ゼア・イズ・ア・ライト ◆holyBRftF6


  ◆  ◆  ◆


「イヤーッ!」

 投擲。
 スリケンが中身の無い鎧を貫通すると、さまよう鎧は動きを止めた。
 だが敵は一匹ではない。頭上からマンドリルがその豪腕を振るってくる。足元ではバジリスクがその毒牙を突き立てんとする。
 ニンジャスレイヤーは最小の動きで振り下ろしを避け、同時にマンドリルの腕を撫でるように流す。
 僅かに軌道の変わった腕はバジリスクに直撃し、耳障りな打撃音を周囲に響かせた。
 マンドリルは仲間殺しに怯む余裕もない。ニンジャスレイヤーの肘打ちが心臓に直撃し、塀に叩き付けられた。

「スゥーッ……ハァーッ……」

 ザンシンする。チャドーの呼吸を再開する。少しでもカラテを温存しなくてはならない。
 敵は一匹ではない。倒してきた敵も、未だに生き残っている敵も。
 周辺には醜悪な色の血痕が未だに残存し、新たな魔物達がニンジャスレイヤーの元へと接近してくる。

 人通りが見当たらない状況になれば、大魔王バーンの配下たちは即座にしんのすけを狙ってくる。己がマスターを幼稚園へ送り帰すほんの数十分の道のりで、ニンジャスレイヤーは更に二度の戦いを強いられた。
 そして送り届けても安心はできぬ。魔物たちは幼稚園の周囲に潜み、隙あらば乗り込もうとしている。或いは帰宅する時刻を待ち、その帰路を狙おうとしている。
 親の元へ帰るのは夕方になる前だと、ニンジャスレイヤーは――否、フジキドは経験で知っている。安全を確保するため、その前に殲滅せねばならぬ。
 魔物たちは決して一斉には襲ってこない。それぞれのグループが散発的に襲ってくるだけだ。
 戦力の逐次投入。本来は最悪手。
 大魔王バーンは既にルーラーに目をつけられている身、目立つ真似はできぬ。大規模な襲撃は仕掛けられぬ。
 だが分散したまもののむれ一つでも、しんのすけを殺すには十分に過ぎる。ニンジャスレイヤーは分散した魔物たちの軍団、その全てを潰さなくてはならない。
 いや、それだけではない。
 今もなお増援が大魔王の元から送られてくる以上、戦いが終わることはない。

「――――イヤーッ!」

 近づいてくる魔物たちへツヨイ・スリケンを投擲。
 道は狭く――だからこそ人通りがないのだが――敵は固まっている。このヒサツ・ワザでまとめて掃討する狙いだ。
 だがツヨイ・スリケンは先頭の魔物に直撃した途端、進路を変え虚空へと消えていった。
 はぐれメタル。軟体の柔軟性と鋼体の防御力を併せ持つ魔物がツヨイ・スリケンを受け流していた。
 流動する金属が浮かべる笑みは、ニンジャスレイヤーの焦りをあざ笑うかのようだ。

『なんたるブザマ! あのようなジツすら突破できぬとは!
 だからマスターを変えよと言っておる!』
「ジツとはなんだ、ナラクよ」
『フン……奴は特殊なムテキで常に身を守っておる。
 恐らく元は液体状だったものが、何らかのジツを掛けられたことであのようなムテキを得たのであろう。
 しかし常にムテキを纏っているだけあってか、宿すカラテも相当なものと見た。
 カラテを回復したいのならば逃がすでないわ!』

 叱咤の混じった助言を受け、ニンジャスレイヤーは駆ける。魔物達をスレイする事で魔力を、カラテを微量ながら回復できるのは遅まきながら把握済みだ。
 迎撃するのは兜ムカデとラリホーアントの集団。小柄ながらいずれもモータルでは傷つけることすら困難な、虫型の魔物である。
 しかし、今ここで相対しているのはニンジャだ。
 ニンジャスレイヤーが跳ぶ。そのまま近くの塀を蹴って加速、トライアングル・リープからのトビゲリが兜ムカデ達ごと地面を抉った。
 はぐれメタルがギラを唱えたものの、ニンジャスレイヤーはブリッジして閃熱を回避。
 その隙に足に喰らいつこうとした蟻の群れを、しかしニンジャスレイヤーはほんの一瞥しただけでまとめて蹴り上げ殲滅。
 吹き飛んでいくラリホーアント達に目を向けることはなく、ニンジャスレイヤーは逃げ出そうとしたはぐれメタルを手で掴み上げる。
 そのままもう片方の手で、ワン・インチ距離から連打!

「イヤーッ!」「ピギーッ!」「イヤーッ!」「ピギーッ!」「イヤーッ!」「ピギーッ!」「イヤーッ!」「ピギーッ!」「イヤーッ!」「ピギーッ!」

 .
 .
 .

「フゥーッ……」

 ニンジャスレイヤーは大きく息を吐いた。チャドーの呼吸ではない。疲労からのため息であった。
 敵を拘束していたにも関わらず、はぐれメタルを仕留めるまでに一分間もの連打を要した。改めてカラテが弱体化している事を自覚せざるを得ない。
 しかもただの連打ではない。この隙を狙われないか、しんのすけの元へ別の魔物が向かわないか、ニンジャ感覚を研ぎ澄ませながらの連打であった。
 周辺に敵の気配はいない。ニンジャスレイヤーの勝利だ。魔力もある程度回復する事に成功した。
 しかし、その体には脱力感しか残らなかった。

 そもそも、この勝利もあくまで一時的なものでしかない。
 少なくとも大魔王バーンをスレイするまでは完全な勝利と呼ぶことはできぬ。
 ニンジャスレイヤーが裏切った時点で、既にそういう戦いだった。
 まもののむれを掻い潜り、大魔王をスレイできるか否か。
 大魔王バーンはキャスター。魔力を補う手段は豊富にある。
 だがニンジャスレイヤーはアサシン。マスターからの供給も皆無。
 行き着く先は見え透いている。戦ううちにカラテは尽き、或いはしんのすけが殺される。

 そう、ニンジャスレイヤーはアサシン。暗殺者のクラスにして殺戮者。
 守る必要さえなくなれば、一転して攻めに回ることができる。
 かつてラオモト・カンをスレイしたように。ロード・オブ・ザイバツの元へ踏み込んだように。
 攻勢に回る事でようやくニンジャスレイヤーの真価は発揮される。
 バーンは断片的ながらもそれを戦いぶりから把握したが故に、逐次投入の愚を冒してまでニンジャスレイヤーに防戦を強い続けている。
 単独行動を持つとはいえ、マスターを失ったサーヴァントなど大魔王の恐れる相手ではない。

 ニンジャスレイヤーは無言で空を見上げた。
 日は少しずつ、だが着実に傾きつつある。
 その光はやがて夕日の赤に色を変え、最後には完全に沈む。
 夜になれば……人々の視界が暗闇に遮られれば、大魔王バーンの攻撃がより熾烈なものと化すのは自明の理。
 だが、ニンジャスレイヤーには僅かながらの勝算がある。
 一つの光明がある。
 デッドプールがしんのすけの護衛を請け負ってくれるのならば、自ら大魔王に強襲を仕掛けることができる。
 交渉と呼べるかどうかも怪しい一方的な頼みだったが、それを受けてくれる事に全てを賭けるしか無い。
 約束の刻限まで、今は戦い続けるのみ。
 そう自らに命じ、ニンジャスレイヤーは索敵を再開する。
 しんのすけが帰宅するまでまだ時間はある。
 今のうちに幼稚園周辺の安全を確保しなくてはならない。

 一方で。

「……やっぱり、面白そうなことになってますねェ?」

 その姿を見つめる、悪意がある。


  ◆  ◆  ◆


「……ふぅ」

 午後最初の授業を終え教室から離れたウェイバーは、自分の机に戻るやいなや即座に机に突っ伏した。
 もはや疲れを隠す気にもなれない。今日だけで何度デッドプールに振り回されてきたことか。
 それだけではない。夜までに決めなければならない事がある。幼稚園に出向き、取引に応じるか否かを。
 指定された時間まではまだ四時間以上あるとはいえ、今後の戦略を左右する重要な選択だ。じっくり考えなければならない。

『何悩んでんだよ。予約入ったって事は会う事に決めたんだろ?』
「だから予約ってなんだよ……」

 ウェイバーが選択に悩む理由の半分は、「どう動けばデッドプールが暴走しないか」ということを考えているからである。
 当然ながら、そんな選択肢などそうそうあるものではないが。

「ウェイバー君、朝からずっとそんな調子だけど……何かあったの?」
「ちょっとした騒ぎに巻き込まれまして……」

 同僚の女性からの気遣いに、ウェイバーは当たり障りのない程度の愚痴を漏らした。
 彼女が――少なくともウェイバーから見て――ただのNPCであることははっきりしているので、内情について打ち明けるわけにはいかない。
 いかないのだが、散々デッドプールに振り回された愚痴は漏らしたくなるというものだった。

