食料・エネルギー

エネルギーリッチの時代


 22世紀現在、エネルギーの中心は電力です。
 石油や天然ガスは、その保存や移送の容易さによって使われているのですが、すでに人間社会の中で大きな影響力を持つものではなくなっています。
 これは、電力を、目減りせずに保存し、簡単かつ安全に移送する技術が作られたためです。また、小さな電力保存媒体から、大きなエネルギーを取り出すこともできるようになっています。

 便利に取り回せる電力が、極めて安価に使用できることによって、世界は「エネルギーに欠乏する」ということがなくなっています。
 これはつまり、全人類が使用するエネルギー需要よりも、エネルギーの供給量が上回っている状態にあるということです。(※)
 生存と一般的な生産活動に関しては、地球では供給量のほうが常に多く、保存媒体に大量のストックが行われています。

(※)特殊な研究用のエネルギー需要のようなものまで満たされているとは言えません。加速器のようなものを扱い出すと、エネルギーはいくらあっても足りないためです。

 この供給の増加をもたらしたのは、宇宙での発電と、宇宙から地上への電磁波によるエネルギー移送システムでした。太陽エネルギーによる発電だけではなく、宇宙で加工された核融合燃料の移送も行われています。
 宇宙からの採掘で触媒などの資源も潤沢です。

 けれど、22世紀の社会において、地球でエネルギー供給が潤沢であることにはカラクリがあります。
 まず、極めて大きなエネルギーを必要とするものは、大規模な核融合発電施設を宇宙に置いてその電力を使って生産しています。これは、発電所や生産施設で事故が起こったとき、地球のような大規模環境汚染が宇宙であれば拡散しないためです。
 また、宇宙における資源採掘は、現地のエネルギーを用いて行っています。

 これは、生産に極めて大きなエネルギーが必要なものは、様々なリスクのある生産施設を宇宙において産物のみを地球に輸入しているということです。そして、現地のエネルギーを使って採掘した資源を輸入し、エネルギー自体も宇宙から運んできています。
 そして、エネルギー産物を買い上げた上で、地球や近傍で生み出したエネルギーは地球の生活のために使っています。これは宇宙側から見れば収奪です。
 地球のエネルギーの供給が充分であるとは、地球が宇宙から経済的に収奪しているということでもあるのです。

 エネルギーに関する感覚は、大きく変わっています。
 乾電池の詰め替えのようなことは、特殊な場合以外は行われていません。無線送電による自動給電で、バッテリーには常に自動充電が行われているためです。エネルギーの使用量について、ユーザーが意識する必要がなくなっています。
 こうした状況を指して「エネルギーリッチ」と呼び、人類文明は新しい段階に入ったという人もいます。




自動送電システム


 22世紀初頭の各種機器は、電気を蓄える自動給電バッテリーを持っています。
 家電も販売されているものはすべて無線給電対応しています。
 送電ユニットがコンセントプラグのように家のさまざまな場所に設置されていて、ここからロスレスで無線給電されるのです。

 送電ユニットは公共の場所にも置かれており、道路にも、中央分離帯や歩道の境目に、発光する送電ユニットが埋め込まれています。

 これを受ける自動給電バッテリーは、給電セルと呼ばれます。給電しただけ記録されて課金されるようになっている、スマートグリッドの進歩したかたちです。

 送電ユニットの課金は、エネルギー供給側から見ると、「課金元の送電ユニットが送っただけその企業にエネルギー使用量が入ってくる」かたちになっています。
 このため、送電ユニットは民営のエネルギー企業によって設置されています。エネルギー企業として、大手から中小までさまざまな企業が参入していますが、電気料金は地域の行政によって値段が決められています。日本では、参入に地域制限はありません。

 課金は、課金する側のエネルギー企業は複数であることが普通ですが、ユーザー側からの支払いでは一本化されて見えます。
 たとえば、一軒家では家ごとに不動産メーカーと提携したエネルギー企業が送電ユニットを設置しています。賃貸では、大家が一定権利を持っていることが普通になります。地域ごとにエネルギー企業は縄張りを作りたがりますし、ビルなどでは地所系の不動産管理企業が送電ユニットを持っています。
 課金元は非常に複雑ですが、コンピュータシステムが進歩して集金後の課金額分配システムも自動化されているため、この複雑な形態が回っているのです。

