Fate/Another Servant HeavensFeel 2 第14話

────────────────────────────Another Servant    7日目 遙か遠き日の……──────


 ────まず結論から話そう。

 この日は珍しく何も起きない平和な日だった。

 突然周囲を吹き飛ばすような力による大破壊も無く。
 天変地異や異常現象も起きず。
 建造物や自然物などの倒壊や焦土に変わり果てた場所もない。
 押し入り殺人が起こることもなく。
 時代遅れの決闘をするような怪物たちも姿を現さない。

 冬木の港町全体に立ち込める悪い空気に脅えながらも人々は何も起こらない夜を越える。

 それが聖杯戦争が開幕して七日目の出来事だった───。

 強いて不審な話題を上げるならどこかの貴族めいた婦人たちの死体が見つかったことくらいだ。
 だがそれも遠坂家の人間が直接やってきたことによりその事件を知るのも極一部の人間のみとなった。
 神秘は隠匿される。
 隠匿されるがゆえ世間は何事もなし。


 この日に語るべきことは何も無い。

 再契約を果たした沙条綾香は相棒であった侍を惜しみ。
 ようやく事態を把握したセイバーは己がマスターの死を嘆き、その怒りの孟を裏山の木々にぶつけた。

 遠坂は冬木で起こった事件の数々を地道な隠蔽工作で隠匿しながらも自身の調べ物に従事。
 ファイターもマスターと役割分担で消耗した魔力の回復後、町の偵察に赴くも成果は無し。

 間桐は聖杯の器を入手した事でより慎重になり、今後の方針を決めるべく臓碩との知恵の出し合いにこの日は精を出した。
 同様にアーチャーもこの日はマスター共々陣地に待機して一歩も外に出ず。

 ライダーは仇敵ランサーを仕留めた事で勝手に祝杯を挙げたばかりか休暇を取り始める始末だ。
 牧師はそんなライダーを捨て置き、独自に活動するも全く成果なしの徒労に終わった。

 キャスターとソフィアリは今後キャスターの工房に篭城して活動することを本格的に決め込み。

 理性のないバーサーカーは雨生がいなければ動くことさえままならず。
 その当の雨生は魔剣使用によって心身共に半死半生になってしまったため絶対に休息が必要な状態だった。



 よってこの日は語られていない英霊たちの過去を垣間見ることにしよう。
 遠き遠き、とうに終わりを迎えた出来事を……。






──────Berserker Side────


 ………俺は好き好んでこんな忌々しい運命を背負ったわけじゃねえ────。


 彼は生まれながらにして狂戦士の呪いに囚われていた。
 ヘイドレクの一族は代々狂戦士の家系であり、悉く狂戦士の血の濃い者達を多く輩出した。
 ヘイドレクもそんな中の一人……否、彼の場合なら最高傑作とまで言っていいだろう。

 それ程に彼は一族の中でもズバ抜けた適性と力があったのだ。


 俺は幼少より気性が他の人間と比べてかなり激しく、度々争い事を好んだ。
 一方、兄貴は俺と違って狂戦士の血が薄かったらしく、親父と同様に理知的で穏やかな人物だった。
 兄は気遣いの出来る人間だったおかげもあり、俺との兄弟仲はそれほど悪くはなかった。
 しかし親父との折り合いだけは最悪だった。
 親父は俺の気性の荒さが心底気に入らなかったのだろう。
 事有るごとに俺と親父は衝突した。
 家の中で俺だけが異端だった。
 俺だけが例外だった。

 狂戦士───。

 主神オーディンにも仕えた歴戦の勇者達。
 かつてそれは祝福の名だった。
 戦乙女ワルキューレによって集められた勇者の魂がヴァルハラで神の祝福を受け一段階上に昇華した神々の戦士。
 それが狂戦士だったのだ。

 ……だが、それが忌み名として広がったのは一体いつのことだろうか?

 俺が生まれたときには既に狂戦士は呪われた戦士としての意味しか持たず。
 かつて存在した筈の神々しい栄誉や栄光など影も形も無かった。
 さらに笑えてくるのがウチの家系が代々狂戦士の家系だったということだ。
 始祖はオーディンの一族(血縁関係のある一族とは別物)として仕えていたスヴァフルラーメから始まる。
 すべての元凶はこのアホ野郎であり、同時に俺が感謝してもいいのかもしれないと思う唯一の人物だ。
 こいつは全ての呪いの原因を生み出し、また俺達一族が英雄にまでのし上がる原因も作った人間だからだ。



 ある日を境に────俺の荒々しくも何事もない日々は唐突に幕を閉じた。

 眼下には血溜り。
 そして倒れ伏した兄貴の死体。
 俺の右手には美しい剣が握られており。
 その刃からは血がポツポツと滴り落ちていた。
 状況証拠からも明らかな事実。
 犯人は弟のヘイドレク以外にありえない。
 だが真実は違う。

 これは、事故だったのだ……。



 ───魔剣ティルフィング。

 この糞剣が俺の運命を変えた張本人であり。
 同時に俺たち一族の運命すらも変えた張本人でもある。

 事の始まりは俺の先祖であるスヴァフルラーメのアホ野郎が発端だ。
 このアホは何を考えていやがったのか幻想種の亜人の一つに当たる小人族を二人ふん捕まえた。
 小人族は鍛治に関して素晴らしい技術を有している。
 彼らが作る剣は人間が作る剣とは比べ物にならない力があるのだ。
 それを知っていたこのド阿呆はよりにもよって小人に脅迫をかけやがった。
 しかも笑えるのがその脅しの内容だ。

 ”石でも鉄でも何でも斬ることが出来て、手入れせずとも錆びず、
  決して狙いを外さず、抜けば絶対に勝利出来るような剣を作れ。出来なければ殺す”

 などと馬鹿げた要求を剣で脅しながら口にしやがったのだ。
 普通に考えたらそんなものが作れる訳がねえ。
 しかし”運が悪いことに”スヴァフルラーメが脅した黒き小人のドゥリンたちは真性の天才だったのだ。
 ヒトの技法とは大きく違う技法を用いてドゥリンたちは見事にスヴァフルラーメの要求を全てクリアする剣を作り上げた。
 そうして出来上がったのが魔剣ティルフィング。

 魔剣自身に意思を宿らせた最強にして最凶最悪の魔剣だ。

 しかも魔剣には黒き小人の呪い付きという素敵なおまけまで憑いていた。
 結局スヴァフルラーメのアホ野郎は呪いに殺されて滅び、後世にはそんな素敵過ぎる呪いのアイテムが残った。


 ──それが今俺の右手の中にあるモノの正体だった。


 俺が魔剣の美しさに魅入られたように意識が遠くなった時にはもう全部手遅れだった。
 俺の意思とは無関係にティルフィング自身が兄貴の血肉を求めて兄だった人をただの肉塊に変えてしまった。
 これは俺の意思で兄貴を殺したわけじゃない。
 だから真相はあくまで事故なのだ。
 しかし事実は俺が殺したも同然だった……。

 そのことを俺がいくら説明しても親父は絶対に信じなかった。
 そして俺はこの事件をきっかけに実家を出ることになった。
 正しく言えば勘当と言った方がいいだろう。
 親父にしてみれば出来の良い兄貴が死んでしまった以上、弟の俺は邪魔なだけだからだ。

 兄貴と同じく知恵者であるはずの親父は旅立ちの際にも俺に助言をくれなかった。
 理由は”俺に助言を与えても無駄だから”だそうだ。
 聡明な兄貴とは違い俺に助言を与えたところで聞き入れないため意味が無いと言いたいんだろう。
 しかし、親父と違いお袋だけは兄貴を殺してもなお俺の味方だった。
 俺の事故だと言う説明を信じてくれたのもお袋だけだった。
 元狂戦士でもあったお袋は完璧に俺と同族だったのだろう。
 母親の俺に対する接し方を振り返れば納得のいく話だと改めて思う。
 そうしてお袋は旅立ちの際に俺にティルフィングを授けてくれた。

 これを手に俺は上り詰めることを胸に誓った───。



 それからの日々は戦だけに終始する。
 どこへ行っても俺には呪われし狂戦士という忌み名が付いた。
 ティルフィングの威力は絶大であり、抜けば狂戦士としての呪いを受ける代わりに勝利を得た。
 戦う度に強くなり、戦争を超える度に能力が上がる。
 そして俺は次第にティルフィングとの意思疎通すら成立するまでの魔剣の使い手になっていた。
 どうやら俺は血統的にこの忌々しい魔剣と相性が良過ぎたらしい。
 このことがさらに俺の運命に拍車をかけた。
 狂戦士としての適性が高過ぎるせいで俺は”輪”から外れやすくなっていたのだ。

 おまけに俺のすぐ傍には常に悪魔の声が存在した。
 こいつは戦の最中に何度も何度も俺に囁き掛けてくるのだ。

 ”自分と契約を結べ”と”契約の暁には人智及ばぬ無敵の力を与えよう”と。

 無敵の力は魅力的ではあったが俺はそんな悪魔の囁きを頑なに跳ね返した。
 今にして思えば、狂戦士としてのヘイドレクではなく人間としてのヘイドレクに拘っていたのかもしれない。
 しかし、それも無駄な足掻きだった。

 勝利をもたらす血に餓えた戦闘狂。
 狂犬なる狂戦士。
 敵に破滅を呼ぶ呪われし狂戦士。
 狂気の戦士。

 月日が経つにつれて、戦場を越える数を増やすにつれて、俺はそんな蔑みを篭めた異名で呼ばれるようになっていた。
 連中から言わせれば所詮狂戦士はどこまで行っても何をやっても狂戦士でしかないということなのだろう。


 そうやって戦いを終えて積み上げてきた死体の数々を前にして想うことはただ一つ。
 味方に蔑まれ脅えた眼で見られる度に胸に灯る怒りはただ一つ。


 ───俺は、好き好んでこんな忌々しい運命を背負ったわけじゃねぇ……。


 何度も何度も何度も何度も繰り返したそんな愚痴にも似た自問。

 だがある時、とうとう悪魔の剣が狂気を滲ませた声で俺に囁いた。


 ───ダッタラ、変エレバ良イヨ。血デ金銀ト民デ飾ッテ狂戦士ノ名ヲ、アナタガ変エレバ良イワ。ヘイドレク───


 それは心臓が止まるほどに強烈で甘美な衝撃だった。
 まさに発想の逆転だ。
 狂戦士が忌み名ならば忌み名で無くせば良いのだ、と。
 そう呪いの魔剣は俺に囁く。
 確かに全くもってその通りだった。
 全ての原因は現在『狂戦士』に纏わり付いている呪われた意であり、
 もし『狂戦士』に栄光の意を纏わせる事が出来たならば狂戦士はその時点で忌み名では無くなるのだから。
 かつて狂戦士たちにも確かに存在した”神々の戦士”という栄光。