「もしかして、昼に近所で起こったっていう事件?」
「え、ああ……子供が襲われたって事件なら違いますけど」

 勘付かれてしまったと思ったウェイバーはとっさに嘘をついた。
 しんのすけが襲われた事件ならよく知っている。他ならぬウェイバーも当事者になった、というかさせられた。
 NPCがどの程度あの戦いを嗅ぎつけたかは不明だが、少なくとも何かあったと露見されてもおかしくはない。

「ううん、そうじゃなくて女の人がピザ屋さんで暴れたっていう事件」
「…………え?」

 だが、返ってきた言葉は予想外のものだった。

「お店の食べ物に文句を言って散らかしたりで酷かったらしいの。
 新都のほうでもっと酷いことしてる人がいるらしくて、あんまり注目されてないんだけど」
「そのピザ屋って、どの辺りですか?」
「えっとね……」

 述べられた説明は曖昧だったが、それでもはっきりしている事があった。
 先ほどの戦いが起こった場所とは違うが……しかし、その近くに建っていることだ。
 単なる事件なのかとウェイバーは考えたものの、無関係と切り捨てるには違和感がある。

「何か気になる事でもあるの?」
「いえ……」

 女性からの言葉に曖昧な答えを返し、ウェイバーは次の授業へと向かった。
 廊下を歩く中、誰も見えなくなったことを確認しダメ元で口を開く。
 この状況でウェイバーが問いかける相手と言えば一人しかいない。霊体化した己の従者である。

「なあバーサーカー、どう思う?」
『どうせピザでも作りたくなったんだろ? 店員の顔で。
 いや、元から店員がピザだったっつー可能性もあるか。
 太ってるかどうか確かめとけよ』
「…………」

 やっぱり駄目だった。

『せっかくだし俺達もそこの店でピザ作ろうぜ。
 ウェイバーちゃん、さっきの話でちゃんと飯食べられなかったよな?』
「ダメだ。だいたいお前が勝手に抜けだしたせいだろ。
 この授業が終わったら調べに行くからそれまで我慢しろよ」

 今日のシフトは朝から昼までの担当なので、次の授業でウェイバーの仕事は終わる。明日の準備を早めに切り上げれば、夕方になる前には英会話教室を出られるだろう。
 つまりアサシン――ニンジャスレイヤーと約束した時間までは数時間の余裕を持たせられる計算になる。その間に周辺を探り、幼稚園に出向くかどうか決めるというのがウェイバーの考えだ。

『そして乗り込んだ店でチミチャンガを作るってわけか』
「作るわけないだろバカ! だいたいピザ屋じゃないか、どこからチミチャンガが来たんだよ!」
『なに? ピザ女が好みってコト? 胸だけピザなら俺ちゃんも好みだけど』
「あぁあぁぁぁ……」

 思わず頭を抱える。
 今までは勝手にいなくなるせいで疲れる羽目になったが、近くにいたらいたでこの調子である。
 ウェイバーの胃が休まる日は聖杯戦争が終わるまで来そうになかった。


  ◆  ◆  ◆


「しんのすけ、さっきからどこ見てるのよ」
「魔法使いのおねいさんを探してるんだゾ!」
「はぁ…………?」

 みさえが呆れる様子を意に介することなく、しんのすけはせわしなく首を動かして探し続ける。
 昼食のため幼稚園に戻ったしんのすけは今までのニンジャスレイヤーの様子から、「オバケ」と出会わないためにはあまり出歩かない方がいいとさすがに自重していた。
 大人しくしていたしんのすけだが、みさえが迎えに来た事で外に出るとやはり例の「おねいさん」の行方が気になってしまう。みさえの自転車に同乗する彼の様子はあからさまに挙動不審だ。
 しんのすけを大人しくさせるみさえの様子を、影から見つめる視線が一つある。
 ニンジャスレイヤー。
 しんのすけの生活を保つ上で、みさえは――両親の存在は重要だ。
 だがふたば幼稚園と、自宅と、ひろしの勤務先を全て見張るなどいかにニンジャでも無理な話である。ここにはナンシ・リーもタカギ・ガンドーもいないのだから。
 こうして無事に迎えに来たみさえの姿を確認したニンジャスレイヤーは、内心で安堵のため息をついていた。

『……バカめが。NPCにまでそのような様とは』
(黙れナラク)

 途端に響く、忌々しげな叱責。
 フジキド・ケンジとナラクは別個の存在ではない。度重なる会話とそれ以上の戦闘の中で、二つの存在は完全に切り離せぬものとなっている。
 互いの思考が読めるどころか、同一化し過ぎた余り逆にナラクの声を聞けぬ場合すらあるのだ……自分自身と会話することは出来ぬ。
 ニンジャスレイヤーはそのニンジャ感覚で周辺を探る。今のところ魔物の気配はない。殲滅したからだ。しかし、しばらくすれば増援が来る事は明白。
 故に、ニンジャスレイヤーは敢えて殺気を飛ばす。霊体化しても気配を隠さず、むしろ誇示する。自分が彼らを見ているのだと。
 長期的に見れば愚策だろう。だが構わない。約束の刻限まであと三時間から四時間といったところ、その間だけ保たせる事を優先した。ツー・ラビッツ・ノー・ラビットだ。

 親子が乗る自転車は進んでいく。影から見守るニンジャと共に。
 魔物の気配はない。
 順調に進む二人を見つめるニンジャスレイヤーだったが、しばらくしてその表情に疑問が浮かび始める。
 あまりにも気配がなさすぎる。魔物の、ではない。住民の気配が妙に少ないのだ。
 しんのすけの自宅に近づくにつれて、家を空けている住民の数が増えているようだった。それだけではない。何かが暴れたような跡が残っている家もある。
 少なくともニンジャスレイヤーはこの周辺で戦闘を行ってはいない。

「何かあったのかしら」
「ん~~~~~」

 さすがに周辺の異常に気付いたのか、不思議がるみさえに対ししんのすけはなんとも言えない反応をしている。
 恐らく「オバケ」の仕業だと思ったのだろう。
 何か隠していると受け取られてもおかしくはなかったが、追求されることはなかった。
 ニンジャスレイヤーは周辺に魔物の血が残っていないか見渡してみたが、それらしきものは見当たらない。
 少なくともサーヴァントと魔物が戦闘したわけではないが……明らかに異常が迫っている。
 形容しがたい違和感があるが、それが何なのか確かめることができない。

『しんのすけよ』
「お?」
『答えずともよい。何か起こっているかもしれぬ、気を抜くな』

 結局ニンジャスレイヤーは念話で曖昧な警告を伝えるしかなく。
 野原家の付近までやってきた彼らは、その家に住民が群がっている事に気付いた。
 明らかに普通ではない、剣呑な雰囲気を纏っている。

「あの、何か……」
「ザッケンナコラー!」

 問いかけるみさえに投げかけられたのは――罵声。  
 びくりとしんのすけが震えるのを気にすることなく、住民達はみさえ、そしてすぐ側にいるしんのすけを取り囲む。

「みさえさん、あなたが呼び出したんでしょうが!」
「うちの家を汚したりもしましたよねぇ!?」

 住民達はみな大人だ。しかし、子供がいるからと気遣う様子はない。
 容赦なく詰め寄り、今にも腕を振り上げそうな勢いで罵倒する。 
 みさえは身に覚えがないとばかりに困り果てた表情を浮かべ……そして、しんのすけへと振り向いた。

「まさか何かしたんじゃないでしょうね!?」
「えっ!?」

 そう言われてもしんのすけにも身に覚えがない――わけでもない。
 「オバケ」のことで何かあったのか? ほんの一瞬、そう思った。
 それを肯定だと受け取ったかのように、みさえは叫び続ける。

「謝りなさい、ほら!」
「テメッコラー! ゴマカシテンジャネッゾコラー!」
「あなたがやったところ見てるんだけどなぁ!!」

 住民はみさえににじり寄る。みさえはしんのすけににじり寄る。
 激昂している――「悪意」に染められている大人達は、自分の行動がしんのすけにどれだけ負担を与えているかなど考えない。
 ただ、自分の怒りにだけ囚われて怒鳴り散らす。

「謝りなさいって言ってるでしょ!」

 頭を掴もうとする、みさえの腕。
 それが伸びてきた瞬間……しんのすけは硬直から溶けたかのように、後退した。

 ――しんのすけは自分の親に別の存在が化ける、という事例も経験している。
 今のみさえからその時ほどの違いを感じ取ったわけではない。漠然とした違和感にすぎない。
 だが……しんのすけにとってみさえに怒られるという事は嫌になるほど経験してきたことだ。
 その経験が、この叱られ方は違うと警鐘を鳴らしている。
 みさえが叱るならまっさきに「しんのすけ!」と叫ぶはずだ。尻を叩かれたり、頭を殴られたりするはずだ。
 これはいつものパターンではない!

