交通

道路について


 この時代の道路には、インフラ整備が整っている場合は、中央分離帯に発光体が埋まっています。
 これは無線電源で自動車に電気を送るための送電ユニットです。

 スマートグリッドの進歩したかたちとして、この時代の各種機器はこの送電ユニットから送られる電気を蓄える自動給電バッテリーを持っています。
 給電しただけ記録され、課金されるようになっています。

 2105年から20年以内に開発された電気自動車は、すべて給電は自動給電です。
 それ以外の自動車は、エネルギーステーションまで補給に行きます。古い年式の電気自動車と、さまざまな理由で軽油やガソリンを使っている自動車は、ここに立ち寄ることになります。
 ただ、エネルギーステーションは、自動給電の自動車が増えているため少しずつ廃業しています。2105年現在の日本では、都市部でも半径500メートル圏内にひとつ程度の分布です。
 エネルギーステーションのみではやっていけないため、共栄を見越して、商業施設の駐車場の一角に間借りする形態のほうが多くなっています。

 インフラとしての道路整備は、自動化が立ち後れている部分のひとつです。
 これは、道路の整備計画が複雑な政治や行政への働きかけに左右される、泥臭いものであり続けているためです。道路行政と公共事業と地域経済の三位一体は、2105年にも崩れていません。
 このため、人間がサービス業以外で働き口を探すとき、もっとも手早いもののひとつは道路工事です。代理労働契約でhIEを働かせようとすると、へたりが早いことも理由のひとつになっています。

 道路補修は、人口が減っているため、道路利用者の少ない地域は後回しにされがちです。
 このため、利用者の減った港湾地域などは何十年も道路の再舗装が行われていないケースがあります。
 自動送電システムの設置のため、日本政府はすべての道路を一度整備し直したがっていますが、予算は不足しています。このため、過疎地に行くと、幹線道路以外には自動送電システムが道路に埋設されていないこともよくあります。(参照「非常時の自動車」)


 道路の舗装材は、古い場所ではアスファルトが残っていますが、ゴミを燃やした灰を加工したものが増えています。これは着色されて、一見はそうであるとわからなくなっています。
 火力発電も減っているため、アスファルト自体の産量が少なくなっています。このため、アスファルトはきちんと建築材として地位を確立しています。

 インフラ整備の行き届いた国では、ライフラインのために、道路の下に共同溝を埋設しています。これは水道管、電線、通信ケーブル、ガス管と、その補修通路を一体にしたものです。共同溝は20世紀から用いられていましたが、少しずつ補修のしやすさは進歩しています。
 下水管は、共同溝と同じ地下空間にあることもありますが、そうでない場合もあります。これは、近代のインフラ整備の歴史の中で、道路がある程度移動しているためです。下水管は近代以降早い段階で整備されたインフラであるため、現在は道路でなくなってしまった場所の下に走っているケースがあるのです。



道路の情報表示


 道路にはインフラとして公共の情報端末も設置されています。22世紀では、人々の生活は常になにがしかのカメラなり監視機材に観察されています。公共のカメラはたいてい道路に設置されています。
 hIEの行動管理に重要な役割を果たす高い位置からの俯瞰は、道路上設置のカメラがよく使われています。

 電線が地中に埋設されているので、道路信号の設置位置としての電柱はありません。
 そのかわりに道路上のインフラを設置するために太さ五センチメートルから十センチメートル程度のポールが立てられています。これは高い位置にカメラを設置したり、立体映像用のプロジェクターを置いたりするためのものです。
 道路標識は、都内では立体映像の投影です。ただ、インフラの弱い地域では2105年でも金属製の標識が使われています。
 このポールは電波中継用のアンテナも兼ねています。街灯を設置するのにも使われ、自治体なり設置元なりに宣伝費を払えば、宣伝用の看板をつけることも可能です。