 このエネルギーの自動給電契約は、ユーザーが新しく電動機器を買ったとき、最初の立ち上げ時に行うことが普通です。個人認証タグで契約機器を集中管理できるようになっています。
 この給電契約は自動更新されるため、機器の買い換えのときにユーザーがいらない機器のエネルギー契約を切ることが普通です。

 給電セルは、自動給電で常に規定電圧を保つようになっています。このため、放っておくと電気代を徴収されます。
 現代の電池と違い、充電状態で放置しても自然放電で目減りすることがなくなっています(※)が、それでもエネルギーをどんどん使用してゆきます。
 ずぼらなユーザーが契約を残したまま使用しない機器にエネルギーを給電しっぱなしにしていることはよくあります。エネルギーリッチとはいえ積み重なるとバカにはならないため、その整理を行う有料のサービスや、契約管理を行ってくれる家内システムも存在します。

(※)地球環境の温度変化では問題なく働きますが、火に投げ込むようなことをした場合は保証外になります。

 例外は、小口の機器用のもので、防災用の認証マークを取っていない小型機器に組み込まれた給電セルは、自動契約で30日使っていないと自動給電が切れるようになっています。これは小さな機器にのせる給電セルは使用環境が過酷になりやすく、誤作動の危険があるためです。
 小型機器にカテゴライズされるのは、目安としてはジーンズのホケットに入るくらいのサイズの機器を指し、小さなおもちゃ類などは自動給電が切れていることがよくあります。

 電動の浮遊ドローンなどは、飛ばせたままにしていると性能次第では電力を大量消費することもあり、自動給電が存在していても飛翔する本体のバッテリーは自動給電を使わないことが一般的です。(※)
 自動給電が存在するからといってすべてのバッテリーが自動給電になったわけではなく、自動給電の母機からドローン本体のバッテリーに間接的に給電するケースもあります。データ収集機器は、母機側にデータストレージや暗号無線機機能を持たせて、子機側には最低限以外何も持たせない(定期的に帰還させて充電とデータ更新をさせる)機器デザインのものもあるのです。
 情報収集ドローンは、自動給電を使うと機器の位置が(送電のために)丸見えになるため、それを嫌がるユーザーも多くいます。

(※)自動機器を扱うとき、自動給電セルを使えばバッテリー容量を減らしても電池切れしないため、これを利用して重量軽減するケースもあります。逆に、何かの理由で自動給電が途切れたときに、すぐ役立たずになってしまうため、バッテリー容量を増やしているケースもあります。

 この給電、送電インフラは、2105年に至るまで、長い時間をかけて築かれてきています。22世紀初頭に標準として使われているものは、元々は超高度AI《九龍》による人類未到産物でした。これはレッドボックスのまま2085年以降に普及を始め、2090年に解析が終了したものです。必要性が高かったため必死に人間が解析したもので、この解析の過程で生まれたものなど含めて、世界中で使用されています。
 軌道エレベーターの業務開始に駆け込むように出現した(参照:「年表」)若いインフラであるため、リフォームをしていない住居などでは、普通の電源プラグも使われています。築二十年以内の建造物は送電ユニットを普通設置されていますが、それより古いものはリフォームしていない限りはユニットがありません。
 俯瞰すると、22世紀初頭の街には、「従来型電源プラグ」「古いシステムの自動送電システム」「《九龍》由来の現在の送電システム」が混在しています。ただ、《九龍》由来の送電システムは、一般的に普及している旧来送電システムに対して上位互換性を持っているため、新しい送電システムを使えば自動送電システムであまり苦労することはありません。




22世紀における核エネルギー


 核エネルギーについて、核分裂を使用したものは、もはや新たな発電施設として作られていません。
 22世紀における核エネルギーとは、核融合発電を指します。核分裂エネルギーは、すでに熱核爆弾にのみ用いられるものになっています。