「誰……なんだゾ」
「何を言ってんのよ、ほら……」

 嫌がるしんのすけを掴もうとするみさえの手は、しかし。
 突如として現れた、ニンジャスレイヤーの振り払うような一撃によって遮られる。

「アイエエエ!?」
「ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」

 NPCの一部は再現された遺伝子からニンジャリアリティ・ショックを発症して失禁! それ以外のNPCもジゴクめいたメンポに恐怖し腰を抜かす。
 そんな彼らに気を向けることなく、ニンジャスレイヤーは無言で相手を見つめた。
 実際の所、いかにニンジャ相手とはいえNPC達の反応は大げさもいいところだ。
 カラテシャウトもないその一撃は、本当に振り払った程度のものに過ぎない。あくまでマスターの違和感を元にして動いただけで、何か確信があっての行動ではないからだ。
 単なるモータルであっても少しばかり気を失う程度のもの。魔物ならせいぜいよろめくくらいで……ましてや、サーヴァントなら蚊の一刺しにすらならないだろう。

 そして。
 「みさえ」はよろめきすらしなかった。

「アイサツせよ」
「あ? バレちゃったぁ……?
 もう少し一緒に盛り上げたかったのに、ツマンネwwwwwwwwwwwwwwwwww」

 みさえの顔が歪んだ笑みを浮かべる。
 彼女らしくない表情は、やがて彼女の顔ですらなくなり……最終的に残ったのは、怪人の顔。
 視線は乱れた長髪に隠れ、ただ嘲笑に歪む唇だけが際立つベルク・カッツェの顔――!

「ハイwwwwwwwwwwwwwww
 ミィがこのオバサンに化けていたのでしたぁwwwwwwwwwwwwwwww」
「ドーモ、アサシンです。
 化けていた相手はどこにやった」
「さぁあ? ミィは知~らないwwwwwwwww」

 高笑いするカッツェ。呆然とするしんのすけの脇で、ニンジャスレイヤーは拳を握りしめる。
 怒りを示すかのように、上半身に縄めいて浮かび上がった筋肉が震え始める。
 それを見て取ったカッツェは、笑い声を静かなものへと変えた。

「――――たぶん、もう消えちゃったんじゃない?」

 ゆっくりと、静かに――今まで以上に歪んだ笑みを浮かべた。

「イヤーッ!!!」

 その顔面にニンジャスレイヤーの拳がめり込む。
 吹き飛び、野原家の壁に叩きつけられたカッツェは壁が砕ける音と共に土煙に包まれた。
 追撃するべく駆けるニンジャスレイヤーの耳に、声が響く。
 まるで歌うような……ふざけているような声が。

「――バ♪ バババ・バ♪
 バード……ゴーwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

 そして、土煙の中には既にカッツェはいない。

「『イヤーッ(キリッ』wwwwwwwwwwwwwwww」

 どこからともなく響く嘲笑。ニンジャスレイヤーは未だに動けないNPC達を無視して駆ける。
 しんのすけを狙って動く金色の鎖を蹴り返す。
 腑抜けた一撃。弾くのは容易い。
 しかし、蹴りを受けたはずの鎖に傷は見当たらない。そして、その鎖の先にいるであろう相手もまた見当たらない。

 ニンジャスレイヤーは怯まずスリケンを投擲。鎖を道標に、カッツェがいるであろう場所を推測して攻撃する。
 インストラクション・ワン。
 怯んでも小手先の奇手に頼っても何の意味もない。攻め続けて活路を見出すのみ。

「ダッサwwwwwwwwwww もしかしてぇ、その掛け声……オカマちゃんですかあぁ?wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

 だが反撃は何の効果もなく、またしてもしんのすけへ向かって金色の鎖が放たれる。ニンジャスレイヤーはたやすく蹴り返す。
 どこまでも腑抜けた一撃。
 防げと言っているような一撃だったが、先程よりは僅かに強かった。

「んふwwwwwwwwwwwwww そんなにマスターが大事なんですねぇwwwwwwwwww」
「…………」
「お、おぉっ!?」

 カッツェは姿を隠したまま鎖を動かし続ける。とっさにニンジャスレイヤーは自分のマスターを抱え上げた。しんのすけがなんとも言えない声を漏らした直後に鎖が掠めていく。
 一応しんのすけを狙ってはいるが、その攻撃は明らかに手を抜いている。殺すというよりは捕まえようとしていると言ったほうが正しい。
 そしてニンジャスレイヤーが防ぐ事に成功するたびに、少しずつ威力が強まっていく。まるで、防がれるギリギリのラインを模索しているかのように。
 その意図は明確だった――遊んでいる。少なくともそれだけは断言できた。

 ニンジャスレイヤーの顔に苛立ちと焦りが浮かぶ。長期戦になれば自分が不利と判断したが故だ。
 しかし実際の所、ある一点を除いては長期戦でもさほど不利というわけではない。ニンジャスレイヤーは知らないが、魔力供給の貧弱さという点ではカッツェのほうも変わらない。

『グググ……サンシタが図に乗りおって……
 フジキドよ、どうやらその鎖は……否、奴の体は何らかの方法で守られておる』

 何より、ナラクがカッツェの正体を探るべく知識を紐解いている。
 このまま戦うことでその宝具を見抜き、打ち破ることも不可能ではない。
 問題があるとすれば、ただ一つ。

『イクサの中で奴を見つけ出し、その方法を探らねばならん!
 だが片腕に荷物を抱えたままでは……』

 ニンジャスレイヤーの強みはカラテ。そして、カラテとは全身を使うものだ。
 いかに子供とはいえど人間を抱えたままではその威力は半減、探ることも探った後の戦いも困難になる。
 敵は撃破するものと見ているナラクが不満を述べるのは当然だろう。しかし、フジキドにとって最優先の目的はしんのすけの安全確保。
 故にニンジャスレイヤーはしんのすけを抱えたまま跳んだ。前ではなく、後ろへと。
 野原家から離れようとするその姿に釣られたように、一部のNPCが蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始める。

 しかし。

「ばぁwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

 後ろに回りこんできた鎖が、ニンジャスレイヤーを退かせない。
 相変わらず弄ぶような一撃を回避し、地を蹴り再び跳ぼうとする。しかし距離を取るどころか、跳ぶ以前に飛んでくる追撃。
 とっさに突き出した左手のブレーサーとカッツェの鎖がぶつかり合い、高い金属音を立てた。
 鎖が飛んできた方向と逆に駆けるものの、今度は真上から追撃が飛んでくる。やはり退く方向を変えざるを得なくなる。
 未だにカッツェの姿は見当たらない。ただ鎖だけが道路から、塀の向こうから、隣の家から――空から、物理法則を無視して飛んでくる。

 カッツェは追撃においてのみ、ニンジャスレイヤーと互角のワザマエを発揮していた。
 まるで、相手をじわじわと追い詰めることを楽しむその性根を現しているかのように。

 攻防は幾度と無く繰り返されていく。戦う場も野原家から少しずつ外れていく。
 その中で人気の少ない場所へ誘導されつつあることに気づき、ニンジャスレイヤーは歯噛みした。
 サーヴァントが戦うのならば人がいない場所へ移るのは当然だ。だが彼らの場合、そういった場所へ移ることは魔物達が襲ってくる事を意味する。
 このまま誘導されれば今まで以上にジリー・プアー(徐々に不利)。
 状況を打開するべく撤退を、もしくは反撃を試みるニンジャスレイヤーだが、いくら攻撃しようと鎖に損傷はない。カッツェの姿は捉えられず、退こうとするたびに追撃を受ける。
 なんの成果もなく、ただ疲労とかすり傷だけが増えていく。

『何をしておるのだフジキド!
 そやつを捨てればそれで済む!』
「黙れナラク!」

 ニューロンに響き続ける怒声を振り払うようにスリケンを投げながら後ろへ跳ぶ。
 結果はやはり同じだ。スリケンは刺さらず、伸びてきた鎖を防ぐため跳ぶ方向を変えざるを得なくなる。
 掠めていった鎖がほんの僅かに肉を抉る。
 ニンジャスレイヤーが誰もいない空き地に着地するのと同時に、数滴の血がしんのすけの服を汚した。

 ニンジャスレイヤーの受けるダメージは極小。だが、カッツェはそもそも姿すら見せない。
 差は明瞭だった。

「……オラ、降りる」

 しんのすけが呟いたのは、そんな状況でのことだった。

「何を言っている!」
「じゃまになってるのくらい、オラにだって分かるゾ!」

 差は明瞭だった――しんのすけに伝わるほどに。
 ニンジャスレイヤーは自らのマスターの方を見ない。その体は攻撃に備えるべく、周囲の気配を探っている。
 だがカッツェは攻撃してこなかった。まるで観察しているかのように。

 ようやくニンジャスレイヤーは首を動かし、胸元に抱えたしんのすけがどんな表情を浮かべているのかを確認した。
 その顔はまっすぐにニンジャスレイヤーを見ていた。
 戦いで受けた擦り傷を残す顔を。「忍殺」のメンポの奥にある顔を。

 ニンジャスレイヤーを見るしんのすけの表情にあるものは、これ以上迷惑をかけたくないという気遣いと、決意だった。

「ナラクよ。
 奴が最初に消えた際、何を使ったのか分かるか」
『恐らくは……マバタキ・ジツ。
 それほど強いカラテを纏っているようには見えぬ……遠くまで飛べるジツではあるまい』
「追える距離か」
『追えるであろう……荷物が無ければな』

 フジキドはナラクに問うた。相手の移動能力について。
 追撃能力でも、防護でもなく移動力を問う。その意図は一つである。

『……合図をしたら走れ。
 できるだけ人通りの多い場所を通り、家に戻るのだ。
 まだいくらか人目が残っていた以上、あそこにはオバケも出ぬはず』

 念話で告げながら、そっとしんのすけを降ろす。同時にニンジャスレイヤーは地を蹴った。鎖を迎撃するべく。
 金色の鎖を敢えて避けず……脇腹を掠めていった鎖を、両手で強く握りしめる!