 道路は、情報インフラとしての側面を持っています。
 歩行者は、「近くを走る車両の中でドライバーが見ている必要情報を、車外から見ることが出来る」ようになっています。つまり、ドライバーがシートで見られる情報は公開されていて、これを外から見ることができるのです。エンジンの回転、バッテリー残量、車内のエアコン設定温度、ありとあらゆる情報を見ることが可能です。
 裸眼で見えるのは最低限度で、これは立体映像で表示されます。
 AR機能のある眼鏡やゴーグル、義眼を使うことにより、より詳細な社内情報を見ることができます。
 フロントガラスやバックミラーに映っている風景を立体処理した情報も参照可能です。これは、大型車両の左折時の巻き込みなどの被害に遭わないための情報でもあります。この情報が画像処理されて、危険があると判断されると事前に警告が出るのです。

 この技術によって、歩行者のそばには、自動車がそばを通過予定であることを示す立体映像が表示されます。三十秒前、一分前表示など、個人認証タグで表示タイミングを設定することも可能です。
 この表示は、歩行者に車に対処する時間的猶予を与えるためであり、交通の邪魔になることを歩行者側に自発的に避けてもらうためでもあります。

 同じ情報公開の恩恵は、ドライバーも受けることができます。車両の間から現れる歩行者や自動車、あるいは死角から直進してくる二輪車といった危険な存在を、隠れている間に知ることができます。
 事故は当事者や周辺の誰かの視界からは状況が見えているものです。このため、全車両のコックピット情報が公開されていることで、事故が起こるより前に危険な状況を知ることができます。
 車両情報が公開されているため、現在速度やハンドル方向で事故を避けられるかが自動算出され、いよいよとなると車両自身が自動運転で事故を避けます。この緊急回避の情報も公開されているため、追突が起こらないよう周辺車両も連動して自動運行します。
 これによって事故発生の確立は、手動操作でも飛躍的に下がっています。

 それでも、車内情報はプライバシーに触れることでもあります。
 事故対応のために利用することは、契約で許諾義務がドライバーに存在します。(※)これらの情報が具体的にどこまで公開されるかは、車両のプライバシーレベルと、観測者側の機器の閲覧可能レベルによります。もちろん高額商品のほうがプライバシーレベルを守れ、あるいは切り崩すことができます。

(※)コックピット情報の公開をしないことも一応可能ですが、保険に入れない上に、非公開ユーザーが事故を起こしたときの賠償額はとても高額になります。

 車内が情報インフラになっているのは、個人をターゲットにした広告表示も立体映像で現れるということでもあります。
 個人認証タグにダウンロードした無料ソフトウェアなど、無料の便利なソフトウェアはこうした広告表示を代償にしていることがあります。



自動車


 この時代の自動車は、運転手が必要ない全自動車が主流です。
 全自動車をオートクルーズするぶんには運転免許は必要なく、飲酒して乗ることもできます。子供が一人で乗ることも可能です。
 ただし、ハンドルを握ると即座に違法行為になります。コックピット内はプライバシーによる情報非開示は可能なものの常にモニタされているため、これを誤魔化すことは基本的にできません。
 このため全自動車は、多くの場合、マニュアルモードを立ち上げない限り、ハンドルが内装パネルの内部に格納されていてそもそも露出していません。

 ハンドルを持って人間が運転することは、東京23区内では禁止されています。これは事故を避けるためと、渋滞を緩和するためです。全自動車による運行であれば、ブレーキやアクセルのタイミングを完全に合わせられるため、渋滞をほぼ解消することができます。

 ドライブが趣味の人間は、23区外に出て行きます。立川や横田といった基地エリアなら23区外で運転ができるため、若者がこのあたりでよく車を走らせています。

 自動車は基本的にすべて電動式です。これはトラックのたぐいも同じです。道路の送電ユニットから給電されるため、メンテナンスが必要になるまではいつまでも走っていられます。この性質が重宝されて、無線給電が実用化されてからは、輸送用車両はほぼ電動車一色になっています。
 ガソリン自動車は、趣味のものとして以外は新規で作られることはありません。ただ、クラシックカーとして公道を走ることを禁止されてはいません。

 全自動車の使われ方は、21世紀初頭での自動車とは大きく異なっている部分があります。
 オートクルーズで運転手を必要としないため、「乗るときに車両の停車場所まで移動する必要がない」ということです。全自動車は、端末から指示を送っておけば、自動で起動して家の前まで自動でやって来ます。
 このため、停車場が多少遠方にあってもそれほど不便はありません。