 核融合エネルギーは22世紀において、開発競争が行われている花形です。
 太陽電池では出力が足りない施設では、核融合発電が用いられています。そして、高電圧を必要とする施設は核融合発電所に近い位置に集中しています。
 核融合発電所はやはり水の潤沢な海岸に設置されるため、各種のプラントや施設も海岸に集中します。電力の保存や移送の技術が高度になり、ロスが少なくはなっているのですが、やはり高電圧の電力エネルギーを扱うのは難度も高くコストがかかるのです。

 核融合発電は、22世紀の電力需要を支える柱です。

 核融合発電は、大規模なものは地球上よりも宇宙で建造されているケースが多くなっています。これはリスクが高い施設を宇宙に建造するということで、核融合による大きなエネルギーを必要とする工場や実験施設群も宇宙に築かれているということでもあります。
 たとえば宇宙船のエンジン製造は、宇宙で行われています。宇宙コロニーを製造するための部品工場もすべて宇宙にあります。
 これは設計さえ宇宙で行えれば、宇宙における生存のために必要なものは地球がなくても製造できるということです。裏を返すと、高度コンピュータの宇宙持ち出しが制限されているために宇宙企業ですら設計と管理部門を地球に置かざるを得ず、地球の方針への強い反発を生んでいます。




宇宙におけるエネルギー


 エネルギーリッチである22世紀の世界で、宇宙がエネルギー制約がないため豊かなのかといえば、そうではありません。
 エネルギーリッチである状況は、エネルギーが充分に存在するというだけであり、それ以上のものではないからです。

 エネルギーリッチであるとは、宇宙においては、豊かさを意味していません。
 エネルギーリッチであることが富に直結するのは、エネルギーを使用する有望なアテがあり、かつエネルギーを使用してできる産物で経済が回る状況であるときだけだからです。
 後者二つが貧弱であるため、宇宙では「エネルギーだけがリッチである」という状況が発生しています。
 しかも、電力以外のエネルギーに変換して富やサービスに変えるには、「インフラ」と「人口」、そして「多様な資源」が必要になります。
 これが揃っている環境は、22世紀初頭のところ地球と近軌道にしか存在しないのです。木星には資源があっても人口もインフラもなく、ラグランジュ点の宇宙コロニーにはインフラと人口はある程度あっても資源がありません。火星と月は、3つ揃ってはいますすが地球のレベルには比べるべくもありません。

 しかも、宇宙においては剰余をストックする能力やインフラが貧弱であるため、むしろリッチな状態があってもインフラ成長を抑えざるを得ません。
 地球外ではバブルを許容できる環境は、テラフォームを限定的に行っている火星と、将来的な宇宙と地球の中継点として期待されている月にしかありません。余剰資源をストックする能力がなく、空間が貴重であり用途を自由にできないのです。

 宇宙コロニーの土地使用権もバブルになり得ます。ですが、空間の用途のコントロールを経済に委ねた場合、都市計画がコントロール不能になるためコロニー行政府がそれを止める傾向があります。
 宇宙コロニーでは、資材が限られているため、業務の急激な再構成に耐えられないということもあります。莫大な資源や人口のストックが背後にある地球とは、宇宙は余力の点で条件が違うのです。
 バブルが弾けた宇宙コロニーは、最悪経済的に死んでしまいます。しかも、コロニーは維持費や水や空気にすら多大なコストを必要とするため、経済的に死ぬと生活環境として最悪成り立たなくなるのです。



エネルギーの変遷


 かつてはエネルギー問題のキーだった石油や天然ガスのような燃料資源は、22世紀初頭にはその重要性を大きく下げています。

 ただし、無用になったわけではありません。
 燃やすだけでエネルギーを取り出せる燃料には、電力には向いていない分野で根強い需要があります。
 たとえばジェットエンジンのような、噴射を行いたい場合には22世紀にも需要があります。ロケットのようなシンプルな推進力を得たいオブジェクトでは、燃料を燃焼させてエネルギーを取り出し、推進のための噴射を行うことが有力な選択肢であるままなのです。