 それを再び取り戻すことが出来たならば───。

 そうして、その瞬間から俺は生き方を大きく変更することになった。
 と同時に長年連れ立った腰に吊るしたこの狂気の悪魔との契約を正式に結ぶことにした。
 もはや狂戦士であることに躊躇する必要性が無くなったからだ。
 ならばこの魔剣とは積極的に関係を結んだ方がいい。
 現状の仮契約では引き出せなかった魔剣ティルフィングの本当の力を引き出せるのなら俺は文字通り無敵となれるのだから。


 以後、俺は一介の戦士から王を目指すことに指針を変更した。
 民を得るなら領地がいる。
 金銀を得るなら支配階級になるのが一番早い。
 そして、血肉を求めるのなら自分の国を持ち戦争するのが総合的に最良の手段だったからだ。

 俺の親父は一つ大きな勘違いをしていた。
 それは自分の次男の能力を大きく見誤っていたことだ。
 俺は無能では断じてなく、自分で言うのもなんだがとんでもなく頭が切れた。
 知恵者として人々から尊敬と信頼を集めた兄貴や親父ですら手が届かない領域の知恵。
 もうここまでくると悪魔染みていたとも言い換えても良いレベルだった。
 何故それを実家に居た頃に使わなかったというと理由は単純だ。
 使う必要がなかった。
 俺は親父や兄貴みたいに他者と馴れ合うつもりなど毛頭なかった。
 そしてそれ以上に俺が知恵を使うのはいつも他者のためではなく己のためだったからだ。


 その知恵と正式な契約を結んだティルフィングを使って俺はどんどんのし上がっていった。
 ティルフィングはドルイドの持つ使い魔などと同じで本契約と仮契約では引き出せる能力が段違いだった。
 俺と一騎打ちをして生き残れる者などこの地には存在せず。
 俺と謀略で競い合って勝てる賢者もこの地には存在しなかった。
 問題といえばそうだな、相棒のティルフィングがうんざりする程に気違い染みていたってこと位か……?
 だがそれもしばらくしてなんとか慣れた。
 そんな気違い魔剣だが、その性格はどうも多重人格の気があり中には可愛げのある人格も存在した。
 男の人格もいれば女の人格もいるし、餓鬼もいれば老人の人格もいた。
 主人格はもうどうしようもない程にアレだが、俺ほど長く連れ立っているとそこそこには愛着も沸いてくるものだ。

 そうこうしているうちにいつの間にか戦士や貴族たちの間で共通した俺の二つ名が決まっていた。

 ───凶戦士───

 ハッ!素敵な通り名だとは思わないか?
 狂戦士ではなく凶戦士ときたもんだ。
 まさに俺はその二つ名に篭められた意味の通りの戦士であった。
 魔剣を抜いた俺は凶々しく、そして強く、戦場で居合わせた戦士達にとっては戦死を呼ぶ凶を象徴する狂戦士だったからだ。

 凶戦士ヘイドレクと呼ばれるようになってからは昔と違い蔑みではなく畏怖に変わっていた。
 ただの血に餓えた戦闘狂から戦場の不吉の象徴へとなったからだろう。
 神々を恐れる人間が抱く畏怖にも似た念。
 相手が自分たちよりも上の存在だという本能的な怖れ。
 これこそがかつて確かに存在した我らが栄光の残滓。

 この先に俺の求めているものが存在する────!



 そうやって何度かの戦争と裏切りと殲滅戦を繰り返して、ついに俺は王の座についた。
 それからというものは狂戦士が輝くために、武勇を積み重ね。
 栄光とを証明する為に金銀を集め回り、多くの民を支配し、他国を侵略し莫大な財宝と広大な領地を獲得した。
 何度も繰り返した。
 そうさ何度も繰り返した。
 飽きるほど繰り返した。
 しかしそれでもまだ輝きと栄光が足りないのか、狂戦士の忌み名はこの世から消えなかった……。


 その積み重ねと繰り返しは俺がオーディンの送り込んだ暗殺者に殺されるまで続いた。



 そうしてその繰り返しの戦いは今もまだこの現世で続いている。
 座に昇ったことで普通の方法では駄目だと理解した。
 ならば普通ではない方法を使えば良い。
 そんなときに現れたのがあの魔術師からの呼び声だ。

 ───万能の杯、あらゆる願いを成就する聖杯───。

 これを使って俺は、証明してみせる。



 狂戦士は断じて忌み名ではないということをな────!!






──────Fighter Side──────

 巨人討伐以前に行なった海魔獣討伐によって、
 英雄としての頭角を徐々に現し始めていたベーオウルフは、
 巨人グレンデルとの戦いを潜り抜け、
 その母である水魔とその眷属達との死闘を終えた段階で『英雄』として完全に覚醒していた。
 人間から英雄への存在の昇華。
 人の身には余る程の圧倒的な力。

 それらをその身に宿したのが今のベーオウルフだった。




「な、なんとか勝った、か……」
 勝利の余韻もそこそこに、ベーオウルフは肩で荒く息を吐きながら足元に眼を向けた。
 彼の足元には真っ二つにされた水魔の亡骸が横たわっている。
 そして、館内には水魔の眷属である怪物達の無数の死骸が力なく水に浮いており、
 フロースガール王の館から逃走した巨人グレンデルの生首までもが転がっていた。
 強大な力を有したこの二体の幻想種はもうピクリとも動かない。
 完全に絶命している。
 本当にギリギリの戦いだった。
 ベーオウルフに圧倒的に不利な状況でそれでもなお諦めずに戦い、そして掴み取った勝利。
 柄だけになってしまった巨剣の残骸を片手に、勇者はフロースガール王と人々の許へと帰還する。
 もう怪物に脅える心配はしなくていいと伝えるために。

 後に語り継がれる英雄の二度目の死闘はこうして終結した。



 勇者と怪物の戦いの起結はこのようなものであった──。

 グレンデルを素手で撃退をした後日。
 今度は巨人の母親である水魔が館を襲撃してきた。
 そして水魔はフロースガール王の家臣にして盟友である男を攫って行った。
 その事を知ったフロースガール王は泣きながらベーオウルフに助力を求め、勇者はこれを快く引き受けたのだった。
 だが時既に遅く水魔の棲み家に辿り着いた頃には王の友は無残な姿で討ち捨てられていた。
 こうして救出作戦から討伐作戦へと目的が変更になったのだった──。

 水魔のテリトリーである沼地にベーオウルフ達が踏み込んだ時には既に待ち構えていたかの様に大量の化物が存在していた。
 化物たちの姿に腰を抜かしていたウンフェルスからフルンディングを受け取ったベーオウルフは勇敢にも単身で怪物達へと挑む。
 触手を駆使してベーオウルフの身体に絡み付いてくる化物たちをフルンディングで斬り捨てながら奥へ奥へと進んで行く。
 しかし、地の利がある化物たちにとうとう彼は体を絡め取られてしまい水底へと引きずり込まれてしまった。
 そうして彼が連れてこられたのがこの”止水の館”だった。
 その名の通りその館は水の流れが一切無い濁り淀んだ空間であり、同時に水魔の寝床でもあった。
 館の中央にある玉座の間には水魔が座して勇敢にも来訪した一人の勇士を待ち構えていた。
 眷属である化物たちの手で止水の館の玄関が塞がれベーオウルフは逃げ道までも奪われる。

 一対多数の水中戦が始まった。

 圧倒的に不利な水中での戦いと刻一刻と無くなっていく酸素。
 そんな圧倒的不利な状況であるにも関わらずベーオウルフの強さは顕在だった。
 出来るだけ酸素を消費しない為に自分からは一切動かず自分へ攻撃を仕掛けてくる化物だけを的確かつ丁寧に仕留めていく。
 カウンターを取るように一体一体丁寧に潰す。
 そうやってある程度眷属の数を減らすと親玉である水魔に狙いを定めて猛然と襲い掛かった。
 重たい装備を纏っている割にはベーオウルフの泳ぎは大したものでかなり速い。
 一気に間合いを詰めてフルンディングで水魔に斬りかかるがあまり効果的とは言えなかった。
 耐性があるのか知らないがどういう訳かフルンディングでの攻撃効かないのだ。
 そこで彼はフルンディングを残りの眷属へ向けて投擲し全滅させると、水魔には己の肉体のみで挑む英断を下す。
 水に動きを阻まれ本調子とは言い難いが、それでも水魔の身体に砲弾のような拳が一発、二発とめり込んでいく。
 あまりの威力に緑色をした血液らしき物を口から吐き出す水魔。
 ベーオウルフの万力のようなアイアンクローと、水魔による象さえも絞め殺せる力を持った触手が激しく絡み合う。
 互いに主導権を握ろうと必死に体と腕を動かすが突然水魔がベーオウルフの足を掴んだまま移動を開始した。
 館の中央に存在する玉座の間からさらに奥の部屋に通じる扉へと向かっているらしい。
 奥の部屋に入ると同時に水魔が触手を器用に使ってベーオウルフを組み伏せた。
 そして短剣を取り出し徐に彼の胸に突き立てた。
 水中内でくぐもった鋼の残響音がした。それと肉では有り得ぬ位の固い感触。
 驚愕に目を見開く水魔。
 ベーオウルフの胸元からは先祖伝来の胸当てが覗いていた。
 刃物では駄目だと悟ると水魔は素早く触手をうねらせ勇士を壁へと激しく叩きつけた。
 壁に叩きつけられた衝撃で呻き声と共に肺の中の酸素が搾り出されてしまった。
 ベーオウルフは慌てて口を押さえるもふと奇妙な感触を覚える。
 何故かこの室内は水で満たされていなかった。
 まさかと思い立ちほんの僅かだけ呼吸を試みてみる。
 問題なく吸える。
 室内に満たされた気体は毒でもない、まぎれもない酸素だった。
 水魔の誘導によって連れて来られた部屋はなんと酸素が存在していたのだ。
 異様に広くそして天井も高い部屋には水がベーオウルフの胸までしかなく、残りは酸素で満たされている。
 おまけに室内は段差があるらしく水に浸かっていない場所まであった。
 好機とばかりにベーオウルフは何度も大きく酸素を肺と脳に取り入れる。
 戦闘中に巡って来た一瞬の小休止。

 ”だが何故この部屋にだけ酸素が……?”