 また、全自動であるため、運転者がおらず、車両を貸すということが一般的になっています。これは車両操縦を人間が行わないことが前提になっているサービスで、運転者がいないため車両を貸す側が責任が問われないというものです。また、車内が常にモニタされていることにより、オーナーは自分の財産としての車両を守ることもできます。
 このため、カーシェアリングサービスに登録して、自動車の持ち主が、自分が使わない時間に車を有料で貸すということがよく選択されています。
 自動運行であるため、車両が空く時間も予定しやすく、オーナー自身が使うときには邪魔にならないシェアサービス利用も可能です。
 これの広がりは非常に大きく、都心部ではカーシェアリングの優勢のためタクシー業が大幅縮小するようなことも起こっています。

 ただ、シェアサービスは嫌がる人々もあり、地域によってはタクシー業も生き残っています。
 タクシー業は一種のぜいたくであると割り切って生き残りを図っているケースもあります。これは、車両に普段は乗れない高級車を利用したり、東京23区内のような人間による操縦が禁じられている地域でも、アテンダントとしてhIEや人間の運転手が同乗したりしているものです。
 ハイヤーとタクシーの間の差が、都心では小さくなっています。ただし、こうしたサービスは条例で決まっている通常運賃とは別にサービス料も支払わなければなりません。

 また、シェアサービスの伸張により、レンタカー業界も影響を受けています。これは、レンタカー会社がつまりサービスのよいカーシェアリングサービス会社になったということです。
 2105年現在では、レンタカー会社は自動車メーカー傘下の企業と独立系がはっきりと別れています。独立系はさまざまな企業の車を選択できたり、メーカー系なら新作モデルや往年の名車に乗れたりといったサービスの特色があります。
 共通しているのは、レンタカー会社はシェアサービスと差別化するためもあり、気に入ったらその車を買えるということです。実際、そういう買い方をすることは珍しくありません。



非常時の自動車


 日本では、車のような「人間が乗れる移動オブジェクト」は、非常時に電源と無線ターミナルになる機能を与えられています。これは、ハザードで震災を経験して、情報やエネルギーの寸断がパニックを生むという苦い経験があるためです。

 事情が分かっていない都会の人が、過疎地のインフラ整備が立ち後れている場所に入って、無線給電がなくて慌てるような事態もよくあります。そういう場合の備えになるよう、この時代の電気自動車は旧式のプラグからの給電機能と、自動給電機器に充電する送電ステーションとして働ける機能を持っていることが普通です。

 自動車が一台あれば、数日間、何かあっても最低限度は生活インフラを維持できるようになっています。



鉄道


 鉄道の管理は自動化されています。ただ、21世紀の早い段階で鉄道の自動化は進んでいたため、かなりの部分を踏襲しています。
 鉄道の運行が、現地にいなくてもコントロールセンターで管理できること自体はほとんどかわりません。
 大規模な監視が、交通のハブとなるそこを常に警戒していることも同じです。

 鉄道はhIEや自動機械が一般化したことにより、駅員の数が大幅に減っています。駅に、hIEが置かれているだけで、駅長と数人の事務員しかいないケースはしばしばあります。
 ただし、これは駅の利用データによって大きく差があります。駅員は利用者と接するサービス業でもあるので、ターミナルのような大きな駅には人間が比較的残っています。基本的には乗降数が多い駅ほど駅員の自動化の度合いが低くなっています。

 列車は自動運行が主流であるため、路線によっては車掌一人しか乗っていないケースもたくさんあります。
 人と接することがすくない路線補修などの工事は、hIEへのアウトソース比率が高くなっています。
 人間は全体的に減っていますが、hIEの利用で駅に人影は多い状態です。hIEを一台おいておけばたいていのことはできるので、この時代無人駅の2駅に1駅くらいはhIEを配備しています。

 2105年でも日本の旅客鉄道依存は変わっていません。ただ、全自動車が便利になったこともあり、かつての殺人的なラッシュは改善されています。
 ただ、これは都心部など渋滞がない「自動運行強制地域」に限られる部分もあります。地方都市では混雑具合はあまりかわりません。

 hIEは旅客鉄道に乗るとき、大人運賃と同額を支払わなければなりません。これは、hIEを荷物扱いにしていた時期、hIEの持ち込みにより車内の混雑具合がかえって悪化するという事態が起こったためです。