 燃料を電力を用いて合成することも行われています。また、海藻などを用いて太陽エネルギーによって燃料を合成することも行われています。
 ただし、これは採掘したほうがコストが安くなるケースもあり、資源採掘は続いています。地球では石油や天然ガス、宇宙では木星などから採取される水素燃料がそれにあたります。

 地球の燃料資源も、かつてほど燃料資源として戦略物資としての価値は高くなく、それをめぐって世界が動くというほどではなくなっています。ただし、これは赤道利権と宇宙にその座を譲っただけで、軌道エレベーター近辺地域は紛争が頻発しています。




22世紀における食糧事情


 22世紀において、食品は遺伝子調整食品が標準になっています。

 これは種苗に遺伝子調整が行われていることだけではなく、食糧が工場生産されているということでもあります。
 21世紀からの100年間の蓄積で、遺伝子調整食品の人体に対するデータは出そろったと言われています。そして、基準内の範囲であれば、悪影響はないとしています。

 一世代しか栽培できない(収穫した種から作物をとれない)種苗は、当たり前に使われています。
 動物由来食糧でも、遺伝子操作によって子供が生まれない牛や豚が作られているのですが、これは動物愛護団体からの激しいクレームによって輸入や国境をまたいだ移送ができない国もあります。 

 また、22世紀における食糧は、遺伝子調整した生物由来食糧だけではなく、純粋な化学合成食糧も存在します。
 これは宇宙において、人体にとって必要な食餌を大量生産する必要に備えて作られたものです。たとえば宇宙コロニーの事故でエネルギーをごく限られた量しか使えなくなったパターン、宇宙船の乗員の食糧を合成しなければならなくなったパターンなどを想定して、宇宙施設や一定規模以上の宇宙船には合成機器が必ず設置されています。

 合成食糧は、非常事態に人間が生存することが最優先であるため、どうしても味覚の優先順位を下げていたり、メニューが極めて乏しかったりします。評判の悪いものには、胃ろうにも使用できる経腸栄養食のドリンクが一種類しか出ないような合成機もあります。
 宇宙植民地のたいていの場所では、住民が「決して飢えないよう」に食糧を行政府が供給することを植民契約で定めています。こうした宇宙植民地で、予算を切り下げるために合成食糧が無償配布されるケースがあり、そのイメージもあって合成食糧のイメージはすこぶる評判の悪いものになっています。(参照:「NOTE 宇宙生活と合成食糧」)

 ただし、日本などで、合成食糧で生物由来食糧を超えるチャレンジも根強く行われており、これは一定の成果を出しています。
 すべて合成食糧で作った寿司なども存在するのですが、こうした食味で勝負ができるものと比べると、生物由来食糧を使用したほうが安価になってしまうことが普通です。高級な合成食糧は生物由来食糧にはない味や食感を出すことが可能で、高給食材としてすでに地位を築いているものもあります。




工場農業と伝統農業、可食物生産工業


 2105年の農業は、二つのカテゴリに明確に分離しています。
 管理された工場で行う工場農業と、農地などで行う伝統的な農業です。

 伝統農業は、いわゆる一般的な田畑で作物を栽培する農業、および畜舎での家畜肥育です。
 完全に外的環境と隔離した環境で行っても、「作物の育成具合を見ながらそれに対処して収穫まで待つ」場合は、伝統農業カテゴリに入ります。
 近代以後も伝統農業は進歩を続けたため、伝統自体が新しく積み上げられてゆき、そのような定義に落ち着きました。

 工場農業は、工場施設で完全管理を行っているものを指してカテゴライズされたものです。
 工場は、虫害や獣害を避けるために建物として覆っている場合が多いのですが、露天の場合もあります。
 工場農業と伝統農業とは、「資料や肥料、日照などすべてを計画的に管理して収穫までの行程を行う」のが工場農業で、「収穫まで作物(生物)の育成具合を見ながらそれに対応する」のが伝統農業です。