『行け!
 あの家に……!』

 しんのすけが走りだす。手の中で暴れ狂う鎖を、ニンジャスレイヤーは決して手放さない。
 ならば、と鎖は相手を持ち上げるべく空へ向けてうねる。身体が宙に浮く。
 だがニンジャスレイヤーは素早く塀を蹴り、制動を取り戻すと鎖を手近な家の壁に巻きつけた。
 そのままニンジャテコの原理で引っ張り、逆にカッツェの姿を引きずり出さんとする。
 互いの膂力はしばらく拮抗していたが……天秤はたやすく傾いた、ニンジャスレイヤーの方へ!
 引っ張り合いは彼の勝利に終わるかと思った矢先、鎖を掴んでいた右手は開かれ、スリケンを生成した。
 そのまま後ろに投擲。同時に、人間のものではない悲鳴が上げる。
 声の主は小さな悪魔といった風貌のモンスター、グレムリンだ。
 しんのすけがニンジャスレイヤーが離れたのを確認し、仲間に伝えようとしていたのである。

 グレムリンだけではなく、他にもいくつか気配がある。
 ニンジャ第六感で察知したニンジャスレイヤーはそれへ向けてスリケンを投げつけていく。
 左手は鎖を離していない。いないが、片手では明らかに力不足。
 折れ曲がった鎖が左手のブレーサーに直撃。ニンジャスレイヤーが怯んだ隙に、鎖は拘束から脱出した。
 さらに鎖は砕けた塀の石材を持ち上げ、唸る。
 とっさにニンジャスレイヤーは防御の構えを取るが……その石材は途中ですっぽ抜け、あらぬ方向へと飛んでいった。

「……キサマ、何が目的だ」

 問うたのと、その「あらぬ方向」から悲鳴が聞こえたのは同時であった。
 言うまでもない、石材が直撃した魔物の悲鳴だ。
 偶然ではない。鎖は、カッツェは、狙って投げつけたのだから。

「だぁってさぁ、このタイミングで死なれたらつまらないじゃぁん?
 捕まえられないんなら逃すしかないっしょwwwwwwwww
 それともォ……ミィが殺す気なかったのに気づかないほど間抜けだったとかァ?wwwwwwwwwwwwwwwww」

 姿を隠したまま嘲笑するカッツェに、ニンジャスレイヤーはただ眉を顰めた。
 依然として、彼には相手の意図が掴めない。
 ただ一つだけ分かることがあるとすれば。
 この相手は、どこまでも遊んでいるということ。

「――何を考えていようとも死んだら終わりだ。
 ここでオヌシをスレイし、その下らぬ企みを潰してやろう。
 悪ふざけのツケはジゴクで払うがいい」

 どうであろうと、ニンジャスレイヤーのやる事は変わらぬ。
 サーヴァントを迅速にスレイし、しんのすけの元へと戻るのみ……!


  ◆  ◆  ◆


「キュー! キュー!」
「さっさとヤレー!」

 単眼の小柄な魔法使いといった格好の魔物、みならいあくまの怒声が響く。
 即座にいっかくウサギが物陰から飛び出し、その角を目標へと振りかざした。
 だが目標……しんのすけには当たらない。道路をぐねぐねと蛇行しながら駆けまわるその速度は幼稚園児離れしていた。

「ギチッ!」

 塀を跳び越して現れたのはキリキリバッタだ。
 魔物としては小柄な部類だが、普通のバッタよりははるかに大きい。幼稚園児を殺す程度の膂力は十分にある。
 いがぐり頭に組み付こうとしたキリキリバッタだが、しんのすけがとっさに体勢を変えたことで空振ってしまう。
 しんのすけは頭を下げつつ尻を突き出す、なんとも言えないポーズで上段への攻撃を避けていた。なぜかズボンがずり落ちて半ケツである。

「キーッ! メラ!」

 挑発と受け取ったのか、苛立ったみならいあくまが火球を飛ばした。狙いはもちろん突き出された尻だ。
 だがしんのすけはやけに機敏な動きで尻を振り回して回避!

「メラ! メラ! メラ!」

 連発される火球。だが当たらない。
 それどころかキリキリバッタが流れ弾に直撃して悲鳴を上げる始末だ。

「ゼーッ、ゼーッ……」
「んじゃ、そういうことで」

 火球が飛んでこなくなったのを確認したしんのすけは、ズボンを履き直すと走り去った。
 いっかくウサギが追おうとしたものの、NPCの女性が歩いてくるのを確認し断念せざるを得なくなる。

 ――現在、しんのすけを襲う魔物は小柄な個体がほとんどだ。
 ただでさえバーンはルーラーに目をつけられている上に、この周辺は完全に人目が無くなったわけではない。
 カッツェが住民の一部を野原家に集めたことで魔物達がある程度動きやすくなってはいるが、あくまで一部であり全てではないのだ。
 そして、強力な魔物は大型な個体のほうが多い。
 結果的としてしんのすけを襲う魔物の群れは質が悪いものとなり、人目を気にしているために攻撃も散発的なものとなっていた。

 ……もっとも。
 大魔王がその気であるのなら、じんめんちょうの時のような襲撃も仕掛けられるはずなのだが。

 そんなことはつゆ知らず、しんのすけはひたすら駆ける。

『大丈夫か、しんのすけ』

 その瞬間、しんのすけに頭に声が響いた。今や聞き慣れた声だ。
 思わずしんのすけは足を止め、周りを見渡した。

「オラ元気だゾ! 今どこ?」
『こちらの戦いは終わっておらぬ……だが。
 お前の父親らしき者の姿を見かけた』
「父ちゃんが!?」

 父親、という言葉にしんのすけの表情が変わる。
 聖杯戦争を理解しておらず、カッツェの言ったこともあまり理解できてはいないが……みさえに取り返しのつかない事があったのは薄々ながら把握していた。

『恐らく騒ぎを聞きつけ、会社を抜けだして戻ってきたのであろう。
 家に向かうのだ』
「うん、言われた通り家に向かってたゾ」
『……そうか』

 それで念話は途切れた。
 しんのすけはしばらくニンジャスレイヤーがいないか探していたが、もう声が聞こえない事を確認すると再び走り始める。
 その口調に、その会話に違和感を覚えることなく。

 家まであと少しというところに差し掛かったその瞬間。
 地面から手が生えてきた。

「お……?」

 しんのすけが足を止める。
 その眼前で、手だけのモンスター――マドハンドは少しずつ数を増やしていった。しんのすけを取り囲むように、地面から手が生えていく。
 ここで確実に捕らえようという算段なのだ。
 しんのすけの幼稚園児離れした動きを把握した上での作戦は、しかし裏目に出た。

「しんのすけ、そこにいんのか!?」

 NPCの声を聞き、マドハンド達が硬直する。万全を期したために逆に攻撃の機会を逃した形だ。
 しぶしぶといった様子でマドハンド達が消えていくと共に、曲がり角からNPCが姿を現した。

「とうちゃん!」
「…………ったく」

 現れたのは彼のよく知る、父親の姿。
 しんのすけが歓声を上げたのも当然だろう。母親が偽物で、魔物達の襲撃に遭い、家の眼前で阻まれた瞬間に現れたその姿。
 子どもとしてはいつも以上に頼もしく見えるというものだ。
 安心したしんのすけが、ひろしの元に近寄った途端。

「いったい何をやりやがった!」

 強烈な拳が、顔面に直撃した。


  ◆  ◆  ◆


「イヤーッ!」

 カラテシャウトが空き地に響く。
 依然として暴れ狂う金色の鎖。その威力はしんのすけがいた時はまるで違う。モータルは愚か、ニンジャですら爆発四散しかねない。
 だが、今相対しているのはニンジャを殺す者だ。
 ニンジャスレイヤーは容易く金色の鎖を打ち払う。
 しんのすけを逃して以降、その身体は一度もダメージを受けてはいない。ニンジャスレイヤーとカッツェのカラテの差は歴然であった。
 しかし、金色の鎖も止まる様子を見せない。何度もカラテによる一撃を加えられながら傷一つない。
 ダメージがないのはこちらも同じことだ。ニンジャスレイヤーがどれだけ殴ろうと、蹴ろうと、鎖は止まらない。
 そして、カッツェの姿は未だに捉えられない――!