 日本の現在新幹線が走っているところは、高速幹線鉄道(H.A.R.)というリニア鉄道が走っています。
 HARは磁力推進で、線路高架は密閉されて気圧を下げられています。これは、速度を上げたときの空気抵抗を低減するためです。駅から線路高架に入るとき、微妙な気圧変動が体感できます。
 線路高架は密閉であり、景観のため透明である部分と作成予算のため不透明である部分が分かれています。ただ、見所となるところでは高架内壁に映像を投影するようなことも行われています。
 HARにより東京大阪間が一時間半を切っています。ただ、加速減速を繰り返してせっかくの最高速度を活かせないことを嫌って、中途の駅は今の新幹線より停車駅が少なくなっています。



都心地下鉄の増強

 《ハザード》後の東京の縮小(シュリンク)に備えるため、東京の地下鉄は増強されています。
「東京圏をいかにして薄く広く伸ばすか」ということは、勝ち組となる過密地域と、スラム化する人口縮小地域とをいかに平均化するかという、都市にとっての死活問題だったのです。

 このため、《ハザード》の大地震で大きな被害を受けたお台場と東京臨海地域、そして21世紀現在の埋め立て処分場(※)を、ベッドタウンとして支援するかたちで張り巡らされています。

(※)22世紀には新たな人工島として人が住んでいます。埋め立て処分場は結局さらに新設しました。

 21世紀の有楽町線は、(旧埋め立て処分場)-東京ヘリポート-新木場と続き、この先で有楽町線に接続しています。新木場が臨海都市線と有楽町線の延長、京葉線とのハブ駅になっています。

 ゆりかもめは、モノレールの老朽化に伴って路線自体が大改修され、他の地下鉄と相互乗り入れ可能なインフラに変わっています。
 それに伴い、名称がゆりかもめから「東京お台場線」に変更されています。東京都の第三セクターが持っている路線なので、やはり運賃は高いままです。これは、インフラ増強の工事費がのしかかっているものなので、値下げの兆候もありません。
 この東京お台場線が豊洲方面に延長し、豊洲駅-勝どき駅(大江戸線)と、都営大江戸線と相互乗り入れしています。

 新路線として、臨海地区と東京の東側を結んで、東側と相乗効果で発展させることを見込んだ都市計画として「浦安線」が運行しています。舞浜、浦安は震災での被害が大きかった地域でもあり、その立て直しのためのてこ入れでもあります。
 《ハザード》以後、東京湾の海岸線、京葉線沿線は明らかに沿線都市が縮小しはじめており、これをなんとか立て直す必要がありました。

[浦安線路線駅と接続]

舞浜(JR京葉線)-堀江-浦安(東西線)-北葛西-一之江(都営新宿線)-大杉-新小岩(JR)-東あずま-押上(浅草線/半蔵門線他)


(※)旧JRから名称は変わっていますが、便宜上JRと記述しています。

 一次工事が舞浜~新小岩。二次工事で荒川に橋をわたして新小岩~押上と敷設されました。特に架橋が必要で巨額の予算を要求される二次工事には反対が多かったが、工事が断行されたのは、それほど湾岸地域の縮小が止まらなかったということでもあります。
 東京まで出てしまって折り返せばよいという意見は多かったのですが、急速に臨海地区の縮小が進んだため、復興の旗印のひとつとしてこの地域の修復は掲げられました。それほど葛西以東の湾岸地区の衰退が早かったということでもあります。葛西、浦安、幕張と、地域をゴーストタウンにした場合の損害試算が出され、首都中心部の人口をいかに地域に流すかということが考慮されました。浦安線は、シュリンクさせない絶対防衛権を内側に囲む、ひとつの壁として要請されたのです。