 という疑問にベーオウルフがぶつかった瞬間。
 それと同時にその解答が視界内に入った。

「貴様は───グレンデル!!!?」

 驚く彼の視線の先には先日のベーオウルフとの死闘で片腕を失った巨人が存在していた。
 どうやらこの部屋は水魔や化物達と違って酸素が必要なグレンデルのための部屋らしい。
 だからこの室内は異常に広く天井が高い造りになっているのだろう。
 全長5mは優にある巨人族のグレンデルにはこの位の部屋の大きさが無いと狭い筈だ。
 そして、片腕の息子に寄り添うように水中から陸に這い上がる母親。
 ギラついた殺気。復讐に燃える濁った瞳が憎き英雄に向けられる。
 動き難い戦場。ついでに武器もない。
 そしてなによりも最悪なのはよりにもよって『幻想種』が二体もこの場にいるという状況。
 長期戦になるとベーオウルフの敗北は目に見えていた。
 英雄は冷静に慎重に敵と周囲の様子を窺いながら、この窮地を脱する方法を必死に模索する。
 すると、希望の光とも言える代物を巨人と水魔の背後に見つける事が出来た。

 ───それは古来より伝わる巨人族が作りし巨大な大剣。

 常人ではまず扱いきれそうにもない巨剣が怪物たちの背後に飾られていた。
 ベーオウルフが今まで蓄積してきた鍛錬と経験の結晶が光速でその作戦の実行サインを送ってくる。
 勇者はあの巨剣を使って幻想種たちを打倒する事を即断すると、ゆっくりと怪物たちとの間合いを詰めていった。
 気取られてはいけない。あくまで慎重にやらねばならない。
 自身に浴びせられる強烈極まりない二つの殺意。
 二体の幻想種が放つ魔力がビリビリと室内を震わせる。
 しかしそれに臆すること無く足を進める。
 間合い内に入る地点までもう少し。
 そこに到達した瞬間に巨剣の強奪目掛けて一気に動くつもりだ。
 あと数歩。
 だが、それよりも先にあろうことか水魔が先制攻撃を仕掛けてきた。
 襲い掛かる茨の鞭のような触手の群れ。
 予定を繰り上げてベーオウルフは一気にアクションを起こす。
 それらに釣られるようにしてグレンデルまでもが攻撃行動を開始してしまった。
 こちらの状態は全く万全ではない。
 予定外の先制攻撃に、しかも間合い外。
 まさに絶体絶命の危機。
 ベーオウルフは怪物たちの咆哮に負けじと力の篭った咆哮を上げる。
 破滅的な二つの暴力が勇士を襲う。
 死に物狂いで二体の攻撃を捌きながら水中から這い上がり、全力で地面を転がる。
 水魔と巨人の連携によってベーオウルフの身体は既に傷だらけのボロボロ状態であった。
 始まって数秒も経っていないと言うのに怪物たちの暴力はこれでもかと勇者の身体を蝕んでいた。
 しかし、勇者の方も大傷の代償に得た物が存在した。
 ゴロゴロと勢い良く体を前転させながらも、ついに目的の場所に辿り着いたのだ。
 勇士の背後には恐ろしい怪物達が止めを刺す為に直ぐそこまで迫っている。

 台座に飾られていた巨人特製の大剣を両手でふん掴み。

 そして、

 全力で一刀両断した─────!!



 勇者と怪物の戦いは終結した。
 怪物は滅び、勇士は英雄と成り、この地には平穏が戻った。
 ただそれだけが確かな結末だ。
 英雄は刀身が溶けて消えた巨剣の柄を片手に携え無事帰還した。
 王と人々は彼の偉業を讃え宴を開き、吟遊詩人は彼の唄を謳う。

 全ての事件が解決した後、ベーオウルフは自らの国へと帰郷した。




 圧倒的な怪力を誇る巨人との素手による格闘戦。
 そして変則的な攻撃を繰り出す沼に棲む水魔たちとの水中戦。
 これらに勝利しただけでも英雄として十分過ぎる位に偉業と呼べる戦果であり、
 また英雄を名乗るにも十分な栄誉栄光であった。
 だがしかし、ベーオウルフは自らを英雄と口外することは決してしなかった。

 怪物を討ち倒すという栄誉を手にしても彼は物静かにして控えめで何よりも無欲だった。

 それが味方から嘲りを生み、彼が仕える王から軽んじられる結果になっても変わることはなかった。
 それから月日が経ち。
 ベーオウルフは王位に付くことになった。
 だが一国の王の地位についてからもその性格は変わることはなく、彼は民を守り臣下を導きそして敵を討ち続けた。
 全てはかつて、”力に溺れた結果破滅を招いてしまう”と彼に語ったフロースガール王の訓戒を守るため。
 ベーオウルフは決して己の力と権力に溺れることなく、いつまでも彼のままで在り続けた。

 だがそんな控え目なベーオウルフ王の態度は王の様に名を売りたい部下からしてみれば不満の種であり、
 ついには”実は王は怪物など退治したことは無いのでは?”などという馬鹿げた噂まで立つ始末だった。

 しかしそれでも彼は黙々と民の為、人の為に常に先頭に立って戦い続けた。
 ある時は巨人グレンデルの時のような怪物退治を。
 ある時は町に住み着いてしまった魔女の難題を解決し。
 ある時は村に悪戯をする小人を懲らしめ。
 ある時は人間を相手に戦争をした。


 ベーオウルフの治める国は彼の力によって平和であり続けた。

 そうこうしてあの巨人退治から五十年の月日が流れ───。
 ある決定的な事件が起こった。

 この事件こそが彼を英雄として不滅のものにした戦いである。

 ───そう、最強の幻想種たる『竜種』との戦いだ。





 戦慄した表情のままウィーグラフが硬直している。
 周囲には何かが焦げた異臭が充満していた。
「あ…あ!あ、あ………お、王!ベーオウルフ王!」
「……無事かウィーグラフよ?」
「お、王の、お陰です……有難う御座いました…」

 喘息や過呼吸のような安定しない呼吸でウィーグラフが返事をした。
 恐怖の余り呼吸がまともに出来ないのだろう。
 まあ無理もない。今のにはそれだけの威力があったのだから。
 しかし今のは本当に危なかった。
 身を隠せる箇所の多いこの辺一帯の地形と対火竜用の大鉄盾が無ければどうなっていた事やら……。
 後方の有り様を見つめながら流石のベーオウルフもホッと安堵した。
 自分たちの居る場所から遙か後方まで”何も無い”のだ。
 彼らの背後には確かに大きな岩があった。
 そして洞窟の前には入り口を隠すかの如く聳え立った大木もあった。
 洞窟の入り口の前方は草原と野花畑も確かにあった。
 にも関わらずそれが今は無い。
 ………つい先ほどまで存在していた物が何もかも無くなってしまったのだ。

 二人が洞窟の最奥を目指している途中、突然洞窟内の気温が一気に上がったと二人が感じた瞬間にソレは起こった。
 確かに肌で感じた集束し振動してゆく魔力の波。
 吐き気を催す程に強烈に知覚出来る死の気配。
 そして己の肉体が消滅していく不吉なイメージ。
 その直後に襲い来る獄炎の津波はベーオウルフとウィーグラフ以外の何もかもを蒸発させながら遙か遠くまで通過して行った。
 洞窟の奥に居る火竜が二人に対して灼熱の業火を噴いたのだ。
 その圧倒的な火力は大地に深々と傷跡を残し、愚かな人間の矮小な精神に絶対的な恐怖心を植えつける。
 それほどの絶対的な力の差。
 たったの一撃で人間の精神を完膚なきまでに叩き折れる暴力。
 それが幻想種の頂点に君臨するドラゴンと呼ばれるモンスターの力だった。
 しかし。

「流石は最強の幻想種と誉れ高い竜種だ。
 もしやつの攻撃をまともに受けたらその時点で私達の負けだな」

 つい今起こった惨状を目の当たりにしながらも、その勇者の瞳は全く恐怖で曇ってはいなかった。
「べ、ベーオウルフ王……?今のを見ていなかったのですか!?」
 余りに超然した王の様子に臣下は信じられないと困惑する。
 情けない話だがどうも彼は腰が抜けたらしい。
 なのにこの勇者は全く何とも無いのである。
 普通の人間なら必ず自分の様に竦み上がる筈なのだ。
 国中の勇士を集めて今のを見せたら絶対に悲鳴を上げて逃げ帰るに決まっている。
 否、戦う前から逃げ出す。
 だからこそいま現に、王は一人で戦う羽目になっているのだから。
 なのに何故この方はこんなにも……。

「ウィーグラフよ。良くぞ此処まで私に付いて来てくれた」
 王を見つめる己に突然王がそんな言葉を口にした。
「だがもう十分だウィーグラフ。貴公は此処で退きかえせ。今ならばまだ間に合うはずだ」
 恐怖や葛藤で落ち着かないウィーグラフとは対照的にこの状況で似つかわしくない位の酷く落ち着いた声。
 臣下に自分を残して退きかえせ、と王は再度言う。
「な、なにを……王…?おれは!」
 ウィーグラフは王の言葉の意味が理解出来ずに呆けた顔で意味を持たない言葉を返していた。
 そんな臣下の心中を察して王は首を横に振る。
「もう十分だと言ったのだ。敵は最強種と名高い魔獣の中の帝王。
 本来竜種ではない魔獣でさえ竜の姿を模していれば最優の魔獣となるほどの幻想が竜なのだ。
 その力は時に幻獣や神獣すらもを容易く凌駕して有り余る。
 そなたも今のを見たであろう?
 これより奥は真性の死地。ヒトでは決して生きては還れぬ。
 それにも関わらず貴公はただ一人逃げず、良く此処まで付いて来てくれた。
 心から感謝するぞウィーグラフよ」
 語り終えると最後に少しだけ微笑み、そうして王はウィーグラフに背を向けた。
 臣下の呼び止める声を無視し、王はたった独りで洞窟の奥に待ち受ける死の悪獣に挑もうとしている。
 ベーオウルフの名を叫ぶウィーグラフの声がいつまでも洞窟内に残響していた……。




 ───事の始まりは、ある一人の逃亡者の手によって引き起こされた。
 主君より罰を受け逃亡中だったその男は、主君と仲を取り持つ為に宝による買収を思いついたのだ。
 そして、あろうことか財宝が眠ると云われる火竜の棲む洞窟へと侵入した。
 様々な幸運が積み重なった結果。
 奇跡的に火竜から財宝を盗み取ることに成功した逃亡者は意気揚々と街へと戻った。