『グググ……奴め、ただ気配を絶っているだけではない……
 ゲン・ジツの類も組み合わせておるのか?』
「奴の守りの正体は何だ!」

 フジキドの言葉には焦りが滲んでいる。
 このまましんのすけの元に戻っても、カッツェがついてくるのは目に見えている。
 そもそもカッツェには追撃スキルがある。ニンジャスレイヤーはスキルの名前こそ確認していないものの、その能力は嫌というほど味わってきた。
 ある程度ダメージを与えねば満足に撤退することもできない。

『少なくとも何らかの守りを常時展開しておるのは明らか。
 だが、その割には身に纏うカラテが貧弱……それほどの守りであれば、相当なカラテを消費するはずであろうに……
 姿が見えぬ以上、情報が少なすぎるわ!』
「独り言っすかwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwだっさwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
 友達いないの? ねぇ友達いないの?wwwwwwwww」

 ナラクの存在など知らないカッツェが煽り立てる。ニンジャスレイヤーは目を細め、虚空を睨んだ。
 苛立ったわけではない。この程度の罵倒で心を揺るがすような精神であれば、彼の忍殺が成ることなど無かっただろう。
 彼が反応した理由……それは、打開策を見出したからに他ならぬ。

「うむ。貴様のカラテがあまりに腑抜けている故、宝具と雑談に興じて退屈を紛らわせていたところだ」
「……ハァ? 何いってんすかwwwwwwwwww」
「分からぬか? 貴様の相手だと片手間で十分だと言っている」

 空気が凍りつく。金色の鎖の攻撃が止む中、ただニンジャスレイヤーの口だけが滑らかに動いた。

「貴様が隠れ潜むのも、大方こちらのカラテを恐れてのことか?
 マスターが貴様の企てを打ち破るのを待ち、その後ゆっくりとスレイしてやろう。
 モータルに化け、イクサですら隠れ潜むようなサンシタの企てなどたかが知れているというもの」

 ――――ニンジャ作法に「問い返し」というものがある。
 相手の問いに答えたのならば問いを返すことができる。そして問いには答えねばならぬ。古の作法だ。
 無論ニンジャではないベルク・カッツェが付き合う理由など無い。
 だが、ニンジャスレイヤーは挑発することで相手をニンジャ作法の場に引きずり出そうとしているのだ!

「……自分のマスターがどうなってるか知らないで大口叩くとかwwwwwwww
ワロスwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

 効果は予想以上だった。
 カッツェは作法的な意味だけではなく、物理的な意味でも誘いに乗ってきた……姿を現したのだ。しかも、わざわざ普段の姿で。
 隠れ潜むサンシタ、と罵倒されたのが効いている事は明白。
 ゆえにニンジャスレイヤーは攻撃を仕掛けず、会話を続けることで情報を引き出す。

「笑うのは私の方だ。お前のようなサンシタが、私のマスターに何をするという。
 サンシタはサンシタらしく黙って逃げまわっておれ」

 髪に隠れていたカッツェの眼球が、ほんの一瞬だけ覗いた。
 楔のような形をした、いびつ極まりない瞳がニンジャスレイヤーを睨んでいる。

「もしかしてぇ……ミィが手を出したNPC、あれで終わりだと思ってますかぁwwwwwwwww
 しんちゃん、他にも家族いますよねぇwwwwwwwwwwwww」

 貴重な情報だった。
 ニンジャスレイヤーが黙っているのをどう受け取ったか、カッツェは哄笑しながら続ける。

「家の近くにいた連中……ただ集めたんじゃなく、ミィがちょっとだけ素直にしてあげたワケ……
 そう、ちょーっと喧嘩しやすくなるようにwwwwwwwwww」

 貴重で、致命的な情報を。

「しんちゃんの父親にも、同じことしちゃいましたぁwwwwwwwwwwwww
 家に来るように言ってからwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

 宣告した。
 父親もまた、既に自らの手のうちであると。
 フジキド・ケンジにとって致命的な情報を、告げた。

 ニンジャスレイヤーは黙っている。
 情報を伝えるべく、か細い魔力の繋がりを辿り。

(しんのすけよ、聞こえるか……
 しんのすけ?)

 異常に気づく。念話が通じない。
 怪訝な表情を浮かべたその心中を見透かすように、カッツェが笑う。

「残念でしたwwwwwwwwwwwしんちゃんとのお話はできませぇんwwwwwwwwwwww
 だってぇ……ミィが宝具で邪魔してまぁすwwwwwwwwwwwwww」

 NOTEを見せびらかすカッツェをニンジャスレイヤーは睨んだ。
 ナラクとの対話が妨害されないのは、フジキドとナラクがもはや同一の存在であるが故。カッツェはナラクの存在にすら気付けない。
 だが……しんのすけはフジキドがどれほどの情を持とうとも他者に過ぎない。その程度の繋がりを妨害するなど、カッツェにとっては容易なこと。
 ひろしと出会う前にしんのすけに届いた念話も、カッツェが発信した偽の情報だ。
 それこそ令呪を使って呼び戻さない限り、連絡を取り合う手段はない。
 歯を噛み締めるニンジャスレイヤー。そのニューロンで。

『――そうか! 奴め、ようやく尻尾を出しおったわ!』

 ナラクが、勝利を確信した。


  ◆  ◆  ◆


「と、とうちゃ……?」

 全く事態を掴めないまま、しんのすけは殴られ続ける。
 ひろしの怒りは収まらず、更にそのまましんのすけの襟首を掴み持ち上げた。その瞳はいつものひろしなら表に出さないような感情を宿している。
 明らかに異常な状態だった。本来しんのすけを叱ることはみさえが担当することが多く、ひろしが叱ることは少ない。理不尽な体罰はなおさら少ない。
 みさえのように偽物が化けているのかと思ったしんのすけは、かろうじて喉から声を絞り出す。

「ほ、本当にとうちゃんなの……」

 返ってきたのは拳だった。
 結局、本物なのか偽物なのか、なぜ怒られているかすら分からない。ひろし自身もなぜ自分がここまで怒り狂っているか把握できていないだろう。
 ただ理不尽な暴力を受け続けることしか、しんのすけにできることはなかった。

 ――ニンジャスレイヤーに明かした通り、みさえに化けたカッツェはひろしに対して悪意を念入りに送り込んでいた。
 野原ひろしという男は抜けている所はあるものの良き父親で、このNPCもそれを再現した存在である。だが、カッツェからすればそんなことは関係ない。
 苛立ちに支配されたまま呼び出されたひろしは、我が子に理不尽な暴力を振るい続ける。
 混乱しきったしんのすけは、父親にどう対処すればいいのか分からない。
 ひろしを止めるNPCもいない。野原家周辺にまだ残っているNPCはニンジャスレイヤーを見てニンジャリアリティショックを発症した者くらいで、警察などもまだ来る様子はない。
 当然ながら、ニンジャリアリティショックを発症した者達がひろしの異常に気付いて止めることはない。それどころか、マッポーめいた家庭内暴力に刺激されおかしな行動を始める者すらいた。
 しんのすけを助けるNPCなどいない。

「……何だあれ」

 NPCは。
 目の前で繰り広げられる光景に、ウェイバー・ベルベットは足を止める。
 家の前で失神し、或いは呆け、或いは奇妙な笑いを浮かべている人々。そこから少しばかり離れた路上で、子供に暴力を振るっている大人。

「あいつ、しんのすけだよな」

 戸惑いながらもウェイバーは状況を整理する。
 彼はアルバイトを終え、話で聞いた事件の調査を行なっていたところだ。
 みさえに化けたカッツェが暴れた目的は、近くの住民と諍いを起こして野原家に集めること。ウェイバーが野原家付近を通るのは当然の結果ではあった。
 もっとも、事態のほうはさっぱり掴めず混乱するしかなかったが。

『要するにあのNPCがトチ狂ってエラー起こしてるんだろ?
 俺ちゃんがこのプリティーな刃物で首から上をスッキリさせて……』
「僕がなんとかするからお前は手を出すな!」
『今回はジョークなんだけどなー』
「今回『は』ってなんだよ! 『は』って!」

 デッドプールに怒鳴ってからウェイバーは親子に歩み寄る。ひろしは殴るのに夢中で気づかない。
 しんのすけの顔は無残に腫れあがっていた。ウェイバーは不快に思いながら口を開く。

「おい、やめろよ」
「なんだ?」

 睨みつけてくるひろしの顔には、よき父親としての姿など面影もない。
 ウェイバーは集中しながらじっと睨み返す。

「やめろって言ってるんだ」
「え……あ、あ……」

 ひろしの表情が呆けていく。
 一般人相手に暗示をかけるくらいは、ウェイバーでもなんとかこなせる。
 脱力したひろしはしんのすけを取り落とし、ぼんやりと視線を宙に漂わせた。