港湾


 港湾は、大きく自動化されています。
 港湾では、荷物の運び出し、保管から出港までを一環して自動化管理されています。
 大きな物流管理センターが港湾に作られ、物資が集積し、適切な大きさに切り分けられて物流網に乗ってゆきます。これは21世紀初頭で言うとamazonの配送センターが、とてつもなく巨大になったようなイメージを考えてくださるとよいでしょう。
 大規模輸送システムは現代のそれをさらに推し進めて高度にシステム化されています。そして、地球上での大規模輸送の主役は、22世紀になっても船舶運輸です。

 全長五〇〇メートルを超える大きなタンカーも、動力は電気になっています。宇宙からの無線送電の能力が上がったため、電池切れで止まることもありません。ただ、非常用として重油燃料を積むことは必ず行われています。

 海洋は常に大量の物資が行き交っている状態で、物流ネットワークと国際法の整備により、船便が途中で行き先を変えることもフレキシブルに行われるようになっています。このため、海上が巨大な物流倉庫なのだという者もいます。
 そして、そのぶんシーレーンの安定は大きな問題になっています。2050年代には太平洋西岸が緊迫がピークに達し、その後カリマンタン島に軌道エレベーターが建設されたことにより赤道利権に火が付きました。世界情勢は21世紀を通して海洋を中心に回っていたともされます。

 ただ、こうした華々しい話題はコンテナ船やタンカーによる大量輸送であって、それ以外の船舶輸送は一気に治安や利便性が下がります。
 資金の投下される場所はより高度に、より効率的になり、そうでない場所は少ないリソースで運営されているためです。そして、22世紀社会では、こうした少ないリソースでやりくりする場所で、人間が昔ながらのやりかたで施設運営しているケースが多くなっています。

 22世紀でも小規模の船便はうさんくさいままです。
 小さな港にコンテナ船は入らないので、はっきりと清潔で景気のよい大規模港湾、古びて予算規模が小さいままやりくりする小規模港湾と、勝ち負けが明確です。これは一国の中ですらも差がはっきりしています。

 そして、この小規模の船便には、旅客輸送も含まれています。
 うさんくささや暗さと、華やかさとのせめぎ合いが、海洋輸送にはどうしてもついて回ります。
 高給旅客船のつく埠頭や、富裕層のクルーザーが停泊するマリーナはきれいに整備されます。旅客運送でにぎわう船便には活気があります。
 けれど、中規模以下の港湾は、暴力や腐敗とどうしても切れることがありません。
 海は、監視の目がどうしても途切れてしまう場所であることが一点。そして、海を通しての移動が比較的追跡しにくいことがもう一点です。事件の目撃情報を求める表示が、港の最寄り駅に映し出されていることは珍しいことではありません。

 東京湾については、2105年現在では、現在のお台場である湾岸新都心エリアより東側が明らかに劣勢になっています。
 これは2063年の《ハザード》のとき施設が壊滅し、これを修復するのが遅れたためです。
 横須賀港、横浜港、川崎港、東京港は以前と同等かそれ以上の規模を手に入れましたが、千葉港、木更津港は苦境に立っています。千葉港が特に苦しい立ち位置にあります。

 これは川崎港と木更津港を結ぶ旧東京湾アクアライン上に、アジア経済特区(AHQ)と呼ばれるメガフロートが建築されたためです。
 《ハザード》後に建造された直径約3キロメートルのメガフロートは、川崎側の航路を確保するために木更津寄りに建造されました。その結果、千葉側の航路を大きく圧迫することになりました。
 アジア経済特区それ自体の経済効果は政府の期待ほど大きくなかったのですが、インフラ整備の予算をこちらに奪われたことによる復興の立ち後れは大きな傷跡を残したのです。



空港

 空港は、22世紀になってより便利になったようでいてシステムの高度化が限定されています。
 陸運と海運に比べると、ヒューマンファクターが大きすぎて思い切った自動化ができないことが高い壁になっています。自動化が進んでも、航空機パイロットが高度な専門職のままであることも、足を引っ張っています。本来はコスト的に全自動の航空機を飛ばしたいのですが、航空機事故は落下地点も大惨事になり、かつ事故が死を意味するため利用客だけでなく各国政府も難色を示しています。

 特に事故時の対応は問題で、航空輸送は責任者を搭乗させないと機体が保険に入れないままです。これは、自動化していようとしていなかろうと墜落すると多大な犠牲者が出るうえ、事故原因が気象のような責任をとりがたいファクターになることがあるためです。機長が操縦桿を握っていると、機長がまず責任を問われます。

