアァァアア、ア、イガアアアアアアアアアア!!!!」
あまりの苦しみに悲鳴を上げる牧師。吸うべき酸素が燃やされ息が出来ない。全身に耐え難い激痛が走る。ただただ痛く苦しい。
燃やされて潰れた眼球が有り得ぬ幻影を写している。絶対にありえない何故!?
そこには。
「フ、フフフ!ワタシ、ヒトリデ・・・死ヌモノカ・・・キサマモ道連レダョ代行者ァ!!!」
血や臓物や脂肪を体中から飛び出させた見るに耐えないゾンビになったソフィアリが醜過ぎる笑顔で死を宣告していた。
「なぜ貴様がァァァッァァァァァア!!!」
燃え逝く死に体のままソフィアリに向かって突貫するゲドゥ。たとえ恐怖に駆り動かされてもゲドゥは聖堂教会の代行者。
タダでは絶対に死なない。人間が生き返るなど絶対に有り得ないが仮に有り得たとしても関係ない。殺すだけだ。
一刀の下に殺す。脳みそを千切る。何度も何度も殺してやる。ゾンビは殺されるのを苦にしていないように牧師の行為を哂っている。
何度でも何度でも何度でも何度でも。殺す殺す殺す殺す殺してやった。心臓も、眼球も、肺も、脳も、脊髄もみんな奪った。
殺す手が痺れて相手の原型が無くなってもそれでも殺した。ぐちょげちょのよくわからない肉塊に成り果ててもまだ殺した。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も!
なのに、なのになぜコイツは死に切れないんだ───!!?
「───牧師ゲドゥ───!!!」
誰かの懸命な呼び声で我に返った。体中から発汗している。息も荒い。少し離れた場所からはなにかの騒音が聞こえてくる。
多少ボーっとする意識。なんだこれは。これじゃまるで。まるで悪夢を見て真夜中に飛び起きた時のようではないか。
「ミ、リルか?」
掠れた声でずっと自分を呼び掛けていた誰かの名を口にした。その瞬間完全に眼が覚めた。
途中でまさかとは感じていたがどうも予想は的中していたらしい。大失態だ、もしミリルたちがいなかったら死んでいた。
「大丈夫ですか牧師ゲドゥ?」
「ああ、問題ない。完全に意識は回復した。おのれ完全にしてやられた!今のは幻覚魔術か・・・ッ!」
まんまとしてやられたことに気付いた瞬間激しい憎悪が煮え滾る釜の如くぐらぐらと沸いた。
術に陥ったのは恐らく最初の攻防の後に眼が合った瞬間だろう。受動的な眼球を通じて脳に直接一流の幻覚魔術を叩き込まれたのだ。
ゲドゥは幻惑系の魔術を受けた経験は一度や二度ではないのだが今回の幻覚は今までのソレとは精度がまるで違った。
肉体が燃えていく痛さも酸素を吸えない苦しさも手に残った殺す感触もそして恐怖などの感情も全てがリアルにしか感じなかった。
そのせいで普段ならすぐに気付ける筈の幻覚魔術を受けても味方に助けられるまで悪夢を見続けるなんて失態を演じる破目になった。
「私が幻を見ている間に何があった?」
「我々からの視点では貴方が標的に攻撃したあとに突然行動を停止しました。
その後すぐ標的が沈黙した貴方に攻撃を加えようとしましたが間一髪のところジーンの援護が間に合い引き離す事に成功しました」
そう言ってミリルは視線を少し離れた場所で戦っているジーンへと向けた。ジーンはたった一人でソフィアリと交戦している。
「ゲドゥ牧師、敵はかなり熟達した魔術師であるとみて間違いありません。
牧師が参戦する前、我々に対して使用した魔術の属性は火水地風の干渉系に幻惑。どれも一定以上の威力を誇る一流の術師です」
ゲドゥのすぐ背後にいる女代行者は必要な報告を手短に告げると、もう一人の男代行者──ジーンへの援護射撃を開始した。
「なにか有効手、またはそれに準ずるようなものはあったか?」
ゲドゥも黒鍵とは別の投擲用ナイフを五本たて続けに放ちながら訊く。こちらに気付いたソフィアリが寝坊野郎と嘲笑っている。
投げられた五本の凶器はソフィアリの心臓、腎臓、肝臓、胃、喉へと真っ直ぐに吸い込まれていったが直撃する事はなかった。