 法律的には、工場農業による作物は工業製品とみなされるため、工業製品として基準や規格を取得することができます。その一方で、この製造工程をきちんと管理しなくてはならない義務も負います。(※)
 工場のような施設内で行っていても、遺伝子組み換え作物や飼料を使っていても、一貫して計画的な管理を行っていないものは工場農業ではありません。
 法的に「工場農業」が切り離されたのは、遺伝子組み換え作物が一般化し、栽培法によって食味などが著しく変化するものなど、栽培のノウハウまでが爆発的に増えたためです。

(※)工場農業による製品は、不具合があると最悪裁判になり、工程管理が甘いと裁判に負けます。

 「合成タンパク質を人工培養する」食糧工場も存在しますが、これは工場農業のカテゴリには入りません。そもそも農業であると認められないためです。こちらは「可食物生産工業」(参照「可食物生産工業」)という工業カテゴリに入ります。
 「伝統農業」「工場農業」「可食物生産工業」は、法律や規制による管理でもきちんと分けられています。




工場農業


 工場農業とは、「計画的に管理することを法的に義務づけられている」農業を指します。
 かならず収穫までを計画的に管理するよう計画を立て、管理者を置き、問題が起こったときの対処策が整えられていることを審査され、これに通らないと認可がおりません。
 工場農業とは、「工場農業という枠」をつけることによって、元々、遺伝子組み換え作物を厳重に管理するためのものだからです。

 このため、工場農業はどんな国でも認可制で、行政によって監督されます。
 正常に行われていないと判断された場合は、認可は取り消しになります。
 生産にかかるサイクルは可食物生産工業よりも長いので、常に未出荷の製造物がライン上に大量に存在することになり、税制上の優遇があります。

 農作物工場は、必ず半年に一度、立ち入り検査を受けねばなりません。あるいは、取締委員による査察を受け入れなければなりません。

 それほど22世紀の遺伝子組み換え作物が危険を秘めているものだからです。
 「取扱に注意が必要」あるいは「安全性の検証が完全ではないとされている新しい組み換え作物」は、工場農業でなければ栽培認可がおりません。

(※)遺伝子組み換え植物や動物が漏出することによる環境災害を、相当な予算をかけてようやく鎮静させたというニュースは、一年に二度三度は必ず見るほどよくあることです。海洋や森林、生活に近いところでは公園などが立ち入り禁止になることがしばしばあります。

 伝統農業でいうところの綿花や煙草のような非可食作物も、特に宇宙では工場農業で生産されているケースが多くなっています。燃料などに用いられるアルコールも、サトウキビのような可食作物ではなく、遺伝子調整した非可食作物から抽出しています。

 医薬用で使われているモルヒネ用の芥子も22世紀では工場農業で、成分強化されたものが存在します。
 芥子に関しては、「伝統農法による麻薬植物栽培禁止条約」が世界の大半の国で批准されており、伝統農法での栽培自体を法的規制している国が大半です。
 麻薬の広がりにストップをかけるため、「伝統農法での芥子や大麻を育てること自体を違法化する」ようになったのです。




可食物生産工業


 合成食糧の生産は、「可食物生産工業」カテゴリに入ります。
 可食物生産工業が農業と分けられているのは、生物の身体を通さずに生産しているためです。
 このカテゴリで生産されるものには、合成タンパク質や合成食糧だけではなく「合成食糧を生産するための機械」も含まれます。

 可食物生産工業は、食糧生産においえて、もっとも生産効率が高く、もっとも生産にかかるサイクルが短いことが特徴です。
 早いものは50グラムの種から1キログラムの合成タンパク質が、10日程度で出荷可能の状態になります。
 食糧として通用するタンパク質だけではなく、炭水化物や、ビタミンなどを含有する野菜代替物なども豊富に存在します。(参照「NOTE:宇宙生活と合成食糧」)
 特に、最初から生物の身体を通していないためにベジタリアンにも比較的抵抗なく食べられています。

