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『敷居が高い』
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しきゐがたかい
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「敷居(名)」+「が(格助)」+「高い(形)」から成る慣用句
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作成日:平成26年11月23日
見出し
辭書からの引用
しきいがたかい【敷居が高い】
不義理または面目ないことなどがあって、その人の家に行きにくい。敷居がまたげない。
『広辞苑 第六版』
しきいがたかい【敷居が高・い】
不義理や面目のないことをしているので、その家に行きにくい。
「無沙汰をしているので、あの家は━」
◇「敷居」①が高く、その家の領域に入りにくい意から。
[注意]
(1)程度や難度が高い意で使うのは誤り。「× 高級すぎて僕らには━店」「× 初心者には━ゴルフコース」
(2)「仕切りが高い」は誤り。
→敷居
『明鏡国語辞典 第二版』
『三省堂国語辞典』編集委員である飯間浩明氏のTwitterから引用
「敷居が高い」が「気軽に体験できない」の意味で使われだしたのは1980年代以前ですが、広く知られたのは2000年以降です。当時『三省堂国語辞典』は誤用と認定。この用法への批判を助長した疑いがあります。現在の版では誤用表示はやめました。 pic.twitter.com/z5ih1Ltn7R
飯間浩明@IIMA_Hiroaki 2014/11/23 1:56:22
「哲学書はむずかしくて敷居が高い」のような用法は、「ハードルが高い」とも言い換えられず、他に適当な言い方もないため、一般に広まったのは当然とも言えます。意味の自然な拡張であり、これをいったん辞書で「誤用」と認定したのは早まったと反省しています。「誤用」の認定はむずかしいものです。
飯間浩明@IIMA_Hiroaki 2014/11/23 1:56:28
考察
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字面通り「敷居が出つ張つて高い」といふ意味で使ふことはできる。
原義に就いて
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「敷居」は門や戸の底部にある橫木のことである。
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辭書が示す意味の「不義理を働いてしまつた人の家に行きにくい」と解釋するには、この敷居が不義理を働いてしまつた人の家の玄關の敷居であると想定するのが妥當である。
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あるいは、敷居が玄關と換喩と考へられる。
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更に、玄關と家が換喩となりうるので、敷居の語だけで家を仄めかす。
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また、家はそこに住む人が居ることを含意する。
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家に行きにくいのは、敷居や家そのものが問題なのではなく、そこに住む人との間に何かがあつたからであらう。
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實際の敷居は跨ぐのに苦勞するほど高く作ると不便なので、普通はそんな作りにしない。
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讀んで字の如く「敷居が高い」ことを意味しない。つまり、隱喩である。
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「不義理」は「借金を滞納すること」を指すことが多かつたらしい。
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辭書で敢へてこの言葉を使つてゐるのは、さういふ含みもあるかもしれない。
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今はどうか分からないが、この言葉が廣まつた時期には近隣の住人や親類から金を借りる機會が多かつたのかもしれない。
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「不義理を働いてしまつた人の家に行きにくい」といふ心理を「まるで玄關の敷居が高くなつたやうに感じる」といふ譬喩によつて含意した表現だと推定される。
用法の廣がりに就いて
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造語成分を考へると、「不義理を働いてしまつた人の家に行きにくい」といふ意味以外での用法を即座に誤用とするのは早計であらう。
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「實際には敷居は高くない」にも拘はらず「敷居が高い」と言はしめる心理的な障礙を缺くと、この慣用句は成立しない。
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「敷居が高いやうに感じる理由」は言外であるため、別の文脈でこの語を用ゐることで、別の意味を呈してもをかしくない。
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但し「或る人の家」を想定する以上、そこに行きにくい理由は「不義理」といふ言葉が表はす範圍に大體收まると思はれる。
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自分には非が無く、行き先の方に問題がある場合などが考へられる。
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「敷居」を「内と外を隔てる境界」を象徴するものとして捉へ、譬喩的に用ゐたものだとすれば、新しい用法の一部は許容できる。
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「心理的な障礙により、或る領域に踏み込むことが躊躇はれる」といつた抽象的な意味に集約できよう。
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これは原義をも包含する。
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「或る領域」は高級店や校長室のやうに實際に存在しうる場所でも、學問や趣味のやうな抽象的な領域でも成立する。
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「敷居」を譬喩として用ゐることに依つて、「高い」といふ言葉で「境界を越える難しさ」が表現され得る。
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躊躇ふどころか、實際的に不可能な場合には適さない。
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踏み込む先の領域が想定できない場合には適さない。
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家や人、更には「不義理を働いた」といふ言外の意味は薄れるので、「心理的な障礙」となるものを別に提示する必要がある。
言ひ換へ抔
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「近寄りがたい」「近づきたくない」抔
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元の「敷居が高い」を素直に表現するならば、このやうにならう。
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「手が屆かない」「手が出せない」抔
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困難である一方で、或る領域に關はりたいといふ意志がある場合、このやうな言ひ方で置き換へられる。