「……ったく。
 おい、大丈夫か」

 そう呟いたウェイバーがしんのすけに手を伸ばした瞬間。
 ひろしの影が、不自然に動いた。


  ◆  ◆  ◆


『――そうか! 奴め、ようやく尻尾を出しおったわ!』
「どういうことだ、ナラクよ」

 突如ニューロンに響いた快哉の叫びに、フジキドは不思議そうに問いかけた。
 ナラクは笑っている。痛快だと言わんばかりに。

『フジキドよ、マガツ・ニンジャは覚えておるな?
 あの長虫と同じように……このサーヴァントは外部にある何かに依存しておるのだ……』

 マガツ・ニンジャ。
 かつてニンジャスレイヤーがスレイしたリアルニンジャ。
 いかなる攻撃を加えても即座に再生する、まさに不死身と呼ぶべき能力の持ち主であった。
 その不死身の正体は体に存在しない心臓。
 マガツ・ニンジャにとっての心臓は霊樹に埋め込まれた石であり、霊樹を通してエネルギーを集めることで不死の存在となっていた。

『そして、奴が宝具だと明かした本……
 恐らく能力の大半はあれによるものと見た!』
「――承知した!」

 ナラクはその石とカッツェのNOTEは同じようなものだと判断したのだ。
 ニンジャスレイヤーが駆ける。狙うはNOTEと、それを持つ腕。
 意図に気付いたカッツェは尻尾で防ごうとするも、やはりカラテの差は明白。
 たやすく守りは突破され、拳が迫る。
 とっさにカッツェは両腕と胸を使ってNOTEを挟み込み、覆い隠した。体を盾にNOTEを守ろうというのか。
 しかし……

「イヤーッ!」
「グワーッ!?」

 吹き飛ぶカッツェ。その表情は初めて苦悶に歪んでいた。
 ニンジャスレイヤーは打点と、カッツェの腕と、NOTEが一直線になるように攻撃を加える事で衝撃を通したのだ! ワザマエ!
 それでも体勢を立て直して逃走を始めるカッツェだったが、ニンジャスレイヤーがそれ以上の速度で迫る。
 ここで逃せば元の木阿弥。迅速にスレイしマスターの元へ戻るのみ。
 カッツェは絶対的不利な状況の中……笑みを不敵に歪ませた。

「ね~wwwwwwwwwwwwwww 疑問に思わなぁい?wwwwwwwwwww
 なんでミィが、しんちゃんの家も家族も完璧に把握してるのか……」

 対するニンジャスレイヤーは無言である。ただカッツェを追うのみ。
 長距離の移動速度は、転移能力を考慮に入れてもなおニンジャスレイヤーの方が勝っている。二、三分もすればカッツェに追いつき、宝具を破壊するであろう。

 だが逆に言えば。
 カッツェをスレイするまで、それだけの時間が掛かるということでもあった。

「ん~wwwwwwwwwそれはぁwwwwwwwwwwww
 この周りに詳しくて、しんちゃんを殺したくてたまらないサーヴァントに協力してもらったからwwwwwwwwwwwww」

 手をひらひらと振りながら、カッツェは走り、転移する。距離は広がらない。
 ニンジャスレイヤーはそれ以上の速度で駆け、追い詰める。その表情に変化はない。
 だがニューロンにはかつて何度も対峙し、そしてスレイしたニンジャの――フージ・クゥーチの高笑いがリフレインしていた。何の前触れもなく、それこそフージの呪いめいて。
 バカな、と彼は吐き捨てた。今追い詰めているサーヴァントとフージ・クゥーチは違う。ジツもやり方もまるで違う。なぜここで思い出す。
 だが、その重厚な戦闘経験とニンジャ第六感は更に、一つの記憶をニューロンに再生させた。

『サヨナラ』

 とある女ニンジャが。
 フユコの、家族の面影を残す女が、ニューロンを焼き切られる時の光景を。
 これから起こるであろう光景に、もっとも近い記憶を。

「一応ミィはしんちゃんを最後まで殺さないようにお願いしてたんでぇーすwwwwwwwwwwww親子喧嘩させたかったからwwwwwwwww
 でも、親子喧嘩した後についてはァ……何も言ってなぁい」

 ニンジャスレイヤーの足が止まる。合わせるようにカッツェの足が止まる。
 ――――悪意が、噴き出す。

「ミィが駄目にした親父に、キャスターが憑かせたっていう魔物……
 いつしんちゃんを殺そうとするかwwwwwwwwwwwwミィにもwwwwwwwwwwwwwwわっかりませーんwwwwwwwwwwww」

 ニンジャスレイヤーは、カッツェに背を向けた。

『フジキド!』
「アwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwアヒャヒャヒャwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwしんちゃん\(^o^)/wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

 ニューロンにナラクの罵声が響く。耳に届くのはカッツェの馬鹿笑いだ。
 これ以上ないブザマ。
 それでもニンジャスレイヤーは、フジキドは退くしかない。
 マスターの元へ。しんのすけの元へ……!


  ◆  ◆  ◆


 ひろしの影が蠢き、形のない口を開く。魔王の影が動き出す。この表現は比喩ではない。
 カッツェの作戦を聞き、大魔王がひろしの影に潜ませた「まおうのかげ」。
 ウェイバーという新たなマスターを発見した魔物は、これ以上待つ理由はないと判断し即死呪文の準備を始めていた!

「オイ、そういうことはもっと早く書けよな!」
「わっ!」

 ウェイバーはいきなり後ろに放り投げられた。
 察知したデッドプールは即座に実体化し、マスターを庇う。
 ここにいるのがデッドプール一人であれば、真っ先に行なったのは射撃だろう。
 だが今の彼はサーヴァント、まずマスターを守らざるを得ない!

「ザ」

 BANG!
 一瞬で射撃体勢を整えたデッドプールが発砲する。ウェイバーを庇ってから撃つまでコンマ数秒。英霊に相応しい早打ち。
 だが……仮にウェイバーを庇いながらでなければ発砲までの要する時間は半減していただろう。
 マスターが前に出ていたが故の遅れ。ほんの僅かの遅れだ。
 しかし、そのほんの僅かな時間は――

「キ」

 ――文字通り、致命的と言うしかなかった。

 呪文が完成した瞬間にまおうのかげは銃弾に貫かれ、消滅した。
 だが……だが同時にしんのすけの身体が硬直する。
 まるでバランスを崩した石像のように、そのままの体勢で倒れこんだ。

「……ぁ……」
「お、おい!?」

 見ていたウェイバーはもちろん、しんのすけ自身ですら状況を理解できなかった。
 まるで動かない体のうち、手だけをかろうじて痙攣させた。
 現れたヒーロー、デッドプールに向けられていた手を。

「大丈夫か……おい、離せよバーサーカー!?」
「やめとけよ」

 だがデッドプールがしんのすけを見る目はヒーローのそれではなかった。
 おしゃべりな狂人の目でも、きまぐれに敵を殺す殺戮者でもない。

「ありゃ、もう助からねえ。もうすぐ括弧付きで死亡って書かれる」

 人の生死を十二分に見てきた傭兵の目で、冷たい現実を告げていた。

 その言葉がとどめになったのだろう。
 ヒーローだと思っていた相手に自らの死を告げられた瞬間、しんのすけの体が分解されていく。
 絶望に染まったその瞳で、しんのすけは未だに上の空で立ち尽くしているひろしを見上げた。
 再現された存在に過ぎない、偽りの父親を。

「…………と……ちゃ……」
「しんのすけ!」

 声が響いた。子を思う父親の声が。
 カッツェをスレイする機会を捨ててまで戻ってきたニンジャスレイヤーが、フジキド・ケンジが必死に駆ける。
 何がしたいのか、もはや彼にも分かっていない。ただ必死に腕を伸ばす。消え行くしんのすけの体を抱かんと、手を開く。
 デッドプールは無言でウェイバーを引きずり、道を開けた。無駄だと勘付きながらも。

 果たしてその読み通り、フジキドの手は寸前で届かず。
 しんのすけの身体は、跡形もなく消去された。

 時刻は16時を過ぎたばかり。
 しんのすけはヒーローとの約束の時間に辿り着くことすらなく消滅した。
 かつてのトチノキのように、フジキドの眼前で――――


【野原しんのすけ 死亡】


  ◆  ◆  ◆


「メッ――――シウマぁあああああああああwwwwwwww」

 ニンジャスレイヤーが去っていくのを感じ取ったカッツェは、笑い転げていた。
 その笑い声はまるで周辺の空気に悪意を染み込ませていくようだ。それほど大声で、耳障りな嘲笑だった。

 ルーラーが通達した地点に着いた彼が最初に感じ取ったものは、物陰を動き回る魔物たち。そして、しんのすけを守るニンジャスレイヤー。
 群衆が個人を追い回す様は、カッツェが好みとする状況の一つだ。祭りだ。たとえその群衆が魔物であろうと、カッツェにとっては変わらない。
 故に、彼は手近な魔物を捕まえ、尋問し、大魔王バーンと連絡を取って提案した。