 しかしそれが悲劇の幕開けだった。

 己が長年の間守ってきた財宝が盗まれたことに気付いた火竜は激怒し人間達への報復を開始した。
 巨大な両翼を羽ばたかせて王都へ飛来した火竜は、その異形のみで民を恐怖のどん底へ叩き落し、
 その凶悪な刃のような牙が並ぶ顎から吐き出される劫火は、
 ただの一撃を以ってして荒くれ者である筈の国の戦士たちの心を楽々とへし折っていった。
 天空から降り注ぐ竜種の火炎放射はレーザーカッターのように王都を南北に綺麗に真っ二つに線引きし、燃やした。
 広大な王都が竜の火炎によって滅んでいく。
 突然自分たちの身に降りかかった圧倒的な暴力による蹂躙。
 悲鳴と混乱。子供の泣き声。逃れられぬ死。
 焼け朽ちた人体はもはや焼死体というよりは炭というほどしか体積が残っておらず。
 石で作られた民家などは蒸発して跡形も残らず。
 燃え広がる火炎はついに王宮までもを焼き尽くした。
 こうして阿鼻叫喚の地獄絵図を作り上げた火竜は一通り街を燃やし尽くすと、
 報復に満足したのかその大きな翼を再び荒ぶらせ巣へと帰って行った。
 火竜が撤退した後、ベーオウルフは至急行動を開始した。
 最強の幻想種に対抗するために火竜の業火すらも防げる盾を造らせ、竜の棲む魔窟へと挑むことを決意した。
 それから件の原因となった逃亡者を捕まえて火竜の洞窟までの道案内を命じる。

 盾の完成と同時に多くの兵を率いてベーオウルフ王が進軍を開始する。
 だが巣に近づくにつれて、一人また一人と、兵は減っていった。
 火竜の絶対的な恐怖は兵士たちの精神を完全に破壊していたのだ。
 そんな兵をベーオウルフは一度たりとも咎めなかった。

 恐ろしさのあまり逃げ出すのは仕方が無い。

 と諦めたような、寂しそうな言葉を発するだけで絶対に非難しなかった。
 そしてとうとう辿り着いた地獄への入り口。
 あれだけの大勢がいた王の軍隊も残ったのはたった一人のみだった。
「貴公は逃げぬのかウィーグラフよ?」
 寂しそうな、だが確かに喜びを秘めた瞳で老王はただ一人残った勇士に声をかける。
「いえ!自分は逃げません!最期まで王に付いてゆく次第です!!」
 若者は姿勢正しく、ハッキリとした声で力強く宣言した。
「そうか、礼をいうぞ勇敢なる勇士よ」
 王の心からの感謝の気持ち。
 常に独りで戦って来た勇者だからこそ解かる喜び。
「ハッ!勿体無き御言葉」
 それに気付いた若者は何があっても逃げない事を決意した。
「ではゆくぞウィーグラフ。私が先行する、貴公は後を付いて来るのだ」
 力強く頷く若者。
 そうして彼らは魔窟へと踏み込んだのだった───。




 ───ベーオウルフがウィーグラフを残し独りで奥へと向かってしまったあと。
 ウィーグラフは悔しくて悔しくて何度も地面に頭突きをした。
 握り拳を叩き付けた。
 己の不甲斐無さに頭が来る。
 そしてそれ以上に主君に腹が立つ。
「あの方はあまりにも孤高過ぎる……畜生、チクショウ!!」
 あの人は何もかもを一人で背負おうとする。
 たった独りで竜種を退治して、その上に一家臣の命を守ろうとまでする。
 そんなのは王にあるまじき行為だとウィーグラフは切に思った。
 歯噛みする彼の視線の先には一つの盾がそっと置いてあった。
 そうだ。これは火竜を倒す為にベーオウルフが用意した切り札たる鉄盾だ。
 なのにも関わらず王はその盾をこともあろうか置いていったのだ。
 それが何を意味するのかどんな阿呆でも判る。
 火竜の灼熱から己の身ではなく、ウィーグラフの身を護る為に、老王は己の切り札を手放した。
「……ベーオウルフ王……王…」
 彼は強すぎた。だから誰も付いて行かないんだ。
 いやそうじゃない………誰も付いて行けないんだ。
 あの勇者には他の英雄譚に登場する勇者たちが当然のように持っているものを致命的なまでに持っていない。

 共に肩を並べて戦える好敵手も親友も居ない。
 彼の身を助けようとする多くの仲間もいない。
 心休まる家族すらいない。

 なのに戦う相手はいつも強大な力を誇る幻想種ばかりだ。
 常に独りで我ら民の為に強大過ぎる敵と戦い続ける王。

 しかし、ならばその先にあるものは避けようのない死に他ならない。
「冗談じゃない、冗談じゃない!!おれは、おれは最期まであの偉大なる勇者について行くと決めたんだぞ!!」
 剣を杖代わりにして腰が抜けて力の入らない下半身に喝を入れる。
 恐怖に侵食されつつ心にあの勇者の姿を思い浮かべてなけなしの勇気を奮い起こす。

「おれにだって…あの闘王と同じ勇者の血が流れているんだ!
 たかが竜種如きに脅えて逃げている様ではベーオウルフ王の名誉に傷が付くだろうが!!」

 腹に力を籠めて右足で地面をダンっと踏み締める。
 それから大盾を背中に担ぐと若者は王の後を追って全力で走り出した。
 たった独りで最強の魔物に挑もうとしている王の許へ加勢に参上するために。




 ベーオウルフはウィーグラフと別れてからさらに奥へと進んでいた。
「ウィーグラフは無事にこの魔窟から脱出できていると良いのだが……」
 家臣であり同時に唯一の親族でもあるただ一人自分に付いて来てくれた勇士の身を案じながら一人ごちる。
 そのためにウィーグラフの元へ盾を置いてきたのだ。
 あの盾ならば竜の炎からも何とか身を護れる筈だ。
 いやそうでなくては困る。何が何でも若者の身を護って貰わねば割に合わない。

 胸に溜まったものを吐き出すように大きく息を吐く。
 しかし今して想えばこんな危険な場所に独りではなかったというのが嘘のようだ。
 それ位に自分はいつも一人で戦っていたのだなと、ベーオウルフは改めて痛感した。
 不意にピクリと全身が発した危険信号を頼りに足を止めた。
 気配を殺し壁に体を貼り付けて洞窟の奥の様子を伺う。
 どうもこの先は通路よりもさらに広い空洞になってるようだ。
 チラチラと目線をせわしなく動かして辺りの状態を探る。

 すると、目的のモノがそこに居た────。

 絶望を形にすればこういう形になる。
 まるで言葉にせずにそう宣言しているかの如き威風堂々とした形骸。
 身長2mはある巨体の持ち主であるベーオウルフよりもさらに大きい。
 数mは優にあるであろう巨体。
 左右に広げた両翼も含めれば、今よりもさらに大きくなることだろう。
 細く縦長の瞳孔をした瞳が獲物を探してギョロついている。
 剣山の入れ歯でもしているのかとぼやきたくなる強靭な牙の群は恐怖の具現であり。
 大木のように太い尾はきっと巨大な岩石の塊も容易く粉砕するに決まっており。
 その漆黒色の鉤爪は死神の大鎌よりも切れ味が良いのはまず間違いないだろう。
 そして、どんな魔法の鎧よりも堅い真っ赤な鱗が火竜の全身を覆っている。
 先程見せ付けられたお陰で奴の灼熱の威力は既に知っている。
 確実に下手な宝具よりも威力が上だった。

 ベーオウルフはそんな掛け値なしの真の魔物に今から挑まねばならないのだ。

「─────ふぅ」
 深呼吸で呼吸の調子を整える。
 若干の緊張で高鳴る鼓動を抑え、仕掛けるタイミングを慎重に計る。
 今まで戦って来た幻想種とは文字通り桁違いの強さと魔力だ。
 この火竜と比べれば、あの禍々しかった巨人グレンデルでさえ可愛らしく見えてくるほどだ。
 ベーオウルフはフルンディングとネイリングを静かに鞘から抜いて精神を集中させた。
 作戦は至ってシンプルに。
 火竜の反撃を一切許さずに一撃必殺で決着をつける。
 長期戦にはまずならない。
 むしろ一瞬で勝負を決められなければこちらが負ける。
 最後に一度だけ静かに、ゆっくりと息を吐いて。

「………よし───神々よ、勝利を我が手にッ!」

 物陰から一気に躍り出た。
 飛び出しながら右手の魔剣を竜へ目掛けて投擲する。
 赤い猟犬が一直線に竜に向かって噛み付き掛かった。
 そして英雄は魔獣の首を刎ね落とす為に怒涛の勢いで懐まで詰めていく。
 魔剣の命中によって衝撃と共に爆風が生じた。
 間違いなく竜に命中した。
 ……好機!
「オオアアアアアアアアッ!!!」
 竜種の持つ凶悪な威圧を跳ね除けんばかりの気合でベーオウルフは間合いを詰め終える。
 だがその突進は突如横合いから出現した巨大な尾によって阻まれてしまった。
 短い悲鳴を上げてベーオウルフの体が薙ぎ飛ばされる。
 宙を舞い地面に墜落する。苦痛の声を吐き出して勇者は大地に倒れ込んだ。

 赤い魔剣と火竜の衝突によって生じた砂埃が徐々に晴れていく。
 ありえないことに土煙の中から五体無事な竜のシルエットが出現した。
 そいつはまるで人間のようにブルブルンと頭を振り意識を覚ます動作をしたあとギッと勇者を睨めつけた。
 血走ったギロリとした両の目玉が魔物の怒りを如実に表している。
「ば………バカ、な…ッ!?」
 さしものベーオウルフも有り得ないと愕然とした表情をしていた。
 火竜のあの様子ではフルンディングの攻撃が殆んど効いていないと判断するしかない。
 魔剣の一撃で火竜の体力の半分位は削れると踏んでいたのに、その結果は殆ど効果無しでは笑うに笑えない。
 おまけに奴の魔力が集束し高まっていた。

 やばいさっきのアレがくる───!!

 ダメージでまだ起き上がれないままでいるベーオウルフの方向へ魔物はガパッと上下に剣山が並ぶ凶悪な顎を大きく開く。
 竜の口の中に魔力が渦を巻く。
 小さく灯る赤い光点。
 それが段々と大きくなっていき。
 火竜は長い首を一度だけ仰け反らせて……。

 ────全てを焼き滅ぼす灼熱の劫火を吐き出した!!!