地中から盛り上がって来た岩石が盾となって飛来する凶器の全てを遮断したからである。
「くハッハッッ!どうやら代行者という連中の本業はサーカスの道化師らしいな!次は火の輪くぐりでもするかね?」
ソフィアリはつい呆れ返るような幼稚な攻撃ばかりを何度も繰り返す三人を茶化しながら失笑している。
「これと言った有効手はありませんでした。あの男は少なくとも我々の過去の交戦経験の中でも別格の性能を誇っています」
視線の先では丁度男代行者が斬りかかるところだった。黒鍵の柄を五指でしっかりと握り込みさながらの二刀流の構え。
「───氷剣よ、美しく屍を散らせ───!!」
応戦する魔術師が瞬時に紡いだ二小節の呪文。ソフィアリに移植された偽りの魔術刻印が本物の魔術を発動させる。
二刀の氷刃が黒鍵と鍔迫り合ったかと思えばみるみる内に代行者の細剣が氷結してゆく。
これ以上武器を手にしておくのは危険と判断した男代行者は舌打ちして二本の黒鍵を破棄する。
完全に氷結されてしまった細剣は最終的に氷が割れて氷中の剣ごと砕け散った。
「もう終わりかね?そこそこに素早しっこいようだがどう足掻こうが諸君らの命運はそこのレイピアと同じだぞ!!」
矢継ぎ早に魔術を繰り出すソフィアリは完全にハイな状態になっていた。彼にとっては生まれて初めての経験である。
これほどまでの圧倒的な力を奮うこと。そしてかの殺人神父と忌嫌われる聖堂教会の代行者を相手に完全に優位に立っていること。
それら全ての要素が彼に興奮と人生最高の絶頂感を味合わせてくれている。
このままでは勝算は薄いと判断した代行者は一旦距離を取った。それから木々の中に姿を隠す。牧師達も同様に木々に紛れ込む。
真正面での戦闘で勝算が薄いのなら地の利を活かして打倒する。
戦闘のプロの戦いとは常にその状況その状況において如何に勝利するかを問われるものだ。
ただ単純に強い程度では戦いのプロとは呼べない。
「今度はかくれんぼか?つくづくやることが児戯めいてきたな代行者ァア!!」
視界の悪い戦場に往生際悪くも身を隠した敵を探す。ソフィアリが見つけるよりも先に主人の足元に陣取っていた犬が吼えた。
振り返るとそこには木々の間から身を曝した代行者がいた。代行者は間髪入れずに教会で清めた簡易礼装の呪札を叩き込む。
タイミングを合わせてゲドゥと女代行者も同じ呪札でジーンへ援護射撃を敢行した。
波状攻撃によって起きた小規模の爆発がソフィアリの体をぺろりと飲み込んだ。
ソフィアリはギリギリのところで障壁を張る事に成功させなんとか直撃を避ける。
「ぉうあ?!おんのれぇ小賢しい足掻きを!」
だが相対する男代行者はその防御により生まれた隙を見逃さなかった。一気に相手との距離を詰め接近戦にもつれ込ませる。
勝機を見た。魔術師とは概ね中間距離の差し合いを得意とする連中が多い。理由は簡単だ。
攻撃魔術によく用いられる干渉系の魔術がある程度の距離を必要とするものが多いためだ。
余りに術者の近くで魔術を発動させるとその効果範囲に自分まで入ってしまう危険性がある。
そしてそれは強力な魔術であればあるほどより致命的な自爆に繋がる原因にもなってしまう。
またクロスレンジの方がミドルレンジより強力な効果を発揮するいう魔術も意外に多くない。
魔術師が敵を引き離そうとガンドをシングルアクションで乱射してくる。複合刻印が術式を省略、最速の魔術行使を可能とする。
だが代行者は僅かたりとも怯まずに呪いの雨の中へと突撃した。
代行者の僧衣は聖堂教会代行者特製の防護呪札で隙間無く裏打ちされている。銃弾程度では貫通しないだけの防御力を持つ。
さらに教会で洗礼した対呪法用祝布を併用していれば魔術の威力も多少削減できる。あとは自前の耐久力で耐え抜けばいい。
呪雨を浴びながらも距離が縮まる。最後の一歩を一息に踏み込んだ。そして何より決定的なのが。
魔術師の肉体は、鍛え抜かれた人間兵器の代行者と比べるとあまりに虚弱だということ────!!