 自分も混ぜろと。
 あのサーヴァントとマスターを引き離してやるから、自分の作戦を使えと。

 しんのすけの素性について大魔王から聞き出したカッツェは、まず自宅へと乗り込んでみさえに成り代わる。
 その後、近隣住民を自宅へと誘き寄せる事で周辺のNPCを空にし、魔物たちが攻撃しやすい状況を作る(実際の所カッツェとしては生活を徹底的に壊すためという理由の方が大きかったが、みさえに化けていたことを早々に見抜かれたため空振りに終わった)。
 更に夫であるひろしに連絡を取り、こう告げた。しんのすけが幼稚園を抜けだして問題を起こしているから早く家に戻ってくれ……という内容を、金切り声で。
 仕事中にこんな電話をされるのだから、ひろしが苛立つのは当然だ。それを更にトッピングし、怒りに支配されるよう仕向けるなど電話越しだろうと容易いこと。
 かくして悪意は発露する。
 母親を奪われ、死地から逃げ出した先で更に父親から攻撃される。子供に孤独を味わわせるシチュエーションとしては最高の、いや最悪のものだ。
 仮にみさえに化けた事に気付かなかったとしても問題はなかった……というより、当初の予定はそれであった。
 怒り狂うひろしを利用して家族内の喧嘩を散々に見せつけた後、そのまま機を見てしんのすけを誘拐する。
 カッツェに変身能力がある以上、しんのすけ共々姿をくらますパターンは十分すぎるほど遊べるパターンだ。別のやり方で盛り上げていけばいい。
 しんのすけとニンジャスレイヤーが離れなくとも同じ。やがて現れるひろしを利用してじっくり楽しむだけのこと。
 カッツェの狙いは単純なのだ。精神的にも肉体的にも追い詰められたしんのすけを、魔物達に殺させる。NPCと魔物達を最大限に使って盛り上げてから殺す。それが成し遂げられれば過程は問わない。
 その点で言えば一番困るパターンは、単独で逃げ出したしんのすけが即座に魔物たちに殺されてしまう場合だ。あっさり過ぎて盛り上がらない。つまらない。
 だからしんのすけをすぐに殺さないよう、人質に取るように念を入れて伝え、魔物達を妨害すらした。

 ……もっとも、大魔王からしてみればカッツェの趣味に付き合う必要などない。
 バーンは自分の力を誇示する事に愉悦を感じる性格ではものの、あくまで趣味の範疇である。そして趣味にかまけて目的を忘れることは――少なくとも今の身体では――ない。
 襲撃したのが小柄で貧弱な魔物達ばかりだったのも、カッツェを信頼せず戦力を温存していたからに他ならない。
 まおうのかげに対しても異常があれば即座にしんのすけを殺せと命じ、その命令に従ってまおうのかげはしんのすけを暗殺してみせた。
 結果的に言えば、大魔王はカッツェの想定通りに動かなかったと言えなくもない。

「ザッwwwwwwwwwwwwマァwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

 だが、カッツェは満足であった。
 そもそも彼はしんのすけがどうなったのか、まだ確認してすらいない。しんのすけが死んだから馬鹿笑いしているわけではない。
 カッツェが笑うのは、ニンジャスレイヤー。カッツェを殺せる状況に追い込みながら、見逃さざるを得なかった時に見せたあの表情。
 ジゴクめいた憤怒を浮かべた顔は、モータルであれば失禁を避けられないものだったろう。しかしカッツェはその表情に悔しさを読み取った。
 しんのすけの代わりにメシウマする相手として十分な顔だった。
 だからこそ笑う。
 宝具に多少のダメージは受けた事実よりも、徹底的にニンジャスレイヤーを罵倒した楽しさのほうが勝っている。
 戦略を理解していないわけではない。ベルク・カッツェという存在にとって、戦略とは他者を絶望させることであり勝利とは自分が楽しむことだ。
 ニンジャスレイヤーが怒り狂いながら背を向けた、それを見た時点で勝ちだ。

「令呪において命じます。
 アサシン、今後NPCへの干渉を全て禁じます」
「――――――――あ?」

 故に。
 その命令は、勝利の余韻をぶち壊すものだった。

 カッツェがその言葉を理解するよりも早く、令呪の効果が染みわたる。
 視覚できぬ縛りが体に巻き付いていくのを自覚する。
 普通のサーヴァントにとっては大した命令ではない。しかし、ベルク・カッツェという存在にとっては最悪の命令。

 笑みを浮かべる事すら忘れ、カッツェは振り返った。
 そこに立つは裁定者。
 聖処女ジャンヌ・ダルクが、悪意の権化たるベルク・カッツェを見つめている。
 いつも以上に歪んだ笑みを震わせながら、カッツェは罵声を――悪意を放つ。

「何、勝手な命令しちゃってんのかなァ?」
「アサシン、少なくともこの区域において貴方がNPCの生活を乱したことは把握済みです。
 よって事前に通達した通り、罰則を与えました。
 どうやらマスターはここにはいないようですが……令呪も一画剥奪します。伝えるように」

 聖処女は何一つ揺らぐこと無い。凪のごとく事務的に説明を述べた。
 ルーラーがカッツェの行動を把握できた理由は簡単だ。
 彼女にはサーヴァントの能力を見抜く能力と、気配を察知する能力がある。
 アサシンならば気配遮断で位置をある程度誤魔化すことはできるが……NPCに化けた上でその存在を顕示していたカッツェは当然ながら気配を全く隠していない。隠れてしまってはみさえの姿を見せられないのだから。
 つまり、カッツェが野原家にいたことも、たまに外出して周辺の住宅や店へ向かっていたことも把握している。

 マネマネはサーヴァントではなく、そしてルーラーが来た時には既にすり替わっていたが故に把握できなかったが。
 ベルク・カッツェはサーヴァントであり、何よりも自分からルーラーが探索していたエリアに自ら乗り込んできた。
 彼はまさしく飛んで火に入る夏の虫、或いは焚き火にジャンプするホタルであったのだ。

 カッツェはその事を知らない。そもそも、ルーラーの特権は隠匿されている。
 普段であればうまく口でやり込めて挽回しようと思っただろうが、頭に血が上っている彼は無軌道な挑発を始め、

「もしかして、ミィ喧嘩売られてる? 喧嘩売らr」
「今後違反を続けた場合、私は貴方に『自害せよ』と命じる事になります。
 ――では」

 受け流された。
 ルーラーはあっさりと話を終えて跳び去っていく。
 しばらく呆然と空を見上げていたカッツェだが……前触れもなくその尻尾が付近の塀が粉砕した。
 幸いにも付近にNPCがいなかったために八つ当たりできたが、NPCがいれば干渉と見なされてしまい動きが止まっただろう。

「――――ミィ、おこだお」


  ◆  ◆  ◆


「見なよキャスター、あのアサシンの奴がペナルティ受けてさぁ!
 ほんと、いい気味じゃん」
「…………」

 足立が笑い声を響かせる。バーンは無言だった。
 彼らがいる工房にはこの数時間、これといった変化がない。ただランサーの襲撃に備え防護を固めているだけだ。
 カッツェの提案を受けた際も、やった事は実質的にまおうのかげをひろしの影に潜ませたことのみ。
 その程度の手間でしんのすけの殺害という戦果を挙げたのだから大戦果といってよい。
 その事を喜ぶのは当然だろう。

「……なぜ喜ぶ、足立」
「え?」

 しかし、バーンは疑問を呈した。

「あのアサシン……毒虫と呼ぶべき性質の持ち主であるが、此度の作戦において一応は味方であった。
 『一応』が付く程度の繋がりではあるがな。
 そして、結果的には目標を半分ほど達成した」

 カッツェを味方と言っているバーンであるが、その表情はカッツェを信頼していない事を如実に語っている。
 バーンとしても今回の作戦は上手くいけば儲けもの程度だったのだろう。
 故に、本題はここからだ。

「一方、ルーラーは余らにとって敵と言ってもよい存在。
 ……味方が敵に罰せられた事を喜ぶ理由がどこにある?」

 しんのすけの殺害を喜ぶならば自然。
 だがカッツェが罰せられたことを喜ぶ理由など無い――
 玉座から見下ろす大魔王は、そう人間に問いかけた。

「そりゃあ……」
「あらかじめ言っておこう。
 情であるならば語るな、足立」

 開きかけた足立の口が閉じる。図星だったからだ。
 カッツェの作戦を聞いた時、本音を言えば足立は不快だった。ただ殺せばいいだけなのにわざわざそこまでする必要があるのかと。
 こいつは気に食わない、それが正直な感想だった。
 だから喜んだ理由も単純だ。ざまあみろ、と思ったのだ。

 足立透は殺人者である。悪事が露見して逃げ出した人でなし。
 それでも、カッツェの悪意を肯定できるほどの人でなしではなかった。義憤を抱かざるを得なかった。
 それは未だに人間性を持ち合わせているという事であり、場合によっては何らかの救いになったのかもしれない。