 また、航空機の制約によって、船舶のような無茶な大規模輸送が不可能であることも、投入リソースが頭打ちをむかえた原因になっています。航空機は22世紀になっても不安定な部分を残しています。また、多くの運送機関は電化されていますが、航空機は航空燃料を使っています。巨大な重量物を長時間滑空させることがランニングコスト的に切り下げの限界があるのだとも言われます。

 このため、いかにして一度の航空便を安くあげるかが勝負の、時代が進んだ恩恵が比較的少ない業界になっています。
 宇宙船技術からのフィードバックで、コンテナ船なみの巨人機と大型輸送網を作ってしまえという構想もあります。ただ、これは専用の大型飛行場を作らなければメリットを充分に享受できないので、既存の空港資産が使えず二の足を踏んでいる状態です。離陸時に大量の燃料を使うことによる騒音や環境汚染も問題で、空港が都市部から遠いとメリットが大きく下がることも航空機のパラダイムシフトを妨げています。
 海運とのさまざまな比較検討の結果、現状では海運が勝っている状態です。

 航空機パイロットは一生食いっぱぐれない仕事ですが、高度が物流システムが要求するぎりぎりのスケジュールを雇用主に要求されるため、業務は過酷です。
 小さな輸送を安価に多数行う需要は現在よりずっと大きく膨らんだのですが、今で言うトラック運転手のような過酷な業務のパイロットには、優秀な人材が集まりにくいのです。22世紀には子供がないたい職業は、航空パイロットではなく、宇宙船パイロットです。

 基本的には問題が人件費であるため、航空会社は途上国に人員を求める傾向があります。
 そして、航空機製造会社はノウハウの塊なので生き残っているのですが、航空サービス会社も人件費の推移で栄枯盛衰しています。
 22世紀現在では、旅客サービスは石油資源の相対的地位が下落した中東系と、アフリカ系が強い業界です。
 宇宙時代に入ってしまっていることも空港にとっては逆風です。宇宙生産サイクルの産物は、地球で空輸しなくても直接宇宙に送ってしまうという選択肢もあります。
 航空業界は、宇宙時代に入ってからとても難しい舵取りを要求されています。



ドロップシップ


 軌道ステーションから繋がる静止軌道の軌道ステーションから、ドロップシップが降下しています。
 ドロップシップは軌道ステーションから降下し、空力で減速して最低限度の水蒸気噴射で着陸します。

 宇宙から巨大なものを直接下ろすときは、軌道エレベーターではなくドロップシップが選ばれます。
 各軌道ステーションから、一時間に六便程度、二十四時間体制で地球に降下しています。
 宇宙生産サイクルの存在感が大きくなるにつれ、ドロップシップの便数を増やす要望は高まっています。ですが、軌道ステーション施設を相当大きなものに施設拡張することになるため、なかなかドロップシップ用の埠頭建設が進まないのが現状です。

 これは、軌道エレベーターが想定する宇宙から地球へモノを下ろす経路は、あくまでも軌道エレベーターの下り路線であるためす。ドロップシップはメリットもありますが、宇宙にゴミをバラ撒く危険があり、発着便を増やすことにこの危険に見合うほどかといえば相当怪しいのです。
 また、ドロップシップが巨大化する傾向にあり、ステーションにリスクと管理コストを強いていることも批判を受けています。現在もっとも大きなドロップシップは五千トンの重量を運ぶことができます。ですが、これを軌道エレベーターの下り路線に乗せた場合、運送にリスクはほぼ存在しないのです。

 それでも、宇宙から最速で地球上の目的地に着く手段はドロップシップに乗ることです。
 たとえば軌道ステーションから軌道エレベーターを降下し、航空機に乗って東京に着くまで二日近くかかります。これがドロップシップだと、軌道ステーションから着陸ステーションに直接降りられるため、半日かかりません。
 そのため、ドロップシップに資金を投入したい人々はいます。