 工業製品であるため、よく使われる食品ほど安価で味のよい(性能がよい)ものが多い傾向があります。これは工業製品として正常な競争が行われるためです。ボトル入りの人工卵液などは、あらゆる地域、社会階級の食卓でも一般的に使用されるものになっています。

 22世紀初頭では、合成食糧の味は、地球においては「捨てたものではない」という評価になっています。
 これは地球には舌の肥えた顧客が数多くいて、農業生産物と競争状態にあり、なにより宇宙に比べて圧倒的に設備投資が容易であるためです。

 一方、宇宙コロニーのような施設で、古い可食物生産工場を建設してしまっている場合は、味は期待できない状態が続いていることがよくあります。
 これは宇宙では工場を建て替えるのが困難である(※)ためです。可食物生産工場は、コロニーにとっては絶対必要ですが、必ずしも生産物がおいしくなければならないわけではありません。このため、施設がいつまでも更新されず、不味かった時代の合成食糧を住民が食べ続けることになるのです。

(※)資材運搬のコストが地球とは比べものにならないほど高額であるためです。地球なら近隣地域からトラック数台で数時間もあれば運べる資材を、宇宙船に積み込んで何万キロもの距離を加速・減速して持ってこなければならないことがザラなのです。

 当然、住民の不満がたまる元になっています。ですが、住民に福祉として食糧を提供することは移民契約にありますが、その味までは条項にないため、後回しになっているケースがよくあります。
 実際のところ、3万人以下程度のコロニーでは、行政側も予算規模的に建て替えに踏み切りがたいということもあります。
 このため、もっとも合成食糧の消費割合が高い宇宙生活者たちが、地球では商業として成り立たないレベルの合成食糧を食べているという本末転倒な状況になっています。

 合成食糧でも、複雑な食品や味の良いものは製造に時間がかかる傾向にあります。ですが、出荷までの平均日数では、生物を通した農業食糧に圧倒的に勝っています。
 可食物生産工業の発展なくして、人類が現在の宇宙生活圏を手に入れることはなかったとも言われています。




農業とhIE


 伝統的な農業は、工場による大規模農業以外では、hIEの導入は比較的遅れています。

 伝統的な農家が行う仕事は複雑で、hIEにこれをすべてさせるとクラウドが高額なものになってしまうためです。
 高級な農作物を育てる現場では、作物の収穫時期などの判断も微妙で、その判断までをすべてやるシステムをhIEを使って組み立てると採算がとれません。このため、小規模な農家では人間が働く部分がまだ多いままです。
 小規模な農家では、限られた単純作業のみhIEに行わせ、それ以外を人間が働いて埋めていることが普通です。

 機械化が進む大規模農場では、hIEの利用は拡大しています。
 アメリカの大規模なトウモロコシや小麦農家のような場所では、あらゆる作業がhIEと人口知能、農業機械によって自動化されたケースも出ています。

 動物を扱う牧畜分野もhIEが不得手とするところで、アメリカでも牧場でのhIE利用はやはり限定的なものになっています。
 単純作業をこなすことは得意とするのですが、家畜との関係を築くのをhIEが失敗するケースが多いという統計が出ています。馬のような動物はhIEの言うことを聞かず、羊や牛を追うようなことも苦手とします。
 農業分野の産業クラウドは、2105年現在でも成長分野です。





[NOTE 宇宙生活と合成食糧]


 裕福でない宇宙コロニーでも、飢えないように最低限度の食事を社会福祉として供給しているのが普通です。
 これは、このくらいの条件をつけて植民者と契約を結ばないと人が集まらなかったためでもあります。

 行政によって形態はさまざまですが、市民が申請すれば一定種類の合成食糧を、世帯人数に応じた分量だけ受け取ることができます。
 例として、経済的に裕福でないあるコロニーで、フードスタンプでもらえるのは以下のような合成食糧です。

  • 炭水化物生地(ドゥ)
小麦粉の生地のように扱え、焼けばパンのようになり、水に溶かした溶液はシチューのとろみつけなどにも使用できます。合成食糧の傑作とも言われ、農業作物に事欠かない地球でも災害準備用非常食の定番です。家庭によっては小さくちぎってパスタや餃子の皮を作ることもあります。