「忘れるな、足立。
 余が必要としているのは其方の力である事を。
 判断を誤らせるような人間の情など、余は必要としていない」

 だが、彼のサーヴァントは大魔王バーン。
 人ではない存在を統べる、魔物の王。
 無力な人間の子供がどれほど追い詰められたところで、何か感じることなどない。

 人間と大魔王を繋ぐのは、あくまで利害関係に過ぎない。状況によって変化する、脆い架け橋だ。
 大魔王はまだ足立の存在に利を感じている。裏切ることに害を感じている。
 故に警告した。
 足立を本格的に見限る事になれば……警告などしまい。
 例え聖杯を得たとしても、その隣に足立の存在はないであろう。

「NPCへの干渉を禁じられた以上、奴が干渉できるのはマスターかサーヴァント……そして余の配下だ。
 となればこちらに接触してくる可能性もある。どうやらランサーも動き出したようだ、撹乱されるわけにはいかぬ。
 感情に囚われるのは奴と相対する上で悪手――理のみを考え、ただ奴を利用することに努めよ」
「……分かってるってば」

 足立は頷くしかない。バーンの説く「理」が正しいことは受け入れざるを得なかった。生き残るために。
 表面上はその「理」を肯定し、ただ内心でのみ吐き捨てる。

 ――――やっぱ、世の中クソだな。


【B-4 野原家周辺/一日目/夕方】

【ウェイバー・ベルベット@Fate/zero】
[状態]魔力消費(大・食事を取って回復中)、心労(中)
[令呪]残り2画
[装備]なし
[道具]仕事道具
[所持金]通勤に困らない程度
[思考・状況]
基本行動方針:現状把握を優先したい
1.(混乱中)
2.バーサーカーの対応を最優先でどうにかするが、これ以上、令呪を使用するのは……
3.B-4地区のキャスター(大魔王バーン)は要警戒。要警戒だぞ! わかってるな、バーサーカー!!
4.バーサーカーはやっぱり理解できない
[備考]
※勤務先の英会話教室は月海原学園の近くにあります。
※シャア・アズナブルの名前はTVか新聞のどちらかで知っていたようです。
※バーサーカー(デッドプール)の情報により、シャアがマスターだと聞かされましたが半信半疑です。
※午前の授業を欠勤しました。他のNPCが代わりに授業を行いました。
※野原しんのすけ組について把握しました。
※アサシンからキャスター(大魔王バーン)とそのマスター(足立)、あくまのめだま・きめんどうし・オーク・マドハンド・うごくせきぞうの外見・能力を聞きました(じんめんちょうについては知りません)
  また、B-4倉庫の一件がきめんどうしをニンジャが倒したときの話だと理解しました。
※キャスター(大魔王バーン)の『陣地構成』を『魔力を元に使い魔(モンスター)の量産を行う場所を生成する』であると推察しています。
  また、『時間が経てば経つほど陣地が強固になる』というキャスターの性質上、時間経過によってさらに強靭なモンスターが生み出されるのではとも考えています。
  結果としてキャスター(大魔王バーン)を『できる限り早いうちに倒す・陣地を崩す必要がある存在』と認識しました。
※バーサーカーから『モンスターを倒せば魔力が回復する』と聞きましたが半信半疑です。
※放送を聞き逃しました。


【バーサーカー(デッドプール)@X-MEN】
[状態]魔力消費(小)、全身にスリケンが突き刺さってできた傷(ほぼ完治)、腕がズタズタ(ほぼ完治)、満腹
[装備]ライフゲージとスパコンゲージ(ひしゃげてるし傷だらけだけどほっときゃそのうち直る)
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針: 一応優勝狙いなんだけどウェイバーたんがなぁー
1. 次回は空気呼んで少し静かにしてたほうがよさそうだな……少しな?
[備考]
※真玉橋孝一組、シャア・アズナブル組、野原しんのすけ組を把握しました。
※『機動戦士ガンダム』のファンらしいですが、真相は不明です。嘘の可能性も。
※『クレヨンしんちゃん』を知っているようです。
※モンスターを倒したので魔力が回復しました。本人が気づいているかどうかは不明です。
※悪魔の目玉はその場のノリ(地の文を読んだ結果)話しかけてからブチ殺しました。
 しかし宝具の性質と彼の性格上話しかけた理由を後々の話で覚えてない可能性は高いです。
※作中特定の人物を示唆するような発言をしましたが実際に知っているかどうかは不明です。
※放送を聞き逃しました。


【アサシン(ニンジャスレイヤー)@ニンジャスレイヤー】
[状態]魔力消耗(中)、全身に擦り傷、マスター喪失
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:…………
[備考]
※放送を聞き逃しています。



【B-4/大魔宮/一日目 夕方】
【足立透@ペルソナ4 THE ANIMATION】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]刑事としての給金(総額は不明)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れる。
1.迎撃の準備を整える。
2.魂喰いがルーラーにバレないか心配。こぞってサーヴァントが攻めて来るのも心配。
[備考]
※ニンジャスレイヤーの裏切りを把握しました。
※野原しんのすけをマスターと認識しました、また、自宅を把握しています。
※護衛として影の中にモンスター『まおうのかげ』が潜伏しています。


【キャスター(大魔王バーン)@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-】
[状態]魔力消耗(小)
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:あらゆる手を用い、聖杯を手に入れる。
1.迎撃の準備を整える。
2.ルーラーの『意味』を知る。その為にも幾つか火種を蒔く。
3.アサシン(カッツェ)の動きに注意し、利用できるのであれば利用する。
4.謎のサーヴァントと白ランの少年マスターをどう扱うか考える。
[備考]
※狭間&鏡子ペアを脅威として認識しました。
※足立の自室を中心に高層マンションに陣地を作成しています。
 半日が経過した現在、玉座の間と魔力炉の間以外は主城が半分程しか完成していません。
 その為、大神殿の効果は半分ほどしか引き出せません。
 できている部分の広間や回廊には爆弾岩が多数設置されています。
※しんのすけ、遠坂凛とランサー、ウェイバーとデッドプールを悪魔の目玉で監視しています。
※魔力炉に約250人分のNPCを魂喰いさせました。それにより膨大な魔力が炉に貯蔵されています。
 魔力炉の管理者としてドラムーンのゴロアを配置しています。
 一日目終了時に主城と中庭園その下の天魔の塔上層ホールが完成し、この時に完全な大神殿の効果が発揮されます。
 二日目終了時に天魔の塔と白い庭園(ホワイトガーデン)含む中央城塞が完成。
 三日目終了時に大魔宮の全体が、四日目終了時に各翼の基地が完成し飛行可能になります。
※足立の高層マンションの住民は全てマネマネが擬態しています。
 彼らは普通に幼稚園、学園、会社へと通うことでしょう。
※現在の仮想敵は以下の四組。しんのすけを抹殺したことでニンジャスレイヤーの優先度は下がっています。
 第一候補:凜&クーフリンと白野&エリザベートのコンビ。
 第二候補:ルーラー。
 第三候補:ウェイバー&デッドプール。
 第四候補:ニンジャスレイヤー。



【B-4/一日目/夕方】
【アサシン(ベルク・カッツェ)@ガッチャマンクラウズ】
[状態]魔力消費(中)、宝具にダメージ(小)、最悪の気分、NPCに対する干渉不可能
[装備]なし
[道具]携帯電話(スマホタイプ)
[思考・状況]
基本行動方針:真っ赤な真っ赤な血がみたぁい!聖杯はその次。
1.ルーラーに対する激しい怒り。
2.ジナコさんオーワター!
3.ジョンスたちを利用してメシウマする。
4.れんちょん?……ま、いっか☆
[備考]
※他者への成りすましにアーカード(青年ver)、ジナコ・カリギリ、野原みさえが追加されました。
※NPCにも悪意が存在することを把握しました。扇動なども行えます
※喋り方が旧知の人物に似ているのでジナコが大嫌いです。可能ならば彼女をどん底まで叩き落としたいと考えています。
※ジナコのフリをして彼女の悪評を広めました。
ケーキ屋の他にファミリーレストラン、ジャンクフード店、コンビニ、カラオケ店を破壊しました。
死人はいませんが、営業の再開はできないでしょう。
※『ルーラーちゃん顔真っ赤涙目パーティ』を計画中です。今のところ、スマホとNPCを使う予定ですが、使わない可能性も十分にあります。
※カッツェがジナコの姿で暴れているケーキ屋がヤクザ(ゴルゴ13)の向かったケーキ屋と一緒かどうかは不明です。


【ルーラー(ジャンヌ・ダルク)@Fate/Apocrypha】
[状態]:健康
[装備]:聖旗
[道具]:???
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の恙ない進行。
1. 啓示で探知した地域の調査を続行。
2. ???
[備考]
※カレンと同様にリターンクリスタルを持っているかは不明。
※Apocryphaと違い誰かの身体に憑依しているわけではないため、霊体化などに関する制約はありません。
※遠坂凛の要請をどうするか決定したのか、決めたとすればその内容はどうなのか、カレンはどう動いているかなど放送後の詳細な動向は後続の方にお任せします。
※カッツェに対するペナルティとして令呪の剥奪を決定しました。後に何らかの形でれんげに対して執行します。




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最終更新:2015年01月10日 07:00