両者の目の前には敵の顔がある。ソフィアリはついに敵のクロスレンジへの侵入を許してしまった。
「主の御名の下に、Amen!!!」
殺意の祝言と共に拳を打つ代行者。いつの間にか鉄爪が手に装備されている。直撃すれば熊に襲われたような死体が出来上がるだろう。
必勝の一撃。地獄の訓練により作り上げられた殺人技巧は素のままでもヒトを過剰殺傷して余りある威力がある。
男は勝利を確信し笑みを浮かべた。
笑みを浮かべているのは・・・ラウネス・ソフィアリだった。
「───泣き虫のドワーフ──!!!」
凶器の拳打がソフィアリの頭部を抉るよりも先に詠唱が鼓膜を震わせた。先ほどの魔術よりもさらに短い呪文が紡がる。
シングルアクション並の速さで一小節詠唱がなされる。サーヴァントから移植された"複合刻印"がその真価を発揮せんと体内で唸る。
魔術刻印に刻まれた魔術は術式を省略して神秘を発現するが、彼の複合刻印は省略化された魔術をさらに簡略化し発動させられる。
つまり手っ取り早く言ってしまえばソフィアリは、現代最速の魔術行使を己のものにしたということだ。
発動した土属性の魔術は大地の小石やボール大の石の塊を散弾の如き激しさで吐き出した。その詠唱の通り大地が号泣する。
大地の小人が流した土色の涙は代行者の身体を何度も何度も蹂躙しやがて血色の涙に変えた。
「が、ああ、ぅぐが!」
代行者は無様に地に転がり苦しみにのたうち回っている。骨の数本は軽く駄目になっているのは間違いない。内臓も若干怪しかろう。
ソフィアリの意味深な笑みに悪寒を覚え本能的に防御体勢に入ったまでは良かったが、それでも完璧とまではいかなかった。
致命傷は辛うじて避けられはしたが、敵の必殺の暴力をその身に受ければもう戦闘不能状態と言っても差し支えないだろう。
「か、カハハハ・・・だーっはははっはははははははっはははははっははははははは!!観たか!?なんという強さなんだ!
あの!あの代行者を!こうも簡単に打ち破れる強さ!!兄や父などもはや何の問題にもならんでは無いか!
これはもう間違いない!もはや間違いないぞ!!私が、このラウネス・ソフィアリこそがこの世で最強の魔術師だ!!」
弱者を見下ろす強者はただただ笑い吼え猛った。今まで抑圧されてきた感情と鬱憤を全て爆発させて吐き出すように。
己の存在を世界に知らしめるように。今まで自分を覆っていた偽りの殻を剥ぎ取り、本当のあるべき自分を祝福するように。
「トオサカも手加減して相手をしてやった!マトウに至っては話にならなかった!そして代行者さえも私の手にかかればこのザマだ!
ミロ!私こそが最強のマスターだろう!私こそが最強にして至高の魔術師なんだ!出来ないことなどなにもない。
私はいずれ根源さえも踏破しやがて未来永劫世界にその名を刻む"伝説"となるのだ!」
彼はこの聖杯戦争で初めて自身が魔道で生きているという確かな実感を得た───。
「未だに動かないところを見るとやはりジーンは戦闘不能のようです」
「これを渡しておく。お前はジーンの回収を優先しろ。奴の相手は私がする」
ゲドゥは数日前にアーチャー達との乱戦時に負った傷を癒す際に使った聖布を懐から取り出しミリルへと手渡した。
「戦闘は無理でも援護ぐらいはさせる。戦闘後に死んでも構わん腕だけでも動かせるようにしろ」
女代行者は無言で肯くと牧師の命令遂行すべくその場から移動した。ゲドゥも同じように移動を開始する。
幸い敵は戦闘中にも関わらず悦に入っているため隙だらけだ。身を隠すなら今しかない。
敵の近くに転がっているジーンをミリルに回収させる為にも上手く陽動しなければならない。
木々の間を疾駆しながら牧師は舌打ちした。とんでもない誤算だ。まさかジーンがあれほど容易く敗れるとは考えていなかった。
牧師らは生え抜きの精鋭隊だ。重要な聖杯の調査にたった八名の代行者だけで乗り込んできただけはあり相当の実力者が揃っている。
確かにあの最恐にして最強の『埋葬者』たちと比べれば幾分か劣るがそれでも聖杯の調査と奪取を遂行し得る戦力は十分誇っている。