 視界内と周囲が朱色に輝く。
 必死に肩膝を立たせるまでなんとか体を起こしたベーオウルフ。
 だがどうやっても回避が間に合わない。獄炎が彼の体を焼き尽くすだろう。
 周囲の物を蒸発させながら地獄の大火炎が一直線に勇者に襲いかかる。
 一瞬後の自分の死に思わず眼を瞑る老王。

 しかしそれよりも早く黒い影が老王の前に躍り出た。

   ウィーラーフ
「───大鉄盾の勇士───!!」

 ベーオウルフの視界が真っ赤な灼熱から、唐突に見覚えのある背中に切り替わった。
 その前方には鈍く輝く鉛色の光が展開されている。
「ウィーグラフ……?」
 炎と王の間に割り込んだ若者は足を力強く踏ん張りそして、
 狂ったような怒号を上げて竜種の暴力に振り絞った勇気で対抗する。
「うおわああああああああああ!!
 我が名はウィーグラフ!!彼の偉大なる闘王ベーオウルフの血統の一人なり!!
 火トカゲ風情に!火トカゲ風情が我が王を焼こうなど100年早いぞ分を弁えよ獣ッ!!!」

 悪夢のような灼熱の暴力を前にウィーグラフは一歩も譲らなかった。
 孤高なるこの王の力になる為、王を護るため、若者は何が相手だろうと一歩たりとも譲る気は無かった。
 その決意を胸に抱き彼はこの地獄の底まで参上したのだ。
 そんな覚悟を決めた勇士ならばこんな事で退くほど弱くは無い!

 洞窟内を朱に染め上げた灼熱が消えていく。
 肩で息をしながらウィーグラフは地面に膝を着いた。
 若者の盾は竜種の火炎をなんとか凌ぎ切ることに成功したのだ。
 盾の損耗具合を考えるとあと一度はなんとか耐えられるだろう。
 ただし二度目はかなり際どい綱渡りになるだろうが。

「ウィーグラフ!貴公は何を考えているんだ!!」
 とんでもない無茶をする臣下に老王が叱咤する。
 だが臣下は王の叱咤など意にも介さずただ真っ直ぐな眼で王を見詰め、最敬礼をした。
「はぁはあ。ベーオウルフ王、ウィーグラフ加勢に参上致しました。御命令を!」
「貴公は……」
 そんな若者の姿に王は思わず言葉を詰まらせた。
 かつてこれほどまでの勇気を示してくれた者を見たことがあるだろうか?
 ……いや無い。断言してもいい。
 最強の竜種を相手に一歩も退かずに立ち向かう勇気を持った勇士を己はウィーグラフ以外に知らない。
 かつてない感動が老王の胸に湧き上がってくる。
 しかし、そんな王の胸に沁み込む感動は竜の猛烈な咆哮音によって掻き消された。
 咆哮に驚いたウィーグラフが盾を構えてベーオウルフの所までジリジリと後退してくる。
「王どう致しますか!?」
「ネイリングで奴の首を絶つ、鉄盾を私に!」
 指示に従いウィーグラフはベーオウルフに鉄盾を渡すと自身も名剣と青銅製の盾を装備した。
「じ、自分も戦います!」
 若者のその言葉に王は大きく頷くと、大鉄盾を前面に展開し再度突撃を開始した。
 その後に続くウィーグラフ。
 火竜もそれに合わせて今度は火炎放射ではなく、火球による攻撃を仕掛ける。
 霰のような勢いで飛んでくる無数の火球弾。
 展開した盾を命綱にして強引に歩を進めて竜との間合いを詰め寄っていく。

「ウィーグラフ私の盾を持て!」
 合図に合わせ鉄盾をウィーグラフに持たせ、右手のネイリングを激しく回転させる。
 威嚇する猟犬の回転音を掻き消すように光線のような灼熱がまたしても竜の口から発射された。
 ベーオウルフは盾の影から飛び出し火炎放射をネイリングで斬り付ける。
 するとベーオウルフの身体はまるで瞬間移動したかの如く消失し、火竜の頭上に出現した。
「セイヤァアァアアアア!!!!」
 渾身の力を篭めて名剣を火竜の首に振り下ろす。
 幾多もの戦いを乗り越えてきたイングの古宝と呼ばれる勇者の名剣。
 これを持っている限り彼の戦いは安泰だとされて来た力の象徴ともいえる剣。
 堅い紅鱗に覆われた火竜の長い首を刀身が喰い込む。
 文句無しの会心の一撃。
 完全に振り下ろしきられたベーオウルフの腕。
 しかしその瞬間。
 甲高い金属音を響かせて、尖輪の名剣は真っ二つになった。

「な──!!??」
「ベーオウルフ王ぉぉぉ!!お逃げください!!?」
「グガァッギャアアアアアアアアアア!!!!」

 英雄の驚愕する声。
 家臣の悲痛な叫び。
 そして火竜の恐ろしい雄叫び。
 三者三様の叫びが重なり合った。
 火竜はベーオウルフの攻撃に耐えると瞬時に首を鞭のようにしなせる。
 その竜の首の動きに反応してベーオウルフも身体を逸らし始める。
 首につけられた勢いのままで断頭台の如き加速で閉じられる上下を向いたの牙。
 目視できない程に速く、そして重い一咬み。

 火竜の渾身の一撃は、ベーオウルフにとって痛恨の一撃となった。

「う───おあ”あ”あ”あ”あああああああああ”あ”あああ”あ───!!!!!??」

 ベーオウルフの首筋から鮮血が噴出す。
 避け切れなかった竜の一撃は英雄の首筋を掠め血管を傷付けていた。
「ベーオウルフ王ーーーーっ!!!!」
 ウィーグラフの悲鳴が洞穴内に轟く。
 その光景に若者は思わず地に膝をついてしまった。
 英雄が今し方受けた傷は誰がどう見ても致命傷だ。
 あれは助からない。王だってもう戦えない。
「王……」
 絶望にがっくりとうな垂れるウィーグラフ。
「ぬ、おぉ、オオ!!」
 しかし、彼が信頼し尊敬した主君はどんなになっても超人のままだった。
「え?」
 馬鹿みたいな言葉が若者の口から零れた。
 信じられなかった。
 いま目の前で起きた、いや、起きている光景が信じられなかった。

「ハァアアッ!!シッ、ディアッ!!」
 鈍くだが軽快な重音が響いている。
 竜が。竜の首が跳ね上がっていた。
 あまりに信じられない光景が彼の目の前で繰り広げられていた。
 王は首から夥しい出血をしながら、それでもなお闘っていたのだ。

 しかも────素手で。

 さらに信じられないのがその攻撃で火竜の首が弾き飛んでいるのだからもう夢を見ているとしか思えない──!

 剣の様な竜の歯牙をかわしてベーオウルフは拳を叩き込む。
 ベキリと痛々しい音と共に竜の牙がへし折れた。
 悲鳴のような猛り声が火竜の口から迸る。
 苦痛に耐え切れず竜が滅茶苦茶に吐いた火炎が周囲に燃え広がる。
 ベーオウルフは自分に降りかかる焔を一切気にせずに火竜頭部に飛び乗ると、鉄拳で右目を打ち抜いた。
 豪快に弾け飛び散るゼラチン質。眼窩より噴出す鮮血。
 ビリビリと洞窟を揺るがすドラゴンの悲鳴。
 ヨロヨロと低下していく魔物の力。
 その隙を最後の好機と踏むや否やベーオウルフは最後の力を振り絞り火竜の首に回るとその剛力で竜の長首を絞め始めた。
 首を絞めている人間を振り落とそうとぶおんぶおんと首を激しく振る竜。
 しかしそれでも勇者は首を絞める力を緩めない。絞め殺す腕を止めない。
 ベーオウルフも必死なのだ。
 もう勇者にも力は残っていない。
 もしここでチャンスを逃せば絶対に勝ち目が無くなってしまう。
 両者の死に物狂いの力比べと根競べが続く。
 次第に火竜の動きが無くなっていき。
 そして……火竜の頭がついに地面を舐めた。

 ベーオウルフと火竜の戦いは燃え盛る焔の中でついに決着を迎えた。

 フラフラと竜の首から手を離して同じ様に地面に横たわるベーオウルフ。
「王!御無事ですか!?」
「ウィーグラフよ……火竜に、止めを……」
「え?ハッ、ハイ!判りました!」
 息も絶え絶えに王が忠臣に命を下すと、若者はそれ従い火竜に止めを刺した。
 竜が完全に息絶えたのを確認するとウィーグラフは王の首の止血を試みた。
 若者が施してくれている手当てをぼんやりとした意識で眺めながら、
 たったいま最強の幻想種である竜種を見事仕留めた英雄は考える。

 ”もう時間が無いな……。出血よりも体内に入った火竜の毒の方が問題だ”

「ウィーグラフよ、宝を、竜の宝を、確認するのだ……」
「宝、ですか?ハッ!直ぐに!」
 王の言葉に慌ただしく返事をするとウィーグラフは此処よりもさらに奥へと足を踏み入れていった。
 そしてソレらを発見した。
「これは……!?」
 若者の驚きは無理もなかった。
 金銀財宝。
 まさにそういう言葉通りのものがそこには存在していた。
 夥しいまでの宝の山。
 無数の煌きを放つ宝が竜が吐いた焔の光に照らされてキラキラと輝いている。
 ここまで来ると宝箱の中の宝物ではなく宝物庫の中の宝物と言っていいようなレベルの量なのだ。
「これならばきっと王も御喜びになられる筈だ!」
 ウィーグラフは宝の一部を抱えて一目散にベーオウルフ王の許へと退き返しこの事実を報告した。

 ウィーグラフが王の許へ戻った時には既にベーオウルフは瀕死の状態だった。
「左様かそれほどの財宝があったのか。それならば民も喜ぶことだろう」
 瀕死の老王は家臣の報告を受け民が多くの宝を手に出来た事を心から喜んでいた。
「………これでもはや憂いる事はなにも無い」
「ベーオウルフ王!!?」
 若者は目に涙を浮かべて王の名を呼ぶ。
「ウィーグラフよ、良く聞くのだ。私の亡骸は、火葬して岬に埋葬するのだ」
「……岬に、火葬ですか?」
 若者は王の言葉を反芻する。その意図がいまいち掴めなかった。
「そうだ。そして、そこに小高い塚を、築くのだ」
 つまり岬に大きな王の墓を岬に作れと言う事なのだろう。
 なるほど確かにそれは良い。岬に佇む塚はきっとこの王の墓に相応しい筈だ。
 ウィーグラフは内心喜んだ。
 王の自分の為にささやかな願望を口にしてくれた事が若者には嬉しかった。
 やはり無欲な王だと言えども墓は立派な物が良いに決まっている。
 そうだそうに違いない。

「そうすれば航海する者達の目印になろう」

 だが若者の思惑とは全く違った意図を王自身が口にした。
「……王……仰せの、通りに…!」
 臣下は震える唇で、しかしハッキリと王の命に了解した。
 彼の誇り高き主君はどこまでも真の勇者だったのだ。
 自身が死ぬ間際でさえ王は弱者の味方であり、最後の最期まで人々の守護者であったのだ。
 決して驕らず、臆病な部下を蔑まず、たった独りだったにも関わらずそれでもなお最後まで闘い抜いた孤高の闘王。
 そんな気高き生き様にウィーグラフは涙するしか出来なかった。