  • 合成タンパク質バー
脂質をそれなりにふくんだ代用肉。ミンチのように刻むことで、ハンバーグのような食感にすることもできます。

  • 人工卵液
人工卵液は様々な文化圏で使われている、もっとも有名な合成食料のひとつです。炭水化物生地と合わせてケーキのような生地を作ることも出来ます。

  • 緑色野菜ブロック
水分を多く含んだ含んだ緑色のブロック状の合成食料。クッキングカッターで薄く削ると、葉物野菜のような食感を味わうこともできる。

  • 根菜ブロック
固い食感の白いブロック状合成食料。生では大根のような食感。熱をかけるとジャガイモのようにほくほくになる。切ってシチューの具にされることが多い。

  • 合成スープストック
水にとかすとスープになる。一種類しかくれないコロニーもあるが、たいていのコロニーではトマトスープ、和風スープ、中華風スープなど、3種類程度は選べることが期待できる。

  • 食用オイルブロック
固形の食用油。熱をかけると溶けて炒め物などに使うことも出来る。大量に支給されるわけではないので、揚げ物をしたい場合はクッカーの性能まかせになる。

  • クリーム
水に溶かすとミルクの代用になる。子供のいる家庭では余分にもらえる。

  • 合成シロップ
砂糖の代替品。チューブ入りになっている。

  • 合成スパイス
コロニーによって味は違う。貧窮したコロニーだとほとんどつかないこともある。ニンニク味、芥子味くらいはたいていのコロニーにはある。食塩もこれと一緒に入っています。これのバリエーションの少ないコロニーは飯が不味いと悪評が立つ。


 申請すると、上記のような合成食料が一ヶ月に一定量住居に送られてくる。というかたちになります。

 こうした食糧は、加熱や食材の切り方などで食味が変わります。つまり、料理ができるとバリエーションがつくのですが、その技術を持っていない住民が多いのが実情です。
 このため、公営住居には自動クッカーが備え付けられており、合成食料を補充してメニューを選べば、自動的に調理してくれるようになっています。

 ネットワーク上にはクッカー用のレシピがたくさんあります。このため、クッカーで下処理をして料理がしやすくなっているのですが、それすらほとんどできない住人が大半です。
 このため、合成食糧を使って料理をする安価な料理屋がコロニー内で必ず営業しています。

 ネット上のデータを自動クッカーに直接導入して、ネット上に掲載されている料理を自動で作ってくれるサービスも存在します。ただしこれは多くが有料です。行政がサービスに契約料を払っていて、無料で自動導入サービスを受けられるコロニーもあります。
 ただ、無料で自動クッカーにネットワークデータを反映できるコロニーでは食事の不満がないのかといえば、そうでもありません。
 スパイスをはじめ合成食糧の種類が少ないことで不満が出ることが多くなる傾向があるためです。行政府にとって、食糧問題は頭の痛い問題であり続けています。

 宇宙の食生活は貧弱なものになりがちですが、料理ができれば食生活が豊かになることもはっきりしています。熱をかけて柔らかくした合成タンパク質バーに刻んだ食用オイルブロックを混ぜて肉汁を再現したり、スライスした緑色野菜ブロックで合成タンパクを練ったものを巻いてロールキャベツを作ったり、クッカーにパスタとして出力させた炭水化物生地でカルボナーラやアラビアータのようなものを作ったりもされています。
 生活に余裕のある人々の間では、足りない調味料や食品を何種類かつぎ足して、支給の合成食糧をおいしく食べる工夫が行われています。特にチーズや醤油、味噌、豆板醤といった、地域性のある特徴的な食品は人気があり、宇宙にもそのフレーバーの可食物生産工場や、その原料のための農業工場が存在します。
 これは食生活が技術と手間で大きく差が出るということで、「料理ができる」ことは、22世紀の宇宙生活者の間でも、大きなモテ要素にはなっています。
最終更新:2016年01月31日 14:55