しかしそんな代行者たちの想像以上にラウネス・ソフィアリの力は強大だったようだ。
少なくともゲドゥが過去に神罰の下に犯し殺した魔術師や異端者の誰よりも強いのは見るからに明らかだった。
「奴め、どういうカラクリかは知らんが一流の魔術師などというレベルではないな」
ぼやきに陰が混じる。そのレベルの魔術師は過去何人も狩り殺してやった。だがソフィアリの力量はソレとはまるで比較にならない。
あの男は確実に神童や天才と称される魔術師の領域にいる。それほどに奴の魔術は発動が早いだけでなく強い。
あれだけの威力がある魔術ならどんなに短縮しても三秒は必要な筈だ。だが敵はそれを瞬時に発動させてきた。
防御面もそうだ。戦闘経験値の少なさを補って余りあるだけの魔術行使でこちらの攻撃を尽く防いでいる。想定外の難敵だ。
「ん?他の奴らはどこへいった?ああなるほど隠れたか。まあ無理もないな私が敵にしているのだからなぁ」
今更のようにソフィアリが敵の姿をキョロキョロと探し始めている。
ゲドゥの姿はソフィアリからは見えていない。牧師は出来るだけ気配を殺し、敵の後方にある木の上から様子を窺う。
完全に慢心し切っているソフィアリは隙の塊だ。代行者の力と秘蹟を駆使すれば不意打ちによる即殺も不可能ではない。
しかしなんの運命の悪戯かそれを不可能にしてしまう要因もまたそこに存在していた。
代行者たちにとってラウネス・ソフィアリの攻撃力も厄介だが、それ以上に厄介なのが・・・。
「ブゥゥゥゥゥウウ・・・ワンワンワン!!」
唐突に頭上に向かって激しく吼え始める大型犬。しかもその方向はずばりゲドゥ牧師が潜んでいた木であった。
「チィッ!またかあの糞犬がッ!」
「そこかァ!!でかしたぞレッサー!死ねぇ穢れた聖職者めフゥーハハー!!!」
ソフィアリが片手を上空に突き出し魔術を撃つ。同時に危険を察知したゲドゥは素早く木の上から別の木へと飛び移る。
圧縮された水の塊が生木を直撃し、衝撃に耐え切れなかった木は真ん中からぼっきりと折れた。
とにかく木と木の間に身を隠しながら逃げる牧師。これが彼らがソフィアリを打倒出来ずにいる最大の要因だった。
あの犬は動物特有の能力でこちらの位置を完璧に嗅ぎ取ってみせるのだ。そのせいで不意討ちも一向に成功しない。
「無駄だ、レッサーの鼻からは絶対に逃れられん。
たとえ貴様が魔術で臭いを遮断しようとも今度はその魔術で発生した魔力をレッサーは嗅ぎ取れるのだからな。
フフフ!これが真に有能な魔術師の使い魔というものだ。その力の前に精々慄き逃げ惑うがいいクズが!」
余裕のあるゆったりとした歩調でゲドゥを追うソフィアリ。使い魔がその後に追従する。
「とりあえずこれでジーンの回収は可能になったが・・・・戦況はかなり不利か」
牧師が苦々しく呟く通り、この戦局の行方は明らかだった。
───────Interlude out───────
──────V&F Side──────
助けろ!ウェイバー教授!第二十回
弓「この嘘吐きどもめぇええええーーーーーーー!!」
V「なんなんだ新年早々やかましい男だな君も」
F「おせち料理をローランさんにでも食べられたんですか?」
弓「違う!そんなつまらんことではないわい!」
V「だそうだ、食って良いとのことだぞ」
剣「おう!バクバクバクバク!」
弓「あッ!?キサマこの!ワシの酒のツマミに何をしとるんじゃー!」
F「なんか食べちゃ駄目だったらしいですよ先生?」
V「知らん」
弓「彼奴に全部食われる前に席に戻りたい、よって手短に話す。用件は一つじゃ!」
F「忙しい人ですねぇ安陽王さんも」
槍「ついでに喧しいときておる。食事は静かにするものでござるぞ」
V「飲食をしたいなら教室から出ろランサー」
槍「ヤでござる。最近は不届きなインベーダーが怒涛のようにこの教室に乱入しておる。己の出番は己で守らねば」
F「ブラボー!素晴らしい考えだと思います忠勝さん!俺超感動しました!」
弓「ええい聞かんかい!やいやいワシの出番が今回もなかったではないか!!これはどういうことじゃ?