 ドロップシップ用のステーションを、今ある軌道ステーションとは切り離した位置に新設することも検討されています。

 日本では、ドロップシップの着陸ステーションは長野県にあります。長野に作られたのは、航空機の航路を塞がないようにするためです。
 長野着便は一日に二便です。




飛行オブジェクト


 2105年でも、飛行技術は基本的に空力です。充満する大気との関係で空中に位置取りする技術としての空力は、22世紀にはより洗練されています。
 21世紀の我々のイメージでは、一見するとなぜそうなっているかわからない動きを空力で達成しているものもあります。
 ただし、周辺の空気に対するはたらきかけのためにそれなりに大きくて特徴的な飛行装置がひっついている必要があります。
 デザインも一般的なものは左右対称などの制約があります。速度(特に加速)に制約も大きく、重量も切り詰めないといけません。この制約を工夫によって乗り越えることで、特徴的な飛行オブジェクトは普及しているというのが実情です。

 宇宙に近いところや、宇宙技術に強い影響を受けているところでは、機体重量を軽くして周囲に迷惑をかけない噴射装置をつけて行うものも普及しています。
 噴射装置自体は小さくなっており、空力の飛行装置にあった制約はだいたい噴射機構の強みになっています。
 ただし、推進剤が切れると落下するため稼働時間が短く、稼働時間を延ばすためには推進剤タンクを大きくする必要があるというバランスとりが必須です。
 推進剤は用途によって安価なものから高価なものまで使い分けられています。短時間でよいものはエアーなどの噴射もあります。

「飛行」という言葉から、地球出身者は翼を広げた飛行機を、宇宙出身者は噴射装置からの噴射を幼少期からの刷り込みで思い出します。
 ただ、人間をのせると噴射圧も強いものが要求されるので、乗用で噴射推進を扱うことは、町中ではよほど空力では無理なもの以外ありません。どうしても周囲に迷惑をかけてしまうためです。
 たとえば、消防隊員がビルの高層階に救助に向かうときには、不燃物の推進剤を噴射するロケットを使うことがあります。
 空力では、火災の熱気で不安定になりビルに近づくのが難しくなり、加速が必要なときにその制御も困難で、大気を動かすことで炎に風を送り込んでしまいます。噴射機構はその危険を軽減します。

 磁力を使った浮遊は、重量物を安定させやすいので車両サイズ以上の大型のものには使っているものもあります。ですが、人間サイズ以下で達成しているものはほぼ人類未到産物です。
 磁力浮遊については、放電事故を起こしたり電源を止めたりと、無線電源と相性が悪いので、特殊な施設以外では許可もされていません。ただし、違法上等のテロリストや、非常時を想定している軍隊などは市街地で使うケースがあります。

 むしろ磁力などを使った推進は、宇宙でよく使われています。重力が弱く、周囲に電源が潤沢にある閉鎖環境であるコロニーなどでは、磁力浮遊などが地上より格段に扱いやすいためです。
 ただ、それでも鉄道のような特定の道を進めるものであり、自由に移動するものはほとんどありません。

 精密にコントロールする必要がありパワーが必要な小型の噴射装置が、磁力を利用して推進制御していることはよくあります。
 軽量の推進剤で大きな加速を得るため、磁力の生み出す圧倒的な加速度を利用しているケースで、広義の磁力式と呼べないことはありません。



ドローンについて


 無人ドローンはよく普及しています。
 サイズもコイン大のものからヘリコプター大まで用途に応じてたくさんあります。飛行カメラのようなドローンは、イベント会場などでは警備のために必ず飛翔しています。
 ドローンの飛行方式は、用途によって空力のものも噴射のものも使い分けられています。ただ、ランニングコストと稼働時間の問題から、基本的には空力です。つまり、一般的なドローンは必ず大気のような気体(ガス)との関係によって空中にとどまっています。

 光学迷彩のようなものがついたドローンも高価ですがあるところにはあります。

 広義のドローンは非常に多多彩です。
 hIEも、AASCとは別の無人制御の空力装置がついている場合、一種のドローンとみなされるほどです。
 基本的には、武装ドローンや偵察ドローンには法的な取り扱い制限はあります。ただし、これも国の後ろ盾がある警察や軍隊などの政府機関、違法上等の犯罪者などは飛ばしています。
最終更新:2014年07月26日 12:03