「それと、ウィーグラフ……我が武具は…」
 蚊の飛ぶような掠れた声で王が続ける。
「解かっております。王と共に埋葬致しますので御安心を」
 若者は王が最後まで口にするのを待たずに先を言った。
 しかし、王は弱々しいが確かに首を横に振り。

「いや是非貴公に使って貰いたい。此度の褒美である。貴公の勇気…真に見事であったぞ、ウィーグラフ」

 最期にそう若者の勇気を讃えて、孤高の王は永き眠りについた。






 そして現在、日本の冬木にて。

 孤高なる闘王の戦いは今もまだ続いている。
 しかし強敵揃いのこの最上位の戦場であっても、勇者は決して怖れる事は無い。
 何故ならば。

 あの時と同じく、闘王と共に肩を並べて闘う遠坂という名の心強い味方がいるのだから────。







──────Riders Side──────

 我が名はラメセス二世。
 セティ一世の皇太子にして太陽神ラーの血をその身に宿す選ばれし者。
 そしてエジプトの最大にして最強のファラオ也。

 我こそが太陽神の人世具現者。
 我こそがラーに変わり地上を治める神威の代行人。
 我が身こそが光の子。

 それは英霊の座に祀り上げられてからも変わることはない。


 そして、今だからこそハッキリと言えよう。

 認めることが出来る。

 初めて我が眼前に姿を見せた君は。


 誰よりも輝かしい筈のこの御身よりも、神々しくそして眩しく視えたのだ────。


 あの時受けた衝動こそが、我が愛の始まりだった。




 俺様には兄が一人居た。
 しかし兄は神々の加護が薄かったため親よりも早くに没してしまった。
 そうして亡くなった兄に代わって俺様は王家の長男として扱われ、
 父であるセティ一世の側近として政治や戦争、建築事業などの手助けしながら健やかに逞しく成長していく。
 そうやって王子として忙しい日々を過ごしながら時は流れ。

 俺様にとってついに運命の日がやってきた。

「ファラオ、その婦人は?」
 ファラオであるセティ一世の隣に口では伝えきれぬ程の美貌の主が佇んでいた。
「ああ紹介しよう。彼女はネフェルタリだ」
「はじめまして王子。ネフェルタリで御座います」

 セティ一世が連れて来た女が俺様に対して優雅に礼を取り……そして優しく微笑んだ。

 俺様はあの時の胸より湧き上がる衝動を決して忘れはしないだろう。
 我が魂に深く刻まれた君の微笑。
 何があろうとも消える事はない最初の一幕。


 ───君と俺様はこうして出会った。



 俺様が最初に君へ抱いた感情は、感嘆でもなく、喜びでもなく、哀しみでもなく、理不尽な怒りだった。
 ネフェルタリの微笑を視た瞬間に体中から湧き上がったのは間違いなく怒りだ。
 なぜ怒りなどが込み上げて来たのかその時の俺様には理解出来なかった。
 無理もない。何もわかっていなかったのだ、ネフェルタリの事は勿論己自身のことさえも。

 その神々しいまでの眩しさを認める事が出来ない。

 そんな簡単なことにさえあの時の俺様は気付かなかったのだ……。


 それからネフェルタリはセティ一世の薦めで王宮に逗留することになった。
 ファラオの決定である以上は王子と言えど異を唱える訳にはいかない。
 だがそのときの俺様は理解不能の激情のせいでネフェルタリの逗留には反対だったのだ。
 セティ一世はそんな俺様の反対を押し切ってネフェルタリを逗留を正式に決定させた。

 しかし今だから声高らかに叫ぼう!
 父セティ一世よ、御身のその判断は後の歴史に末永く残る程のファインプレイであったと!
 有り難う有り難う人間父よ!我はこの感謝は決して忘れぬぞ!
 よってその偉業を讃えるため豪勢な記念碑を建てておいた。
 草葉の陰から記念碑の出来に満足してくれ人間父セティ一世よ!

 そうした結果、自然と俺様とネフェルタリの交流が始まることになった。
 最初の邂逅に感じた謎の怒りの真相を確かめるべく、俺様は度々ネフェルタリの許へ足を運んだ。
 初めの内は二人の関係はギスギスしたものだった。
 主に上記の理由により俺様の方が敵対心や懐疑心を持ったまま接していたからだ。
 しかし、ネフェルタリの方はいつも自分の許に訪れる俺様を歓迎しもてなしてくれた。
 明らかに俺様が不機嫌であったり、敵対的であってもあの女はそんな自分を優しく歓迎した。

 そんな不思議な包容力を持っていたネフェルタリの優しさに包まれる様に、
 俺様は何度目か訪問を重ねるに連れて次第に己の中にあった謎の怒りの感情は薄らいでゆき、
 次第にはネフェルタリの許へ行くのが楽しみにさえなっている自分がいた。

 元々エジプト貴族の出であったネフェルタリは王家の人間にも劣らぬ優雅さと気品を具え持っていた。
 その美しさと優雅さの資質は瞬く間に宮殿内に居た女の誰よりも貴人であると評判になった。
 そういう俺様もネフェルタリと過ごす時間は他の女達では決して得られない充足した時を得ることが出来た。
 敢えて言葉にするならば、混じり気の無い純粋な満足感。
 そういった類の幸福感を実感したことは今までに一度も無かったのだ。

 そのため俺様は公務(セティ一世の政務など助手)の合間に時間を作ってネフェルタリとの逢引を繰り返した。

 しかし問題も多かった。
 建築事業や外政の公務の時は良いのだが、戦争時は事情がガラリと変わってしまう。
 何故なら他国との戦争の際には俺様が軍団の指揮を執らねばならないからだ。
 そういった事情により永くネフェルタリと逢えない日々もあったりした。
 戦時のフラストレーションと言ったらもう勢い余って軍の指揮を放り出してネフェルタリの待つ宮殿に蜻蛉返りしたり、
 ネフェルタリと逢引したさに一ヶ月はかかる筈の戦況を七日で決着をつけてやったりした程に良くも悪くも俺様を情緒不安定にした。


 そんな俺様とネフェルタリの逢引で一番愉しかったものは何と言っても建造物や遺跡の案内をしてやる事だった。
 セティ一世の元で建築事業にも携わっていた俺様は建築に関しては類を見ない程の才能と知識そしてセンスがあったのだ。
 自らが建てた建造物をネフェルタリに披露し解説してやるのは自分の作品を自慢する芸術家のような心境と言ってもよく、
 毎度案内の度に男子の尊厳を賭けた緊張と興奮と悦びとが混ざりあった妙な高揚感があった。
 ネフェルタリも俺様のそんな男心を察していたのか見学中はコロコロと表情を変え、驚き、上品に笑ってくれた。
 それはこの上なく、本当に楽しい一時だった。


「凄いのねラメセス。貴方の建てた神殿や建造物はどれも素晴しかったわ!
 これらにはラーを始めとした神々を祀るに相応しい輝きがありましょう!」
 ラメセスⅡの建てた数々の碑や神殿に興奮した様子でネフェルタリが喝采を贈っている。
「そ、そうか……?いや、そうかそうか!やはりネフェルタリもそう思うか!?」
「ええもちろんよ!」
「そうだろう!いやな!実は俺様もそうじゃないかとは思ってはいたのだ!フッハッハハハハハッ!」
 そして心奪われている女性からのこの上ない喝采を受けて満更でもない様子で照れ笑っているラメセスⅡ。

「オホン!そ、そうだ。そのうち俺様の気が向いたらなのだがな……」
 ラメセスⅡは照れ隠しの大笑いを止め、咳払いをして場を仕切り直すと再度別の言葉を紡ぎ始めた。
「え?なにラメセス?」
「お、お前にも何か神殿を建てて贈るのもよいかも……な。
 ま、まぁ俺様の気が………向いたらではあるのだが…!」
「本当に!?」
 ラメセスⅡの言葉に眼を輝かせて反応するネフェルタリ。
 その美しい貌がラメセスⅡの顔のすぐ近くにある。
 その瞳は明らかに期待の色が滲み出ていた。
「き、気が向いたら、だ!後のファラオであるオオオ俺様がッ!
 女如きの為に神殿を一つ丸々建てるなど普通では絶対に有り得ぬ!
 なな何かの気まぐれでも起こらぬ限りそんなことは当分起こり得ぬわ!」
 ラメセスⅡはプイっと顔を明後日の方角に逸らして一気に言い訳染みた台詞を捲くし立てた。
 心臓が激しく高鳴っていた。
「ふふそうね。でも、その時が来るのをとても愉しみにしています」
 少し残念そうにしてネフェルタリは笑った。
「……………………………待ってるがいい……」
 ラメセスⅡはネフェルタリには決して聞こえない大きさで決意を込めて囁いた。


 ファラオを褒めれば天を舞う。
 ネフェルタリの言葉に気を良くした俺様はそれからさらに積極的に建築事業を行ないその才能を磨き上げた。
 建築技術とそれに関わる様々な知識、それと建造物の美しさに関わる美的センス。
 それらを現段階よりも数段跳ね上げるべく多くの建築に関わり練習と実験と研究を重ねた。
 何のためにそんな真似をしたかなどいちいち聞かなくともわかるだろう。
 全てはネフェルタリに贈るに値する、相応の美しさを揃えた神殿を作り上げるためだ。
 この時点での俺様の建築技術ではネフェルタリに贈るに値する物は造れない。
 故に贈るに値する物が生み出せる高みにまで上る必要性が生じたまでのこと。
 後の世に語り継がれる建築王の二つ名を持つファラオはこうして生まれることとなったわけだ。



 そんなネフェルタリとの幸福な日々を繰り返しながら月日は流れ。
 まもなくして俺様はお前を妻に迎え入れた。
 しかしそれは王家や貴族の間に有りがちな政略結婚などではない。

 俺様は一人の女性としてネフェルタリを王家の──否、我がラメセス二世の妻として迎え入れたのだ

 それからは幸福の日々だった。
 共に語り合った。
 共に水浴びをした。
 共に俺様が手掛けた建築物の見学をした。
 共に弓の腕前を披露した。
 共に笑った。
 共に愛し合った。
 そして、子を生した。