貴様前回のこのコーナーで言うておったじゃろうが?!一体どういう了見じゃい!」
F「(前回の分を見直してる)・・・・・確かに言ってますね先生」
V「やれやれ困った奴だ。君は英雄の癖に知らないのか?ヒーローは遅れてやってくるものだぞアーチャー?」
弓「オォォ・・・ッ!ヒーローは遅れてやってくる、か・・・。
なるほどなるほど、つまり今回も登場しとらんワシはヒーローというわけか!即ちFateASの主人公も同然かぁ。
うむ素晴らしいなんと含蓄のある言葉じゃ。さぞ有名な賢者か吟遊詩人の言葉なのだろうなガッハッハ!」
槍「揚々と帰ってゆきおったな」
F「・・・・ヒソヒソ(物は言い様、馬鹿とはさみは使い様とはよく言ったものですね先生)」
V「フラットキミが言うんじゃない」
V「さて今回はチームハイパーインテリVSチームイケてるファラオと冴えない下僕たちの戦い前編だ」
F「なんですかそのネーミング?」
V「今回はこのチーム名で呼べと超駄々っ子があんまりにも鬱陶しいでな、しぶしぶ折れた」
槍「しかしまた前編か、少々尺が長すぎでござらぬか?」
V「がっつり書いてたらいつの間にかはみ出していた。私は悪くない」
F「駅の公衆トイレみたいな言い方止めてくださいっ!」
V「誰もそんなこと言って無いだろう!新年早々だがお前はしばらく喋るな!」
F「しかし今回はなんかソフィアリさんが目立ってますよね。今まで全く目立たなかった分余計に」
V「最初の頃はソフィアリを活躍させる予定はなかったんだが変更した。
流石に聖杯戦争でマスター同士の戦いがない聖杯戦争なんてちょっと考えられないからな。
あとキャスターの宝具能力を全部使ってやれないのはちょっと勿体無い」
槍「SUSHIやTENPURAにSOBAが出てたのは?」
V「君は知らんだろうが日本には後世で外国人の間で超有名な三大名詞が出来るのだそれが"スシ、フジヤマ、テンプゥラ"だ」
F「・・・先生それちょっと違うんじゃ・・・・?」
槍「おおおっ!日本の文化が世界に通用する時代が来るのでござるか!素晴らしきかな!
つまりあれは外国人のソフィアリ殿に和食の素晴らしさを知って貰おうという画期的ないべんとか!?」
V「そう、その通りだ」
F「・・・ひそひそ(先生嘘言ってますよね?)」
V「・・・ヒソヒソ(黙っていろ、勝手に良い様に勘違いしてくれてるんだ)
ヒソヒソヒソ(単にマスターも飯は食ってるんだぜってのをしたかっただけとは言えんだろうあの様子じゃ)」
槍「拙者も蕎麦を食べたくなってきたでござるな」
F「あのところでセンセー話し変えますけど"複合刻印"ってなんスかー?」
V「うむ。混じりっ気なしのAS造語だ。通常なら魔術刻印を複数所持するなんて現象はまず起きない。
そんなソフィアリの状態を端的に表現するために考えた二つ名みたいなものだ。
殺人貴の"DEATH"とかむせ返るほど厨二臭にくらくらしてしまうな」
V「"複合刻印"の性能は本編内でご覧の通りだ。とりあえず一言、滅茶苦茶強ぇよコノヤロー。ソフィアリの癖に生意気な」
F「当人はあんなこと言ってるんですけど本当のところはどうなんですか?遠坂刻士さん達と比べてですけど」
V「とりあえず嘘ではないな。決して遠坂が弱いわけではないがソフィアリと真面目に戦うと負けるのは確実だ。
仮にも一流の遠坂のレベルで駄目って事は間桐や雨生や沙条では最悪運が悪ければ瞬殺されかねん位に性能に開きがある」
F「嘘だっ!!!僕のソフィアリがそんなに強いわけがない!」
V「まあその辺の理由は次回にでもキャスター辺りがしてくれるさ」
槍「あと代行者たちもアーチャー乱戦に比べたら奮闘しておったでござるのぅ。ライダーは・・・まあいつもの事でござるな」
F「でもあの人が真面目に戦ってるところってなんか久しぶりに見た気がしますね」
V「ま・・・じ・・めだったか?」
F「ファラオ様の真面目は先生のような下賎者では理解でき───はうッ!?久しぶりの痛みが・・」