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手は人間が自分の意志で動かせる最も主要な身体の一部であるため、意志があることを含意しやすい。
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Hurdle
が高い。
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有力な言ひ換へ候補と見做されがちだが、造語成分の「高い」が共通する爲に想起しやすいだけで、積極的にこれに置き換へる必要は無い。
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「或る領域に踏み込むことが躊躇はれる」といふ含意が無い點に注意。
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「Hurdleが高い」は或る目的を遂行する上で、大きな障礙がある場合に使ふ。
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實際的な困難に對して用ゐるものなので、心理的な理由とはむしろ相性が惡い。
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Hurdleと言へば、日本では障礙走に用ゐる器具の名前として使ふのが一般的であるが、Hurdle自體が「障礙」といふ意味である。
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「難しい」「困難」抔
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「~は難しくて敷居が高い」などは單に「~は難しい」と言へば濟む話であらう。
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困難であることを提示するだけで、積極的に關はりたくない心情を仄めかすことになる。
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「躊躇ふ」「氣が進まない」「氣後れする」抔
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何かを實行するのに心理的な障礙があることを明示する表現。
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「疚しいことがある」「引け目を感じる」「顔を合はせられない」抔
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或る人に迷惑を掛けてしまつたために、會ふのが忍びないといふ表現。
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別の譬喩を用ゐる
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「心理的な障礙により、或る領域に踏み込むことが躊躇はれる」といふ意味に解釋できれば、譬喩として通用するはずである。
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表現したい内容がそれに當て嵌まらないのであれば、「敷居が高い」に合致しないと思はれる。
「敷居が高い」の派生と思はれる表現
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「敷居を下げる」
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本來の敷居は上げ下げするものではない爲、譬喩として適當とは言ひがたい。
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學問や趣味の領域に參入者を募りたい場合は「門戸を開く」抔の表現が適切である。
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そのやうな用例を多く見掛ける。營業する上で顧客を增やしたい場合などによく使はれるやうである。
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「敷居を上げる」
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「敷居を下げる」の逆。
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「何かの施策によつて、人を遠ざけてしまふ」といふやうな意味で使はれるものと見られる。
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「敷居が低い」
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本來の敷居は容易に跨げる程の高さであつて當然なので、譬喩として適當とは言ひがたい。
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「心理的障礙が無く、氣輕に實行できる」といふのであれば、そもそも表現する必要があまり無い。
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これらは「本來の敷居」が全く想定されることなく作られたものと見られる。
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敷居を想像すれば、をかしいことに氣づく表現である。
用法の廣がりの原因を推測する
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慣用句としての用法が固定化し、譬喩的な轉用がしやすくなつたのではないか。
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「Hurdleが高い」との混同があるのではないか。
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「高い」といふ造語成分が同じである。
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「困難性がある」といふ意味の面で共通性がある。
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原義が理解されにくくなつてゐるのではないか。
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考察通りとしても、元々かなり婉曲的な表現である。
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社會の變化により他人の家を訪れる機會が減つてゐる可能性も高く、聯想しにくいのではないか。
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本來の用法で使はれることが減つたのではないか。
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本來の意味は狹く、使ひ所が限られる。
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辭書以外で正しい用例を見た覺えがない。
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「敷居」本來の意味が忘れ去られてゐるのではないか。
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派生表現と思はれる「敷居を下げる」などは、本來の敷居を知つてゐれば、すぐにをかしいと氣づく表現である。
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家の細かな部位の名前は全般的に認知度が低くなつてゐるらしく、敷居もその例外ではないと見られる。
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「敷居」そのものが「或る領域の境界」といふ抽象的な意味の言葉と認識されつつあるのかもしれない。
思ひつき
最終更新:2014年11月25日 23:12