 俺様が王に即位してからもその幸福は変わらなかった。
 むしろ幸福は増したと言っても良いだろう。

 ネフェルタリ。
 我が最愛の妻ネフェルタリよ。
 お前は美しいだけでなく聡明にして有能で完璧な妻だった───。

「ラメセス、明日は式典なのですけれど衣装の方はどうするのでしょう?」
「明日のは豊作を神々に祈願する為の式典。俺様はこれを纏おうかと考えているのだが……」
「アナタ、そちらよりはこちらの方がよろしいのではなくって?豊作を祈願する式典なのでしょう?」
「む?そうか、そうだなネフェルタリがそう進言するのならばそっちにしよう」
「それと地方から届いた連絡なのだけど、いつもの手筈に沿って片付けておきましたよ。
 だからアナタ今夜はゆっくりと休んで明日の式典に備えて下さいな」
「なに?そうかそれはすまぬなネフェルタリ礼を言うぞ」
「いいのよわたしは貴方の妻なのだから。そうでしょう?」
「………予定変更だ、寝るのは後だ!さあ寝所へゆくぞ!夫婦の営みだ!」
「ら、ラメセス!駄目よ明日の式典に備えなけれ───」
「式典など知らぬ!ファラオの夫婦の営みを邪魔する輩は極刑だー!」
「きゃーあ、あなたー!」

 君はファラオの政治を影から支え、王宮に数多く居た妾達を纏める上げる力を持っていた。

「貴女達、わらわ達の役割は解かっていて?」
「ネフェルタリ第一王妃様……」
「いいこと?わらわ達の役目はファラオを支える事。それに終始します。
 ファラオであるラメセスⅡを支え、ラメセスを愛し、ラメセスを守り、ラメセスの子を産む。
 それがわたしたち王宮に仕える女の役割なの。
 貴女もラメセスの女であり、わたしもラメセスの女の一人」
「しかし……ネフェルタリ様はわたしたちとは───!」
「しかしではないわ。わらわたちに必要なのはラメセスに捧げる愛情のみ。
 ましてやラメセスの寵愛の取り合いなど無意味なの。わたしも貴女達もそれは変わらないの」
「……はいわかりました」
「ええ結構。ではラメセスのところへ行きましょう。あの人がわたしたちをまだかまだかと待っているわ」
「「はい!」」

 褥での営みも見事なもので女としての文句の付け所がなかった。

 そういう幸福な時間がゆっくりとゆっくりと過ぎていった。
 それを反映するかのように我が祖国エジプト王朝も繁栄を極めた。
 それは完全に衰退した状態から過去最高の繁栄を見せたほどだった。
 しかし国の繁栄は俺様の力だけではない。
 きっとおまえが俺様の隣に居てくれたからこその繁栄だったのだろう。


 そういえばお前には腰を抜かすほど驚かされたこともあったな。
 俺様が永き生涯において最も驚いたのはあの時だよ。
 お前がカデシュの戦いに同行すると言い出した時さ。
 カデシュの戦いはムワタリ大王が率いるヒッタイトとの戦争の一つだ。
 当時のヒッタイトは最新の騎馬術に戦車戦術や、世界で初めて鉄の生産・実用化に成功して鉄器武具を所有し、
 既に民主主義的性格を有する法典まで作っていた当時世界最先端の多民族国家だった。
 要するにこれ以上に無い程に危険で手強い敵との戦争によりにもよって君は同行すると言ったわけだ。
 しかしただ何となくで同行すると言い出した訳じゃない。
 戦争の厳しさ、恐ろしさ、そしてそれに伴うリスクを全て承知した上でおまえは俺様に同行すると言ったんだったな。
 良く覚えているぞ。あの時のお前の言葉を。

「馬鹿を言う!それがどういう事か理解していないのか!」
「理解していますとも!」
 叱り付ける様に言うファラオと凛とした態度で言い返す王妃の言い合いが続く。
「解しているのならば───!!」
「理解しているからこそネフェルタリは貴方に付いて行くのですラメセス!」
「もし万が一にでもヒッタイトとの戦に負ければネフェルタリ、君はムワタリに捕らわれる羽目になるのだぞ!?
 君は美しい、どんな男も放っておく訳が無い!そんな美貌を持つ女が戦場にノコノコと現われてみろ!
 連中はこぞって我が先だ我が先だと醜悪で野蛮な欲望に舌なめずりしながらお前に襲い掛かるに決まっておるだろう!!」
 最愛の女の身に降り掛かる最悪の結果を想像し怒りで身を震わせるラメセスⅡ。
「ならばラメセス、答は一つです」
「……なに?」
「わたしを他の男に奪われたくないのなら……この戦必ず勝って下さいな。
 そしてわたしは貴方に勝利させるため貴方と共に戦に赴くの。
 この身には神々の加護が付いています。その加護がアナタに勝利を与えることでしょう」
「………………」
 その言葉に思わず言葉を失うラメセスⅡ。
 絶対的な信頼。
 夫が必ず護ってくれると信じきった瞳。
 故に怯える事など無いのだとネフェルタリの綺麗な瞳が雄弁に語っていた。
 ラメセスはネフェルタリに背を向ける。
「…………いいだろう。ヒッタイトなど皆殺しにしてやる。君は誰にも渡さぬ。
 お前の唇も、お前の肢体も、お前の愛も、すべて!全てファラオである俺様のものなのだ!」
「ええそうよ。わたしの全ては貴方のもの。だからラメセス、国を、そしてわたしを、守って……」

 怯えをひた隠して気丈に振舞う君が居たからこそ苛烈なあの戦いに勝つ事が出来たのだ。
 あの絶望的な戦況から巻き返すことが出来たのはまさに奇跡と言える所業だった。
 エジプト軍はヒッタイト軍のスパイに偽情報を掴まされ、見事に敵の罠に陥った。
 挟撃奇襲に遭いあっという間に壊滅するラー軍団。
 四分の一の戦力を失いラメセスⅡ率いるアメン軍が敵の中に孤立してしまう。
 だがしかし、そんな状況にも陥ってもラメセスⅡは脅えも怯みもしなかった。
 兵の誰よりも勇猛果敢に太陽の戦車を駆って敵陣深くへと切り込み、騎乗槍を振るい、否定の強弓で敵を射抜いた。
 全ては同行させた妻ネフェルタリを死守せぬがゆえ。
 そんなファラオの神の如き闘争心に兵たちも王に続けと果敢に奮闘し、壊滅寸前の戦況に歯止めをかけた。
 そうしてラメセスⅡとアメン軍の獅子奮迅の我慢比べがついに実を結び、後続の軍団がアメン軍の救援に駆けつけたのだ。
 その援軍によってとうとう形勢が逆転し、ラメセスⅡは敗北必至の状態から見事巻き返すことに成功したのだった。

 あの時の戦が恐らく生涯最高の死に物狂いの奮闘っぷりだったろうと思う。
 怖かった。
 ネフェルタリが他の男に奪われる事がとてつもなく恐ろしかった。
 だからこそ戦えたのだ。
 ネフェルタリを奪われる恐怖に比べれば最高品質を誇る大軍に一人で立ち向かう方が遙かにマシだと思えたほどに。
 その甲斐もあってカデシュでの戦いはエジプトとヒッタイトの世界最初の正式な戦争録となり、
 また同時に世界初の正式な和平交渉によって両国の戦争は終結を迎えた。
 この人類最初の戦争録と讃えられる俺様の偉大な伝説の一つに、
 ネフェルタリよ…君の名が俺様と共に刻まれていると思うと嬉しくて仕方が無い。
 しかし出来ることならば今回のようなのはこれっきりにして貰いたいものだ。
 なんと言っても俺様の寿命が縮んでしまうからな。


 自身の身の危険を承知でなお夫に尽くし支えるその精神。
 この一件でネフェルタリ。お前が心身ともに強く美しいという事が証明された。
 俺様の君への愛もより一層深く大きな物へとなった。



「今回の神殿もまあまあの出来栄えだな」
 小規模の建造物を見上げながらラメセスⅡはまずまずと言った表情で頷いた。
「そう?わたしはいつもよりも綺麗だと思うのですけど」
 その隣には妻のネフェルタリが寄添って感想を述べている。
「俺様的には我が像の出来がいまひとつ納得がいかぬな」
「ふふでもラメセス?あのアナタの像、少し男前ね?」
 不満気なラメセスⅡの顔を眺めながらネフェルタリは稚気の混ざった笑顔を彼に向けた。
「な何を言うか!本物もあんな顔だ!!」
「でもあの像少しばかりお鼻が高くなってて彫が深くなっていますよ?」
 実際ネフェルタリが言うようにラメセスⅡ像は何割か”本物よりも美化されて”いた。
 それをブンブンと首を振って否定するラメセスⅡ。
「そ…そんなことはないぞ!
 きっと若干奴隷たちや大工の手元が狂ったんであろう。た、他意などないぞ!」
「そうなの?」
 楽し気に夫を突付いてくる妻に流石のラメセスⅡもたじたじのようである。

「あ、そうであった!ネフェルタリ!あの像!あの像はどう思う!?新しく建てたのだが!」
 このままでは不利と悟ったラメセスⅡはわざとらしく声を張って少し離れた場所にある像を指す。
 そんな可愛らしい夫の様子につい上品に笑う妻。
「な、なぜ笑うか?」
「だってあの石像って元の持ち主はアナタの父君のセティ一世の物だって前に言ってなかったかしら?」
「ナゼソレを!!?」
 何故かタネを知っているネフェルタリに大げさに驚いてしまうファラオ。
「アナタがわたしに教えてくれたのですよ?この辺りに物見遊山に来たときに」
 そういわれれば確かに言った覚えがある。
 というかネフェルタリに良い所を見せたくていくつもの遺跡や建造物の来歴や解説を良くしてやった。
 そのためネフェルタリの建造物に関する知識は中々の域であった。
「いや、よいかネフェルタリ?
 ファラオの物はファラオの物。と言う格言があるようにセティ一世の建てた物は即ち俺様の者でもあるわけだ」
 などという超ファラオ様理論を展開して妻の丸め込みに入るファラオ・ラメセス二世。
 しかし妻は夫よりも一枚上手だった。
「でもアナタと像の顔が全然違うのが一目で判ってしまいますよ?」
 常識人でもあるネフェルタリのご尤もな意見によって丸め込みはあっさりと粉砕されてしまった。
「…………やはり判るか?」
 数秒の沈黙。そして悪戯がバレた子供のような表情で確認を取るラメセス。
「ええ勿論」
 夫の質問に優しくしんみりと頷く妻。
「うーむ、やはり名札の部分を”ラメセスⅡ”と書き変えただけでは駄目か……」
 妻の解答を聞き腕を組んで唸り出すファラオ。
 きっと彼の脳内では他人の物をどう偽装するかについて会議が開かれているのだろう。
「クスリ。イケナイ人ね」
 まるで子供のような事をする夫に身体をもたれ掛けさせながらネフェルタリは幸福そうにそっと眼を閉じた。
 ラメセスⅡもそんな妻へ何も言わずにそっとその細い肩を抱き寄せるのだった。