槍「なあ拙者とあやつが切り結んだのはいつの話だったでござるか?」
V「忘れた。多分半年以上は前か?」
槍「なんと月日の経つのが早いこと。そして終わらぬ我らの闘争・・・そうかこれは約束の四日間でござるか!」
F「あの先生俺レッサー貰っていっていいですか?」
V「却下だ。あれはソフィアリが死んだ後私が貰い受けるから駄目だ」
F「き、汚いですよ先生!?職権乱用ですよ!」
V「諸君も見たとおり基本的に使い魔というのはあんな感じで扱う。使い魔とは魔術師を補助させるのが最大の目的だ。
よって使い魔が魔術師本人より力を持つなんてことは基本的にはありえない」
F「サーヴァントやレンちゃんみたいなのが例外ってわけですね?」
V「そうだ。ただソフィアリが見せたように互いの力を補完するような形をとれば通常の使い魔でも戦闘に活用できる戦力になる」
槍「ライダーのマスターたちが使っていた伝書鳩もそうなんでござるか?」
V「あれは・・・まあ広義的な意味なら一応使い魔に分類してもいいとは思うが・・・」
F「見も蓋もない言い方すればただの優秀な伝書鳩ですからね・・・」
V「それが問題だ。扱い的には盲導犬みたいなものだから一般的な使い魔とは言わないだろうな」
槍「代行者は伝書鳩を用いると?」
V「あれは私の趣味だ。あの時代の人間が携帯電話なんぞ持ってたら嫌味だろう?それと職業的な理由からだ。
一応念話の類は使えるが魔術師のお膝元で任務遂行する事が多いゲドゥたちは緊急を除いて基本的に使わない。
念話は便利だが潜入任務やってる時に不要な魔術の行使で敵に発見される危険性が上がるからな。
遠坂家の様な秘匿性に優れた通信手段はないし。よってゲドゥ達は目立たず持ち運びも容易な鳥を使っているわけだ」
F「なるほど、そういえば時代的に機械機器の小型化はまだ進んでないですもんね」
V「マスター諸君、聖杯戦争中は自分の食事は使い魔に用意させるといいぞ。ただし味は保障しないがな!」
槍「なんか動物の毛とか飯に混ざってそうじゃな」
V「さて次回に回して誤魔化したが本当ならメインディッシュはライダーVSキャスターだった筈なのに・・・。
なにやらいつの間にかゲドゥ十字軍VSソフィアリがメインになってた気がする。というよりもソフィアリメイン?」
F「うおお~ん、ローゼンお父様がカッコいいよぉぉぉぉ」
V「ええい寄るな引っ付くなそして人の服で鼻水を拭こうとするな!」
F「だっでぇぇ~」
槍「うむ見事な散り様でござったよ。そしてウェルカム敗者の部屋へ!」
V「いやまだ死んでないだろう・・・。それにまだ両者ともに本気の戦闘すら始まっていないぞ」」
槍「たはは、いやはやつい。どこかでキャスターと似たような行ないをしとても格好の良い散り様を魅せた英傑がいた気がして」
V「そんなのがいたか?」
槍「・・・・・・・。拙者新型インフルエンザを発症したようでござる・・・帰って静養しようと思う。涙が止まらぬのは病の症状よ」
F「ああああー?!忠勝さんが音速でどっか走って行っちゃったじゃないですか先生の鬼畜米英!」
V「なにそんな日もあるさ」
F「先生にはローゼンクロイツさんのような慈愛の心が足りません!」
V「しかしどこぞの人妻キャスターやロリショタ変態キャスターとはえらい違いだな。流石は魔道の英雄と言ったところか」
F「ああ漢だよお父様ぁぁぁぁ。で僕らの薔薇人形さんたちの出番マダー?」
V「キャスターと我々魔術師とは価値観が決定的にズレているな。相互理解がかなり難しい人種だ。
それが吉と出るか凶と出るかは次回以降のお楽しみか」
F「先生!俺忠勝さんを新年会に誘ってきます!」
V「ああ好きにしたまえ。という訳だマスター諸君。今日の授業はここまで解散。
おっとそうだった言い忘れていた、風邪ひくなよ。移されたら私が面倒だからな」
最終更新:2014年11月25日 22:34