 それからラメセスⅡは建築王の異名に相応しい働きをしていった。
 ある建造物は己自身の手で建て。
 ある建造物は補修と補強を施し。
 ある建造物は既にある建造物にラメセスⅡがさらに手を加えて建て直した。

 我が夢を君に。
 我が愛を君に。

 我が至宝ともいえる女性に捧げるに値する価値を持った神殿を君に贈りたい───。

 世に名高いアブ・シンベル大神殿と小神殿はそんなラメセス二世の愛と夢の具現でもあった。

 大神殿は太陽神ラーを、小神殿は美の神ハトホル女神を祭神にした神殿である。
 それが何を意味するのかは語るより明白だ。
 大神殿を己のために、そして小神殿を妻のために。
 それは二つで一つの夫婦神殿とも呼べるラメセスⅡ渾身の最高傑作。

 小神殿の入り口に飾られたネフェルタリの石像は二体。
 同じく入り口の前にある計四体のラメセス像の間に挟まれている。
 そうまるで夫に守られているかのように。
 ラメセスとネフェルタリの六人の子供達の像も夫婦像の足元にそっと建てて置いた。
 そして、それ以上に彼は妻の石像の大きさにも拘った。
 通常では王妃などの石像というのは小さいものだ。
 比率で言えば精々ファラオ像の半分程度。膝から下程度の高さしかない。
 古来よりエジプトにおいては王であるファラオこそが至上であり王妃はファラオのおまけ程度の存在に過ぎぬためだ。

 だがラメセスⅡは違った。

 ファラオである己の像と変わらない大きさでネフェルタリの石像を建てたのだ。
 そのことをラメセスⅡは微塵も後悔していない。
 最愛の妻のために王家が代々積み重ねてきた歴史を踏み潰す。
 彼は王家の積み重ねてきたものと比較してなお妻への愛情を選んだ。
 アブ・シンベル小神殿に刻まれたネフェルタリの絵。
 そこには死後に神となったネフェルタリの姿がある。
 こうして彼女はラメセスⅡの愛によりエジプトの歴史上初めて神となった王妃になったのだ。

 それがエジプト史上最高のファラオ・ラメセスⅡが愛したネフェルタリ。

 世界の遺産として永遠の価値をもったラメセスⅡのネフェルタリへの深愛は永い年月を超えて世界に残り続ける事となるのだった。




 我が父ラーの加護に感謝する。
 病を患ったネフェルタリが死す前にこの神殿を贈ることが出来、我はこれ以上ない至福である。


 ───あの時の涙を流して喜んでくれた彼女の姿は、我が永遠の至宝となったのだから───。


 だから、もう少しだけ待っておくれネフェルタリ。
 聖杯の力で必ず君のミイラは取り戻そう。

 その後は君の待つ神の世界に還るのもいい。
 あるいは現世に君を蘇えらせて、また二人の時を刻むのもいい。

 それもすべては君の失われた亡骸を取り戻してからだ。
 だから安心して待つがいい。
 もう一度、アブ・シンベル神殿以上の贈物を君に捧げてやろう。
 だから……。

 君の夫の力を信ずるがいい。



 ────我、英霊の最強を担いし一角。

 陽の力を我が力とする、日なる世界を支配する『太陽王』なり。

 我が切なる願いの邪魔立てする者には太陽神ラーの正義の鉄槌を。

 戦争において我に敵う者無し。

 この戦の勝利者はラメセス二世おいて他になし────!!








──────V&F Side──────

助けろ!ウェイバー教授!第十四回

槍「うおおおおおお!納得いかんでござるぅぅぅう!!!」
F「うわぁぁああ!!!いきなり武士様がご乱心なされたぞーーー!!!」
V「ええい!誰かその槍男を止めろー!教室内での凶器の持ち込みは禁止だとあれほど言っただろうが!」
槍「久しぶりの登場だというのに納得いかんで御座るよ!
  なんでござるかこのバーサーカーの葛藤と決意は!?
  なんでござるかこのファイターの熱い戦いは!?
  そしてなによりも一番腹が立つのは……!
  何で拙者を倒した次の日にさり気なくライダーの惚気を聞かされなければならんでござるかー!!?」
V「レギュラー入り早々に幸先が良くないなヤリオ」
槍「やりおと言うなでござる!」
F「しかし進展なしの割には今回も長かったですね……」
V「三人分の過去話だからな、まあこんなものだろう。むしろこれでも短く纏まった方だ」
槍「ただ長文を書けばいいってもんじゃないでござるよ」
F「手厳しいですねヤリオさん!」
槍「だからやりおとry」

V「まあこれで今回の聖杯戦争に参加する大半の英霊の動機が判明したと思う。フラット纏めだ」
F「はい先生!ヘイドレクさんは忌み名である狂戦士の意味そのものを変える為に。
  ベーオウルフさんは純粋に遠坂さんの力になる為に。
  ラメセスⅡさんは何が何でも紛失した最愛の妻のミイラを取り戻す為に。
  アン・ズオン・ウォンさんは守護者のつまらなさと過去の出来事から再度平和な国を築く為。
  クリスチャン・ローゼンクロイツさんは自身の経験からこの世全ての病魔の根絶の為に。
  そして既に敗退した本多忠勝さんは己の力を試す為に。ですね」
槍「ローラン殿だけがまだハッキリしてないでござるがそれもそのうち出てくるでござろう」
V「だな。身も蓋もない言い方をすればページの都合で今回カットになっただけだ!!」
F「物凄いぶっちゃけた!?」

V「しかし大変だなヘイドレクも。先祖のツケを支払わされる事になるとは」
槍「才能があったばかりの悲劇というやつでござるなぁ。
  ヘイドレク殿が一族最高の適性力を持っていなければこんな事にはならなかった筈でござる」
F「それよりも驚きなのがティルフィングさんが実は多重人格だったと言う点ですよ!
  小さい子好きの大きなお兄さん達に邪な夢を与えてどうするんです!?」
V「流石にあんな気ティちゃんでは読者が可哀想だろう?というかな誰得なんだあのティルフィングの性格は?」
槍「極一部のマニアック層には大受けでござるよ………きっと、いや多分?否、恐らく?」

V「そしてベーオウルフは今も昔も変わらなかったと言うのが証明されてしまったな」
F「英雄の鑑じゃないですか!最期の最後まで人のためなんて!」
槍「くぅ!あんな勇者とは是非もう一度刃を交えてみたかった……」
V「ただ確実にギルガメッシュタイプの王とイスカンダルタイプの王とは相性が悪いな」
F「もうそれは確実ですね。アルトリアさんがそれを証明しちゃってますし」
V「しかしそんな闘王だが実は化け物かやつは?強すぎるぞハッキリ言って尋常ではない…」
F「そんなにおかしいですかね先生?怪物退治の英雄って結構居るじゃないですか」
V「ああ確かに幻想種退治の英雄は多くいる。だがそれらには共通しているバックボーンがあるもんだ」
F「バックボーンですか?」
V「ああ。そういう事を成し遂げる英雄というのは基本的に神の血を引いていたり、混血だったりと箔のような理由が付く」
槍「確かにヘラクレス殿のようなギリシャ英雄やラーマ殿のようなインド英雄や北欧英雄にはそういう所があるでござるな」
V「しかしこのベーオウルフにはそういったバックボーンが一切無い。それどころか神の加護の有無すら残って無い状態だ」
F「つまり先生はそれらを考えるとこの人の強さは明らかにおかしい、と?」
V「そうだ。エミヤ並におかしい」
F「そこまでいいますか」
V「そしてベーオウルフの臣下ウィーグラフも中々の逸材だな。
  もし彼の触媒があれば呼び出してみるといいぞ。そこそこ以上に使える筈だ」
F「盾のサーヴァントついにクルー?」

V「そして今からラメセスⅡについて語ることにするが、語ることは特に無いのであった」
F「ズコー(AAry」
V「ん?語りたいのなら遠慮せずに語っていいぞ?私はノーサンキューだが!さあ好きに語れフラット!」
F「俺だって嫌ですよ!!何が悲しくて他人のラブラブ日記に真面目に感想書くような真似しなくちゃいけないんですか!」
槍「だからライダーには空気を読めと言いたいでござる!昨日の今日でござるぞ拙者との魂を賭けた死闘は!?」
F「確かに忠勝さんがちょっとだけ可哀想ですね…ホロリ」
V「ちなみに話を変えるが、ラメセスⅡの奴は英霊界きっての愛妻家で有名だ。
  その度を超した妻萌えっぷりは”○○は俺の嫁!の会”
  という怪しげな愛妻会を創設しその会長を務めているとかなんとか。あくまで噂に過ぎんが」
F「そんな如何わしい会に会員なんか居るんですか?」
槍「一説によればディルムッド殿とかローラン殿などが密かに在籍されておるとかなんとか」
F「ブハッ!?ディル兄さんとローランさん!?」
V「ローランの奴のオード萌えはともかくとして、ディルムッドの奴はグラニア萌えか!?」
F「流石は愛の逃避行で伝説を残した漢…密かに愛妻家だったんだ……」
V「そういえばFatezeroでも我が生涯に悔い無しと言ってたな、つまりアレはそういうことなのか?!」
F「ところでそのファンクラブって何をする会なんですか?」
V「だそうだがランサー。ファンクラブではなにをするか知っているか?」
槍「噂では延々と嫁自慢をするとかなんとか」
F「どんな会合なんですかそれ……2chの掲示板じゃないんですよ!」
槍「ちなみに基本的には自分の嫁自慢をしながら相手の嫁も誉める会らしいんでござるが
  極稀に嫁の嗜好が食い違って嫁の尊厳をかけた夫同士の殺し合いになるとかなんとか」
V「尊厳を賭けたの部分だけ見ると大層な話だが、話全体を見るとなんてしょうもない殺し合いなんだ…」
F「で、そんな会の長をやっているのが今次ライダーであるラメセスⅡさんだと?」
V「まあ作中のあの様子を見ると満更嘘だと思えんのが困りものだな」
F「忠勝さんが言うようにあの人だけが過去話って言うより惚気話でしたからね」
V「さすがスーパーファラオというところなのか?」
槍「それでは此度はここまででござる!では諸君またの来訪をお待ち申し上げる!」
F「しかし何と言いますか、すっかり馴染んでしまいましたね忠勝さん」
V「それが良い事なのか悪い事なのかは知らんがな」

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最終更新:2014年11月25日 02:13